(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5914265
(24)【登録日】2016年4月8日
(45)【発行日】2016年5月11日
(54)【発明の名称】電解液
(51)【国際特許分類】
C25F 1/06 20060101AFI20160422BHJP
B23H 3/08 20060101ALI20160422BHJP
【FI】
C25F1/06 B
B23H3/08
【請求項の数】1
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2012-191171(P2012-191171)
(22)【出願日】2012年8月31日
(65)【公開番号】特開2014-47393(P2014-47393A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】501011886
【氏名又は名称】株式会社タセト
(74)【代理人】
【識別番号】100090158
【弁理士】
【氏名又は名称】藤巻 正憲
(72)【発明者】
【氏名】山村 亮平
(72)【発明者】
【氏名】野川 真輝
【審査官】
宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】
登録実用新案第3127642(JP,U)
【文献】
特開平05−163600(JP,A)
【文献】
特開昭57−174463(JP,A)
【文献】
特開昭52−150780(JP,A)
【文献】
特開平11−172498(JP,A)
【文献】
特表平11−511512(JP,A)
【文献】
米国特許第05964990(US,A)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0326820(US,A1)
【文献】
特開2007−332416(JP,A)
【文献】
特開2011−190515(JP,A)
【文献】
特開2008−301723(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25F 1/00 − 7/02
C23G 1/00 − 5/06
B23H 1/00 − 11/00
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼表面の直流電流法による電解研磨処理用の電解液において、クエン酸塩を5質量%以上、グリセリン又はジエチレングリコールを5質量%以上含有し、pHの値が6乃至8の水溶液であることを特徴とする電解液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼の表面を電気分解により研磨する際に使用する電解液に関し、特にその液の性質が中性である電解液に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼を溶接する際、溶接部とその溶接部周辺の熱影響部に、酸化スケール及び汚れを含む溶接焼けが発生する。この溶接焼けを除去するため、物理的研磨により、例えばサンダー等を用いてステンレス鋼の表面を研磨すると、ステンレス鋼の腐食を防止する不動態被膜を、溶接焼けと共に除去してしまい、ステンレス鋼の耐食性を低下させてしまう。一方、例えばフッ化物系の強酸又は王水等を用いて、化学的研磨によりステンレス鋼の表面を研磨する場合は、既存の不動態被膜は除去されるが、新たな不動態被膜が形成されるため、ステンレス鋼表面の耐食性を維持することができる。しかし、この方法は、酸化スケール及び汚れを除去することはできるものの、表面の処理が不十分であるという問題があり、また、研磨に使用する液が強酸であるため、研磨作業に危険が伴うという問題がある。
【0003】
これに対し、電解研磨によりステンレス鋼の表面を研磨する場合は、溶接焼けの除去性が良好であり、優れた不動態被膜が形成され、ステンレス鋼表面の耐食性を向上させることができる。また、電解研磨によりステンレス鋼の表面を研磨すると、ステンレス鋼表面に存在するミクロの凹凸を平滑化させることができるため、研磨後のステンレス鋼表面を鏡面に近い状態にすることができる。このような点から、ステンレス鋼に生じた溶接焼けを除去する方法としては、物理的研磨及び化学的研磨よりも、電気分解を利用した電解研磨が有効である。
【0004】
ステンレス鋼の溶接焼けを除去する電解研磨の原理は、直流電流用の電源装置を使用する場合、陽極としてのステンレス鋼母材を電源装置の正極に接続し、陰極を電源装置の負極に接続し、電解液を介在させて両極間に直流電流を流すことにより、陽極から溶接焼けを溶出することによって、溶接焼けを除去するというものである。その際、この陰極部分に、電解液の保持性が良好な布又はフェルト等を取付け、この布又はフェルト等に電解液を含浸させた状態で、これを陽極であるステンレス鋼母材に押し当てることにより、電解液が電気分解における電解質系となる。そして、陽極で溶解が起こり、陽極であるステンレス鋼母材表面から溶接焼け等の金属酸化物が溶出することにより、溶接焼け等が除去される。電解研磨に適用される電流の方式は、前述の直流方式の他に、陽極と陰極とが周期的に入れ替わる交流方式又は直流電流に交流電流を周期的に混在させる交直重畳法式等がある。これらの電流方式は、ステンレス鋼の表面処理の用途、電解研磨液の仕様、表面処理を行う母材の材質又は母材の表面処理加工の種類によって、最適な方式が選択される。
【0005】
この電解研磨に使用する電解液には、大きく分けて酸性電解液と中性電解液(pHの値が7近辺)がある。従前は、酸性電解液のみが存在していたが、この酸性電解液は、作業現場の環境を悪化させる要因となるため、近年、作業環境の向上を目的として、中性電解液が開発された。この中性電解液が開発された後、作業環境性が悪い酸性電解液の使用を敬遠し、これまで一般的に使用されてきた酸性電解液から、中性電解液に切り替え、作業環境を向上させようとするユーザが増加している。しかしながら、中性電解液は酸性電解液よりも、ステンレス鋼表面から溶接焼けを除去する処理速度が遅く、また中性電解液を使用した際のステンレス鋼表面は、酸性電解液を用いた場合よりも、その鏡面性が悪い。このような技術的な面から、作業現場において中性電解液が酸性電解液に完全に取って代わることは、現状では容易ではないが、環境面を考慮すると、その利用範囲は急速に拡大すると考えられる。
【0006】
また、この中性電解液(pHの値が6乃至8)を使用して、直流電流方式において、ステンレス鋼表面の電解研磨を行うと、6価のクロム化合物が生成される。クロム化合物には、原子価が3価及び6価の化合物が存在し、6価のクロム化合物は、極めて毒性が強く、人体の皮膚又は粘膜と接触すると、皮膚炎又は腫瘍といった症状を引き起こす要因となる。また皮膚又は粘膜に接触しなくても、現場での作業において継続的に暴露すると、慢性的な腫瘍等の症状を引き起こす要因となると考えられており、また公害関連の環境基準も厳しく規制されている。この有害な6価クロム化合物は、交流電流方式で電解研磨を行うことにより、その発生を抑制することができるものの、交流電流法による中性電解液を使用した電解研磨処理は、直流電流法による中性電解液を使用した電解研磨処理に対し、脱スケール性能及び脱スケール処理速度が劣るという欠点がある。
【0007】
特許文献1には、中性電解液を使用した電解研磨において、陽極を被研磨処理材(合金鋼)とし、陽極と陰極との間に直流と交流を重ね合わせた直交電流を流して電解処理することにより、合金鋼の溶接に伴うスケールを除去する方法が開示されている。しかしながら、電解研磨によってスケールを除去する際に、合金鋼表面に不動態被膜が形成されるが、この不動態被膜の形成速度が合金鋼表面の各部位で異なるため、早く不動態化した部位は、それ以上研磨されなくなり、その後に不動態化した部位に対し、研磨される度合いが異なり、仕上がりむらが生じやすい。特許文献1は、直交電流を流すことにより、合金鋼を溶接した際に発生するスケールを除去する効果を損なうことなく、溶接部周辺の仕上がりむらを解消しようとしたものである。更に、この従来技術は、直流電流に交流電流を重畳させることにより、有害な6価クロムを3価クロムに還元し、電解時に6価クロムが発生することを防止しようとしたものである。
【0008】
また、特許文献2には、硫酸、燐酸、硝酸、塩酸といった無機酸又はこれらの無機酸塩を主成分とした水溶液に、アスコルビン酸又はアスコルビン酸塩を0.05質量%配合した含クロム合金鋼の電解琢磨用電解液が開示されている。この従来技術は、還元作用を有するアスコルビン酸又はアスコルビン酸塩の添加により、合金鋼に含有されたクロムが電解時に酸化されて生成された有害な6価クロムを、比較的安全な3価クロムに還元して、6価クロムの溶出を防止しようとしたものである。
【0009】
なお、特許文献3には、燐酸ナトリウム塩、燐酸カリウム塩又は燐酸アンモニウム塩を0.5質量%以上含有し、グリセリンを40質量%未満含有した電解液を用いた合金鋼の電解脱スケール法が開示されている。燐酸ナトリウム塩、燐酸カリウム塩又は燐酸アンモニウム塩(共存塩類)は、脱スケール完了後に、ステンレス鋼の表面の乾燥と同時に、合金鋼表面に結晶析出する。この従来技術は、グリセリンを添加することにより、合金鋼表面の吸湿性を向上させ、表面への結晶析出を阻害し、合金鋼表面の仕上がりを良好にしようとしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭63−24098号公報
【特許文献2】特開平5−163600号公報
【特許文献3】特開昭57−174463号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1は、直流と交流を重ね合わせた直交電流を流して、電解時に発生する6価クロムを、比較的安全な3価クロムに還元しようとしたものであるが、そのためには、直流電流に周期的に交流電流を重畳させるための特殊な電源装置が必要である。また、特許文献2は、中性電解液にアスコルビン酸又はアスコルビン酸塩を成分とする還元剤を添加し、電解研磨処理時に発生する6価クロムを3価クロムに還元しようとしたものであるが、このような還元剤は、経時的に分解され、この分解された還元剤によって電解液が着色され、この着色がステンレス鋼表面の着色の要因となる。
【0012】
そして、特許文献3は、燐酸ナトリウム塩、燐酸カリウム塩又は燐酸アンモニウム塩といった無機酸の塩に、グリセリンを添加しているが、このような無機酸の塩にグリセリンを添加した溶液を電解液として使用して、ステンレス鋼表面を電解研磨し、ステンレス鋼表面に発生した溶接焼けを除去しようとすると、その電解研磨の際に、有毒な6価クロムが生成されてしまい、作業現場の環境を良好なものとすることができない。
【0013】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、ステンレス鋼表面の溶接焼けを除去する際に、直流と交流を重ねた直交電流を使用する特殊な電源装置を必要とせず、またステンレス鋼表面を着色させる還元剤を添加せずに、有害な6価クロムの生成を抑制することができる中性の電解液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る電解液は、ステンレス鋼表面の直流電流法による電解研磨処理用の電解液において、クエン酸塩を5質量%以上、
グリセリン又はジエチレングリコールを5質量%以上含有し、pHの値が6乃至8の水溶液であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、クエン酸塩に多価アルコール
(グリセリン又はジエチレングリコール)を添加することによって、ステンレス鋼表面の溶接焼けを除去する際に、中性電解液を用いて直流電流で電解研磨を行っても、有害な6価クロムの生成を抑制することができるため、作業現場環境の安全衛生を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、具体的に説明する。本実施形態に係る電解液は、直流電流を使用したステンレス鋼表面の電解研磨処理に用いるものであり、pHの値が6乃至8の中性水溶液である。そして、この電解液は、クエン酸塩を5質量%以上含有し、多価アルコールを5質量%以上含有したものである。
【0017】
クエン酸塩は、無機酸塩に比べて、電解研磨作業を行っても、電源装置の負極に接続された陰極及びこの陰極を覆う布又はフェルト等が焦げ付きにくく、その消耗を抑える。なお、このクエン酸塩としては、例えば、クエン酸三ナトリウムが挙げられる。そして、多価アルコールは、還元性を有するものである。電解研磨において、中性電解液を使用すると、前述の如く、陽極溶出により6価クロムが発生するが、この6価クロムの発生を抑制するためには、反応系に還元性物質を含有させることが有効な手段である。しかし、電解研磨を行った後、6価クロムの検出が確認された廃液に対し、この多価アルコールを添加し、再度6価クロムを測定したところ、6価クロムが検出されたため、多価アルコール単独では、6価クロムの生成を抑制することはできない。
【0018】
本実施形態の電解液は、クエン酸塩に、多価アルコールを添加することにより、クエン酸塩の段階的な反応機構の過程において、多価アルコールが有する還元力が、その過程に関与して、反応系の全体が還元性を有するようになるため、この還元性により、反応系において6価クロムが発生しても、この6価クロムを無害な3価クロムに還元することができると考えられる。クエン酸塩の段階的な反応機構の例としては、クエン酸塩がクエン酸三ナトリウムである場合、クエン酸三ナトリウムからクエン酸二ナトリウムとなり、更にクエン酸ナトリウムとなり、最終的にクエン酸となるような有機酸イオンの価数が変化する現象が挙げられる。この段階的な価数変化による還元性は、クエン酸塩に固有の特性であり、無機酸塩では、この効果を得ることはできない。
【0019】
また、本実施形態では、直流電流を使用している。これは、直流電流による電解研磨は、交流電流による電解研磨に対し、スケール等を除去する性能が高く、また脱スケールを行う処理の速度が速いためである。
【0020】
以下に、本実施形態に係る電解液の数値限定理由を示す。
【0021】
「クエン酸塩を5質量%以上」
クエン酸塩の含有量が5質量%を下回ると、電解の際に、陽極の溶解が不十分となり、ステンレス鋼表面の溶接焼けを十分に除去することができない。従って、本実施形態に係る電解液は、クエン酸塩のアルカリ金属塩を5質量%以上含有するものとする。
【0022】
「多価アルコールを5質量%以上」
多価アルコールの含有量が5質量%を下回ると、電解研磨により、ステンレス鋼表面に生じた溶接焼けを除去する際に生成される6価クロムの発生を抑制する効果が著しく低下する。従って、本実施形態においては、多価アルコールを5質量%以上含有するものとする。
【0023】
「pHの値が6乃至8の水溶液」
本実施形態に係る電解液は、pHの値が6乃至8の中性の水溶液である。このように、電解液を中性とすることにより、電解液が酸性であることによる作業環境の悪化を防止することができる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明の効果について説明する。
【0025】
溶接線を施したSUS304(2B材)を試験片として、電圧が15Vで一定の直流電源の+極を、SUS304試験片に接続し、直流電源の−極を布に覆われた電極に接続する。そして、−極に接続された電極を覆った布に、比較例及び実施例により調製した電解液を十分に染み込ませた後、この−極を、SUS304試験片の溶接ビードに沿って、一定面積(45cm
2,3cm×15cm)を対象に、直流電流を流しながら押し当て、電解研磨処理を行った。電解研磨処理を行った後、SUS304試験片の表面上の残液を回収し、この残液に水を足して、ビーカにおいて100mLまでメスアップした。そして、6価クロムは、ジフェニルカルバジド吸光光度法(JIS K 0102 65.2.1)を用いて測定した(検出限界値:0.5ppm)。なお、比較例及び実施例におけるアルカリ金属塩の含有量を、調製した電解液のpH値が6乃至8となるように決定した。
【0026】
(比較例)
比較例1、6及び7は、クエン酸塩であるクエン酸三ナトリウムを含有させたものであり、比較例2乃至5は、硫酸ナトリウム又は燐酸水素二カリウムといった無機酸のアルカリ金属塩を含有させたものである。比較例1として、水を90質量%、解離度pKaが3以上のクエン酸塩であるクエン酸三ナトリウムを10質量%に調製した電解液を作製した。また、比較例2として、水を94質量%、解離度pKaが3より小さい無機酸のアルカリ金属塩である硫酸ナトリウムを6質量%に調製した電解液を作製した。更に、比較例3として、水を90質量%、解離度pKaが3以上の無機酸のアルカリ金属塩である燐酸水素二カリウムを10質量%に調製した電解液を作製した。更にまた、比較例4として、水を89質量%、解離度pKaが3より小さい無機酸のアルカリ金属塩である硫酸ナトリウムを6質量%、多価アルコールであるグリセリンを5質量%に調製した電解液を作製した。そして、比較例5として、水を85質量%、解離度pKaが3以上の無機酸のアルカリ金属塩である燐酸水素二カリウムを10質量%、多価アルコールであるグリセリンを5質量%に調製した電解液を作製した。比較例6は、前述の如く、クエン酸三ナトリウム(クエン酸塩)を5質量%含有させたものであり、これにグリセリン(多価アルコール)を3質量%添加した。なお、水は82質量%とした。そして、比較例7は、クエン酸三ナトリウムを3質量%とした上で、グリセリンを5質量%含有させた。水は、比較例6と同様に、82質量%である。この比較例1乃至7の電解液を用いて、電解研磨処理を行った後、ステンレス鋼表面上の残液に含まれる6価クロムの量を測定した。その結果を表1に示す。
【0027】
【表1】
【0028】
表1に示すように、比較例1乃至7のいずれも、6価クロムが検出された。比較例1乃至3は、多価アルコールを添加していないため、6価クロムが検出され、比較例4及び5は、多価アルコールとしてグリセリンを添加しているものの、その他の含有物質が、無機酸塩である硫酸ナトリウム,燐酸水素二カリウムであるため、クエン酸塩に多価アルコールを加えることによる還元性が得られず、6価クロムが検出された。なお、比較例6は、クエン酸塩(クエン酸三ナトリウム)にグリセリン(多価アルコール)を添加しているが、そのグリセリンの含有量が3質量%と少ないため、その還元性が不十分であり、安定して6価クロムを抑制することができず、その結果、6価クロムが検出された。比較例7も、比較例6と同様に、クエン酸塩とグリセリンとを含有しているが、クエン酸塩の含有量が3質量%と低いため、その焼け取り性能が不十分であり、脱スケール性能が劣る。これにより、陽極の溶解も起こり難いので、電解研磨後の廃液中に混入する6価クロムの検出量を評価することは難しい。従って、この比較例7のようなクエン酸塩の含有量が少ない電解液は、製品として好ましくない。
【0029】
(実施例)
次に、クエン酸塩として、クエン酸三ナトリウム又はクエン酸三カリウムを用い、これらに多価アルコールとして、グリセリン又はジエチレングリコールを添加した実施例を作製した。なお、クエン酸は、一価のクエン酸一ナトリウムと、二価のクエン酸二ナトリウムと、三価のクエン酸三ナトリウムがあり、夫々、そのpKa値は、pKa1:3.09,pKa2:4.75,pKa3:6.41である。従って、クエン酸三ナトリウム及びクエン酸三カリウムの結晶には、第三段階解離(pKa3)により生成されるクエン酸イオン(三価)が存在するため、これらのpKa値は、pKa3=6.41である。
【0030】
実施例1乃至6は、多価アルコールをグリセリンとしたものであり、また実施例7乃至12は、多価アルコールとしてジエチレングリコールを添加したものである。実施例1として、水を90質量%、クエン酸塩であるクエン酸三ナトリウムを5質量%、多価アルコールであるグリセリンを5質量%に調製した電解液を作製した。また、実施例2は、実施例1のクエン酸三ナトリウムを、クエン酸三カリウムとしたものであり、その含有量は、5質量%である。その他の物質の含有量は、実施例1と同様である。更に、実施例3として、水(85質量%)にクエン酸三ナトリウムを10質量%、グリセリンを5質量%含有させたものを作製した。更にまた、実施例4は、実施例3のクエン酸三ナトリウム:10質量%の代わりに、クエン酸三カリウム:10質量%を添加したものである。また、実施例5は、85質量%の水に対し、クエン酸三ナトリウムを5質量%、グリセリンを10質量%添加したものである。更に、実施例6は、85質量%の水に、クエン酸三カリウムを5質量%、グリセリンを5質量%添加したものである。
【0031】
次に、実施例7は、実施例1と同様に、水を90質量%、クエン酸三ナトリウムを5質量%含有するものであるが、多価アルコールとして、グリセリンではなくジエチレングリコールを5質量%添加した。実施例8は、実施例2のグリセリンを、ジエチレングリコールとしたものであり、その含有量は5質量%である。また、水を90質量%、クエン酸三カリウムを5質量%含有している。そして、実施例9は、水を85質量%、クエン酸三ナトリウムを10質量%、ジエチレングリコールを5質量%含有させた。また、実施例10は、この実施例9におけるクエン酸三ナトリウムをクエン酸三カリウムとし、これを10質量%含有させた。その他の物質の含有量は、実施例9と同様である。そして、実施例11として、水を85質量%、クエン酸三ナトリウムを5質量%、ジエチレングリコールを10質量%含有させたものを作製した。実施例12は、水(85質量%)にクエン酸三カリウムを5質量%含有させ、更に、ジエチレングリコールを10質量%含有させている。そして、調製した実施例1乃至12の電解液を用いて、電解研磨処理を行った後、電解研磨処理後の残液に含まれる6価クロムの量を測定した。その結果を下記表2及び表3に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
【表3】
【0034】
表2及び表3に示すように、実施例1乃至12のいずれも、6価クロムは検出されなかった。実施例1と比較例1とを比較すると、多価アルコールであるグリセリンを含有することにより、6価クロムの生成を防止することができることが確認された。また、実施例1と比較例4及び比較例5とを比較すると、比較例4及び比較例5は、無機酸塩に多価アルコールであるグリセリンを含有しても6価クロムが検出されたことから、6価クロムの生成を抑制するためには、実施例1のように、クエン酸三ナトリウムにグリセリンを添加することが必要であることが確認された。更に、実施例1と比較例6及び比較例7を比較した結果、実施例1は、クエン酸三ナトリウム及びグリセリンが5質量%で6価クロムが検出されず、比較例6(グリセリンが3質量%)、比較例7(クエン酸三ナトリウムが3質量%)で6価クロムが検出されたため、6価クロムの生成を抑制するためには、クエン酸三ナトリウム及びグリセリンのいずれも、5質量%含有させる必要がある。そして、この結果と、実施例3(クエン酸三ナトリウム:10質量%)及び実施例5(グリセリン:10質量%)において6価クロムが検出されなかったという結果から、クエン酸塩を5質量%以上含有させ、また多価アルコールを5質量%以上含有させることにより、6価クロムの生成を抑制できることが確認された。
【0035】
また、実施例2,4,6は、クエン酸塩として、クエン酸三カリウムを含有させ、グリセリンを添加したものであるが、これらの実施例においても、6価クロムの発生を抑制する効果が得られた。これにより、クエン酸三ナトリウム及びクエン酸三カリウムといったクエン酸に、グリセリンを添加することにより、6価クロムの生成を抑制する効果が得られることが確認された。また、実施例1乃至6では、クエン酸に添加する物質をグリセリンとしたが、実施例7乃至12は、ジエチレングリコールとしている。そして、この実施例7乃至12においても、6価クロムは検出されなかった。従って、グリセリン及びジエチレングリコールといった多価アルコールを、クエン酸塩に添加することにより、6価クロムの発生を防止することができることが確認された。