【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、検体のMALDI質量分析のためのマトリックスにおける、一般式が、
【化1】
【0012】
のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体、及び/または4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸、及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸の使用により、解決される。式中、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5である。R’はCOOH,CONH
2,SO
3H及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C
1-C
5アルキル基である。
【0013】
本発明にしたがえば、ハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体のシス異性体及びトランス異性体のいずれをも用いることができる。ハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の構造異性体も用いることができる。
【0014】
フェニル環には3つないし4つのハロゲン置換基しか利用できないから、残りのフェニル置換基は水素である。上に示した構造式は、様々なシアノケイ皮酸誘導体の、可能な全ての立体異性体(シス/トランス異性体)及び構造異性体(位置異性体)を含むべきである。したがって、例えば、フェニル環の位置2,3及び4において置換されているシアノケイ皮酸誘導体は、位置4,5及び6において同じ置換基により置換されているシアノケイ皮酸誘導体シアノケイ皮酸誘導体に相当すべきである。可能な置換基としてのF,Cl及びBrの選択は相互に完全に独立であり、それぞれのRは別々に選ぶことができる。
【0015】
特に好ましい実施形態において、RはF,Cl及びBrから選ばれ、n=5及びR’=COOHである。好ましい化合物の例は、α-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタブロモケイ皮酸である。
【0016】
別の好ましい実施形態において、RはF,Cl及びBrから選ばれ、n=4及びR’=COOHである。ここで好ましい化合物は、α-シアノ-2,3,4,5-テトラフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4,5-テトラクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,3,4,5-テトラブロモケイ皮酸である。
【0017】
さらに、シアノケイ皮酸誘導体は、好ましくは、α-シアノ-2,3,5,6-テトラフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5,6-テトラクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,3,5,6-テトラブロモケイ皮酸の中から選ぶことができる。
【0018】
さらに、α-シアノ-2,4,5,6-テトラフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5,6-テトラクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,4,5,6-テトラブロモケイ皮酸の中から選ばれる、シアノケイ皮酸誘導体も好ましい。
【0019】
好ましくは、RがF,Cl及びBrから選ばれ、n=3及びR’=COOHである実施形態も提供される。好ましい化合物の例は、α-シアノ-2,3,4トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,3,6トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,6トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,6トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,4,6トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,6トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,6トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-3,4,5トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-3,4,5トリクロロケイ皮酸、及びα-シアノ-3,4,5トリブロモケイ皮酸である。
【0020】
他にも、特に好ましく用いられるα-ケイ皮酸は、4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸である。
【0021】
上記のマトリックスは負イオンMALDI質量分析に用いられることが好ましい。
【0022】
n=5であることが特に好ましい。
【0023】
一実施形態において、検体は、タンパク質、ペプチド、縮合核酸、脂質、ホスホリル化合物、糖質、医薬物質、代謝産物、合成及び天然の(コ)ポリマー、及び無機化合物の中から選ぶことができる。検体の例は、とりわけ、ホスホペプチドまたはリン脂質、デンドリマー及び縮合核酸、例えば、DNA,RNA,siRNA,miRNAである。
【0024】
好ましくは、マトリックスが検体と混合される実施形態も提供される。
【0025】
マトリックスに対する検体の分子混合比は、1:100から1:000000000とすることができ、1:10000であることが好ましい。
【0026】
上記化学式に属するハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の混合物も用いることができる。
【0027】
本発明にしたがえば、上記ハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の内の少なくとも1つの、少なくとも1つの別のマトリックス材料との混合物が、用いるに最も好ましい。
【0028】
好ましくは、別のマトリックス材料は、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、α-シアノ-2,4-ジフロロケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、フェルラ酸、2-アザ-5-チオチミン、3-ヒドロキシピコリン酸、及び4-クロロ-α-ケイ皮酸の中から選ぶことができる。
【0029】
本発明にしたがって別のマトリックス材料との混合物が用いられる場合、別のマトリックス材料は、マトリックス材料の総重量に対して、10〜90重量%、好ましくは20〜50重量%の比で用いられる。
【0030】
別の好ましい実施形態において、マトリックス材料は不活性フィラーと混合される。
【0031】
マトリックス材料はイオン性液体としても利用することができる。
【0032】
さらに、本発明にしたがえば、検体のMALDI質量分析のための、一般式が、
【化2】
【0033】
のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体を含み、及び/または4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸を含むマトリックスも提供される。式中、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5であって、R’はCOOH,CONH
2,SO
3H及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C
1-C
5アルキル基である。
【0034】
好ましい実施形態において、マトリックスはイオン性液体として利用できる。イオン性液体の作成のため、マトリックスは、例えば、ピリジン、ジエチルアミンまたは3-アミノキノリンのような、プロトン化可能塩基と混合することができ、よってイオン性マトリックス溶液が形成され、この溶液は検体溶液と混合されるかまたは試験されるべき表面上のフィルムとして塗布される。
【0035】
別の実施形態において、マトリックスは蒸気圧が低い溶剤、例えばグリセリンに溶解させることができ、次いで溶解された検体と混合するかまたは試験されるべき表面上のフィルムとして塗布される。
【0036】
MALDI質量分析を実施するため、好ましくは、IRレーザ、Nd;YAGレーザまたは窒素レーザのようなUVレーザを、また、可調色素レーザまたは可調光パラメトリック発振(OPO)レーザ及び308nmXeClエキシマーレーザのような、中UV域または遠UV域で発光するレーザも、エネルギー入力として用いられる。
【0037】
意外にも、MALDI質量分析におけるマトリックスへの複数のハロゲン化α-シアノケイ皮酸誘導体の使用において、正イオン及び負イオン、好ましくは負イオンに対する検出及び検出感度がかなり改善され得ることが、本発明によって確立された。誘導体の使用により、負イオンモードにおいて従来のマトリックスより明らかに高い検体信号強度及び感度が得られる。
【0038】
好ましい実施形態にしたがうマトリックス混合物の使用により、結晶化及びマトリックス結晶への検体化合物の導入に関する特性の最適化が、また検体のさらに高効率のイオン化の達成が可能になる。
【0039】
いずれかの与えられる理論に束縛されることは好まないが、上記利点は、電子求引性であり、軽く分極可能でもある、置換基の選択に基づき、芳香族化合物におけるハロゲン置換基の正確な位置及び数には無関係に存在すると考えられる。
【0040】
本発明にしたがって提供されるハロゲン化α-シアノ経皮酸誘導体の使用により、以下の利点、
非常に活性な電子求引性ハロゲンの顕著なI効果の結果、二次イオン化過程中のマトリックスカルボアニオンの高負電荷密度の形成が抑えられ、したがってそのようなカルボアニオンの安定性が高められる、
中性マトリックス内で、電子求引性置換基がそれぞれのマトリックス-π系の負電荷密度を減少させ、よってマトリックスまたは金属基板の光イオン化中に自由になり、負に荷電もしている、電子が他の中性マトリックス分子による吸収に対する低い反発力に打ち勝たなければならず、この結果、より高い電子親和度及び捕獲確率がそれぞれ得られる、
ハロゲン置換基による誘導体形成を介して電気親和度が高くなると、反応性カルボアニオンの形成のための内部エネルギーが大きくなる、
ことが達成され得ると考えられる。
【0041】
本発明のさらなる特徴及び利点は、添付図面に関わる、以下の好ましい実施形態の詳細な説明から得られる。