特許第5915818号(P5915818)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特許5915818サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管
<>
  • 特許5915818-サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管 図000004
  • 特許5915818-サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管 図000005
  • 特許5915818-サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管 図000006
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5915818
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月11日
(54)【発明の名称】サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160422BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160422BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20160422BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/58
   !C21D8/10 C
【請求項の数】2
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-519628(P2015-519628)
(86)(22)【出願日】2014年5月21日
(86)【国際出願番号】JP2014002662
(87)【国際公開番号】WO2014192251
(87)【国際公開日】20141204
【審査請求日】2015年11月11日
(31)【優先権主張番号】特願2013-115135(P2013-115135)
(32)【優先日】2013年5月31日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 憲司
(72)【発明者】
【氏名】荒井 勇次
【審査官】 藤代 佳
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−250418(JP,A)
【文献】 特開平1−234521(JP,A)
【文献】 特開昭59−150066(JP,A)
【文献】 特表2012−509398(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.08〜0.24%、
Si:0.10〜0.50%、
Mn:0.3〜2.5%、
P:0.02%以下、
S:0.006%以下、
Nb:0.02〜0.12%、
Al:0.005〜0.100%、
Ca:0.0003〜0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0050%以下、
Ti:0〜0.1%、
V:0〜0.03%、
Cr:0〜0.6%、
Mo:0〜0.3%、
Ni:0〜0.4%、
Cu:0〜0.3%、及び、
B:0〜0.005%、
を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成と、
フェライト及びパーライトからなる組織とを備え、
350〜450MPa未満の降伏強度を有する、サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管。
【請求項2】
請求項1に記載の継目無鋼管であって、
前記Nbの含有量(質量%)は、式(1)で定義されるF1値以上である、継目無鋼管。
F1=0.02+(t−15)×0.001 (1)
ここで、tには、継目無鋼管の肉厚(単位はmm)の単位を除いた数値が代入される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、継目無鋼管に関する。さらに好ましくは、腐食性ガスである硫化水素(HS)を含有するサワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
原油や天然ガスは、硫化水素及び水分を含む。このような湿潤硫化水素環境をサワー環境という。ラインパイプは、油井やガス井から生産された原油や天然ガスを搬送するパイプラインとして使用される。したがって、ラインパイプはサワー環境で使用される。サワー環境で使用されるラインパイプでは、硫化水素を含む環境での腐食により、鋼中に侵入した水素に起因した水素脆化が問題となる。
【0003】
水素脆化には、静的な外部応力下で鋼材に生じる硫化物応力割れと、外部応力のない状態で鋼材内部に生じる水素誘起割れ(Hydrogen Induced Cracking:以下、HICと称する)とがある。ラインパイプではHICが問題となることが多い。したがって、ラインパイプ用鋼管では特に、耐HIC性が要求される。
【0004】
ラインパイプ用鋼管には、溶接鋼管と継目無鋼管とがある。溶接鋼管は軸方向又はスパイラル状に延びるシーム部(溶接部)を有する。溶接鋼管に使用される鋼板は、連続鋳造時に生成される中心偏析部を板厚中央に持ち、その中心偏析部が高いHIC感受性を持つ。そのため、特に耐HIC性が求められるラインパイプ用鋼管には、継目無鋼管を用いるのが好ましい。
【0005】
一般的に、鋼の強度が高くなるほど、HICが発生しやすくなることが知られている。国際公開第2005/075694号(特許文献1)は、高強度を有し、かつ、耐HIC性に優れた継目無鋼管を提案する。
【0006】
具体的には、特許文献1に開示されたラインパイプ用鋼材は、組成が質量%にて、C:0.03〜0.15%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.5〜1.8%、P:0.015%以下、S:0.04%以下、O:0.01%以下、N:0.007%以下、sol.Al:0.01〜0.1%、Ti:0.024%以下、Ca:0.0003〜0.02%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。上記ラインパイプ用鋼材ではさらに、鋼中のTiNの大きさが30μm以下である。TiNが微細であるため、優れた耐HIC性が得られる、と特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2005/075694号
【特許文献2】特開2002−60893号公報
【特許文献3】国際公開第2011/152240号
【0008】
高強度の継目無鋼管を製造する場合、通常、熱間加工工程後に、焼入れ及び焼戻し処理を実施して継目無鋼管の強度を高める。一方で、高強度を必要としない、降伏強度が450MPa未満の低強度のラインパイプ用継目無鋼管の需要もある。このような低強度の継目無鋼管では通常、焼入れ及び焼戻し処理は実施されず、省略される。
【0009】
従来では、上述のとおり、強度が低ければHICが発生しにくいと考えられてきた。しかしながら、本出願の発明者らの調査の結果、強度が高い場合だけでなく、強度が低い場合にもHICの一種であるブリスタ及び微小な内部割れが多数発生する場合があることを新たに知見した。
【0010】
ブリスタとは、鋼材の表面近傍に発生し、鋼材の軸方向に延びる膨れである。NACEによって規定される耐HIC性試験(NACE TM0284等)において、優れた耐HIC性を示す高強度の継目無鋼管においても、ブリスタの発生は確認されることがある。ただしHIC(ブリスタ)が表面近傍での割れにとどまる場合は、輸送される流体のリーク等につながらないため、従来の高強度の継目無鋼管では、ブリスタは特に問題とされていなかった。
【0011】
しかしながら、低強度の継目無鋼管においては、引張応力が負荷された場合、鋼中の複数のブリスタ及び微小な内部割れが継目無鋼管の肉厚方向で連結してSOHIC(Stress Oriented Hydrogen Induced Cracking)が発生する可能性がある。
【0012】
したがって、焼入れ及び焼戻しを実施しない低強度の継目無鋼管において、ブリスタ及び微小な内部割れの発生を抑制することが望ましい。低強度鋼材においては微小な内部割れはブリスタと同じ原因で発生するため、ブリスタに着目しその発生を抑制すればよい。
【発明の概要】
【0013】
本発明の目的は、焼入れ及び焼戻しを実施せず、かつ、サワー環境で使用されるラインパイプ用途に使用された場合、ブリスタの発生及び微小な内部割れを抑制できる継目無鋼管を提供することである。
【0014】
本実施形態による継目無鋼管は、サワー環境で使用されるラインパイプ用途である。上記継目無鋼管は、質量%で、C:0.08〜0.24%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.3〜2.5%、P:0.02%以下、S:0.006%以下、Nb:0.02〜0.12%、Al:0.005〜0.100%、Ca:0.0003〜0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0050%以下、Ti:0〜0.1%、V:0〜0.03%、Cr:0〜0.6%、Mo:0〜0.3%、Ni:0〜0.4%、Cu:0〜0.3%、及び、B:0〜0.005%、を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成と、フェライト及びパーライトからなる組織とを備え、350〜450MPa未満の降伏強度を有する。
【0015】
本実施形態の継目無鋼管は、焼入れ焼き戻しを実施せず、低強度であっても、ブリスタ及び微小な内部割れの発生を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、継目無鋼管の降伏強度と、発生したブリスタ個数(個/20cm)との関係を示す図である。
図2図2は実施例中の本発明例(鋼A4、肉厚20mm)のブリスタ個数測定試験後のクーポン試験片の2つの表面(継目無鋼管の外面及び内面に相当)の写真画像である。
図3図3は実施例中の比較例(鋼B3、肉厚20mm)のブリスタ個数測定試験後のクーポン試験片の2つの表面(継目無鋼管の外面及び内面に相当)の写真画像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。
【0018】
本発明者らは、焼入れ及び焼戻しを実施しない低強度の継目無鋼管におけるブリスタの発生について調査及び検討し、次の知見を得た。
【0019】
ブリスタは次のメカニズムで発生する。鋼中の介在物の周囲に水素が集積し、水素膨れ(ブリスタ)の起点を形成する。起点の水素圧力が高まることにより鋼材が降伏すると、亀裂が生成される。亀裂が生成されると、亀裂先端に転位と水素がさらに集積し、亀裂が進展する。これによりブリスタが生成される。
【0020】
焼入れ及び焼戻しを実施しない低強度の継目無鋼管においては、降伏強度の低いフェライトの割合が多い。そのため、フェライトが降伏してブリスタが発生すると考えられる。したがって、ブリスタの発生を抑制するためには、フェライト自身を強化する、又は、鋼中のパーライトの比率を高める、等により、鋼の強度を高めることが有効である。
【0021】
図1は、継目無鋼管の降伏強度と、発生したブリスタ個数(個/20cm)との関係を示す図である。図1は、次の方法により得られた。種々の化学組成を有する継目無鋼管を製造した。このとき、熱間加工後の継目無鋼管を、放冷又は5℃/s未満の冷却速度で冷却し、焼入れ及び焼戻し処理を実施しなかった。
【0022】
製造された各継目無鋼管に対して、後述の降伏強度試験を実施して降伏強度を求めた。さらに、後述のブリスタ個数測定試験を実施して、各継目無鋼管で発生したブリスタ個数(個/20cm)を求め、図1を作成した。
【0023】
図1を参照して、継目無鋼管において、降伏強度が350MPaとなるまでは、降伏強度が高くなるにしたがって、ブリスタ個数は顕著に減少した。一方、降伏強度が350MPa以上の場合、降伏強度が増大しても、ブリスタ個数はそれほど変化しなかった。
【0024】
要するに、図1の曲線は、降伏強度が350MPa近傍に変曲点を有する。したがって、降伏強度が350MPa以上であれば、ブリスタ個数を低く抑えることができる。
【0025】
C含有量を高めれば、鋼中のパーライト比率が高まり、鋼の降伏強度が高まる。しかしながら、C含有量が高くなれば、溶接性が低下する。ラインパイプ用継目無鋼管は、ラインパイプが設置される現地で円周溶接される。C含有量が高くなれば、円周溶接された継手部の靱性が低下するとともに、硫化物応力割れ(SSC)が発生しやすくなる。したがって、C含有量を過剰には高めにくい。
【0026】
また、焼入れ及び焼戻しを実施することにより継目無鋼管の強度を高めることはできる。しかしながら、低強度の継目無鋼管において、焼入れ及び焼戻しを実施すれば製造コストが高くなる。
【0027】
また、UOE鋼管等の溶接鋼管の場合、製管や拡管等の冷間加工が実施される。冷間加工により溶接鋼管の強度は高まるため、ブリスタの発生数を抑えることができる可能性がある。しかしながら、上述のとおり、厳しいサワー環境に使用されるラインパイプには、継目無鋼管が適する。したがって、冷間加工等により強度を上げることは困難であり、製造コストを考慮しても好ましくない。
【0028】
そこで、本実施形態では、C含有量を高め、さらに、Nb含有量を高める。具体的には、C含有量を0.08〜0.24%とし、Nb含有量を0.02〜0.12%とする。この場合、焼入れ及び焼戻しを実施しない(焼入れ及び焼戻しが省略された)継目無鋼管であっても、強度を高めることができ、ブリスタの発生を抑制することができる。
【0029】
好ましくは、Nb含有量(質量%)の数値を、式(1)で定義されるF1値以上にする。
F1=0.02+(t−15)×0.001 (1)
ここで、tには、継目無鋼管の肉厚(単位はmm)の単位を除いた数値が代入される。
【0030】
サワー環境に使用されるラインパイプ用途の継目無鋼管の肉厚は、たとえば、10〜50mmである。肉厚が厚くなれば、熱間加工後の継目無鋼管の冷却条件も変化する。つまり、冷却速度が遅くなり、鋼の強度は低下する傾向になる。Nb含有量が式(1)のF1値以上であれば、鋼の強度が350MPa以上となり、ブリスタの発生を抑制できる。
【0031】
以上の知見に基づいて完成された本実施形態の継目無鋼管は次のとおりである。
【0032】
本実施形態による継目無鋼管は、サワー環境で使用されるラインパイプ用途である。上記継目無鋼管は、質量%で、C:0.08〜0.24%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.3〜2.5%、P:0.02%以下、S:0.006%以下、Nb:0.02〜0.12%、Al:0.005〜0.100%、Ca:0.0003〜0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0050%以下、Ti:0〜0.1%、V:0〜0.03%、Cr:0〜0.6%、Mo:0〜0.3%、Ni:0〜0.4%、Cu:0〜0.3%、及び、B:0〜0.005%、を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成と、フェライト及びパーライトからなる組織とを備え、350〜450MPa未満の降伏強度を有する。
【0033】
好ましくは、Nbの含有量(質量%)は、式(1)で定義されるF1値以上である。
F1=0.02+(t−15)×0.001 (1)
ここで、tには、継目無鋼管の肉厚(単位はmm)の単位を除いた数値が代入される。
【0034】
以下、本実施形態の継目無鋼管について詳述する。
【0035】
[化学組成]
本実施形態による継目無鋼管は、以下の化学組成を有する。
【0036】
C:0.08〜0.24%
炭素(C)は、焼入れ性を高めて鋼の強度を高める。本実施形態の継目無鋼管のように、製管後に焼入れ焼戻し等の熱処理を実施しない場合、C含有量が低すぎれば、鋼の強度が低くなりすぎる。C含有量が低すぎればさらに、優れた耐HIC性が得られにくい。C含有量が0.08%以上であれば、高強度のパーライトが鋼中に分散析出する。そのため、フェライトの降伏が抑制される。そのため、優れた耐HIC性が得られ、ブリスタの発生が抑制される。一方、本実施形態の継目無鋼管はラインパイプとして、現地で円周溶接される。したがって、C含有量が高すぎれば、円周溶接の熱影響部(HAZ)が硬化して耐SSC性が低下する。したがって、C含有量は0.08〜0.24%である。C含有量の好ましい下限は0.08%よりも高く、さらに好ましくは0.10%である。C含有量の好ましい上限は0.24%未満であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0037】
Si:0.10〜0.50%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、溶接熱影響部の靱性が低下する。Si含有量が高すぎればさらに、軟化相であるフェライトの析出を促進する。そのため、耐HIC性が低下し、ブリスタが発生しやすくなる。したがって、Si含有量は0.10〜0.50%である。Si含有量の好ましい下限は0.10%よりも高く、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。Si含有量の好ましい上限は0.50%未満であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0038】
Mn:0.3〜2.5%
マンガン(Mn)は鋼の焼入れ性を高めて鋼の強度を高める。Mnはさらに、鋼の靱性を高める。Mn含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、Mn偏析による鋼の硬化、及び、MnSの形成により、HICが発生しやすくなる。したがって、Mn含有量は0.3〜2.5%である。Mn含有量の好ましい下限は0.3%よりも高く、さらに好ましくは、0.5%であり、さらに好ましくは0.8%である。Mn含有量の好ましい上限は2.5%未満であり、さらに好ましくは2.0%であり、さらに好ましくは1.8%である。
【0039】
P:0.02%以下
燐(P)は不純物である。Pは、鋼の靱性を低下する。したがって、P含有量は0.02%以下である。好ましいP含有量は0.02%未満であり、さらに好ましくは0.01%以下である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0040】
S:0.006%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、MnSを形成する。MnSはブリスタの起点となる。したがって、S含有量は低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の低減はコストが掛かる。本実施形態の継目無鋼管では製造コストを抑えるため、S含有量を0.006%以下にすればよい。本実施形態の継目無鋼管では、S含有量が0.005%以上含有されていても、C含有量及びNb含有量が適切であれば、優れた耐HIC性を示し、ブリスタの発生が抑制される。しかしながら、S含有量は低い方が好ましい。好ましいS含有量は0.003%以下である。
【0041】
Nb:0.02〜0.12%
ニオブ(Nb)は、フェライトに固溶して鋼の強度を高める。Nbはさらに、C及びNと結合して炭窒化物を形成し、ピンニング硬化により鋼を細粒化する。細粒化により、鋼の耐HIC性が高まる。細粒化はさらに、鋼の靱性を高める。上記範囲のCと、上記範囲のMnとを含有し、Nbを含有しない鋼材を製管して継目無鋼管とした後、熱処理を実施しなかった場合(つまり、焼入れ及び焼戻しが省略されたアズロール材を製造した場合)、製造された継目無鋼管の降伏強度は250MPa程度である。しかしながら、上述の範囲のNb含有量を含有すれば、継目無鋼管の降伏強度は350MPa以上まで上がる。そのため、ブリスタの発生が抑制される。Nb含有量が低すぎれば、上記効果が得られない。一方、Nb含有量が高すぎれば、粗大なNb炭窒化物が形成される。粗大なNb炭窒化物はブリスタの起点となり、さらに、耐HIC性も低下する。したがって、Nb含有量は0.02〜0.12%である。
【0042】
上述のとおり、サワー環境のラインパイプ用途の継目無鋼管の肉厚は10〜50mmである。継目無鋼管の肉厚が大きいほど、継目無鋼管の冷却速度が遅くなり、フェライト粒が粗大となる。そのため、鋼の降伏強度が低下する。したがって、好ましくはNb含有量の下限は、次の式(1)で定義されるF1値(%)以上である。
F1=0.02+(t−15)×0.001 (1)
ここで、式(1)中のtには、継目無鋼管の肉厚(mm)の単位を除いた数値が代入される。
【0043】
上述の継目無鋼管が式(1)を満たす場合、母材だけでなく、継目無鋼管同士の円周溶接により形成される溶接熱影響部においても、十分な降伏強度が確保でき、ブリスタの発生が抑制される。溶接熱影響部においては加熱後の冷却速度が速く硬化する硬化領域と、冷却速度が遅くかつ繰り返し熱影響を受けて軟化する軟化領域がある。上記式(1)が満たされる場合、軟化領域において十分な降伏強度が確保される。
【0044】
Nb含有量の好ましい下限は0.02%よりも高く、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.04%である。Nb含有量の好ましい上限は0.12%未満であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.08%である。
【0045】
Al:0.005〜0.100%
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、この効果は得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、円周溶接時に粗大なクラスタ状のアルミナ介在物粒子が形成され、溶接熱影響部(HAZ)での靱性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.005%よりも高く、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.100%未満であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.040%である。本明細書において、Al含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0046】
Ca:0.0003〜0.0050%
カルシウム(Ca)は鋳込み時のタンディッシュノズルの詰まりを抑制する。Caはさらに、HIC、ブリスタ及び微細な内部割れの起点となるMnSの生成を抑制する。そのため、Caは、ブリスタ及び微細な内部割れの発生を抑制する。Ca含有量が低すぎれば、この効果が不十分となる。一方、Ca含有量が高すぎれば、介在物がクラスタを形成し、鋼の靱性及び耐HIC性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0003〜0.0050%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0003%よりも高く、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0050%未満であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0047】
N:0.0100%以下
窒素(N)は不純物である。Nは粗大な窒化物を形成して鋼の靱性及び耐SSC性を低下する。そのため、N含有量は低い方が好ましい。したがって、N含有量は0.0100%以下である。好ましいN含有量は0.0080%以下であり、さらに好ましくは0.0060%以下である。
【0048】
O:0.0050%以下
酸素(O)は不純物である。Oは粗大な酸化物、又は酸化物のクラスタを形成して鋼の靱性及び耐HIC性を低下する。そのため、O含有量はなるべく低い方が好ましい。したがって、O含有量は0.0050%以下である。好ましいO含有量は0.0040%以下であり、さらに好ましくは0.0030%以下である。
【0049】
本実施形態の継目無鋼管の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、又は、製造過程の環境等から混入する元素をいう。
【0050】
[選択元素について]
本実施形態の継目無鋼管はさらに、Ti、V、Cr、Mo、Ni、Cu及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、鋼の強度を高める。
【0051】
Ti:0〜0.1%
チタン(Ti)は選択元素である。TiはNbと同様に、C及びNと結合して炭窒化物を形成し、ピンニング硬化により鋼を細粒化する。一方、Ti含有量が高すぎれば、その効果は飽和する。したがって、Ti含有量は0〜0.1%である。Ti含有量の好ましい下限は0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.1%未満であり、さらに好ましくは0.05%である。
【0052】
V:0〜0.03%
バナジウム(V)は選択元素である。Vは炭化物を形成し、鋼を強化する。一方、V含有量が高すぎれば、粗大な炭化物を形成してSSCが発生しやすくなる。したがって、V含有量は0〜0.03%である。V含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.015%である。V含有量の好ましい上限は0.03%未満であり、さらに好ましくは0.025%である。
【0053】
Cr:0〜0.6%
Mo:0〜0.3%
Ni:0〜0.4%
Cu:0〜0.3%
クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)及び銅(Cu)はいずれも選択元素である。これらの元素はいずれも、鋼の焼入れ性を高めて鋼を強化し、低強度鋼においては耐HIC性を高める。一方、これらの元素の含有量が高すぎれば、局部に硬化組織が発生したり、鋼の表面の不均一な腐食の原因となったりする。したがって、Cr含有量は0〜0.6%であり、Mo含有量は0〜0.3%であり、Ni含有量は0〜0.4%であり、Cu含有量は0〜0.3%である。Cr含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Mo含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cr含有量の好ましい上限は0.6%未満であり、さらに好ましくは0.5%である。Mo含有量の好ましい上限は0.3%未満であり、さらに好ましくは0.25%である。Ni含有量の好ましい上限は0.4%未満であり、さらに好ましくは0.3%であり、さらに好ましくは0.25%である。Cu含有量の好ましい上限は0.3%未満であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0054】
好ましくは、Cr、Mo、Ni、Cuの総含有量は、次の式(2)を満たす。
(Cr+Mo)/5+(Cu+Ni)/15<0.10 (2)
式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
Cr、Mo、Ni及びCuが式(2)を満たせば、厚肉の継目無鋼管であっても、降伏強度が450MPa未満になる。
【0055】
B:0〜0.005%、
ボロン(B)は選択元素である。Bは、低強度の継目無鋼管において、鋼の焼入れ性を高め、低強度鋼においては耐HIC性を高める。一方、B含有量が高すぎれば、鋼の耐SSC性が低下する。したがって、B含有量は0〜0.005%である。B含有量の好ましい下限は0.0001%以上であり、さらに好ましくは0.0003%である。B含有量の好ましい上限は0.005%未満であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0056】
[組織及び強度]
本実施形態の継目無鋼管は製管後に焼入れ及び焼戻しが実施されない。つまり、本実施形態の継目無鋼管は、焼入れ及び焼戻しが省略された、いわゆる、アズロール材である。後述するとおり、製管後の継目無鋼管は、放冷又は2℃/s未満の冷却速度で冷却される。そのため、本実施形態の継目無鋼管の組織は、フェライトと、パーライトからなる。組織の大部分はフェライトであり、残部がパーライトである。ここでいう組織とは、介在物及び析出物を含まない、母相組織を意味する。
【0057】
上述のような遅い冷却速度で冷却されても、本実施形態の継目無鋼管は、350MPa以上の降伏強度を有する。本明細書において、降伏強度とは、0.2%耐力を意味する。継目無鋼管の好ましい降伏強度は400MPa以上である。なお、本実施形態の継目無鋼管では、降伏強度は450MPa未満である。
【0058】
[製造方法]
本実施形態によるサワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管の製造方法の一例を説明する。
【0059】
上述の化学組成の鋼を溶製し、周知の方法で精錬する。続いて、溶鋼を連続鋳造法により連続鋳造材にする。連続鋳造材はたとえば、スラブやブルームやビレットである。また、溶鋼を造塊法によりインゴットにしてもよい。
【0060】
連続鋳造材のうちのスラブやブルーム及びインゴットを熱間加工してビレットを製造する。たとえば、スラブやブルーム、インゴットを分塊圧延して、ビレットを製造する。
【0061】
続いて、製造されたビレットを熱間製管して継目無鋼管を製造する。具体的には、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱されたビレットに粗大なNb介在物が残ったまま熱間製管を実施すれば、熱間製管後の冷却時にNbによる強化が十分に得られない。そのため、本実施形態では、通常の継目無鋼管の製造時と比較してさらに高温に加熱する。具体的には、上記加熱時において、ビレットを1250℃以上に加熱する。
【0062】
加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して継目無鋼管を製造する。具体的には、マンネスマン法に基づく穿孔圧延を実施して素管を製造する。製造された素管に対してさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により延伸圧延及び定径圧延を実施して継目無鋼管を製造する。
【0063】
製管された継目無鋼管を冷却する。このとき、Nb炭窒化物が析出する500℃以上の高温域での冷却速度は速い方が好ましい。そこで、継目無鋼管の温度が500℃になるまでは0.5〜5℃/sの冷却速度で継目無鋼管を冷却し、その後は、2℃未満の冷却速度で冷却する。2℃/s未満の冷却速度には、放冷も含まれる。
【0064】
上記冷却速度はたとえば、放冷時の隣り合う継目無鋼管の間隔を調整することで、調整可能である。たとえば、継目無鋼管が500℃になるまで、隣り合う継目無鋼管の間隔を距離D1とし、500℃以下では、上記間隔を距離D1よりも短い距離D2に調整する。これにより、緩やかな2段階の冷却速度を実現できる。
【0065】
上記製造方法では、熱間加工後の継目無鋼管に対して、焼入れ及び焼戻し処理を実施しない。
【0066】
[ブリスタ個数]
以上の製造方法により製造された継目無鋼管では、ブリスタの発生を抑えることができる。特に、Nb含有量(%)が式(1)で定義されたF1値以上である場合、表面におけるブリスタ個数は10個/20cm未満である。ここで、ブリスタ個数は次に示すブリスタ個数測定試験で求めることができる。
【0067】
[ブリスタ個数測定試験]
NACE(National Association of Corrosion Engineers)Internationalにより規定されるNACE TM0284−2011に基づいて、湿潤硫化水素環境(サワー環境)を用いたHIC試験を実施する。具体的には、継目無鋼管から板厚×20mm幅×100mm長さ(継目無鋼管の軸方向の長さ)のクーポン試験片を採取する。上記クーポン試験片は、継目無鋼管の外面及び内面に相当する一対の表面を有する。
【0068】
NACE TM0284に準拠して、5%NaCl+0.5%CHCOOH水溶液に100%のHSガスを大気圧中で飽和させた25℃の試験浴を準備する。試験浴にクーポン試験片を96時間浸漬させる。96時間浸漬した後、クーポン試験片の表面(継目無鋼管の内面及び外面に相当する20mm幅×100mm長さの2面)を目視で観察する。そして、上記表面に発生したブリスタの総数をカウントし、ブリスタ個数(個/20cm)を求める。
【0069】
上述のとおり、本実施形態による継目無鋼管では、C及びNbにより降伏強度を350MPa以上に高めることにより、ブリスタの発生を抑制することができる。そのため、耐HIC性に優れ、さらに、引張応力が負荷されたときにSOHICが発生しにくい。
【実施例】
【0070】
表1に示す鋼A1〜A15、B1〜B6のインゴットを製造した。
【0071】
【表1】
【0072】
表1中の「−」は実質的に「0」%(不純物レベル)であったことを示す。表1中のF2は、次のとおり定義される。
F2=(Cr+Mo)/5+(Cu+Ni)/15
要するに、F2は式(2)の左辺である。
【0073】
表1を参照して、鋼A1〜鋼A15の化学組成は、本実施形態の継目無鋼管の化学組成の範囲内であった。一方、鋼B1及び鋼B3は、Nbを含有しておらず、鋼B2のNb含有量は本実施形態のNb含有量の下限未満であった。鋼B4及び鋼B5のC含有量は、本実施形態の継目無鋼管のC含有量の下限未満であった。鋼種B6のF2は、式(2)を満たさなかった。
【0074】
各鋼のインゴットを熱間鍛造して各鋼ごとに複数のビレットを製造した。ビレットを表2に示す加熱温度で加熱した後、穿孔機(ピアサ)を用いてビレットを穿孔圧延して継目無鋼管を製造した。このとき、各鋼ごとに、肉厚=12.7mm、25.4mm及び38.1mmの3種類の継目無鋼管を製造した。製造後の継目無鋼管に対して、継目無鋼管の温度が500℃になるまでは表2に示す第1冷却速度で冷却し、それ以降は第2冷却速度で冷却した。
【0075】
【表2】
【0076】
[ミクロ組織観察試験]
各鋼ごとに製造された3種類の肉厚の継目無鋼管に対して、ミクロ組織観察試験を実施した。各継目無鋼管の横断面(継目無鋼管の軸方向に垂直な面)において、肉厚中央部分をナイタール等でエッチングした。エッチングされた肉厚中央部分の任意の1視野(視野面積40000μm)を観察した。観察には500倍の光学顕微鏡を用いた。
【0077】
ミクロ組織観察試験の結果、いずれの継目無鋼管においても、フェライトとパーライトとからなる組織を有した。
【0078】
[降伏強度試験]
各鋼の3種類の継目無鋼管の各々から、外径6mm、長さ40mmの平行部を有する丸棒引張試験片を採取した。平行部は継目無鋼管の軸方向に平行であった。採取された丸棒引張試験片を用いて、常温(25℃)で引張試験を行い、降伏強度YS(0.2%耐力)(MPa)を求めた。
【0079】
[ブリスタ個数測定試験]
各鋼の3種類の継目無鋼管の各々について、上述のブリスタ個数測定試験を実施して、ブリスタ個数を求めた。
【0080】
[試験結果]
表2に試験結果を示す。さらに、図2は鋼A4(肉厚20mm)のブリスタ個数測定試験後のクーポン試験片の2つの表面(継目無鋼管の外面及び内面に相当)の写真画像であり、図3は、鋼B3(肉厚20mm)のブリスタ個数測定試験後のクーポン試験片の2つの表面の写真画像である。図2及び図3において、上段の表面が継目無鋼管の外面に相当し、下段の表面が継目無鋼管の内面に相当する。
【0081】
表2を参照して、鋼A1〜A11、A14及びA15の化学組成は適切であった。そのため、肉厚が15mm以下の12.7mmの継目無鋼管において、降伏強度YSが350〜450MPa未満であった。そのため、図2にも示されるように、表面におけるブリスタの発生が抑えられ、ブリスタ個数は10個/20cm未満であった。
【0082】
さらに、鋼A1〜A9及びA11、A14及びA15のNb含有量は、肉厚25.4mmの継目無鋼管において、式(1)で定義されたF1値以上であった。そのため、肉厚が15mmを超える継目無鋼管においても、350〜450MPa未満の降伏強度が得られ、ブリスタ個数は10個/20cm未満であった。
【0083】
さらに、鋼A2〜A9、A14及びA15のNb含有量は、肉厚38.1mmの継目無鋼管において、F1値以上であった。そのため、肉厚が35mmを超える継目無鋼管においても、350〜450MPa未満の降伏強度が得られ、ブリスタ個数は10個/20cm未満であった。
【0084】
一方、鋼A12及びA13の化学組成は適切であったものの、鋼A12では加熱温度が低すぎ、鋼A13では第1冷却速度が遅すぎた。そのため、降伏強度YSが350MPa未満となり、いずれの肉厚の継目無鋼管においても、ブリスタ個数が10個/20cm以上であった。
【0085】
一方、鋼B1〜B3のNb含有量は低すぎた。そのため、肉厚が20mm未満の継目無鋼管においても、降伏強度が350MPa未満となった。その結果、図3に示すとおり、表面に多数のブリスタが発生し、ブリスタ個数が10個/20cm以上であった。
【0086】
また、鋼B4及びB5のC含有量は低すぎた。そのため、肉厚が20mm未満の継目無鋼管においても、降伏強度が350MPa未満となり、ブリスタ個数が10個/20cm以上であった。
【0087】
鋼B6のF2値は式(2)を満たさなかった。そのため、鋼B6の降伏強度は450MPaを超えた。
【0088】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
図1
図2
図3