特許第5919079号(P5919079)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5919079
(24)【登録日】2016年4月15日
(45)【発行日】2016年5月18日
(54)【発明の名称】サイアロン焼結体および切削インサート
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/599 20060101AFI20160428BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20160428BHJP
【FI】
   C04B35/58 302C
   B23B27/14 B
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-97689(P2012-97689)
(22)【出願日】2012年4月23日
(65)【公開番号】特開2013-224240(P2013-224240A)
(43)【公開日】2013年10月31日
【審査請求日】2015年2月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】特許業務法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沖原 浩介
(72)【発明者】
【氏名】豊田 亮二
【審査官】 佐溝 茂良
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/103839(WO,A1)
【文献】 特開2008−162882(JP,A)
【文献】 Preparation of Eu-doped β- and 15R-SiAlONs by ammonia nitridation of the precursor obtained using aluminum glycine gel,Journal of Alloys and Compounds,2009年,Volume 487, Issues 1?2,Pages.409-412
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/599
B23B 27/14
WPI
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−サイアロンと、15R−サイアロンと12H−サイアロンの少なくとも一方とを含むサイアロン焼結体であって、
X線回折測定によって得られる15R−サイアロンの(0,0,15)面のピーク強度I15Rと、12H−サイアロンの(0,0,12)面のピーク強度I12Hと、β−サイアロンの(1,0,1)面のピーク強度Iβは、
10≦(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)×100≦50、を満たし、
15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子の平均短軸径SDPと、β−サイアロンの粒子の平均短軸径SDβは、
1.5≦SDP/SDβ、および、SDβ≦0.7μm、を満たすことを特徴とするサイアロン焼結体。
【請求項2】
請求項1に記載のサイアロン焼結体において、
15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子の平均長軸径LDPは、
5μm≦LDP≦15μm、を満たすことを特徴とするサイアロン焼結体。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のサイアロン焼結体において、
15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子の平均短軸径SDPと平均長軸径LDPは、
4≦LDP/SDP、を満たすことを特徴とするサイアロン焼結体。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載のサイアロン焼結体において、
前記15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子とは、15R−サイアロンを12H−サイアロンよりも多く含むことを特徴とするサイアロン焼結体。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のサイアロン焼結体において、
前記各サイアロンの粒子の間に存在する粒子間相には、イットリウムが含まれていることを特徴とするサイアロン焼結体。
【請求項6】
切削インサートであって、
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のサイアロン焼結体によって構成されることを特徴とする切削インサート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイアロン焼結体および切削インサートに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、耐熱合金などの被削材を加工するための切削工具として、切削インサートを用いた切削工具が知られている。切削インサートとは、切削工具本体の先端部に脱着可能に取り付けられた刃先であり、スローアウェイチップや、刃先交換チップなどとも呼ばれる(特許文献1)。切削インサートは、耐摩耗性能を向上させるために、サイアロンセラミックス(サイアロン焼結体)や、SiCウィスカーによって強化されたアルミナセラミックス(SiCウィスカー強化アルミナ)などによって構成されることが多い。
【0003】
上述した耐摩耗性能には、耐横逃げ境界摩耗性能と、耐VB摩耗性能があることが知られている。耐横逃げ境界摩耗性能は、物理的な要因による摩耗劣化に対する特性である。耐VB摩耗性能は、化学的な要因による摩耗劣化に対する特性である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表平08−510965号公報
【特許文献2】特開平03−290373号公報
【特許文献3】特開平10−036174号公報
【特許文献4】特開昭60−239365号公報
【特許文献5】特開2008−162882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
サイアロン焼結体を用いた切削インサートは、耐横逃げ境界摩耗性能に比べて耐VB摩耗性能が劣る傾向があった。例えば、SiCウィスカー強化アルミナを用いた切削インサートと比較すると、サイアロン焼結体を用いた切削インサートは、耐横逃げ境界摩耗性能に優れるが、耐VB摩耗性能に劣る傾向にあった。このことから、サイアロン焼結体を用いた切削インサートの耐摩耗性能を向上させるためには、耐VB摩耗性能を向上させることが好ましい。なお、このようなサイアロン焼結体の耐摩耗性能に対する要求は、切削インサートに限らず、サイアロン焼結体を用いた加工用工具に共通する要求であった。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、サイアロン焼結体の耐摩耗性能の向上を図る技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本願発明は、以下の態様または適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]
β−サイアロンと、15R−サイアロンと12H−サイアロンの少なくとも一方とを含むサイアロン焼結体であって、
X線回折測定によって得られる15R−サイアロンの(0,0,15)面のピーク強度I15Rと、12H−サイアロンの(0,0,12)面のピーク強度I12Hと、β−サイアロンの(1,0,1)面のピーク強度Iβは、
10≦(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)×100≦50、を満たし、
15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子の平均短軸径SDPと、β−サイアロンの粒子の平均短軸径SDβは、
1.5≦SDP/SDβ、および、SDβ≦0.7μm、を満たすことを特徴とするサイアロン焼結体。
【0009】
この構成によれば、15R−サイアロン、12H−サイアロン、および、β−サイアロンは、各サイアロンのピーク強度I15R、I12H、Iβが、10≦(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)×100≦50、を満たし、かつ、各サイアロン粒子の平均短軸径SDP、SDβが、1.5≦SDP/SDβ、SDβ≦0.7μm、を満たすため、比較的高温における耐摩耗性能が高いという15R−サイアロンや12H−サイアロンの特性と、サイアロン焼結体の強度を向上させるというβ−サイアロンの特性との組み合わせによって、サイアロン焼結体の耐摩耗性能の向上を図ることができる。
【0010】
[適用例2]
適用例1に記載のサイアロン焼結体において、
15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子の平均長軸径LDPは、
5μm≦LDP≦15μm、を満たすことを特徴とするサイアロン焼結体。
【0011】
この構成によれば、15R−サイアロンや12H−サイアロンは、平均長軸径LDPが、5μm≦LDP≦15μm、を満たすため、高温での粘性粒界すべりの発生を抑制しつつ、外部応力によるサイアロン粒子自体の破壊を抑制することができる。よって、サイアロン焼結体の耐摩耗性能の向上を図ることができる。
【0012】
[適用例3]
適用例1または適用例2に記載のサイアロン焼結体において、
15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子の平均短軸径SDPと平均長軸径LDPは、
4≦LDP/SDP、を満たすことを特徴とするサイアロン焼結体。
【0013】
この構成によれば、15R−サイアロンや12H−サイアロンは、平均短軸径SDPと平均長軸径LDPが、4≦LDP/SDP、を満たすため、切削によるサイアロン焼結体の欠損の発生を抑制することができる。
【0014】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれかに記載のサイアロン焼結体において、
前記15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子とは、ほぼ15R−サイアロンの粒子であることを特徴とするサイアロン焼結体。
【0015】
この構成によれば、12H−サイアロンよりも高温での粘性粒界すべりを抑制する効果がより高い15R−サイアロンの特性と、β−サイアロンの特性との組み合わせによって、サイアロン焼結体の耐摩耗性能をより向上させることができる。
【0016】
[適用例5]
適用例1ないし適用例4のいずれかに記載のサイアロン焼結体において、
前記各サイアロンの粒子の間に存在する粒子間相には、イットリウムが含まれていることを特徴とするサイアロン焼結体。
【0017】
この構成によれば、粒子間相に高融点のガラス相が形成されるため、サイアロン焼結体の耐熱性の向上を図ることができる。
【0018】
[適用例6]
切削インサートであって、
適用例1ないし適用例5のいずれかに記載のサイアロン焼結体によって構成されることを特徴とする切削インサート。
【0019】
この構成によれば、切削インサートの耐摩耗性能の向上を図ることができる。
【0020】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、サイアロン焼結体を含んで構成された切削インサートを備える切削工具や、サイアロン焼結体の製造方法、切削インサートの製造方法、切削工具の製造方法、サイアロン焼結体の検査方法などの形態で実現することができる。また、本発明に係るサイアロン焼結体は、適宜、他の部材と組み合わせて適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に係る切削インサートの概略構成を説明するための説明図である。
図2】サイアロン粒子の長軸径と短軸径とを説明するための説明図である。
図3】サイアロン焼結体の製造方法の流れを説明するためのフローチャートである。
図4】サイアロン焼結体のサンプルS01〜S14の各原料粉末の配合比率を示した説明図である。
図5】サンプルS01〜S14のサイアロン相の各特性値を示した説明図である。
図6】サンプルS01〜S14の耐摩耗性能の評価結果を示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
<実施の形態>
図1(A)は、本発明の一実施形態に係る切削インサートの概略構成を説明するための説明図である。図1(B)は、切削インサートを備えた切削工具の概略構成を説明するための説明図である。切削インサート1は、略円筒形状の刃先であり、切削工具10に取り付けられて使用される。切削工具10は、耐熱合金の切削加工などに使用される工具であり、本体部11の先端部にホルダーと呼ばれる取付部12を備えている。切削インサート1は、この取付部12に脱着可能に取り付けられる。
【0023】
本実施形態の切削インサート1は、切削性能を向上させるために、以下に説明するサイアロン焼結体によって構成されている。切削性能とは、切削インサート1を取り付けた切削工具が有する性能であり、切削インサート1の強度や耐摩耗性能も含まれている。耐摩耗性能とは、切削インサート1の耐横逃げ境界摩耗性能や耐VB摩耗性能など摩擦に対する劣化特性をいう。切削工具とは、旋削加工や、フライス加工、溝入加工などの粗加工、仕上加工などをおこなう工具の全般をいう。
【0024】
切削インサート1に含まれるサイアロン焼結体は、サイアロン相に15R−サイアロンと12H−サイアロンの少なくとも一方と、β−サイアロンとを含んでいる。各サイアロンの特徴は以下の通りである。
(1)β−サイアロン
β−サイアロンは、柱状(針状)の粒子形態を有している。そのため、サイアロン焼結体のサイアロン相にβ−サイアロンが多く存在している場合には、β−サイアロンの粒子同士が複雑に絡み合っているため、外部応力によるサイアロン焼結体の亀裂の進行が抑制される。すなわち、サイアロン相におけるβ−サイアロンの割合が多いほど、サイアロン焼結体の強度を向上させ、耐横逃げ境界摩耗性能を向上させることができる。
【0025】
(2)15R−サイアロン、12H−サイアロン
15R−サイアロンと12H−サイアロンは、比較的高温における耐摩耗性能が高い。そのため、サイアロン焼結体のサイアロン相に15R−サイアロンや12H−サイアロンを存在させることにより、摩擦熱に起因するサイアロン焼結体のVB摩耗を抑制することができる。すなわち、15R−サイアロンや12H−サイアロンの存在によって、サイアロン焼結体の耐VB摩耗性能を向上させることができる。一方、15R−サイアロンと12H−サイアロンの粒子形態はともに板状であるため、β−サイアロンに比較してサイアロン焼結体の靱性を向上させる効果は低く、サイアロン焼結体のサイアロン相に15R−サイアロンや12H−サイアロンが多く存在する場合には、サイアロン焼結体の靱性が低下する可能性がある。15R−サイアロンと12H−サイアロンは上述したようにほぼ同様の特性を有しているが、15R−サイアロンは、12H−サイアロンよりも高温での粘性粒界すべりを抑制する効果がより高いため、サイアロン焼結体の耐摩耗性能をより向上させることができる。
【0026】
本発明の発明者は、これらの特性を有する各サイアロンを組み合わせることにより、サイアロン焼結体の耐摩耗性能を向上させることができることを見出した。なお、上述したように、15R−サイアロンと12H−サイアロンは、同様の特性を有しているため、本実施形態のサイアロン焼結体は、15R−サイアロンと12H−サイアロンの少なくとも一方を有していれば、他方を有していなくてもよい。また、以下において、15R−サイアロンと12H−サイアロンを特に区別する必要がない場合には、これらをまとめて、「15R,12H−サイアロン」とも呼ぶ。
【0027】
本実施形態のサイアロン焼結体は、X線回折測定をおこなったときに、サイアロン相に含まれる15R−サイアロン、12H−サイアロン、β−サイアロン、のそれぞれのピーク強度Iが下記式(1)の関係を満たすことが好ましい。
【0028】
10≦(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)×100≦50 ・・・(1)
ここで、I15R、I12H、Iβ、は以下のとおりである。
15R:15R−サイアロンの(0,0,15)面のピーク強度
12H:12H−サイアロンの(0,0,12)面のピーク強度
β:β−サイアロンの(1,0,1)面のピーク強度
【0029】
15R−サイアロンと12H−サイアロンの2つのピーク強度の合計(I15R+I12H)が、15R−サイアロン、12H−サイアロンおよびβ−サイアロンの3つのピーク強度の合計(I15R+I12H+Iβ)の10%未満であると、15R−サイアロンや12H−サイアロンによる耐化学摩耗性の向上効果が十分に得られない場合がある。一方、50%よりも大きいと、β−サイアロンの割合の減少によってサイアロン焼結体の焼結性が悪化し、切削工具として十分な強度を保持できない場合がある。なお、式(1)において、サイアロン焼結体に12H−サイアロンが含まれていない場合には、I12H=0として算出する。
【0030】
図2は、サイアロン粒子の長軸径と短軸径とを説明するための説明図である。以下では、サイアロン相に含まれている各サイアロンの粒子(サイアロン粒子)Psについて、1つのサイアロン粒子Psの中で幅が最も大きい部分をその粒子の長軸径PLDと呼び、長軸径PLDと直交する方向の幅のうち最も小さい部分をその粒子の短軸径PSDと呼ぶ。また、サイアロン相に含まれている複数のサイアロン粒子の長軸径PLDの平均を平均長軸径LDと呼び、複数のサイアロン粒子の短軸径PSDの平均を平均短軸径SDと呼ぶ。
【0031】
本実施形態のサイアロン焼結体は、サイアロン相に含まれているβ−サイアロンの粒子(β−サイアロン粒子)、および、15R−サイアロンと12H−サイアロンの両方の粒子(15R,12H−サイアロン粒子)のそれぞれの平均短軸径SDが下記の式(2)(3)の関係を満たすことが好ましい。
1.5≦SDP/SDβ ・・・(2)
SDβ≦0.7μm ・・・(3)
ここで、SDP、SDβ、は以下のとおりである。
SDP:15R,12H−サイアロン粒子の平均短軸径(ただし、15R−サイアロンと12H−サイアロンの一方のみが存在する場合には、その存在する粒子の平均短軸径)
SDβ:β−サイアロン粒子の平均短軸径
【0032】
式(2)(3)は、サイアロン相において、15R−サイアロンや12H−サイアロンの粒子が粗粒として存在し、β−サイアロン粒子が微粒として存在していることを意味している。このようなバイモーダル組織が構成されることによって、サイアロン焼結体の耐摩耗性と耐欠損性を向上させることができる。具体的には、サイアロン相に存在する粗粒の15R,12H−サイアロン粒子がサイアロン焼結体の耐摩耗性の向上に寄与し、15R,12H−サイアロン粒子の間(粒間)に存在する微粒のβ−サイアロン粒子がサイアロン焼結体の耐欠損性の向上に寄与する。
【0033】
式(2)(3)に加えて、本実施形態のサイアロン焼結体は、15R,12H−サイアロン粒子の平均長軸径LDPが下記の式(4)の関係を満たすことがより好ましい。
5μm≦LDP≦15μm ・・・(4)
【0034】
15R,12H−サイアロン粒子の平均長軸径LDPが5μmより小さいと、高温での粘性粒界すべりが発生しやすくなるため、サイアロン焼結体の耐摩耗性が低下するおそれがある。一方、平均長軸径LDPが15μmよりも大きいと、外部応力を受けたときに15R,12H−サイアロン粒子自体が破壊する可能性が高まるため、サイアロン焼結体の耐欠損性が低下するおそれがある。
【0035】
さらに、本実施形態のサイアロン焼結体は、15R,12H−サイアロン粒子のアスペクト比(平均長軸径LDp/平均短軸径SDp)が下記の式(5)の関係を満たすことがより好ましい。
4≦LDP/SDP ・・・(5)
15R,12H−サイアロン粒子のアスペクト比(LDP/SDP)が4よりも小さいと、切削の際にサイアロン焼結体に生じる微少のクラックが進展しやすくなり、サイアロン焼結体に欠損が生じる可能性が高くなるおそれがある。
【0036】
さらに、本実施形態のサイアロン焼結体は、粒子間相にイットリウム(Y)が含まれていることが好ましい。粒子間相とは、各サイアロン粒子の間に存在するガラス相や結晶相を含む粒界相をいう。イットリウムは、焼結時に二酸化ケイ素(Si02)や酸化アルミニウム(Al23)とともに高融点のガラスを生成する。そのため、焼結助剤としてイットリウムの酸化物を用いることによって、粒子間相に高融点のガラス相を形成することができる。これにより、サイアロン焼結体の耐熱性の向上を図ることができる。また、切削工具の高速回転時などサイアロン焼結体の高温時における耐摩耗性能を向上させることができる。
【0037】
<製造方法>
図3は、サイアロン焼結体の製造方法の流れを説明するためのフローチャートである。以下で説明する製造方法は、本実施形態のサイアロン焼結体を製造する方法の一例であり、本実施形態のサイアロン焼結体は、以下の製造方法以外の方法によっても製造することができる。また、以下の説明で用いられる各種数値(例えば、粉末の平均粒径、混合時間、プレス圧、焼成時間、焼成温度など)はその一例であり、これら以外の値を任意に採用することが可能である。
【0038】
本実施形態のサイアロン焼結体を製造するにあたり、まず、窒化珪素(Si34)と、希土類酸化物(Y23)と、酸化アルミニウム(Al23)とを含んだ第1のスラリーと、窒化アルミニウム(AlN)を含んだ第2のスラリーとを作製する(ステップT10)。第1のスラリーは、平均粒径が0.5μmの窒化珪素(Si34)粉末と、希土類酸化物(Y23)粉末と、酸化アルミニウム(Al23)粉末とを含んだ原料粉末をエタノールと共にボールミル中で約20時間混合して作製する。第2のスラリーは、窒化アルミニウム(AlN)粉末をエタノールと共にボールミル中で約10時間粗く粉砕して作製する。その後、作製した第1のスラリーと第2のスラリーとを混合し、湯煎乾燥した後に250μmのふるいに通して混合粉末を得る(ステップT20)。
【0039】
混合粉末に含まれるSi34、Al23、AlNは、重量比が下記式(6)、(7)を満たすことが好ましい。
Si34/(Al23+AlN)<2 ・・・(6)
0.5<AlN/Al23<1.5 ・・・(7)
なお、混合粉末に含まれるSi34の割合を減らすことによって、または、AlNの割合を増やすことによって、サイアロン相中の15R−サイアロンの含有量を増やすことができる。反対に、混合粉末に含まれるSi34の割合を増やすことによって、または、AlNの割合を減らすことによって、サイアロン相中の15R−サイアロンの含有量を減らすことができる。
【0040】
ステップT10の第1のスラリーおよび第2のスラリーの作製工程において、粉砕時間が短いと焼結時に生成する液相が均一化せず緻密化が十分になされない。一方、粉砕時間が必要以上に長いと焼結時に液相が生成しやすくなり、溶解再析出によるβ−サイアロン化が促進され、15R−サイアロンが析出しにくくなる。第2のスラリーの作製工程において、AlNの粉砕時間を減らすことによって、15R−サイアロンの平均短軸径SD15Rを大きくすることができる。AlN粒子は15R−サイアロンの種結晶となるので、AlNを粗く粉砕することによって、15R−サイアロンが粗粒、β−サイアロンが微粒のバイモーダル組織とすることができる。
【0041】
混合粉末を作製した後、この混合粉末を切削インサートの形状にプレス成形する(ステップT30)。プレス圧は、1000kgf/cm2程度とすることが好ましい。得られた成形体に対して冷間等方圧加圧(CIP:cold isostatic pressing)成形により成形する。このときの圧力は、1500kgf/cm2程度とすることが好ましい。続いて、CIP成形により成形された成形体の焼成をおこなう(ステップT40)。焼成は、窒化珪素製の容器の中に成形体を配置し、窒素雰囲気下でおこなうことが好ましい。また、昇温速度は10℃/min程度、焼成温度は1700℃〜1850℃程度、焼成時間は2時間程度、降温速度は20℃/min程度とすることが好ましい。
【0042】
ステップT40の焼成工程において、昇温速度が10℃/minより遅い場合や、焼成温度が1700℃よりも低い場合には液相成分からY3Al512が析出し、15R−サイアロンが生成しにくくなる。また、焼成温度が1850℃よりも高いとβサイアロンの粒径が粗大となるため望ましくない。また、降温速度が20℃/minよりも遅いと、粒界にY3Al512などの希土類含有結晶が析出し、強度の劣化を引き起こしやすくなる。続いて、焼成工程を経て得られたサイアロン焼結体の研磨加工をおこなう(ステップT50)。ダイヤモンド砥石等を用いて研磨加工をおこない、切削インサートの形状に整えることによって、切削インサートを得ることができる。
【0043】
<実施例>
(1)サンプルの製造:
図4は、サイアロン焼結体のサンプルS01〜S14の各原料粉末の配合比率を示した説明図である。まず、平均粒径が0.5μmのSi34粉末、Al23粉末、および、Y23粉末を図4に示す割合で配合した原料粉末を用意した。この原料粉末をエタノールと共にボールミル中で約20時間混合して第1のスラリーを作製した。また、図4に示す分量のAlN粉末を用意し、エタノールと共にボールミル中で約10時間粗く粉砕して第2のスラリーを作製した。その後、第1のスラリーと第2のスラリーとを混合し、湯煎乾燥した後に250μmのふるいに通して混合粉末を得た。
【0044】
この混合粉末をISO規格でRNGN120700の切削インサートの形状にプレス成形した。プレス圧は、1000kgf/cm2とした。得られた成形体に対してCIP成形により成形をおこなった。このときの圧力は、1500kgf/cm2とした。続いて、CIP成形により成形された成形体を窒化珪素製の容器の中において焼成をおこなった。焼成は、窒素雰囲気下において、昇温速度10℃/minで昇温させた後、1750℃で2時間保持し、その後、降温速度20℃/minで降温させた。焼成によって得られたサイアロン焼結体をダイヤモンド砥石等で研磨加工し、RNGN120700の切削インサートの形状に整えることによって、サンプルS01〜S14の切削インサートを得た。
【0045】
(2)サンプルの組成:
図5は、サンプルS01〜S14のサイアロン相の各特性値を示した説明図である。図5には、各サンプルS01〜S14のサイアロン相に含まれる15R−サイアロン、12H−サイアロン、β−サイアロンのそれぞれのピーク強度I15R、I12H、Iβ、と、15R,12H−サイアロン粒子の平均短軸径SDPおよび平均長軸径LDPと、β−サイアロン粒子の平均短軸径SDβの測定値が示されている。また、図5には、式(1)に対応する特性値(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)×100、式(2)に対応する特性値SDP/SDβ、および、式(5)に対応する特性値LDP/SDPが示されている。なお、式(3)に対応する特性値はSDβであり、式(4)に対応する特性値はLDPである。
【0046】
ピーク強度I15R、I12H、Iβを測定するために、各サンプルS01〜S14に対してX線回折測定をおこなった。各ピーク強度I15R、I12H、Iβは、以下の2θ値におけるピーク高さとした。
ピーク強度I15R:2θ=32.0度付近におけるピーク高さ(15R−サイアロンの(0,0,15)面のピーク高さ)
ピーク強度I12H:2θ=32.8度付近におけるピーク高さ(12H−サイアロンの(0,0,12)面のピーク高さ)
ピーク強度Iβ:2θ=33.4度付近におけるピーク高さ(β−サイアロンの(1,0,1)面のピーク高さ)
【0047】
サンプルS06、S07には、12H−サイアロンの(0,0,12)面のピークが確認されたが、それ以外のサンプルS01〜S05、S08〜S14には、12H−サイアロンの(0,0,12)面のピークが確認されなかった。このことから、サンプルS01〜S05、S08〜S14のサイアロン相には、12H−サイアロンが含まれていないと考えられる。よって、サンプルS01〜S05、S08〜S14では、式(1)に対応する特性値(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)は、I12Hを含まない(I15R)/(I15R+Iβ)×100と値が等しくなる。また、サンプルS01〜S05、S08〜S14では、15R,12H−サイアロン粒子の平均短軸径SDPおよび平均長軸径LDPは、15R−サイアロン粒子の平均短軸径SD15Rおよび平均長軸径LD15Rと等しくなる。
【0048】
15R,12H−サイアロン粒子の平均短軸径SDPおよび平均長軸径LDPと、β−サイアロン粒子の平均短軸径SDβの測定は、以下の手順でおこなった。まず、サイアロン焼結体の表面を0.5mm研磨した研磨面を鏡面研磨後、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe MicroAnalyser)によって、50μm視野のEPMA像を得た。このEPMA像において、Al濃度が30atm%以上の粒子を15R,12H−サイアロン粒子として特定し、30atm%より小さい粒子をβ−サイアロン粒子として特定した。50μm視野のEPMA像に存在する各15R,12H−サイアロン粒子の長軸径PLDを測定し、長軸径PLDが長い上位15個の15R,12H−サイアロン粒子の短軸径PSDおよび長軸径PLDの平均値をそれぞれ算出して、15R,12H−サイアロン粒子の平均短軸径SDPおよび平均長軸径LDPとした。また、50μm視野のEPMA像からランダムに50個のβ−サイアロン粒子の短軸径PSDを測定し、この平均値を算出してβ−サイアロン粒子の平均短軸径SDβとした。
【0049】
上述したサイアロン相の特性のほかに、サンプルS01〜S14の粒子間相のイットリウムの有無について確認した。具体的には、各サンプルS01〜S14をほぼ中央部で切断し、鏡面加工した切断面を、走査型電子顕微鏡に付属のEDX分析器を用いて、倍率50000倍で分析した。この結果、すべてのサンプルS01〜S14において、粒子間相にイットリウムが存在することが確認された。
【0050】
(3)サンプルの評価:
図6は、サンプルS01〜S14の耐摩耗性能の評価結果を示した説明図である。図6には、各サンプルS01〜S14の耐摩耗性能を示すVB摩耗量が示されている。また、図6には、図5で示した式(1)〜(5)に対応する特性値を用いて各サンプルS01〜S14が式(1)〜(5)のそれぞれを満たしているか否かを「○」と「×」で示している。
【0051】
VB摩耗量を測定するために、下記の切削条件において、各サンプルS01〜S14を用いて切削加工をおこなった。図6のVB摩耗量は、切削距離が380mとなった時点における逃げ面摩耗量の測定値である。
切削条件:
・被削材:インコネル718(45HRC)
・切削速度:240m/min
・送り速度:0.2mm/rev
・切り込み深さ:1.0mm
・切削油:あり
図6では、判定結果として、VB摩耗量が0.2mm以下となったサンプルを「○」、0.2mmより大きく0.22mm以下となったサンプルを「△」、0.22mmより大きかったサンプルを「×」で示している。また、切削中に破損したサンプルを「欠損」で示している。
【0052】
図6に示すように、サンプルS01〜S08は、VB摩耗量の判定が「○」または「△」となった。すなわち、少なくとも式(1)〜(3)を満たすサイアロン焼結体は、VB摩耗量が0.22mm以下となった。このことから、サイアロン焼結体は、各サイアロンのピーク強度I15R、I12H、Iβが、10≦(I15R+I12H)/(I15R+I12H+Iβ)×100≦50、を満たし、各サイアロン粒子の平均短軸径SDP、SDβが、1.5≦SDP/SDβ、および、SDβ≦0.7μm、を満たすことによって、耐摩擦性能の向上を図ることができることがわかる。
【0053】
さらに、サンプルS01〜S07は、VB摩耗量の判定がすべて「○」となった。すなわち、式(1)〜(3)のほかに式(4)、(5)を満たすサイアロン焼結体は、VB摩耗量が0.2mm以下となった。このことから、サイアロン焼結体は、15R−サイアロンや12H−サイアロンの平均長軸径LDPと平均短軸径SDPが、5μm≦LDP≦15μm、4≦LDP/SDP、を満たすことによって、さらに耐摩擦性能の向上を図ることができる。
【0054】
サンプルS06、S07のサイアロン相には、12H−サイアロンが含まれているが、式(1)〜(5)を満たすことによって、VB摩耗量の判定が「○」となっている。このことから、式(1)〜(5)を適用する際に、15Rサイアロンと12Hサイアロンとを区別せずに取り扱っても、VB摩耗量の判定結果が同様となることが明らかとなった。なお、15R−サイアロンは、12H−サイアロンよりも高温での粘性粒界すべりを抑制する効果がより高いため、15R−サイアロンを多く含むサイアロン焼結体の方が耐摩耗性能をより向上させることができる。
【0055】
<変形例>
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0056】
(1)変形例1:
上記実施例では、サイアロン焼結体を用いて切削インサート1を構成していた。しかし、本発明のサイアロン焼結体は、切削インサートに限らず、他の工具や、製品の部材として用いられるものとしても良い。
【0057】
(2)変形例2:
上記実施例のサイアロン焼結体には、さらに、窒化チタン(TiN)や炭窒化チタン(TiCN)など、サイアロン粒子以外の硬質粒子が添加されるものとしても良い。これによって、サイアロン焼結体の耐摩耗性能をさらに向上させることができる。また、サイアロン焼結体には、β−サイアロン、15R−サイアロン、12H−サイアロン以外のサイアロン粒子が含まれているものとしてもよい。
【符号の説明】
【0058】
1…切削インサート
10…切削工具
11…本体部
12…取付部
図1
図2
図3
図4
図5
図6