(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る車両の制動制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0020】
<本発明に係る車両の制動制御装置を搭載した車両全体の構成>
図1に示すように、この車両には、運転者が車両を減速するために操作する制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BP、各車輪の制動トルクを調整して各車輪に制動力を発生させる制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRK、BRKを制御する電子制御ユニットECU、及び、BRK、ECU等に電力を供給する電源としての蓄電池BATが搭載されている。
【0021】
また、この車両には、BPの操作量Bpaを検出する制動操作量取得手段(例えば、ストロークセンサ、踏力センサ)BPA、運転者によるステアリングホイールSWの操作角Saaを検出する操舵角検出手段SAA、車両のヨーレイトYraを検出するヨーレイト検出手段YRA、車両の前後加速度Gxaを検出する前後加速度検出手段GXA、車両の横加速度Gyaを検出する横加速度検出手段GYA、及び、各車輪WHLの回転速度(車輪速度)Vwaを検出する車輪速度検出手段VWAが備えられている。
【0022】
制動手段BRKには、電気モータMTR(図示せず)が備えられ、MTRによって車輪WHLの制動トルクが制御される。また、BRKには、摩擦部材が回転部材を押す力Fbaを検出する押し力検出手段(例えば、軸力センサ)FBA、MTRの通電量(例えば、電流値)Imaを検出する通電量検出手段(例えば、電流センサ)IMA、MTRの位置(例えば、回転角)Mkaを検出する位置検出手段(例えば、回転角センサ)MKAが備えられている。
【0023】
上述した種々の検出手段の検出信号(Bpa等)は、ノイズ除去(低減)フィルタ(例えば、ローパスフィルタ)の処理がなされて、ECUに供給される。ECUでは、本発明に係わる制動制御の演算処理が実行される。即ち、後述する制御手段CTLがECU内にプログラムされ、Bpa等に基づいて電気モータMTRを制御するための目標通電量(例えば、目標電流値、目標デューティ比)Imtが演算される。また、ECUでは、Vwa、Yra等に基づいて、公知のアンチスキッド制御(ABS)、トラクション制御(TCS)、車両安定化制御(ESC)等の演算処理が実行される。
【0024】
<制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRKの構成>
本発明に係る制動制御装置では、車輪WHLの制動トルクの発生、及び調整が、電気モータMTRによって行われる。
【0025】
図1のZ部の拡大図である
図2に示すように、制動手段BRKは、ブレーキキャリパCPR、回転部材KTB、摩擦部材MSB、電気モータMTR、駆動手段DRV、減速機GSK、回転・直動変換機構KTH、押し力取得手段FBA、位置検出手段MKA、及び、通電量取得手段IMAにて構成されている。
【0026】
ブレーキアクチュエータBRKには、公知の制動装置と同様に、公知のブレーキキャリパCPR、及び、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが備えられる。MSBが公知の回転部材(例えば、ブレーキロータ)KTBに押し付けられることによって摩擦力が発生し、車輪WHLに制動トルクが生じる。
【0027】
駆動手段(電気モータMTRの駆動回路)DRVにて、目標通電量(目標値)Imtに基づき電気モータMTRへの通電量(最終的には電流値)が制御される。具体的には、駆動手段DRVには、パワートランジスタ(例えば、MOS−FET)が用いられたブリッジ回路が構成され、目標通電量Imtに基づいてパワートランジスタが駆動され、電気モータMTRの出力が制御される。
【0028】
電気モータMTRの出力(出力トルク)は、減速機(例えば、歯車)GSKを介して回転・直動変換機構KTHに伝達される。そして、KTHによって、回転運動が直線運動に変換されて摩擦部材(ブレーキパッド)MSBが回転部材(ブレーキディスク)KTBに押し付けられる。KTBは車輪WHLに固定されており、MSBとKTBとの摩擦によって、車輪WHLに制動トルクが発生し、調整される。回転・直動変換機構KTHとして、「滑り」によって動力伝達(滑り伝達)を行う滑りネジ(例えば、台形ネジ)、或いは、「転がり」によって動力伝達(転がり伝達)を行うボールネジが用いられ得る。
【0029】
モータ駆動回路DRVには、実際の通電量(例えば、実際に電気モータに流れる電流)Imaを検出する通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAが備えられる。また、電気モータMTRには位置(例えば、回転角)Mkaを検出する位置検出手段(例えば、角度センサ)MKAが備えられる。さらに、摩擦部材MSBが回転部材KTBを実際に押す力(実押し力)Fbaを取得(検出)するために、押し力取得手段(例えば、力センサ)FBAが備えられる。
【0030】
図2では、制動手段BRKとして、所謂、ディスク型制動装置(ディスクブレーキ)の構成が例示されているが、制動手段BRKは、ドラム型制動装置(ドラムブレーキ)であってもよい。ドラムブレーキの場合、摩擦部材MSBはブレーキシューであり、回転部材KTBはブレーキドラムである。同様に、電気モータMTRによってブレーキシューがブレーキドラムを押す力(押し力)が制御される。電気モータMTRとして回転運動にてトルクを発生させるものが示されるが、直線運動にて力を発生させるリニアモータでもあってもよい。
【0031】
<制御手段CTLの全体構成>
図3に示すように、
図1に示した制御手段CTLは、目標押し力演算ブロックFBT、指示通電量演算ブロックIST、押し力フィードバック制御ブロックIPT、慣性補償制御ブロックINR、及び、通電量調整演算ブロックIMTにて構成されている。制御手段CTLは、電子制御ユニットECU内にプログラムされている。
【0032】
制動操作部材BP(例えば、ブレーキペダル)の操作量Bpaが制動操作量取得手段BPAによって取得される。制動操作部材の操作量(制動操作量)Bpaは、運転者による制動操作部材の操作力(例えば、ブレーキ踏力)、及び、変位量(例えば、ブレーキペダルストローク)のうちの少なくとも何れかに基づいて演算される。Bpaにはローパスフィルタ等の演算処理がなされ、ノイズ成分が除去(低減)されている。
【0033】
目標押し力演算ブロックFBTにて、予め設定された目標押し力演算特性(演算マップ)CHfbを用いて、操作量Bpaに基づき目標押し力Fbtが演算される。「押し力」は、制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRKにおいて、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTBを押し力である。目標押し力Fbtは、その押し力の目標値である。
【0034】
指示通電量演算ブロックISTにて、予め設定された演算マップCHs1,CHs2を用いて、目標押し力Fbtに基づき指示通電量Istが演算される。指示通電量Istは、制動手段BRKの電気モータMTRを駆動し、目標押し力Fbtを達成するための、電気モータMTRへの通電量の目標値である。演算マップ(指示通電量の演算特性)は、ブレーキアクチュエータのヒステリシスを考慮して、2つの特性CHs1,CHs2で構成される。特性(第1の指示通電量演算特性)CHs1は押し力を増加する場合に対応し、特性(第2の指示通電量演算特性)CHs2は押し力を減少する場合に対応する。そのため、特性CHs2に比較して、特性CHs1は相対的に大きい指示通電量Istを出力するように設定されている。
【0035】
ここで、通電量とは、電気モータMTRの出力トルクを制御するための状態量(変数)である。電気モータMTRは電流に概ね比例するトルクを出力するため、通電量の目標値として電気モータの電流目標値が用いられ得る。また、電気モータMTRへの供給電圧を増加すれば、結果として電流が増加されるため、目標通電量として供給電圧値が用いられ得る。さらに、パルス幅変調(PWM,pulse width modulation)におけるデューティ比によって供給電圧値が調整され得るため、このデューティ比が通電量として用いられ得る。
【0036】
押し力フィードバック制御ブロックIPTにて、目標押し力(目標値)Fbt、及び、実押し力(実際値)Fbaに基づき押し力フィードバック通電量Iptが演算される。指示通電量Istは目標押し力Fbtに相当する値として演算されるが、ブレーキアクチュエータの効率変動により目標押し力Fbtと実際の押し力Fbaとの間に誤差(定常的な誤差)が生じる場合がある。押し力フィードバック通電量Iptは、目標押し力Fbtと実押し力Fbaとの偏差(押し力偏差)ΔFb、及び、演算特性(演算マップ)CHpに基づいて演算され、上記の誤差(定常的な誤差)を減少するように決定される。なお、Fbaは押し力取得手段FBAによって取得される。
【0037】
慣性補償制御ブロックINRにて、BRK(特に、電気モータMTR)の慣性(イナーシャであり、回転運動における慣性モーメント、又は、直線運動における慣性質量)の影響が補償される。慣性補償制御ブロックINRでは、BRKの慣性(慣性モーメント、或いは、慣性質量)の影響を補償するための通電量の目標値Ijt,Iktが演算される。電気モータが停止、或いは、低速で運動している状態から運動(回転運動)が加速される場合に、押し力発生の応答性を向上させることが必要である。この場合に対応する加速時慣性補償通電量Ijtが演算される。Ijtは、慣性補償制御における加速時制御の通電量の目標値である。
【0038】
また、電気モータが運動(回転運動)している状態から減速して停止していく場合に、押し力のオーバシュートを抑制し、収束性を向上することも必要である。この場合に対応する減速時慣性補償通電量Iktが演算される。Iktは、慣性補償制御における減速時制御の通電量の目標値である。ここで、Ijtは電気モータの通電量を増加させる値(Istに加算される正の値)であり、Iktは電気モータの通電量を減少させる値(Istに加算される負の値)である。
【0039】
そして、通電量調整演算ブロックIMTにて、指示通電量Istが、押し力フィードバック通電量Ipt、及び慣性補償通電量Ijt(加速時)、Ikt(減速時)によって調整されて、目標通電量Imtが演算される。具体的には、指示通電量Istに対して、フィードバック通電量Ipt、及び、慣性補償通電量Ijt,Iktが加算されて、その総和が目標通電量Imtとして演算される。目標通電量Imtは、電気モータMTRの出力を制御するための最終的な通電量の目標値である。
【0040】
<慣性補償制御ブロックの第1実施形態の構成>
図4〜
図6を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第1実施形態について説明する。
図4に示すように、この慣性補償制御ブロックINRでは、MTR等の慣性(MTRの慣性を含むBRK全体の慣性)に起因する押し力の応答性、及び、収束性を向上する慣性補償制御が実行される。慣性補償制御ブロックINRは、慣性補償制御の要否を判定する制御要否判定演算ブロックFLG、慣性補償制御の目標通電量を演算する慣性補償通電量演算ブロックIJK、選択演算ブロックSNT(ここまでは
図4を参照)、及び、制御可否判定演算ブロックFLH(
図6を参照)にて構成される。
【0041】
制御要否判定演算ブロックFLGでは、慣性補償制御の実行が必要であるか、不要であるかが判定される。制御要否判定演算ブロックFLGは、電気モータの加速時(例えば、電気モータが起動し、増速するとき)での要否判定を行う加速時判定演算ブロックFLJ、及び、電気モータの減速時(例えば、電気モータが減速し、停止に向かうとき)での要否判定を行う減速時判定演算ブロックFLKで構成されている。制御要否判定演算ブロックFLGからは、判定結果として、要否判定フラグFLj(加速時),FLk(減速時)が出力される。要否判定フラグFLj,FLkにおいて、「0」は慣性補償制御が不要である場合(不要状態)を表し、「1」は慣性補償制御が必要である場合(必要状態)を表す。
【0042】
制御要否判定演算ブロックFLGは、操作速度演算ブロックDBP、加速時判定演算ブロックFLJ、及び、減速時判定演算ブロックFLKで構成される。
【0043】
先ず、操作速度演算ブロックDBPにて、制動操作部材BPの操作量Bpaに基づいて、その操作速度dBpが演算される。操作速度dBpは、Bpaを微分して演算される。
【0044】
加速時判定演算ブロックFLJでは、操作速度dBpに基づいて電気モータが加速する場合(例えば、電気モータの回転速度が増加する場合)の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。その判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLjとして出力される。要否判定フラグFLjとして、「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」にそれぞれ対応している。加速時の慣性補償制御の要否判定は、演算マップCFLjに従って、dBpが所定操作速度(所定値)db1を超過した時点において、加速時の要否判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられる(FLj←1)。その後、要否判定フラグFLjはdBpが所定操作速度(所定値)db2未満となる時点で、「1」から「0」に切り替えられる(FLj←0)。なお、FLjは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0045】
更に、加速時慣性補償制御の要否判定には、操作速度dBpに加えて、制動操作部材の操作量Bpaが用いられ得る。この場合、Bpaが所定操作量(所定値)bp1を超過し、且つ、dBpが所定操作速度(所定値)db1を超過した時点において、要否判定フラグFLjが「0」から「1」に切り替えられる。Bpa>dp1の条件を判定基準に用いるため、dBpにおけるノイズ等の影響が補償され、確実な判定が行われ得る。
【0046】
減速時判定演算ブロックFLKでは、dBpに基づいて電気モータが減速する場合(例えば、電気モータの回転速度が減少する場合)の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLkとして出力される。要否判定フラグFLkは「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」にそれぞれ対応している。減速時の慣性補償制御の要否判定は、演算マップCFLkに従って、dBpが所定操作速度(所定値)db3以上の状態から所定操作速度(所定値)db4(<db3)未満となる時点において、要否判定フラグFLkが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられる(FLk←1)。その後、dBpが加速時制御と減速時制御とが頻繁に繰り返されるのを防止するため、減速時制御の所定操作速度db3は加速時制御の所定操作速度db1よりも小さい値に設定され得る。なお、FLkは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0047】
慣性補償制御の要否判定フラグFLj,FLkに関する情報は、制御要否判定演算ブロックFLGから慣性補償通電量演算ブロックIJKに送信される。
【0048】
慣性補償通電量演算ブロックIJKでは、FLGにて慣性補償制御が必要であると判定された場合(FLj=1、又は、FLk=1の場合)における慣性補償通電量(目標値)が演算される。慣性補償通電量演算ブロックIJKは、電気モータの加速時(例えば、電気モータが起動し、増速するとき)の慣性補償通電量Ijtを演算する加速時通電量演算ブロックIJT、及び、電気モータの減速時(例えば、電気モータが減速し、停止に向かうとき)の慣性補償通電量Iktを演算する減速時通電量演算ブロックIKTにて構成されている。
【0049】
加速時通電量演算ブロックIJTでは、要否判定フラグFLj、及び、加速時演算特性(演算マップであり、第1の演算特性)CHjに基づき、加速時慣性補償通電量(第1の慣性補償通電量)Ijtが演算される。加速時演算特性CHjは、加速時慣性補償制御の必要状態が判定された時点からの経過時間Tに対するIjtの特性(演算マップ)としてECU内に予め記憶されている。演算特性CHjは、時間Tが「0」のときから時間の経過に従い、Ijtが「0」から所定通電量(所定値)ij1にまで急峻に増加され、その後、時間の経過に従いIjtが所定通電量(所定値)ij1から「0」にまで緩やかに減少される。具体的には、CHjは、Ijtが「0」から所定通電量ij1にまで増加されるのに要する時間tupが、Ijtが所定通電量ij1から「0」にまで減少されるのに要する時間tdnよりも短く設定されている。
【0050】
また、
図4に破線で示すように、通電量が増加する場合には、Ijtは「上に凸」の特性で、初めに急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHjが設定され得る。また、通電量が減少する場合には、Ijtは「下に凸」の特性で、初めは急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHjが設定され得る。そして、要否判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられた時点をCHjでの経過時間の原点(T=0)とし、切替時点からの経過時間Tと加速時演算特性CHjとに基づき、電気モータ加速時の慣性補償通電量(第1の慣性補償通電量)Ijtが決定される。Ijtの演算中に、要否判定フラグFLjが「1」から「0」に切り替えられても、演算特性CHjで予め設定されている継続時間に亘って加速時通電量Ijtは演算され続ける。なお、Ijtは正の値として演算され、Ijtによって電気モータMTRへの通電量が増加されるように調整される。
【0051】
減速時通電量演算ブロックIKTにて、要否判定フラグFLk、及び、減速時演算特性(演算マップであり、第2の演算特性)CHkに基づき減速時慣性補償通電量(第2の慣性補償通電量)Iktが演算される。減速時演算特性CHkは、減速時慣性補償制御の必要状態が判定された時点からの経過時間Tに対するIktの特性(演算マップ)としてECU内に予め記憶されている。CHkは、時間Tが「0」のときから時間の経過に従い、Iktが「0」から所定通電量(所定値)ik1にまで急峻に減少され、その後、時間の経過に従いIktが所定通電量(所定値)ik1から「0」にまで緩やかに増加される。具体的には、CHkは、Iktが「0」から所定通電量ik1にまで減少されるのに要する時間tvpが、Iktが所定通電量ik1から「0」にまで増加されるのに要する時間tenよりも短く設定されている。
【0052】
また、
図4に破線で示すように、通電量が減少する場合には、Iktは「下に凸」の特性で、初めに急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHkが設定され得る。また、通電量が増加する場合には、Iktは「下に凸」の特性で、初めは急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHkが設定され得る。そして、要否判定フラグFLkが「0」から「1」に切り替えられた時点をCHkでの経過時間の原点(T=0)とし、切替時点からの経過時間Tと減速時演算特性CHkとに基づき、電気モータ減速時の慣性補償通電量(第2の慣性補償通電量)Iktが決定される。Iktの演算中に、要否判定フラグFLkが「1」から「0」に切り替えられても、演算特性CHkで予め設定されている継続時間に亘ってIktは演算され続ける。なお、Iktは負の値として演算され、Iktによって電気モータMTRへの通電量が減少されるように調整される。
【0053】
ここで、加速時慣性補償制御の演算特性CHj(第1のパターン)、及び、減速時慣性補償制御の演算特性CHk(第2のパターン)は、制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRKの最大応答に基づいて決定される。BRKへの入力(目標通電量)の変化に対して出力(電気モータの変位)が遅れて現れる。BRKの最大応答(BRKが入力に対して応答し得る最大の状態)とは、電気モータMTRへステップ入力が与えられた場合のMTRの応答(入力の時間変化量に対応する出力の時間変化量の有様)である。即ち、MTRに所定量の目標通電量Imtが(ゼロから増加方向に)ステップ入力された場合におけるMTRの実際の変位(回転角)Mkaの変化である。
図5に示すように、電気モータMTRに対して、(所定の)目標通電量のステップ入力(従って、回転角の目標値Mktが(所定量mks0の)ステップ入力)としてなされた場合、回転角の実際値(出力)Mkaが、目標値(入力)Mktに追い着くように(遅れを伴って目標値に追従するように)変化する。CHj及びCHkは、このMkaの変化に基づいて決定される。
【0054】
装置全体の慣性(特に、電気モータの慣性)を補償するトルクは、電気モータの回転角加速度に比例する。この点を考慮し、慣性補償を適切に行うためには、慣性補償通電量が電気モータの実際の加速度(回転角加速度)ddMkaに基づいて演算される。そのため、MTRの変位(回転角)の実際値Mkaが2階微分されて、加速度(回転角加速度)ddMkaが演算され、ddMkaに基づいてCHj,CHkが決定される。例えば、第1及び第2のパターンCHj、CHkは、ddMkaに係数K(定数)が乗算されることによって設定され得る。
【0055】
CHjにおいて、Ijtが急峻に増加する際の増加勾配(時間に対するIjtの傾き)は、前記ステップ入力の開始時点t1から回転角加速度ddMkaが最大値ddm1となる時点t2までの間におけるddMkaの増加勾配(時間に対して増加するddMkaの傾き)の最大値又は平均値に基づいて決定される。また、Ijtが緩やかに減少する際の減少勾配(時間に対するIjtの傾き)は、ddMkaが最大値ddm1となる時点t2から概ゼロとなる時点t3までの間におけるddMkaの減少勾配(時間に対して減少するddMkaの傾き)の最大値又は平均値に基づいて決定される。
【0056】
また、最大応答(ステップ応答)におけるddMkaに基づいて(時点t1〜t2のddMkaの変化に基づいて)、通電量が増加される場合には、Ijtは「上に凸」の特性で、初めに急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHjが設定され得る。同様に、最大応答におけるddMkaに基づいて(時点t2〜t3のddMkaの変化に基づいて)、通電量が減少される場合には、Ijtは「下に凸」の特性で、初めは急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHjが設定され得る。
【0057】
CHkにおいて、Iktが急峻に減少する際の減少勾配(時間に対するIktの傾き)は、ddMkaがゼロから減少を開始する時点t4から最小値ddm2となる時点t5までの間におけるddMkaの減少勾配(時間に対して減少するddMkaの傾き)の最小値又は平均値に基づいて決定される。また、Iktが緩やかに増加する際の増加勾配(時間に対するIktの傾き)は、ddMkaが最小値ddm2となる時点t5から概ゼロに戻る時点t6までの間におけるddMkaの増加勾配(時間に対して増加するddMkaの傾き)の最大値又は平均値に基づいて決定される。
【0058】
また、最大応答(ステップ応答)におけるddMkaに基づいて(時点t4〜t5のddMkaの変化に基づいて)、通電量が減少される場合には、Iktは「下に凸」の特性で、初めに急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHkが設定され得る。同様に、最大応答におけるddMkaに基づいて(時点t5〜t6のddMkaの変化に基づいて)、通電量が増加される場合には、Iktは「上に凸」の特性で、初めは急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHkが設定され得る。
【0059】
電気モータMTRの加速時(特に、MTRが起動する場合)は、MTRの軸受け等の摩擦に打ち克つトルクを発生させる必要がある一方で、MTRの減速時(MTRが停止に向かう場合)は、その摩擦がMTRを減速させるように作用する。そのため、加速時の所定通電量(第1の所定通電量)ij1の絶対値は、減速時の所定通電量(第2の所定通電量)ik1の絶対値よりも大きい値に設定される(|ij1|>|ik1|)。
【0060】
選択演算ブロックSNTにて、電気モータ加速時の慣性補償通電量Ijtの出力、電気モータ減速時の慣性補償通電量Iktの出力、及び、制御停止(値「0」の出力)のうちから、何れか1つが選択されて出力される。選択演算ブロックSNTでは、加速時慣性補償通電量Ijt(>0)が出力されている途中で減速時慣性補償通電量Ikt(<0)が出力された場合には、Ijtに代えて、Iktが優先的に出力され得る。慣性補償制御は、「必要状態」の判定(要否判定フラグ)をトリガにして予め設定された時系列波形CHj,CHkに基づいて行われる。上記構成によれば、運転者が急制動を中止した際、加速時の慣性補償制御(Ijtの演算)が直ちに停止され、減速時の慣性補償制御(Iktの演算)に切り替えられる。そのため、押し力のオーバシュートが確実に抑制され得る。
【0061】
制御要否判定演算ブロックFLGでは、操作速度dBpに基づいて慣性補償制御の要否が判定されるが、dBpに代えて、目標押し力Fbtを微分した目標押し力速度dFbが用いられ得る。また、目標値として電気モータの位置(例えば、目標回転角)Mktが用いられる場合には、要否判定に目標回転角Mktを微分した目標回転速度dMkが利用され得る。即ち、制動操作量Bpaを微分して得られる操作速度に相当する値(速度相当値)dBp,dFb,dMkに基づいて慣性補償制御の要否が判定され得る。
【0062】
また、
図6に示すように、本実施形態では、制御可否判定演算ブロックFLHが設けられている。制御要否判定演算ブロックFLGでは、慣性補償制御を実行することが必要であるか否かが判定されるが、制御可否判定演算ブロックFLHでは、慣性補償制御の必要性を鑑み、それを許可すべきか否か(禁止すべきか)が判定される。即ち、FLHでは、慣性補償制御の効果が十分に発揮し得る状態において「許可」が判定され、その効果が不十分であると想定される状態では「禁止(制御停止)」が判定される。このFLHでの判定結果に基づいて、選択演算ブロックSNTにおける選択条件(Ijt、Ikt、及び、制御停止の切り替え)が決定され得る。以下、FLHについて詳述する。
【0063】
制御可否判定演算ブロックFLHにて、位置取得手段(例えば、電気モータの回転角センサ)MKAによって取得される実際の位置(実位置であり、例えば、電気モータの回転角)Mkaに基づいて加速時の慣性補償制御の実行(即ち、Ijtの演算)を「許可する(FLm=1)」か、「禁止する(FLm=0)」かの制御実行の可否が判定される。
【0064】
制御可否判定演算ブロックFLHにて、実位置Mkaに基づいて電気モータMTRの速度(回転速度)dMkaが演算される。電気モータMTRの回転速度dMkaが所定速度(所定値)dm1未満の場合には、制御実行が許可され、可否判定フラグFLmとして「1」が出力される。一方、電気モータMTRの回転速度dMkaが所定速度(所定値)dm1以上の場合には、制御実行が禁止され、可否判定フラグFLmとして「0」が出力される。そして、選択演算ブロックSNTでは、可否判定フラグFLmが「0」とされている場合には「0(制御停止)」が選択され、可否判定フラグFLmが「1」とされている場合には加速時の慣性補償通電量Ijtが選択される。
【0065】
慣性補償制御の可否判定は、実位置Mkaに基づき電気モータMTRが停止しているか否かによって判定し得る。電気モータが停止している(回転速度がゼロである)場合には、制御実行が許可され、可否判定フラグFLmとして「1」が出力される。一方、電気モータが運動している(例えば、回転運動を行い、回転速度が発生している)場合には、制御実行が禁止され、可否判定フラグFLmとして「0」が出力される。そして、選択演算ブロックSNTでは、可否判定フラグFLmが「0」とされている場合には「0(制御停止)」が選択され、可否判定フラグFLmが「1」とされている場合には加速時の慣性補償通電量Ijtが選択される。
【0066】
上述の加速時慣性補償制御の必要状態が判定される直前(FLjが「0」から「1」に変更される直前)において、電気モータの回転速度が、その加速方向(車輪の制動トルクが増加される方向)に高い場合(dMka≧dm1)、或いは、既に運動(回転)している場合(dMka≠0)には、電気モータ等の慣性を補償する必要性が高くないため、慣性補償制御の実行が禁止される。電気モータの回転速度が、加速すべき方向において低い、又は、加速方向とは逆方向(制動トルクが減少される方向)である場合(dMka<dm1)、或いは、停止している(制動トルクが保持されている)場合(dMka=0)に限り、加速時の慣性補償制御が実行されるため、信頼性の高い慣性補償制御が行われ得る。
【0067】
制御可否判定演算ブロックFLHでは、位置取得手段MKAによって取得される実際の位置Mkaに基づいて減速時の慣性補償制御の実行(即ち、Iktの演算)を「許可する(FLn=1)」か、「禁止する(FLn=0)」かの制御実行の可否が判定される。実位置Mkaに基づいて電気モータの速度(回転速度)dMkaが演算される。電気モータMTRの実回転速度dMkaが、所定速度(所定値)dm1以上の場合(dMka≧dm1)には、制御実行が許可され、可否判定フラグFLnとして「1」が出力される。一方、電気モータの実回転速度dMkaが所定速度(所定値)dm1未満の場合(dMka<dm1)には、制御実行が禁止され、可否判定フラグFLnとして「0」が出力される。そして、選択演算ブロックSNTでは、可否判定フラグFLnが「0」とされている場合には「0(制御停止)」が選択され、可否判定フラグFLnが「1」とされている場合には減速時の慣性補償通電量Iktが選択される。
【0068】
減速時の慣性補償制御は、電気モータMTRのオーバシュートを抑制し得る。しかしながら、電気モータが速い運動を行っていない場合には、減速時の慣性補償制御の必要性が低いため、電気モータの回転速度が低い場合(dMka<dm1の場合)には慣性補償制御が禁止され得る。
【0069】
また、制御可否判定演算ブロックFLHでは、加速時慣性補償制御の通電量(目標値)Ijt、及び、要否判定フラグFLjのうちの少なくとも何れか一方に基づいて、減速時の慣性補償制御の実行(即ち、Iktの演算)を「許可する(FLo=1)」か、「禁止する(FLo=0)」かの制御実行可否が判定され得る。一連の制動操作において、上述した減速時慣性補償制御の必要状態が判定される前の状態において、加速時の慣性補償制御が実行されたか否かに基づいて、減速時制御の可否が判定される。加速時制御が実行されていない場合には「禁止」と判定され、可否判定フラグFLoとして「0」が出力される。一方、加速時制御が実行されている場合には「許可」と判定され、可否判定フラグFLoとして「1」が出力される。選択演算ブロックSNTでは、可否判定フラグFLoが「0(禁止状態)」とされている場合には「0(制御停止)」が選択され、可否判定フラグFLoが「1(許可状態)」とされている場合には減速時の慣性補償通電量Iktが選択される。
【0070】
1つの連続した制動操作(Bpaが値「0」から増加し、再び値「0」に戻るまでの一連の操作)において、電気モータMTRの加速時に慣性補償制御が必要とされない場合には、その減速時に必要とされる蓋然性が低い。上記構成によれば、加速時に「必要状態」が判定された場合に限って減速時の制御が実行されるため、慣性補償制御の信頼性が向上され、確実な制御が実行され得る。
【0071】
更に、選択演算ブロックSNTでは、加速時通電量Ijtが「0」にまで低減されていなくても(即ち、加速時の慣性補償制御が終了していなくても)、減速時通電量Iktが出力される場合には、Ijtが「0」とされ、減速時通電量Iktが、選択演算ブロックSNTから出力され得る。IjtよりもIktを優先することにより、制動操作が急ではあるが操作量が小さい場合における電気モータMTRのオーバシュート、及び、押し力の余剰が適切に防止され得る。
【0072】
<慣性補償制御ブロックの第2実施形態の構成>
次に、
図7を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第2実施形態について説明する。
図7に示すように、この慣性補償制御ブロックINRは、制御要否判定演算ブロックFLG、慣性補償通電量演算ブロックIJK、及び、選択演算ブロックSNTにて構成される。IJK、SNT、及びFLHの構成は、
図4及び
図6に示したINRの第1実施形態と同一であるため、それらの詳細な説明を省略する。以下、制御要否判定演算ブロックFLGについてのみ説明する。
【0073】
制御要否判定演算ブロックFLGは、操作加速度演算ブロックDDBP、加速時判定演算ブロックFLJ、及び、減速時判定演算ブロックFLKにて構成される。
【0074】
操作加速度演算ブロックDDBPでは、制動操作部材の操作量Bpaに基づき、その操作加速度ddBpが演算される。操作加速度ddBpは、Bpaを2階微分して演算される。即ち、操作量Bpaを微分して操作速度dBpが演算され、さらに、操作速度dBpが微分されて操作加速度ddBpが演算される。
【0075】
加速時判定演算ブロックFLJでは、操作加速度ddBpに基づいて電気モータMTRが加速する場合の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLjとして出力される。要否判定フラグFLjは、「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」に夫々対応している。演算マップDFLjに従って、操作加速度ddBpが第1の所定加速度(所定値)ddb1(>0)を超過した時点で、加速時制御の要否判定フラグFLjは、「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に変更される(FLj←1)。その後、操作加速度ddBpが所定加速度(所定値)ddb2(<ddb1)未満となるときに、FLjは「1」から「0」に変更される(FLj←0)。なお、FLjは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0076】
減時判定演算ブロックFLKでは、操作加速度ddBpに基づいて電気モータMTRが減速する場合の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLkとして出力される。要否判定フラグFLkは「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」に夫々対応している。演算マップDFLkに従って、操作加速度ddBpが第2の所定加速度(所定値)ddb3(<0)を下回った時点で、減速時制御の要否判定フラグFLkは、「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に変更される(FLk←1)。その後、操作加速度ddBpが所定加速度(所定値)ddb4(>ddb3,<0)以上となるときに、FLkは「1」から「0」に変更される(FLk←0)。なお、FLkは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0077】
要否判定フラグFLj,FLkは、上記第1実施形態(
図4を参照)と同様、慣性補償通電量演算ブロックIJK(IJT、及び、IKT)に送信され、時系列の予め設定されたパターン(演算マップ)CHj,CHkに基づいて慣性補償通電量Ijt,Iktが演算される。
【0078】
制御要否判定演算ブロックFLGにおいて遅れ要素演算ブロックDLYを設けることができる。遅れ要素演算ブロックDLYでは、操作量Bpaに遅れ要素処理(一次遅れ演算)が行われ、要素処理後の操作量fBpに基づいて、ddfBpが演算され得る。遅れ要素演算ブロックDLYでは、ブレーキアクチュエータBRK(特に、電気モータMTR)の応答性が、伝達関数によって考慮される。具体的には、ブレーキアクチュエータBRKの応答性を表す時定数τmが用いられて、一次遅れ演算が行われる。ブレーキアクチュエータBRKの応答性が考慮されるため、適切な慣性補償制御が行われ得る。
【0079】
制御要否判定演算ブロックFLGでは、操作加速度ddBp(或いは、前記の遅れ要素処理されたddfBp)に基づいて慣性補償制御の要否が判定されるが、ddBp,ddfBpに代えて、目標押し力Fbt(或いは、前記要素処理後のfFb)を2階微分した目標押し力加速度ddFb(前記の要素処理されたddfFb)が用いられ得る。また、目標値として電気モータの位置(例えば、目標回転角)Mktが用いられる場合には、要否判定に目標回転角Mkt(或いは、前記要素処理後のfMk)を2階微分した目標回転加速度ddMk(前記の要素処理されたddfMk)が利用され得る。即ち、制動操作量Bpaを2階微分して得られる制動操作の加速度に相当する値(加速度相当値)ddBp,ddFb,ddMk(或いは、遅れ要素処理後のddfBp,ddfFb,ddfMk)に基づいて慣性補償制御の要否が判定され得る。
【0080】
なお、上記INRの第1実施形態(
図4を参照)では、電気モータの加速時の判定演算(FLjの演算)、及び、減速時の判定演算(FLkの演算)が共に操作速度(速度相当値)dBp等に基づいて行われ、上記INRの第2実施形態(
図6を参照)では、加速時の判定演算(FLjの演算)、及び、減速時の判定演算(FLkの演算)が共に操作加速度(加速度相当値)ddBp等に基づいて行われている。これに対し、「dBp等に基づくFLjの演算」と「ddBp等に基づくFLkの演算」とを組み合わせて制御要否判定演算ブロックFLGが構成され得る。或いは、「ddBp等に基づくFLjの演算」と「dBp等に基づくFLkの演算」とが組み合わせて制御要否判定演算ブロックFLGが構成され得る。
【0081】
<慣性補償制御ブロックの第3実施形態の構成>
次に、
図8を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第3実施形態について説明する。電気モータMTRの応答性が考慮された値として加速時慣性補償通電量Ijtが出力されたとしても、電源電圧の状態によっては(例えば、電圧低下がある場合等)、電気モータMTRの実際の通電量が目標値と一致するとは限らない。例えば、電気モータMTRの起動時において実際の通電量が不足していた場合に、予め設定された減速時慣性補償通電量Iktが出力されるとブレーキアクチュエータBRKにおいて押し力の不足が生じる場合があり得る。そのため、本実施形態では、通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAが取得する実際の通電量(例えば、電流値)Imaに基づいて減速時慣性補償通電量Iktが演算され得る。
【0082】
図8に示すように、この慣性補償制御ブロックINRは、制御要否判定演算ブロックFLG、慣性補償通電量演算ブロックIJK、選択演算ブロックSNT、及び制御可否判定演算ブロックFLH(
図6を参照)にて構成される。FLG、SNT、及びFLHの構成は、
図4、
図6、
図7に示したINRの第1、第2実施形態と同一であるため、それらの詳細な説明を省略する。以下、慣性補償通電量演算ブロックIJKについてのみ説明する。
【0083】
慣性補償通電量演算ブロックIJKは、加速時通電量演算ブロックIJT、及び、減速時通電量演算ブロックIKTにて構成される。加速時通電量演算ブロックIJTは、
図4に示したINRの第1実施形態と同一であるため、その詳細な説明を省略する。
【0084】
減速時通電量演算ブロックIKTにはデータ記憶演算ブロックJDKが備えられ、Ijtが出力されている間に亘って、実際の通電量Imaに基づく時系列データJdkが記憶される。実際の通電量Imaは、通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAによって、加速時の慣性補償通電量Ijtに対応させて取得される。時系列データJdkは、Ijtに対応した実際の通電量Ijaの時間経過Tに対する特性として、データ記憶演算ブロックJDKに記憶される。そして、時系列データJdkに基づいて減速時慣性補償通電量Iktが演算される。
【0085】
減速時通電量演算ブロックIKTでは、先ず、実際の通電量Imaから、指示通電量Ist、及び、フィードバック通電量Iptが除かれて(減算されて)、加速時の慣性補償通電量(目標値)Ijtに相当する実際の通電量(実際値)Ijaが演算される。即ち、ImaからIstによる成分とIptによる成分が除かれて、Ijtに対応する通電量Ijaが演算される。そして、対応通電量Ijaに「−1」が乗算され(符号が反転されて)、更に、係数k_ijが乗ぜられて、データ記憶演算ブロックJDKに記憶される通電量Ikbが演算される。
【0086】
データ記憶演算ブロックJDKでは、記憶通電量Ikbが、加速時制御の要否判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」へ遷移した時点(T=0)からの経過時間(即ち、加速時の慣性補償制御の開始からの経過時間)Tと関連付けて、時系列データJdkとして記憶される。そして、実通電量Imaに基づく時系列データJdkが、Iktを演算するための特性(演算マップ)とされる。減速時制御の要否判定フラグFLkが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」へ遷移した時点(T=0)からの経過時間T、及び、Jdkに基づいて減速時の慣性補償通電量Iktが演算される。
【0087】
加速時(特に、起動する場合)は電気モータMTRの軸受け等の摩擦に打ち克つトルクを発生させる必要があるが、減速時(停止に向かう場合)はその摩擦がMTRを減速させるように作用することに起因して、係数k_ijは「1」未満の値に設定され得る。
【0088】
前述の説明では、演算周期毎に記憶通電量Ikbが演算されるが、経過時間Tに対応したIma、Ist、及び、Iptの値が時系列データとして記憶されて、これらを用いて特性Jdkが演算され得る。即ち、時系列データJdk=(−1)×(k_ij)×{(Imaの時系列データ)−(Istの時系列データ)−(Iptの時系列データ)}の演算に基づいて特性(演算マップ)Jdkが決定され得る。
【0089】
このINRの第3実施形態によれば、加速時の慣性補償制御が行われた際の実際の通電量Imaに基づいて減速時の慣性補償制御が実行されるため、電源等の影響によって目標値と実際値との間に誤差が発生したとしても、適切な慣性補償制御が実行され得る。
【0090】
<慣性補償制御ブロックの第4実施形態の構成>
次に、
図9を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第4実施形態について説明する。その準備として、以下、各種の記号の定義を行う。各種記号に付された「f」は、その元となる状態量(Mkt等)に対して、後述する時定数τmをもつ遅れ要素演算処理が行われた状態量(fMk等)であり、「処理値」と称呼される。なお、「元となる状態量(元値)」は、遅れ要素の演算処理前の値であり、「未処理値」と称呼される。また、各種記号に付された「d」は、元となる状態量(fMk等)が1階微分された値であり、速度に相当する状態量(dfMk等)である。この状態量(「元となる状態量」が1階微分された値)は、「速度値」、或いは、「速度相当値」と称呼される。処理値(fMk等)が1階微分された状態量(dfMk等)は、「処理速度値(処理後速度値)」、或いは、「処理速度相当値(処理後速度相当値)」と称呼される。さらに、各種記号に付された「dd」は、元となる状態量(fMk等)が2階微分された値であり、加速度に相当する状態量(ddfMk等)である。この状態量(「元となる状態量」が2階微分された値)は、「加速度値」、或いは、「加速度相当値」と称呼される。処理値(fMk等)が2階微分された状態量(ddfMk等)は、「処理加速度値(処理後加速度値)」、或いは、「処理加速度相当値(処理後加速度相当値)」と称呼される。
【0091】
図9に示すように、この慣性補償制御ブロックINRの第4実施形態では、MTR等の慣性(MTRの慣性を含むBRK全体の慣性)に起因する押し力の応答性、及び、収束性を向上する慣性補償制御が実行される。慣性補償制御ブロックINRは、目標位置演算ブロックMKT、時定数演算ブロックTAU、遅れ要素演算ブロックDLY、目標加速度演算ブロックDDM、及び、ゲイン設定ブロックKMTRにて構成される。また、このINRの第4実施形態は、
図4、
図6、
図7、
図8に示したINRの第1〜第3実施形態と同じ「選択演算ブロックSNT」(
図4等を参照)及び「制御可否判定演算ブロックFLH」(
図6を参照)を備える。
【0092】
目標位置演算ブロックMKTにて、目標押し力Fbt、及び、目標押し力演算特性(演算マップ)CHmkに基づいて目標位置(目標回転角)Mktが演算される。目標位置Mktは、電気モータMTRの位置(回転角)の目標値である。演算マップCHmkはブレーキキャリパCPR、及び、摩擦部材(ブレーキパッド)MSBの剛性に相当する特性であり、「上に凸」の非線形な特性として、電子制御ユニットECU内に予め記憶されている。
【0093】
時定数演算ブロックTAUにて、制動操作量Bpa、及び、時定数の演算特性(演算マップ)CHτmに基づいて時定数τmが演算される。操作量Bpaが所定操作量(所定値)bp1未満の場合には、τmは第1の所定時定数(所定値)τ1(≧0)に演算される。Bpaが所定値bp1以上、且つ、所定値bp2未満の場合には、τmはBpaの増加に従い第1の所定時定数τ1から第2の所定時定数τ2まで順次増加するように演算される。Bpaが所定値bp2以上の場合には、τmは第2の所定時定数(所定値)τ2(>τ1)に演算される。
【0094】
或いは、時定数τmは演算特性(演算マップ)CHτnに基づいて演算され得る。演算マップCHτnでは、Bpaが所定値bp1未満の場合には、τmは所定値τ1(≧0)に演算され、Bpaが所定値bp1以上の場合には、τmは所定値τ2(>τ1)に演算され得る。演算特性CHτm,CHτnにおいて、制動操作量Bpaが小さいときには、遅れ要素の演算処理は行われないように、所定値τ1は「0」にされ得る。
【0095】
遅れ要素演算ブロックDLYにて、電気モータMTRの目標位置Mktに基づいて遅れ要素演算処理後の目標位置(処理値)fMkが演算される。具体的には、ブレーキアクチュエータBRKの応答(即ち、電気モータMTRの応答)に相当する時定数τmを含んだ遅れ要素の演算処理が、電気モータの目標位置(元値)Mktに対して実行されて要素処理後目標位置(処理値)fMkが演算される。ここで、遅れ要素演算は、n次遅れ要素(「n」は「1」以上の整数)の演算であり、例えば、一次遅れ演算である。遅れ要素処理がMktになされることによって、ブレーキアクチュエータBRKの応答(入力変化に対する出力変化の有様)が時定数を用いた伝達関数として考慮されて、その応答に対応した目標値であるfMkが演算され得る。
【0096】
目標加速度演算ブロックDDMにて、遅れ要素処理後の目標位置(処理値)fMkに基づいて遅れ要素処理後の目標加速度(処理加速度値)ddfMkが演算される。ddfMkは、電気モータMTRの加速度(角加速度)の目標値である。具体的には、fMkが2階微分されて、ddfMkが演算される。ddfMkは、電気モータMTRの加速時(停止状態から起動する時)には正符号の値に演算され、MTRの減速時(停止に向かう時)には負符号の値に演算される。
【0097】
ゲイン設定ブロックKMTRには、遅れ要素処理後の目標加速度(処理加速度値)ddfMkを電気モータの目標通電量に変換するための係数(ゲイン)k_mtrが記憶されている。係数k_mtrは、電気モータの慣性(定数)j_mtrを、電気モータのトルク定数k_tqで除算した値に相当する。そして、ddfMk、及び、k_mtrに基づいて慣性補償制御通電量(目標値)Ijt,Iktが演算される。具体的には、ddfMkにk_mtrが乗算されて、Ijt,Iktが演算される。
【0098】
このINRの第4実施形態(
図9を参照)では、目標押し力Fbtに基づいて目標位置(未処理値)Mktが演算されて、Mktに遅れ要素演算処理(一次遅れ演算)が行われて遅れ要素処理後の目標位置(処理値)fMkが演算され、さらに、fMkが2階微分されて目標加速度(処理加速度値)ddfMkが演算され、ddfMkに基づいてIjt,Iktが演算されている。これらの演算処理に代えて、目標押し力(未処理値)Fbtに遅れ要素処理が行われて遅れ要素処理後の目標押し力(処理値であり、処理目標押し力)fFbが演算され、fFbが2階微分されて目標押し力加速度(処理加速度値)ddfFbが演算されて、ddfFbに基づいて慣性補償通電量Ijt,Iktが演算され得る。また、Bpaに遅れ要素処理が行われて遅れ要素処理後の操作量(処理値)fBpが演算され、fBpが2階微分されて操作加速度(処理加速度値)ddfBpが演算されて、ddfBpに基づいて慣性補償通電量Ijt,Iktが演算され得る。即ち、慣性補償制御ブロックINRでは、制動操作部材BPの操作量Bpaに基づいて演算された未処理値(Bpa,Fbt,Mkt)に遅れ要素演算が行われて処理値(遅れ要素演算後の値)fBp,fFb,fMkが演算され得る。そして、処理値fBp,fFb,fMkが2階微分されて処理加速度値(処理値が2階微分された加速度に相当する値)ddfBp,ddfFb,ddfMkが演算され、処理加速度値ddfBp,ddfFb,ddfMkに基づいて慣性補償通電量Ijt,Iktが演算され得る。
【0099】
電気モータの慣性を補償するトルクは、回転角加速度に比例する。このため、慣性補償が適切に行われるためには、電気モータの回転角加速度(又は、それに相当する値)が適切に演算されることが必要となる。この点を鑑み、このINRの第4実施形態では、電気モータMTRの応答性が、時定数を用いて伝達関数として考慮される。具体的には、Bpaに基づいて演算される未処理値Bpa,Fbt,Mktの何れか1つの元となる状態量に対して、電気モータMTRの応答性に相当する時定数τm(目標値の約63.2%に到達するまでの時間)を持った遅れ要素(例えば、一次遅れ要素)演算が適用されて処理値fBp,fFb,fMkが演算される。そして、処理値fBp,fFb,fMkに基づいて処理加速度値(2階微分された加速度に相当する値)ddfBp,ddfFb,ddfMkが演算されることによって、慣性補償制御の目標値Ijt,Iktが適切に演算され得る。
【0100】
以下、慣性補償制御ブロックINRの各実施形態に共通の作用・効果について述べる。慣性補償制御は、慣性をもつ装置の可動部(MTR等)が加速運動、或いは、減速運動を行うために必要な力(トルク)に相当する通電量(Ijt,Ikt)を、目標通電量Imtに対して調整する制御である。具体的には、電気モータが加速する場合には目標通電量を増加することによって補償(修正)し、電気モータが減速する場合には目標通電量を減少することによって補償(修正)する。上記の各実施形態によれば、慣性補償が必要、且つ許可すべきと判定された場合に限って慣性補償制御が実行される(特に、
図6を参照)。この結果、慣性補償制御の不必要な実行が抑制されて、制御の信頼性が向上し得る。
【0101】
また、電気モータMTRの加速時(特に、起動時)の制動トルクの応答性を確保するためには、電気モータの慣性、及び、軸受け等の静摩擦の影響を補償して、電気モータの動き出し(停止状態からの動き始め)を改善することが重要である。上記の各実施形態によれば、電気モータが既に車輪の制動トルクが増加される方向に運動(回転)している場合には加速時の慣性補償制御が禁止され(FLm←0)、電気モータが停止状態から起動するときに限って加速時の慣性補償制御が実行される。換言すれば、加速時の慣性補償制御の要否判定演算処理の直前において、電気モータが低速の運動状態にあること(dMka<dm1)、或いは、電気モータが停止状態であること(dMka=0)を条件に加速時の慣性補償制御が行われる。従って、電気モータの動き出しの制動トルクの応答性が改善され得るとともに、不必要な制御実行が抑制されて、制御の信頼性が向上され得る。
【0102】
同様に、電気モータMTRの減速時(電気モータが運動状態から停止状態に移行する場合)の慣性補償制御は、電気モータが高速で運動(回転)している場合に必要となる。上記構成によれば、電気モータの速度が低い(既に停止している)場合には減速時の慣性補償制御が禁止され(FLn←0)、電気モータが高速で運動しているときに限って減速時の慣性補償制御が実行される。換言すれば、減速時の慣性補償制御の要否判定演算処理の直前において電気モータが高速の運動状態にあること(dMka≧dm2)を条件に減速時の慣性補償制御が行われる。従って、電気モータの減速開始直後における電気モータの減速度が増大されて制動トルクのオーバシュートが効率的に抑制され得るとともに、不必要な制御実行が抑制されて、制御の信頼性が向上され得る。
【0103】
また、一般に、1つの連続した制動操作において、電気モータの起動時に慣性補償制御が必要とされない場合には、それに続く減速時にも慣性補償制御が必要とされる蓋然性が低い。上記各実施形態によれば、電気モータの起動時に加速時の慣性補償制御が必要とされる場合(FLo←1)にのみ減速時の慣性補償制御が実行される。即ち、電気モータの起動時に慣性補償制御が実行されない場合には、減速時には慣性補償制御が禁止される。従って、減速時の慣性補償制御が不必要に実行される事態の発生が抑制されて、制御の信頼性が向上され得る。
【0104】
上記の実施形態では、FLGにて慣性補償制御の要否が判定され、慣性補償制御が必要であると判定された場合に慣性補償通電量Ijt,Iktが演算され、この演算と並行して、FLHにて慣性補償制御の可否が判定され、慣性補償制御が許可された場合に限って、選択演算ブロックSNTからIjt,Iktが最終的に出力されるが、慣性補償制御が必要であり、且つ、許可される場合に限って、慣性補償通電量演算ブロックIJKにてIjt,Iktが演算され得る。この場合には、SNTが省略され、制御要否判定演算ブロックFLGの判定結果(FLj、FLk)、及び、制御可否判定演算ブロックFLHの判定結果(FLm,FLn,FLo)が、慣性補償通電量演算ブロックIJKに送信され、慣性補償制御が必要、且つ許可される場合に限ってIjt,Iktが演算され得る。