(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5918697
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月18日
(54)【発明の名称】糖鎖の非還元末端がマンノース残基である糖蛋白質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20160428BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20160428BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20160428BHJP
【FI】
C12N15/00 AZNA
C12N5/10
C12P21/02 C
【請求項の数】13
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-538716(P2012-538716)
(86)(22)【出願日】2011年10月13日
(86)【国際出願番号】JP2011073589
(87)【国際公開番号】WO2012050175
(87)【国際公開日】20120419
【審査請求日】2014年9月26日
(31)【優先権主張番号】特願2010-232893(P2010-232893)
(32)【優先日】2010年10月15日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100104639
【弁理士】
【氏名又は名称】早坂 巧
(72)【発明者】
【氏名】高橋 健一
【審査官】
植原 克典
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−254324(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/015722(WO,A1)
【文献】
特表2006−524506(JP,A)
【文献】
特表2003−524395(JP,A)
【文献】
特表2007−525209(JP,A)
【文献】
J. Biol. Chem.,2002年,Vol.277, No.3,pp.1755-1761
【文献】
Protein Expression and Purification,2006年,Vol.47,pp.571-590
【文献】
J. Biol. Chem.,2006年,Vol.281, No.28,pp.19545-19560
【文献】
Biotechnol. Prog.,2009年10月,Vol.26, No.1,pp.34-44,Author Manuscript
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
C12N 15/00−15/90
C12P 1/00−41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
WPIDS/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
昆虫由来の外来のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子が導入され発現されてなり,且つ所定の糖蛋白質を産生するように,該所定の糖蛋白質をコードする外来遺伝子が更に導入され発現されてなる,形質転換哺乳動物細胞。
【請求項2】
該昆虫が麟翅目に属する昆虫である請求項1の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項3】
麟翅目に属する該昆虫が夜盗蛾又はカイコ蛾である請求項2の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項4】
該β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子が,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ1遺伝子,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子,SfFDL遺伝子及びBmFDL遺伝子からなる群から選択される1又は2以上のものである,請求項3の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項5】
該所定の糖蛋白質をコードする外来遺伝子がヒト由来の遺伝子である請求項4の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項6】
ヒト由来の該遺伝子がリソソーム酵素をコードするものである請求項5の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項7】
該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,イズロン酸2−スルファターゼ,α−L−イズロニダーゼ,α−ガラクトシダーゼA,ヘキソサミニダーゼ,α−N−アセチルガラクトサミニダーゼ,及びα−マンノシダーゼ,シアリダーゼからなる群から選択されるものである請求項6の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項8】
該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼである請求項6の形質転換哺乳動物細胞。
【請求項9】
N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基の全部又は一部がマンノース残基である糖蛋白質の製造方法であって,
(a)請求項1〜4の何れかの哺乳動物細胞を培養液中で培養して,糖蛋白質を発現させるステップ,及び,
(b)上記ステップ(a)で発現させた糖蛋白質を精製するステップ
を含んでなるものである,製造方法。
【請求項10】
該糖蛋白質をコードする外来遺伝子がヒト由来の遺伝子である請求項9の製造方法。
【請求項11】
ヒト由来の該遺伝子がリソソーム酵素をコードするものである請求項10の製造方法。
【請求項12】
該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,イズロン酸2−スルファターゼ,α−L−イズロニダーゼ,α−ガラクトシダーゼA,ヘキソサミニダーゼ,α−N−アセチルガラクトサミニダーゼ,及びα−マンノシダーゼ,シアリダーゼからなる群から選択されるものである請求項11の製造方法。
【請求項13】
該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼである請求項11の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,哺乳動物細胞を用いた糖鎖の非還元末端がマンノース残基である糖蛋白質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物細胞の中で,糖蛋白質のN−グリコシド結合糖鎖は,蛋白質がRNAから翻訳され小胞体内腔を経てゴルジ体に輸送される過程で,各種酵素が関与する複雑な経路を経て蛋白質のアスパラギン残基に付加される。N−グリコシド結合糖鎖の主なものは,複合型糖鎖と高マンノース型糖鎖である。高マンノース型糖鎖は主に下記構造式1で示す構造を有する。また,複合型糖鎖は種々のタイプのものがあるが,非還元末端がシアル酸残基であることを特徴とする。その1例を下記構造式2で示す。また複合型糖鎖と高マンノース型糖鎖に共通の下記構造式3で示す領域はコア領域という。
【0003】
【化1】
【0004】
高マンノース型糖鎖や複合型糖鎖は,以下に述べるようにして生合成される。すなわち,まず,2個のN−アセチルグルコサミン(GlcNAc),9個のマンノース(Man)及び3個のグルコース(Glc)残基を含むドリコール-P-P-GlcNAc
2Man
9Glc
3中間体が,オリゴサッカリルトランスフェラーゼ複合体により,小胞体内腔で翻訳中の蛋白質のアスパラギン残基に転移されて,下記構造式4の糖鎖が付加された状態となる。
【0005】
【化2】
【0006】
次いで,小胞体内腔で,該構造式4の糖鎖から,グルコシダーゼによって,3個のGlc,次いでERマンノシダーゼによって1個のManが,その非還元末端から除かれ,下記構造式5の糖鎖構造となる。
【0007】
【化3】
【0008】
次いで,該糖蛋白質はゴルジ体に輸送され,該構造式5の糖鎖から,ゴルジマンノシダーゼIにより3個のManが除かれ,コア領域に2個のManが結合した上記構造式1の高マンノース型糖鎖が生じる。
【0009】
複合型糖鎖は,高マンノース型糖鎖がゴルジ体で更に修飾を受けて生じる。すなわち,上記構造式2の複合型糖鎖の合成経路は,以下のとおりである。まず,高マンノース型糖鎖(構造式1)にN−アセチルグルコサミントランスフェラーゼIによってGlcNAcが1個結合し,下記構造式6の糖鎖構造となる。次いで,ゴルジマンノシダーゼIIによってManが2個除かれて,コア領域にGlcNAcが1個結合した下記構造7の糖鎖構造となる。
【0010】
【化4】
【0011】
次いでGlcNAcが2個,ガラクトース(Gal)が3個,シアル酸(Sia)が3個結合して上記構造式2の複合型糖鎖が形成される。アスパラギン残基に直接結合しているGlcNAcにフコースが結合している複合型糖鎖も存在する。
【0012】
哺乳動物細胞,例えばチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)を用いて,組換え体糖蛋白質を製造した場合,その蛋白質の糖鎖構造の多くは複合型糖鎖となるので,このような組換え体糖蛋白質の糖鎖の非還元末端はシアル酸残基となる。組換え体糖蛋白質に,非還元末端がシアル酸残基である複合型糖鎖が付加すると,生体内に投与したときに血中での安定性が増すことが知られている(特許文献1参照)。従って,血液中で循環してその効果を発揮する組換え体糖蛋白質を製造する場合,これらの血中半減期を長期化させることにより薬効等を高めることが期待できるので,糖鎖の非還元末端がシアル酸残基となるCHO細胞を用いた製造法が活用されている。エリスロポエチン,卵巣刺激ホルモン(FSH)がその好例である(特許文献2,3参照)。
【0013】
しかし,組換え体糖蛋白質の中には,糖鎖構造が複合型糖鎖となることがかえって欠点となるものがある。例えば,グルコセレブロシダーゼ等の,ライソソーム病に対する酵素補充療法で患者に医薬として投与される一群の酵素である。これらの酵素は,生体内に投与した後,その機能を発揮するために細胞内に取り込まれる必要があるが,細胞内への取り込みは,ターゲットとなる細胞の細胞膜上に発現するマンノース受容体を介して行われる(非特許文献1参照)。そして,マンノース受容体を介して糖蛋白質を取り込ませるためには,糖蛋白質の糖鎖構造が,非還元末端がマンノース残基である高マンノース型糖鎖である必要がある。従って,このような酵素補充療法においては,糖鎖構造が複合型糖鎖であるものは用いることができない。
また,短い血中半減期であることが求められる医薬の場合には,非還元末端が複合型糖鎖であることは,血中での安定性が増すことから望ましくなく,このような場合にも,高マンノース型糖鎖であることが求められる。
【0014】
そこで,高マンノース型糖鎖を有する糖蛋白質の製造法の確立が試みられている。例えば,哺乳動物細胞を用いて一旦複合型糖鎖を有する糖蛋白質として製造し,これをシアリダーゼ,β−ガラクトシダーゼ及びヘキソサミニダーゼの3種の酵素で処理して,非還元末端からシアル酸,ガラクトース及びN−アセチルガラクトサミンを除き,還元末端をマンノース残基とする手法がある。現在,ジェンザイム社からゴーシェ病治療剤として販売されているグルコセレブロシダーゼ製剤(商品名:セレザイム(登録商標)注200U,非特許文献2参照)はこの手法により製造されている。しかしながら,この方法では,酵素処理という追加的な工程が必要となることから,それに基づく煩雑さやコストの問題などがある。
【0015】
また,哺乳動物細胞で糖蛋白質を発現させる際に,キフネンシンの存在下で細胞を培養する方法が知られている(特許文献4参照)。キフネンシンはERマンノシダーゼの阻害剤であるので,糖鎖の修飾過程がERマンノシダーゼの前段階であるグルコシダーゼによるグルコースの除去で止まり,その結果として非還元末端に3個のマンノース残基を有する下記構造式8の糖鎖構造を有する糖蛋白質が得られる。しかしながら,この方法においては,合成過程において酵素阻害剤を添加しなければならないことから,それに基づく生成物の安全性に対する懸念の問題などがある。
【0016】
【化5】
【0017】
この他,N−アセチルグルコサミントランスフェラーゼI活性を欠損するCHO細胞の変異株であるLEC−1細胞を用いる方法が知られている(非特許文献3参照)。N−アセチルグルコサミントランスフェラーゼは,高マンノース型糖鎖(構造式1)に,GlcNAcを1個結合させて上記構造式6の糖鎖構造とする,高マンノース型糖鎖から複合型糖鎖を合成する経路の初期反応を触媒する酵素である。この酵素が欠損することにより,LEC−1細胞では高マンノース型糖鎖から複合型糖鎖が合成されず,高マンノース型糖鎖の糖鎖構造を有する糖蛋白質が得られる。しかしながら,糖蛋白質を製造する方法として,LEC−1細胞を用いる方法は,必ずしも生産性に優れない(非特許文献4)
【0018】
また,非還元末端にマンノース残基を有する糖蛋白質の製造法として,昆虫細胞を用いた発現系が知られている(特許文献5参照)。昆虫細胞では,2個のGlcNAcと3個のManから構成される上記構造式3で示されるN−グリコシド結合型糖鎖(パウチマンノース型糖鎖)を有する糖蛋白質が産生されることが知られている(非特許文献5参照)。すなわち,昆虫細胞では,上記構造式7から,β−N−アセチルグルコサミニダーゼにより非還元末端のGlcNAcが除かれて,パウチマンノース型糖鎖となる経路が優勢にはたらき,その結果として,非還元末端にマンノース残基を有する糖蛋白質が得られる(非特許文献6参照)。
【0019】
昆虫細胞を用いた発現系で一般的なものに,夜盗蛾(Spodoptera frugiperda)由来の細胞(Sf−9等)を用いたものがある(特許文献6参照)。夜盗蛾は,糖鎖の非還元末端からGlcNAcを除く活性を有する酵素として,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ1,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3(非特許文献7,8参照)及びSfFDLの3種類のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼを有することが知られている(特許文献7参照)。同様の活性を有する酵素(例えば,BmFDL)が,カイコ蛾(Bombyx
mori)からも単離されている(非特許文献9)。しかしながら,昆虫細胞と哺乳動物細胞(特に,ヒト細胞)との間には,明確な種差が存在するため,医薬などの製造において昆虫細胞を用いることは,その生成物が昆虫細胞内での生合成過程において受ける種々の影響への懸念のため,望ましくないと考えられる。
【0020】
この他,哺乳動物細胞以外の細胞を用いた非還元末端にマンノース残基を有する糖蛋白質の製造方法として,植物由来の細胞を用いた発現系が知られている(特許文献8参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】特開平8−027181公報
【特許文献2】特表2001−525342公報
【特許文献3】WO2009/127826
【特許文献4】特表2004−506438公報
【特許文献5】特開2009−225781公報
【特許文献6】特開平2−291270公報
【特許文献7】WO2009/079376
【特許文献8】特表2006−524506公報
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】Sato Y. et al., J Clin Invest.(1993)91, 1909-17
【非特許文献2】セレザイム注200U添付文書
【非特許文献3】Ripka J. et al., J CellBiochem.(1990) 42, 117-22
【非特許文献4】Van Patten SM. et al., Glycobiology(2007) 17, 467-78
【非特許文献5】Watanabe S. et al., J BiolChem.(2002) 277, 5090-3
【非特許文献6】Altmann F. et al., J Biol Chem.(1995)270, 17344-9
【非特許文献7】Tomiya N. et al., J Biol Chem.(2006)281, 19545-60
【非特許文献8】Aumiller JJ. et al., Prot. Expr.Purif. (2006) 47, 571-90
【非特許文献9】Nomura T. Et al., J Biosci Bioeng.(2010) 110, 386-91
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
上記背景の下で,本発明の目的は,哺乳動物細胞,特にCHO細胞を用いて,N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端にマンノース残基を有する組換え体糖蛋白質を製造する新たな方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0024】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,高マンノース型糖鎖の合成が優勢に働いている昆虫細胞内での機構を,哺乳動物細胞に導入することを検討した。その結果,驚くべきことに,哺乳動物細胞にβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子を導入して発現させた形質転換哺乳動物細胞を用いることにより,N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端にマンノース残基を有する組換え体糖蛋白質が得られることを見出し,本発明を完成した。
【0025】
すなわち,本発明は,以下を提供するものである。
[1]外来のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子が導入され発現されてなる形質転換哺乳動物細胞。
[2]該β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子を導入することにより発現したβ−N−アセチルグルコサミニダーゼが,ゴルジ体にて,その活性を示すものである,上記[1]の形質転換哺乳動物細胞。
[3]該β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子が昆虫由来のものである上記[1]又は[2]の形質転換哺乳動物細胞。
[4]該昆虫が麟翅目に属する昆虫である上記[3]の形質転換哺乳動物細胞。
[5]麟翅目に属する該昆虫が夜盗蛾又はカイコ蛾である上記[4]の形質転換哺乳動物細胞。
[6]該β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子が,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ1遺伝子,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子,SfFDL遺伝子及びBmFDL遺伝子からなる群から選択される1又は2以上のものである,上記[5]の形質転換哺乳動物細胞。
[7]所定の糖蛋白質を産生するように,該所定の糖蛋白質をコードする外来遺伝子が更に導入され,発現されてなる,上記[1]〜[6]のいずれかの形質転換哺乳動物細胞。
[8]該所定の糖蛋白質をコードする外来遺伝子がヒト由来の遺伝子である上記[7]の形質転換哺乳動物細胞。
[9]ヒト由来の該遺伝子がリソソーム酵素をコードするものである上記[8]の形質転換哺乳動物細胞。
[10]該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,イズロン酸2−スルファターゼ,α−L−イズロニダーゼ,α−ガラクトシダーゼA,ヘキソサミニダーゼ,α−N−アセチルガラクトサミニダーゼ,及びα−マンノシダーゼ,シアリダーゼからなる群から選択されるものである上記[9]の形質転換哺乳動物細胞。
[11]該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼである上記[9]の形質転換哺乳動物細胞。
[12]N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基の全部又は一部がマンノース残基である糖蛋白質の製造方法であって,
(a)上記[1]〜[6]の何れかの哺乳動物細胞を培養液中で培養して,糖蛋白質を発現させるステップ,及び,
(b)上記ステップ(a)で発現させた糖蛋白質を精製するステップ
を含んでなるものである,製造方法。
[13]上記[1]〜[6]の何れかの哺乳動物細胞に代えて,上記[7]の哺乳動物細胞を用いるものである,上記[12]の製造方法。
[14]該糖蛋白質をコードする外来遺伝子がヒト由来の遺伝子である上記[13]の製造方法。
[15]ヒト由来の該遺伝子がリソソーム酵素をコードするものである上記[14]の製造方法。
[16]該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,リソソーム酸性リパーゼ,酸性α−グルコシダーゼ,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼ,イズロン酸2−スルファターゼ,α−L−イズロニダーゼ,α−ガラクトシダーゼA,ヘキソサミニダーゼ,α−N−アセチルガラクトサミニダーゼ,及びα−マンノシダーゼ,シアリダーゼからなる群から選択されるものである上記[15]の製造方法。
[17]該リソソーム酵素が,グルコセレブロシダーゼである上記[15]の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明により昆虫のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子で形質転換した哺乳類細胞は,それが産生する糖蛋白質のN−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基がマンノースとなる割合が増大するように形質が変化している。従って,当該細胞は,もともと有する内因性の糖蛋白質を,そのN−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基の少なくとも一部が,又は全部が,マンノース残基となった形で産生する。また,外来の糖蛋白質遺伝子を導入して発現させる場合に,天然の哺乳類細胞の代わりにこの形質転換哺乳類細胞を用いれば,天然の哺乳類細胞を用いたのでは得られなかった,糖鎖の非還元末端に位置する残基の一部がマンノース残基である糖蛋白質を,又はより多くが,好ましくは全部がマンノース残基である糖蛋白質を産生させることができる。
【0027】
従って,本発明によれば,N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基の割合を増大させた糖蛋白質を,昆虫細胞などを用いることなく製造することができる。従来,哺乳動物細胞を用いて製造した糖蛋白質は,N−グリコシド結合糖鎖として,複合型糖鎖を有するものであったため,その非還元末端に位置する残基をマンノース残基とするには,更に酵素処理などをする必要があったのに対し,本発明によれば,N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基の全部又は一部がマンノース残基である糖蛋白質を直接得ることができる。従って,本発明の方法によれば,従来に比して効率的かつ容易に,マンノース残基をN−グリコシド結合糖鎖の非還元末端残基として有するものである糖蛋白質を得ることができる。また,本発明により得られる糖蛋白質は,例えば,標的細胞の表面に存在するマンノース受容体を介して細胞に取り込まれるべき医薬や,血中半減期が短くあるべき医薬などとして,有用である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1-1】pE-neoベクターの構築方法の流れ図を示す。
【
図1-2】pE-neoベクターの構築方法の流れ図を示す。
【
図2-1】pE-hygrベクターの構築方法の流れ図を示す。
【
図2-2】pE-hygrベクターの構築方法の流れ図を示す。
【
図2-3】pE-hygrベクターの構築方法の流れ図を示す。
【
図3】グルコセレブロシダーゼ(GBA)の電気泳動パターンを示す図。(レーン1はGBA発現細胞の培養上清を,レーン2〜4はGBA発現細胞の培養上清を順次シアリダーゼ,β1,4−ガラクトシダーゼ,及びβ-N−アセチルグルコサミニダーゼで処理したものを,レーン5はGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清を,それぞれ添加したものである。)
【
図4】GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞から得られたグルコセレブロシダーゼ(GBA)のマクロファージ細胞内取り込み量の測定結果を示す図。グラフ1はGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞から得られたGBA,グラフ2はGBA発現細胞から得られたGBA,グラフ3はGBA発現細胞から得られ且つ酵素により糖鎖をトリミングしたGBAの,細胞内取り込み量をそれぞれ示す。グラフ4〜6は,マンナン存在下での,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞から得られたGBA,GBA発現細胞から得られたGBA,及びGBA発現細胞から得られ且つ酵素により糖鎖をトリミングしたGBAの,細胞内取り込み量をそれぞれ示す。縦軸は細胞内に取り込まれたGBAの量(対照に対する%)を,横軸はGBAの濃度(mU/mL)をそれぞれ示す。
【
図5】GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞から得られたグルコセレブロシダーゼ(GBA)の電気泳動パターンを示す図。矢印はGBAに由来するバンドを示す。(レーンMは分子量マーカー,レーン1はGBA発現細胞の培養上清を,レーン2はGBA/Sf-FDL発現細胞の培養上清を,レーン3はGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清の培養上清を,それぞれ添加したものである。)
【
図6】GBA/Sf-FDL発現細胞及びGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清から得られたグルコセレブロシダーゼ(GBA)の細胞内取り込み量の測定結果を示す図。グラフ1はGBA/Sf-FDL発現細胞から得られたGBA,グラフ2はGBA/Bm-FDL発現細胞から得られたGBA,グラフ3はGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞から得られたGBAの細胞取り込み量をそれぞれ示す。グラフ4〜6は,マンナン存在下での,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞から得られたGBA,GBA/Sf-FDL発現細胞から得られたGBA,GBA/Bm-FDL発現細胞から得られたGBAの,細胞内取り込み量をそれぞれ示す。縦軸は細胞内に取り込まれたGBAの量(対照に対する%)を,横軸はGBAの濃度(mU/mL)をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明において,哺乳動物というときは,特に限定はなく,如何なる哺乳動物をも包含するが,好ましくはヒト,アフリカミドリザル等の霊長類,マウス,ラット,チャイニーズハムスター等のげっ歯類,ウサギ,イヌである。また,哺乳動物細胞というときは,哺乳動物由来の細胞であれば特に限定はなく,生体から取り出した臓器,筋組織,皮膚組織,結合組織,神経組織,血液,骨髄等から採取された細胞の初代培養細胞,継代培養細胞,及び継代培養しても形質が安定であるように株化された細胞のいずれであってもよい。また,細胞は正常細胞,癌化細胞のいずれであってもよい。特に好適に使用できる細胞は,チャイニーズハムスターの卵巣に由来するCHO細胞,ヒトの繊維芽細胞及びアフリカミドリザルの腎線維芽細胞に由来するCOS細胞である。
【0030】
本発明において,β−N−アセチルグルコサミニダーゼというときは,糖鎖の非還元末端に位置するβ−グリコシド結合したN−アセチルグルコサミン(例えば上記構造式6,構造式7等の非還元末端に位置するN−アセチルグルコサミン)を遊離させる活性を有する酵素のことをいう。また,β−N−アセチルグルコサミニダーゼをコードする遺伝子は,コードされるβ−N−アセチルグルコサミニダーゼが,上記酵素活性を有する限り,如何なるものでもよい。例えば,生物から直接に由来する野生型の遺伝子,野生型の遺伝子に塩基の置換,挿入,決失等の変異を加えた変異型の遺伝子,人工的に設計した遺伝子のいずれをも用いることができる。また,生物の種類についても,特に制限はなく,哺乳動物を含め如何なる生物由来のものをも用いることができるが,例えば,麟翅目(Lepidoptera)に属するカイコ(Bombyx mori),夜盗蛾(Spodoptera frugiperda),シャクトリムシ(Geometridae)等,双翅目(Diptera)に属するショウジョウバエ(Drosophila)等の昆虫,バシラス属等の原核生物,線虫,酵母,放線菌,糸状菌,子嚢菌,坦子菌及び植物由来のものが好適に用いられる。このうち,昆虫,中でも麟翅目に属する昆虫,特に夜盗蛾又はカイコ蛾由来のものが好ましい。
使用することのできる生物由来のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子の例として,夜盗蛾由来のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ1,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子,SfFDL遺伝子,カイコ蛾由来のBmFDL遺伝子等がある。また,複数の生物由来のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子断片を融合させて構築したβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子を用いることもできる。
【0031】
本発明において,哺乳動物細胞で発現させるβ−N−アセチルグルコサミニダーゼは,当該細胞内でのN−グリコシド結合糖鎖の合成経路において,例えば上記構造式6,構造式7の非還元末端に位置するN−アセチルグルコサミンを遊離する酵素として機能するものである。したがって,該酵素は,哺乳動物細胞内でN−グリコシド結合糖鎖の合成が行われる細胞小器官であるゴルジ体にてその活性を示すものであることが望ましい。
哺乳動物細胞内でこれら細胞小器官に局在化する蛋白質は,通常,そのアミノ酸配列中に局在化シグナルを有することが知られている。従って,本発明において導入するβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子としては,より積極的にこれら細胞小器官に局在化させるために,β−N−アセチルグルコサミニダーゼの酵素活性部位をコードする遺伝子断片と他のタンパク質の上記局在化シグナルをコードする遺伝子断片を融合させて構築したキメラ型のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子であるものを,用いることもできる。
【0032】
本発明において,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子による哺乳動物細胞の形質転換は,β−N−アセチルグルコサミニダーゼを哺乳動物細胞で発現させる目的で行うものであり,この目的が達成される限り如何なる方法を用いて行ってもよい。通常,該形質転換は,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子を組み込んだ発現ベクターを哺乳動物細胞に導入して行うことができる。このような発現ベクターは,哺乳動物細胞内でβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子を発現させることができるものであれば特に限定はない。一般的に,発現ベクターは環状のプラスミドであり,これを環状のまま,又は,制限酵素で切断してから細胞に導入する。β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子は,哺乳動物細胞内で発現するように,遺伝子の発現を制御する発現ベクター内のプロモーターの下流に組み込まれる。このときプロモーターとして,サイトメガロウイルス(CMV)由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,伸長因子1(EF−1)プロモーター等が使用できる。
あるいは,該形質転換は,例えば哺乳動物細胞を,β−N−アセチルグルコサミニダーゼを発現する昆虫細胞等の細胞と融合させることにより行ってもよい。本明細書においては,このように融合された哺乳動物細胞も,本発明のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子で形質転換された哺乳動物細胞に含まれる。またこのとき,1種類に限らず複数の種類のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子により,哺乳動物細胞を形質転換させてもよい。
【0033】
本発明において,糖蛋白質をコードする外来遺伝子による哺乳動物細胞の形質転換は,哺乳動物細胞において,該糖蛋白質が産生されるようにする目的で行うものであり,この目的が達成される限り如何なる方法を用いて行ってもよい。該形質転換は,上記β−N−アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子による哺乳動物細胞の形質転換と同様に実施することができる。
【0034】
本発明において,発現ベクターに組み込まれる,糖蛋白質をコードする外来遺伝子について,特に限定はないが,好ましくは生体内に投与したときに,マンノース受容体を介して細胞に取り込ませる必要がある糖蛋白質をコードする遺伝子であり,特に好ましくはグルコセレブロシダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ(スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ)等のリソソーム酵素をコードする遺伝子である。本発明の製造方法で得られたグルコセレブロシダーゼはゴーシェ病患者の,酸性スフィンゴミエリナーゼはニーマン・ピック病患者の,リソソーム酸性リパーゼはウォルマン病患者の,酸性α−グルコシダーゼ(酸性マルターゼ)はポンぺ病患者の,N−アセチルガラクトサミン−4−スルファターゼはマロトー・ラミー症候群患者の,イズロン酸2−スルファターゼはハンター症候群患者の,α−L−イズロニダーゼはハーラー症候群患者の,α−ガラクトシダーゼAはファブリ病患者の,酵素補充療法に用いることができる。その他,本発明の製造方法は,ヘキソサミニダーゼ,α−N−アセチルガラクトサミニダーゼ,α−マンノシダーゼ,シアリダーゼ等の酵素の製造に使用することができる。
【0035】
また,本発明において,哺乳動物細胞による糖蛋白質の産生は,外来遺伝子によらず,目的とする糖蛋白質産生能を有する哺乳動物細胞において,該糖蛋白質をコードする内因性遺伝子の発現量増大を誘導して行ってもよい。この場合の内因性遺伝子とは,使用する哺乳動物細胞のゲノム上に元々存在する遺伝子のことをいう。内因性遺伝子の発現量を増大するように誘導させる方法については,特に限定はなく,周知の方法を用いて行うことができる。例えば,内因性遺伝子の発現制御部位にサイトメガロウイルス(CMV)由来のプロモーター等を相同組換えにより導入する方法(WO94/12650),特定の内因性遺伝子の発現制御部位にはたらき,その遺伝子の発現量を増大させるホルモン,成長因子,ビタミン,サイトカイン,インターロイキン等を培養液中に添加する方法がある。例えばステロイドホルモン,甲状腺ホルモン,レチノイン酸,ビタミンB等は,これらの受容体を介して,発現制御部位にホルモン応答配列を有する内因性遺伝子を活性化し,その発現量を増大させることができる。
【0036】
本発明の製造方法で得られる糖蛋白質は,N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端に位置する残基の少なくとも一部又は全てがマンノース残基となるので,マンノース受容体を介して細胞内に取り込まれるのみならず,N−グリコシド結合糖鎖が複合型糖鎖である場合に比べて,生体内に投与したときの安定性,血液動態が変化したものとなる。従って,本発明は,糖蛋白質の生体内における安定性,血液動態を変化させる目的で使用することもできる。すなわち,複合型糖鎖の非還元末端のシアル酸は,生体内における糖蛋白質の安定性を高める効果があるのに対し,本発明は,例えば生体内に投与したときに血中半減期が短い糖蛋白質を得る目的で使用することができる。副作用の予想される医薬が生体内で長期に亘って存在することは,その副作用の発生を助長するおそれがある。そのような場合,本発明を用いることにより,比較的半減期の短い糖蛋白質からなる医薬を製造することができる。
【0037】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0038】
〔pE-neoベクター及びpE-hygrベクターの構築〕
pEF/myc/nucベクター(インビトロジェン社)を,KpnIとNcoIで消化し,EF-1αプロモーター及びその第一イントロンを含む領域を切り出し,これをT4
DNAポリメラーゼで平滑末端化処理した。pCI-neo(インビトロジェン社)を,BglII及びEcoRIで消化して,CMVのエンハンサー/プロモーター及びイントロンを含む領域を切除した後に,T4 DNA ポリメラーゼで平滑末端化処理した。これに,上記のEF-1αプロモーター及びその第一イントロンを含む領域を挿入して,pE-neoベクターを構築した(
図1−1及び
図1−2)。
【0039】
pE-neoベクターを,SfiI及びBstXIで消化し,ネオマイシン耐性遺伝子を含む約1kbpの領域を切除した(
図2−1)。pcDNA3.1/Hygro(+)(インビトロジェン社)を鋳型にしてプライマーHyg-Sfi (5'-GAGGCCGCCTCGGCCTCTGA-3';配列番号1)及びプライマーHyg-BstX(5’-AACCATCGTGATGGGTGCTATTCCTTTGC-3’;配列番号2)を用いて,PCR反応によりハイグロマイシン遺伝子を増幅した(
図2−2)。増幅したハイグロマイシン遺伝子を,SfiI及びBstXIで消化し,上記のpE-neoベクターに挿入して,pE-hygrベクターを構築した(
図2−3)。
【0040】
〔グルコセレブロシダーゼ発現細胞の構築〕
ヒト胎盤cDNAライブラリーA(TAKARA社)を鋳型として,プライマーGBA-Mlu(5’-
GCAATACGCGTCCGCCACCATGGAGTTTTCAAGTCCTTCCAGAGAGG -3’;配列番号3)及びプライマーGBA-Not(5’-GGACGCGGCCGCGAGCTCTCACTGGCGACGCCACAGGTAGG-3’;配列番号4)を用いて,PCRによりグルコセレブロシダーゼ遺伝子(GBA遺伝子)を増幅させた。この増幅させた遺伝子を制限酵素(MluI及びNotI)で消化し,pCI-neo(Promega社)のMluIとNotI間に挿入し,これをpCI-neo(GBA) と名付けた。pCI-neoに挿入したGBA遺伝子の塩基配列中に変異がないことを,DNAシーケンサー(ABI社)を用いて確認した後,pCI-neo(GBA)を制限酵素(MluI及びNotI)で消化して,GBA遺伝子を切り出した。次いで,切り出したGBA遺伝子を,上記で構築した発現ベクターpE-neoのMluIとNotI間に挿入し,これをGBA発現ベクター〔pE-neo(GBA)〕とした。CHO−K1細胞を,リポフェクタミン2000試薬(Invitrogen社)を用いて,pE-neo(GBA)で形質転換した後,G418を含むCD Opti CHO培地(Invitrogen社)で選択培養を行い,グルコセレブロシダーゼ発現細胞(GBA発現細胞)を選択した。
【0041】
〔β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3発現プラスミドの構築〕
QuickPrep Total RNA Extraction Kit (Amersham Pharmacia社)を用いて,夜盗蛾由来のSf9細胞(Invitrogen社)からトータルRNAを抽出精製し,SuperScript Choice System for cDNA Synthesis (GIBCO BRL社)を用いて,oligo dTをプライマーとした逆転写反応を実施した。逆転写反応物を鋳型として,プライマーN-AGase5’-Sal(5’-CCGGTCGACCATGTTACGGCACGTAATATTGTTATTCG-3’;配列番号5)とプライマーN-AGase5’-Mlu(5’-ACCAATCAGTTTATAGGTGAT-3’;配列番号6),及びプライマーN-AGase3’-Mlu(5’-GAAGTACACCCACAGAGGTC-3’;配列番号7)とプライマーN-AGase3’-Not(5’-GCTTGCGGCCGCCTAAAAGTAATTCCCTGTTACGCAAAATCC-3’;配列番号8)の各プライマーセットを用いて,PCRを実施し,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子を,5’側と3’側に2分割してそれぞれ増幅させた。5’側DNA断片を制限酵素(SalI及びMluI),3’側DNA断片を制限酵素(MluI及びNotI)で消化し,5’側DNA断片をpCI-neoのSalIとMluI間に,3’側DNA断片をpCI-neoのMluIとNotI間に挿入し,それぞれpCI-neo(N-AGase5’),pCI-neo(N-AGase3’)
と名付けた。pCI-neoに挿入したβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子の各断片に塩基配列中に変異がないことを,DNAシーケンサー(ABI社)を用いて確認した後,pCI-neo(N-AGase5’)をSalIとMluI,pCI-neo(N-AGase3’)をMluIとNotIでそれぞれ切断し,5’側DNA断片と3’側DNA断片を切り出した。次いで,pBluescript SK(-)(東洋紡社)のSalIとNotI間に,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子の全長が構築されるように,5’側DNA断片と3’側DNA断片を組み込んだ。これをpBSK(N-AGase)と名付けた。pBSK(N-AGase)を,SalIとNotIで消化して,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子を切り出し,これを,上記で構築した発現ベクターpE-hygrのSalIとNotI間に挿入し,これをβ-N−アセチルグルコサミニダーゼ3発現プラスミド〔pE-hygr (N-AGase) 〕とした。
【0042】
〔GBA発現細胞へのβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子の導入〕
GBA発現細胞に,pE-hygr(N-AGase)をエレクトロポレーションにより導入した後,該細胞を,200μMハイグロマイシン,及び500μg/mL
G418を含む CD Opti CHO培地で選択培養して,β−N−アセチルグルコサミニダーゼ3遺伝子により形質転換されたGBA発現細胞を得た。
【0043】
〔インゲンマメレクチン(PHA-L4及びPHA-E4)による選択培養〕
インゲンマメレクチンにはL型とE型の2種類のサブユニットが存在し,L型は4本鎖複合型糖鎖を,E型はバイセクティング2本鎖複合型糖鎖構造を認識する。PHA-L4はL型のみで4量体を形成し,PHA-E4はE型のみで4量体を形成しているイソレクチンである。高濃度のこれらのレクチンで細胞を処理すると,非還元末端に位置するのがシアル酸残基である複合型糖鎖構造を有する膜蛋白質を介して,レクチンが細胞に結合し,これにより細胞は死滅する。また,レクチンにより細胞が架橋されて細胞が凝集する。一方,膜蛋白質の糖鎖構造が,非還元末端にマンノース残基を有するものに変化した場合,レクチンは細胞に結合できず,細胞は増殖可能である。GBA発現細胞にpE-hygr(N-AGase)をエレクトロポレーションにより導入した後に選択培養して得た上記形質転換細胞を,12μg/mLのPHA-L4(J Oil
Mills社)と12μg/mLのPHA-E4(J Oil Mills社)を添加した培地,CD Opti CHO培地で培養することにより,当該形質転換細胞の中で複合型糖鎖を発現している細胞を死滅させるとともに凝集させ,非凝集細胞を回収した。回収した非凝集細胞を,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞とした。
【0044】
〔ウェスタンブロッティングによる糖鎖構造の解析〕
GBA発現細胞及びGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清を各約10μLずつSDS-PAGE電気泳動(10%ゲル)に供し,泳動終了後にニトロセルロース膜へ転写した。一次抗体にウサギ抗ヒトGBA抗体,二次抗体に標識化抗ウサギIgG抗体を用いて,膜上に転写されたGBAを検出した。GBA発現細胞とGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の各々の培養上清に含まれるGBAの泳動パターンを比較すると,前者に比べて後者では分子量の低下に伴う電気泳動距離の増加が認められた(
図3,レーン1及び5)。GBA発現細胞の培養上清に含まれるGBAの糖鎖構造は,非還元末端がシアル酸である複合型糖鎖であると考えられたので,GBA発現細胞の培養上清にシアリダーゼ(New England Biolabs社),β1,4−ガラクトシダーゼ(New
England Biolabs社),及びβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ(New England
Biolabs社)を順次添加した。その結果,培養上清にこれら酵素を順次添加するにつれて,分子量の低下に伴う電気泳動距離の増加が認められた(
図3,レーン2〜4)。シアリダーゼ,β1,4−ガラクトシダーゼ,及びβ−N−アセチルグルコサミニダーゼは,糖鎖の非還元末端からシアル酸,ガラクトース及びN−アセチルガラクトサミンを除去する活性を有するので,この結果は,GBA発現細胞の培養上清に含まれるGBAの糖鎖構造が,複合型糖鎖であることを示す。また,β−N−アセチルグルコサミニダーゼで処理後のGBAのバンド(
図3,レーン4)は,糖鎖の非還元末端がマンノースとなったGBAの泳動パターンを示す。このβ−N−アセチルグルコサミニダーゼで処理後のGBAのバンド(
図3,レーン4)とGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清に含まれるGBAのバンド(
図3,レーン5)を比較すると,両者はほぼ同一の泳動パターンを示す。この結果は,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞で発現したGBAの糖鎖が,非還元末端にシアル酸を有する複合型糖鎖ではなく,非還元末端にマンノースを有するものであることを示唆する。すなわち,この結果は,哺乳動物細胞に導入した昆虫由来である非哺乳動物のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ3が,ゴルジ体にてその活性を示し,GBAの糖鎖修飾の過程で非還元末端に位置するN−アセチルグルコサミンを除き,糖鎖の非還元末端をマンノース残基とする酵素として機能することを示すものである。昆虫由来である非哺乳動物のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ3が,このように哺乳動物細胞内でも同様に機能することを示す報告は,これまでにない。
【0045】
〔グルコセレブロシダーゼの精製−第一工程(疎水性カラムクロマトグラフィー)〕
GBA発現細胞とGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞を各々培養し,培養液中から,以下の手順で,グルコセレブロシダーゼを精製した。まず培養液を遠心して培養上清を回収した。培養上清をメンブランフィルターでろ過した後,これにエチレングリコール,1M DTT及び250mM 酢酸ナトリウム(pH4.8)を,終濃度が各々20% エチレングリコール,5mM DTT及び50mM 酢酸ナトリウムとなるように添加した。結合用緩衝液〔50mM 酢酸ナトリウム(pH4.8),20%
エチレングリコール〕で平衡化したHiTrap Phenyl Sepharose FF 5mLカラム (GEヘルスケア社)に,培養上清を適用した後,10カラム容量の結合用緩衝液でカラムを洗浄した。次いで,結合用緩衝液と溶出用緩衝液〔50mM 酢酸ナトリウム(pH4.8),
20% エチレングリコール, 50% エタノール〕の混合比が100:0から0:100となるように,6カラム容量の直線的なグラジエントをかけてグルコセレブロシダーゼを溶出した。分画した溶出液の活性を下記の方法で測定し,GBA活性がある画分を回収した。なお,流速は全て1.5mL/分とした。
【0046】
〔グルコセレブロシダーゼの精製−第二工程(陽イオン交換カラムクロマトグラフィー)〕
上記第一工程で回収した画分に,同量の純水を加えて希釈し,更にこれにエチレングリコール,1M DTT及び250mM 酢酸ナトリウム(pH4.8)を,終濃度が各々20% エチレングリコール,5mM DTT及び50mM 酢酸ナトリウムとなるように添加した。洗浄用緩衝液〔30mM 酢酸ナトリウム(pH5.6),
0.01% Tween80〕で平衡化したHiTrap CM-Sepharose FF 1mLカラム (GEヘルスケア社)に,上記画分を適用した後,10カラム容量(10mL)の洗浄用緩衝液でカラムを洗浄した。次いで,緩衝液A〔50mM クエン酸,0.01% Tween80〕と緩衝液B〔50mM クエン酸ナトリウム, 0.01% Tween80〕の混合比が,75:25から4:96となるように,8カラム容量の直線的なグラジエントをかけ,更に緩衝液Aと緩衝液Bの混合比が4:96の緩衝液を,5カラム容量流してグルコセレブロシダーゼを溶出した。溶出液を1mLずつ分画して回収し,これに25μLずつ1Mマンニトールを加えて混合した。各画分のGBA活性を下記の方法で測定し,GBA活性がある画分を回収した。なお,流速は全て1.5mL/分とした。
【0047】
〔GBA活性測定〕
GBA活性測定は,Pasmanik-Chor M. et al., Biochem J
317, 81-88 (1996)に記載された方法を参考にして実施した。リン酸4-methylumbelliferyl(4-MUF,Sigma Chemical Co.製)を希釈用緩衝液(0.125% Na-Taurocholate,0.15% Triton X-100,0.1% ウシ血清アルブミンを含む100mMリン酸カリウム緩衝液(pH5.96))に溶解した後,段階希釈して,200, 100, 50, 25,
12.5, 6.25及び3.125mM濃度の標準溶液を作製した。4-methylumbelliferyl-β-D-glucopyranoside(Sigma Chemical Co.製)を,4mMの濃度となるように希釈用緩衝液に溶解し,これを基質溶液とした。検体は,必要に応じて,測定前に希釈用緩衝液を用いて希釈した。フルオロプレートF96に,4-MUF標準溶液又は検体を10μLずつ加えた後,基質溶液を70μL加えて混合した。37℃で1時間反応させた後,反応停止液として,50mM グリシン-NaOH緩衝液(pH10.6)を200μLずつ各ウェルに加えた後,フルオロプレートリーダーを用いて,励起波長355nm,検出波長460nmの条件にて蛍光強度を測定した。4-MUF標準溶液の蛍光強度から検量線を描き,各検体の蛍光強度を検量線に内挿して,活性(nmol/h/mL)を算出した。測定はduplicateで行い、平均値を測定値とした。
【0048】
〔マクロファージ細胞株NR8383を用いたGBAの細胞内取り込み量測定〕
マクロファージ細胞株NR8383を用いたGBAの細胞内取り込み量測定は,Zhu Y. et al., J Pharmacol Exp Ther. 308, 705-11 (2004)に記載された方法を参考にして実施した。NR8383細胞(ラット肺胞マクロファージ由来細胞株,ATCC番号:CRL-2192)を,15% ウシ胎児血清(FBS)を含む Kaighn’s modification of Ham's F12(F12K)培地(Invitrogen社)中で培養した。NR8383細胞がサブコンフルエント状態になった時点で,培地を,32μM Conduritol B Epoxide (CBE)(Calbiochem社)を含むF12K培地に交換し,一晩培養(18時間以内)して,NR8383細胞の内因性のGBAを失活させた。細胞を遠心して回収し,15% FBSを含むF12K培地で3回洗浄した後,20mLの測定用培地(25mM HEPES, pH6.8, 4mg/mL ウシ血清アルブミンを含むF12K培地)に懸濁し,CO
2インキュベーターにて2.5時間培養した。細胞を2つに分けて遠心して回収し,一方は5mLの測定用培地に再懸濁し,もう一方は5mLの50mg/mL マンノースを含む測定用培地に再懸濁した。このときの細胞密度は,供に1×10
7cells/mLになるように調製した。培養チューブに各細胞懸濁液を190μLずつ分注し,そこにGBAの最終濃度が所定の濃度(mU/mL)となるように10μLずつGBAサンプルを加えて混合し,37℃で2時間,振とう培養を実施した。このとき,GBAサンプルに代えて10μLの測定用培地を加えたものを,コントロールとして置いた。培養後,細胞を遠心により回収し,1mg/mL マンナン(ナカライテスク)を含むPBSで3回洗浄した。さらに,PBSで2回洗浄した後,150μLの細胞溶解液〔50mM リン酸カリウム, pH6.5, 0.25% Triton X-100, 1×プロテアーゼインヒビターカクテル(ロシュ社)〕で細胞を溶解させた。得られた細胞溶解液中のGBA活性を,上記のGBA活性測定法により測定した。マンノースを含まない測定用培地で培養した細胞のGBA活性測定値から,マンノースを含む測定用培地で培養した細胞のGBA活性測定値を減じた値を,マクロファージ細胞内に取り込まれたGBAの量としたその結果,GBA発現細胞の培養上清に得られたGBAは,NR8383細胞内にほとんど取り込まれないが,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清に得られたGBAは,NR8383細胞内に取り込まれることがわかった。
【0049】
また,マクロファージ細胞内へのGBAの取り込み量を,コントロールにおけるGBAの活性測定値を100%とし,コントロールに対する比として活性を表わした(対照に対する%)。その結果,GBA発現細胞の培養上清に得られたGBAは,マクロファージ細胞内へほとんど取り込まれなかったが(
図4:グラフ2),GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清に得られたGBAは,マクロファージ細胞内へ取り込まれた(
図4:グラフ1)。また,GBA発現細胞の培養上清に得られたGBAを,順次,シアリダーゼ(New England Biolabs社),β1,4−ガラクトシダーゼ(New
England Biolabs社),及びβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ(New England
Biolabs社)で処理することにより,糖鎖の非還元末端をマンノースとしたGBAも,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清に得られたGBAと同様に,マクロファージ細胞内へ取り込まれた(
図4:グラフ3)。また,マンノース存在下では,GBAのマクロファージへの取り込みが阻害された(
図4:グラフ4〜6)
【0050】
これらの結果は,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞を用いて発現させたGBAが,その糖鎖の非還元末端にマンノースを有するものであり,マクロファージ細胞膜上に存在するマンノース受容体を介して,効率よく細胞内に取り込まれることを示すものである。
【0051】
〔SfFDL及びBmFDL発現プラスミドの構築〕
CHO細胞用にコドンを最適化した夜盗我由来のSfFDL遺伝子及びカイコ我由来のBmFDL遺伝子を,それぞれ化学合成した。
SfFDL遺伝子の塩基配列を配列番号9に,それがコードするアミノ酸配列を配列番号10に,それぞれ示す。配列番号9の塩基配列において,塩基1〜6はMluI部位,塩基14〜1909はSfFDLコード配列,塩基1910〜1917はNotI部位である。ここに,配列番号10のアミノ酸配列は,配列番号9の塩基配列のコード領域に対応するアミノ酸配列であり,天然のSfFDL遺伝子によってコードされるアミノ酸配列と同一である。
また,BmFDL遺伝子の塩基配列を配列番号11に,それがコードするアミノ酸配列を配列番号12に,それぞれ示す。配列番号11の塩基配列において,塩基1〜6はMluI部位,塩基14〜1909はBmFDLコード配列,塩基1910〜1917はNotI部位である。ここに,配列番号12のアミノ酸配列は,配列番号11の塩基配列のコード領域に対応するアミノ酸配列であり,天然のBmFDL遺伝子によってコードされるアミノ酸配列と同一である。
【0052】
上記の各遺伝子をMluIとNotIで消化し,それぞれMluIとNotIで消化したpUC57ベクターに組み込んだ。次いで,SfFDL遺伝子とBmFDL遺伝子をpUC57ベクターからMluIとNotIで切り出し,上記で構築した発現ベクターpE-hygrのMluIとNotIの間に,それぞれ組み込んだ。SfFDL遺伝子を組み込んだpE-hygrを,SfFDL遺伝子現プラスミド(pE-hygr (Sf-FDL)),BmFDL遺伝子を組み込んだpE-hygrを,BmFDL遺伝子現プラスミド(pE-hygr (Bm-FDL))とした。
【0053】
〔GBA発現細胞へのSfFDL及びBmFDL遺伝子の導入〕
GBA発現細胞に,pE-hygr(Sf-FDL)又はpE-hygr(Bm-FDL)をそれぞれエレクトロポレーションにより導入した後,該細胞を,200μMハイグロマイシン,及び500μg/mL G418を含む CD Opti CHO培地で選択培養して,SfFDL遺伝子及びBmFDL遺伝子により形質転換されたGBA発現細胞を得た。
【0054】
〔インゲンマメレクチン(PHA-L4及びPHA-E4)による選択培養〕
上記の選択培養により得られた形質転換細胞を,12μg/mLのPHA-L4(J Oil
Mills社)と12μg/mLのPHA-E4(J Oil Mills社)を添加した培地であるCD Opti CHO培地で培養することにより,当該形質転換細胞の中で複合型糖鎖を発現している細胞を死滅させるとともに凝集させ,非凝集細胞を回収した。回収した非凝集細胞を,SfFDL遺伝子により形質転換された細胞についてはGBA/Sf-FDL発現細胞,BmFDL遺伝子により形質転換された細胞についてはGBA/Bm-FDL発現細胞とした。
【0055】
〔SDS-PAGEによる糖鎖構造の解析〕
GBA発現細胞,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞,GBA/Sf-FDL発現細胞及びGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清を各約10μLずつSDS-PAGE(10%ゲル)に供し,泳動終了後にシンプリーブルーセーフステイン(Invitrogen)によりタンパク質染色をした。また,インゲンマメレクチン処理前のGBA/AcGlcNAcase-3遺伝子による形質転換細胞,GBA/Sf-FDL遺伝子による形質転換細胞及びGBA/Bm-FDL遺伝子による形質転換細胞の培養上清も,同時にSDS-PAGEに同条件で供した。
【0056】
GBAの泳動パターンを比較すると,GBA/Sf-FDL発現細胞とGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清に含まれるGBAの泳動パターンはGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞のものと一致した(
図5)。また,インゲンマメレクチン処理前のGBA/Sf-FDL遺伝子による形質転換細胞とGBA/Bm-FDL遺伝子による形質転換細胞の培養上清に含まれるGBAの泳動パターンもGBA/AcGlcNAcase-3発現細胞のものと部分的に一致した(データは示さない)。これらの結果は,GBA/Sf-FDL発現細胞及びGBA/Bm-FDL発現細胞で発現したGBAが,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞したものと同様に,糖鎖の非還元末端にマンノースを有するものであることを示す。また,これらの結果は,哺乳動物細胞に導入した夜盗我由来のSfFDL及びカイコ蛾由来のBmFDLが,夜盗我由来のβ−N−アセチルグルコサミニダーゼ3と同様に,ゴルジ体にてその活性を示し,GBAの糖鎖修飾の過程で非還元末端に位置するN−アセチルグルコサミンを除き,糖鎖の非還元末端をマンノース残基とする酵素として機能することを示すものである。すなわちこの結果は,哺乳動物細胞内で発現したSfFDL及びBmFDLが,哺乳動物細胞内でもゴルジ体の所定の位置に局在化され,その酵素活性を発揮するということを示すものである。
【0057】
〔GBA/Sf-FDL発現細胞及びGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清から得られたグルコセレブロシダーゼの細胞内取り込み量測定〕
GBA/Sf-FDL発現細胞及びGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清から,上記の第一工程及び第二工程からなる精製方法により,それぞれGBAを精製した。これら精製されたGBAについて,上記の方法で,マクロファージ細胞株NR8383を用いたGBAの細胞内取り込み量測定を実施した。
図6に示すように,GBA/Sf-FDL発現細胞の培養上清(グラフ1)及びGBA/Bm-FDL発現細胞の培養上清(グラフ2)から得られたGBAは,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞の培養上清(グラフ3)から得られたGBAとほぼ同じレベルで,NR8383細胞内に取り込まれることがわかった。また,これらの細胞内取込み効果は,培地中にマンナンを加えることにより阻害された(グラフ4〜6)。これらの結果は,GBA/Sf-FDL発現細胞及びGBA/Bm-FDL発現細胞を用いて発現させたGBAが,GBA/AcGlcNAcase-3発現細胞を用いて発現させたGBAと同様に,その糖鎖の非還元末端にマンノースを有するものであり,マクロファージ細胞膜上に存在するマンノース受容体を介して,効率よく細胞内に取り込まれることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば,哺乳動物細胞を用いて,N−グリコシド結合糖鎖の非還元末端にマンノース残基を有する組換え体糖蛋白質を提供することができるので,例えば,リソソーム病の酵素補充療法に用いる酵素を,効率よく,容易に製造することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0059】
配列番号1:プライマーHyg-Sfi
配列番号2:プライマーHyg-BstX
配列番号3:プライマーGBA-Mlu
配列番号4:プライマーGBA-Not
配列番号5:プライマーN-AGase5'-Sal
配列番号6:プライマーN-AGase5'-Mlu
配列番号7:プライマーN-AGase3'-Mlu
配列番号8:プライマーN-AGase3'-Not
配列番号9: SfFDLコード配列を含む人工配列。塩基1-6: MluI部位,塩基
14-1909: SfFDLコード配列,塩基1910-1917: NotI部位
配列番号10:Synthetic Construct
配列番号11:BmFDLコード配列を含む人工配列。塩基1-6: MluI部位,塩基14-1909: BmFDLコード配列,塩基1910-1917: NotI部位
配列 番号12:Synthetic Construct
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]