特許第5915982号(P5915982)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5915982
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月11日
(54)【発明の名称】イミダゾール誘導体
(51)【国際特許分類】
   C07D 487/04 20060101AFI20160422BHJP
   A01N 43/90 20060101ALI20160422BHJP
   A01P 21/00 20060101ALI20160422BHJP
   C12P 17/18 20060101ALI20160422BHJP
【FI】
   C07D487/04 144
   C07D487/04CSP
   A01N43/90 106
   A01P21/00
   C12P17/18 B
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-512379(P2013-512379)
(86)(22)【出願日】2012年4月24日
(86)【国際出願番号】JP2012060989
(87)【国際公開番号】WO2012147750
(87)【国際公開日】20121101
【審査請求日】2015年4月14日
(31)【優先権主張番号】特願2011-99456(P2011-99456)
(32)【優先日】2011年4月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2011-154981(P2011-154981)
(32)【優先日】2011年7月13日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-41711(P2012-41711)
(32)【優先日】2012年2月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100108257
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 伊知良
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【弁理士】
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】河岸 洋和
(72)【発明者】
【氏名】崔 宰熏
【審査官】 谷尾 忍
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/010695(WO,A1)
【文献】 特開2009−001558(JP,A)
【文献】 George A. IVANOVICS et al,The Synthesis of 2-substituted derivatives of 5-amino-1-.beta.-D-ribofuranosylimidazole-4-carboxamide. Ring Opening Reactions of 2-Azapurine Nucleosides,J. Org. Chem.,1974年,vol.39, no.25,p.3651-3654
【文献】 Elliott SHAW et al,IMIDAZO-1,2,3-TRIAZINES AS SUBSTRATES AND INHIBITORS FOR XANTHINE OXIDASE,J. Biol. Chem.,1952年,vol.194,p.641-654
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 487/04
A01N 43/90
C12P 17/18
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)及び(B)からなる群から選択される化合物:
(A)3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン;
(B)3−メチル−3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン。
【請求項2】
請求項1に記載の化合物を含む、植物生長調節剤。
【請求項3】
7H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4(3H)−オンにキサンチンオキシダーゼを作用させて、3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオンを得る、
3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオンの製造方法。
【請求項4】
植物体を抽出して抽出物を調製する工程と、
前記抽出物から3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオンを単離する工程と、を含む、
3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イミダゾール誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の生長を調節する化合物として、例えば植物ホルモンが知られている。植物ホルモンは植物自体に由来するが、化合物として合成でき、農薬及び活力剤として役立てられている。このような植物の生長を調節する化合物として、特許文献1〜4には、イミダゾール誘導体が記載されている。例えば、特許文献4には、7H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4(3H)−オン(別名:2−アザヒポキサンチン、以下場合により「AHX」と称する)が記載されており、AHXが植物に対して生長促進又は生長抑制作用を示すことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭63−104965号公報
【特許文献2】特開昭63−68570号公報
【特許文献3】特開平4−210680号公報
【特許文献4】特許第4565018号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
AHXのように植物の生長を調節でき、さらに、農薬又は活力剤として農業及び園芸に用いることのできる化合物が求められている。そこで本発明は、植物の生長を調節できる新たな化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、AHXの研究の過程で、AHXと同様の植物生長調節作用を有するAHX代謝産物、すなわち、3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン(別名:2−アザ−8−オキソ−ヒポキサンチン、以下、場合により「AOH」と称する)を発見した。また、AOHから3−メチル−3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン(以下、場合により「3−メチルAOH」)を合成し、3−メチルAOHも植物生長調節作用を有することを発見した。すなわち、本発明は、下記(A)及び(B)からなる群から選択される化合物を提供する。
(A)3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン
(B)3−メチル−3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン
【0006】
また、本発明は、上記(A)及び(B)からなる群から選択される化合物を含む植物生長調節剤を提供する。本発明の化合物は、植物の生長を大幅に促進することができるため、該化合物を植物生長調節剤として有効に用いることができる。
【0007】
また、本発明は、AHXにキサンチンオキシダーゼを作用させて、AOHを得る、AOHの製造方法を提供する。上記製造方法によれば、AOHを高収率で簡単に製造することが可能となる。
【0008】
また、本発明は、植物体を抽出して抽出物を調製する工程と、抽出物からAOHを単離する工程と、を含む、AOHの製造方法を提供する。上記製造方法によれば、酵素反応によらずAOHを得ることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、植物の生長を調節できる化合物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、AHX添加土壌で栽培されたシバ抽出液のクロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムである。
図2図2は、AHX添加培養液で栽培されたイネ抽出液のクロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムである。
図3図3は、AHX代謝産物のX線結晶構造解析により得られた結晶構造を表す図である。
図4図4は、AHX又はAOHの培地への添加によるイネの生長に及ぼす影響を示すグラフである。
図5図5は、標品のAOHの(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルである。
図6図6は、イネの根の抽出物の(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルである。
図7図7は、トマトの根の抽出物の(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルである。
図8図8は、AOH又は3−メチルAOHの培地への添加によるイネの生長に及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、(A)AOH、すなわち、3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオンを提供する。AOHは、下記式(I)で表される化合物である。
【0012】
【化1】
【0013】
AOHは、AHX、すなわち7H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4(3H)−オンに、キサンチンオキシダーゼを作用させることにより、下記式(II)の反応で得ることができる。
【0014】
【化2】
【0015】
AHXからAOHを製造するのに使用されるキサンチンオキシダーゼは、特に限定されず、例えば、バターミルク由来のキサンチンオキシダーゼを使用することができる。AHXにキサンチンオキシダーゼを作用させるには、例えば、AHXを反応溶媒に溶解させて反応溶液を作製し、該反応溶液にキサンチンオキシダーゼを添加すればよい。キサンチンオキシダーゼの添加量としては、特に限定されないが、例えば、AHX1gに対して20〜200Uが好ましく、50〜200Uがより好ましく、100〜200Uがより好ましい。反応条件としては、特に限定されないが、例えば、キサンチンオキシダーゼの至適反応条件の範囲で作用させることができる。例えば、反応温度としては、20〜35℃が好ましく、25〜32℃がより好ましく、28〜30℃がさらに好ましい。また、例えば、反応時間としては、6〜50時間が好ましく、24〜50時間がより好ましく、48〜50時間がさらに好ましい。また、反応溶媒としては、特に限定されないが、水又は緩衝液等の水系溶媒の反応溶媒が好ましく、緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝生理食塩水、リン酸緩衝水、蒸留水等を使用することができる。また、反応溶液に反応活性化剤等の添加剤を加えてもよい。反応の終了後、反応溶液に対して適宜抽出、濃縮、精製、乾燥等の操作を行い、反応溶液から本発明のAOHを得ることができる。
【0016】
また、AOHは、植物体から製造することもできる。植物としては、AOHを産生する植物であれば特に限定されず、種子植物、シダ植物、又はコケ植物でもよく、種子植物としては裸子植物又は被子植物でもよく、被子植物としては単子葉植物でも双子葉植物でもよい。
【0017】
このような植物として、具体的には、イネ科、ナス科、ツバキ科、キク科、バラ科、ユリ科等の植物を挙げることができる。これらの中でも、AOHの産生量が多い点から、イネ科又はナス科の植物であることが好ましい。前記イネ科植物としては、例えば、マダケ属、オオムギ属、コムギ属、イネ属、コヌカグサ属、シバ属、サトウキビ属、トウモロコシ属等を挙げることができ、この中でもイネ属が好ましく、イネ(Oryza sativa)であることがさらに好ましい。前記ナス科の植物としては、例えば、トマト属、ナス属、トウガラシ属、タバコ属、チョウセンアサガオ属、ホオズキ属、ペチュニア属等を挙げることができ、この中でもトマト属が好ましく、トマト(Solanum lycopersicum)であることがさらに好ましい。
【0018】
AOHを産生する植物として、AHXを施用した植物を用いてもよい。植物にAHXを施用すると、AHX代謝産物としてAOHが産生される。このAOHを植物体から単離してもよい。AHXを植物に施用すれば、植物が通常産生するよりも多くのAOHが植物から産生される。
【0019】
植物体からAOHを製造する方法としては、植物体を抽出して抽出物を調製する工程と、抽出物からAOHを単離する工程と、を含む方法を用いることができる。植物体を抽出して抽出物を調製する方法は、特に限定されないが、例えば、AOHを含む植物体の植物器官を採取し、該植物器官を破砕し、破砕物をエタノール又はアセトン等の有機溶媒等で抽出して抽出物を調製する方法が挙げられる。抽出物からAOHを単離する方法としては、特に限定されないが、例えば、得られた抽出物に対して適宜濃縮、精製、乾燥等の操作を行い、本発明のAOHを単離することができる。
【0020】
AOHを含む植物器官としては、特に限定されず、植物体全体でもよく、根、茎、葉、花、生殖器官、種子のいずれでもよく、さらに、培養細胞でもよい。これらの中でも、AOHを多く含む点から、根であることが好ましい。
【0021】
また、本発明は、(B)3−メチルAOH、すなわち、3−メチル−3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオンを提供する。3−メチルAOHは、下記式(III)で表される化合物である。
【0022】
【化3】
【0023】
3−メチルAOHは、AOHをメチル化することにより合成することができ、例えば、実施例に記載の方法により合成することができる。
【0024】
AOH又は3−メチルAOHによれば、植物の生長を調節することが可能となる。本発明における植物の生長には、植物細胞の通常の分化又は増殖を伴う現象であれば特に限定されず、植物体を構成する器官の伸張、拡大のみならず、種子からの発芽、花芽形成、種子形成なども含まれる。AOH及び3−メチルAOHは、対象となる植物の種類、AOH又は3−メチルAOHの濃度及びAOH又は3−メチルAOHが接触する植物部位によって、植物の生長を促進又は抑制することができる。したがって、AOH又は3−メチルAOHを含む植物生長調節剤を、対象植物と目的に応じて、植物の種々の器官の生長促進剤として又は生長抑制剤として用いることが可能である。
【0025】
対象となる植物としては、AOH又は3−メチルAOHにより生長調節作用を受ける植物であれば特に限定されず、種子植物、シダ植物、又はコケ植物でもよく、種子植物としては裸子植物又は被子植物でもよく、被子植物としては単子葉植物でも双子葉植物でもよい。
【0026】
このような植物として、具体的には、イネ科、ナス科、ツバキ科、キク科、バラ科、ユリ科等の植物を挙げることができる。これらの中でも、AOHによる生長調節作用が著しい点から、イネ科の植物であることが好ましい。前記イネ科植物としては、例えば、マダケ属、オオムギ属、コムギ属、イネ属、コヌカグサ属、シバ属、サトウキビ属、トウモロコシ属等を挙げることができ、この中でもイネ属又はシバ属が好ましい。
【0027】
対象となる植物器官としては、特に限定されず、根、茎、葉、花、生殖器官、種子のいずれでもよく、さらに、培養細胞でもよい。これらの中でも、AOHによる生長調節作用が著しい点から、根、茎、葉又は種子であることが好ましい。
【0028】
植物に適用するAOH又は3−メチルAOHの濃度及び接触方法は、対象となる植物の種類、その器官及び目的等に応じて適宜調整可能である。例えば、対象植物をイネ(Oryza sativa)とし、対象器官を茎とし、茎の長さを伸張させることを目的とする場合、通常の培養液にAOHが5〜2000μMとなるように溶解した培養液で栽培することが好ましい。この場合、培養液中のAOHの濃度は、より好ましくは100〜1500μMであり、さらに好ましくは500〜1000μMである。また、対象植物をイネとし、対象器官を根とし、根の長さを伸張させることを目的とする場合、通常の培養液にAOHが50〜2000μMとなるように溶解した培養液で栽培することが好ましい。この場合、培養液中のAOHの濃度は、より好ましくは250〜1500μMであり、さらに好ましくは500〜1000μMである。また、対象植物をイネとし、対象器官を種子とし、種子の大きさ又は数を増大させることにより、種子の収量を増大させることを目的とする場合、通常の培養液にAOHが5〜1000μMとなるように溶解した培養液で栽培することが好ましい。また、同じようにイネの種子の収量を増大させることを目的とする場合、イネを土耕栽培して、AOHが5〜500μMとなるように溶解した培養液を施用することも好ましい。
【0029】
また、3−メチルAOHでは、例えば、対象植物をイネ(Oryza sativa)とし、対象器官を根とし、根の長さを伸張させることを目的とする場合、通常の培養液に3−メチルAOHが50〜1000μMとなるように溶解した培養液で栽培することが好ましい。この場合、培養液中の3−メチルAOHの濃度は、より好ましくは200〜500μMである。
【0030】
本発明のAOH又は3−メチルAOHを含む植物生長調節剤は、AOH又は3−メチルAOHの他に、殺菌剤、防黴剤、殺虫剤、或いは、AOH又は3−メチルAOH以外の植物生長調節作用を有する化合物を含有していてもよい。さらに、公知の製剤用添加剤を含有していてもよい。このような製剤用添加剤としては、特に限定されないが、例えば、賦形剤、乳化剤、湿潤剤を使用することができる。また、本発明の植物生長調節剤の剤型は特に限定されないが、例えば、乳剤、水和剤、水溶剤、液剤、粒剤、粉剤、マイクロカプセル、燻蒸剤、燻煙剤、エアゾール、フロアブル剤、ペースト剤、錠剤、塗布剤、微量散布用剤、油剤、複合肥料とすることができ、対象となる植物、その器官及び目的等に応じて、使用者が適宜選択することができる。このような剤型の植物生長調節剤は、公知の方法により製造することができる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
(実施例1.シバのAHX代謝産物の検出)
シバ(Agrostis stolonifera)を、通常の寒天培地(100mL)のコントロール区と、1mM AHX(100mL)を添加した寒天培地のAHX区とで、30日間栽培した。AHX区のシバは、コントロール区のシバと比較して明らかにシュートの伸長が促進されていた。栽培したシバのシュート及び根を採取し、エタノールで抽出し、シュートの抽出液と、根の抽出液を逆相高速液体クロマトグラフィー(逆相HPLC)に供した。分析条件は、カラム:Develosil C30−UG−5カラム(サイズ4.6×250mm)、流速:0.5mL/分、移動相:0.05%トリフルオロ酢酸(A液)中2%メタノール 12分;A液中2−100%メタノール 120分;100%メタノール 20分;のグラジエント溶出、検出:UV254nmの吸光度測定である。図1に、クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムを示す。AHX区のシュート抽出液の溶出液からは、AHXのピークは検出されず、AHX代謝産物のピークが検出された(図1(b))。また、AHX区の根抽出液の溶出液からは、AHX及び上記AHX代謝産物のピークが検出された(図1(d))。根抽出液の溶出液には根中のAHX代謝産物以外に、培地中のAHXが混入しているからだと考えられる。コントロール区のシュート及び根抽出液の溶出液からは、AHXのピークもAHX代謝産物のピークも検出されなかった(図1(a)及び(c))。
【0033】
(実施例2.イネのAHX代謝産物の検出)
イネ(Oryza sativa)を、通常の培養液のコントロール区と、通常の培養液に0.2mMとなるようにAHXを添加した培養液のAHX区とで、14日間栽培した。AHX区のイネは、コントロール区のイネと比較して明らかにシュートの伸長が促進されていた。栽培したイネのシュート及び根を採取し、実施例1と同様に抽出し、逆相HPLCで分析した。図2に、クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムを示す。AHX区では、シュート抽出液の溶出液からも、根抽出液の溶出液からも、AHXのピークは検出されず、AHX代謝産物のピークが検出された(図2(b)及び(d))。コントロール区のシュート及び根抽出液の溶出液からは、AHXのピークもAHX代謝産物のピークも検出されなかった(図2(a)及び(c))。
【0034】
(実施例3.AHX代謝産物の単離)
イネ(Oryza sativa)を、通常の培養液のコントロール区と、通常の培養液に1mMとなるようにAHXを添加した培養液のAHX区とで、20日間栽培した。栽培したイネのシュート(360g)を採取し、エタノールで抽出し、エタノール可溶画分を減圧濃縮し、ジクロロメタンで抽出した。ジクロロメタン不溶画分をエタノールで抽出し、エタノール可溶画分(9.8g)を得た。エタノール可溶画分をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(充填剤:silica gel 60N 350g、カラムサイズ:4×60cm)に供し,ジクロロメタン:メタノール=9:1,7:3,5:5で順次溶出し八つの画分を得た。そのうち画分3(288mg)をHPLC(カラム:Develosil C30−UG−15/30カラム、サイズ:50×500mm、流速:25mL/分、移動相:5%メタノール、検出:UV310nm)及びHPLC(カラム:Develosil C30−UG−5カラム、サイズ:20×250mm、流速:5mL/分、移動相:10%メタノール、検出:UV310nm)にて順次精製し、最終的に10.5mgのAHX代謝産物を単離した。
【0035】
(実施例4.X線結晶構造解析による構造の決定)
単離したAHX代謝産物について、以下のようにしてX線結晶構造解析をおこなった。SPring−8(単結晶構造解析ビームラインBL02B1)を用いて単結晶X線回折測定を行った。測定条件は、波長:0.8260(4)Å、ビームサイズ:縦140×横159um、Photon Flux:1.81×10photons/sec、Photon Flux Density:8.13×10photons/sec/umである。図3は、X線結晶構造解析により得られた、AHX代謝産物の結晶構造を示す図である。X線結晶構造解析より、単離したAHX代謝産物が、式(I)の構造を有する3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン(別名:2−アザ−8−オキソ−ヒポキサンチン、「AOH」)であることが確認された。
【0036】
(実施例5.AOHの製造)
以下のようにして、AHXにキサンチンオキシダーゼを作用させて、AOHを製造した。AHX137mgを、リン酸緩衝生理食塩水(10mM,pH7.4)1Lに溶かし、キサンチンオキシダーゼ(バターミルク由来、0.28U/mg)25mgを添加し、30℃で静置した。上記溶液に、24時間後ごとに上記キサンチンオキシダーゼ25mgを3回添加した。最後の添加後,さらに24時間静置した。すなわち総量では、AHX137mgにキサンチンオキシダーゼ100mgを96時間作用させた。その結果、HPLC(Develosil C30−UG−5カラム(サイズ4.6×250mm)、流速:0.5mL/分、移動相:0.05%トリフルオロ酢酸(A液)中2%メタノール 12分;A液中2−100%メタノール 120分;100%メタノール 20分;のグラジエント溶出、検出:UV254nmの吸光度)の分析により、AHXがAOHに完全に変換されたことが確認された。さらにODSゲルフラッシュクロマトグラフィー(充填剤:ODSgel 350g、カラムサイズ:4×60cm、移動相:水、水/メタノール=9:1)によって精製し、120mg(収率78.4%)のAOHを単離した。単離した物質がAOHであることは、HPLCの保持時間と吸収波長及び質量分析により確認した。
【0037】
(実施例6.イネに対するAOHの影響)
滅菌したイネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)の種子を、28℃、3日間で発芽させた。コントロールの培養液、或いは、濃度の異なるAHX又はAOHを添加した培養液を入れた試験管中で発芽種子を一つの試験管につき4粒ずつ、28℃、1週間培養した。AOHは実施例5の方法で製造したものを用いた。コントロールの培養液の組成は、0.5mM NHNO、0.3mM NaHPO、0.15mM KSO、0.2mM MgCl、0.1mM CaC1、23μM Fe−エチレンジアミン四酢酸(Fe−EDTA)、25μM HBO、4.5μM MnSO、0.15μM CuSO、0.35μM ZnSO、0.05μM NaMoOである。AHX又はAOH入りの培養液では、上記コントロールの培養液に、最終濃度が50μM、200μM、1000μMとなるように、AHX又はAOHが含有されている。2日に1回培養液を新しい培養液と交換した。培養後、シュートと根の長さを測定した。図4に測定したシュートと根の伸長を示す。AOHは、AHXと同じように、濃度依存的にシュート及び根の伸長を促進し、AOHがAHX代謝産物であることが確認された(図4中、「Con」はコントロールを示す。「*」はP値が<0.05、「**」はP値が<0.01であることを示す。n=11である。)。
【0038】
(実施例7.イネからのAOHの単離)
イネ(Oryza sativa)を、イネ用の通常の培養液で2カ月間水耕栽培し、根(52g)を採取した。根をミキサーで破砕し、破砕物をエタノール及びアセトンで抽出し、濃縮乾固し、根の抽出物(340mg)を得た。この抽出物を溶媒(95%アセトニトリル、0.05%ギ酸)に溶かして10mg/mLの濃度に調製し、液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析計(LC−MS/MS)で分析した。標品のAOHは、LCで保持時間2.5分にピークを有し、該保持時間においてフルマススペクトルから分子量152.0[M−H]のピークが検出され、MS/MSスペクトルから分子量97のフラグメントイオンのピークが検出された。標品のAOHと同様に、イネの根の抽出物は、LCで保持時間2.5分にピークを有し、該保持時間においてフルマススペクトルから分子量152.0[M−H]のピークが検出され、MS/MSスペクトルから分子量97のフラグメントイオンのピークが検出された。イネの根の抽出物から、標品のAOHと同じ分子量ピークが検出されたことから、イネの根が内生のAOHを含むことが確認された。図5に標品のAOHの、(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルを示す。また、図6にイネの根の抽出物の、(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルを示す。AOHの検量線とピーク面積をもとに計算した、イネの根に含まれるAOHの量は、採取したイネの根52gあたり約2.5ngであった。LC−MS/MSの分析の条件及び使用した装置は以下の通りである。
【0039】
<LC−MS/MSの分析条件及び装置>
(LC部)
ポンプ:LC−20AD(島津製作所)
カラム:PC HILIC(サイズ:2.0mm×100mm、資生堂)
流速:0.2mL/分
注入量:10μL
(MS/MS部)
質量分析計:LTQ ORBITRAP DISCOVERY(イオントラップ型、ネガティブモード、THERMO SCIENTIPIC)
【0040】
(実施例8.トマトからのAOHの単離)
トマト(Solanum lycopersicum)を、トマト用の通常の培養液で2カ月間水耕栽培し、根(17g)を採取した。根をミキサーで破砕し、破砕物をエタノール及びアセトンで抽出し、濃縮乾固し、ジクロロメタン可溶部を除き、根の抽出物(4.7mg)を得た。この抽出物を溶媒(95%アセトニトリル、0.05%ギ酸)に溶かして10mg/mLの濃度に調製し、LC−MS/MSで実施例7と同様に分析した。分析条件及び分析に使用した装置は実施例7と同様である。その結果、標品のAOHと同様に、トマトの根の抽出物は、LCで保持時間2.5分にピークを有し、該保持時間においてフルマススペクトルから分子量152.0[M−H]のピークが検出され、MS/MSスペクトルから分子量97のフラグメントイオンのピークが検出された。したがって、トマトの根も内生のAOHを含むことが確認された。図7にトマトの根の抽出物の、(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルを示す。AOHの検量線とピーク面積をもとに計算した、トマトの根に含まれるAOHの量は、採取したトマトの根17gあたり約0.1ng以下であり、イネよりも低かった。
【0041】
(実施例9.イネの土耕栽培におけるAOHの影響(ポット栽培))
2011年4月29日、イネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)を播種し、6月7日、成長した苗を1本ずつN(1440mg)、P(12mg)、KO(760mg)、CaO(806mg)の肥料が含有された土(1/5000aのポット)に移植し、9月24日まで温室(28℃)で以下(1)〜(7)の7種類の栽培条件で土耕栽培した。水分の補給は、以下のように水道水又はAOHを添加した水道水を毎週2L与えることにより行った。
栽培条件
(1)ポット栽培中、水道水を与えた。
(2)定植期に2週間(6月7日から6月20日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(3)分げつ期に2週間(7月4日から7月17日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(4)穂肥期に2週間(7月25日から8月7日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(5)実肥期に2週間(8月15日から8月28日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(6)ポット栽培中、最終濃度が5μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。
(7)ポット栽培中、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。
土耕栽培した玄米及び植物体を30℃で15日間乾燥し、玄米重量(株あたり及び玄米100粒あたり)、穂長、桿長、穂数、分げつ数、地上部重量を測定した。表1に結果を示す。AOHを常時施用することで、穂数と地上部重量がコントロールよりも増加した。また、穂肥期以降にAOHを施用することで、株あたりの玄米重量がコントロールよりも増加した(表1中、数値は、平均±標準偏差を示す。「増加率」はコントロールに対する増加率(%)を示す。「*」はP値が<0.05であることを示す。サンプル(ポット)数=6である。)。
【0042】
【表1】
【0043】
(実施例10.イネの土耕栽培におけるAOHの影響(圃場栽培))
イネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)を用い、以下のようにして圃場で栽培した。栽培条件として、(1)〜(5)の5区を設定した。
2011年4月29日、イネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)を苗箱に播種し、苗箱で育苗中の5月24日から2週間、総量で15Lの、水道水又はAOHを添加した水道水を与えた。6月7日、成長した苗を1本ずつ圃場に移植した。栽植密度は、条間30cm、株間15cm(1区3×3.3mの3反復)とした。基肥として、6月7日に1区あたり50Lの水道水又はAOHを添加した水道水を与えた。栽培を継続し、穂肥として、7月25日に1区あたり50Lの水道水又はAOHを添加した水道水を与えた。10月12日、植物体を収穫した。
栽培条件
(1)育苗中の培養液、基肥及び穂肥として、水道水を用いた。
(2)育苗中の培養液として、最終濃度が0.5mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。基肥と穂肥としては、水道水を用いた。
(3)育苗中の培養液として、最終濃度が1.0mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。基肥と穂肥としては、水道水を用いた。
(4)基肥として、最終濃度が0.5mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。育苗中の培養液と穂肥としては、水道水を用いた。
(5)穂肥として、最終濃度が0.5mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。育苗中の培養液と基肥としては、水道水を用いた。
玄米を乾燥し、植物体10株あたりの玄米の全重、籾殻重、粗玄米重、精玄米重及び千粒重を測定した。表2に結果を示す。AOHを施用することで、玄米の全重、籾殻重、粗玄米重、精玄米重がコントロールよりも増加した(表2中、数値は、平均±標準偏差を示す。「増加率」はコントロールに対する増加率(%)を示す。「*」はP値が<0.05であることを示す。)。
【0044】
【表2】
【0045】
(実施例11.3−メチルAOHの製造)
以下の方法により、AOHから3−メチルAOHを製造した。
AOH153mgを、DMSO(ジメチルスルホキシド、無水)5mLに50℃で溶かし、ヨードメタン0.075mLを添加し、4時間反応させた。分取薄層クロマトグラフィー(TLC、移動相CHCl:メタノール=9:1)を用いて得た画分を更にHPLC(Develosil C30−UG−5カラム(サイズ20×250mm、流速:5mL/分、移動相:0.05%トリフルオロ酢酸中10%メタノール、検出:UV310nm)に供し、10.2mg(収率6.11%)の3−メチルAOHを得た。
製造した物質が3−メチルAOHであることは、以下のようにして、質量分析並びにH−NMR及び13C−NMRの測定結果により確認した。
質量分析計(JMS−T100LC mass spectrometer)を用いて試料をポジティブモードで測定したところ、m/z168[M+H]、m/z190[M+Na]を示した。
また、H−NMR及び13C−NMRでは、試料は以下の値を示した。
H−NMR(500MHz)δ3.88
13C−NMR(125MHz)δ37.9、112.8、142.1、148.0、152.7
【0046】
(実施例12.イネに対するAOH及び3−メチルAOHの影響)
滅菌したイネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)の種子を、28℃、3日間で発芽させた。コントロールの培養液、0.2mMのAOHを添加した培養液、又は0.2mMの3−メチルAOHを添加した培養液を入れた試験管中で発芽種子を一つの試験管につき4粒ずつ、28℃、1週間培養した。コントロールの培養液の組成は、0.5mM NHNO、0.3mM NaHPO、0.15mM KSO、0.2mM MgCl、0.1mM CaC1、23μM Fe−エチレンジアミン四酢酸(Fe−EDTA)、25μM HBO、4.5μM MnSO、0.15μM CuSO、0.35μM ZnSO、0.05μM NaMoOである。2日に1回培養液を新しい培養液と交換した。培養後、シュートと根の長さを測定した。図8に測定した根の伸長を示す。3−メチルAOHはAOHと同様、根において伸長活性を有することが確認された(図8中、「*」はP値が<0.05、「**」はP値が<0.01であることを示す。n=16である。)。一方、シュートの伸長に対しては、3−メチルAOHは影響を与えなかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のAOH及び3−メチルAOHは植物生長調節作用があるため、植物生長調節剤として有効に使用することができる。このような植物生長調節剤は、農業及び園芸に幅広く適用できる。
図1
図2
図4
図5
図6
図7
図8
図3