特許第5916829号(P5916829)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヤマハ発動機株式会社の特許一覧

特許5916829コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法
<>
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000002
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000003
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000004
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000005
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000006
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000007
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000008
  • 特許5916829-コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法 図000009
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5916829
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月11日
(54)【発明の名称】コンロッド、内燃機関、自動車両およびコンロッドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 7/02 20060101AFI20160422BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20160422BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20160422BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20160422BHJP
【FI】
   F16C7/02
   C22C14/00 Z
   C22F1/18 H
   !C22F1/00 613
   !C22F1/00 630G
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 651B
   !C22F1/00 631A
【請求項の数】16
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-219580(P2014-219580)
(22)【出願日】2014年10月28日
【審査請求日】2015年3月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100139930
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 亮司
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【弁理士】
【氏名又は名称】梶谷 美道
(74)【代理人】
【識別番号】100135703
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 英隆
(72)【発明者】
【氏名】三浦 徹
(72)【発明者】
【氏名】小島 勇輝
(72)【発明者】
【氏名】土居 航介
(72)【発明者】
【氏名】久保田 剛
(72)【発明者】
【氏名】三宅 央学
(72)【発明者】
【氏名】有野 護
【審査官】 北中 忠
(56)【参考文献】
【文献】 特表2005−529030(JP,A)
【文献】 特開平05−196030(JP,A)
【文献】 特開平06−154999(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/068247(WO,A1)
【文献】 特開2002−372029(JP,A)
【文献】 特開2005−205518(JP,A)
【文献】 特開2010−150576(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00−9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン合金から形成され、
ロッド本体部と、
前記ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、
前記ロッド本体部の他端に設けられた大端部と、を備えたコンロッドであって、
少なくとも前記小端部の内周面に形成された窒化クロム層をさらに備え
前記小端部の内周面に形成された前記窒化クロム層は、前記コンロッドの長手方向において相対的に厚く、前記コンロッドの幅方向において相対的に薄い厚さ分布を有するコンロッド。
【請求項2】
前記窒化クロム層は、前記大端部の内周面にも形成されている請求項1に記載のコンロッド。
【請求項3】
前記窒化クロム層は、前記大端部のスラスト面にも形成されている請求項1または2に記載のコンロッド。
【請求項4】
前記チタン合金は、Ti−5Al−1Fe合金である請求項1からのいずれかに記載のコンロッド。
【請求項5】
請求項1からのいずれかに記載のコンロッドを備えた内燃機関。
【請求項6】
前記コンロッドの前記小端部のピストンピン孔に挿入されたピストンピンであって、表面にダイヤモンドライクカーボン膜を有するピストンピンをさらに備える請求項に記載の内燃機関。
【請求項7】
請求項またはに記載の内燃機関を備えた自動車両。
【請求項8】
ロッド本体部、前記ロッド本体部の一端に設けられた小端部および前記ロッド本体部の他端に設けられた大端部を備えたコンロッドをチタン合金から形成する工程(a)と、
少なくとも前記小端部の内周面に窒化クロム層を形成する工程(b)と、
を包含し、
前記工程(b)において、前記窒化クロム層は、前記コンロッドの長手方向において相対的に厚く、前記コンロッドの幅方向において相対的に薄い厚さ分布を有するように、前記小端部の内周面に形成されるコンロッドの製造方法。
【請求項9】
前記工程(b)において、前記窒化クロム層は、前記大端部の内周面にも形成される請求項に記載のコンロッドの製造方法。
【請求項10】
前記工程(a)は、前記大端部の内周面に対して切削加工を行うことによって、前記大端部の内周面の十点平均粗さRzを6.3μm以下にする工程(c)を含む請求項に記載のコンロッドの製造方法。
【請求項11】
前記工程(b)において、前記窒化クロム層は、前記大端部のスラスト面にも形成される請求項から10のいずれかに記載のコンロッドの製造方法。
【請求項12】
前記工程(a)は、チタン合金を鍛造により成形する工程(d)を含む請求項から11のいずれかに記載のコンロッドの製造方法。
【請求項13】
前記工程(a)は、前記工程(d)後に焼鈍処理を行う工程(e)を含む請求項12に記載のコンロッドの製造方法。
【請求項14】
前記工程(a)は、前記工程(d)後に、チタン合金の表面に生成したαケースをショットピーニングにより除去する工程(f)を含む請求項12または13に記載のコンロッドの製造方法。
【請求項15】
前記工程(b)は、前記コンロッドの表面の一部が鍛造肌のままの状態で実行される請求項12から14のいずれかに記載のコンロッドの製造方法。
【請求項16】
前記コンロッドの前記大端部は、前記ロッド本体部の前記他端に連続するロッド部と、前記ロッド部に結合されるキャップ部とに分割されており、
前記工程(b)は、前記キャップ部がボルトによって前記ロッド部に結合された状態で実行される請求項から15のいずれかに記載のコンロッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンロッドに関し、特に、チタン合金製のコンロッドおよびその製造方法に関する。また、本発明は、そのようなコンロッドを備えた内燃機関や自動車両にも関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コンロッド(コネクティングロッド)の材料としては鋼が広く用いられてきたが、近年、コンロッドの軽量化のためにチタン合金を用いることが提案されている。チタン合金製のコンロッドは、例えば特許文献1に開示されている。
【0003】
コンロッドの小端部に形成されている貫通孔(ピストンピン孔)には、ピストンピンが挿入される。小端部の内周面とピストンピンとの間には、焼き付き防止のためにブッシュが配置される。
【0004】
ブッシュとしては、金属板を巻くことによって形成された巻きブッシュがよく用いられている。巻きブッシュの具体的な構成としては、鋼から形成された円筒状の裏金材の内周面に、銅合金の粉末が焼結された構成が知られている。また、チタン合金製コンロッドには、銅合金から削り出しによって形成されたソリッドブッシュが用いられることも多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−3000号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述したようなブッシュを用いることは、当然ながら、製造コストの増加の原因となる。特に、ソリッドブッシュは高価である。
【0007】
また、チタン合金製コンロッドの小端部の耐焼き付き性を、ブッシュを用いずに向上させる手法として、酸化処理によって小端部の内周面にチタン酸化物層を形成することが考えられる。ところが、酸化処理は、コンロッドを高温(例えば700〜720℃)に加熱することにより行われるので、歪みが発生してしまう。歪みは、焼き付きや摩耗の原因となる。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、チタン合金製のコンロッドにおける小端部の耐焼き付き性を好適に向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施形態によるコンロッドは、チタン合金から形成され、ロッド本体部と、前記ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、前記ロッド本体部の他端に設けられた大端部と、を備えたコンロッドであって、少なくとも前記小端部の内周面に形成された窒化クロム層をさらに備える。
【0010】
ある実施形態では、前記窒化クロム層は、前記大端部の内周面にも形成されている。
【0011】
ある実施形態では、前記窒化クロム層は、前記大端部のスラスト面にも形成されている。
【0012】
ある実施形態では、前記小端部の内周面に形成された前記窒化クロム層は、前記コンロッドの長手方向において相対的に厚く、前記コンロッドの幅方向において相対的に薄い厚さ分布を有する。
【0013】
ある実施形態では、前記チタン合金は、Ti−5Al−1Fe合金である。
【0014】
本発明の実施形態による内燃機関は、上述した構成を有するコンロッドを備える。
【0015】
ある実施形態では、上述した構成を有する内燃機関は、前記コンロッドの前記小端部のピストンピン孔に挿入されたピストンピンであって、表面にダイヤモンドライクカーボン膜を有するピストンピンをさらに備える。
【0016】
本発明の実施形態による自動車両は、上述した構成を有する内燃機関を備える。
【0017】
本発明の実施形態によるコンロッドの製造方法は、ロッド本体部、前記ロッド本体部の一端に設けられた小端部および前記ロッド本体部の他端に設けられた大端部を備えたコンロッドをチタン合金から形成する工程(a)と、少なくとも前記小端部の内周面に窒化クロム層を形成する工程(b)と、を包含する。
【0018】
ある実施形態では、前記工程(b)において、前記窒化クロム層は、前記大端部の内周面にも形成される。
【0019】
ある実施形態では、前記工程(a)は、前記大端部の内周面に対して切削加工を行うことによって、前記大端部の内周面の十点平均粗さRzを6.3μm以下にする工程(c)を含む。
【0020】
ある実施形態では、前記工程(b)において、前記窒化クロム層は、前記大端部のスラスト面にも形成される。
【0021】
ある実施形態では、前記工程(b)において、前記窒化クロム層は、前記コンロッドの長手方向において相対的に厚く、前記コンロッドの幅方向において相対的に薄い厚さ分布を有するように、前記小端部の内周面に形成される。
【0022】
ある実施形態では、前記工程(a)は、チタン合金を鍛造により成形する工程(d)を含む。
【0023】
ある実施形態では、前記工程(a)は、前記工程(d)後に焼鈍処理を行う工程(e)を含む。
【0024】
ある実施形態では、前記工程(a)は、前記工程(d)後に、チタン合金の表面に生成したαケースをショットピーニングにより除去する工程(f)を含む。
【0025】
ある実施形態では、前記工程(b)は、前記コンロッドの表面の一部が鍛造肌のままの状態で実行される。
【0026】
ある実施形態では、前記コンロッドの前記大端部は、前記ロッド本体部の前記他端に連続するロッド部と、前記ロッド部に結合されるキャップ部とに分割されており、前記工程(b)は、前記キャップ部がボルトによって前記ロッド部に結合された状態で実行される。
【0027】
本発明の実施形態によるコンロッドでは、少なくとも小端部の内周面に窒化クロム層が形成されているので、小端部の耐焼き付き性を向上させることができる。そのため、小端部の内周面とピストンピンとの間に配置されるブッシュを省略することができるので、製造コストの低減を図ることができる。また、酸化処理のような高温での加熱も必要ないので、歪みに起因する焼き付きや摩耗を防止できる。
【0028】
窒化クロム層が大端部の内周面にも形成されていると、大端部の内周面の耐フレッティング性を向上させることができる。
【0029】
窒化クロム層が大端部のスラスト面にも形成されていると、スラスト面の耐焼き付き性を向上させることができる。
【0030】
小端部の内周面に形成された窒化クロム層が、コンロッドの長手方向において相対的に厚く、コンロッドの幅方向において相対的に薄い厚さ分布を有していると、小端部の内周面とピストンピンとの間に潤滑油を入れ易くなるので、焼き付き(かじり)をより確実に防止することができる。
【0031】
コンロッドの材料であるチタン合金は、例えば、Ti−5Al−1Fe合金を好適に用いることができる。Ti−5Al−1Fe合金は比較的安価であるので、コンロッドの材料としてTi−5Al−1Fe合金を用いることにより、製造コストの低減を図ることができる。また、Ti−5Al−1Fe合金は、加工性と強度とのバランスに優れる。
【0032】
本発明の実施形態によるコンロッドは、小端部の耐焼き付き性を好適に向上させ得るので、自動車両用や機械用の各種の内燃機関(エンジン)に好適に用いられる。
【0033】
内燃機関のピストンピンが、その表面にダイヤモンドライクカーボン膜を有していると、低フリクション化が可能となり、内燃機関の性能向上および燃費向上を図ることができる。
【0034】
本発明の実施形態によるコンロッドの製造方法は、ロッド本体部、小端部および大端部を備えたコンロッドをチタン合金から形成する工程(a)と、少なくとも小端部の内周面に窒化クロム層を形成する工程(b)とを包含するので、小端部の耐焼き付き性を向上させることができる。そのため、小端部の内周面とピストンピンとの間に配置されるブッシュを省略することができるので、製造コストの低減を図ることができる。また、酸化処理のような高温での加熱も必要ないので、歪みに起因する焼き付きや摩耗を防止できる。
【0035】
工程(b)において、窒化クロム層が大端部の内周面にも形成されると、大端部の内周面の耐フレッティング性を向上させることができる。
【0036】
工程(a)は、大端部の内周面に対して切削加工を行うことによって大端部の内周面の十点平均粗さRzを6.3μm以下にする工程(c)を含んでいてもよい。大端部の内周面の十点平均粗さRzが上記範囲内にある状態で窒化クロム層を形成することにより、摩擦係数を適切な範囲とすることができるので、軸受けメタルの供回りを防止することができる。また、表面硬度を高くして耐フレッティング性をいっそう高くすることができる。
【0037】
工程(b)において、窒化クロム層が大端部のスラスト面にも形成されると、スラスト面の耐焼き付き性を向上させることができる。
【0038】
工程(b)において、窒化クロム層が、コンロッドの長手方向において相対的に厚く、コンロッドの幅方向において相対的に薄い厚さ分布を有するように小端部の内周面に形成されると、小端部の内周面とピストンピンとの間に潤滑油を入れ易くなるので、焼き付き(かじり)をより確実に防止することができる。
【0039】
工程(a)は、チタン合金を鍛造により成形する工程(d)を含んでいてもよい。チタン合金を鍛造により成形することにより、機械的性質に優れたコンロッドが得られる。
【0040】
工程(a)は、工程(d)後に焼鈍処理を行う工程(e)を含んでいてもよい。焼鈍処理を行うことにより、工程(d)において生じた残留応力(寸法精度に悪影響を及ぼす残留応力)を取り除くことができる。
【0041】
工程(a)は、工程(d)後に、チタン合金の表面に生成したαケースをショットピーニングにより除去する工程(f)を含んでいてもよい。αケースは、加工性や延性、疲労特性などに悪影響を及ぼす酸素濃化層であるので、工程(f)によって除去することが好ましい。また、ショットピーニングにより、コンロッドに残留応力を付与してコンロッドの強度を向上させることができる。
【0042】
工程(b)は、コンロッドの表面の一部が鍛造肌のままの状態で実行されてもよい。
【0043】
コンロッドの大端部が、ロッド部とキャップ部とに分割されている場合、工程(b)は、キャップ部がボルトによってロッド部に結合された状態で実行されてもよい。このような状態で工程(b)が実行されると、ボルトによって座面およびねじ面をマスキングすることができる。
【発明の効果】
【0044】
本発明の実施形態によると、チタン合金製のコンロッドにおける小端部の耐焼き付き性を好適に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】(a)および(b)は、本発明の実施形態によるコンロッド1を示す図である。(a)は、コンロッド1全体を示す平面図であり、(b)は、コンロッド1の大端部30近傍を示す一部切欠き平面図である。
図2】(a)、(b)および(c)は、小端部20の内周面20i近傍、大端部30の内周面30i近傍およびスラスト面30t近傍をそれぞれ示す断面図である。
図3】小端部20を拡大して示す平面図である。
図4】小端部20を拡大して示す断面図である。
図5】窒化クロム層50の形成方法の例を示す図である。
図6図5に示す方法によって実際に窒化クロム層50を形成したときの、窒化クロム層50の長手方向厚さおよび幅方向厚さを示すグラフである。
図7】本発明の実施形態によるコンロッド1を備えたエンジン100を模式的に示す断面図である。
図8図7に示すエンジン100を備えた自動二輪車を模式的に示す側面図である
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0047】
図1に、本発明の実施形態によるコンロッド1を示す。図1(a)は、コンロッド1全体を示す平面図であり、図1(b)は、コンロッド1の大端部30近傍を示す一部切欠き平面図である。
【0048】
コンロッド1は、チタン合金から形成されている。チタン合金としては、例えば、Ti−5Al−1Fe合金を好適に用いることができる。Ti−5Al−1Fe合金は、約5質量%のAlおよび約1質量%のFeを含むチタン合金である。Ti−5Al−1Fe合金は比較的安価であるので、コンロッド1の材料としてTi−5Al−1Fe合金を用いることにより、製造コストの低減を図ることができる。また、Ti−5Al−1Fe合金は、加工性と強度とのバランスに優れる。勿論、コンロッド1の材料はTi−5Al−1Fe合金に限定されるものではなく、公知の種々の組成のチタン合金(例えばTi−6Al−4V合金)を用いることができる。
【0049】
コンロッド1は、図1(a)および(b)に示すように、棒状のロッド本体部10と、ロッド本体部10の一端に設けられた小端部20と、ロッド本体部10の他端に設けられた大端部30とを備える。
【0050】
小端部20には、ピストンピンを通すための貫通孔(「ピストンピン孔」と呼ばれる。)25が形成されている。一方、大端部30には、クランクピンを通すための貫通孔(「クランクピン孔」と呼ばれる。)35が形成されている。
【0051】
以下の説明においては、ロッド本体部10の延びる方向を「長手方向」と呼び(図1中の方向X)、ピストンピン孔25およびクランクピン孔35の中心軸の方向を「軸方向」と呼ぶ(図1中の方向Y)。また、長手方向および軸方向に直交する方向を「幅方向」と呼ぶ(図1中の方向Z)。
【0052】
大端部30は、ロッド本体部10の他端に連続するロッド部33と、ロッド部33に結合されるキャップ部34とに分割されている。つまり、コンロッド1は、分割型のコンロッドである。分割型のコンロッド1は、例えば、破断工法によって形成される。破断工法は、大端部30を一体に形成した後に、脆性破断によってロッド部33とキャップ部34とに分割する手法である。また、分割型のコンロッド1は、他の工法により形成されてもよく、具体的には、ロッド部33とキャップ部34とを別体に形成したり、あるいは、大端部30を一体に形成した後に機械加工によって切断したりしてもよい。
【0053】
コンロッド1は、キャップ部34をロッド部33に結合するボルト40をさらに備える。ボルト40は、大端部30に形成されたボルト孔32にねじ込まれる。
【0054】
図2(a)、(b)および(c)に、小端部20の内周面20i近傍、大端部30の内周面30i近傍およびスラスト面30t近傍の断面構造をそれぞれ示す。コンロッド1は、図2(a)に示すように、小端部20の内周面20iに形成された窒化クロム(CrN)層50を備える。また、窒化クロム層50は、図2(b)に示すように、大端部30の内周面30iにも形成されている。さらに、窒化クロム層50は、図2(c)に示すように、大端部30のスラスト面30tにも形成されている。
【0055】
上述したように、本発明の実施形態によるコンロッド1では、小端部20の内周面20iに窒化クロム層50が形成されているので、小端部20の(より具体的には小端部20の内周面20iの)耐焼き付き性を向上させることができる。従って、本発明の実施形態によるコンロッド1では、小端部20の内周面20iとピストンピンとの間にブッシュを配置する必要がない。そのため、ブッシュを省略することができ、製造コストの低減を図ることができる。さらに、酸化処理のような高温での加熱も必要ないので、歪みに起因する焼き付きや摩耗を防止できる。
【0056】
また、本実施形態のように、窒化クロム層50が大端部30の内周面30iにも形成されていると、大端部30の内周面30iの耐フレッティング性を向上させることができる。大端部30におけるフレッティングは、大端部30の内周面30iが軸受けメタル(大端部30の内周面30iとクランクピンとの間に配置される)と接触することにより発生し得る表面損傷である。
【0057】
さらに、本実施形態のように、窒化クロム層50が大端部30のスラスト面30tにも形成されていると、スラスト面30t(クランクアームに摺接する面である)の耐焼き付き性を向上させることができる。
【0058】
ここで、図3を参照しながら、小端部20の内周面20iにおける窒化クロム層50の好ましい厚さ分布を説明する。図3は、小端部20を拡大して示す図であり、わかりやすさのために窒化クロム層50の厚さを誇張して示している。
【0059】
図3に示す例では、小端部20の内周面20iに形成された窒化クロム層50は、コンロッド1の長手方向Xにおいて相対的に厚く、コンロッド1の幅方向Zにおいて相対的に薄い厚さ分布を有する。つまり、小端部20の内周面20iと、ピストンピン孔25の中心軸を含み、且つ、長手方向Xに平行な面(仮想的な面)との交わる領域(図3中の第1領域R1および第2領域R2)における窒化クロム層50の厚さ(以下では「長手方向厚さ」とも呼ぶ。)が、小端部20の内周面20iと、ピストンピン孔25の中心軸を含み、且つ、幅方向Zに平行な面(仮想的な面)との交わる領域(図3中の第3領域R3および第4領域R4)における窒化クロム層50の厚さ(以下では「幅方向厚さ」とも呼ぶ。)よりも大きい。このような厚さ分布を窒化クロム層50が有していると、小端部20の内周面20iとピストンピンとの間に潤滑油を入れ易くなるので、焼き付き(かじり)をより確実に防止することができる。
【0060】
なお、窒化クロム層50の形成方法によっては、窒化クロム層50は、コンロッド1の軸方向Yについても厚さ分布を有する(つまり軸方向Zに沿って厚さが変化する)ことがある。例えば、後述するアークイオンプレーティング法(PVD法の一種である)により窒化クロム層50を形成すると、図4に示すように、軸方向Yにおける中央(図4中の点P1)での窒化クロム層50の厚さよりも、軸方向Yにおける一側端および他側端、つまり、ピストンピン孔25の開口端(図4中の点P2およびP3)での窒化クロム層50の厚さが大きくなる。軸方向Yにおける中央(点P1)で比較した場合、小端部20の内周面20iにおける窒化クロム層50の幅方向厚さは、長手方向厚さの20%以上100%未満であることが好ましい。
【0061】
また、窒化クロム層50は、大端部30の内周面30iにおいても、図4に示したような厚さ分布を有し得る。つまり、窒化クロム層50の形成方法によっては、軸方向Yにおける中央での窒化クロム層50の厚さよりも、軸方向Yにおける一側端および他側端、つまり、クランクピン孔35の開口端での窒化クロム層50の厚さを大きくすることができる。窒化クロム層50が、大端部30の内周面30iにおいてこのような厚さ分布を有していると、大端部30の内周面30iと軸受けメタルとの密着性が向上し、軸受けメタルの供回りを防止することができる。
【0062】
続いて、本発明の実施形態によるコンロッド1の製造方法を説明する。
【0063】
コンロッド1は、ロッド本体部10、小端部20および大端部30を備えたコンロッド1をチタン合金から形成する工程(コンロッド形成工程)(a)と、少なくとも小端部20の内周面20iに窒化クロム層50を形成する工程(CrN層形成工程)(b)とを包含する製造方法により製造され得る。
【0064】
コンロッド形成工程(a)において用いられるチタン合金としては、既に説明したTi−5Al−1Fe合金を好適に用いることができる。また、他の種々の組成のチタン合金を用いてもよい。
【0065】
CrN層形成工程(b)における窒化クロム層50の形成は、例えばアークイオンプレーティング法により行うことができる。また、アークイオンプレーティング法以外のPVD(Physical Vapor Deposition)法を用いてもよい。アークイオンプレーティング法は、原料のイオン化率が高く、密着性に優れた膜(層)を形成できる点で優れている。
【0066】
既に説明したことからわかるように、CrN層形成工程(b)において、窒化クロム層50が、大端部30の内周面30iにも形成されることが好ましい。窒化クロム層50を大端部30の内周面30iに形成することにより、大端部30の内周面30iの耐フレッティング性を向上させることができる。
【0067】
窒化クロム層50を大端部30の内周面30iにも形成する場合には、コンロッド形成工程(a)は、大端部30の内周面30iに対して切削加工(ファインボーリング)を行うことによって、大端部30の内周面30iの十点平均粗さRzを6.3μm以下にする工程(ファインボーリング工程)(c)を含むことが好ましい。大端部30の内周面30iの十点平均粗さRzが上記範囲内にある状態で窒化クロム層50を形成することにより、摩擦係数を適切な範囲とすることができるので、軸受けメタルの供回りを防止することができる。また、表面硬度を高くして耐フレッティング性をいっそう高くすることができる。
【0068】
また、CrN層形成工程(b)において、窒化クロム層50が、大端部30のスラスト面30tにも形成されることが好ましい。窒化クロム層50を大端部30のスラスト面30tにも形成することにより、スラスト面30tの耐焼き付き性を向上させることができる。
【0069】
さらに、CrN層形成工程(b)において、窒化クロム層50は、コンロッド1の長手方向Xにおいて相対的に厚く、コンロッド1の幅方向Zにおいて相対的に薄い厚さ分布を有するように、小端部20の内周面20iに形成されることが好ましい。窒化クロム層50にこのような厚さ分布を持たせることにより、小端部20の内周面20iとピストンピンとの間に潤滑油を入れ易くなり、焼き付き(かじり)をより確実に防止することができる。
【0070】
ここで、図5を参照しながら、窒化クロム層50に上述したような厚さ分布を持たせることができる窒化クロム層50の形成方法の例を説明する。図5には、アークイオンプレーティング法(AIP法)を用いる場合の例を示している。
【0071】
図5に示す例では、コンロッド1に対して長手方向Xに沿って所定の距離離れた位置に設けられたターゲットTGから正イオンpiがコンロッド1に向けて放出される。このとき、コンロッド1は、幅方向Zに平行な軸を中心として回転している。そのため、窒化クロムは、長手方向Xにおいて堆積しやすく、幅方向Zにおいて堆積しにくい。従って、小端部20の内周面20iにおける窒化クロム層50は、長手方向厚さが相対的に大きく、幅方向厚さが相対的に小さくなる。
【0072】
図6に、図5に示した方法によって実際に窒化クロム層50を形成したときの、窒化クロム層50の長手方向厚さ(第1領域R1および第2領域R2における厚さ)および幅方向厚さ(第3領域R3および第4領域R4における厚さ)を示す。図6は、横軸に軸方向Yにおける位置をとり、縦軸に厚さをとったグラフである。
【0073】
図6から、小端部20の内周面20iにおいて、窒化クロム層50の長手方向厚さが幅方向厚さよりも大きいことがわかる。また、図6から、ピストンピン孔25の中央での厚さよりも、開口端における厚さの方が大きいこともわかる。
【0074】
コンロッド形成工程(a)は、チタン合金を鍛造により成形する工程(鍛造工程)(d)を含んでいてもよい。チタン合金を鍛造により成形することにより、機械的性質に優れたコンロッド1が得られる。
【0075】
また、コンロッド形成工程(a)は、鍛造工程(d)後に焼鈍処理を行う工程(焼鈍工程)(e)を含んでいてもよい。焼鈍処理を行うことにより、鍛造工程(d)において生じた残留応力(寸法精度に悪影響を及ぼす残留応力)を取り除くことができる。焼鈍処理は、例えば、700℃〜800℃で60分〜90分間行われる。
【0076】
また、コンロッド形成工程(a)は、鍛造工程(d)後に、チタン合金の表面に生成したαケースをショットピーニングにより除去する工程(ショットピーニング工程)(f)を含んでいてもよい。αケースは、加工性や延性、疲労特性などに悪影響を及ぼす酸素濃化層であるので、ショットピーニング工程(f)によって除去することが好ましい。また、ショットピーニングにより、コンロッド1に残留応力を付与してコンロッド1の強度を向上させることができる。
【0077】
CrN層形成工程(b)は、コンロッド1の表面の一部が鍛造肌のままの状態で実行されてもよい。
【0078】
また、CrN層形成工程(b)において、コンロッド1の表面全体に窒化クロム層50が形成されてもよいし、コンロッド1の表面のうち、窒化クロム層50の形成が不要な箇所には窒化クロム層50が形成されなくてもよい。例えば、CrN層形成工程(b)が、キャップ部34がボルト40によってロッド部33に結合された状態で実行されると、ボルト40によって座面およびねじ面をマスキングすることができる。
【0079】
上述したように、本発明の実施形態によるコンロッド1では、小端部20の耐焼き付き性を好適に向上させることができる。本発明の実施形態によるコンロッド1は、自動車両用や機械用の各種の内燃機関(エンジン)に広く用いられる。図7に、本実施形態の製造方法により製造されたコンロッド1を備えたエンジン100の一例を示す。
【0080】
エンジン100は、クランクケース110、シリンダブロック120およびシリンダヘッド130を有している。
【0081】
クランクケース110内にはクランクシャフト111が収容されている。クランクシャフト111は、クランクピン112およびクランクアーム113を有している。
【0082】
クランクケース110の上に、シリンダブロック120が設けられている。ピストン122は、シリンダボア内を往復し得るように設けられている。
【0083】
シリンダブロック120の上に、シリンダヘッド130が設けられている。シリンダヘッド130は、シリンダブロック120およびピストン122とともに燃焼室131を形成する。シリンダヘッド130は、吸気ポート132および排気ポート133を有している。吸気ポート132内には燃焼室131内に混合気を供給するための吸気弁134が設けられており、排気ポート内には燃焼室131内の排気を行うための排気弁135が設けられている。
【0084】
ピストン122とクランクシャフト111とは、コンロッド1によって連結されている。具体的には、小端部20のピストンピン孔25にピストン122のピストンピン123が挿入されているとともに、大端部30のクランクピン孔35にクランクシャフト111のクランクピン112が挿入されており、そのことによってピストン122とクランクシャフト111とが連結されている。小端部20の内周面20iとピストンピン123との間には、ブッシュは設けられていない。大端部30の内周面30iとクランクピン112との間には、軸受けメタル114が設けられている。
【0085】
ピストンピン123は、その表面にダイヤモンドライクカーボン膜を有することが好ましい。ピストンピン123が表面にダイヤモンドライクカーボン膜を有していることによって、低フリクション化が可能となり、エンジン100の性能向上および燃費向上を図ることができる。
【0086】
図8に、図7に示したエンジン100を備えた自動二輪車を示す。図8に示す自動二輪車では、本体フレーム301の前端にヘッドパイプ302が設けられている。ヘッドパイプ302には、フロントフォーク303が車両の左右方向に揺動し得るように取り付けられている。フロントフォーク303の下端には、前輪304が回転可能なように支持されている。
【0087】
本体フレーム301の後端上部から後方に延びるようにシートレール306が取り付けられている。本体フレーム301上に燃料タンク307が設けられており、シートレール306上にメインシート308aおよびタンデムシート308bが設けられている。
【0088】
また、本体フレーム301の後端に、後方へ延びるリアアーム309が取り付けられている。リアアーム309の後端に後輪310が回転可能なように支持されている。
【0089】
本体フレーム301の中央部には、図30に示したエンジン100が保持されている。エンジン100には、本実施形態におけるコンロッド1が用いられている。エンジン100の前方には、ラジエータ311が設けられている。エンジン100の排気ポートには排気管312が接続されており、排気管312の後端にマフラー313が取り付けられている。
【0090】
エンジン100には変速機315が連結されている。変速機315の出力軸316に駆動スプロケット317が取り付けられている。駆動スプロケット317は、チェーン318を介して後輪310の後輪スプロケット319に連結されている。変速機315およびチェーン318は、エンジン100により発生した動力を駆動輪に伝える伝達機構として機能する。
【0091】
なお、上記の説明では、大端部30がロッド部33およびキャップ部34に分割されている分割型のコンロッド1を例示したが、本発明による実施形態は、分割型のコンロッドに限定されるものではなく、一体型のコンロッドにも好適に用いられる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の実施形態によると、チタン合金製のコンロッドにおける小端部の耐焼き付き性を好適に向上させることができる。本発明の実施形態によるコンロッドは、各種の内燃機関(例えば自動車両用のエンジン)に広く用いられる。
【符号の説明】
【0093】
1 コンロッド
10 ロッド本体部
20 小端部
20i 小端部の内周面
25 ピストンピン孔
30 大端部
30i 大端部の内周面
30t 大端部のスラスト面
32 ボルト孔
33 ロッド部
34 キャップ部
35 クランクピン孔
40 ボルト
50 窒化クロム層
100 エンジン
123 ピストンピン
【要約】
【課題】チタン合金製のコンロッドにおける小端部の耐焼き付き性を好適に向上させることにある。
【解決手段】コンロッド(1)は、チタン合金から形成され、ロッド本体部(10)と、ロッド本体部の一端に設けられた小端部(20)と、ロッド本体部の他端に設けられた大端部(30)とを備える。コンロッドは、少なくとも小端部の内周面(20i)に形成された窒化クロム層(50)をさらに備える。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8