(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5917342
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月11日
(54)【発明の名称】植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法およびこれらの脂肪酸エステルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C11C 3/08 20060101AFI20160422BHJP
C11B 11/00 20060101ALI20160422BHJP
C11B 13/02 20060101ALI20160422BHJP
C12P 7/62 20060101ALI20160422BHJP
C07J 75/00 20060101ALI20160422BHJP
【FI】
C11C3/08
C11B11/00
C11B13/02
C12P7/62
C07J75/00
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-192916(P2012-192916)
(22)【出願日】2012年9月3日
(65)【公開番号】特開2014-47311(P2014-47311A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】591066362
【氏名又は名称】築野食品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】安達 修二
(72)【発明者】
【氏名】小林 敬
(72)【発明者】
【氏名】築野 卓夫
(72)【発明者】
【氏名】加藤 浩司
(72)【発明者】
【氏名】藤田 宗紀
(72)【発明者】
【氏名】澤田 一恵
【審査官】
小久保 敦規
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭63−014796(JP,A)
【文献】
特開昭62−048391(JP,A)
【文献】
特開2013−099309(JP,A)
【文献】
特開2002−293793(JP,A)
【文献】
Journal of Food Lipids,Vol.7, No.1,p.11-20 (2000).
【文献】
Journal of Agricultural and Food Chemistry,Vol.48, No.6,p.2313-2319 (2000).
【文献】
Journal of Agricultural and Food Chemistry,Vol.45, No.4,p.1180-1184 (1997).
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 1/00− 15/00
C11C 1/00− 5/02
C07J 1/00− 75/00
C12P 1/00− 41/00
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物から、植物ステロールを特異的にエステル化する酵素を用いて植物ステロール脂肪酸エステルを生成させ、植物ステロール脂肪酸エステルを分離することを特徴とする植物ステロール脂肪酸エステルの製造方法。
【請求項2】
酵素が、Pseudomonas属、Penicillium属およびCandida属からなる群より選択される少なくとも1種の微生物に由来するリパーゼであることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物から、植物ステロールを特異的にエステル化する酵素を用いて植物ステロール脂肪酸エステルを生成させ、植物ステロール脂肪酸エステルを分離し、未反応のトリテルペンアルコールを取得することを特徴とするトリテルペンアルコールの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法およびこれらの脂肪酸エステルの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステロール(sterol)はステロイド骨格を有し、その基本骨格C−3位にヒドロキシル基を、C−17位に炭化水素側鎖を有する炭素数27〜30の化合物の総称である。この中で植物に含まれるものを特に植物ステロールと呼び、植物体に広く分布している。主要なものとしてβ−シトステロール、カンペステロール、スティグマステロールなどが知られている。
【0003】
トリテルペンアルコールは米に多く含まれる炭素数30のステロールの一種であり、植物ステロールに近い構造、性質を持つ。トリテルペンアルコールは、米糠、オリーブ種子、トウモロコシ種子、アロエ等に分布し、主要な化合物としてシクロアルテノール、24−メチレンシクロアルタノール、シクロアルタノール、シクロブラノールなどが含まれる。これらは米糠の代表的な機能性物質であるγ−オリザノールの部分構造としても知られている。
【0004】
植物ステロールの主要な生理機能としては、コレステロールの低下作用が知られている。その他にも前立腺肥大による排尿障害の改善、癌細胞の増殖抑制作用、炎症抑制作用などの生理機能が報告されている。一方トリテルペンアルコールの生理機能は植物ステロールの生理機能と似通っているものの、トリテルペンアルコールに固有の生理機能として中性脂肪の低下作用、リパーゼ阻害作用が報告されており、植物ステロールと併用することで、相乗的に脂質の吸収を阻害することが報告されている。
【0005】
植物ステロールの製造方法としては、植物油の精製過程で生じるソープストックや脱臭スカム等の副産物を原料とし、アセトンやヘキサンなどの溶媒で抽出し、結晶化法により精製する手法が一般的である。ほぼ同様の方法でトリテルペンアルコールも得ることができるが、植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離は困難である。ソープストックや脱臭スカム等の原料から、植物ステロールとトリテルペンアルコールを分離することができれば、それぞれの生理機能を別々に有効利用することが可能になると考えられる。
【0006】
トリテルペンアルコールの製造方法として工業的に確立された方法はなく、例えばγ−オリザノールを加水分解して得る方法が報告されている(特許文献1〜4)。これらの方法では植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物が高濃度で容易に得られるが、植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離は依然困難である。
【0007】
ステロールは元来水にも油にも溶け難く、酸化されやすい性質を持つため、脂肪酸とのエステル化を行い、誘導体化することで安定性、汎用性を向上させることができる。またエステル化により、結晶化による分離精製が容易になることも知られている。それゆえ、植物ステロール脂肪酸エステルおよびトリテルペンアルコール脂肪酸エステルは、化粧品、医薬品および食品の重要な原料として用いられており、特に皮膚の保湿作用、老化防止作用、抗炎症作用に優れることから化粧品用途での期待が高まっている(特許文献5)。
【0008】
植物ステロール脂肪酸エステルは植物ステロールから有機合成により合成されるが、副反応の進行、着色、着臭、触媒除去等の問題点から、現在では酵素合成が検討されている。植物ステロール脂肪酸エステル合成酵素としてはリパーゼ(特許文献6)、コレステロールエステラーゼ(特許文献7、8)を用いた報告がある。リパーゼの起源としてはAlcaligenes属、Chromobacterium属、Pseudomonas属、Humicola属などが報告されている(特許文献6)。コレステロールエステラーゼの起源としてはPseudomonas属、Candida属、Streptomyces属他いくつかの微生物由来のコレステロールエステラーゼを用いたステロールエステル製造技術が開示されている(特許文献7、8)。これらの酵素合成法は植物ステロールと遊離脂肪酸を特異的かつ効率的にエステル化反応させるものであるが、これをトリテルペンアルコールに適用した例は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2012−41304号公報
【特許文献2】特公昭55−2440号公報
【特許文献3】特開2006−273764号公報
【特許文献4】特開平05−331101号公報
【特許文献5】特開2006−176422号公報
【特許文献6】特開2001−040388号公報
【特許文献7】特開2009−55819号公報
【特許文献8】特公平05−33712号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物から植物ステロールとトリテルペンアルコールとを分離する方法、および植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物から植物ステロール脂肪酸エステルとトリテルペンアルコール脂肪酸エステルを別々に製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために以下の各発明を包含する。
[1]植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物から、植物ステロールとトリテルペンアルコールとを分離する方法であって、カラムクロマトグラフィーを用いることを特徴とする分離方法。
[2]植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物が、植物油の精製過程で生じるソープストックまたは脱臭スカム由来であることを特徴とする前記[1]に記載の分離方法。
[3]カラムクロマトグラフィーの担体にシリカゲルを用いることを特徴とする前記[1]または[2]に記載の分離方法。
[4]カラムクロマトグラフィーの移動相にヘキサン:酢酸エチル=70:30〜95:5混液を用いることを特徴とする前記[3]に記載の分離方法。
[5]植物ステロール脂肪酸エステルおよび/またはトリテルペンアルコール脂肪酸エステルの製造方法であって、前記[1]〜[4]のいずれかに記載の分離方法を用いて、植物ステロールとトリテルペンアルコールとを分離した後に、植物ステロールおよびトリテルペンアルコールの少なくとも1種を脂肪酸エステル化することを特徴とする製造方法。
[6]酵素を触媒とするエステル化反応により脂肪酸エステル化することを特徴とする前記[5]に記載の製造方法。
[7]エステル化反応によって発生する水分を減少させながら反応を進行させることを特徴とする前記[6]に記載の製造方法。
[8]酵素がリパーゼであることを特徴とする前記[6]または[7]に記載の製造方法。
[9]リパーゼが、トリテルペンアルコールと植物ステロールの混合物に対して、両者を非特異的にエステル化する性質を持つことを特徴とする前記[8]に記載の製造方法。
[10]リパーゼがCandida属の微生物に由来することを特徴とする前記[9]に記載の製造方法。
[11]植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物から、植物ステロールを特異的にエステル化する酵素を用いて植物ステロール脂肪酸エステルを生成させ、植物ステロール脂肪酸エステルを分離することを特徴とする植物ステロール脂肪酸エステルの製造方法。
[12]酵素が、Pseudomonas属、Penicillium属およびCandida属からなる群より選択される少なくとも1種の微生物に由来するリパーゼであることを特徴とする前記[11]に記載の製造方法。
[13]植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物から、植物ステロールを特異的にエステル化する酵素を用いて植物ステロール脂肪酸エステルを生成させ、植物ステロール脂肪酸エステルを分離し、未反応のトリテルペンアルコールを取得することを特徴とするトリテルペンアルコールの分離方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物から植物ステロールとトリテルペンアルコールとを分離することができ、また、植物ステロール脂肪酸エステルとトリテルペンアルコール脂肪酸エステルを別々に製造することができる。別々に得られた植物ステロールおよびトリテルペンアルコール、またはそれらの脂肪酸エステルを用いれば、それぞれの生理機能を別々に有効利用することできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物から、シリカゲルクロマトグラフィーを用いてPSとTAとを分離したRIクロマトグラムを示す図である。
【
図2】TAのエステル化反応における各種リパーゼの添加量とTAエステル生成量を検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
〔植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法〕
本発明の植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法は、植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物からカラムクロマトグラフィーを用いて植物ステロールとトリテルペンアルコールとを分離する方法である。
植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物は特に限定されず、植物ステロールとトリテルペンアルコールの両方を含んでいるものであればよい。植物ステロールおよびトリテルペンアルコールの2成分のみからなるものでもよく、これら以外の成分を含んでいるものでもよい。
【0015】
植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物は、植物油の精製過程で生じるソープストックまたは脱臭スカム由来であることが好ましい。ソープストックはアルカリフーツまたはアルカリ油滓とも称される。脱臭スカムは脱臭留出物とも称される。いずれも、植物油の精製過程で副産物として得られるものであり、植物ステロールおよびトリテルペンアルコールを豊富に含むことが知られている。ソープストックまたは脱臭スカムは、そのままカラムクロマトグラフィーに供してもよいが、これらを原料として、精製操作を経た植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物をカラムクロマトグラフィーに供することが好ましい。精製操作は特に限定されず公知の精製方法を用いることができる。精製操作を経た植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物としては、例えばソープストックから結晶化処理などによって得られる粗γ−オリザノールの加水分解物などが挙げられる。
【0016】
カラムクロマトグラフィーの種類は特に限定されず、例えば、オープンカラムクロマトグラフィー、フラッシュカラムクロマトグラフィー、HPLC(High performance liquid chromatography)等が挙げられる。カラムクロマトグラフィーに用いられる担体は特に限定されず、例えばシリカゲル、ODSゲル、疎水性樹脂、イオン交換樹脂等が挙げられる。好ましくはシリカゲルである。カラムの径および長さ、担体量は、供する植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物の種類や不純物の量に応じて適宜最適化することができる。
【0017】
移動相は特に限定されず、用いる担体および供する植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物の種類に応じて適宜最適化することができる。担体がシリカゲルの場合には、シリカゲルクロマトグラフィーに一般に使用される移動相を用いることができる。例えば、ヘキサン/酢酸エチル混合液、クロロホルム/メタノール混合液、トルエンなどが挙げられる。好ましくはヘキサン/酢酸エチル混合液であり、混合比率はヘキサン:酢酸エチル=70:30〜95:5が好ましく、より好ましくはヘキサン:酢酸エチル=80:20〜95:5であり、さらに好ましくはヘキサン:酢酸エチル=85:15〜95:5である。担体がODSゲルの場合には、メタノール、エタノール、プロパノールなどのアルコール類の混合物、アルコールと水の混合物などを移動相として用いることができる。
その他のカラムクロマトグラフィーの条件は特に限定されず、公知のカラムクロマトグラフィーの条件を、適宜選択して組み合わせることにより適切な条件を設定することができる。
【0018】
検出器は植物ステロールおよびトリテルペンアルコールを検出できるものであれば特に限定されない。具体的には、示差屈折率(RI)検出器、紫外/可視光(UV/VIS)検出器、蒸発光散乱検出器(ELSD)などが挙げられる。中でも、示差屈折率(RI)検出器を用いることが好ましい。
植物ステロールおよびトリテルペンアルコールは、それぞれのピーク検出時の画分を分取することにより分離して取得することができる。
【0019】
〔脂肪酸エステルの製造方法〕
本発明は、植物ステロール脂肪酸エステルおよび/またはトリテルペンアルコール脂肪酸エステルの製造方法(以下、「本発明の製造方法」と記す。)を提供する。
本発明の製造方法は、上記本発明の植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法により分離した植物ステロールおよびトリテルペンアルコールを別々に脂肪酸エステル化する方法である。本発明の製造方法には、分離した植物ステロールおよびトリテルペンアルコールのいずれか1種のみを脂肪酸エステル化する方法も含まれる。植物ステロールまたはトリテルペンアルコールと脂肪酸とのエステル化の方法は特に限定されず、例えば、酸またはアルカリ等の化学触媒を使用する化学合成法、酵素を触媒として用いる酵素合成法等の公知の合成法を用いることができる。好ましくは酵素を触媒として用いる酵素合成法である。
【0020】
脂肪酸は、飽和脂肪酸および不飽和脂肪酸のいずれでもよく、例えば、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、アラキジン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ベヘン酸、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸等が挙げられる。直鎖脂肪酸および分岐脂肪酸のいずれを用いてもよいが、好ましくは直鎖脂肪酸である。脂肪酸は、動物由来および植物由来のいずれでもよいが、好ましくは植物由来である。植物ステロールまたはトリテルペンアルコールと脂肪酸との比率は特に限定されないが、モル比が植物ステロールまたはトリテルペンアルコール:脂肪酸=1:0.5〜10が好ましい。
【0021】
酵素は、植物ステロールまたはトリテルペンアルコールと脂肪酸とのエステル化反応を触媒できる酵素であれば特に限定されない。このような酵素として、例えば、リパーゼ、コレステロールエステラーゼなどが知られており、本発明の製造方法において好適に用いることができる。これらの酵素の起源としては、例えば、Pseudomonas属、Penicillium属、Candida属、Streptomyces属、Alcaligenes属、Chromobacterium属、Humicola属等の微生物が挙げられるが、これらに限定されない。なかでも本発明の製造方法で使用する酵素としては、トリテルペンアルコールのエステル化効率が優れている点で、Candida属の微生物に由来するリパーゼを用いることが好ましい。Candida属のなかでも、Candida rugosa由来のリパーゼがより好ましく、SIGMA社製のCandida rugosa由来のリパーゼ(Type VII、製品番号L1754−100G)またはこれと同等の活性を有するリパーゼがさらに好ましい。なお、SIGMA社製のCandida rugosa由来のリパーゼはType VIIであり、3種類のアイソザイムを含むことが報告されている(R.C.CHANG, et al., Multiple forms and functions of Candida rugosa lipase,Biotechnol.Appl.Biochem., Vol.19,93−97(1994))。
【0022】
酵素の添加量、反応温度、反応時間等の条件は、用いる酵素に応じて適宜設定することができる。例えばCandida rugosa由来のリパーゼを用いる場合、通常、植物ステロールまたはトリテルペンアルコール1g当たり10〜5000単位(ただし、単位は、オリーブ油の加水分解において1分間に1μmolの遊離脂肪酸生じる酵素量である。)の酵素を添加し、20℃〜50℃で30分〜48時間反応させればよい。
【0023】
酵素を触媒とするエステル化反応において、エステル化反応によって発生する水分を減少させながら反応を進行させることが好ましい。これにより、反応系におけるエステル合成とエステル分解が平衡に達してエステル化の効率が低下することを防止することができる。エステル化反応によって発生する水分を減少させながら反応を進行させる方法は特に限定されず、反応の途中で反応液を静置して分離した水を除去して反応を続ける方法、反応の途中で遠心分離を行い分離した水を除去して反応を続ける方法、脱水剤を添加する方法、減圧条件下で脱水しながら反応を進行させる方法、これらの2つ以上を組み合わせる方法などが挙げられる。好ましくは、減圧条件下で脱水しながら反応を進行させる方法である。減圧条件としては、例えば0.1kPa〜10kPaが好ましい。エステル化反応の開始時から水分を減少させながら反応を進行させてもよく、エステル化反応の途中から水分を減少させながら反応を進行させてもよい。エステル化反応の途中から行う場合には、エステル化反応が平衡に達した後に開始することが好ましい。
【0024】
反応液からの植物ステロール脂肪酸エステルまたはトリテルペンアルコール脂肪酸エステルの分離方法は特に限定されない。例えば、カラムクロマトグラフィー、分取薄層クロマトグラフィー、分子蒸留、短行程蒸留、溶剤分別、液液抽出などが挙げられる。好ましくはカラムクロマトグラフィーである。
【0025】
〔選択的植物ステロール脂肪酸エステルの製造方法およびトリテルペンアルコールの分離方法〕
本発明の選択的植物ステロール脂肪酸エステルの製造方法は、植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物から、植物ステロールを特異的にエステル化する酵素を用いて植物ステロール脂肪酸エステルを生成させ、植物ステロール脂肪酸エステルを分離することを特徴とする。植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物は、植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物に脂肪酸を添加することにより調製することができる。植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物は、上記「植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法」に用いられる植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物を好適に用いることができる。植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物と脂肪酸との比率は特に限定されないが、モル比が植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物:脂肪酸=1:1〜5が好ましい。
【0026】
植物ステロールを特異的にエステル化する酵素は、植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物に作用させた場合に、以下の式
(PS選択率)=(PSエステル量)/[(PSエステル量)+(TAエステル量)]
で求められるPS選択率(植物ステロール選択率)が0.80以上であることが好ましく、0.90以上であることがより好ましく、0.95以上であることがさらに好ましく、0.98以上であることがさらに好ましい。
このような酵素として、Pseudomonas属の微生物に由来するリパーゼ、Penicillium属の微生物に由来するリパーゼまたはCandida属の微生物に由来するリパーゼを好適に用いることができる。Pseudomonas属の微生物としては、Pseudomonas cepacia、またはPseudomonas stutzeriが好ましく、Penicillium属の微生物としては、Penicillium camembertiiが好ましく、Candida属の微生物としてはCandida rugosaが好ましい。Candida rugosa由来のリパーゼのなかでも名糖産業社製のリパーゼOFまたはこれと同等の活性を有するリパーゼがより好ましい。なお、名糖産業社製のリパーゼOFは、1種類のアイソザイムのみを含むことが報告されている(R.C.CHANG,et al., Multiple forms and functions of Candida rugosa lipase, Biotechnol. Appl. Biochem., Vol.19,93−97(1994))。
【0027】
酵素の添加量、反応温度、反応時間等の条件は、用いる酵素に応じて適宜設定することができる。通常、植物ステロールとトリテルペンアルコールの混合物1g当たり10〜3000単位(ただし、単位はオリーブ油の加水分解において1分間に1μmolの遊離脂肪酸生じる酵素量である。)の酵素を添加し、10℃〜40℃で30分〜48時間反応させればよい。
【0028】
生成した植物ステロール脂肪酸エステルを反応液から分離することにより、未反応のトリテルペンアルコールを取得することができる。すなわち、本発明は、植物ステロール植物ステロールとトリテルペンアルコールと脂肪酸の混合物からトリテルペンアルコールを分離する方法を提供する。生成した植物ステロール脂肪酸エステルを反応液から分離する方法としては、カラムクロマトグラフィー、分取薄層クロマトグラフィー、分子蒸留、短行程蒸留、溶剤分別、液液抽出などが挙げられる。好ましくは、カラムクロマトグラフィーである。植物ステロール脂肪酸エステルを分離した反応液中には、未反応のトリテルペンアルコールおよび脂肪酸が残っている。この反応液を用いて、トリテルペンアルコール脂肪酸エステルを合成することができる。このとき用いる酵素は、トリテルペンアルコールのエステル化効率が優れている酵素を用いることが好ましい。このような酵素としては、Candida属の微生物に由来するリパーゼが好ましく、なかでも、Candida rugosa由来のリパーゼがより好ましい。SIGMA社製のCandida rugosa由来のリパーゼ(Type VII、製品番号L1754−100G)またはこれと同等の活性を有するリパーゼがさらに好ましい。
【0029】
植物ステロール脂肪酸エステルを分離した反応液からトリテルペンアルコールを分離することも可能である。植物ステロール脂肪酸エステルを分離した反応液からトリテルペンアルコールを分離する方法としては、植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離方法と同様にカラムクロマトグラフィーを用いる方法が挙げられる。分離したトリテルペンアルコールはそのまま使用してもよく、脂肪酸と反応させてトリテルペンアルコール脂肪酸エステルとして使用してもよい。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0031】
〔実施例1:植物ステロールとトリテルペンアルコールの分離〕
植物ステロール(以下「PS」と記す)とトリテルペンアルコール(以下「TA」と記す)の混合物から、シリカゲルクロマトグラフィーを用いてPSとTAとの分離を試みた。
γ−オリザノールの加水分解によって得られたPS/TA混合物8.0gをアセトン40mLに溶解し、ワコーゲルC−200(商品名、和光純薬)に吸着させた。ロータリーエバポレータでアセトンを除去し、ヘキサン/酢酸エチル=9/1(v/v)に懸濁してガラスカラム(15×150mm)に充填した。カラムをULTRA PACK Glass Column(シリカゲル、37×300mm、山善)に接続し、ヘキサン/酢酸エチル=9/1(v/v)を14mL/minで通液して、RI検出器を用いてピーク検出時の画分を三角フラスコに分取した。
【0032】
得られたRIクロマトグラムを
図1に示した。
図1から明らかなように、PSとTAを分離することができた。各画分をTLC分析した後、同一物質のみを含む画分を合一し、ロータリーエバポレータを用いて溶媒を除去することで、PSおよびTAを得た。PSの収量は3.0gで純度66%であり、TAの収量は4.5gで純度97%であった。なお、TLC分析にはTLC用シリカゲルアルミシート(メルク、東京)を使用し、展開溶媒はヘキサン/酢酸エチル=7/3(v/v)を用い、50%硫酸エタノール溶液の噴霧後にホットプレートで加熱して発色した。
【0033】
〔実施例2:リパーゼによるエステル化反応および反応液からのエステルの分離〕
実施例1で得られたPSまたはTAとオレイン酸を、それぞれ1:2.5のモル比となるように混合し、同重量の酵素(リパーゼ)溶液(Candida rugosa、SIGMA (Type VII、製品番号L-1754-100G);5000 U/mL)を加えて30℃で攪拌した。反応が平衡に達した後(反応率75%)、ダイヤフラム型真空ポンプDIVAC 0.6L(東京理化器械)を用いて2.1kPaで減圧しながら反応し、減圧せずに常圧下で反応したものと比較したところ、常圧下で反応したものは反応率に変化がなかったが、減圧下で反応したものは反応率が89%に改善した。この結果から、リパーゼによるエステル化反応の効率を向上させるためには、減圧下で脱水しながら反応することが好ましいことがわかった。
【0034】
常圧での反応で得られた反応液から未反応のオレイン酸を1mol/LのNaOH水溶液を用いて除去した。次に、試料をシリカゲルカラムULTRA Pack Glass Column(300 mm×37 mm i.d.)に負荷し、移動相にヘキサン/酢酸エチル=9/1(v/v)を用いて溶出させることで未反応のPSおよびTAを除去した。得られたエステル画分をHPLC分取カラム(COSMOSIL Cholester;250×10 mm i.d.、ナカライテスク)でさらに分離・精製した。移動相にはメタノール:イソプロピルアルコール=1:1(v/v)を用い、流量は5mL/minとした。保持時間70〜120minまで2.5min毎に分取し、各画分をTLCにて分析した。そして、同一物質のみを含む画分を合一した。TLC分析は実施例1と同様に行った。
常圧下で反応した場合、27gの反応液からPSエステル6.1g、TAエステル3.0gが得られた。
【0035】
〔実施例3:TAのエステル化反応に適した酵素の検討〕
TAとオレイン酸を1:2.5のモル比となるように混合し、リパーゼ添加量を50〜2000Uの範囲で5〜7段階に設定し、実施例2と同様に、反応が平衡に達した後2.1kPaで減圧しながら反応した。リパーゼとして、リパーゼ(Candida rugosa、SIGMA、Type VII、製品番号L1754-100G)、リパーゼTL(Pseudomonas stutzeri、名糖産業)、リパーゼSL(Pseudomonas cepacia、名糖産業)、およびリパーゼA「アマノ」6(Aspergillus niger、天野エンザイム)の4種類を用いた。反応液中のTAエステルの生成量は、実施例2と同様の方法で測定した。
【0036】
結果を
図2に示した。リパーゼ(Candida rugosa、SIGMA、Type VII、製品番号L1754-100G)を用いた場合、酵素量の増加とともにTAエステルの生成量の生成量が増加した。一方、他の3種のリパーゼを用いた場合には、酵素量の増加とともに反応液の流動性が低下して反応効率が低下することが明らかとなり、結果として十分にエステル化反応を進行させることができなかった。この結果から、TAのエステル化に用いるリパーゼとして、Candida rugosa由来のリパーゼが適していることが明らかとなった。
【0037】
〔実施例4:PSの選択的エステル化反応に適した酵素の検討〕
10mL容バイアル瓶にPS/TA混合物0.75gおよびオレイン酸1.25g(モル比1:5)を加えた後、以下の各酵素水溶液を2mL添加した。30℃で24時間反応し、反応液をHPLCで分析した。酵素には、リパーゼSL(Pseudomonas cepacia、名糖産業)、リパーゼTL(Pseudomonas stutzeri、名糖産業)、リパーゼG「アマノ」50(Penicillium camembertii、アマノエンザイム)、リパーゼ(Candida rugosa、SIGMA、Type VII、製品番号L-1754-100G)およびリパーゼOF(Candida rugosa、名糖産業)の5種類を使用した。酵素量は、リパーゼSLおよびリパーゼ(Candida rugosa、SIGMA、Type VII、製品番号L-1754-100G)が20U、50U、100U、200U、500U、1000Uおよび2000Uの7段階、リパーゼTLが50U、100U、200U、500U、1000Uおよび2000Uの6段階、リパーゼG「アマノ」50およびリパーゼOFが100U、200U、500U、1000Uおよび2000Uの5段階とした。
【0038】
表1に用いた各酵素のPS選択率を示した。PS選択率は以下の式で求めた。
(PS選択率)=(PSエステル量)/[(PSエステル量)+(TAエステル量)]
表1から明らかなように、リパーゼG「アマノ」50とリパーゼOFは、100U〜2000Uのいずれの酵素量においてもPS選択率が1であった。リパーゼSLは酵素量2000UまでPS選択率が1に近く、高いPS選択性を示した。リパーゼTLもリパーゼSLにはやや劣るものの高いPS選択性を示した。一方、リパーゼ(Candida rugosa、Type VII、製品番号、L-1754-100G)は酵素量の増加に伴いPS選択率が低下した。この結果から、PSエステルの選択的合成には、Penicillium camembertii由来のリパーゼ(リパーゼG「アマノ」50)、Pseudomonas cepacia由来のリパーゼ(リパーゼSL)およびPseudomonas stutzeri由来のリパーゼ(リパーゼTL)およびCandida rugosa由来のリパーゼ(リパーゼOF)が適していることが示された。一方、Candida rugosa由来のリパーゼの場合、メーカーや成分によってはPSの選択率合成に適さないものがあることが判明した。
【0039】
したがって、PS選択性の高い酵素を用いれば、PS/TA混合物からPSエステルを選択的に酵素合成し、PSエステルを結晶化等により分離し、未反応のTAを蒸留等により取得することが可能となる。さらに、取得したTAをリパーゼによりエステル化し、PSエステルが混在していないTAエステルの製造が可能となる。
【0040】
【表1】
【0041】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。