【文献】
高橋宏幸 他,フィラーの充填がゴム粘弾性に与える影響の分子動力学計算による解析(2),第24回エラストマー討論会講演要旨集,2012年11月29日,pp.29-30
【文献】
冨田佳宏,補強材充てんゴムの粘弾性変形応答シミュレーション,日本ゴム協会誌,2009年11月,Vol.82 No.11,pp.464-471
【文献】
N.Guskos et al.,In situ synthesis, morphology and magnetic properties of poly(ether-ester) multiblock copolymer/carbon-covered nickel nanosystems,Journal of Non-Crystalline Solids,2010年,Vol.356,pp.1893-1901
【文献】
Robert A.Riggleman et al.,Entanglement network in nanoparticle reinforced polymers,THE JOURNAL OF CHEMICAL PHYSICS,2009年,Vol.130,pp.244903-1〜244903-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の一形態が図面に基づき説明される。
本実施形態の高分子材料のシミュレーション方法(以下、単に「シミュレーション方法」ということがある)は、コンピュータを用いて、充填剤を含有する高分子材料の変形を計算する方法である。
【0020】
図1は、本発明のシミュレーション方法を実行するためのコンピュータの斜視図である。コンピュータ1は、本体1a、キーボード1b、マウス1c及びディスプレイ装置1dを含んでいる。この本体1aには、例えば、演算処理装置(CPU)、ROM、作業用メモリ、磁気ディスクなどの記憶装置、及び、ディスクドライブ装置1a1、1a2が設けられている。また、記憶装置には、本実施形態のシミュレーション方法を実行するためのソフトウェア等が予め記憶されている。
【0021】
図2は、本実施形態の高分子材料の概略的な部分拡大断面図である。
図3は、ポリブタジエンの構造式である。高分子材料2としては、例えば、ゴム、樹脂、又は、エラストマー等が含まれる。本実施形態の高分子材料2は、cis-1,4ポリブタジエン(以下、単に「ポリブタジエン」ということがある。)が例示される。このポリブタジエンを構成する高分子鎖は、メチレン基(−CH
2−)とメチン基(−CH−)とからなるモノマー{−[CH
2−CH=CH−CH
2]−}が、重合度nで連結されて構成されている。なお、高分子材料には、ポリブタジエン以外の高分子材料が用いられてもよい。また、高分子材料2に含有される充填剤3としては、例えば、カーボンブラック、シリカ、又は、アルミナ等が含まれる。
【0022】
図4は、本実施形態のシミュレーション方法の処理手順の一例を示すフローチャートである。本実施形態のシミュレーション方法では、先ず、走査型透過電子顕微鏡を用いて、高分子材料2の電子線透過画像が取得される(撮像工程S1)。
【0023】
図5は、本実施形態の走査型透過電子顕微鏡の一例を示す概略図である。走査型透過電子顕微鏡装置4は、従来の走査型透過電子顕微鏡と同様に、電子銃5と、集束レンズ8と、X方向走査コイル9x及びY方向走査コイル9yとを含んで構成されている。集束レンズ8は、電子銃5から水平面と直角かつ下方に放出された一次電子線6を、高分子材料2からなる試料7上に集束させるためのものである。また、X方向走査コイル9x及びY方向走査コイル9yは、試料7上に、一次電子線6をX方向、Y方向に走査させるためのものである。試料7は、一定の厚さtを有する板状に形成されている。
【0024】
試料7は、試料ホルダー11に固定される。試料ホルダー11は、中央部に電子線の光軸Oに沿って、試料7を透過した透過電子12が通過する電子線通過孔13が設けられている。この試料ホルダー11は、試料ステージ14に装着される。試料ステージ14には、中央部に電子線光軸Oに沿って電子線通過孔13に連続する電子線透過孔19が設けられる。また、試料ステージ14の下流側には、透過電子12の通過を制限する散乱角制限絞り15が設けられている。
【0025】
散乱角制限絞り15の下流側には、透過電子12を光に変換するシンチレーター16と、該変換された光を電子信号に変換する光電子増倍管17とが設けられる。これらによって、透過電子の検出器18が構成される。なお、試料ステージ14、散乱角制限絞り15、シンチレーター16及び光電子増倍管17は、走査型透過電子顕微鏡装置4の試料室(図示せず)内に配置される。さらに、走査型透過電子顕微鏡装置4には、試料7を電子線に対して傾斜(回転)させる試料傾斜部(図示省略)が設けられている。
図6は、試料7を傾斜させた状態を示す説明図である。試料傾斜部は、試料7を水平面Hに対して角度θ(θ≠0)だけ傾斜させて保持することができる。従って、試料傾斜部は、電子線eの光軸Oに対する角度を異ならせた複数の角度状態で撮像するのに役立つ。
【0026】
このような走査型透過電子顕微鏡を用いた撮像工程S1では、先ず、
図5に示されるように、オペレーターにより、試料7が固定された試料ホルダー11が、試料ステージ14上に装着される。次に、電子銃5から放出された一次電子線6は、集束レンズ8によって集束され、X方向、Y方向走査コイル9x、9yによって試料7上を走査する。このような一次電子線6による試料7上の走査により、試料7中で散乱し、又は、散乱することなく試料7を透過した透過電子12が、試料7の下面から出射する。
【0027】
試料7の下面から出射した透過電子12は、試料ホルダー11の電子線通過孔13と、試料ステージ14の電子線透過孔19とをそれぞれ通過した後、散乱角制限絞り15に達する。特定の散乱角を有する透過電子12は、散乱角制限絞り15を通過し、シンチレーター16に衝突して光に変換された後、光電子増倍管17によって電気信号に変換される。この電気信号は、A/D変換器を介して表示手段(ともに図示せず)に送られる。表示手段では、送られてきた信号を輝度変調し、試料7の内部構造を反映した電子線透過像を表示し、走査位置に応じた複数の像を取得できる。
【0028】
さらに、撮像工程S1では、
図6に示されるように、試料傾斜部(図示省略)によって、試料7を傾斜(回転)させて、走査型透過電子顕微鏡装置4の電子線eの光軸Oに対する角度を異ならせた複数の角度状態で撮像する。本実施形態では、測定開始角度から測定終了角度までの間、予め定められた角度の単位で試料7を傾斜させて、角度ごとに電子線透過画像の取得が繰り返される。これにより、回転シリーズ像(複数の電子線透過画像)が得られる。このような回転シリーズ像は、コンピュータ1に記憶される。
【0029】
図7(a)、(b)は、撮像工程S1での焦点Fと試料7との位置関係を示す側面図である。走査型透過電子顕微鏡装置4の焦点Fは、電子線の光軸Oに対する角度を異ならせた複数の角度状態において、試料7(ゴム材料)の厚さtの中央領域Cに合わせられるのが望ましい。これにより、鮮明な像が得られる範囲、即ち、焦点深度fの領域を試料7の内部により広く確保することができる。中央領域Cは、試料7の厚さtの中心位置を中心として、該厚さの30%以下の領域とするのが望ましい。
図7(b)に示されるように、試料7の上面7a及び下面7bが、電子線eの光軸Oに対して非直交する場合、試料7を横切る電子線eの光軸方向に沿った見かけ厚さt’(即ち、t/cosθ)として定められるのが望ましい。
【0030】
次に、
図4に示されるように、コンピュータ1が、トモグラフィー法により、電子線透過画像に基づいて、高分子材料2の3次元画像が構築される(工程S2)。
図8は、本実施形態の3次元画像(3次元構造)を示す斜視図である。
【0031】
工程S2では、
図7に示した試料7(高分子材料2)を傾斜させて、角度ごとに取得された複数の電子線透過画像を、トモグラフィー法を用いて、
図8に示されるような高分子材料の3次元画像(以下、単に「3次元画像」ということがある。)21として再構築される。このような3次元画像21では、高分子材料2中の充填剤3の分散状態が、3次元で明確に示される。このような3次元画像21は、コンピュータ1に記憶される。
【0032】
次に、
図4に示されるように、コンピュータ1が、高分子材料の3次元画像21に基づいて、高分子材料モデルを設定する(モデル設定工程S3)。
図9は、モデル設定工程S3の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0033】
本実施形態のモデル設定工程S3は、先ず、
図8に示した3次元画像21に基づいて、充填剤3(
図2に示す)が配された充填剤部分と、充填剤部分の周囲の高分子材料部分とが識別された高分子材料の3次元構造(以下、単に「3次元構造」ということがある。)が構築される(工程S31)。
【0034】
この工程S31では、先ず、3次元画像21に断面の位置を指定して、2次元のスライス画像が複数個取得される。次に、各スライス画像を画像処理することにより、少なくとも充填剤部分27と、高分子材料部分28との2つに区分される。画像処理では、先ず、予め画像の明度や輝度などの情報に対して閾値が設定される。次に、コンピュータ1が、設定された閾値に基づいて、スライス画像を、充填剤部分27と高分子材料部分28とに自動的に識別する。そして、識別された複数のスライス画像に基づいて、充填剤部分27及び高分子材料部分28が識別された3次元構造22(
図8に示す)が構築される。このような3次元構造22は、画像データであり、コンピュータ1に記憶される。
【0035】
次に、コンピュータ1が、3次元構造22内で区分され、かつ、予め定められた大きさを有する小領域を選択する(小領域選択工程S32)。小領域31は、後述する分子動力学計算において計算対象となる仮想空間32(
図10に示す)と同一の大きさを有する領域である。これにより、後述するシミュレーションでは、計算対象が小領域31の範囲に限定されるため、計算時間を短縮することができる。なお、小領域31は、3次元構造22の任意の位置において区分することができる。このような小領域31は、コンピュータ1に記憶される。
【0036】
図10は、仮想空間32を概念的に示す斜視図である。本実施形態の仮想空間32は、例えば、互いに向き合う少なくとも一対、本実施形態では3対の面33、33を有する立方体として定義される。仮想空間32の内部には、後述するフィラーモデル35、及び、粗視化モデル36が複数個配置される。一対の面33、33の間隔(即ち、1辺の長さL1)については、例えば、50nm〜1000nm(分子動力学計算の単位では、76σ〜1515σ)に設定されるのが望ましい。このような仮想空間32は、コンピュータ1に記憶される。
【0037】
次に、小領域31の充填剤部分27に、充填剤3をモデル化した少なくとも一つのフィラーモデルが配置される(工程S33)。
図11は、フィラーモデル35の概念図である。
図12は、フィラー粒子モデル及び結合鎖モデルを示す概念図である。フィラーモデル35は、複数のフィラー粒子モデル39と、隣接するフィラー粒子モデル39間を結合する結合鎖モデル40とを含んで構成されている。
【0038】
フィラー粒子モデル39は、分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、フィラー粒子モデル39には、質量、体積、直径、電荷又は初期座標などのパラメータが定義される。
【0039】
本実施形態の工程S33では、先ず、
図10に示されるように、コンピュータ1において、仮想空間32に、小領域31(
図8に示す)の画像データ(図示省略)が重ね合わされる。次に、仮想空間32に表された充填剤部分27(
図8に示す)の領域内に、複数のフィラー粒子モデル39(
図11に示す)が配置される。
【0040】
図12に示されるように、フィラー粒子モデル39は、面心立方格子状に配置されるのが望ましい。これにより、フィラー粒子モデル39を結晶格子状に結合させて、フィラー粒子モデル39の動きを強固に拘束することができるため、フィラーモデル35の剛性を高くすることができる。このようなフィラーモデル35は、後述する分子動力学計算において、充填剤3(
図2に示す)の物性に近似させることができる。なお、フィラー粒子モデル39は、例えば、体心立方格子や、単純格子等の結晶格子状に配置されてもよい。
【0041】
次に、工程S33では、結合鎖モデル40が定義される。本実施形態の結合鎖モデル40は、ボンド関数に基づいて定義される。即ち、結合鎖モデル40は、例えば、下記式(1)で定義されるポテンシャル(以下、「LJポテンシャルU
LJ(r
ij)」ということがある。)と、下記式(2)で定義される結合ポテンシャルU
FENEとの和で示されるポテンシャルP1で設定される。
【0042】
【数1】
【数2】
ここで、各定数及び変数は、Lennard-Jones及びFENEの各ポテンシャルのパラメータであり、次のとおりである。
r
ij:粒子間の距離
r
c:カットオフ距離
k:粒子間のばね定数
ε:粒子間に定義されるLJポテンシャルの強度
σ:粒子の直径に相当
R
0:伸びきり長
なお、距離r
ij、カットオフ距離r
c、及び、伸びきり長R
0は、各フィラー粒子モデル39の中心39c間の距離として定義される。
【0043】
上記式(1)において、フィラー粒子モデル39、39間の距離r
ijが小さくなると、斥力が作用するLJポテンシャルU
LJ(r
ij)が大きくなる。一方、上記式(2)において、フィラー粒子モデル39、39間の距離r
ij が大きくなると、引力が作用する結合ポテンシャルU
FENEが大きくなる。従って、ポテンシャルP1は、距離r
ijを、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)と結合ポテンシャルU
FENEとが互いに釣り合う位置に戻そうとする復元力が定義される。
【0044】
また、上記式(1)では、フィラー粒子モデル39、39間の距離r
ijが小さくなるほど、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)が無限に大きくなる。一方、上記式(2)では、距離r
ijが伸びきり長R
0以上となる場合に、結合ポテンシャルU
FENEが∞に設定される。従って、ポテンシャルP1は、伸びきり長R
0以上の距離r
ijを許容しない。
【0045】
なお、LJポテンシャルU
LJ(r
ij)及びFENEの各ポテンシャルの強度ε、伸びきり長R
0、粒子の直径σ及びカットオフ距離r
cについては、適宜設定することができる。これらの定数は、例えば、論文1( Kurt Kremer & Gary S. Grest 著 「Dynamics of entangled linear polymer melts: A molecular-dynamics simulation」、J. Chem Phys. vol.92, No.8, 15 April 1990)に基づいて、下記のように設定されるのが望ましい。
強度ε:1.0
伸びきり長R
0:1.5
距離σ:1.0
カットオフ距離r
c:2
1/6σ
【0046】
ばね定数kは、フィラーモデル35の剛性を決定するパラメータである。このため、ばね定数kは、充填剤3の剛性に基づいて、10〜5000の範囲内で設定されるのが望ましい。なお、ばね定数kが10未満の場合には、フィラーモデル35の剛性が過度に小さくなり、シミュレーション精度が低下するおそれがある。逆に、ばね定数kが5000を超えても、フィラーモデル35の変形が実質的に許容されなくなり、分子動力学計算が不安定になるおそれがある。このような観点より、ばね定数kは、より好ましくは20以上、さらに好ましくは25以上が望ましく、また、より好ましくは3000以下、さらに好ましくは2500以下が望ましい。
【0047】
このような結合鎖モデル40が定義されることにより、フィラーモデル35の剛性を高めることができる。これにより、フィラーモデル35は、後述する分子動力学計算において、充填剤3(
図2に示す)に近似することができる。このように、フィラー粒子モデル39と、結合鎖モデル40とが順次モデル化されることにより、
図10に示したフィラーモデル35を設定することができる。本実施形態では、高分子材料2を実際に撮影した3次元構造22の充填剤部分27に基づいて、フィラーモデル35を設定することができるため、精度の高い高分子材料モデル26を定義することができる。このようなフィラーモデル35は、コンピュータ1に記憶される。
【0048】
本実施形態では、結合鎖モデル40が、ボンド関数に基づいて定義されるものが例示されたが、これに限定されるわけではない、結合鎖モデル40は、例えば、粒子間距離拘束法に基づいて定義することができる。粒子間距離拘束法としては、例えば、SHAKE法が採用される。SHAKE法では、Lagrangeの未定乗数法に基づいて拘束力を導出し、フィラー粒子モデル39、39の拘束が定義される。従って、SHAKE法では、粒子間距離を一定値に固定することができるため、粒子間距離が平衡長付近で高速に変化するボンド関数に比べて、後述する分子動力学計算での単位時間を大きくしても、安定して計算することができる。
【0049】
次に、
図10に示されるように、小領域31の高分子材料部分28(
図8に示す)に、高分子材料2の高分子鎖をモデル化した少なくとも一つの粗視化モデル36を配置される(工程S34)。
図13は、粗視化モデル36を示す概念図である。各粗視化モデル36は、複数の粗視化粒子モデル41と、隣接する粗視化粒子モデル41間を結合する結合鎖モデル42とを含んで構成されている。
【0050】
粗視化粒子モデル41は、高分子材料2(
図2に示す)のモノマー又はモノマーの一部分をなす構造単位を置換したものである。
図2及び
図13に示されるように、高分子材料2の高分子鎖がポリブタジエンである場合には、例えば1.55個分のモノマーを構造単位37として、該構造単位37が1個の粗視化粒子モデル41に置換される。これにより、粗視化粒子モデル41には、複数個(例えば、10〜5000個)の粗視化粒子モデル41が設定される。
【0051】
なお、1.55個分のモノマーを構造単位37としたのは、上記論文1、及び、論文2(L,J.Fetters ,D.J.Lohse and R.H.Colby 著、「Chain Dimension and Entanglement Spacings 」Physical Properties of Polymers Handbook Second Edition P448」)の記載に基づくものである。また、高分子鎖がポリブタジエン以外の場合でも、例えば、上記論文1及び2に基づいて、構造単位37を設定することができる。
【0052】
粗視化粒子モデル41は、分子動力学計算において、運動方程式の質点として取り扱われる。即ち、粗視化粒子モデル41には、例えば、質量、体積、直径又は電荷などのパラメータが定義される。
【0053】
図14は、フィラーモデル35及び粗視化モデル36を拡大して示す概念図である。結合鎖モデル42は、粗視化粒子モデル41、41間が、伸びきり長が設定されたポテンシャルP2によって定義される。本実施形態のポテンシャルP2は、上記式(1)で定義されるLJポテンシャルU
LJ(r
ij)と、上記式(2)で定義される結合ポテンシャルU
FENEとの和で設定される。LJポテンシャルU
LJ(r
ij)及び結合ポテンシャルU
FENEの各定数及び各変数の値としては、適宜設定することができる。本実施形態では、上記論文1に基づいて、次の値が設定される。
ばね定数k:30
伸びきり長R
0:1.5
強度ε:1.0
距離σ:1.0
カットオフ距離r
c:2
1/6σ
【0054】
これにより、結合鎖モデル42が、粗視化粒子モデル41を伸縮自在に拘束した直鎖状の粗視化モデル36を設定することができる。このように、粗視化粒子モデル41と、結合鎖モデル42とが順次モデル化されることにより、粗視化モデル36を設定することができる。
【0055】
そして、本実施形態の工程S34では、コンピュータ1において、小領域31(
図8に示す)の画像データ(図示省略)が重ね合わされた仮想空間32(
図10に示す)において、仮想空間32に表された高分子材料部分28(
図8に示す)に複数個(例えば、10個〜1,000,000個)の粗視化モデル36が配置される。これにより、高分子材料2を実際に撮影した3次元構造22の高分子材料部分28に基づいて、粗視化モデル36を設定することができるため、精度の高い高分子材料モデル26を定義することができる。これらの粗視化モデル36は、コンピュータ1に記憶される。
【0056】
次に、隣接する粗視化モデル36、36の粗視化粒子モデル41、41間に、ポテンシャルP3が定義される(工程S35)。このポテンシャルP3は、上記式(1)のLJポテンシャルU
LJ(r
ij)によって定義される。なお、ポテンシャルP2の強度ε及び定数σも、適宜設定することができるが、粗視化モデル36の結合鎖モデル42に定義された数値と同一範囲が望ましい。ポテンシャルP3は、コンピュータ1に記憶される。
【0057】
次に、隣接するフィラーモデル35のフィラー粒子モデル39、39間、及び、粗視化粒子モデル41とフィラー粒子モデル39との間に、ポテンシャルP4が定義される(工程S36)。ポテンシャルP4も、上記式(1)のLJポテンシャルU
LJ(r
ij)によって定義される。また、ポテンシャルP4の各定数及び各変数の値としては、適宜設定することができるが、上記論文1に基づいて設定されるのが望ましい。ポテンシャルP4は、コンピュータ1に記憶される。
【0058】
次に、コンピュータ1が、
図10に示したフィラーモデル35と、粗視化モデル36とを用いて、分子動力学計算に基づく構造緩和を計算する(工程S37)。本実施形態の分子動力学計算では、例えば、仮想空間32について所定の時間、フィラーモデル35及び粗視化モデル36が古典力学に従うものとして、ニュートンの運動方程式が適用される。そして、各時刻でのフィラーモデル35及び粗視化モデル36の動きが、単位時間毎に追跡される。
【0059】
本実施形態の構造緩和の計算は、仮想空間32において、圧力及び温度が一定、又は、体積及び温度が一定に保たれる。これにより、工程S37では、実際の高分子材料の分子運動に近似させて、フィラーモデル35及び粗視化モデル36の初期配置を精度よく緩和することができる。このような構造緩和の計算は、例えば(株)JSOL社製のソフトマテリアル総合シミュレーター(J−OCTA)に含まれるCOGNACを用いて処理することができる。
【0060】
次に、コンピュータ1が、フィラーモデル35及び粗視化モデル36の初期配置を十分に緩和できたか否かを判断する(工程S38)。この工程S38では、フィラーモデル35及び粗視化モデル36の初期配置を十分に緩和できたと判断された場合(工程S38で「Y」)、次の工程S4が実施される。一方、フィラーモデル35及び粗視化モデル36の初期配置を十分に緩和できていないと判断された場合(工程S38で「N」)は、単位時間を進めて(工程S39)、工程S37及び工程S38が再度実施される。これにより、本実施形態では、フィラーモデル35及び粗視化モデル36の平衡状態(構造が緩和した状態)を、確実に計算することができる。従って、モデル設定工程S3では、精度の高い高分子材料モデル26を設定することができ、後述する変形シミュレーションの精度を高めるのに役立つ。
【0061】
次に、
図4に示されるように、コンピュータ1が、高分子材料モデル26に基づいて変形シミュレーションを実施する(工程S4)。この工程S4では、高分子材料2に対して一般的に行われている単軸引張り試験に基づいて、高分子材料モデル26を、一方向に(例えば、y軸方向に0%〜20%)伸長させて、高分子材料モデル26の物理量(例えば、応力−ひずみ曲線)が計算される。このような高分子材料モデル26の物理量は、コンピュータ1に記憶される。
【0062】
本実施形態の高分子材料モデル26は、高分子材料(
図2に示す)に空孔が発生するような大変形をシミュレーションする場合に、該高分子材料モデル26に空孔が生成されるように、フィラー粒子モデル39および粗視化粒子モデル41の配置を設定することができる。一方、材料のシミュレーションで古くから一般に用いられる有限要素モデルでは、空孔が生成されるように表現することが原理的に不可能である。さらに、有限要素モデルでは、大変形時に要素が潰れると、クーラン条件を満たさなくなり、計算が破綻する。従って、本実施形態の工程S4では、高分子材料2の大変形時の挙動を高精度に表現することができる。
【0063】
しかも、本実施形態では、高分子材料2を実際に撮影した3次元構造22の充填剤部分27及び高分子材料部分28に基づいて、フィラーモデル35及び粗視化モデル36が設定されるため、精度の高い高分子材料モデル26を定義することができる。従って、本実施形態の工程S4では、高分子材料2の大変形時の挙動を高精度に表現することができる。
【0064】
なお、高分子材料モデル26を変形させる方法については、上記のような方法に限定されるわけではない。例えば、高分子材料モデル26を10%初期伸張させた後に、周期的な歪を±1%与えて変形させる方法や、高分子材料モデル26を圧縮又はせん断変形させる方法でもよい。
【0065】
次に、
図4に示されるように、コンピュータ1が、高分子材料モデル26の物理量が、予め設定された許容範囲内であるか否かが判断される(工程S5)。この工程S5では、高分子材料モデル26の物理量が許容範囲内であると判断された場合(工程S5で「Y」)、高分子材料モデル26に基づいて、高分子材料2が製造される(工程S6)。一方、高分子材料モデル26の物理量が、許容範囲内でないと判断された場合(工程S5で「N」)は、充填剤3の配合を変更して(工程S7)、工程S1〜工程S5が再度実施される。これにより、本実施形態のシミュレーション方法では、許容範囲の物理量を有する高分子材料2を製造することができる。
【0066】
本実施形態の小領域選択工程S32では、
図8に示されるように、小領域31が、3次元構造22の任意の位置において区分されるものが例示されたが、これに限定されるわけではない。小領域選択工程S32では、3次元構造22での充填剤部分27の体積分率に基づいて、小領域31が区分されてもよい。
図15は、本発明の他の実施形態の小領域選択工程S32の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0067】
この実施形態の小領域選択工程S32では、先ず、3次元構造22での充填剤部分27(
図8に示す)の体積分率が計算される(工程S321)。3次元構造22での充填剤部分27の体積分率φbは、下記式(3)に基づいて求められる。
φb=Vb/Va … (3)
ここで、
φb:高分子材料の3次元構造での充填剤部分の体積分率
Va:高分子材料の3次元構造の体積(mm
3)
Vb:高分子材料の3次元構造内に配置される充填剤部分の体積(mm
3)
【0068】
高分子材料の3次元構造の体積Vaは、
図8に示されるように、3次元構造22の全域の体積である。3次元構造22内の充填剤部分の体積Vbは、3次元構造22内に配置される全ての充填剤部分27の体積である。この充填剤部分の体積Vbは、画像処理によって区分された充填剤部分27に基づいて、コンピュータ1によって容易に計算することができる。そして、高分子材料の3次元構造内の充填剤部分の体積Vbが、高分子材料の3次元構造の体積Vaで除されることにより、3次元構造での充填剤部分の体積分率φbを求めることができる。このような体積分率φbは、コンピュータ1に記憶される。
【0069】
次に、3次元構造22内での位置が異なる複数の小領域31において、各小領域31での充填剤部分27の体積分率が計算される(小領域体積分率計算工程S322)。
図16は、小領域体積分率計算工程S322の処理手順の一例を示すフローチャートである。
図17は、3次元構造22内の小領域31を示す斜視図である。なお、
図17では、3次元構造は、
図8に示した充填剤部分27及び高分子材料部分28を省略して表示している。
【0070】
小領域体積分率計算工程S322では、先ず、3次元構造22内に小領域31が最初に配置される初期位置において、小領域31での充填剤部分27(
図8に示す)の体積分率が計算される(工程S41)。初期位置については、適宜設定することができる。本実施携帯の初期位置としては、例えば、3次元構造22の一つの頂点21aで定義される基準点47と、小領域31の一つの頂点31aで定義される基準点48とが一致する位置として設定することができる。小領域31での充填剤部分27の体積分率φdは、下記式(4)に基づいて求められる。
φd=Vd/Vc … (4)
ここで、
φd:小領域での充填剤部分の体積分率
Vc:小領域の体積(nm
3)
Vd:小領域内に配置される充填剤部分の体積(nm
3)
【0071】
小領域の体積Vcは、小領域31の全域の体積である。小領域内に配置される充填剤部分の体積Vdは、小領域31内に配置される全ての充填剤部分27(
図8に示す)の体積である。この充填剤部分の体積Vdは、3次元構造22の充填剤部分27のうち、小領域31内に配置される充填剤部分27に基づいて、コンピュータ1によって容易に計算することができる。そして、小領域内に配置される充填剤部分の体積Vdが、小領域の体積Vcで除されることにより、小領域での充填剤の体積分率φdを求めることができる。このような体積分率φdは、コンピュータ1に記憶される。
【0072】
次に、3次元構造22内において、新たな小領域31が区分され(工程S42)、新たな小領域31での充填剤部分の体積分率φdが計算される(工程S43)。この新たな小領域31での充填剤部分の体積分率φdは、コンピュータ1に記憶される。
【0073】
工程S42では、前回までに区分された小領域31とは異なる位置において、新たな小領域31が区分される。工程S42では、3次元構造22内において、例えば、前回選択された小領域31を、x軸方向、y軸方向、又は、z軸方向に沿って移動させて、新たな小領域31が区分される。また、小領域31を移動させる間隔(図示省略)については、適宜設定することができる。この実施形態の間隔は、1nm〜100nmが望ましい。これにより、3次元構造22内において、小領域31を満遍なく区分することができる。
【0074】
次に、3次元構造22内の全域において、小領域31が区分されたか否かが判断される(工程S44)。この工程S44では、小領域31が区分されたと判断された場合(工程S44で「Y」)、次の工程S323が実施される。一方、小領域31が区分されていないと判断された場合(工程S44で「N」)は、工程S42及び工程S43が再度実施される。これにより、小領域体積分率計算工程S322では、3次元構造22内の全域において、小領域31での充填剤部分の体積分率φdを計算することができる。
【0075】
次に、複数の小領域31から一つの小領域31が選択される(工程S323)。この工程S323では、複数の小領域31のうち、各小領域での充填剤部分の体積分率φdが、3次元構造での充填剤部分の体積分率φbと最も近似する小領域31が選択される。選択された小領域31は、コンピュータ1に記憶される。そして、選択された小領域31に基づいて、
図9に示した工程S33以降の工程において、高分子材料モデル26が定義される。
【0076】
従って、小領域体積分率計算工程S322は、3次元構造22の充填剤部分27の体積分率φbと大きく異なる体積分率φdを有する小領域31に基づいて、高分子材料モデル26が定義されるのを防ぐことができるため、シミュレーション精度を向上するのに役立つ。
【0077】
なお、本実施形態では、工程S322において、複数の小領域31において充填剤部分の体積分率φdが計算された後に、工程S323において、3次元構造での充填剤部分の体積分率φbと比較されるものが例示されたが、これに限定されるわけではない。例えば、各小領域31において、充填剤部分の体積分率φdを順次計算するとともに、3次元構造での充填剤部分の体積分率φbに最も近似する小領域31を逐次更新していく方法でもよい。このような方法によれば、全ての小領域31の体積分率φdを記憶しておく必要がないため、データ量を低減することができる。
【0078】
以上、本発明の特に好ましい実施形態について詳述したが、本発明は図示の実施形態に限定されることなく、種々の態様に変形して実施しうる。
【実施例】
【0079】
下記の配合を含む高分子材料が製造され、下記のミクロトームを用いて、厚さ500nmの試料が作成された(実験例)。この試料に対して、下記に示す仕様に基づいて、単軸引張り試験を実施して、応力−ひずみ曲線の平均絶対偏差が求められた。さらに、フィラーの三次元密度分布の自己相関関数を、べき関数に最小二乗法でフィッティングして得た係数
を用いて、高分子材料内に含まれる充填剤の凝集構造の広がり方を示すフラクタル次元が求められた。
【0080】
図4及び
図9に示した手順に従って、走査型透過電子顕微鏡で撮像された電子線透過画像に基づく高分子材料の3次元構造を構築し、この3次元構造に基づいて高分子材料モデルが設定された(実施例1、実施例2)。実施例1の小領域選択工程では、3次元構造の任意の位置で区分される小領域が選択された。実施例2の小領域選択工程では、
図15及び
図16に示した手順に従って、高分子材料の3次元構造内の異なる位置で区分された複数の小領域において、3次元構造での充填剤部分の体積分率と最も近似する小領域が選択された。
【0081】
また、比較のために、高分子材料の3次元構造を用いずに、仮想空間にフィラーモデルを一定間隔で複数個配置するとともに、フィラーモデルの周囲に、複数個の粗視化モデルが配置された(比較例1)。さらに、有限要素法に基づいて、高分子材料の3次元構造から高分子材料モデルが定義された(比較例2)。
【0082】
そして、実施例1、実施例2、比較例1、及び、比較例2の各高分子材料モデルを用いて、単軸引張り試験に基づく変形計算を実施して、応力−ひずみ曲線の平均絶対偏差が求められた。さらに、実施例1、実施例2、比較例1、及び、比較例2の各高分子材料モデルについて、高分子材料モデル内に含まれるフィラーモデルの凝集構造の広がり方を示すフラクタル次元が求められた。
【0083】
なお、実施例1〜比較例2の各平均絶対偏差は、実験例を1.0とする指数で表示している。各平均絶対偏差が1.0に近いほど、高分子材料の大変形時の挙動を高精度に表現しうることを示している。また、実施例1〜比較例2のフラクタル次元は、実験例のフラクタル次元の数値に近いほど、高分子材料に配合される充填剤を精度よく表現できていることを示している。なお、ポテンシャル等の各数値は、明細書中の記載の通りであり、その他の共通仕様は次のとおりである。結果を表1に示す。
高分子材料の配合:
スチレンブタジエンゴム(SBR):100質量部
シリカ:50質量部
硫黄:1.5質量部
加硫促進剤CZ:1質量部
加硫促進剤DPG:1質量部
各配合の詳細:
スチレンブタジエンゴム(SBR):旭化成ケミカルズ(株)製のE15
シリカ:デグサ(株)製のUltrasil VN3
硫黄:軽井沢硫黄(株)製の粉末硫黄
加硫促進剤CZ:大内新興化学工業(株)製のノクセラーCZ
加硫促進剤DPG:大内新興化学工業(株)製のノクセラーD
走査型透過電子顕微鏡:JEM2100F(加速電圧200kV)
ミクロトーム:LEICA社製のウルトラミクロトームEM VC6
仮想空間(立方体):
一辺の長さL1:158nm(240σ)
フィラーモデル:
仮想空間に配置される個数:420個
フィラー粒子モデルの合計個数:252万個
粗視化モデル:
仮想空間に配置される個数:11500個
1個の粗視化モデルを構成する粗視化粒子モデルの個数:1000個
高分子材料モデルの単軸引張り試験:
変形量:y軸方向に500%
【0084】
【表1】
【0085】
テストの結果、実施例1及び実施例2の高分子材料モデルは、比較例1及び比較例2の高分子材料モデルに比べて、実験例の平均絶対偏差及びフラクタル次元に近づけることができた。従って、実施例1及び実施例2のシミュレーション方法では、高分子材料の大変形時の挙動を高精度に表現しうることが確認できた。さらに、実施例2の高分子材料モデルは、実施例1の高分子材料モデルに比べて、実験例の平均絶対偏差に近似させることができることが確認できた。