(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5917646
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月18日
(54)【発明の名称】摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/64 20060101AFI20160428BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20160428BHJP
B23K 26/00 20140101ALI20160428BHJP
B23K 26/352 20140101ALI20160428BHJP
【FI】
F16C33/64
F16C33/32
B23K26/00 N
B23K26/352
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-203086(P2014-203086)
(22)【出願日】2014年10月1日
(65)【公開番号】特開2016-70454(P2016-70454A)
(43)【公開日】2016年5月9日
【審査請求日】2014年10月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000110859
【氏名又は名称】キヤノンマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100148987
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 礼子
(72)【発明者】
【氏名】沢田 博司
【審査官】
小川 克久
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−108901(JP,A)
【文献】
特開2009−121659(JP,A)
【文献】
特開2013−160338(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00−19/56
F16C 33/30−33/66
B23K 26/00−26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
凸状曲面の摺動面を有する第1部材と、この第1部材の摺動面に対して相対的に摺動する摺動面を有する第2部材とを備えた摺動部材の製造方法であって、前記第1部材の摺動面に、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造を形成する周期構造形成工程と、前記第2部材の摺動面を、第1部材の摺動面より表面硬度を高く鏡面仕上げする鏡面仕上工程と、第1部材の摺動面と第2部材の摺動面とを潤滑下で相対的に摺動させて、前記周期構造を犠牲層として摩滅させる摩耗工程とを備えたことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記第1部材の摺動面のグレーティング状凹凸の周期構造は摺動痕周縁に残存しており、摺動方向に直交する周期構造残存寸法が摺動方向に直交する摺動痕寸法の2倍以上とすることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記グレーティング状凹凸の周期構造が摺動方向に直交することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記第1部材の摺動面の曲率半径の絶対値が前記第2部材の摺動面の曲率半径の絶対値以下とすることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項5】
前記第1部材の基材表面に形成する周期構造は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバーラップさせながら走査して、自己組織的に形成することを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項6】
凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造を有する第1部材のこの周期構造の凹凸高低差を50nm以上500nm以下とし、かつこの周期構造の周期ピッチを10μm以下とすることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、
摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受では、軌道面やこの軌道面を転動する転動体(ボール)は、例えば、重荷重が作用する環境下や急加速を伴う環境下で使用されると、その接触面に焼き付きやスメアリングといった損傷が発生することがあった。そこで、転動体と軌道面との間に潤滑剤を膜状に介在させて、つまり油膜形成を行って、互いに摺動する二面間の摩擦を低減させるようにしている。
【0003】
そして、従来には、油膜形成能力を向上させるために、軌道面に、凹条溝を周期的に形成されたものが提案されている(特許文献1)。すなわち、
図14に示すように、転動体としてのボール50が転動する軌道面51に、ボール50の走行方向と直交する方向に沿って、微細な凹条溝を所定ピッチで複数形成することによって、周期構造52を設けていた。
【0004】
この場合、ボール50は軌道面51の幅方向中央(底部)において、接触楕円53で示す範囲で接触することになる。そして、ボール50が軌道面51に沿って転がり摺動した場合、接触楕円53が周期構造52の凹条溝が延びる方向に直交する符号54で示す領域が、球体50が軌道面51に接触しつつ通過する接触通過領域となる。
【0005】
接触通過領域54の両側では、転がり摺動するボール50と軌道面51の間に滑りが生じ、この滑りによって、転がり摺動方向と直交する方向に延びた凹条溝内の潤滑油に動圧が発生する。そして、潤滑油はその滑りによる動圧の影響を受けて、軌道面の凹条溝相互間の凸条部とボール50との間に引き込まれる。これにより、接触通過領域54の両側において、潤滑油を軌道面(詳しくは、凹条溝相互間の凸条部)と球体との間に介在させることができ、油膜を形成することができる。
【0006】
一方、接触通過領域54では、球体は純転がりし、球体と軌道面の間に滑りはほとんど生じないため、接触通過領域54の凹条溝内の潤滑油に、滑りによる動圧は発生しにくい。従って、接触通過領域54では、凹条溝を形成しても、上記のような滑りによる油膜形成作用を得ることができない。また、接触通過領域では、球体が転がり摺動することにより接触通過領域54に引き込まれた潤滑油が凹条溝に沿って流出する。これらの理由により、接触通過領域54においては、凹条溝を形成することによって、摩擦力が増大すると考えられるので、軌道面全体としての摩擦低減作用を効果的に得られない問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−321048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、従来では、
図15に示すように、接触通過領域54に周期構造52を設けないものが提案されている。すなわち、軌道面において、接触通過領域54以外に周期構造52が形成されているので、動圧の発生が促進される油膜を形成することができる。しかも、接触通過領域54には、周期構造52が形成されていないので、潤滑油の外部への流出を防止でき、油膜形成を維持できる。このため、
図15に示すような構成とすることによって、軌道面全体において良好な摩擦低減作用が発揮される。
【0009】
このように、接触通過領域(ヘルツ接触域)が一定なものに対しては、極めて優れた摩擦低減作用が発揮することができる。ところが、一般的な摺動部材では、負荷される荷重、摺動部材の材質、又は摺動部材の形状等の摺動条件や摺動部材の取付位置のバラツキ等によって、ヘルツ接触域が変動することになる。このため、摺動条件によっては、摩擦低減作用を発揮することができないおそれがある。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みて、ヘルツ接触域の変動に影響されることなく、摺動面同士の高精度の位置合わせを行うことなく、良好な摩擦低減作用を安定して発揮することができ
る摺動部材の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の摺動部材の製造方法は、凸状曲面の摺動面を有する第1部材と、この第1部材の摺動面に対して相対的に摺動する摺動面を有する第2部材とを備えた摺動部材の製造方法であって、前記第1部材の摺動面に、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造を形成する周期構造形成工程と、前記第2部材の摺動面を、第1部材の摺動面より表面硬度を高く鏡面仕上げする鏡面仕上工程と、第1部材の摺動面と第2部材の摺動面とを潤滑下で相対的に摺動させて、前記周期構造を犠牲層として摩滅させる摩耗工程とを備えたものである。
【0012】
本発明の摺動部材の製造方法によれば、連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造を第2部材より硬度が低い第1部材に設けているため、摺動時に周期構造先端が選択的に摩耗し、なじみが進行する。この際、第1部材から微細な摩耗粉が発生するが、周期構造によって摩耗粉の噛み込みが防止される。また、周期構造に保持された潤滑剤が速やかに新生面に作用するため、少ない擾乱で摺動痕の周期構造を摩滅することができる。
【0013】
前記第1部材の摺動面のグレーティング状凹凸の周期構造は摺動痕周縁に残存しており、摺動方向に直交する周期構造残存寸法が摺動方向に直交する摺動痕寸法の2倍以上とするのが好ましい。
【0014】
前記グレーティング状凹凸の周期構造が摺動方向に直交するものが好ましい。また、前記第1部材の摺動面の曲率半径の絶対値が前記第2部材の摺動面の曲率半径の絶対値以下とすることができる。
【0015】
前記第1部材の基材表面に形成する周期構造は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバーラップさせながら走査して、自己組織的に形成するのが好ましい。
【0016】
また、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造を有する第1部材
のこの周期構造の凹凸高低差を50nm以上500nm以下と
し、かつこの周期構造の周期ピッチを10μm以下
とするのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、負荷される荷重、摺動部材の材質、又は摺動部材の形状等の摺動条件や摺動部材の取付位置のバラツキ等によらずに、ヘルツ接触域周縁部に周期構造を形成することができる。このため、高精度な位置決めを行うことなくヘルツ接触域周縁部に周期構造を配した低摩擦摺動面を形成することができる。すなわち、本発明では、摺動条件に限定されることなく、かつ高精度な位置決めを行うことなく良好な摩擦低減作用を発揮することができるものであって、部分的な固体接触と弾性流体潤滑が混在する部分において低摩擦となる摺動部材を提供できる。
【0018】
摺動方向に直交する周期構造残存寸法が摺動方向に直交する摺動痕寸法の2倍以上とするものでは、ヘルツ接触域周縁部に残存した周期構造による油膜増加効果を効率的に得ることができる。
【0019】
第1部材に設けられたグレーティング状凹凸の周期構造が摺動方向に直交するものでは、潤滑剤を保持した凹部が断続的に第2部材の摺動面を通過するため、油膜切れが防止され、少ない擾乱で摺動痕の周期構造を摩滅することができる。
【0020】
第1部材の曲率半径の絶対値が第2部材の曲率半径の絶対値以下であれば、ヘルツ接触域周縁部に残存した周期構造による油膜増加効果を効率的に得ることができる。なお、第2部材の摺動面形状は平面または凹状曲面であることができる。
【0021】
加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバーラップさせながら走査して、自己組織的に形成することで、機械加工では困難なサブミクロンの周期ピッチと凹凸深さをもつ周期構造を容易に得ることができる。
【0022】
グレーティング状凹凸の周期構造を有する第1部材
のこの周期構造の凹凸高低差を50nm以上500nm以下と
し、かつこの周期構造の周期ピッチが10μm以下とすることで、周期構造による摩耗粉の噛み込み防止および周期構造に保持された潤滑剤が速やかに新生面に作用するため、少ない擾乱で摺動痕の周期構造を摩滅することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の実施形態を示す摺動部材の製造方法の工程を示す簡略ブロック図である。
【
図2】本発明の実施形態を示す摺動部材の製造方法の斜視図である。
【
図3】第1部材の摺動面を示し、(a)は周期構造の拡大平面図であり、(b)は周期構造の断面プロファイル図である。
【
図4】摺動部材の製造方法に用いるレーザ表面加工装置の簡略図である。
【
図5】算術平均粗さの定義を説明するためのグラフ図である。
【
図6】周期構造とヘルツ接触域との関係を示し、(a)は全面に周期構造が存在する場合の簡略図であり、(b)及び(c)は摺動痕周縁に周期構造が残存する場合の簡略図である。
【
図7】第1部材と第2部材との関係を示し、(a)は第2部材の摺動面の曲率半径が無限大であるときの簡略図であり、(b)は第1部材の摺動面の曲率半径の絶対値が第2部材の摺動面の曲率半径の絶対値よりも小さいときの簡略図であり、(c)は第1部材の摺動面の曲率半径の絶対値が第2部材の摺動面の曲率半径の絶対値よりも小さいときの簡略図であり、(d)は第1部材の摺動面の曲率半径の絶対値と第2部材の摺動面の曲率半径の絶対値とが同一であるときの簡略図である。
【
図8】第2部材の鏡面仕上げした摺動面に対して第1部材の周期構造を往復動させた際の往復動回数と摩擦係数との関係を示すグラフ図である。
【
図9】第2部材の鏡面仕上げした摺動面に対して第1部材を10000往復動させた際の第1部材(ボール)の摺動痕を示し、(a)は未加工ボールの写真図であり、(b)は周期構造が形成されたボールを周期構造と直交方向に摺動させたときの写真図であり、(c)は周期構造が形成されたボールを周期構造と平行方向に摺動させたときの写真図である。
【
図10】第2部材の鏡面仕上げした摺動面に対してボールを周期構造と平行方向に10000往復動させた際の第1部材(ボール)の摺動面の3D画像図である。
【
図11】第2部材の鏡面仕上げした摺動面に対してボールを周期構造と平行方向に10000往復動させた際の第1部材(ボール)の摺動面のプロファイル図である。
【
図12】第2部材の鏡面仕上げした摺動面に対してボールを10000往復動させた際の第2部材の摺動面を示し、(a)は未加工ボールを摺動させた際の摺動面のプロファイル図であり、(b)は周期構造が形成されたボールを周期構造と直交方向に摺動させたときの摺動面のプロファイル図であり、(c)は周期構造が形成されたボールを周期構造と平行方向に摺動させたときのプロファイル図である。
【
図13】サテライト状油膜と摺動痕との関係を示し、(a)及び(b)は油膜厚さ分布図であり、(c)は周期構造が形成されたボールを周期構造と平行方向に摺動させたときの写真図である。
【
図14】従来の転がり軸受を示し、(a)はボールと軌道面との関係を示す要部簡略断面図であり、(b)は軌道面に形成される周期構造とボールとの関係を示す簡略展開図である。
【
図15】接触通過領域に周期構造を設けていない軌道面とボールとの関係を示す簡略展開図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下本発明の実施の形態を
図1〜
図13に基づいて説明する。
【0025】
図1は本発明に係る摺動部材の製造方法を示すブロック図を示し、この製造方法は、周期構造形成工程P1と鏡面仕上工程P2と摩耗工程P3とを備える。周期構造形成工程P1は、
図3に示すように、第1部材1の摺動面1aにグレーティング状凹凸の周期構造3を形成するものであり、鏡面仕上工程P2は第2部材2の摺動面2aを鏡面仕上げする工程であり、摩耗工程P3は、第1部材1の摺動面1aと第2部材2の摺動面2aとを相対的に摺動させて、周期構造3を犠牲層として摩滅させるものである。
【0026】
図2は、往復式ボールオンプレート試験機の模式図を示し、この図例では、第1部材1は球体で構成し、第2部材2としては平板体で構成した。また、第1部材1は、SUJ2(高炭素クロム軸受鋼鋼材)等の金属製であり、第2部材2は、SUS440C(マルテンサイト系ステンレス)等の金属製である。
【0027】
周期構造形成工程P1は、
図4に示すように、レーザ発生器11と光学系10とを備え
たレーザ表面加工装置を使用して形成する。このレーザ表面加工装置では、レーザ発生器
11は、ミラー12により加工材料Wに向けて折り返され、メカニカルシャッタ13に導
かれる。レーザ照射時はメカニカルシャッタ13を開放し、レーザ照射強度は1/2波長
板14と偏光ビームスプリッタ16によって調整可能とし、1/2波長板15によって偏
光方向を調整し、集光レンズ17によって、XYθステージ19上の加工材料W表面に集
光照射することになる。
【0028】
周期構造形成工程P1では、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバーラップさせながら走査して、自己組織的に形成している。すなわち、アブレーション閾値近傍のフルエンスで直線偏光のレーザをワーク(加工材料)Wに照射した場合、入射光と加工材料Wの表面に沿った散乱光またはプラズマ波の干渉により、レーザ波長と同程度の周期間隔で、エネルギー分布にわずかな粗密が生じる。一般的な加工方法ではレーザ照射面全体が加工されるが、加工閾値近傍のエネルギー密度でレーザ照射することで、高エネルギー部分を選択的に加工することができる。その結果、1光軸のレーザ照射でありながら、グレーティング状の周期構造が形成される。このとき、加工に用いるレーザのパルス幅が長くなるほど熱影響や加工蒸散物との相互作用によるレーザの散乱によって周期構造に乱れが生じることになる。
【0029】
この実施形態では、前記第2部材2の表面に、成膜工程にて非晶質炭素膜(DLC膜)が形成され、この表面が摺動面2aを構成する。成膜工程は、例えば、プラズマイオン注入法を採用することができる。プラズマイオン注入法は、高真空中でのプラズマプロセスであるイオン化蒸着により成膜する方法である。すなわち、真空チャンバ中にトルエンガスや他の炭化水素ガスが導入され直流アーク放電プラズマ中で炭化水素イオンが励起されたラジカルが生成される。このため、炭化水素イオンは直流の負電圧にバイアスされた基板(コーティングされる部材)にバイアス電圧に応じたエネルギーで衝突し固体化し成膜する。成膜工程にて形成された非晶質炭素膜(DLC膜)の厚さとしては、例えば、1μm程度とする。これによって、第2部材2の摺動面2aを、第1部材1の摺動面1aより表面硬度を高くする。
【0030】
鏡面仕上工程P2の鏡面仕上げとしては、光に対して、表面の散乱、局部屈折のバラツキが少なく、光学的に機能する面に仕上げる研磨(光学研磨)を行うことになる。この場合、算術平均粗さRaが10nm以下となるのが好ましい。この鏡面仕上工程P2は研磨工程であって、この研磨工程は、公知公用の既存の研磨装置にて行うことができ、第2部材2の使用する材質、形状、及び目標とする算術平均粗さRaに応じて種々の研磨装置を選択することができる。
【0031】
算術平均粗さRaは、
図5に示すように、粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけを抜き取り、この抜取り部分の平均線mの方向にX軸を、縦倍率の方向にY軸を取り、粗さ曲線をy=f(x)で表したときに、次の数1の式によって求められる値をマイクロメートル(μm)またはナノメートル(nm)で表したものをいう。
【数1】
【0032】
グレーティング状凹凸の周期構造3は、
図3(b)に示すように、連続的に高さが変化するものである。周期構造3の凹凸の高低差、つまり、凹部5(
図3(a)参照)の底部から凸部6(
図3(a)参照)の頂点までの高さが50nm以上500nm以下とするのが好ましい。また、周期構造3の周期ピッチを10μm以下とするのが好ましい。
【0033】
摩耗工程P3において、第1部材1の摺動面1aと第2部材2の摺動面2aとを相対的に摺動させれば、連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造3を第1部材1に設けているため、摺動時に周期構造先端が選択的に摩耗し、なじみが進行する。この際、第1部材1から微細な摩耗粉が発生するが、周期構造3によって摩耗粉の噛み込みが防止される。また、周期構造3に保持された潤滑剤が速やかに新生面に作用するため、少ない擾乱で摺動痕の周期構造3を摩滅することができる。すなわち、本発明では、摺動条件に限定されることなく、かつ高精度な位置決めを行うことなく良好な摩擦低減作用を発揮することができるものであって、部分的な固体接触と弾性流体潤滑が混在する部分において低摩擦となる摺動部材を提供できる。
【0034】
弾性流体潤滑(EHL)下において、ボール試験片のヘルツ接触域に鏡面部を残し、ヘルツ接触域周縁部に周期構造を配置することで油膜厚さが増加することが報告されているが、本発明の摺動部材の製造方法では、高精度な位置決めをすることなくヘルツ接触域周縁部に周期構造を配置した低摩擦摺動面を自己形成することができる。
【0035】
ところで、摩耗工程P3を行うことによって、第1部材1の周期構造3は、
図6(a)に示すように、ヘルツ接触部20により摺動痕部(ヘルツ接触域)21が形成される。第1部材1が回転しない場合、
図6(b)に示すように、摺動痕部の周期構造は摩滅し、摺動痕周縁には周期構造3が残存する。また、第1部材1が軸心廻りに回転する場合、
図6(c)に示すように、摺動痕周縁に周期構造が残存する。このとき、摺動方向に直交する周期構造残存寸法が摺動方向に直交する摺動痕寸法の2倍以上とするのが好ましい。このように、摺動方向に直交する周期構造残存寸法が摺動方向に直交する摺動痕寸法の2倍以上とするものでは、ヘルツ接触域周縁部に残存した周期構造3による油膜増加効果を効率的に得ることができる。摺動方向に直交する周期構造残存寸法が摺動方向に直交する摺動痕寸法の2倍未満では、ヘルツ接触域周縁部に残存した周期構造3による油膜増加効果による摩耗低減作用を効果的に得ることができない。
【0036】
また、前記摩耗工程P3において、摺動方向としては、周期構造3と直交する方向であっても、周期構造3と平行する方向であってもよい。なお、周期構造3と直交する方向とは、周期構造3の各凹部5の長手方向に直交する方向であり、周期構造3と平行する方向とは、周期構造3の各凹部5の長手方向に平行する方向である。
【0037】
摺動方向としては、周期構造3と直交する方向であれば、潤滑剤を保持した凹部5が断続的に第2部材2の摺動面2aを通過するため、油膜切れが防止され、少ない擾乱で摺動痕の周期構造3を摩滅することができる。
【0038】
また、前記実施形態では、第1部材1を球体(ボール)にて構成し、第2部材2として平板体にて構成していた。このため、
図7(a)に示すように第2部材2の曲率半径は無限大(∞)となっていた。しかしながら、
図7(b)(c)に示すように、第1部材1の摺動面1aの曲率半径r1の絶対値が第2部材2の摺動面2aの曲率半径r2の絶対値よりも小さくても、
図7(d)に示すように、曲率半径r1の絶対値と第2部材2の曲率半径r2の絶対値とが同一であってもよい。なお、
図7(b)では、第2部材2の摺動面2aが凸曲面であり、
図7(c)では、第2部材2の摺動面2aが凹曲面である。このため、
図7(b)では、曲率半径r2が+となり、
図7(c)では、曲率半径r2が−となる。また、
図7(c)に示すように、2部材2の摺動面2aが凹曲面である場合、曲率半径r1の絶対値と第2部材2の曲率半径r2の絶対値とが同一となれば、摺動面同士が密着して、相対的は摺動ができず、好ましくない。
【0039】
第1部材1の摺動面1aの曲率半径の絶対値が第2部材2の摺動面2aの曲率半径の絶対値以下であれば、ヘルツ接触域周縁部に残存した周期構造による油膜増加効果を効率的に得ることができる。
【0040】
また、グレーティング状凹凸の周期構造3を有する第1部材1の凹凸が50nm以上500nm以下かつ周期ピッチが10μm以下とすることで、周期構造3による摩耗粉の噛み込み防止および周期構造3に保持された潤滑剤が速やかに新生面に作用するため、少ない擾乱で摺動痕の周期構造3を摩滅することができる。
【0041】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、前記実施形態では、第1部材1を球体にて構成したが、周期構造3は形成される摺動面1aが凸曲面状であればよく、円柱状、円錐体乃至円錐台状等であってもよい。また、第1部材1が回転しない、または、カムのようにその軸心廻りに第2部材2の摺動面2aに摺動するように回転するものであってもよい。
【0042】
周期構造形成工程に使用するレーザとしては、フェムト秒レーザ、ピコ秒レーザ、及びナノ秒レーザといったパルスレーザを使用することができる。また、摩耗工程P3において、第1部材1側を固定して第2部材2を第1部材1に対して摺動させても、逆に、第2部材2側を固定して第1部材1を第2部材2に対して摺動させても、第1部材1と第2部材2とを摺動させてもよい。
【0043】
また、摺動方向として、周期構造3の配向方向に対して、平行方向であっても、直交方向であっても、さらには、所定角度(例えば、45度程度)に傾斜したものであってもよい。また、摺動方向として直線状ではなく、円形や楕円形状であってもよい。摺動時の荷重、摺動ストローク、往復周波数等も任意に設定できる。
【0044】
ところで、DLCコーティングの処理には、化学蒸着(CVD、Chemical Vapor Deposition)法および物理蒸着(PVD、Physical Vapor Deposition)法によるプラズマ技術等がある。このため、本発明では、プラズマCVD法、イオン化蒸着法、スパッタ法、アークイオンプレーティング法の従来からある種々の方法で、非晶質炭素膜を形成することができる。
【0045】
また、前記実施形態では、第2部材2として、DLC層を設けたていたが、このように被膜を設けないものであってもよい。すなわち、連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造3を第2部材2の摺動面2aより硬度が低く、周期構造3が形成された摺動面1aを、第2部材2の摺動面2aに対して相対的に摺動させた際に、周期構造先端が選択的に摩耗し、なじみが進行するものであればよい。
【実施例1】
【0046】
第1部材1としてのボール試験片の広範囲に周期構造3を形成し、固体接触により周期構造3を摩滅させることで、ヘルツ接触域周縁部に周期構造3を配置した摺動面1aを自己形成するとともに、その摩擦特性を調査した。
【0047】
前記
図2はこの実施例に用いた往復式ボールオンプレート試験機の模式図である。光学研磨したSUS440c基板(Ra2nm)にプラズマイオン注入法でa―C:HのDLC膜を成膜したものをプレート試験片(第2部材2)とし、DLCの膜厚は1μmとした。ボール試験片は直径6.35mmのSUJ2ボール(Ra8nm)とした。ボール試験片(第1部材1)にはフェムト秒レーザを加工閾値近傍のエネルギー密度で照射し、グレーティング状の周期構造(ピッチ約700nm、深さ約200nm)3を形成した。摺動方向は、周期構造3の配向方向に対して直交(周期直交SUJ2)および平行(周期平行SUJ2)の2方向とした。比較のため、未加工のボール試験片(未加工SUJ2)も用いた。摺動条件は荷重5N、ストローク20mm、往復周波数0.5Hzとし、10000往復までの摺動抵抗をロードセルにより測定した。なお、潤滑剤にはPAO6を使用した。
【0048】
PAO6潤滑下での各種SUJ2ボールの摩擦係数を
図8に示す。全てのSUJ2ボールで安定した摩擦係数となったが、周期直交SUJ2が最も低摩擦となった。
図9に光学鏡面DLCに10000往復させた各種SUJ2ボールの摺動痕写真を示す。この
図9から分かるように、未加工SUJ2は摺動痕が最も大きく、接触部が平坦化していた。一方、周期直交SUJ2と周期平行SUJ2の摺動痕内には、摩耗の少ない3つの島状領域(
図9(b)及び
図9(c)の摺動痕内暗部)が形成された。
【0049】
図10に周期平行SUJ2摺動痕の3D画像を示す。摺動痕中央部の周期構造は消滅していたが、ほぼ球面を維持しており、島状領域間には幅10μm程度の溝が認められた。この溝深さは周期直交SUJ2で約350nm、周期平行SUJ2で約600nmであった。DLC層側にはほとんどダメージがなかったため、ボールの摺動痕形状は弾性変形形状を反映していると考えられる。
【0050】
周期構造を有するボールを使用した固体接触を伴わないEHL試験では、油膜厚さの増加や通常の馬蹄形のEHL油膜を挟み込むようにサテライト状の油膜が形成されることが報告されている。
図11に示すように、サテライト状油膜と周期構造を有するSUJ2ボールの摺動痕はよく似た形状になっている。摺動痕における摩耗の少ない3つの島状領域は、馬蹄形内のEHL油膜とサテライト状の油膜によって形成された可能性が高い。島状領域間の溝は、往復摺動時に馬蹄形薄膜部が接触することによって形成されたものと推察できる。周期直交SUJ2の低摩擦化はEHL油膜厚さの増加効果と接触部のなじみを含む摩擦低減効果が主要因であると考えられる。
【符号の説明】
【0051】
1 第1部材
1a 摺動面
2 第2部材
2a 摺動面
3 周期構造
P1 周期構造形成工程
P2 鏡面仕上工程
P3 摩耗工程