(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記鋼板が、さらに、Al、Ca、O、S、及びREMを含む複合介在物と、この複合介在物の表面に前記Ti含有炭窒化物が付着した介在物とを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の鋼板。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに限定されない。本発明は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0020】
まず、本実施形態に係る鋼板に含まれる介在物について説明する。
【0021】
鋼板の加工性を低下させる原因として、非金属介在物および炭窒化物等が挙げられる。これらは、鋼板に応力が加わった場合に、鋼板の割れの起点となる。介在物とは、溶鋼中に存在するか、あるいは溶鋼の凝固時に生成する酸化物および硫化物などである。介在物のサイズ(長辺)は、数μmから、圧延によって延伸した場合には数百μmに及ぶ。したがって、鋼板の加工性を向上させるためには、介在物の含有量を低減することが重要である。このように、鋼板中の介在物のサイズが小さく、個数も少ない状態、すなわち鋼板の「清浄性が高い」状態が好ましい。
【0022】
介在物はその形状や分布状態などが多様であるが、例えばJIS G 0555において介在物はA系介在物、B系介在物、およびC系介在物と区別されている。本実施形態では、以後、次に示す定義に従い介在物を3種類に分類する。
A系介在物:鋼中の非金属介在物のうち、加工によって粘性変形したものである。高延伸性を有し、加工を受けた鋼板においては加工方向に沿って延伸していることが多い。本実施形態では、アスペクト比(長径/短径)が3.0以上である介在物をA系介在物と定義する。
B系介在物:鋼中の非金属介在物のうち、加工方向に集団をなして不連続的に粒状の介在物がならんだものであり、角張った形状を有する場合が多く、低延伸性である。本実施形態では、加工方向に沿って3個以上の介在物が整列してなる介在物群であって、介在物同士の離間距離が50μm以下である介在物群を形成し、且つアスペクト比(長径/短径)が3.0未満である介在物をB系介在物と定義する。
C系介在物:粘性変形をしないで不規則に分散するものであり、角張った形状または球状形状を有する場合が多く、低延伸性である。本実施形態では、アスペクト比(長径/短径)が3.0未満であり、ランダムに分布する介在物をC系介在物と定義する。
非常に硬く、且つ角形状であるTi含有炭窒化物は、一般的にはこのC系介在物に分類されるが、本実施形態においてはC系介在物とは区別される場合がある。Ti含有炭窒化物は、単独で存在する場合、鋼板の特性に与える影響がその他のC系介在物(Ti含有炭窒化物ではないC系介在物)と比較して大きい。ここで「単独で存在するTi含有炭窒化物」とは、Tiを含有しない介在物に付着していない状態で存在するTi含有炭窒化物を示す。一方、Ti含有炭窒化物が他の介在物(例えばAl、Ca、O、S、及びREMを含む複合介在物)に付着した状態で存在する場合、Ti含有炭窒化物が鋼板の特性に与える影響は、その他のC系介在物と比較して同水準になる。本実施形態において、他の介在物に付着しているTi含有炭窒化物は、Ti含有炭窒化物ではないC系介在物であるとみなされる。
本実施形態において、「C系介在物の個数密度」とは、「Ti含有炭窒化物ではないC系介在物(C系介在物にTi含有炭窒化物が付着するものを含む)の個数密度」と、「単独で存在しているTi含有炭窒化物の個数密度」との合計である。Ti含有炭窒化物は、その形状およびその色調により他のC系介在物と区別することが可能である。
【0023】
なお、本実施形態に係る鋼板では、粒径(形状が略球状の介在物の場合)または長径(変形している介在物の場合)が1μm以上の介在物のみを考慮する。粒径または長径が1μm未満の介在物は、たとえ鋼中に含まれていても、鋼の加工性に与える影響が小さいので、本実施形態ではこのような介在物を考慮しない。また、上記した長径とは、観察面上の介在物の断面輪郭での、隣り合わない各頂点を結ぶ線分のうちの最大長となる線分と定義する。同様に、上記した短径とは、観察面上の介在物の断面輪郭での、隣り合わない各頂点を結ぶ線分のうちの最小長となる線分と定義する。また、後述する長辺とは、観察面上の介在物の断面輪郭での、隣り合う各頂点を結ぶ線分のうちの最大長となる線分と定義する。以降、「粒径(形状が略球状の介在物の場合)または長径(変形している介在物の場合)」との記載を「粒径または長径」と略す場合がある。
【0024】
従来、鋼中の介在物の存在量および/または形態の制御のために、Caおよび/またはREM(Rare Earth Metal)の添加が行われてきた。上述のように、本発明者らも、質量%で、Cを0.08%〜0.22%含有する構造用厚鋼板にCaとREMとを添加することで、鋼中に生成する酸化物(介在物)を高融点相と低融点相との混合相に制御し、この酸化物(介在物)が圧延中に延伸することを防止し、そして、連続鋳造ノズルの溶損や内部介在物欠陥を発生させないようにした技術を、特許文献4で提案している。
【0025】
本発明者らは、さらに、質量%で、Cを0.25%超0.50%未満を含有する鋼に関しても、CaとREMとを含有させることで、上記のA系介在物と、B及びC系介在物とを減らす条件について検討した。その結果、A系介在物と、B及びC系介在物とを同時に減らすことができる条件を見出した。その具体的な内容を以下に示す。
【0026】
(A系介在物について)
本発明者らは、質量%で、Cを0.25%超0.50%未満を含有する鋼に対して、さらにCaとREMとを含有させることについて検討した。その結果、化学成分中の各元素の質量%で示した含有量が、下記の式Iを満たすときに、鋼中のA系介在物、特に、A系介在物を構成するMnSを大きく低減できることを見出した。
【0027】
0.3000≦{Ca/40.88+(REM/140)/2}/(S/32.07) ・・・(式I)
【0028】
以下、この知見の基となった実験について説明する。
真空溶解炉で、C含有量が、質量%で、0.45%であり、そして、トータルO(T.O.)、N、S、Ca、及びREMの含有量を表1に示す範囲で種々変更した化学成分を有する複数種類の鋼を、50kgインゴットとして作製した。これらのインゴットを、5mm厚となるように、仕上圧延温度が860℃の条件で熱間圧延し、そして、空冷して熱延鋼板を得た。
【0029】
この熱延鋼板の圧延方向と板厚方向とに平行な断面を観察面として、熱延鋼板中の介在物を、光学顕微鏡により倍率400倍(ただし、介在物形状を詳細に測定する際は倍率1000倍)で、合計60視野にて観察した。各観察視野で、粒径(形状が球状の介在物の場合)または長径(変形している介在物の場合)が1μm以上の介在物を観察し、それらの介在物を、A系介在物、B系介在物、C系介在物に分類し、それらの個数密度を計測した。また、C系介在物のうち、単独で存在する角形状のTi含有炭窒化物の個数密度も計測した。また、EPMA(電子線マイクロ分析、Electron Probe Micro Analysis)、またはEDX(エネルギー分散型X線分析、Energy Dispersive X−Ray Analysis)を備えるSEM(走査型電子顕微鏡、Scanning Electron Microscope)を用いて熱延鋼板の金属組織を観察すれば、介在物中の、Ti含有炭窒化物、REM含有複合介在物、MnS、及びCaO−Al
2O
3系介在物などを同定することが可能である。
【0030】
加えて、上記で得られた熱延鋼板の加工性の指標として、室温(約25℃)におけるシャルピー衝撃値を測定した。シャルピー衝撃値は鋼板の靭性を示す数値である。鋼板中に、割れ起点となる介在物が多いほど、または介在物のサイズが大きいほど、シャルピー衝撃値が低下する。つまり、シャルピー衝撃値と加工性との間には強い相関がある。実際に各種加工を行った場合、割れが発生する限界ひずみの値自体はそれぞれの加工方法に依存し変化するが、シャルピー衝撃値と相関がある。
【0031】
上記実験の結果、シャルピー衝撃値と、介在物の個数密度とが、相関関係を有することが判明した。具体的には、鋼中のA系介在物の個数密度が6個/mm
2を超えると、シャルピー衝撃値が急激に悪化することが明らかになった。また、B系介在物及びC系介在物の個数密度が、合計で、6個/mm
2を超えても、衝撃値が急激に悪化することが明らかになった。加えて、C系介在物であるTi含有炭窒化物について、単独で存在する、長辺が5μm以上である粗大なTi含有炭窒化物の個数密度が5個/mm
2を超えると、衝撃値が急激に悪化することが明らかになった。
【0033】
次いで発明者らは、上述のような介在物個数密度を達成するための具体的な方法について検討した。
鋼中で、CaはSと結合してCaSを形成し、REMはS及びOと結合してREM
2O
2S(オキシサルファイド)を形成すると想定される。Sと結合するCaおよびREMの化学当量の合計R1は、Sの原子量を32.07、Caの原子量を40.88、REMの原子量を140とし、そして、化学成分中の各元素の質量%で示した含有量を用いて、
R1={Ca/40.88+(REM/140)/2}/(S/32.07)と表現することができる。
【0034】
そこで、上記した各熱延鋼板で測定されたA系介在物の個数密度と、各熱延鋼板の上記R1との関係を調査した。その結果を
図1に示す。
図1中で、丸印は、Caを含有し、REMを含有しない化学成分(以後、Ca単独含有と呼ぶ)を有する鋼の結果を示し、また、四角印(
図1中では「REM+Ca」と説明されている)は、Caを含有し、REMも含有する化学成分(以後、REM及びCaの複合含有と呼ぶ)を有する鋼の結果を示す。なお、Ca単独含有の場合、上記R1を、REM含有量が0であるとして計算した。この
図1より、Ca単独含有の場合と、REM及びCaの複合含有の場合との両方において、A系介在物の個数密度と上記R1との間に相関関係があることがわかった。
【0035】
具体的には、上記R1の値が0.3000以上となるとき、A系介在物の個数密度が低減し、その個数密度が6個/mm
2以下となる。その結果、シャルピー衝撃値が向上する。
なお、Ca単独含有の場合の方が、REM及びCaの複合含有の場合よりも、鋼中のA系介在物の長径が長くなる。Ca単独含有の場合、CaO−Al
2O
3系の低融点酸化物がA系介在物として生成し、この酸化物が圧延時に延伸しているためと考えられる。したがって、鋼板の特性に悪影響を与える介在物の長径も考慮すると、Ca単独含有より、REM及びCaの複合含有が好ましい。
【0036】
これらの結果から、上記の式Iを満たす条件で、かつ、REM及びCaの複合含有の場合に、好ましく鋼中のA系介在物の個数密度を6個/mm
2以下に低減することができることが分かった。
なお、R1の値が1.000であるとき、平均組成として、鋼中のSに結合する1当量のCaとREMとが鋼中に存在することになる。しかし実際には、R1の値が1.000であっても、デンドライト樹枝間のミクロ偏析部にMnSが生成するおそれがある。R1の値が2.000以上であるとき、デンドライト樹枝間のミクロ偏析部でのMnS生成を好ましく防止できる。一方、CaおよびREMを多量に含有させることにより、R1の値が5.000を超えると、最大長が20μmを超える粗大なB系またはC系介在物が生成する傾向がある。よって、R1の値は5.000以下であることが好ましい。すなわち、上記の式Iの右辺の上限値は、5.000であることが好ましい。
【0037】
(B系介在物及びC系介在物について)
上記したように、熱延鋼板の上記観察面を観察して、アスペクト比(長径/短径)が3未満であり、粒径または長径が1μm以上であるB系介在物及びC系介在物の個数密度を計測した。その結果、Ca単独含有の場合、またはREM及びCaの複合含有の場合のいずれでも、Ca含有量が多いほど、B系介在物及びC系介在物の個数密度が増加することを発明者らは見出した。一方、REM含有量は、これらの介在物の個数密度に大きく影響しないことを発明者らは見出した。
【0038】
図2に、Ca単独含有の場合、そしてREM及びCaの複合含有の場合の、鋼中のCa含有量と、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度との関係を示す。
図2中で、丸印は、Ca単独含有の結果を示し、また、四角印(
図2中では「REM+Ca」と説明されている)は、REM及びCaの複合含有の結果を示す。この
図2より、Ca単独含有の場合、またはREM及びCaの複合含有の場合のいずれも、鋼中のCa含有量が増加すると、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加することがわかった。また、Ca単独含有の場合のCa含有量とREM及びCaの複合含有の場合のCa含有量とを同じCa含有量で比較すると、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度は、ほぼ同等の値となった。つまり、鋼にREM及びCaを複合的に含有させても、このREMは、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度に影響を与えないことがわかった。
【0039】
上述したように、A系介在物を低減するためには、上記の範囲内で、鋼中のCa含有量とREM含有量とを高めることが好ましい。一方で、A系介在物を減らすためにCa含有量を増加させると、上述したように、B系介在物及びC系介在物が増加してしまうという問題が生じる。すなわち、Ca単独含有の場合、A系介在物と、B系介在物及びC系介在物とを、同時に低減することができない。これに対して、REM及びCaの複合含有の場合、Sに結合するREMとCaとの化学当量(R1の値)を確保しながら、Ca含有量を減らすことができるので好ましい。すなわち、REM及びCaの複合含有の場合、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度を増加させることなく、A系介在物の個数密度を好ましく減らすことができることが判明した。
【0040】
このように、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度がCa含有量に依存する理由は、次のように推察される。
【0041】
上述のように、Ca単独含有の場合、鋼中にCaO−Al
2O
3系介在物が生成する。この介在物は低融点酸化物であるので、溶鋼中で液相であり、溶鋼中で凝集および合体しない傾向がある。つまり、CaO−Al
2O
3系介在物を溶鋼から浮上分離することが難しい。そのため、大きさが数μmとなるこの介在物が鋳片内に多数分散して残存するので、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加する。
【0042】
また、上述の通り、REM及びCaの複合含有の場合も、そのCa含有量に応じて、同様に、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加する。REM含有率が高い介在物の融点は、CaO−Al
2O
3系介在物の融点よりも高く、REM含有率が高い介在物は溶鋼中で固体として存在する。しかし、REM及びCaの複合含有の場合、REM含有率が高い介在物を核として、その周囲に、Ca含有率が高い介在物が生成する。この介在物をCa−REM複合介在物と称する。この場合においても、Ca含有率が高い介在物は溶鋼中で液相状態である。すなわち、Ca−REM複合介在物の表面は溶鋼中で液相であり、その凝集・合体挙動は、Ca単独含有時に生成するCaO−Al
2O
3系介在物と類似すると推察される。そのため、Ca−REM複合介在物が鋳片内に多数分散して残存し、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加すると考えられる。
【0043】
なお、CaO−Al
2O
3系介在物は、その粒径または長径が約4μmを超えると、圧延によって延伸してA系介在物となる。一方、CaO−Al
2O
3系介在物は、その粒径または長径が約4μm未満である場合、圧延によってほとんど延伸しない(長径/短径比が3未満にとどまる)ので、圧延後にB系介在物またはC系介在物となる。また、REM及びCaの複合含有の場合に生成されるREM含有率が高い介在物は、圧延によってほとんど延伸しない。さらに、REM含有率が高い介在物の周囲に生成されるCa含有率が高い介在物も、圧延時にほとんど延伸しない。すなわち、REMとCaの複合含有の場合、REM含有率が高い介在物がCa含有率が高い介在物の延伸を防ぐので、介在物はB系介在物またはC系介在物が主となる。
【0044】
また、本発明者らは、B系介在物及びC系介在物の個数密度が、鋼のC含有量にも影響を受けることを見出した。以下、鋼のC含有量が与えるこの影響について説明する。
【0045】
C含有量が、質量%で、0.26%であるインゴットを作製し、上述と同方法の実験を行って、B系介在物及びC系介在物の個数密度を測定した。そして、C含有量が0.26%である鋼の実験結果と、上記したC含有量が0.45%である鋼の実験結果とを比較した。
【0046】
この比較の結果、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度は、Ca含有量とC含有量とに対する相関関係を有することが明らかとなった。具体的には、同一のCa含有量でも、C含有量が高いほど、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加することを本発明者らは見出した。さらに具体的には、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度を6個/mm
2以下にするためには、化学成分中の各元素の質量%で示した含有量を、下記の式IIで表わされる範囲に制御する必要があることを見出した。
【0047】
Ca≦0.0058−0.0050×C ・・・(式II)
【0048】
この式IIは、Ca含有量の上限値をC含有量により変化させる必要があること、すなわち、C含有量が高くなるほどCa含有量の上限値を低下させる必要があることを示している。なお、上記の式IIの下限値は、特に限定されるものではないが、質量%でのCa含有量の下限値である0.0005が上記の式IIの右辺の実質的な下限値となる。
【0049】
C含有量が高くなるほど、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加する理由は、溶鋼中のC濃度が高くなるほど、液相線温度から固相線温度までの凝固温度範囲が広くなり、デンドライト組織の長さが増大することに起因すると考えられる。すなわち、デンドライト組織が長く発達する結果、デンドライト樹枝間に介在物が捕捉され易くなる(デンドライト樹枝間から、バルク溶鋼中に排出されにくくなる)ためであると推定される。したがって、C含有量が高く、これにより凝固中のデンドライト組織が長く発達しやすい鋼ほど、上記の式IIを満たすように、Ca含有量の上限を低くする必要が生じる。
なお、上述した炭素濃度範囲(C:0.25%超0.50%未満)を有する鋼の凝固時の相は、平衡状態図によると、包晶温度以上では液相+δ相であり、包晶温度以下では液相+γ相である。つまり、包晶温度を境に、S等の溶質元素のミクロ偏析度が異なる。ここで着目すべきは、界面活性元素であるので介在物捕捉に影響するSの固液分配係数は、相が液相+δ相である場合よりも、相が液相+γ相である場合の方が小さいということである。Sの固液分配係数が小さい場合、固相に分配されるSの量が少なくなり、液相に分配されるSの量が多くなる。液相に、界面活性元素であるSが多く分配された場合、液相と固相との間の界面エネルギーが低下するので、介在物が液相と固相との間の界面に捕捉されやすくなる。
鋼の温度が包晶温度以下(即ち、鋼の相が液相+γ相)である場合、Sが比較的多く液相に分配される。これにより、デンドライト樹枝(γ相)の間のSのミクロ偏析度が高くなる。したがって、包晶温度以下では特に介在物が捕捉されやすいと予想される。そして、C濃度が高いほどδ相が減少し、且つγ相が増加するので、介在物がデンドライト樹枝間に捕捉されやすくなる。式IIは、この効果も含めた評価、および観察結果に基づいて決定された。式IIは、鋼中のC濃度が包晶点よりも高い0.25%超0.50%未満である場合に成立する。
【0050】
以上のように、C含有量に応じて、REMとCaとを適正量含有させることにより、A系介在物と、B系介在物及びC系介在物とのいずれをも、効果的に低減することができることが分かった。これらの知見に加えて、本発明者らは、さらに、割れ起点になりやすいTi含有炭窒化物の形態についても検討した。
【0051】
(Ti含有炭窒化物について)
合金やスクラップ等の副原料からTiが混入すると、鋼中にTiNなどのTi含有炭窒化物が生成する。このTi含有炭窒化物は、その硬度が高く、さらにその形状が角形状である。そのため、鋼中に単独で粗大なTi含有炭窒化物が生成すると、この炭窒化物が破壊の起点となり易いので、鋼のシャルピー衝撃値、ひいては加工性が劣化する。
【0052】
上述したように、Ti含有炭窒化物の含有量と鋼板の加工性との関係を検討した結果、単独で存在する、長辺の長さが5μm以上であるTi含有炭窒化物の個数密度が5個/mm
2以下であれば、破壊が起きにくくなり、加工性の劣化が防止できることが分かった。ここで、Ti含有炭窒化物には、Ti炭化物、Ti窒化物、Ti炭窒化物のほか、選択元素であるNbを含有する場合のTiNb炭化物、TiNb窒化物、TiNb炭窒化物なども含まれる。
【0053】
このような粗大なTi含有炭窒化物を減らすためには、Ti含有量を低減することが考えられる。しかし、本実施形態に係る鋼のC濃度範囲では、Ti含有量が微量であってもTi含有炭化物が生成しやすく、さらに、一旦生成したTi含有炭窒化物は、鋼の加熱処理中に粗大化し易い。つまり、C濃度が0.25%超0.50%未満である場合、たとえ鋼の成分としてTiを含有させなかったとしても、不純物として混入したTiに起因して、Ti含有炭窒化物の個数密度が5個/mm
2超となり、鋼の加工性が低下する場合がある。この問題を解決するための手段として、製造段階におけるTi混入を防止し、Ti含有量を10ppm程度に抑制することが考えられる。しかし、設備能力および製造効率を考慮すると、このような手段の採用は好ましくない。
そこで、このような粗大なTi含有炭窒化物に起因する悪影響を減らすための別の手段について検討した結果、REM及びCaの複合含有が有効であることが本発明者らによって見出された。
REM及びCaの複合含有が行われた場合、まずAl、Ca、O、S、及びREMを含む複合介在物が鋼中に生成し、このREM含有複合介在物上に優先的に、Ti含有炭窒化物が複合析出する。REM含有複合介在物上にTi含有炭窒化物を優先的に複合析出させることにより、鋼中に単独で生成する角形状のTi含有炭窒化物を少なくすることができる。つまり、長辺の長さが5μm以上である粗大な単独のTi含有炭窒化物の個数密度を好ましく5個/mm
2以下に減少させることができる。
【0054】
このREM含有複合介在物上に複合析出したTi含有炭窒化物は、破壊の起点になりにくい。この理由は、Ti含有炭窒化物がREM含有複合介在物上に複合析出することで、このTi含有炭窒化物の角形状部が少なくなるためと考えられる。例えば、Ti含有炭窒化物は、その形状が立方体もしくは直方体なので、鋼中に単独で存在する場合、Ti含有炭窒化物の8ヶ所の角の全てがマトリックスに接する。角は破壊の起点となるので、8ヶ所の角を有するTi含有炭窒化物は、8ヶ所の破壊の起点を有する。これに対し、Ti含有炭窒化物がREM含有複合介在物上に複合析出して、例えば、Ti含有炭窒化物の半分だけがマトリックスに接する場合、Ti含有炭窒化物の4ヶ所だけがマトリックスに接する。つまり、マトリックスに接するTi含有炭窒化物の角は8ヶ所から4ヶ所に減ることになる。その結果、Ti含有炭窒化物に起因する破壊の起点が8ヶ所から4ヶ所に減ることになる。
【0055】
また、Ti含有炭窒化物がREM含有複合介在物上に優先的に複合析出し易い理由は、REM複合介在物の特定の結晶面にTi含有炭窒化物が析出していることから鑑みて、REM複合介在物の特定の結晶面とTi含有炭窒化物との格子整合性が良好であるためと推定される。
Ti含有炭窒化物とREM含有介在物との複合物(すなわち、Al、Ca、O、S、及びREMを含む複合介在物の表面にTi含有炭窒化物が付着した介在物)は、単独で存在するTi含有炭窒化物よりも鋼板の諸特性に及ぼす悪影響が少ないので、単独で存在するTi含有炭窒化物ではないC系介在物であると見なされる。
【0056】
次に、本実施形態に係る鋼板の化学成分について説明する。
【0057】
まず、本実施形態に係る鋼板の基本成分について、数値限定範囲とその限定理由とについて説明する。ここで、記載する%は、質量%である。
【0058】
(C:0.25%超0.50%未満)
C(炭素)は、鋼板の強度(硬度)を確保するうえで重要な元素である。C含有量を0.25%超とすることにより、鋼板の強度を確保する。C含有量が0.25%以下では、鋼板の焼入れ性が低下するので、この鋼板を素材として製造する製品、例えばギア類等に必要な強度が得られない。一方、C含有量が0.50%以上になると、加工性を確保する熱処理に長時間を要するので、熱処理を長時間化しなければ鋼板の加工性が悪化するおそれがある。さらに、C含有量が増大すると、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が増加する。この原因は、C含有量が高い場合、溶鋼の凝固の際にデンドライト組織が長く発達し、デンドライト樹枝間に介在物が捕捉されやすくなるからであると推定される。よって、C含有量を0.25%超0.50%未満に制御する。
なお、C含有量の好ましい下限値は0.27%である。一般に、C含有量が高いほど、熱処理(焼入れ及び焼き戻し)を行った後の硬度および引張強さが増加する。特に、C含有量が0.27%以上であると、焼入れおよび低温焼き戻し処理を行った後に、1300MPa以上の強度を十分に確保できる。
図3は、C含有量と引張強さとの関係を示すグラフである。本発明者らは、C含有量以外の条件を本実施形態に係る鋼板の条件を満たすようにし、且つC含有量を様々に異ならせた鋼板の引張強さを測定した。その結果、C含有量が0.27%以上である場合、鋼板が確実に1300MPaの引張強さを有することが明らかになった。さらに本実施形態に係る鋼板では、C含有量の下限を、好ましくは0.30%、C含有量の上限を、好ましくは0.48%とする。
【0059】
(Si:0.10%〜0.60%)
Si(ケイ素)は、脱酸剤として作用し、また、焼入れ性を高めて鋼板の強度(硬度)を向上させるのに有効な元素である。Si含有量が0.10%未満では、上記含有効果が得られない。一方、Si含有量が0.60%を超えると、熱間圧延時のスケール疵に起因する鋼板の表面性状の劣化を招くおそれがある。よって、Si含有量を0.10%〜0.60%に制御する。Si含有量の下限を、好ましくは0.15%、Si含有量の上限を、好ましくは0.55%とする。
【0060】
(Mn:0.40%〜0.90%)
Mn(マンガン)は、脱酸剤として作用する元素であるとともに、焼入れ性を高めて鋼板の強度(硬度)を向上させるのに有効な元素である。Mn含有量が0.40%未満では、その効果が十分得られない。一方、Mn含有量が0.90%を超えると、鋼板の加工性が劣化するおそれがある。よって、Mn含有量を0.40%〜0.90%に制御する。Mn含有量の下限を、好ましくは0.50%、Mn含有量の上限を、好ましくは0.75%とする。
【0061】
(Al:0.003%〜0.070%)
Al(アルミニウム)は、脱酸剤として作用する元素であるとともに、Nを固定することで鋼板の加工性を高めるのに有効な元素である。Al含有量が0.003%未満では、上記含有効果が十分に得られないので、0.003%以上を含有させる必要がある。一方、Al含有量が0.070%を超えると、上記含有効果は飽和し、さらに、粗大な介在物が増加する。この粗大な介在物によって、加工性が劣化する、または表面疵が発生し易くなるおそれがある。よって、Al含有量を0.003%〜0.070%に制御する。Al含有量の下限を、好ましくは0.010%とし、Al含有量の上限を、好ましくは0.040%とする。
【0062】
(Ca:0.0005%〜0.0040%)
Ca(カルシウム)は、介在物の形態を制御し、これにより鋼板の加工性を向上させるために有効な元素である。Ca含有量が0.0005%未満では、上記効果が十分に得られない。介在物の形態の制御はREMによっても可能であるが、Ca含有量が0.0005%未満では、後述のREMを単独含有させた時と同様に、連続鋳造時にノズル詰まりが生じることにより操業の安定が妨げられ、さらに、高比重介在物が鋳片の下面側に堆積することにより鋼板の加工性が劣化するおそれがある。一方、Ca含有量が0.0040%を超えると、例えば、CaO−Al
2O
3系介在物などの粗大な低融点酸化物、および/またはCaS系介在物など圧延時に延伸し易い介在物が生成しやすくなり、これらによって鋼板の加工性が悪化するおそれがある。さらに、Ca含有量が0.0040%を超えると、ノズル耐火物が溶損しやすくなることにより連続鋳造の操業が安定しなくなるおそれがある。よって、Ca含有量を0.0005%〜0.0040%に制御する。Ca含有量の下限を、好ましくは0.0007%、さらに好ましくは0.0010%とする。Ca含有量の上限を、好ましくは0.0030%、さらに好ましくは0.0025%とする。
【0063】
さらに、Ca含有量の上限値を、C含有量に応じて、制御する必要がある。具体的には、化学成分中のCおよびCaの質量%で示した含有量を、下記の式IIIで表わされる範囲に制御する必要がある。Ca含有量が下記の式IIIを満たさない場合、B系介在物及びC系介在物の合計の個数密度が5個/mm
2を超える。
【0064】
Ca≦0.0058−0.0050×C ・・・(式III)
【0065】
(REM:0.0003%〜0.0050%)
REM(Rare Earth Metal)は希土類元素を意味し、スカンジウムSc(原子番号21)、イットリウムY(原子番号39)およびランタノイド(原子番号57のランタンから原子番号71のルテシウムまでの15元素)の17元素の総称である。本実施形態に係る鋼板では、これらのうちから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含有する。一般的に、REMとして、入手のし易さから、Ce(セリウム)、La(ランタン)、Nd(ネオジム)、Pr(プラセオジム)などから選ばれることが多い。添加方法としては、例えば、鋼中にこれらの元素の混合物であるミッシュメタルとして添加することが広く行われている。ミッシュメタルの主成分はCe、La、Nd、およびPrである。本実施形態に係る鋼板では、鋼板に含有されるこれら希土類元素の合計量を、REM含有量とする。なお、上述したCaおよびREMの化学当量の合計R1の算出方法においては、ミッシュメタルの平均原子量が約140であるので、REMの原子量が140とされる。
【0066】
REMは、介在物の形態を制御し、鋼板の加工性を向上させるために有効な元素である。REM含有量が0.0003%未満では、上記効果が十分に得られず、また、Ca単独含有時と同様の問題が生じる。すなわち、REM含有量が0.0003%未満では、CaO−Al
2O
3系介在物や一部のCaSが圧延によって延伸して、これにより鋼板特性(加工性および加工後の靱性)の低下が生じるおそれがある。さらに、REM含有量が0.0003%未満では、Ti含有炭窒化物が優先的に複合し易いAl、Ca、O、S及びREMを含む複合介在物が少ないので、鋼板中に単独で生成するTi含有炭窒化物が多くなり、加工性が劣化し易い。一方、REM含有量が0.0050%を超えると、連続鋳造時のノズル詰まりが起こりやすくなる。また、REM含有量が0.0050%を超えると、生成するREM系介在物(酸化物やオキシサルファイド)の個数密度が比較的高くなるので、鋳片の連続鋳造時に湾曲する鋳片の下面側にこれらREM系介在物が堆積する。このことが、鋳片を圧延して得られた製品に内部欠陥を引き起こし、さらに、鋼板の加工性を悪化させるおそれがある。よって、REM含有量を0.0003%〜0.0050%に制御する。REM含有量の下限を、好ましくは0.0005%、さらに好ましくは0.0010%とする。REM含有量の上限を、好ましくは0.0040%、さらに好ましくは0.0030%とする。
【0067】
さらに、Ca及びREMの含有量を、S含有量に応じて、制御する必要がある。具体的には、化学成分中の各元素の質量%で示した含有量を、下記の式IVで表わされる範囲に制御する必要がある。Ca含有量、REM含有量、及びS含有量が下記の式IVを満たさない場合、A系介在物の個数密度が6個/mm
2を超える。なお、下記の式IVの右辺の値が2以上であると、介在物の形態をさらに好ましく制御できる。また、下記の式IVの上限は特に限定しないが、下記の式IVの右辺の値が5を超えると、最大長が20μmを超える粗大なB系またはC系介在物が生成する傾向がある。よって、下記の式IVの上限値は5であることが好ましい。
【0068】
0.3000≦{Ca/40.88+(REM/140)/2}/(S/32.07) ・・・(式IV)
【0069】
本実施形態に係る鋼板は、上記した基本成分の他に、不純物を含有する。ここで、不純物とは、スクラップ等の副原料や、製造工程からに混入する、P、S、Ti、O、N、Cd、Zn、Sb、W、Mg、Zr、As、Co、Sn、およびPb等の元素を意味する。これら元素の含有は必須ではないので、これら元素の含有量の下限値は0%である。この中で、P、S、Ti、O、及びNは、上記効果を好ましく発揮させるために、以下のように制限する。また、P、S、O、及びTiとN以外の上記不純物は、それぞれ0.01%以下に制限することが好ましい。ただ、これらの不純物が、0.01%以下含まれても、上記効果を失するものではない。ここで、記載する%は、質量%である。
【0070】
(P:0.020%以下)
P(リン)は、固溶強化の機能を有する。しかし、過剰な量のPの含有は、鋼板の加工性を阻害する。よって、P含有量を0.020%以下に制限する。P含有量の下限は0%でもよい。また、現行の一般的な精錬(二次精錬を含む)を考慮すると、P含有量の下限は0.005%であってもよい。
【0071】
(S:0.0070%以下)
S(硫黄)は、非金属介在物を形成することにより、鋼板の加工性を阻害する不純物元素である。よって、S含有量を0.0070%以下に制限し、好ましくは、0.0050%以下に制限する。S含有量の下限は0%でもよい。また、現行の一般的な精錬(二次精錬を含む)を考慮すると、S含有量の下限は0.0003%であってもよい。
【0072】
(Ti:0.050%以下)
Ti(チタン)は、硬い角形状の炭窒化物を形成することにより、鋼板の加工性を劣化させる元素である。本実施形態においては、上述したようにREM含有介在物上に優先析出させることによって、加工性に及ぼす有害性を緩和する事が可能であるが、Ti含有量が0.050%を超えると加工性の劣化が顕在化する。よって、Ti含有量を0.050%以下に制限する。Ti含有量の下限は0%でもよい。また、現行の一般的な精錬(二次精錬を含む)を考慮すると、Ti含有量の下限は0.0005%であってもよい。
【0073】
(O:0.0040%以下)
O(酸素)は、酸化物(非金属介在物)を形成し、この酸化物が凝集および粗大化することにより、鋼板の加工性を低下させる不純物元素である。よって、O含有量を0.0040%以下に制限する。O含有量の下限は0%でもよい。また、現行の一般的な精錬(二次精錬を含む)を考慮すると、O含有量の下限は0.0010%であってもよい。本実施形態に係る鋼板のO含有量は、鋼中に固溶するOや、介在物中に存在するOなどの、すべてのO含有量を合計したトータルO含有量(T.O含有量)を意味する。
【0074】
さらに、O含有量とREM含有量とを、各元素の質量%で示した含有量を用いて、下記の式Vで表される範囲に制御することが好ましい。下記の式Vを満たすとき、A系介在物の個数密度がさらに減少するので好ましい。なお、下記の式Vの上限値は特に限定されるものではないが、O含有量及びREM含有量の上限値及び下限値から、0.000643が下記の式Vの左辺の上限値となる。
【0075】
18×(REM/140)−O/16≧0 ・・・(式V)
【0076】
式Vに基づいたO含有量及びREM含有量の制御により、REM
2O
3・11Al
2O
3(REM
2O
3とAl
2O
3のモル比1:11)とREM
2O
3・Al
2O
3(REM
2O
3とAl
2O
3のモル比1:1)との2種類の複合酸化物の混合形態が生成されると、A系介在物がさらに好ましく減少する。上記の式V中で、REM/140はREMのモル数を示し、O/16はOのモル数を示す。REM
2O
3・11Al
2O
3とREM
2O
3・Al
2O
3との混合形態を生成するためには、REM含有量を上記の式Vを満たすように含有させることが好ましい。REM含有量が少ないので上記の式Vが満たされない場合、Al
2O
3とREM
2O
3・11Al
2O
3との混合形態が生成される場合がある。この混合形態に含まれるAl
2O
3の部位とCaOとが反応してCaO−Al
2O
3系介在物が生成され、このCaO−Al
2O
3系介在物が圧延によって延伸されるおそれがある。
【0077】
(N:0.0075%以下)
N(窒素)は、窒化物(非金属介在物)を形成し、鋼板の加工性を低下させる不純物元素である。よって、N含有量を0.0075%以下に制限する。N含有量の下限は0%でもよい。また、現行の一般的な精錬(二次精錬を含む)を考慮すると、N含有量の下限は0.0010%であってもよい。
【0078】
本実施形態に係る鋼板は、上記の基本成分が制御され、残部が鉄及び上記の不純物よりなる。しかし、本実施形態に係る鋼板は、この基本成分に加えて、残部のFeの一部の代わりに、さらに必要に応じて以下の選択成分を鋼中に含有させてもよい。
【0079】
すなわち、本実施形態に係る熱延鋼板は、上記した基本成分及び不純物の他に、更に、選択成分として、Cu、Nb、V、Mo、Ni、Bのうちの1種以上を含有してもよい。以下に、選択成分の数値限定範囲とその限定理由とを説明する。ここで、記載する%は、質量%である。
【0080】
(Cu:0.05%以下)
Cu(銅)は、鋼板の強度(硬度)を向上させる効果を有する選択元素である。そのため、必要に応じて、Cuを0.05%以下の範囲内で含有させても良い。また、Cu含有量の下限値を、0.01%とすると、好ましく上記効果を得ることができる。一方、Cu含有量が0.05%を超えると、溶融金属脆化(Cu割れ)によって熱間圧延時に熱間加工割れが生じる恐れがある。Cu含有量の好ましい範囲は0.02%〜0.04%である。
【0081】
(Nb:0.05%以下)
Nb(ニオブ)は、炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化防止および鋼板の加工性の改善に有効な選択元素である。そのため、必要に応じて、Nbを0.05%以下の範囲内で含有させても良い。また、Nb含有量の下限値を、0.01%とすると、好ましく上記効果を得ることができる。一方、Nb含有量が0.05%を超えると、粗大なNb炭窒化物が析出して鋼板の加工性の低下を招く恐れがある。Nb含有量の好ましい範囲は0.02%〜0.04%である。
【0082】
(V:0.05%以下)
V(バナジウム)は、Nbと同様に炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化防止や加工性の改善に有効な選択元素である。そのため、必要に応じて、Vを0.05%以下の範囲内で含有させても良い。また、V含有量の下限値を、0.01%とすると、好ましく上記効果を得ることができる。一方、V含有量が0.05%を超えると、粗大な介在物が生成して鋼板の加工性の低下を招く恐れがある。好ましい範囲は、0.02%〜0.04%である。
【0083】
(Mo:0.05%以下)
Mo(モリブデン)は、焼入れ性の向上と焼戻し軟化抵抗性の向上とにより、鋼板の強度(硬度)を向上させる効果を有する選択元素である。そのため、必要に応じて、Moを0.05%以下の範囲内で含有させても良い。また、Mo含有量の下限値を、0.01%とすると、好ましく上記効果を得ることができる。一方、Mo含有量が0.05%を超えると、コストが増加し、且つ含有効果は飽和する。さらに、Mo含有量が0.05%を超えると、鋼板の加工性、特に冷間加工性が低下し、これにより、鋼板を複雑な形状(例えばギヤ形状など)に加工することが困難になる。以上の理由により、Mo含有量の上限を0.05%とする。Mo含有量の好ましい範囲は、0.01%〜0.05%である。
【0084】
(Ni:0.05%以下)
Ni(ニッケル)は、焼入れ性の向上による鋼板の強度(硬度)の向上や、加工性の向上に有効な選択元素である。また、Cu含有時の溶融金属脆化(Cu割れ)を防止する効果も有する選択元素である。そのため、必要に応じて、Niを0.05%以下の範囲内で含有させても良い。また、Ni含有量の下限値を、0.01%以上とすると、好ましく上記効果を得ることができる。一方、Ni含有量が0.05%を超えると、コストが増加する一方で、含有効果は飽和するので、Ni含有量の上限を0.05%とする。Ni含有量の好ましい範囲は、0.02%〜0.05%である。
【0085】
(Cr:0.50%以下)
Cr(クロム)は、焼入れ性を高めて鋼板の強度(硬度)を向上させるのに有効な元素である。そのため、必要に応じて、Crを0.50%以下の範囲内で含有させても良い。また、Cr含有量の下限値を0.01%とすると、好ましく上記効果を得ることができる。Cr含有量が0.50%を超えると、コストが増える一方で、含有効果は飽和する。よって、Cr含有量を0.50%以下に制御する。
【0086】
(B:0.0050%以下)
B(ホウ素)は、焼入れ性を高めて鋼板の強度(硬度)を向上させる効果を有する選択元素である。そのため、必要に応じて、Bを0.0050%以下の範囲内で含有させても良い。また、B含有量の下限値を、0.0010%とすると、好ましく上記効果を得ることができる。一方、B含有量が0.0050%を超えると、B系化合物が生成して鋼板の加工性が低下するので上限を0.0050%とする。B含有量の好ましい範囲は、0.0020%〜0.0040%である。
【0087】
次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
【0088】
本実施形態に係る鋼板は、一般的な鋼板と同様に、例えば高炉溶銑を原料とし、転炉精錬や二次精錬を行って製造した溶鋼を、連続鋳造によって鋳片とした後、その鋳片に熱間圧延、必要に応じて冷間圧延、および/または焼鈍などを行って鋼板にする。その際、転炉における脱炭処理の後、取鍋での二次精錬で、鋼の成分調整とともに、Ca及びREMの添加による介在物制御を行う。なお、高炉溶銑のほか、鉄スクラップを原料として電気炉で溶解した溶鋼を原料として用いても良い。
【0089】
CaおよびREMは、他の含有元素の成分を調整し、さらに、Al脱酸により生じるAl
2O
3を溶鋼から浮上させてから、添加する。Al
2O
3が溶鋼中に多量に残存していると、CaやREMがAl
2O
3の還元によって消費される。そのため、Sの固定に使われるCaおよびREMの含有量が減少し、MnSの生成を十分に防止出来なくなる。
【0090】
Caは、蒸気圧が高いので、歩留を上げるために、Ca−Si合金、Fe―Ca−Si合金、およびCa−Ni合金等として添加するのがよい。これらの合金添加のために、これら合金から構成される合金ワイヤーを用いてもよい。REMは、Fe−Si−REM合金、およびミッシュメタル等の形で添加すればよい。ミッシュメタルとは希土類元素の混合物であり、具体的には、Ceを40%〜50%程度、Laを20%〜40%程度含有することが多い。例えば、Ce45%、La35%、Nd9%、Pr6%、他不純物からなるミッシュメタルなどが入手できる。
【0091】
Ca及びREMの添加順序は特に制限されるものではない。しかし、REM添加後にCa添加すると、介在物のサイズがやや小さくなる傾向が見られる。従って、REM添加後にCaを添加するのが好ましい。
【0092】
Al脱酸後にAl
2O
3が生成し、このAl
2O
3のうち一部がクラスター化する。しかし、REM添加をCa添加よりも先に行うと、クラスターの一部が還元・分解され、クラスターのサイズを低減できる。一方、Ca添加をREM添加よりも先に行うと、Al
2O
3が低融点のCaO−Al
2O
3系介在物に変化し、上記Al
2O
3クラスターが一つの粗大なCaO−Al
2O
3系介在物となってしまうおそれがある。このため、REM添加後にCa添加することが好ましい。
【実施例】
【0093】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に詳細に説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0094】
高炉溶銑を原料とし、溶銑予備処理、転炉における脱炭処理の後、取鍋精錬で成分調整を行って表2Aに示す成分の溶鋼300トンを溶製した。取鍋精錬では、まずAlを添加して脱酸を行い、次にTiなどのその他の元素の成分を調整した後、Al脱酸で生じたAl
2O
3を浮上させるため5分間以上保持した後に、REMを添加し、均一に混合するために3分間保持してから、Caを添加した。REMはミッシュメタルを用いた。このミッシュメタルに含まれるREM元素は、Ce50%、La25%、Nd10%であり、残部が不純物であった。よって、得られる鋼板に含まれる各REM元素の比率は、上記した各REM元素の比率とほぼ同一となる。Caは蒸気圧が高いため、歩留を上げるためにCa−Si合金を添加した。
【0095】
精錬後の上記溶鋼を連続鋳造により厚み250mmの鋳片とした。その後、この鋳片を1250℃に加熱して1時間保持し、次いで仕上げ温度が850℃となるように熱間圧延して板厚を5mmにした後、巻取温度が580℃となる状態で巻き取った。この熱延鋼板を酸洗した後、700℃で72hrの熱延板焼鈍を行った。この熱延鋼板に、900℃で30分の焼入れを行い、さらに100℃で30分の焼戻しを行った。
【0096】
得られた焼入れおよび焼戻し後の熱延鋼板について、介在物の組成と変形挙動(圧延後の長径/短径の比;アスペクト比)とを調査した。光学顕微鏡を用いて、圧延方向と板厚方向とに平行な断面を観察面として、光学顕微鏡により倍率400倍(ただし、介在物形状を詳細に測定する際は倍率1000倍)で60視野観察した。各観察視野で、粒径(形状が球状の介在物の場合)または長径(変形している介在物の場合)が1μm以上の介在物を観察し、それらの介在物を、A系介在物、B系介在物、及び、C系介在物に分類し、また、それらの個数密度を計測した。また、鋼中に単独で析出した角形状のTi含有炭窒化物であって、長辺が5μmを超えるものの個数密度も同時に測定した。Ti含有炭窒化物は、形状および色が他のC系介在物とは異なるので、観察により判断可能である。または、EPMA(電子線マイクロ分析、Electron Probe Micro Analysis)や、EDX(エネルギー分散型X線分析、Energy Dispersive X−Ray Analysis)を備えるSEM(走査型電子顕微鏡、Scanning Electron Microscope)を用いて熱延鋼板の金属組織を観察すればよい。この場合、介在物中の、Ti含有炭窒化物、REM含有複合介在物、MnS、及びCaO−Al
2O
3系介在物などを同定することが可能である。
【0097】
介在物の評価基準は以下の通りとした。
A系介在物の個数密度、ならびにB系介在物及びC系介在物の合計個数密度それぞれに関し、個数密度が6個/mm
2を超える場合をB(Bad)、4個/mm
2超6個/mm
2以下の場合をG(Good)、2個/mm
2超4個/mm
2以下の場合をVG(Very Good)、2個/mm
2以下の場合をGG(Greatly Good)とした。
B系及びC系であって最大長さ20μm以上の粗大介在物に関し、6個/mm
2を超える場合をB(Bad)、3個/mm
2超6個/mm
2以下の場合をG(Good)、3個/mm
2以下の場合をVG(Very Good)とした。
鋼中で単独に存在する長辺が5μm以上であるTi含有炭窒化物に関し、個数密度が5個/mm
2を超える場合をB(Bad)、3個/mm
2超5個/mm
2以下の場合をG(Good)、3個/mm
2以下の場合をVG(Very Good)とした。
【0098】
得られた焼入れおよび焼戻し後の熱延鋼板の、引張強さ(MPa)と、室温(約25℃)におけるシャルピー衝撃値(J/cm
2)と、穴拡げ性(%)とを評価した。1200MPa以上の引張強さを有する鋼板を、引張強さに関し合格基準を満たす鋼板とみなした。室温におけるシャルピー衝撃値は、靱性を示し、鋼板の加工性を評価する指標の一つである。また、鋼板を加工することにより得られる製品の靭性も、シャルピー衝撃値によって評価することができる。6J/cm
2以上の室温におけるシャルピー衝撃値を有する鋼板を、靱性に関し合格基準を満たす鋼板とみなした。穴拡げ性は、加工性を評価する別の指標である。まず150mm×150mmの鋼板の中央に直径10mmの打ち抜き穴を開け、次いで打ち抜き穴を60°の円錐パンチで押し拡げた。この押し拡げ処理によって板厚貫通亀裂が鋼板に生じた時点での穴径D(mm)を測定した。そして、穴拡げ値λ(%)を、「λ=(D−10)/10×100」との式により算出し、λ(%)が80%以上である鋼板を、穴拡げ性に関し合格基準を満たす鋼板とみなした。
【0099】
また、得られた熱延鋼板の化学成分について、ICP−AES(Inductively Coupled Plasma−Atomic Emission Spectrometry:誘導結合プラズマ発光分光分析)、又はICP−MS(Inductively Coupled Plasma−Mass Spectrometry:誘導結合プラズマ質量分析)を用いて定量分析した。なお、REM元素のうち微量のものは分析限界を下回る場合があり、その場合は、上記ミッシュメタル中の含有量(Ce50%、La25%、Nd10%)に比例するものとして、含有量が最も多いCeの分析値に対する比率を用いて算出した。
【0100】
結果を表2Bに示す。表中で、本発明範囲から外れる数値にはアンダーラインを付している。全ての実施例は、本発明の規定範囲を満足する構成を有していたので、引張強さ、およびシャルピー衝撃値と穴拡げ性λとで示される加工性が優れた。一方、比較例は、本発明の規定条件を満たさなかったので、引張強さ、または加工性が十分ではなかった。
比較例1は、Ca含有量が下限未満であったので、Caをほとんど含有しない介在物が生成した。これにより、比較例1にはB系介在物、C系介在物および粗大介在物が多数生成し、B系+C系介在物の個数密度の評価および20μm以上の粗大介在物の個数密度の評価が「B」であった。さらに、比較例1の鋳造中にノズル詰まりが生じた。
比較例2は、Ca含有量が上限を超えたので、粗大なCaO−Al
2O
3系低融点酸化物が生じた。これにより、比較例2のA系介在物の個数密度、B系+C系介在物の個数密度、および粗大介在物の個数密度の評価が「B」であった。
比較例3は、REM含有量が下限未満であり、且つ式3を満たさなかったので、マトリックス中に、粗大Ti含有炭窒化物が単独で多数生成した。これにより、比較例3のTi含有炭窒化物の個数密度の評価が「B」であった。
比較例4は、REM含有量が上限を超えたので、B系+C系介在物の個数密度の評価および粗大介在物の個数密度の評価が「B」であった。さらに、比較例4の鋳造中にノズル詰まりが生じた。
比較例5は、式1の右辺の値が0.3未満であったので、A系介在物の個数密度の評価が「B」であった。さらに、比較例5は、C含有量が過剰であったので、加工性が低かった。これにより、比較例5の衝撃値は不足した。
比較例6は、が式2を満たさなかったので、B系+C系介在物の個数密度の評価が「B」であった。
比較例7は、C含有量が不足していたので、引張強さが不足した。
比較例8は、介在物の個数密度が適切な水準であるが、C含有量が過剰であったので、加工性が低下した。このため、比較例8の穴拡げ性は不合格であった。
比較例9は、S含有量が過剰であったので、粗大なMnS介在物が生成し、A系介在物の個数密度の評価が「B」となった。さらに、比較例9の衝撃値および穴拡げ性は不十分であった。
比較例10は、Ti含有量が過剰であったので、Ti含有炭窒化物の個数密度の評価が「B」となった。これにより、比較例10の衝撃値および穴拡げ性は不十分であった。
比較例11は、Ca含有量が過剰であったので、CaO含有率が高い粗大酸化物が生成および延伸した。これにより、比較例11のA系介在物、およびB+C系粗大介在物の個数密度の評価が「B」となった。さらに比較例11では、CaO含有率が高いので、酸化物の表面にTi含有炭窒化物が付着する効果が低下した。これにより、比較例11のTi含有炭窒化物の個数密度の評価が「B」であった。以上の理由により、比較例11の衝撃値および穴拡げ性は不足した。
比較例12は、REM含有量が不足していたので、酸化物の表面にTi含有炭窒化物が付着する効果が低下した。これにより、比較例12のTi含有炭窒化物の個数密度の評価が「B」であった。そのため、比較例12の衝撃値および穴拡げ性は不足した。
比較例13は、REM含有量が過剰であったので、粗大介在物の個数密度の評価が「B」であった。そのため、比較例13の衝撃値および穴拡げ性は不足した。
比較例14は、Mo含有量が過剰であったので、介在物の個数密度評価が良好であるにもかかわらず、加工性が劣化した。これにより、比較例14の衝撃値および穴拡げ性は不足した。
比較例15は、式1を満たさなかったので、A系介在物の個数密度の評価が「B」であった。これにより、比較例15の衝撃値および穴拡げ性は不足した。
比較例16は、式2を満たさなかったので、B+C系介在物の個数密度の評価が「B」となった。そのため、比較例16の衝撃値および穴拡げ性は不足した。
【0101】
【表2A】
【0102】
【表2B】