【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0032】
(実施例1.シバのAHX代謝産物の検出)
シバ(Agrostis stolonifera)を、通常の寒天培地(100mL)のコントロール区と、1mM AHX(100mL)を添加した寒天培地のAHX区とで、30日間栽培した。AHX区のシバは、コントロール区のシバと比較して明らかにシュートの伸長が促進されていた。栽培したシバのシュート及び根を採取し、エタノールで抽出し、シュートの抽出液と、根の抽出液を逆相高速液体クロマトグラフィー(逆相HPLC)に供した。分析条件は、カラム:Develosil C30−UG−5カラム(サイズ4.6×250mm)、流速:0.5mL/分、移動相:0.05%トリフルオロ酢酸(A液)中2%メタノール 12分;A液中2−100%メタノール 120分;100%メタノール 20分;のグラジエント溶出、検出:UV254nmの吸光度測定である。
図1に、クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムを示す。AHX区のシュート抽出液の溶出液からは、AHXのピークは検出されず、AHX代謝産物のピークが検出された(
図1(b))。また、AHX区の根抽出液の溶出液からは、AHX及び上記AHX代謝産物のピークが検出された(
図1(d))。根抽出液の溶出液には根中のAHX代謝産物以外に、培地中のAHXが混入しているからだと考えられる。コントロール区のシュート及び根抽出液の溶出液からは、AHXのピークもAHX代謝産物のピークも検出されなかった(
図1(a)及び(c))。
【0033】
(実施例2.イネのAHX代謝産物の検出)
イネ(Oryza sativa)を、通常の培養液のコントロール区と、通常の培養液に0.2mMとなるようにAHXを添加した培養液のAHX区とで、14日間栽培した。AHX区のイネは、コントロール区のイネと比較して明らかにシュートの伸長が促進されていた。栽培したイネのシュート及び根を採取し、実施例1と同様に抽出し、逆相HPLCで分析した。
図2に、クロマトグラフィーにより得られたクロマトグラムを示す。AHX区では、シュート抽出液の溶出液からも、根抽出液の溶出液からも、AHXのピークは検出されず、AHX代謝産物のピークが検出された(
図2(b)及び(d))。コントロール区のシュート及び根抽出液の溶出液からは、AHXのピークもAHX代謝産物のピークも検出されなかった(
図2(a)及び(c))。
【0034】
(実施例3.AHX代謝産物の単離)
イネ(Oryza sativa)を、通常の培養液のコントロール区と、通常の培養液に1mMとなるようにAHXを添加した培養液のAHX区とで、20日間栽培した。栽培したイネのシュート(360g)を採取し、エタノールで抽出し、エタノール可溶画分を減圧濃縮し、ジクロロメタンで抽出した。ジクロロメタン不溶画分をエタノールで抽出し、エタノール可溶画分(9.8g)を得た。エタノール可溶画分をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(充填剤:silica gel 60N 350g、カラムサイズ:4×60cm)に供し,ジクロロメタン:メタノール=9:1,7:3,5:5で順次溶出し八つの画分を得た。そのうち画分3(288mg)をHPLC(カラム:Develosil C30−UG−15/30カラム、サイズ:50×500mm、流速:25mL/分、移動相:5%メタノール、検出:UV310nm)及びHPLC(カラム:Develosil C30−UG−5カラム、サイズ:20×250mm、流速:5mL/分、移動相:10%メタノール、検出:UV310nm)にて順次精製し、最終的に10.5mgのAHX代謝産物を単離した。
【0035】
(実施例4.X線結晶構造解析による構造の決定)
単離したAHX代謝産物について、以下のようにしてX線結晶構造解析をおこなった。SPring−8(単結晶構造解析ビームラインBL02B1)を用いて単結晶X線回折測定を行った。測定条件は、波長:0.8260(4)Å、ビームサイズ:縦140×横159um
2、Photon Flux:1.81×10
8photons/sec、Photon Flux Density:8.13×10
3photons/sec/um
2である。
図3は、X線結晶構造解析により得られた、AHX代謝産物の結晶構造を示す図である。X線結晶構造解析より、単離したAHX代謝産物が、式(I)の構造を有する3H−イミダゾ[4,5−d][1,2,3]トリアジン−4,6(5H,7H)−ジオン(別名:2−アザ−8−オキソ−ヒポキサンチン、「AOH」)であることが確認された。
【0036】
(実施例5.AOHの製造)
以下のようにして、AHXにキサンチンオキシダーゼを作用させて、AOHを製造した。AHX137mgを、リン酸緩衝生理食塩水(10mM,pH7.4)1Lに溶かし、キサンチンオキシダーゼ(バターミルク由来、0.28U/mg)25mgを添加し、30℃で静置した。上記溶液に、24時間後ごとに上記キサンチンオキシダーゼ25mgを3回添加した。最後の添加後,さらに24時間静置した。すなわち総量では、AHX137mgにキサンチンオキシダーゼ100mgを96時間作用させた。その結果、HPLC(Develosil C30−UG−5カラム(サイズ4.6×250mm)、流速:0.5mL/分、移動相:0.05%トリフルオロ酢酸(A液)中2%メタノール 12分;A液中2−100%メタノール 120分;100%メタノール 20分;のグラジエント溶出、検出:UV254nmの吸光度)の分析により、AHXがAOHに完全に変換されたことが確認された。さらにODSゲルフラッシュクロマトグラフィー(充填剤:ODSgel 350g、カラムサイズ:4×60cm、移動相:水、水/メタノール=9:1)によって精製し、120mg(収率78.4%)のAOHを単離した。単離した物質がAOHであることは、HPLCの保持時間と吸収波長及び質量分析により確認した。
【0037】
(実施例6.イネに対するAOHの影響)
滅菌したイネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)の種子を、28℃、3日間で発芽させた。コントロールの培養液、或いは、濃度の異なるAHX又はAOHを添加した培養液を入れた試験管中で発芽種子を一つの試験管につき4粒ずつ、28℃、1週間培養した。AOHは実施例5の方法で製造したものを用いた。コントロールの培養液の組成は、0.5mM NH
4NO
3、0.3mM Na
2HPO
4、0.15mM K
2SO
4、0.2mM MgCl
2、0.1mM CaC1
2、23μM Fe−エチレンジアミン四酢酸(Fe−EDTA)、25μM H
3BO
3、4.5μM MnSO
4、0.15μM CuSO
4、0.35μM ZnSO
4、0.05μM Na
2MoO
4である。AHX又はAOH入りの培養液では、上記コントロールの培養液に、最終濃度が50μM、200μM、1000μMとなるように、AHX又はAOHが含有されている。2日に1回培養液を新しい培養液と交換した。培養後、シュートと根の長さを測定した。
図4に測定したシュートと根の伸長を示す。AOHは、AHXと同じように、濃度依存的にシュート及び根の伸長を促進し、AOHがAHX代謝産物であることが確認された(
図4中、「Con」はコントロールを示す。「*」はP値が<0.05、「**」はP値が<0.01であることを示す。n=11である。)。
【0038】
(実施例7.イネからのAOHの単離)
イネ(Oryza sativa)を、イネ用の通常の培養液で2カ月間水耕栽培し、根(52g)を採取した。根をミキサーで破砕し、破砕物をエタノール及びアセトンで抽出し、濃縮乾固し、根の抽出物(340mg)を得た。この抽出物を溶媒(95%アセトニトリル、0.05%ギ酸)に溶かして10mg/mLの濃度に調製し、液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析計(LC−MS/MS)で分析した。標品のAOHは、LCで保持時間2.5分にピークを有し、該保持時間においてフルマススペクトルから分子量152.0[M−H]
−のピークが検出され、MS/MSスペクトルから分子量97のフラグメントイオンのピークが検出された。標品のAOHと同様に、イネの根の抽出物は、LCで保持時間2.5分にピークを有し、該保持時間においてフルマススペクトルから分子量152.0[M−H]
−のピークが検出され、MS/MSスペクトルから分子量97のフラグメントイオンのピークが検出された。イネの根の抽出物から、標品のAOHと同じ分子量ピークが検出されたことから、イネの根が内生のAOHを含むことが確認された。
図5に標品のAOHの、(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルを示す。また、
図6にイネの根の抽出物の、(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルを示す。AOHの検量線とピーク面積をもとに計算した、イネの根に含まれるAOHの量は、採取したイネの根52gあたり約2.5ngであった。LC−MS/MSの分析の条件及び使用した装置は以下の通りである。
【0039】
<LC−MS/MSの分析条件及び装置>
(LC部)
ポンプ:LC−20AD(島津製作所)
カラム:PC HILIC(サイズ:2.0mm×100mm、資生堂)
流速:0.2mL/分
注入量:10μL
(MS/MS部)
質量分析計:LTQ ORBITRAP DISCOVERY(イオントラップ型、ネガティブモード、THERMO SCIENTIPIC)
【0040】
(実施例8.トマトからのAOHの単離)
トマト(Solanum lycopersicum)を、トマト用の通常の培養液で2カ月間水耕栽培し、根(17g)を採取した。根をミキサーで破砕し、破砕物をエタノール及びアセトンで抽出し、濃縮乾固し、ジクロロメタン可溶部を除き、根の抽出物(4.7mg)を得た。この抽出物を溶媒(95%アセトニトリル、0.05%ギ酸)に溶かして10mg/mLの濃度に調製し、LC−MS/MSで実施例7と同様に分析した。分析条件及び分析に使用した装置は実施例7と同様である。その結果、標品のAOHと同様に、トマトの根の抽出物は、LCで保持時間2.5分にピークを有し、該保持時間においてフルマススペクトルから分子量152.0[M−H]
−のピークが検出され、MS/MSスペクトルから分子量97のフラグメントイオンのピークが検出された。したがって、トマトの根も内生のAOHを含むことが確認された。
図7にトマトの根の抽出物の、(a)MS/MSスペクトル及び(b)フルマススペクトルを示す。AOHの検量線とピーク面積をもとに計算した、トマトの根に含まれるAOHの量は、採取したトマトの根17gあたり約0.1ng以下であり、イネよりも低かった。
【0041】
(実施例9.イネの土耕栽培におけるAOHの影響(ポット栽培))
2011年4月29日、イネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)を播種し、6月7日、成長した苗を1本ずつN(1440mg)、P
2O
5(12mg)、K
2O(760mg)、CaO(806mg)の肥料が含有された土(1/5000aのポット)に移植し、9月24日まで温室(28℃)で以下(1)〜(7)の7種類の栽培条件で土耕栽培した。水分の補給は、以下のように水道水又はAOHを添加した水道水を毎週2L与えることにより行った。
栽培条件
(1)ポット栽培中、水道水を与えた。
(2)定植期に2週間(6月7日から6月20日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(3)分げつ期に2週間(7月4日から7月17日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(4)穂肥期に2週間(7月25日から8月7日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(5)実肥期に2週間(8月15日から8月28日まで)、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。それ以外の期間は、水道水を与えた。
(6)ポット栽培中、最終濃度が5μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。
(7)ポット栽培中、最終濃度が50μMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。
土耕栽培した玄米及び植物体を30℃で15日間乾燥し、玄米重量(株あたり及び玄米100粒あたり)、穂長、桿長、穂数、分げつ数、地上部重量を測定した。表1に結果を示す。AOHを常時施用することで、穂数と地上部重量がコントロールよりも増加した。また、穂肥期以降にAOHを施用することで、株あたりの玄米重量がコントロールよりも増加した(表1中、数値は、平均±標準偏差を示す。「増加率」はコントロールに対する増加率(%)を示す。「*」はP値が<0.05であることを示す。サンプル(ポット)数=6である。)。
【0042】
【表1】
【0043】
(実施例10.イネの土耕栽培におけるAOHの影響(圃場栽培))
イネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)を用い、以下のようにして圃場で栽培した。栽培条件として、(1)〜(5)の5区を設定した。
2011年4月29日、イネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)を苗箱に播種し、苗箱で育苗中の5月24日から2週間、総量で15Lの、水道水又はAOHを添加した水道水を与えた。6月7日、成長した苗を1本ずつ圃場に移植した。栽植密度は、条間30cm、株間15cm(1区3×3.3mの3反復)とした。基肥として、6月7日に1区あたり50Lの水道水又はAOHを添加した水道水を与えた。栽培を継続し、穂肥として、7月25日に1区あたり50Lの水道水又はAOHを添加した水道水を与えた。10月12日、植物体を収穫した。
栽培条件
(1)育苗中の培養液、基肥及び穂肥として、水道水を用いた。
(2)育苗中の培養液として、最終濃度が0.5mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。基肥と穂肥としては、水道水を用いた。
(3)育苗中の培養液として、最終濃度が1.0mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。基肥と穂肥としては、水道水を用いた。
(4)基肥として、最終濃度が0.5mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。育苗中の培養液と穂肥としては、水道水を用いた。
(5)穂肥として、最終濃度が0.5mMとなるようにAOHを添加した水道水を与えた。育苗中の培養液と基肥としては、水道水を用いた。
玄米を乾燥し、植物体10株あたりの玄米の全重、籾殻重、粗玄米重、精玄米重及び千粒重を測定した。表2に結果を示す。AOHを施用することで、玄米の全重、籾殻重、粗玄米重、精玄米重がコントロールよりも増加した(表2中、数値は、平均±標準偏差を示す。「増加率」はコントロールに対する増加率(%)を示す。「*」はP値が<0.05であることを示す。)。
【0044】
【表2】
【0045】
(実施例11.3−メチルAOHの製造)
以下の方法により、AOHから3−メチルAOHを製造した。
AOH153mgを、DMSO(ジメチルスルホキシド、無水)5mLに50℃で溶かし、ヨードメタン0.075mLを添加し、4時間反応させた。分取薄層クロマトグラフィー(TLC、移動相CH
2Cl
2:メタノール=9:1)を用いて得た画分を更にHPLC(Develosil C30−UG−5カラム(サイズ20×250mm、流速:5mL/分、移動相:0.05%トリフルオロ酢酸中10%メタノール、検出:UV310nm)に供し、10.2mg(収率6.11%)の3−メチルAOHを得た。
製造した物質が3−メチルAOHであることは、以下のようにして、質量分析並びに
1H−NMR及び
13C−NMRの測定結果により確認した。
質量分析計(JMS−T100LC mass spectrometer)を用いて試料をポジティブモードで測定したところ、m/z168[M+H]
+、m/z190[M+Na]
+を示した。
また、
1H−NMR及び
13C−NMRでは、試料は以下の値を示した。
1H−NMR(500MHz)δ3.88
13C−NMR(125MHz)δ37.9、112.8、142.1、148.0、152.7
【0046】
(実施例12.イネに対するAOH及び3−メチルAOHの影響)
滅菌したイネ(日本晴れ)(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)の種子を、28℃、3日間で発芽させた。コントロールの培養液、0.2mMのAOHを添加した培養液、又は0.2mMの3−メチルAOHを添加した培養液を入れた試験管中で発芽種子を一つの試験管につき4粒ずつ、28℃、1週間培養した。コントロールの培養液の組成は、0.5mM NH
4NO
3、0.3mM Na
2HPO
4、0.15mM K
2SO
4、0.2mM MgCl
2、0.1mM CaC1
2、23μM Fe−エチレンジアミン四酢酸(Fe−EDTA)、25μM H
3BO
3、4.5μM MnSO
4、0.15μM CuSO
4、0.35μM ZnSO
4、0.05μM Na
2MoO
4である。2日に1回培養液を新しい培養液と交換した。培養後、シュートと根の長さを測定した。
図8に測定した根の伸長を示す。3−メチルAOHはAOHと同様、根において伸長活性を有することが確認された(
図8中、「*」はP値が<0.05、「**」はP値が<0.01であることを示す。n=16である。)。一方、シュートの伸長に対しては、3−メチルAOHは影響を与えなかった。