【実施例1】
【0022】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.03のホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eを形成した。
【0023】
ついで、前記工具基体A〜Eのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、
図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に工具基体を装着し、工具基体温度を380〜420℃とした状態で、
蒸発源1:金属Ti、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:9〜10kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:8〜9kW、
反応ガス導入口1および2の反応ガス流量割合:窒素(N
2)ガス それぞれ70〜vol%
プラズマガン用放電ガスの流量割合:アルゴン(Ar)ガス 30vol%、
工具基体に印加するバイアス電圧:直流とパルスを次の(1)〜(4)のように使い分ける、
(1)下部層(岩塩型結晶構造層):直流 −90V
(2)中間下部領域 :+5V/−90V 5μsec/95μsec
(3)中間上部領域 :+5V/−90V 10μsec/90μsec
(4)上部層((10−10)配向ウルツ鉱型結晶構造層):+5V/−90V 90μsec/10μsec
という表2に示される形成条件のもと表3に示される所定の目標層厚を有する硬質被覆層の形成を行い、本発明表面被覆切削工具としての本発明インサート1〜8をそれぞれ製造した。
【0024】
また、比較の目的で、工具基体A〜Eを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、本発明と同様、
図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置に工具基体を装着し、工具基体温度を380〜420℃とした状態で、
蒸発源1:金属Ti、
蒸発源1に対するプラズマガン放電電力:9〜10kW、
蒸発源2:金属Al、
蒸発源2に対するプラズマガン放電電力:8〜9kW、
反応ガス導入口1および2の反応ガス流量割合:窒素(N
2)ガス それぞれ70vol%
プラズマガン用放電ガスの流量割合:アルゴン(Ar)ガス 30vol%、
工具基体に印加するバイアス電圧:直流−90V、
という表4に示される形成条件のもと表5に示される所定の目標層厚を有する硬質被覆層の形成を行い、比較表面被覆切削工具としての比較インサート1〜8をそれぞれ製造した。
【0025】
つぎに、前記の各種のインサートを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明インサート1〜8および比較インサート1〜8について、
被削材:JIS・SUS316の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 180 m/min.、
切り込み: 1.5mm、
送り: 0.25 mm/rev.、
切削時間: 4分、
の条件(切削条件A)でのステンレス鋼の乾式断続高速切削加工試験(通常の切削速度は、150m/min.)、
被削材:JIS・S45Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 220m/min.、
切り込み: 1.5mm、
送り: 0.15mm/rev.、
切削時間: 6分、
の条件(切削条件B)での炭素鋼の乾式断続高速切削加工試験(通常の切削速度は、220m/min.)、
被削材:JIS・SCMnH2の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 250m/min.、
切り込み: 1.5mm、
送り: 0.25mm/rev.、
切削時間: 5分、
の条件(切削条件C)での高マンガン鋼の乾式断続高速切削加工試験(通常の切削速度は、200m/min.)を行い、いずれの断続旋削加工試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表6に示した。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
【表3】
【0029】
【表4】
【0030】
【表5】
【0031】
【表6】
【0032】
この結果得られた本発明インサート1〜8および比較インサート1〜8の硬質被覆層を構成する下部層、中間層および上部層のそれぞれの組成を透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散型X線分析法により測定したところ、いずれも表3および表5に示した目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0033】
さらに、本発明インサート1〜8の下部層、中間層(下部領域および上部領域)、上部層を構成する(Ti,Al)N層および比較インサート1〜8の硬質被覆層を構成する(Ti,Al)N層について、集束イオンビーム加工により、工具逃げ面から、工具基体および硬質被覆層を含む、幅100μm×高さ300μm×厚さ0.2μmの薄片を切り出し、該薄片のうち、上部層の厚み領域が全て含まれるよう設定された、幅が10μmであり、高さが上部層の層厚の2倍である視野を、透過型電子顕微鏡にて観察するとともに、各結晶領域における電子線回折図形から該結晶領域の結晶構造を決定し、岩塩型の結晶構造を有する結晶領域と、ウルツ鉱型の結晶構造を有する領域の面積を測定し、各層の面積に対する割合をそれぞれ計算した。同様に、中間層の上部半分の面積領域、中間層の下部半分の面積領域、下部層についても、岩塩型の結晶構造を有する結晶領域と、ウルツ鉱型の結晶構造を有する領域の面積を測定し、各層の面積に対する割合をそれぞれ計算した。その結果を表3および表5に示した。なお、ここでいう中間層の上部または下部半分の領域とは、得られた像の両端辺のそれぞれにおいて、下部層と中間層の界面を示す点と、中間層と上部層の界面を示す点の2点間の中間点を、中間層の半分を示す点とし、両端辺の中間点同士を結んだ線を境界として、中間層の上部および下部を分割する境界線と定義し、中間層の上部または下部半分の領域を定義した。
また、前記硬質被覆層の各構成層の平均層厚を透過型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも表3および表5に示した目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5ヶ所の平均値)を示した。
なお、観察する視野は、測定しようとする層の厚み領域が全て含まれていれば十分であるが、過剰に広い視野および低い倍率による観察を行うと、像観察時の分解能の低下へとつながることから、層厚の1.5倍から2.0倍くらいに留めておき、倍率は少なくとも5万倍以上であることが好ましい。なお、より高い倍率を用いた観察を、複数の視野に分割して行い、得られた像を結合して、結晶組織の観察および結晶構造の同定を行っても良い。
本発明インサート1〜8および比較インサート1〜8の硬質被覆層をX線回折により測定した際のウルツ鉱型結晶構造の(10−10)面からの回折ピークの半値幅を求め、その結果についても、表3および表5に示した。
【0034】
表3および表6に示される結果から、本発明インサートは、硬質被覆層が、(Ti
1−xAl
x)N(x=0.6〜0.8)の成分系からなるとともに、岩塩型結晶構造を示す平均層厚0.3〜2.5μmの下部層と、ウルツ鉱型結晶構造を示す平均層厚0.3〜1.5μmの上部層を有し、かつ、下部層と上部層との間に、岩塩型結晶構造とウルツ鉱型結晶構造が共存する平均層厚0.3〜1.0μmの中間層が形成されていることによって、硬質被覆層全体として、すぐれた耐摩耗性を有し、また、すぐれた潤滑性、耐酸化性を示し、剥離、欠損、チッピングを発生することなくすぐれた工具特性を長期に亘って発揮することが明らかである。
【0035】
また、硬質被覆層をX線回折にて測定した際に、ウルツ鉱型結晶構造に由来するピークのうち、(10−10)面の回折強度が最強となり、かつ、(10−10)面の回折ピークの半値幅が1度未満とすることによって、上部層の結晶性が高まり上部層の強度が向上するため、さらにすぐれた工具特性が発揮されることが確認された。
【0036】
さらに、中間層のうち、下部層と中間層との界面から中間層の平均層厚の半分までの領域におけるウルツ鉱型結晶構造を有する結晶粒の割合を、上部層と中間層との界面から中間層の平均層厚の半分までの領域におけるウルツ鉱型結晶構造を有する結晶粒の割合よりも小さくすることにより、下部層から上部層に亘って連続的に結晶構造を変化させることができるため上部層と下部層との密着性が一層向上し、その結果、工具特性が一層向上することが明らかである。
【0037】
一方、表5および表6に示される結果から、比較インサートは、硬質被覆層が、(Ti
1−xAl
x)N(x=0.6〜0.8)の成分系からなるものの、岩塩型結晶構造を示す平均層厚0.3〜2.5μmの下部層と、ウルツ鉱型結晶構造を示す平均層厚0.3〜1.5μmの上部層を有し、かつ、下部層と上部層との間に、岩塩型結晶構造とウルツ鉱型結晶構造が共存する平均層厚0.3〜1.0μmの中間層が形成されているという本発明インサートの硬質被覆層の構成要件のいずれかを満たしていないために、硬質被覆層全体として、耐摩耗性、潤滑性、耐酸化性の面で劣り、剥離、欠損、チッピングを発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
なお、前記実施例では、工具基体として炭化タングステン基超硬合金焼結体を用いた例について説明しているが、工具基体はこれに限られることなく、炭窒化チタン基サーメットを用いた場合であっても同様の効果が奏されることは言うまでもない。
【0038】
前述のように、本発明の表面被覆切削工具は、各種の鋼や鋳鉄などの通常の切削条件での切削加工は勿論のこと、特に高熱発生を伴うとともに、切刃部に対して大きな負荷がかかるステンレス鋼、合金鋼などの高硬度鋼の高速断続旋削加工においても、すぐれた耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置の高性能化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。