特許第5912999号(P5912999)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5912999
(24)【登録日】2016年4月8日
(45)【発行日】2016年4月27日
(54)【発明の名称】合成石英ガラスの熱処理方法
(51)【国際特許分類】
   C03B 20/00 20060101AFI20160414BHJP
   C03B 25/02 20060101ALI20160414BHJP
   G02B 1/02 20060101ALI20160414BHJP
【FI】
   C03B20/00 E
   C03B20/00 K
   C03B25/02
   G02B1/02
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-186392(P2012-186392)
(22)【出願日】2012年8月27日
(65)【公開番号】特開2014-43373(P2014-43373A)
(43)【公開日】2014年3月13日
【審査請求日】2015年6月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000190138
【氏名又は名称】信越石英株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【弁理士】
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(72)【発明者】
【氏名】原田 茂雄
【審査官】 田中 則充
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−167227(JP,A)
【文献】 特開2009−298670(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 20/00
C03B 19/14
C03B 25/02
G02B 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
向かい合った2つの底面と側面とを有する円柱形状の合成石英ガラスを、断熱材で覆った状態で熱処理する際に、複数の合成石英ガラスを準備し、前記複数の合成石英ガラスを同一の熱処理炉を用いて同時に熱処理する方法であって、
前記2つの底面を覆う底面断熱材と、前記側面を覆う側面断熱材として、種類及び厚さの少なくともいずれか一方が異なることにより断熱効果が異なる断熱材を用いて前記熱処理を行い、前記合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を制御し、
前記複数の合成石英ガラスのうち少なくとも1つの前記底面断熱材及び側面断熱材を、その他の合成石英ガラスの前記底面断熱材及び側面断熱材とは断熱効果が異なるように配置して熱処理を行うことにより、前記複数の合成石英ガラスのうち少なくとも1つの複屈折進相軸の方向を、前記その他の合成石英ガラスとは異なる方向に制御することを特徴とする合成石英ガラスの熱処理方法。
【請求項2】
前記底面断熱材の断熱効果を、前記側面断熱材の断熱効果よりも小さくすることにより、前記合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を、前記底面の半径方向に制御することを特徴とする請求項1に記載の合成石英ガラスの熱処理方法。
【請求項3】
前記底面断熱材の断熱効果を、前記側面断熱材の断熱効果よりも大きくすることにより、前記合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を、前記底面の接線方向に制御することを特徴とする請求項1に記載の合成石英ガラスの熱処理方法。
【請求項4】
前記断熱材を、前記合成石英ガラスを内包可能な石英ガラス製容器とすることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の合成石英ガラスの熱処理方法。
【請求項5】
前記石英ガラス製容器の内側にさらにSiO粉又はSiO繊維を充填することを特徴とする請求項4に記載の合成石英ガラスの熱処理方法。
【請求項6】
前記熱処理する合成石英ガラスを、露光装置の光学系に用いる光学用合成石英ガラスとすることを特徴とする請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の合成石英ガラスの熱処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学用等の合成石英ガラスを熱処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体集積回路の製造のための露光装置には、光リソグラフィー技術が用いられている。近年、半導体集積回路の微細化、高集積化に伴い、露光用の光源の短波長化が進んでいる。現在ではArFエキシマレーザー(波長193.4nm)を用いた露光装置に用いられる光学部材には、高均質性、高透過性、及び高いレーザー耐性等を充たすことが要求されている。
【0003】
これらの高い要求を充たす光学部材の材料として、高純度の合成石英ガラスが用いられている。この合成石英ガラスの製造工程において、均質性の向上や複屈折の低減には、歪除去のために行う熱処理(アニール処理)を施すことが一般的な製造方法とされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、シリカガラスを容器、粉末、あるいは、板で覆った状態でアニールすることが記載されている。また、特許文献2には、容器中に粉末を収容し、この粉末中に光学用合成石英ガラス製品を埋めてアニールすることが記載されている。
【0005】
また、特許文献3には、光軸と垂直方向の複屈折値の分布を低減された合成石英ガラスを製造するために、合成石英ガラスブロックの加熱工程中の光軸方向の温度変化を、光軸方向と垂直方向の温度変化よりも小さくすることが記載されている。
【0006】
また、特許文献4には、合成シリカガラス体の歪除去及び純化を行う熱処理方法であって、被処理物の外表面の全てを高純度のSiO質粉体によって接触状態で被覆して熱処理することが記載されている。
【0007】
しかしながら、一般的な公知の歪除去のための熱処理を行っても、光学部材を多数使用する露光装置においては、各光学部材の複屈折が積算され、装置全体では大きな複屈折が形成されてしまうという問題があった。
【0008】
このことに関して、特許文献5、並びに、特許文献6及び特許文献7では、例えば、タイプの異なる2つの合成石英ガラス(A・Bとする)を用いて全体で複屈折を小さくすることを説明している。この内容は、A・B2つの合成石英ガラスの複屈折(複屈折位相差)が同じであって、かつ進相軸の方向が互いに直行するような分布を有する場合、合成石英ガラスAの進相軸と同Bの遅相軸(進相軸と直交する)が同一方向に重なるため、2つの合成石英ガラスの複屈折の効果は相殺され、積算相当の複屈折はゼロになる、というものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平08−091857号公報
【特許文献2】特開平11−011965号公報
【特許文献3】特開2009−298670号公報
【特許文献4】特開2011−213561号公報
【特許文献5】特開2005−239537号公報
【特許文献6】特開2007−223888号公報
【特許文献7】特開2007−223889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述のように合成石英ガラスの複屈折進相軸(単に「進相軸」とも呼ぶ)の方向を制御する方法が重要であるが、そのように制御できる方法は十分には確立されていない。特許文献5の方法、並びに特許文献6及び特許文献7の方法では、それぞれ個々に課題を残している。
【0011】
特許文献5では、2種類の進相軸方向の石英ガラスを作製するために、標準のアニール処理に加えて、第2のアニール処理を必要とする。すなわち、一方(進相軸を円筒縦軸に対する接線配向とすること)は標準アニールのみ、他方(円筒縦軸に対する半径方向とすること)は標準アニール処理に加えて、第2のアニール処理を行う必要がある。
【0012】
特許文献6及び特許文献7の方法では、原材料となる合成石英ガラスのOH基濃度分布の規定があり、このOH基濃度分布の合成石英ガラスを作り分けることにより2種類の進相軸を持つ石英ガラスを作り分けている。
【0013】
特許文献5の方法ではアニール手法が2種類・2段階になること、特許文献6及び特許文献7の方法では原料を作製した後の工程では複屈折を調整しえないものとなること、この2点が十分ではないという問題があった。
【0014】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたもので、1回の熱処理により、且つ、原材料のOH基濃度分布を特別限定せずに、熱処理後の合成石英ガラスにおける複屈折進相軸の方向を制御することができる合成石英ガラスの熱処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、向かい合った2つの底面と側面とを有する円柱形状の合成石英ガラスを、断熱材で覆った状態で熱処理する方法であって、前記2つの底面を覆う底面断熱材と、前記側面を覆う側面断熱材として、種類及び厚さの少なくともいずれか一方が異なることにより断熱効果が異なる断熱材を用いて前記熱処理を行い、前記合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を制御することを特徴とする合成石英ガラスの熱処理方法を提供する。
【0016】
このような合成石英ガラスの熱処理方法であれば、1回の熱処理により、且つ、原材料のOH基濃度分布を特別限定せずに、熱処理後の合成石英ガラスにおける複屈折進相軸の方向を制御することができる。
【0017】
本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法では、前記底面断熱材の断熱効果を、前記側面断熱材の断熱効果よりも小さくすることにより、前記合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を、前記底面の半径方向に制御することができる。
【0018】
本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法では、前記底面断熱材の断熱効果を、前記側面断熱材の断熱効果よりも大きくすることにより、前記合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を、前記底面の接線方向に制御することもできる。
【0019】
このように、本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法では、複屈折進相軸の方向を底面の半径方向、又は、底面の接線方向に制御することができる。
【0020】
また、本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法では、前記断熱材を、前記合成石英ガラスを内包可能な石英ガラス製容器とすることが好ましい。
【0021】
この場合、前記石英ガラス製容器の内側にさらにSiO粉又はSiO繊維を充填することができる。
【0022】
断熱材をこのような態様のものとすれば、合成石英ガラスの周囲の断熱効果を調節しやすい。
【0023】
また、本発明は、複数の合成石英ガラスを準備し、上記の合成石英ガラスの熱処理方法により、前記複数の合成石英ガラスを同一の熱処理炉を用いて同時に熱処理する方法であって、前記複数の合成石英ガラスのうち少なくとも1つの前記底面断熱材及び側面断熱材を、その他の合成石英ガラスの前記底面断熱材及び側面断熱材とは断熱効果が異なるように配置して熱処理を行うことにより、前記複数の合成石英ガラスのうち少なくとも1つの複屈折進相軸の方向を、前記その他の合成石英ガラスとは異なる方向に制御することを特徴とする合成石英ガラスの熱処理方法を提供する。
【0024】
このように、本発明では、複数の合成石英ガラスを同一の熱処理炉を用いて同時に熱処理する場合であっても、異なる複屈折進相軸の方向を有する複数の合成石英ガラスを作りわけることができる。
【0025】
また、本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法においては、前記熱処理する合成石英ガラスを、露光装置の光学系に用いる光学用合成石英ガラスとすることができる。
【0026】
本発明では、複屈折進相軸の方向を制御することができるので、熱処理する合成石英ガラスとしては光学用合成石英ガラスとするのが好適である。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法に従えば、1回の熱処理により、且つ、原材料のOH基濃度分布を特別限定せずに、熱処理後の合成石英ガラスにおける複屈折進相軸の方向を制御することができる。これにより、例えば複屈折進相軸の方向が異なる2種類の合成石英ガラスを簡単且つ確実に得ることができる。また本発明では、熱処理温度プログラムを同じものとすれば、同一炉内で複数の合成石英ガラスを熱処理することも可能であるため、製造工程の効率が良い。また、これによって2種の複屈折進相軸方向を有する合成石英ガラスを同一炉・同一バッチで作製することも可能であり、この点からも効率的である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法において用いることができる熱処理炉の構成例を示す概略断面図である。
図2】本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法において用いることができる熱処理炉の別の構成例を示す概略断面図である。
図3】合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向の定義を説明するための模式図である。
図4】実施例における熱処理の温度プログラムを示すグラフである。
図5】実施例1で熱処理した合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図6】実施例2で熱処理した合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図7】実施例3で熱処理した合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図8】実施例4で熱処理した合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図9】実施例5で熱処理した合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図10】実施例6で熱処理した合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図11】比較例において、複屈折の低減を図った合成石英ガラス内における、底面の半径方向に沿った複屈折の分布を示すグラフ(a)及び複屈折進相軸の角度の分布を示すグラフ(b)である。
図12】合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向の定義を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照しながら、本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法を具体的に説明する。
【0030】
図1に、本発明に係る合成石英ガラスの熱処理方法において用いることができる熱処理炉の構成の一例を示した。
【0031】
熱処理炉(大気炉)11を用いて、その内部で合成石英ガラス(合成石英ガラス成形体)100を熱処理する。熱処理する合成石英ガラス100は、向かい合った2つの底面101、102と側面103とを有する円柱形状である。本発明は、熱処理する合成石英ガラス100は、露光装置の光学系に用いる光学用合成石英ガラスである場合に特に好適である。特に250nm又はこれよりも短い波長の紫外線を用いる光学装置に用いられる光学部材に好適である。
【0032】
熱処理炉11は、内部に合成石英ガラス100を載置する炉材12及び合成石英ガラス100を加熱するヒーター13を具備している。合成石英ガラス100を熱処理する際に、断熱材で合成石英ガラス100を覆う。本発明では、合成石英ガラス100の2つの底面101、102を覆う底面断熱材と、側面103を覆う側面断熱材として、種類及び厚さの少なくともいずれか一方が異なることにより断熱効果が異なる断熱材を用いて熱処理を行う。
【0033】
図1には、合成石英ガラス100を覆う断熱材を、合成石英ガラスを内包可能な石英ガラス製容器とする場合を示した。この石英ガラス製容器は、下部断熱材21、上部断熱材22、リング状の断熱材23とからなる。この場合、「底面断熱材」は、下部断熱材21及び上部断熱材22であり、「側面断熱材」は、リング状の断熱材23である。石英ガラス製容器は、合成石英ガラス製であっても天然石英ガラス製であってもよい。合成石英ガラス製であればより高純度であるため好ましい。そして、図1では、リング状の断熱材23の方が、上部断熱材22及び下部断熱材21よりも厚く形成されている場合を示している。もちろん、これらの厚さは逆にすることもできる。
【0034】
図2には、合成石英ガラスを内包可能な石英ガラス製容器(下部断熱材31、上部断熱材32、リング状の断熱材33)の内側に、合成石英ガラス100との間隙を充填可能な断熱材34を用いる場合を示した。充填可能な断熱材34は、SiO粉又はSiO繊維とすることができる。この粉末又は繊維は、合成石英ガラス製であってもよく、また水晶粉をはじめとするSiO結晶粉であってもよい。合成石英ガラス製であればより高純度であるため好ましい。またHCl雰囲気中での加熱により高純度化した天然石英ガラスやSiO結晶粉も同様の理由で好ましい。この場合、「底面断熱材」は、1つは、下部断熱材31と、充填可能な断熱材34のうち、合成石英ガラス100の下側の底面101を覆う部分であり、もう1つは、上部断熱材32と、充填可能な断熱材34のうち、合成石英ガラス100の上側の底面102を覆う部分である。また、「側面断熱材」は、リング状の断熱材33と、充填可能な断熱材34のうち、合成石英ガラス100の側面103を覆う部分である。そして、図2では、充填可能な断熱材34のうち、合成石英ガラス100の側面103を覆う部分が、底面101、102を覆う部分より厚い場合を示しているが、逆にすることもできる。
【0035】
図1又は図2に示した状態で熱処理を行うことにより、合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を制御することができる。熱処理するための温度プログラム(温度プロファイル)は、合成石英ガラスの歪除去をするための公知のものを用いることができる。
【0036】
より具体的には、底面断熱材の断熱効果を、側面断熱材の断熱効果よりも小さくすることにより、合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を、底面の半径方向に制御することができる。また、底面断熱材の断熱効果を、側面断熱材の断熱効果よりも大きくすることにより、合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を、底面の接線方向に制御することができる。合成石英ガラスを覆う断熱材の断熱効果を調節することにより、合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向を制御できる理由は、必ずしも明らかではないが、以下のように推定される。一般に、石英ガラスはある温度以下の温度帯から急冷すると体積が小さく(密度が高く)なり、徐冷すると体積が大きく(密度が小さく)なる性質がある。合成石英ガラスの底面における断熱効果を小さく、側面における断熱効果を大きくすると、底面部からの放冷が主となるため、半径方向の冷却は徐冷となり、半径方向の各点で膨張しようとする応力が働き、半径方向の複屈折進相軸が分布しやすくなる。反対に、合成石英ガラスの底面における断熱効果を大きく、側面における断熱効果を小さくすると、側面部からの放冷が主となるため、側面部からの急冷が進み、その結果、半径方向の各点で収縮しようとする応力が働くことにより、接線方向の複屈折進相軸が分布しやすくなる。
【0037】
底面断熱材による断熱効果と側面断熱材による断熱効果の配分は、2〜5倍程度が望ましい。ただし、複屈折の値(位相差)が大きくなる場合はその範囲外でも調整が可能である。
【0038】
合成石英ガラス100における複屈折進相軸の方向について、図3を参照して説明する。図3は、合成石英ガラス100の底面を示す模式図である。「底面の半径方向」とは、底面の中心Oと、複屈折進相軸を評価する評価点Pを通る方向のことであり、「放射方向」ともいう。「底面の接線方向」とは、評価点Pにおいて底面の半径方向と直交する方向であり、「同心円方向」ともいう。
【0039】
図3中、角度範囲Aは、底面の半径方向に対して−45°〜+45°の範囲を示している。この範囲は、半径方向に近しい方向である。一方、角度範囲Bは、底面の接線方向に対して−45°〜+45°の方向(すなわち、半径方向に対して+135°〜+45°又は−45°〜−135°の方向)を示している。この範囲は、接線方向に近しい方向である。図3には、例として複屈折進相軸の方向と半径方向の成す角度αが角度範囲A(半径方向に対して−45°〜+45°)にある場合を示している。
【0040】
本発明では、複数の合成石英ガラスを準備し、上記の合成石英ガラスの熱処理方法により、複数の合成石英ガラスを同一の熱処理炉を用いて同時に熱処理することもできる。複数の合成石英ガラスを同時に熱処理するものとすれば、製造工程の効率が良い。
【0041】
また、本発明では、複数の合成石英ガラスを同一の熱処理炉を用いて同時に熱処理する場合であっても、異なる複屈折進相軸の方向を有する複数の合成石英ガラスを作りわけることができる。具体的には、複数の合成石英ガラスを同一の熱処理炉を用いて同時に熱処理する場合に、複数の合成石英ガラスのうち、少なくとも1つの合成石英ガラス(合成石英ガラスaとする)の底面断熱材及び側面断熱材を、その他の合成石英ガラス(合成石英ガラスbとする)の底面断熱材及び側面断熱材とは断熱効果が異なるように配置して熱処理を行う。これにより、合成石英ガラスaの複屈折進相軸の方向を、合成石英ガラスbとは異なる方向に制御することができる。これによって2種の複屈折進相軸方向を有する合成石英ガラスを同一炉・同一バッチで作製することが可能であり、効率的である。
【実施例】
【0042】
以下、本発明の実施例及び比較例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0043】
(実施例1〜4の共通条件)
外径150mm以上の石英ガラス母材から、必要重量の塊を切り出し、カーボンを型として溶融・圧縮・成型を行い、外径350mm厚み70mmの寸法を有する平らな円柱形状の合成石英ガラス100を得た。この得られた合成石英ガラス100に対し、図2に示したような、ヒーター13等を備えた熱処理炉(大気炉)11にて、実施例1〜4として、条件を変えて熱処理(アニール処理)を行った。
【0044】
このアニール処理では、平らな円柱形状の合成石英ガラスを包含することが可能な石英ガラス製の容器を用いた。これらは円板形状の下部断熱材(下板)31、同じく円板形状の上部断熱材(上板)32、円筒形状であるリング状断熱材33からなり、処理条件に応じて種々のサイズを必要とする。それぞれの断熱材の肉厚は、下部断熱材31が20mm、上部断熱材32が20mm、リング状断熱材33が20mmのものを用いた。
【0045】
さらに、合成石英ガラス100と石英ガラス容器の間隙には充填可能な断熱材34としてSiO粉(Unimin社製Iota粉、粒径:〜400μm、Al:〜30ppm)を用いた。
【0046】
熱処理を施す温度プログラムは、図4に示す温度プログラムを用いた。すなわち、加熱開始から10時間かけて1200℃まで昇温し、1200℃で50時間維持した後、100時間かけて1000℃まで降温し、その後、ヒーターによる加熱を停止し、放冷した。
【0047】
(実施例1)
外径350mm厚み70mmの合成石英ガラス100を、内径540mmの石英ガラス製のリング状断熱材33に内包し、合成石英ガラス100の上側の底面(上面)102と上部断熱材32との間に2mm厚み、下側の底面(下面)101と下部断熱材31との間に2mm厚み、側面103とリング状断熱材33との間に95mm厚みで石英粉を充填した。図2に示した熱処理炉(大気炉)11のように、熱処理炉内の炉材12の上にこれを設置し、上記熱処理を施した。
【0048】
(実施例2)
外径350mm厚み70mmの合成石英ガラス100を、内径390mmの石英ガラス製のリング状断熱材33に内包し、合成石英ガラス100の上側の底面102と上部断熱材32との間に20mm厚み、下側の底面101と下部断熱材31との間に20mm厚み、側面103とリング状断熱材33との間に20mm厚みで石英粉を充填した。図2に示した熱処理炉(大気炉)11のように、熱処理炉内の炉材12の上にこれを設置し、上記熱処理を施した。
【0049】
実施例1及び実施例2の合成石英ガラス100はそれぞれ、熱処理後にユニオプト社製の複屈折測定器(波長=633nmの光源)で複屈折を測定すると、図5(a)(実施例1)及び図6(a)(実施例2)のグラフに示した複屈折の値(位相差)を持つことが分かった。グラフ中では符号付の絶対値で各位置における複屈折値を示した。この符号で進相軸の軸向きを示した。正の値は、半径方向に対して「+45°〜−45°」の角度(図3の角度範囲A、半径方向)、負の値は、半径方向に対して「+135°〜+45°、又は−45°〜−135°」の角度(図3の角度範囲B、接線方向)を持つことを示している。また、この測定により得られた、実施例1及び実施例2のそれぞれの合成石英ガラス100の複屈折進相軸の角度分布を図5(b)(実施例1)及び図6(b)(実施例2)に示した。
【0050】
図12は、1つの合成石英ガラス101の複屈折進相軸の方向の定義を説明するための模式図である。図12(a)には、合成石英ガラス101の上面から見た様子を示している。図12(b)は図12(a)の中心Oを通る1つの半径方向を拡大して示した拡大図である。図12(a)、(b)に示したように、合成石英ガラス101の半径方向に複屈折を測定するときに、中心Oを通る1つの半径方向の複屈折測定点を中心側からa、a、…、a、…、aとする。
【0051】
図12(c)を参照して、測定点aにおける複屈折進相軸の方向の定義を説明する。図12(c)に示したように、測定点aにおいて、便宜上、半径方向(放射方向)をX方向、接線方向(同心円方向)をY方向とする。また、進相軸の方向が、X方向と成す角度をθとする。ここで、複屈折の大きさ(位相差)をReとすると、測定点aにおける複屈折は、以下のように、半径方向成分と接線方向成分に分けることができる。
半径方向成分 = Re・cosθ
接線方向成分 = Re・sinθ
【0052】
半径方向の各測定点a、a、…、a、…、aで測定した、上記の半径方向成分及び接線方向成分の平均値を比較して、1つの合成石英ガラス101についての複屈折進相軸の方向を定義する。
【0053】
1つの合成石英ガラス101における、複屈折の大きさの半径方向成分の平均値は、以下のように表される。
【数1】
1つの合成石英ガラス101における、複屈折の大きさの接線方向成分の平均値は、以下のように表される。
【数2】
上記平均値を比較し、その比が2:1以上に偏った場合に、その比2以上の成分を、その合成石英ガラス101の進相軸方向と定義する。
【0054】
これに従って計算すると、実施例1では半径方向成分の平均値が0.29nm/cm、接線方向成分の平均値が0.05nm/cmであり、熱処理した合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向は半径方向である。実施例2では、半径方向成分の平均値が0.03nm/cm、接線方向成分の平均値が0.23nm/cmであり、熱処理した合成石英ガラスの複屈折進相軸の方向は接線方向である。
【0055】
なお、波長633nmで測定した複屈折は、紫外光における複屈折とは厳密には一致しないが、複屈折進相軸の方向は同様の傾向となる。紫外光のように測定波長より短波長の光を使用すると複屈折位相差は大きくなる傾向にあるが、進相軸の軸向きは変わらない。
【0056】
実施例1及び実施例2で熱処理した合成石英ガラス100は、1回の熱処理により、且つ、原材料のOH基濃度分布を特別限定せずに、複屈折進相軸の方向を制御することができた。
【0057】
この実施例1及び実施例2は、同一炉内、同一バッチで、異なる断熱条件で複数の合成石英ガラス100を処理することが可能であることを示しており、また進相軸の方向が異なる2種類の合成石英ガラス100が得られることを示している。
【0058】
(実施例3)
外径350mm厚み70mmの合成石英ガラス100を、内径590mmの石英ガラス製のリング状断熱材33に内包し、合成石英ガラス100の上側の底面102と上部断熱材32との間に2mm厚み、下側の底面101と下部断熱材31との間に2mm厚み、側面103とリング状断熱材33との間に120mm厚みで石英粉を充填した。図2に示した熱処理炉(大気炉)11のように、熱処理炉内の炉材12の上にこれを設置し、上記熱処理を施した。
【0059】
その後、実施例1及び実施例2と同様に複屈折分布及び複屈折進相軸の角度分布を測定した結果、図7(a)、(b)に示す結果となった。また、各測定点における半径方向成分の平均値は0.65nm/cm、接線方向成分が0.04nm/cmであり、複屈折進相軸の方向は半径方向である。
【0060】
(実施例4)
外径350mm厚み70mmの合成石英ガラス100を、内径360mmの石英ガラス製のリング状断熱材33に内包し、合成石英ガラス100の上側の底面102と上部断熱材32との間に20mm厚み、下側の底面101と下部断熱材31との間に20mm厚み、側面103とリング状断熱材33との間に5mm厚みで石英粉を充填した。図2に示した熱処理炉(大気炉)11のように、熱処理炉内の炉材12の上にこれを設置し、上記熱処理を施した。
【0061】
その後、実施例1及び実施例2と同様に複屈折分布及び複屈折進相軸の角度分布を測定した結果、図8(a)、(b)に示すようになった。また、各測定点における半径方向成分の平均値は0.05nm/cm、接線方向成分が0.70nm/cmであり、複屈折進相軸の方向は接線方向である。
【0062】
(実施例5)
まず、外径150mm以上の石英ガラス母材から、必要重量の塊を切り出し、カーボンを型として溶融・圧縮・成型を行い、外径350mm厚み70mmの寸法を有する平らな円柱形状の合成石英ガラス100を得た。この得られた合成石英ガラス100に対し、図1に示したような、ヒーター13等を備えた熱処理炉(大気炉)11にて、熱処理(アニール処理)を行った。
【0063】
外径350mm厚み70mmの合成石英ガラス100を、内径350mm−外径530mmの石英ガラス製のリング状断熱材23に内包し、合成石英ガラス100の上側の底面に厚み5mmの上部断熱材22、下側の底面に厚み5mmの下部断熱材21を用いて覆った。その後、図1に示した熱処理炉11のように、熱処理炉内の炉材12の上にこれを設置し、図4に示す温度プログラムで熱処理を施した。すなわち、加熱開始から10時間かけて1200℃まで昇温し、1200℃で50時間維持した後、100時間かけて1000℃まで降温し、その後、ヒーターによる加熱を停止し、放冷した。
【0064】
その後、実施例1及び実施例2と同様に複屈折分布及び複屈折進相軸の角度分布を測定した結果、図9(a)、(b)に示すようになった。各測定点における半径方向成分の平均値は0.39nm/cm、接線方向成分の平均値は0.04nm/cmであり、複屈折進相軸の方向は半径方向である。
(実施例6)
上部断熱材22の厚みを変更した他は実施例5と同様にして熱処理を行った。すなわち、外径350mm厚み70mmの合成石英ガラス100を、内径350mm−外径390mmの石英ガラス製のリング状断熱材23に内包し、合成石英ガラス100の上側の底面に厚み20mmの上部断熱材22、下側の底面に厚み20mmの下部断熱材21を用いて覆った。その後、図1に示した熱処理炉11のように、熱処理炉内の炉材12の上にこれを設置し、図4に示す温度プログラムで熱処理を施した。
【0065】
その後、実施例1及び実施例2と同様に複屈折分布及び複屈折進相軸の角度分布を測定した結果、図10(a)、(b)に示すようになった。各測定点における半径方向成分の平均値は0.06nm/cm、接線方向成分の平均値は0.37nm/cmであり、複屈折進相軸の方向は接線方向である。
【0066】
実施例1〜6の条件及び結果を表1にまとめた。表1中の数値の単位はmmである。
【0067】
【表1】
【0068】
(比較例)
実施例1〜4と同様に、外径150mm以上の石英ガラス母材から、必要重量の塊を切り出し、カーボンを型として溶融・圧縮・成型を行い、外径350mm厚み70mmの寸法を有する平らな円柱形状の合成石英ガラスを得た。この合成石英ガラスに対し、断熱効果については特に調節せずに石英ガラス製容器と石英ガラス粉により断熱し、均質性の向上や複屈折の低減のために一般的に行われる熱処理を行った。
【0069】
その後、実施例1と同様に複屈折分布及び複屈折進相軸の角度分布を測定した結果、図11(a)、(b)に示す結果となった。すなわち、複屈折の値が全体に低減されており、均質性が高い合成石英ガラスが得られているが、半径方向に沿って、複屈折進相軸の方向(符号)が中心領域以外でも何度も入れ替わっており、これは複屈折進相軸の分布を制御したものではない。
【0070】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は単なる例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【符号の説明】
【0071】
11…熱処理炉、 12…炉材、 13…ヒーター、
21、31…下部断熱材(底面断熱材)、 22、32…上部断熱材(底面断熱材)、
23、33…リング状の断熱材(側面断熱材)、 34…間隙を充填可能な断熱材、
100…合成石英ガラス、 101…底面(下面)、 102…底面(上面)、
103…側面。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12