【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 平成21年度シーズ発掘試験 A(発掘型)研究概要一覧(近畿)のNo.1202 「歯の硬組織再生を促す極薄アパタイトシートの開発」
【文献】
橋本典也 他,ヒト間葉系幹細胞とハイドロキシアパタイトシートを組合わせた新規骨再生誘導メンブレンの開発,第7回日本再生歯科医学会学術大会, 再生歯誌,2009年,Vol.7, No.1,p.82, P06
【文献】
戸田麻奈美 他,骨再生誘導を目指した新規生体セラミック膜の作製,Journal of the Ceramic Society of Japan,2006年,Vol.114, No.10,pp.799-801
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記積層において、前記複数の生体親和性セラミックス膜のうち相対的に結晶性の低い生体親和性セラミックス膜が硬組織に近い側に配置されている、請求項2に記載の硬組織再生材料。
第1の生体親和性セラミックス膜、第1の生体親和性セラミックス膜よりも結晶性の高い第2の生体親和性セラミックス膜及び第2の生体親和性セラミックス膜よりも結晶性の高い第3の生体親和性セラミックス膜が積層されており、第2の生体親和性セラミックス膜が第1の生体親和性セラミックス膜と第3の生体親和性セラミックス膜との間に配置されているものである、請求項3に記載の硬組織再生材料。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.硬組織再生材料
この発明の硬組織再生材料は、例えば、特許文献4に記載の製造方法とほぼ同様の方法により製造することができる。具体的には、硬組織再生材料は、成膜工程、除去工程(溶解工程)などの複数の工程を含む製造方法により製造できる。そこで、これらの詳細について以下に説明する。
【0021】
(1)成膜工程
成膜工程は、生体親和性セラミックス膜を、生体親和性セラミックス膜の形状が維持できる環境下において除去可能な部分を含む基材上に、成膜する工程である。
【0022】
1)基材
この工程に使用する基材は、例えば、特許文献4に記載されているような、生体親和性セラミックス膜を溶解しない溶媒に溶解する部分を含む材料からなるものが挙げられる。具体的には、塩化ナトリウム、塩化カリウム等のハロゲン化アルカリ金属や非晶質酸化マグネシウムなどの水溶性無機塩、水溶性無機塩やグリシンをはじめとするアミノ酸結晶等の水溶性有機物、又は有機溶媒に溶解する樹脂、ワックスなどの素材を成形したもの、ナフタレンなどの芳香族系材料が挙げられる。これらの中でも、大きい生体親和性セラミックス膜を製造しやすいこと、安価であることから、樹脂、歯科用ワックス等が好ましい。
【0023】
この他にも、基材として、例えば、紫外線の照射や加熱によって分解する樹脂、リンやヨウ素のように加熱により昇華する材料、ロウのように加熱により融解、燃焼する材料など、生体親和性セラミックス膜の形状が維持できる環境下で除去可能な材料からなるものであれば、特に限定することなく使用できる。
【0024】
なお、基材の形状は、特に限定されることなく、板状、半球状や筒状など、製造する硬組織再製材料の形状に合わせた任意の形状でよい。中でも、治療される歯冠の形状に合わせたクラウン形状、ブリッジ形状などが好ましい。
【0025】
また、基材は、単一の材料ではなく異なる複数の材料から構成されていてもよい。例えば、基材が生体親和性セラミックスを溶解しない溶媒に溶解する素材のみではなく、溶媒に溶解する材料からなる部分と、例えば、ガラス板や鋼板等の溶媒に溶解しない材料からなる部分とを備えた基材であってもよい。
【0026】
溶媒に溶解しない材料を一部使用した基材を使用することによって、生体親和性透明セラミックス膜を製造するたびに基材を全て作り直す必要がなくなり、硬組織再生材料をより安価に製作することができる。
【0027】
また、溶媒に溶解しない材料からなる板の上面に、溶媒に溶解する材料からなる突起物を一定のパターンで設けた基材を使用すれば、貫通孔の開いた硬組織再生材料を製造することができる。例えば、欠損部位に近い位置に貫通孔を有する硬組織再生材料を製造し、貫通孔に薬剤などを含浸させてから貼付けることにより、硬組織表面の修復と硬組織の周囲の治療とが並行して行える。
【0028】
このような基材は、溶媒に溶解しないガラス板や鋼板等の上に、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、イオンビーム蒸着法、電子ビーム蒸着法、真空蒸着法、分子線エピタクシー法、化学的気相成長法などを用いて溶媒に溶解する材料を被覆すること、溶媒に溶解する材料を溶かした液体をスプレーなどによって噴霧したのち乾燥させること等によって製造することができる。
【0029】
2)生体親和性セラミックス
生体親和性セラミックスは、アパタイト、その原材料及びそれを含む混合物のことである。ここで、アパタイトとはM
10(ZO
n)
6X
2の組成を持った鉱物群であり、式中のMは、例えばCa、Na、Mg、Ba、K、Zn、Alを意味し、ZO
nは例えばPO
4、SO
4、CO
3を意味し、Xは例えばOH、F、O、CO
3を意味する。アパタイトは、例えばHAp、FAp、炭酸アパタイト、及び元素置換アパタイトであればよい。中でも、生体親和性の高いHApや耐酸性に優れ歯科用途に向いているFApがより好ましい。また、アパタイトの原料(前駆体)としては、Ca
2+とPO
43-を含むアパタイト前駆体、例えば、MCPM、DCPD、α−TCP、β-TCP、TTCP、OCPを例示することができ、アパタイトを含む混合物としては牛等の骨から採取した生体アパタイト(以下、BApと省略する。)を例示することができる。
【0030】
3)成膜
成膜は、レーザーアブレーション法、例えばスパッタリング法、イオンビーム蒸着法、電子ビーム蒸着法、真空蒸着法、分子線エピタクシー法、化学的気相成長法等の公知の成膜装置を使用する成膜方法であれば限定なく使用できる。中でも、効率よく均質な膜が得られることから、レーザーアブレーション法が好ましい。
【0031】
レーザーアブレーション法は、例えば次のような手順で行なう。まず、上記基材をレーザーアブレーション装置に入れ、排気し、水蒸気含有ガス又は炭酸ガス含有ガスを装置内に導入する。つぎに、ArFエキシマレーザー発生装置等のレーザー発生装置、ミラー、レンズ等からなるレーザー光源から発生したレーザー光線をターゲットに照射する。これによって、ターゲットを構成する生体親和性セラミックスが分解して原子、イオン、クラスター等が放出され、基材のターゲット側を生体親和性セラミックス膜によって被覆する。
【0032】
ここで、ターゲットとしては、生体親和性セラミックスの粉末を金型で加工成形したものを使用する。また、水蒸気含有ガスとしては、水蒸気、酸素−水蒸気混合ガス、アルゴン−水蒸気混合ガス、ヘリウム−水蒸気混合ガス、窒素−水蒸気混合ガス、空気−水蒸気混合ガス等が、炭酸ガス含有ガスとしては、炭酸ガス、酸素−水蒸気・炭酸ガス混合ガス、アルゴン−水蒸気・炭酸ガス混合ガス、ヘリウム−水蒸気・炭酸ガス混合ガス、窒素−水蒸気・炭酸ガス混合ガス、空気−水蒸気・炭酸ガス混合ガス等を単独で又は組み合わせて使用できる。
【0033】
なお、生体親和性セラミックス膜が可撓性及び柔軟性を有し、かつ、一定の強度を維持するため、生体親和性セラミックス膜の厚さは、1〜100μm、好ましくは4〜50μmである。そのため、レーザーアブレーション法等により、生体親和性セラミックス膜を成膜する際の各種条件、例えば基材温度や雰囲気ガスのガス圧等は、レーザーアブレーション装置等の構成や特性を考慮して、前記生体親和性透明膜の厚さの範囲に収まるように調製する必要がある。
【0034】
(2)除去工程
除去工程は、生体親和性セラミックス膜の形状が維持できる環境下で、生体親和性セラミックス膜が成膜された基材から基材を除去して、生体親和性セラミックス膜を得る工程である。具体的には、特許文献4に記載のように、生体親和性セラミックス膜が成膜された基材を溶媒に浸漬する方法が例示できる。
【0035】
この際に使用する溶媒としては、生体親和性セラミックス膜を溶解せず、少なくとも基材の生体親和性セラミックス膜と接する部分を溶解する液体であれば、水系溶媒、有機溶媒、極性溶媒、非性溶媒など特に限定することなく使用できる。水系溶媒の場合には、純水、細胞培養用緩衝液、細胞培養用液体培地等がより好ましい。また、有機溶媒の場合は、揮発性で生体セラミックス膜に残らないアセトン、ヘキサン、アルコール類等が好ましい。なお、溶解時間や溶媒の温度などは基材の材質や厚さなどに応じて任意に調節すればよい。また、基材の材質に応じて複数の溶媒を組み合わせてもよい。
【0036】
また、紫外線照射や加熱によって分解、昇華、融解、燃焼などする材料からなる基材を使用する場合には、紫外線ランプ、加熱炉など公知の装置を使用して、基材を除去する。なお、照射する紫外線の波長や強度、加熱する際の温度や雰囲気等は、生体親和性セラミックス膜の形状が維持できる範囲内で、基材の材質に応じて設定することができる。
【0037】
なお、基材を除去したのち、生体親和性セラミックス膜は、乾燥(乾燥工程)してもよく、熱処理(熱処理工程)してもよい。
【0038】
(3)乾燥工程
乾燥工程は、基材が溶解することによって、基材からから単離した生体親和性セラミックス膜を、ピンセット等により溶媒から取り出して、自然乾燥又は装置乾燥する工程である。これにより、得られた硬組織再生材料の変形や破損を防ぐことができる。
【0039】
(4)熱処理工程
成膜が完了したのち、又は膜の乾燥後に、300〜1200℃の高温の水蒸気含有ガス又は炭酸含有ガス中で熱処理する熱処理工程を追加して、生体親和性セラミックス膜をより結晶化すると、より緻密な硬組織再生材料を得ることができる。
【0040】
上記のようにして得られた硬組織再生材料は、そのままの形状でも、また特定の形状にカットして使用してもよい。特定の形状にカットすることで、硬組織欠損部位により密に補填することができる。
【0041】
また、HAp、FAp、炭酸アパタイト、及び元素置換アパタイトから製造した硬組織再生材料は、生体関連分子を吸着する性質を有する。そのため、各種成長分化因子TGF-β(トランスフォーミング成長因子)、BMP(骨形成タンパク質)、IGF-1(インスリン様成長因子1)、PDGF(血小板由来成長因子)、bFGF(線維芽細胞増殖因子)等の因子を硬組織再生材料に吸着させることができる。そして、こられの各種因子を吸着させた硬組織再生材料を歯牙に貼付することにより、骨、歯の周囲組織を再生することも可能になる。
【0042】
さらに、前記工程で得られた硬組織再生材料は透明である。この硬組織再生材料を、(1)350℃以上の温度で熱処理して膜の結晶性を高めて膜表面の凹凸を大きくし、光を乱反射させる、(2)膜を水熱処理して膜表面の凹凸を大きくし、光を乱反射させる、(3)膜の表面をアパタイトのナノ粒子で被覆し表面の凹凸を大きくし、光を乱反射させる、(4)膜に白色塗料を塗布し、さらにその上部に膜を貼付けサンドイッチ型にするなどにより、白色に加工することができる。これにより、審美性に優れた硬組織再生材料とすることができる。
【0043】
加えて、ターゲットを換えて成膜し、異なる種類の生体親和性セラミックス膜を重ねて硬組織再生材料を製造してもよい。また、生体親和性セラミックス膜の表面にパウダーデポジション、擬似体液法、交互浸漬法、分子プレカーサー法などの公知の方法によって、Ca
2+とPO
43-を含むアパタイト前駆体、例えば、MCPM、DCPD、α−TCP、β-TCP、TTCP、OCP等を、生体親和性セラミックス膜に積層してもよい。これらによって、異なる性質、例えば、強度と硬組織への接着性の両方を向上できる。
【0044】
2.接着方法
この発明の硬組織再生材料は、硬組織欠損部位に貼付け又は巻きつけると、当該部位に強固に接着する。ほぼ不可逆に接着するので、接着剤等がなくても接着できる。
図1は、この発明の硬組織再生材料を歯牙のエナメル質再生のために使用する方法を模式的に示した図である。
図1に示すように、この発明の硬組織再生材料を硬組織欠損部位に貼付するだけで、固着させることができる。
【0045】
これは、硬組織再生材料のHApなどと歯質などの表面が接した場合、分子間力による引力が働き、固着しやすい状態になることが原因であると考えられる。なお、コラーゲンなどの有機質や水分が多く含まれると、この発明の硬組織再生材料は固着しにくく、また固着した後も乾燥による収縮でこの発明の硬組織再生材料に応力が発生し、ひび割れや一部脱離が起こる。そのため、固着に際しては、歯質(エナメル質、象牙質ともに)などの表面に存在する有機物を研磨などで除去する、又は水分量を制御すればよい。
【0046】
なお、この発明の硬組織再生材料は、複数の穴が開いていてもよいし、複数重ねて使用してもよい。これにより、貼付時に使用する貼付液が浸透しやすくなり、欠損部位が深い場合などであっても、十分に補填することができる。硬組織再生材料を複数重ねて使用する場合は、同一種類の硬組織再生材料を重ねてもよく、複数種の硬組織再生材料を重ねてもよい。例えば、結晶性が低く非晶質に近いもの、結晶性が低いもの、結晶性が高いものを硬組織に近い側から重ねることにより、固着性と強度とを両立させることができる。
【0047】
また、硬組織再生材料と硬組織とをさらに強固に固着させるため、例えば、以下の方法が使用できる。
【0048】
(1)脱灰・再石灰化様式を使用する固着
硬組織再生材料を人工唾液や、第一リン酸カルシウム水溶液のように弱酸性のCa
2+とPO
43-を含む溶液を用いて歯質に付着することによって、硬組織再生材料と歯質の界面に一時的な脱灰を起こしたのち、中性若しくはアルカリ性の環境下で過飽和になったCa
2+とPO
43-を歯質に戻して再石灰化を起こし、アパタイト膜と歯質を固着してもよい。アパタイトやリン酸カルシウムなどの無機質しか使用しないので、薬剤や高分子材料などを使用した場合のようなアレルギーの心配が少なく、侵襲を少なくすることができる。
【0049】
(2)高分子材料を使用した接着
現在、歯科治療で用いられている高分子による歯質接着システムを応用し、硬組織再生材料と歯質を固着してもよい。歯質接着システムはワンステップでしかも短時間で接着を完了させることができる。
【0050】
(3)レーザーによるアパタイト溶融を使用する融着
現在、歯科治療において使用されている歯質削除用のレーザーの出力をコントロールし、HApを溶融し、アパタイト膜と歯質を融着してもよい。アパタイトやリン酸カルシウムなどの無機質しか使用しないことから薬剤や高分子材料などを使用した場合と異なり、アレルギーの心配を少なくできる。
【0051】
この発明の硬組織再生材を使用すれば、エナメル質のみならず、象牙質を含む硬組織の再生をすることができる。そのため、この発明の硬組織再生材は、歯表面の微細な凹凸の修復、保護、虫歯予防、歯質強化、美白作用、知覚過敏症の治療などが可能な歯科治療材、歯科審美材、歯科修復・保存材や、骨の欠損や骨折などを治療する医科材料として使用できる。
【0052】
以下、実施例によりこの発明を説明するが、この発明は係る実施例により如何なる意味においても限定されるものではない。
【実施例1】
【0053】
1.硬組織再生材料の性能試験
この発明に係る硬組織再生材料を製造し、歯質への固着状態などについて調べた。その詳細について以下に説明する。
【0054】
(1)硬組織再生材料の製造
レーザーアブレーション(以下、PLDと省略する。)法により、NaCl単結晶からなる基材上にHAp膜を成膜した。具体的には、塩化ナトリウム結晶(10mm×10mm×2.5mm)をPLD装置(近畿大学生物理工学部本津研究室設計、誠南工業株式会社製造)の試料把持装置に把持させ、ArFエキシマレーザー(λ=193nm、パルス幅=20ns)を使用するPLDを18時間行って、厚さ約10μmのHAp膜を成膜した。
【0055】
なお、基材温度は300℃、使用した雰囲気ガスは酸素‐水蒸気の混合ガス、混合ガスのガス圧は0.8mTorrであった。また、膜の原材料となるターゲットには、セルヤードペレット(ペンタックス製、化学量論組成HAp)を使用した。
【0056】
つぎに、NaCl基板を純水中で溶解し、寸法10mm×10mm、膜厚12μmの透明で可撓性のあるHAp膜を回収した。その後、400℃で10時間、酸素−水蒸気雰囲気下で熱処理し、HAp膜を結晶化した。
【0057】
(2)エナメル質再石灰化能の評価実験
抜去ヒト歯を歯根歯冠境界部で切断し、歯冠部をエナメル質、象牙質をそれぞれ露出させたのち、耐水研磨紙#600まで研磨したものを、実験に供した。
図2(2)、
図3(2)に示すように、エナメル質、象牙質各試料中央部に、寸法5mm×5mmに裁断したHAp膜を静置し、人工唾液(サリベート帝人ファーマ製)を噴霧した。その後人工唾液を3日ごとに噴霧し、90日間経過観察を行った(n=3)。90日後、光学顕微鏡を用いてHAp膜の歯質への固着状況を確認した。またエナメル質、象牙質試料をそれぞれレジン包埋したのちロースピードダイヤモンドソーにてHAp膜固着部中央を通るように縦断し、通法により処理したのち、走査型電子顕微鏡を用いて固着部界面を確認した。なお、抜去ヒト歯については、大阪歯科大学医の倫理委員会の承認を得た後に実験に使用した。
【0058】
(3)光学顕微鏡による固着状態の観察結果
図2(1)は、90日後、光学顕微鏡を使用してHAp膜のエナメル質への固着状況を確認した写真である。図中、(a)はHAp膜が固着していない部分を、(b)はHAp膜が固着している部分を示す。この図から、HAp膜が固着していない部分には、研磨痕が観察でき、HAp膜が固着している部分では研磨痕が観察できなかった。このことから、この発明の硬組織再生材料を使用すれば、エナメル質を修復・保護できることが分かった。
【0059】
図3(1)は、90日後、光学顕微鏡を使用したHAp膜の象牙質への固着状況を確認した写真である。図中、(a)はHAp膜が固着していない部分を、(b)はHAp膜が固着している部分を示す。この図から、HAp膜が固着していない部分には、ひび割れ等は観察できず、HAp膜が固着している部分ではひび割れや一部の膜の脱落が見られたが、膜の大部分はしっかりと固着していた。このひび割れは象牙質が30%の有機物と水分を含むために、電子顕微鏡観察時の試料の乾燥処理により生じたものである。このことから、この発明の硬組織再生材料を使用すれば、象牙質を修復・保護できることが分かった。
【0060】
(4)走査型電子顕微鏡による固着状態の観察結果
図4は、90日後、走査型電子顕微鏡を用いてHAp膜のエナメル質への固着状況を確認した写真である。図中の寸法バーに示すように、
図4(a)は、弱拡大(1,500倍)、(b)は強拡大(5,000倍)した写真である。
図4(a)から、エナメル質表面に厚さ約10μmの無構造な膜が固着している像が観察できた。また、強拡大の
図4(b)から、エナメル質表面の凹凸に合わせて固着している部分も認められた。
【0061】
図5は、90日後、走査型電子顕微鏡を用いてHAp膜の象牙質への固着状況を確認した写真である。図中の寸法バーに示すように、
図5(a)は、弱拡大(1,500倍)、(b)は強拡大(5,000倍)した写真である。
図5(a)から、象牙質表面にもエナメル質と同様に厚さ約10μmの無構造な膜が固着している像が観察できた。また、強拡大の
図5(b)から、象牙質表面の象牙細管をふさぐ形で固着している部分も認められた。
【0062】
この実施例から、この発明の硬組織再生材料をエナメル質、象牙質の表面に貼付すれば、エナメル質、象牙質の何れも再生できることが分かった。
【実施例2】
【0063】
2.BAp膜の白色化
BApからなる膜を製造したのち、これを熱処理することよって、BAp膜が白色化することを調べた。その詳細を以下に示す。
【0064】
(1)BAp膜の製造
BAp粉末(株式会社エクセラ製)をプレス成型してバルクターゲットとした。このターゲットにArFエキシマレーザー(λ=193nm、パルス幅=20ns)を6時間照射し、PLD法によりNaCl基板(10×10×3mm)上に、厚さ4μmのBAp膜を成膜した。そののち、純水に浸してNaCl基板のみを溶解し、寸法10mm×10mm、膜厚4μmの透明で可撓性のあるBAp膜を回収した。
【0065】
なお、基材温度は室温、使用した雰囲気ガスは酸素−水蒸気の混合ガス、混合ガスのガス圧は0.8mTorrであった。また、PLD装置は実施例1と同じものを使用した。
【0066】
(2)熱処理
この膜を炭酸ガス中、350℃まで15時間で加熱する条件でポストアニールして結晶化した。
図6は、得られた結晶化BAp膜の外観の写真である。
図7は、得られた結晶化BAp膜のXRDパターンを示す図である。
図7において、XRDの20°付近のブロードなピークは測定時に膜を固定した非晶質SiO
2固定板のピークである。
図6から、得られた結晶化BAp膜は白色化できていることが認められた。また、
図7のXRDの●のピークから、BAp膜が結晶化していることが認められた。このことから、BAp膜の結晶化により白色化できることが分かった。
【実施例3】
【0067】
3.FAp膜の製造
FApはHApに比べて安定であり、耐酸性が向上することが知られている。そこで、FAp膜を製造し、その性質を調べた。
【0068】
(1)硬組織再生材料の製造
FApの粉末(太平化学産業株式会社製)をプレス成型してバルクターゲットとした。このターゲットにArFエキシマレーザー(λ=193nm、パルス幅=20ns)を8時間照射し、PLD法によりNaCl基板(10×10×3mm)上に、FAp膜を4μm堆積させた。
【0069】
なお、基材温度は300℃、使用した雰囲気ガスは酸素−水蒸気の混合ガス、混合ガスのガス圧は0.8mTorrであった。また、PLD装置は実施例1と同じものを使用した。
【0070】
つぎに、NaCl基板を純水中で溶解し、寸法10×10mm、膜厚4μmの透明で可撓性のあるFAp膜を回収した。その後、450℃で10時間、大気中で熱処理し、FAp膜を結晶化した。得られた結晶化FAp膜の外観の写真を
図8に示す。この図から、透明な結晶化FAp膜からなる硬組織再生材料を得ることに成功したことが確認できた。
【0071】
(2)FAp硬組織再生材料の評価
結晶化FAp膜のXDRを2θ/θ法によるXDRにより測定した。その結果を
図9(a)に示す。この図から結晶化FAp膜が結晶化していることが分かった。また、結晶化FAp膜をエネルギー分散型X線分析(EDX)で分析した。その結果を
図9(b)に示す。この図から、FAp膜中にフッ素の存在が確認できた。さらに、結晶化FAp膜とHAp膜とをフーリエ変換型赤外分光分析(FT‐IR)で分析し、分析結果を比較した。その結果を
図9(c)に示す。この図から、HAp膜と比較するとFAp膜では、水酸基のピークが低下しており、FAp膜ではHAp膜の水酸基がフッ素に置換していることが分かった。以上のことよりFAp膜が得られたことが確認できた。
【実施例4】
【0072】
4.硬組織再生材料を重ねて貼付けることの効果の確認
異なる性質の硬組織再生材料を、硬組織に重ねて貼付けることが固着強度の向上に与える効果について調べた。具体的には次のようにして調べた。まず、
図10に示すように、歯質Tに貼付けられる順に、(a)結晶性が低くて非晶質に近く、溶解しやすい膜、(b)結晶性の低い膜、(c)結晶性が高く溶解しにくい膜、の3種類の硬組織再生材料を製造した。つぎに、製造した硬組織再生材料の結晶性と、これらを歯質に重ねて貼付けることが固着強度に与える影響について調べた。
【0073】
(1)硬組織再生材料
実施例1と同様にして、PLD法によりHAp膜を製造した。このHAp膜を、それぞれ(a)熱処理せずにそのまま放置、(b)酸素−水蒸気雰囲気下、350℃で2時間熱処理、(c)酸素−水蒸気雰囲気下、350℃で10時間熱処理した。
【0074】
(2)結晶性の分析
硬組織再生材料(a)〜(c)の2θ/θ法によるXDRパターンを測定した。その結果を
図11(a)〜(c)に示す。これらの図から、熱処理の違いによって、硬組織再生材料(a)〜(c)の結晶性が変わることが分かった。
【0075】
(3)引張試験
結晶性の異なる膜の重ねて貼付けることが、硬組織再生材料と歯質との間の固着強度に与える影響を調べた。具体的には、実施例1と同様にして、硬組織再生材料をエナメル質に貼付け、貼付けてから72時間後に硬組織再生材料とエナメル質との間の固着強度を測定して比較検討した。その結果を
図12に示す。この図から、重ねて貼付けることによって、硬組織再生材料の歯質に対する固着強度が向上することが分かった。
【実施例5】
【0076】
5.積層による効果の確認
硬組織再生材料の表面にアパタイト前駆体であるα-TCPを積層することが、硬組織再生材料とエナメル質との固着時間や固着強度にどのような影響を与えるかについて調べた。
【0077】
(1)α-TCPを積層した硬組織再生材料の製造
α-TCPの粉末(太平化学産業株式会社製)をプレス成型してバルクターゲットとした。このバルクターゲットにArFエキシマレーザー(λ=193nm、パルス幅=20ns)を1時間照射し、実施例1と同様にして製造した硬組織再生材料上に、PLD法によって厚さ300nmのα-TCP薄膜を積層した。なお、基材温度は室温、使用した雰囲気ガスは酸素ガス、ガスのガス圧は0.8mTorrであった。また、PLD装置は実施例1と同じものを使用した。さらに、比較のため、α-TCPを積層していない硬組織再生材料を別途用意した。
【0078】
(2)X線による固着性能の比較
アパタイト前駆体であるα-TCPを積層した硬組織再生材料とα-TCPを積層していない硬組織再生材料とを、実施例1と同様にエナメル質を露出させた抜去ヒト歯にそれぞれ静置したのち、pH5.5の第一リン酸カルシウム水溶液を使用して貼付けた。貼付けてから、1日ごとに人工唾液を塗布した。また、10分後と1日後に、2θ/θ法によるXDRパターンを測定した。その結果を
図13に示す。なお、
図13(a)はα-TCPを積層した硬組織再生材料のXDRパターンの変化を示す図であり、(b)はα-TCPを積層していない硬組織再生材料のXDRパターンの変化を示す図である。
【0079】
図13(a)から、α-TCPを積層した硬組織再生材料のXDRパターンは、エナメル質に貼付けてから1日後には、アパタイトの前駆体であるリン酸カルシウム水和物のピークが低下し、エナメル質のXDRパターンと等しくなっていることが確認できた。一方、
図13(b)から、α-TCPを積層していない硬組織再生材料のXDRパターンは、エナメル質に貼付けてから1日過ぎても、エナメル質のXDRパターン以外にアパタイトの前駆体のピークが見られ、エナメル質のピークと一致しないことが確認できた。なお、図示はしていないものの、α-TCPを積層していない硬組織再生材料のXDRパターンがエナメル質のXDRパターンと等しくなるには、約1週間かかることも別途確認できた。以上の結果から、硬組織再生材料にアパタイトの前駆体であるα-TCP膜を積層することによって、硬組織再生材料とエナメル質との固着時間が短縮できることが分かった。
【0080】
(3)引張試験
アパタイトの前駆体であるα-TCP薄膜の有無が、硬組織再生材料と歯質との間の固着強度に与える影響を調べた。具体的には、(2)と同様に、硬組織再生材料をエナメル質に貼付け、貼付けてから72時間後に硬組織再生材料とエナメル質との間の固着強度を測定して比較検討した。その結果を
図14に示す。この図から、硬組織再生材料にα-TCP薄膜を設けることによって、硬組織再生材料の歯質に対する固着強度が向上することが分かった。
【0081】
(4)引っ掻き試験
アパタイトの前駆体であるα-TCP薄膜の有無が、硬組織再生材料と歯質との間の固着特性に与える影響を調べた。具体的には、(2)と同様に、硬組織再生材料をエナメル質に貼付けてからα-TCPを積層した硬組織再生材料では1日後と3日後に、α-TCPを積層していない硬組織再生材料では3日後と10日後に、スクラッチ試験機により引っ掻き試験を行って、その引っ掻き粉から硬組織再生材料とエナメル質との間の固着状況を観察し、比較検討した。その結果を
図15、
図16に示す。
【0082】
なお、
図15(a)はエナメル質のみの場合、同(b)はα-TCP薄膜を積層した硬組織再生材料を使用した場合の1日後、同(c)はα-TCP薄膜を積層した硬組織再生材料を使用した場合の3日後、の引っ掻き試験の結果である。また、
図16(a)はα-TCPを積層していない硬組織再生材料の3日後、同(b)は-TCPを積層していない硬組織再生材料を使用した場合の10日後、の引っ掻き試験の結果である。
【0083】
図15の(b)、(c)から、α-TCPを積層した硬組織再生材料を使用した場合、1日目の引っ掻きから引っ掻き粉は硬組織再生材料とエナメル質の境界が分からないように均一となり、硬組織再生材料とエナメル質とが一体化していることが確認できた。
【0084】
一方、
図16(a)から、3日後には硬組織再生材料とエナメル質との境界部分(矢印で示す。)では、硬組織再生材料がエナメル質から剥離してできる剥離粉が見られ、硬組織再生材料とエナメル質とが一体化していないことが確認できた。また、同図(b)から、10日後には、引っ掻き粉は硬組織再生材料とエナメル質との境界が分からないように均一となり、硬組織再生材料とエナメル質とが一体化していることが確認できた。
【0085】
これらの結果から、硬組織再生材料にα-TCP薄膜を設けることによって、硬組織再生材料とエナメル質との一体化が1日程度で行わることが分かった。