【実施例1】
【0011】
[デファレンシャル装置の全体構成]
図1は、ピニオン・シャフトに沿った方向で示すデファレンシャル装置の断面図、
図2は、
図1のII−II線矢視断面図である。
【0012】
図1、
図2のように、デファレンシャル装置1は、回転自在に支持されるデフ・ケース3、このデフ・ケース3内にピニオン・シャフト5により自転可能に支持されたピニオン・ギヤ7,8と、デフ・ケース3内に相対回転自在に支持されピニオン・ギヤ7,8に噛み合う一対のサイド・ギヤ9、11とを備えている。
【0013】
デフ・ケース3は、単体に形成された1ピース構造であり、ケース壁部13の外面にリング・ギヤ取り付け用のフランジ部15を周回状に一体に有している。デフ・ケース3の内面には、ピニオン・ギヤ凹支持面部17,19及びサイド・ギヤ凹支持面部21,23が形成されている。ピニオン・ギヤ凹支持面部17,19及びサイド・ギヤ凹支持面部21,23は、曲率中心Cとする同心球面の一部を構成する。曲率中心Cは、デフ・ケース3内のピニオン・ギヤ7,8及びサイド・ギヤ9,11の回転軸心の交点である。
【0014】
「同心球面の一部を構成する」とは、ピニオン・ギヤ凹支持面部17,19及びサイド・ギヤ凹支持面部21,23をデフ・ケース3内面の必要な面積で球面加工し、それ以外のデフ・ケース3内面は僅かに大径に鋳抜き、加工逃げとしている形態を意味する。但し、デフ・ケース3内面の全体を一体の球面で形成することも可能である。
【0015】
また、ピニオン・ギヤ7,8と、サイド・ギヤ9,11は、デフ・ケース3の球面状のピニオン・ギヤ凹支持面部17,19及びサイド・ギヤ凹支持面部21,23に支持され、かさ歯車を用いたギヤ組である。
【0016】
ケース壁部13の回転軸方向両側には、ボス部25,27が形成され、図示しない静止側部材としてのデフ・キャリヤにベアリングを介して回転自在に支持可能となっている。ボス部25,27の内周には、各々逆方向に向けた螺旋溝25a,27aが形成されている。螺旋溝25a,27aは、デフ・キャリヤ内に封入された潤滑用のオイルをデフ・ケース3内へ導入するためのものである。
【0017】
ケース壁部13には、対向する一対のピニオン・ギヤ凹支持面部17,19の中央においてピニオン・シャフト5の支持穴29,31が同芯に貫通形成されている。
【0018】
ケース壁部13には、ピニオン・シャフト5に直交する方向において一対の窓33(但し、
図2では、一方のみ現れ、他方は紙面直交方向で図外となている。)がフランジ部15に隣接して形成されている。
【0019】
一対の窓33は、デフ・ケース3の回転半径方向に対向するように形成され、重量バランスが採られている。この窓33は、何れからも旋削工具を挿入させ且つ該旋削工具回りで前記曲率中心Cを通る加工回転軸中心線を中心にデフ・ケース3を回転させることが可能である。
【0020】
デフ・ケース3は、旋盤のチャック治具で挟み込み、加工回転軸中心線を中心に回転させ、ピニオン・ギヤ凹支持面部17,19及びサイド・ギヤ凹支持面部21,23を旋削加工している。
【0021】
ピニオン・ギヤ7,8は、球面状の凸背面部7a,8aが同心球面状のピニオン・ギヤ凹支持面部17,19に球面状のピニオン・ワッシャ35、36を介して摺動回転可能に支持されている。
【0022】
ピニオン・ギヤ7,8は、ピニオン・シャフト5に回転自在に支持され、ピニオン・シャフト5は、支持穴29,31に嵌合支持され、スプリング・ピン39により抜け止め、回り止めが行われている。
【0023】
サイド・ギヤ9,11は、ピニオン・ギヤ7,8に噛み合い、球面状の凸背面部9a、11aが同心球面状のサイド・ギヤ凹支持面部21,23に球面状のサイド・ワッシャ41,43を介して摺動回転可能に支持されている。
【0024】
サイド・ギヤ9,11は、ボス部45の外周側に歯部47を備えている。ボス部45の内周には、インナー・スプライン49が形成されている。
【0025】
歯部47の歯底51は軸方向に曲折する内径側から径方向に曲折する外径側の間で円錐状に形成され、歯部47の歯先53は内径側から外径側へ円錐状に形成されている。円錐状に形成された歯底51と円錐状に形成された歯先53との中間径に、円錐状に形成されたピッチ円錐線55が位置している。
【0026】
凸背面部9a、11aは、歯部47に形成され、歯部47の歯底51外端側から歯先53外端側に渡り内径側から外径側へピッチ円錐線55を越えて形成されている。この凸背面部9a、11aは、歯部47の歯底51外端よりも内径側に延長形成されている。なお、凸背面部9a、11aの内径側への延長形成は省略することもできる。
【0027】
この凸背面部9a、11aよりも内径側にサイド・ギヤ凹支持面部21,23との間に空間を周回状に形成する環状凹部57が形成されている。
【0028】
サイド・ワッシャ41,43は、凸背面部9a、11aの全体幅に対応した径方向の幅で形成され、内径端縁41a,43aが、環状凹部57内へ屈曲形成され、縦背面57aに微少な間隔を有して係合可能に配置されている。
【0029】
したがって、凸背面部9a、11a及びサイド・ワッシャ41,43間の有効摩擦半径が、サイド・ギヤ9,11の歯部47の歯底51外端側及び歯先53外端側間に設定されている。
【0030】
差動回転時は、凸背面部9a、11a及びサイド・ワッシャ41,43間の有効摩擦半径が、サイド・ギヤ9,11の歯部47の歯底51外端側及び歯先53外端側間となることで、動力系と連動したレスポンスの良い差動制限を行わせることができ、一般車両における発進性や登坂性が向上可能な適度な差動制限機能を有したデファレンシャル装置を成立させることができる。
[ばね部材]
図3は、ばね部材の配置を示す
図1に対応する断面図、
図4は、ばね部材の配置を示す平面図、
図5は、ばね部材の斜視図、
図6は、ばね部材の側面図、
図7は、ばね部材の展開状態を示す平面図である。
【0031】
図1~
図4のように、ばね部材59は、サイド・ギヤ9、11間に介設されている。このばね部材59は、サイド・ギヤ9,11の球面状の凸背面部9a、11aをサイド・ギヤ凹支持面部21,23に対して付勢する。
【0032】
図5~
図7のように、ばね部材59は、屈曲形状の板ばねで形成されている。ばね部材59は、サイド・ギヤ9、11に対面するばね端部61、63を有している。サイド・ギヤ9、11には、
図1、
図2のように回転軸心回りの嵌合凸部9b、11bが周回状に設けられている。ばね端部61、63には、嵌合穴部61a、63aが設けられ、嵌合凸部9b、11bに嵌合穴部61a、63aが嵌合し、ばね部材59がサイド・ギヤ9、11間に係止されている。
【0033】
ばね端部61、63間は、断面S字形状に屈曲した弾性部65、67となっている。弾性部65、67の相互間隔は、
図2のように、ピニオン・シャフト5の外周径よりも若干大きくなっている。
【0034】
したがって、
図1、
図2のように、ばね端部61、63の嵌合穴部61a、63aがサイド・ギヤ9、11の嵌合凸部9b、11bに嵌合し、弾性部65、67がピニオン・シャフト5の両側に配置される状態となる。
[デファレンシャル・ギヤの組み込み]
デフ・ケース3に対して、サイド・ワッシャ41,43を凸背面部9a、11aに配置させたサイド・ギヤ9,11を窓33の何れかから挿入し、このサイド・ギヤ9,11を、サイド・ワッシャ41,43を介してサイド・ギヤ凹支持面部21,23に配置する。
【0035】
ついで、サイド・ギヤ9,11間にばね部材59を配置し、ばね端部61、63をサイド・ギヤ9、11に対面させ、嵌合穴部61a、63aをサイド・ギヤ9、11の嵌合凸部9b、11bに嵌合させる。この組み込み状態では、ばね部材59が
図3の二点鎖線図示から実線図示のように撓む。
【0036】
このばね部材59の撓みでサイド・ギヤ9,11が付勢され、凸背面部9a、11aがサイド・ワッシャ41,43を介してサイド・ギヤ凹支持面部21,23に押し付けられ、組み込み状態が維持される。
【0037】
ついで、ピニオン・ワッシャ35、36を凸背面部7a,8aに係合させたピニオン・ギヤ7,8を双方の窓33から各別に挿入して両サイド・ギヤ9,11に噛み合わせる。
【0038】
このピニオン・ギヤ7,8及びサイド・ギヤ9,11からなるデファレンシャル・ギヤをデフ・ケース3の回転軸心回りでデフ・ケース3に対し90°回転させ、
図1の配置状態とする。この時点では、ピニオン・シャフト5は組み込まれてはいない。
【0039】
ピニオン・ギヤ7,8及びサイド・ギヤ9,11からなるデファレンシャルギヤが
図1
の配置状態において、ピニオン・シャフト5をデフ・ケース3の支持穴29又は支持穴31から
図1、
図2の位置まで差し込み、デファレンシャル・ギヤの組み込みが完了する。その後、デフ・ケース3とピニオン・シャフト5との間に、スプリング・ピン39を組み付け、ピニオン・シャフト5の抜け止め、回り止めが行われる。
【0040】
このように組み上げられたデファレンシャル装置1は、自動車への組み付けに際し、デフ・ケース3のボス部25,27の内周に車軸側のサイド・シャフトを挿入してサイド・ギヤ9,11のインナー・スプライン49へスプライン結合させる。
[差動回転]
自動車走行時の両車軸の差動回転は、両サイド・ギヤ9,11がピニオン・ギヤ7,8の自転により差動回転して許容され、差動回転と共に凸背面部9a、11aがサイド・ワッシャ41,43を介したサイド・ギヤ凹支持面部21,23への押し付けが強くなり、差動制限力を発生する。
【0041】
差動初期は、ばね部材59の撓みでサイド・ギヤ9,11が付勢され、凸背面部9a、11aがサイド・ワッシャ41,43を介してサイド・ギヤ凹支持面部21,23に押し付けられているから、イニシャル・トルクが発生する。
【0042】
したがって、イニシャル・トルクにより差動回転初期から差動制限力を発生させることができる。
【0043】
この場合、装置のサイズを大きくしなくともサイド・ギヤ9,11の球面状の凸背面部9a、11aとデフ・ケース3の球面状のサイド・ギヤ凹支持面部21,23との間の摩擦半径を、従来の垂直な面での摺接に比較して容易に大きくすることができ、その分ばね力を減少させて耐摩耗性を向上させることができる。
【0044】
また、本願発明実施例のいわゆる球面デフによれば、摩擦面の垂直荷重が、一対のサイド・ギヤ9,11間に配置されたばね部材59の軸方向荷重に対して増幅され、その分、ばね部材59のばね力を低く設定することが可能となり、ばねの成立性を容易とし、耐久性を向上させることが可能となる。
【0045】
クラッチ・トルク(Tc)及びイニシャル・トルク(Ti)の関係は、以下のようになる。
【0046】
・クラッチ・トルク(Tc)={スプリング荷重(Fs)/回転軸線からの傾斜角(Sinθ)}×摩擦力(μ)×摩擦面の有効径(R)
・イニシャル・トルク(Ti)=クラッチ・トルク(Tc)×トルクバイアスレシオ(TBR)+クラッチ・トルク(Tc)
図8は、ばね力とイニシャル・トルクとの関係のグラフである。
【0047】
図8において、実線が本願発明実施例のいわゆる球面デフの結果であり、破線が、従来の回転軸芯に直交する平坦な面での摺接する比較例の結果である。
【0048】
この
図8から明らかなように、同じイニシャル・トルクを得るのに本願発明実施例のいわゆる球面デフでは、ばね部材59のスプリング荷重を容易に1/3程度にすることができた。
【0049】
スプリング荷重が小さい分、サイド・ギヤ凹支持面部21,23等の摩擦面の摩耗が低減され、摩擦特性が安定する。摩耗粉の発生も抑制できる。
【0050】
摩耗粉の発生を抑制できることでばね部材59の経時変化が小さく、ばね部材59の押し付け力が常に安定する。
【0051】
したがって、イニシャル・トルクの特性変化が安定し、性能が安定し、耐久性が高いデファレンシャル装置となり得る。
[実施例1の効果]
本発明実施例1のデファレンシャル装置1は、回転自在に支持されるデフ・ケース3と、このデフ・ケース3内にピニオン・シャフト5により自転可能に支持されたピニオン・ギヤ7、8と、デフ・ケース3内に相対回転自在に支持されピニオン・ギヤ7、8に噛み合う一対のサイド・ギヤ9、11とを備え、ピニオン・ギヤ7、8及びサイド・ギヤ9、11にデフ・ケース3の内面に対向する球面状の凸背面部9a、11aを形成し、デフ・ケース3の内面にピニオン・ギヤ7、8及びサイド・ギヤ9、11の球面状の凸背面部7a、8a、9a、11aをそれぞれ自転摺動可能に支持する球面状のピニオン・ギヤ凹支持面部17,19及びサイド・ギヤ凹支持面部21、23を形成し、サイド・ギヤ9、11間にばね部材59を介設し、サイド・ギヤ9、11の球面状の凸背面部9a、11aをサイド・ギヤ凹支持面部21、23に対して付勢する。
【0052】
このため、摩擦半径を大きくするためにデフ・ケース3及びサイド・ギヤ9、11間の摺動部の形状を外径側に増大して装置のサイズを大きくしなくとも、サイド・ギヤ9,11の球面状の凸背面部9a、11aとデフ・ケース3の球面状のサイド・ギヤ凹支持面部21,23との間の摩擦半径を、従来の垂直な面での摺接に比較して大きくすることができる。また、ばね部材59のばね力を低く設定することが可能となり、ばねの成立性を容易とし、耐久性を向上させることが可能となる。
【0053】
ばね部材59は、屈曲形状の板ばねで形成されている。
【0054】
このため、サイド・ギヤ9,11間にも無理なく配置することができる。
【0055】
サイド・ギヤ3に、回転軸心回りの嵌合凸部9b、11bを設け、ばね部材59は、サイド・ギヤ9,11に対面するばね端部61、63を有し、ばね端部61、63に、嵌合凸部9b、11bに嵌合する嵌合穴部61a、63aを設けた。
【0056】
このため、ばね部材59の配置を位置決めることができ、イニシャル・トルクを正確に設定することができる。