特許第5919602号(P5919602)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5919602核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法及び検出キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5919602
(24)【登録日】2016年4月22日
(45)【発行日】2016年5月18日
(54)【発明の名称】核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法及び検出キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20160428BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20160428BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   C12Q1/68 Z
   !C12N15/00 A
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-510000(P2013-510000)
(86)(22)【出願日】2012年4月16日
(86)【国際出願番号】JP2012060265
(87)【国際公開番号】WO2012141324
(87)【国際公開日】20121018
【審査請求日】2015年4月16日
(31)【優先権主張番号】特願2011-90971(P2011-90971)
(32)【優先日】2011年4月15日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100092093
【弁理士】
【氏名又は名称】辻居 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100082005
【弁理士】
【氏名又は名称】熊倉 禎男
(74)【代理人】
【識別番号】100084663
【弁理士】
【氏名又は名称】箱田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100093300
【弁理士】
【氏名又は名称】浅井 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100168631
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 康匡
(72)【発明者】
【氏名】岡本 晃充
(72)【発明者】
【氏名】杉崎 香織
(72)【発明者】
【氏名】中村 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 博幸
(72)【発明者】
【氏名】池田 修司
【審査官】 森井 文緒
(56)【参考文献】
【文献】 TAHILIANI M et al.,Conversion of 5-methylcytosine to 5-hydroxymethylcytosine in mammalian DNA by MLL partner TET1.,Science,2009年 5月15日,Vol.324, No.5929,p.930-935
【文献】 ITO S et al.,Role of Tet proteins in 5mC to 5hmC conversion, ES-cell self-renewal and inner cell mass specificati,Nature,2010年 8月26日,Vol.466, No.7310,p.1129-1133
【文献】 MUNZEL M et al.,Quantification of the Sixth DNA Base Hydroxymethylcytosine in the Brain,Angew. Chem. Int. Ed.,2010年 7月19日,Vol.49, No.31,p.5375-5377
【文献】 SONG CX et al.,Selective chemical labeling reveals the genome-wide distribution of 5-hydroxymethylcytosine.,[online]Nat. Biotechnol.,2010年12月12日,Vol.29, No.1,p.68-72,Retrieved on 2012.04.26, Retrieved from the Internet,URL,http://www.nature.com/nbt/journal/v29/n1/pdf/nbt.1732.pdf
【文献】 KAMATA K et al.,Hydrogen-bond-assisted epoxidation of homoallylic and allylic alcohols with hydrogen peroxide cataly,J. Am. Chem. Soc.,2009年 5月27日,Vol.131, No.20,p.6997-7004
【文献】 OKAMOTO A et al.,5-Hydroxymethylcytosine-selective oxidation with peroxotungstate.,Chem. Commun.,2011年10月28日,Vol.47, No.40,p.11231-11233
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/68
PubMed
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を有することを特徴とする核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法:
(1)核酸サンプルをタングステン酸系酸化剤で処理して存在する可能性のある5−ヒドロキシメチルシトシンを酸化する工程;及び
(2)核酸サンプル中の酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程。
【請求項2】
タングステン酸系酸化剤が、
(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩
(2)タングステン酸又はその塩、及び
(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせ
からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1記載の方法。
【請求項3】
タングステン酸系酸化剤が、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]、H2WO4/H22、及びK2WO4/H22からなる群から選ばれる少なくとも1種であるである請求項1記載の方法。
【請求項4】
工程(2)が、酸化された核酸サンプルを脱アミン化処理して、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシン部位で切断し、この核酸断片の大きさを測定することにより、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程を含む請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
工程(2)が、酸化された核酸サンプルをシーケンシングすることにより、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程を含む請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
核酸がDNAである請求項1〜5のいずれか1項記載方法。
【請求項7】
(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩、
(2)タングステン酸又はその塩、及び、
(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせ、
からなる群から選ばれる少なくとも1種のタングステン酸系酸化剤の、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出のための使用。
【請求項8】
(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩、
(2)タングステン酸又はその塩、及び、
(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせ、
からなる群から選ばれる少なくとも1種のタングステン酸系酸化剤を含む、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出用キット。
【請求項9】
さらに、酸化された核酸サンプルを脱アミン化処理するための試薬、及びpH緩衝液からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む請求項8記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法及び検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
エピジェネティクスは、ゲノムを生理的に修飾するDNAメチル化、DNAとタンパク質との複合体であるクロマチン、クロマチンを構成する多くのタンパク質の翻訳後修飾から成立しており、統合的に遺伝子発現を制御している。
クロマチン中のヒストンの修飾については、転写誘導の際に、ヒストン修飾によるクロマチン構造変換が重要な役割を果たす。例えば、ヒストンアセチル化酵素によるアセチル化が引き金となって、クロマチンのリモデリングが誘導され、基本転写因子とRNAポリメラーゼによる転写が開始する。また、ヒストンのメチル化やリン酸化は、転写の制御、サイレンシング、クロマチン凝縮などを引き起こす。
【0003】
また、多くの真核生物ではゲノム中のCpGジヌクレオチドの60−90%が、シトシン5位炭素原子のメチル化を受けている。メチル化CpGは反復配列を多く含むヘテロクロマチンやトランスポゾンに見られており、ウイルスやトランスポゾンの活性化を抑えていると考えられる。また、CpGのメチル化とヒストン修飾とは、相互に協調している。
【0004】
例外的に、多くの遺伝子のプロモーター領域にあるCGリッチな領域(CpGアイランド)ではメチル化を受けていない。さらにその例外として、インプリンティングされる遺伝子、女性の不活化X染色体ではCpGアイランドがメチル化されている。また、がん細胞におけるがん抑制遺伝子のプロモーター領域でもCpGアイランドがメチル化されている。従って、シトシンのメチル化は、癌の発生、再発、転移のマーカーとして使用することができ、遺伝子中のシトシンがメチル化されているか否かの簡単な検出方法が求められている。
【0005】
このように、これまでに、DNA中にはシトシン(C)がメチル化された5−メチルシトシンの存在が報告され、発生遺伝学的に重要な役割を果たしていることが知られていたが、新しい塩基(5−ヒドロキシメチルシトシン)が、プルキニエ細胞の研究で発見された(非特許文献1)。5−ヒドロキシメチルシトシンは、DNA脱メチル化(初期化)のメカニズムを解く鍵と指摘されている。従って、DNA中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在及びその位置を特定することは、がん・老化・再生医療など、エピジェネティクス技術に関わる全ての分野における、遺伝子機能の初期化を調べるための核心的技術として重要かつ不可欠なことである。
【0006】
DNA中のメチルシトシンを化学的に簡便に検出する方法として、種々の方法が提案されている。特許文献1には、シトシンとメチルシトシンを判別する方法が記載されている。また特許文献2には、標的DNA中の5−メチルシトシン部位を選択的に切断し、5'断片を得、この5'断片とハイブリダイズし得るFRETプローブおよびフラップエンドヌクレアーゼを用いて酵素反応を行い、蛍光を検出する方法が記載されている。
しかしこれらの方法を5−ヒドロキシメチルシトシンの検出にそのまま適用することはできない。
【0007】
DNA中の5−ヒドロキシメチルシトシンを検出する方法としては、断片化したDNAサンプルを、抗5−ヒドロキシメチルシトシン抗体を用いて、従来の免疫沈降法を応用して検出する方法(非特許文献2及び3)や、5−ヒドロキシメチルシトシンを糖修飾する酵素を用いて、修飾し、分離する方法(非特許文献4)等が知られている。
しかし、いずれの方法も、DNAサンプルを予め断片化する必要があるとともに、5−ヒドロキシメチルシトシンを含む断片を分離しても、断片中の5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を特定することができないという問題がある。
【0008】
従って、DNA等の核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンを化学的に簡便に検出する方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2006/132022
【特許文献2】WO2007/111324
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Science Vol.324, No.5929, pp.930-935 (2009)
【非特許文献2】Nature 466, 1129-1133 (2010)
【非特許文献3】Angew. Chem. Int. Ed. 49, 5375-5377 (2010)
【非特許文献4】Nature Biotechnol. 29, 68-72 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法を提供することである。
本発明の他の目的は、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出キットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は以下に示す核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法及び検出キットを提供するものである。
1.下記の工程を有することを特徴とする核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出方法:
(1)核酸サンプルをタングステン酸系酸化剤で処理して存在する可能性のある5−ヒドロキシメチルシトシンを酸化する工程;及び
(2)核酸サンプル中の酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程。
2.タングステン酸系酸化剤が、
(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩
(2)タングステン酸又はその塩、及び
(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせ
からなる群から選ばれる少なくとも1種である上記1記載の方法。
3.タングステン酸系酸化剤が、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]、H2WO4/H22、及びK2WO4/H22からなる群から選ばれる少なくとも1種であるである上記1記載の方法。
4.工程(2)が、酸化された核酸サンプルを脱アミン化処理して、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシン部位で切断し、この核酸断片の大きさを測定することにより、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程を含む上記1〜3のいずれか1項記載の方法。
5.工程(2)が、酸化された核酸サンプルをシーケンシングすることにより、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程を含む上記1〜3のいずれか1項記載の方法。
6.核酸がDNAである上記1〜5のいずれか1項記載方法。
7.(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩、
(2)タングステン酸又はその塩、及び、
(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせ、
からなる群から選ばれる少なくとも1種のタングステン酸系酸化剤の、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出のための使用。
8.(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩、
(2)タングステン酸又はその塩、及び、
(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせ、
からなる群から選ばれる少なくとも1種のタングステン酸系酸化剤を含む、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出用キット。
9.さらに、酸化された核酸サンプルを脱アミン化処理するための試薬、及びpH緩衝液からなる群から選ばれる少なくとも1種を含む上記8記載のキット。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在及びその位置を、化学的に簡便にかつ正確に検出することができる。従って、がん・老化・再生医療など、エピジェネティクス技術に関わる全ての分野における、遺伝子機能の初期化を調べるための核心的技術として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の方法の標的として好適な核酸の例を示す図面である。
図2】配列番号1のDNAを、H2WO4/H22で酸化処理し、次いでピペリジン処理した生成物のポリアクリルアミドゲル電気泳動図である。
図3】配列番号1のDNAを、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]で酸化処理し、次いでピペリジン処理した生成物のポリアクリルアミドゲル電気泳動図である。
図4】配列番号2のDNA(CpG、mCpG、又はhmCpGを含むヒトTNF−β推定プロモーター領域DNA断片)をK2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]で酸化処理し、脱アミン化し、PCR増幅した生成物のシーケンシングプロファイル(右側)及び処理前のプロファイル(左側)を示す図面である。実線はアデニン、破線はグアニン、一点鎖線はシトシン、点線はチミンを示す。
図5図5の(A)〜(F)は、実施例3において、配列番号4〜9のDNAを、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]で酸化処理し、次いでピペリジン処理した生成物のポリアクリルアミドゲル電気泳動図である。
図6図6の(G)〜(K)は、実施例3において、配列番号10〜14のDNAを、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]で酸化処理し、次いでピペリジン処理した生成物のポリアクリルアミドゲル電気泳動図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において「核酸」とは、図1に示すように、5−ヒドロキシメチルシトシンを構造の一部として含有し、本発明の方法により5−ヒドロキシメチルシトシンを検出することができるすべての化合物を意味し、DNA、RNA、ヌクレオチド、ヌクレオシド、核酸類縁体、ペプチド、上記以外の有機高分子等を意味する。特にDNAが好ましい。本発明の方法は、任意の鎖長の核酸に適用できるが、好ましくは1〜10000bp、さらに好ましくは15〜1000bpである。
【0016】
本発明に使用される「タングステン酸系酸化剤」とは、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンに選択的に作用してこれを酸化する能力を有する酸化剤であり、好ましいものは、(1)ペルオキシタングステン酸、又はその塩(例えば、カリウム塩、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩、アンモニウム塩、アミン塩等)、(2)タングステン酸又はその塩(例えば、カリウム塩、ナトリウム塩等のアルカリ金属塩、アンモニウム塩、アミン塩等)、及び(3)ペルオキシタングステン酸、タングステン酸、又はそれらの塩と、再酸化剤との組み合わせからなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0017】
ペルオキシタングステン酸もしくはタングステン酸又はそれらの塩は、単独又は再酸化剤と組み合わせて、本発明の酸化剤として使用することができる。
ペルオキシタングステン酸もしくはタングステン酸又はそれらの塩の具体例としては、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]、H2WO4、K2WO4、Na2WO4−NH2CH2PO32−[CH3(n−C8173N]HSO4、[C55N(n−C1633)]3PW1240、[(n−C494N]2[PhPO3{WO(O22}]、{WZn[M(H2O)]2(ZnW9342}の塩(ここでのMは、Zn、Mn、Ru、Feなど)、Na2WO4−フラクトピラノシド等が挙げられる。
【0018】
再酸化剤の具体例としては、過酸化水素、N−メチルモルホリン−N−オキシド、フェリシアン化カリウム、過安息香酸類、酸素ガス等が挙げられる。
再酸化剤と組み合わせる場合の、ペルオキシタングステン酸もしくはタングステン酸又はそれらの塩対再酸化剤のモル比(ペルオキシタングステン酸もしくはタングステン酸又はそれらの塩/再酸化剤)は、好ましくは1/10万〜1/1、さらに好ましくは1/100〜1/1であり、通常は1/10で良い。
【0019】
核酸の酸化処理工程
本発明において、核酸含有サンプルに本発明の酸化剤を接触させることにより、核酸中に存在する5−ヒドロキシメチルシトシンを選択的に酸化することができる。
この酸化反応では、5−ヒドロキシメチルシトシンのみが選択的に酸化され、シトシン、5−メチルシトシンは酸化されないため、5−ヒドロキシメチルシトシンのみを選択的に検出することができる。
【0020】
この酸化反応において、核酸サンプルの水溶液のpHは、特に制限されないが、好ましくは適当な緩衝液、例えば、リン酸ナトリウム、トリス塩酸、酢酸ナトリウム等により、好ましくはpH1〜10、さらに好ましくはpH5〜9に調整することが望ましい。
また、核酸サンプルの濃度も特に制限されないが、好ましくは10-7〜10質量%、さらに好ましくは10-5〜10-1質量%である。
本発明の酸化剤の添加量も特に制限されないが、核酸サンプル100質量部に対して、好ましくは0.1〜106質量部、さらに好ましくは102〜105質量部が望ましい。
酸化反応の反応時間は、好ましくは1分〜48時間、さらに好ましくは10分〜10時間、温度は、好ましくは0〜100℃、さらに好ましくは5〜70℃である。
【0021】
酸化された核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する工程
酸化反応後、5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する。
この際、反応試薬の残渣が次の検出工程で増幅障害などの問題を生じる可能性がある場合には、検出工程の前に脱塩操作をする。脱塩操作は、ゲル濾過、ゲル電気泳動、HPLC精製、脱塩フィルター、イオン交換カラム、塩析など、公知の手法により行うことができる。脱塩処理により、後続の5−ヒドロキシメチルシトシンの位置決定の工程の精度を向上することができる。
【0022】
酸化された核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する方法に特に制限はないが、例えば、以下の方法が挙げられる。
(A)酸化された核酸サンプルを脱アミン化処理して、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシン部位で切断し、この核酸断片の大きさを測定することにより、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する方法。
(B)酸化された核酸サンプルをシーケンシングすることにより、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を決定する方法。
【0023】
まず、方法(A)について説明する。
酸化処理された5−ヒドロキシメチルシトシンは、シトシン4位の脱アミン化を誘起する反応条件下(例えば、pH4〜9の緩衝液中での加熱、臭化リチウムや臭化マグネシウムのような塩を含む水溶液中での加熱、水酸化ナトリウムやピペリジンのような塩基性物質を含む水溶液中での加熱など)で処理して、核酸を酸化された5−ヒドロキシメチルシトシン部位で切断し、この核酸断片の大きさを、電気泳動(ポリアクリルアミドゲルもしくはアガロースゲルなど)での泳動度や、質量分析(MALDIもしくはESIなど)での質量変化により検出する。この核酸断片の大きさを、電気泳動での泳動度等により決定するためには、核酸サンプルを予め蛍光物質、32P-リン酸、ジゴキシゲニン等により標識しておくことが望ましい。
【0024】
さらに具体的には、酸化処理した核酸サンプルを、塩基性物質であるピペリジン、水酸化ナトリウム等(濃度は、好ましくは、3〜50質量%、さらに好ましくは10〜20質量%程度)を含む水溶液中で、加熱処理(好ましくは70〜100℃で好ましくは5分〜5時間)すると、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンの塩基と糖との間のN−グリコシド結合が分解されるとともに、その酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンを有するヌクレオチドと隣接するヌクレオチドとの間のホスホジエステル結合も切断される。従って、塩基性物質で処理した後に、核酸断片をPCRなどで増幅し、例えば、ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により核酸断片の大きさを測定することにより、問題となる塩基の位置を特定することができる。すなわち、5−ヒドロキシメチルシトシンの存在箇所で核酸が切断され、核酸断片のバンドが観察できるので、配列のどの位置が5−ヒドロキシメチルシトシンなのか確定できる。
【0025】
次に、方法(B)について説明する。
酸化処理された核酸を、シーケンシング反応(PCR増幅の後もしくは直接、一般的なシーケンサや次世代シーケンサなど)にかけ、シーケンサでのCからTもしくはGからAへの塩基変換などにより5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を検出する。
すなわち、5−ヒドロキシメチルシトシンはグアニンと相補的塩基対を形成するが、酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンは、グアニンではなくアデニンと相補的塩基対を形成するため、酸化する前の核酸サンプルと酸化された核酸サンプルをシーケンシングし比較することにより、5−ヒドロキシメチルシトシンの位置を特定することができる。
【0026】
さらに具体的には、タングステン酸系酸化剤で酸化後、必要により脱塩処理し、PCR増幅した生成物のシーケンシングプロファイルから、5−メチルシトシン及びシトシンに対応する相補部位にはその相補塩基であるグアニンが導入されるのに対して、5−ヒドロキシメチルシトシンに対応する相補部位にはグアニンだけでなくアデニンも導入されるため、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在位置を5−メチルシトシン及びシトシンと明確にかつ効率よく識別し、検出することができる。
酸化後、必要により脱塩処理した生成物をさらに、好ましくは10〜0.1質量%の臭化リチウム、塩化リチウム、臭化マグネシウム等の水溶液(例えば、pH5〜9のリン酸ナトリウムもしくは酢酸ナトリウムもしくはトリス塩酸緩衝液)中、5〜80℃で0.5〜24時間処理すると、5−ヒドロキシメチルシトシンに対応する相補部位に導入される塩基(グアニンとアデニン)中のアデニンの比率がさらに高くなり、ほぼアデニンのみとすることができ、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在位置を5−メチルシトシン及びシトシンとさらに明確にかつ効率よく識別し、検出することができる。
【0027】
実施例1
配列番号1の塩基配列を有する蛍光標識したDNA 1.25マイクロgを水50mlに溶解し、リン酸ナトリウム−塩化ナトリウム緩衝液でpH7.0に調整し、これに表1に示す酸化剤をそれぞれ165マイクロg加え、50℃で120分間反応させた。
反応混合物をマイクロバイオスピンカラム6Tris(バイオラッド社)により脱塩処理した。
次いで、この処理物にピペリジンを10質量%となるように加え、90℃で120分間加熱処理した。
処理物を凍結乾燥処理に付し、残留物をポリアクリルアミドゲル電気泳動により解析した。
配列番号1:5’-Fluorescein-AAAAAAGXGAAAAAA-3’(X=hmC,mC,C)。
以下、hmCは5−ヒドロキシメチルシトシン、mCは5−メチルシトシン、Cはシトシンを示す。
【0028】
配列番号1のDNAを、H2WO4/H22で酸化処理し、次いでピペリジン処理した生成物を、ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけて解析した結果を図2に示す。
また、酸化剤としてK2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]を使用し、同様に処理して得られた結果を図3に示す。
レーン1:反応前のDNA;
レーン2:酸化された5−ヒドロキシメチルシトシンが反応した場合に生成するDNAと同じ長さのDNA(7塩基);
レーン3:5−ヒドロキシメチルシトシンを含むDNA;
レーン4:5−メチルシトシンを含むDNA;
レーン5:シトシンを含むDNA。
白抜けの矢印は、わずかに観察されるグアニンの酸化ダメージ(8−オキソグアニンやイミダゾロンへのグアニン塩基の酸化分解がピペリジン処理を通じて鎖切断を引き起こしたもの)を示す。
【0029】
また、図2の「X−位切断断片」で示される処理断片の蛍光濃度の、「未処理DNA」及び「X−位切断断片」の蛍光濃度に対する比(%)を表1に示す。表1には、H2WO4/H22以外の酸化剤で酸化処理し、同様にピペリジン処理した生成物を、ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけて解析した結果から得られた処理断片の蛍光濃度の「未処理DNA」及び「X−位切断断片」の蛍光濃度に対する比(%)もあわせて示してある。
図2図3及び表1に示す結果は、本発明の酸化剤が、他の酸化剤と比較して、特異的かつ選択的に5−ヒドロキシメチルシトシンを含むDNAと反応してこれを酸化することを示している。これは、本発明の酸化剤が、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの検出試薬として極めて優れていることを明瞭に示すものである。
【0030】
表1
【0031】
peroxo-W:K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]
peroxo-Mo:K2[{Mo(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]
【0032】
実施例2
NTS H-6 DNA/RNAシンセサイザーを使用し、汎用のホスホラミダイト法により配列番号2のDNA(CpG、mCpG、又はhmCpGを含むヒトTNF−β推定プロモーター領域DNA断片)を合成した。この配列番号2の塩基配列を有するDNA 1.25マイクロgを水50マイクロリットルに溶解し、リン酸ナトリウム−塩化ナトリウム緩衝液でpH7.0に調整し、これに表1に示す酸化剤をそれぞれ165マイクロg加え、50℃で120分間反応させた。
反応混合物をマイクロバイオスピンカラム6Tris(バイオラッド社)により脱塩処理し、処理物Iを得た。
次いで、処理物Iを水50マイクロリットルに溶解し、435マイクロgの臭化リチウムを加え、50℃で5時間反応させ、処理物IIを得た。
処理物IIをマイクロバイオスピンカラム6Tris(バイオラッド社)により脱塩処理した。
次いで、この処理物I及びIIに、配列番号3の塩基配列を有するPCRプライマーを10質量%となるように加え、BigDye(登録商標) Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(アプライドバイオシステムズ社)を用いて配列解析を行った。
配列番号2:5’-TGCCTGCCAC GCTGCCACTG CXGCTTCCTC TATAAAGGGA CCTGAGCGTC CGGGCCCAGG GGCTCCGCAC AGCAGGTGAG GCTCTCCTGC CCCATCTCCT-3’(X=hmC,mC,C)。
配列番号3:5’-GGAGATGGGG CAGGAG-3’
【0033】
結果を図4に示す。図4は配列番号2のDNA(CpG、mCpG、又はhmCpGを含むヒトTNF−β推定プロモーター領域DNA断片)を本発明のタングステン酸系酸化剤:K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]で酸化処理し、脱アミン化し、PCR増幅した生成物のシーケンシングプロファイル(右側)及び処理前のプロファイル(左側)を示す図面であり、実線はアデニン、破線はグアニン、一点鎖線はシトシン、点線はチミンを示す。
【0034】
タングステン酸系酸化剤で酸化後、脱塩処理し、PCR増幅した処理物Iのシーケンシングプロファイル(図4の右側のプロファイル)から、5−メチルシトシン及びシトシンに対応する相補部位にはその相補塩基であるグアニンが導入されるのに対して、5−ヒドロキシメチルシトシンに対応する相補部位にはグアニンだけでなくアデニンも約30〜100モル%程度導入されることがわかる。
【0035】
酸化後、脱塩処理した生成物をさらに臭化リチウムで処理し、そのPCR増幅した処理物IIのシーケンシングプロファイルから、5−メチルシトシン及びシトシンに対応する相補部位にはその相補塩基であるグアニンのみが導入されるのに対して、5−ヒドロキシメチルシトシンに対応する相補部位にはほぼアデニンのみ(50〜100モル%)が導入されることがわかる。
従って、タングステン酸系酸化剤で酸化後、必要により脱塩処理した生成物のシーケンシングを行い、このシーケンシングプロファイルを酸化処理前の核酸サンプルと比較することにより、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在位置を5−メチルシトシン及びシトシンと明確に識別し検出することができる。
タングステン酸系酸化剤で酸化後、必要により脱塩処理した後、さらに臭化リチウム処理すると、5−ヒドロキシメチルシトシンに対応する相補部位に導入される塩基(グアニンとアデニン)中のアデニンの比率がさらに高くなるため、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在位置を5−メチルシトシン及びシトシンとさらに明確にかつ効率よく検出することができる。
【0036】
実施例3
実施例1において、配列番号1の塩基配列を有する蛍光標識したDNAの代わりに、配列番号4〜14の下記の塩基配列(A)〜(K)を有するFluoresceinで蛍光標識したDNAを使用し、実施例1と同様に、K2[{W(=O)(O22(H2O)}2(μ−O)]で酸化処理し、次いでピペリジン処理した生成物を、ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけて解析した。
配列番号4:(A) Fluo-GATACTGXGT TGCAA
配列番号5:(B) Fluo-AGTGCATXGC AAGAA
配列番号6:(C) Fluo-GACATACXGA AGTGA
配列番号7:(D) Fluo-AAGTGCAXGA TGCGA
配列番号8:(E) Fluo-CACGTTTTTT AGTGATTTXG TCATTTTCAA GTCGTCAAGT
配列番号9:(F) Fluo-GAAAAACACA TACGTTGAAA ACXGGCATTG TAGAACAGTG
配列番号10:(G) Fluo-GTTGTGAGGX GCTGCCCCCA
配列番号11:(H) Fluo-GCAGGGCCCA CTACXGCTTC CTCCAGATGA
配列番号12:(I) Fluo-GAGTGAGXAG TAAGA
配列番号13:(J) Fluo-AGAGCAGXTG ATGAA
配列番号14:(K) Fluo-AAGCCAGXCG TATGA
【0037】
結果を図5及び6に示す。図5の(A)〜(F)は、配列番号4〜9のDNAを使用した際の結果、図6の(G)〜(K)は、配列番号10〜14のDNAを使用した際の結果をそれぞれ示すポリアクリルアミドゲル電気泳動図である。
図5及び図6において各レーンは以下の試料を示す。
レーン1、4、7:シトシンを含むDNA;
レーン2、5、8:5−ヒドロキシメチルシトシンを含むDNA;
レーン3、6、9:5−メチルシトシンを含むDNA;
【0038】
図5及び図6の結果は、本発明の方法によれば、5−ヒドロキシメチルシトシン(hmC)を含むDNAのみが検出され、5−メチルシトシン(mC)を含むDNAは検出されず、hmCをmCと識別し、選択的に検出することができることを明瞭に示している。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明によれば、核酸中の5−ヒドロキシメチルシトシンの存在及びその位置を、化学的に簡便にかつ正確に検出することができる。従って、がん・老化・再生医療など、エピジェネティクス技術に関わる全ての分野における、遺伝子機能の初期化を調べるための核心的技術として極めて有用である。
図1
図4
図2
図3
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]