【発明が解決しようとする課題】
【0009】
Ag系膜においては、その膜の反射率は、純Ag膜が最も高いが、この純Ag膜は、耐硫化性、耐湿性、耐熱性などが低い。そのため、上記特許文献1乃至3に示されるように、Pd、Cu、Ge、Bi、Au、Sn、希土類元素などを添加して、それらの膜の耐性、例えば、耐硫化性、耐熱性を改善している。しかしながら、それらの元素を添加することにより、その膜の反射率は、純Ag膜より低下する。
【0010】
また、上記特許文献4に示されるように、Bi、Au、Snを添加したAg合金膜を不活性ガス中で熱処理し、或いは、上記特許文献5に示されるように、純Ag膜、又は、Au、Sn、Pd、Cuのうちの一つ以上の元素を添加したAg合金膜の上に、酸化物層などのキャップ層を付けた積層構造とし、その膜を、大気、真空、不活性ガス中で熱処理することにより、反射率の減少を抑制し、耐硫化性をさらに向上させる工夫がなされている。しかしながら、特許文献5に示された組成の膜では、熱処理を行なうと、大きな結晶粒の成長が起こり、結晶性の向上(移動度、伝導率の増加)による反射率の増加の効果を、成長した大きな結晶粒による光の散乱で弱める結果となる。
【0011】
また、上記特許文献6に示されるように、Bi、Sbが表面に拡散して濃縮されたAg合金膜により、凝集を抑制する工夫がなされている。しかしながら、このAg合金膜は耐硫化性、耐塩水性などが劣るため、他の膜で表面をコートする必要があり、用途が電磁波防止などに限られ、また、反射率も低下する。しかも、その表面のコートには、手間を要し、コストの増大を招く。
【0012】
以上から、Ag合金膜が用いられる装置の性能をより向上させるためには、膜の耐硫化性、耐熱性、耐塩水性などの耐性を落とさずに、高い反射率を持ったAg合金膜の開発が課題となる。
そこで、本発明は、耐硫化性、耐熱性、耐塩水性などの耐性を落とさずに、高い反射率を持ち、しかも、配線電極膜としても適用可能とする低抵抗率を実現したAg合金膜及びその形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、種々の研究により、Agを主成分としてSbを含有させたAg合金ターゲットを用いて基板上にスパッタリング成膜したAg―Sb合金膜を熱処理(アニール)することにより、Ag−Sb合金膜中の結晶粒が面内方向に成長し、大きな結晶粒を生成できること、さらには、この結晶粒の粒界には、Sbが濃集されることが判明した。この結晶粒が面内方向に大きく成長したAg―Sb合金膜では、移動度、伝導率の向上と平坦性の維持によって低抵抗率化と高反射率化が実現できるとともに、この熱処理によって結晶粒の表面及び界面に濃集されたSbが、酸素(O)と反応して酸化物となり、この酸化物が、耐硫化性、耐熱性、耐塩水性の向上に大きく寄与するという知見が得られた。
【0014】
そこで、これらの知見に基づいて、本発明の具体例として、Sbが1.0at%含まれたAg合金ターゲットを用いて、室温の基板上にスパッタ成膜を行ってAg−Sb合金膜を成膜した。その後に、成膜したAg−Sb合金膜に対して、真空雰囲気中で、300℃の温度で熱処理を行った。
【0015】
ここで、Ag−Sb合金がスパッタリングで堆積されたままの状態(以下、as depo.状態と称す)の膜表面について、走査型電子顕微鏡(SEM)、原子間力顕微鏡(AFM)、オージェ電子分光法(AES)による面分析により得られた画像が
図1に示されている。SEM、AES、AFMのいずれの画像においても、as depo.状態においては、Ag−Sb合金の結晶粒が細かく、表面の凹凸は小さいことが確認された。AFM画像にみられるように、そのAg−Sb合金膜の表面粗さRaは、0.59nmであった。このas depo.状態のAg−Sb合金膜では、その反射率は、純Ag膜の反射率より低いものであった。
【0016】
また、as depo.状態のAg−Sb合金膜について、耐熱試験(300℃、1時間、大気中アニール)、耐硫化試験(0.01at%のNa
2S溶液に1時間浸漬)、耐塩水試験(5at%のNaCl溶液に12時間浸漬)を行ったが、試験後に反射率を測定した結果では、膜の反射率が低下し、耐塩水性、耐硫化性が無いことが確認された。
【0017】
次に、as depo.状態のAg−Sb合金膜を、真空雰囲気中で、300℃の熱処理を施したところ、
図2に示されるような結果が得られた。
図2のSEM、AES、AFMの各画像によれば、Ag−Sb合金膜における結晶粒が、熱処理によって成長し、as depo.状態よりも面内方向に大きくなっていることが確認された。特に、
図2のAES画像にみられるように、熱処理により、Ag−Sb合金の結晶粒中のSbがその表面及び粒界に濃集していることが観察された。即ち、画像中の濃い部分が結晶粒であり、その結晶粒を取り囲むように存在する淡い部分がSbの濃集を表している。この結晶粒の表面では、Sbの多くが、酸化物として存在していることをX線光電子分光(XPS)により確認した。
【0018】
また、
図2のAFMの画像では、熱処理後においても、as depo. 状態よりも凹凸はやや大きくなっているが、ある程度の平坦度を保持していることが観察される。これは、SEMの画像で見られるように、as depo. 状態のAg−Sb合金膜に対する熱処理によって、膜を構成する結晶粒はその面内方向に成長しやすい傾向があることを示している。結果として、膜の平坦度は保持されたまま、結晶性が向上することとなる。この平坦性の維持と結晶性の向上による移動度、伝導率の増加によって、熱処理後のAg−Sb合金膜では、可視域(400nm〜700nm)の光において、純Ag膜を超える反射率が計測された。また、結晶粒内のSbが粒界に濃集することにより、Sbに由来する結晶粒内の欠陥が減少し、結晶性の良い大きな結晶粒が形成されることで、移動度が向上し、膜の抵抗率も低下することが確認された。
【0019】
さらに、熱処理後のAg−Sb合金膜について、上述した試験と同様に、耐熱試験、耐硫化試験、耐塩水試験を行い、試験後に反射率を測定した結果、同様の試験後の純Ag膜よりもかなり高い反射率が得られ、耐熱性、耐塩水性、耐硫化性に優れていることが確認できた。これら耐熱性、耐塩水性、耐硫化性の向上は、Ag−Sb合金の結晶粒の表面に濃集したSbが、成膜中に混入した、或いは、成膜後において膜表面に付着したOと反応し、その酸化膜が存在することに起因する。この酸化膜が、Sと塩水に対するバリア性や耐凝集性の効果を持っていることによる。
【0020】
上述した本発明の具体例として、成膜後のas depo.状態のAg−Sb合金膜に対して、真空雰囲気中で熱処理を施した場合について説明したが、真空雰囲気中で熱処理する代わりに、窒素(N
2)雰囲気中で熱処理を施しても、同様の結果が得られた。また、これらの雰囲気の代わりに、大気中で、300℃の温度で熱処理を施したところ、
図3に示されるように、
図2に示された真空雰囲気中で熱処理を施した場合と同様の結果が得られた。
【0021】
図3のSEM、AES、AFMの各画像によれば、Ag−Sb合金膜における結晶粒が、熱処理によって成長し、as depo.状態よりも面内方向に大きくなっていること、
図3のAES画像にみられるように、画像中の濃い部分が結晶粒であり、その結晶粒を取り囲むように淡い部分が存在するので、熱処理により、Ag−Sb合金の結晶粒内のSbがその表面及び粒界に濃集する様子が観察できる。ここでも、この結晶粒の表面では、濃集したSbの多くが、酸化物として存在していることをX線光電子分光(XPS)により確認した。
【0022】
一方、銅(Cu)や、パラジウム(Pd)の貴金属元素を添加したAg合金膜は、300℃程度の温度で熱処理を施すと純Ag膜と同様に結晶粒の成長が起こり、凝集するため、大きな表面凹凸による光の散乱で反射率が低下する。また、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、マンガン(Mn)、Sbなどの易酸化元素を添加したAg合金膜は、結晶粒の成長、表面粗さRaの増加が起こるものの、凝集することはない。しかしながら、これらの内、Al、Ga、Mnについては、300℃の温度で熱処理を施すと、それらの結晶粒は、面内方向ではなく、面に垂直な方向に成長してしまう。その結果、凹凸が現われ、膜の平坦性を保持できないため、凹凸による光の散乱で反射率が低下する。ところが、Sbに関しては、大気中で、300℃の温度で熱処理を施しても、面内方向の結晶粒成長が面垂直方向に対して優勢であるため、面内方向に成長した大きな結晶粒を形成することとなって、膜の平坦性を保持でき、高い反射率を得ることができる。
【0023】
したがって、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
(1)本発明のAg−Sb合金膜は、
Sb:1.0〜2.5at%及びAg:残部からなり、前記Sbが、Ag−Sb合金膜の表面及び結晶粒界に濃集
し、該結晶粒界のSb濃度が該表面のSb濃度より4.5〜9.0at%高く、酸化物を形成していることを特徴としている。
(2)(1)に記載のAg合金膜において、
抵抗率が2.30〜2.84μΩ・cmであることを特徴としている。
(3)本発明のAg−Sb合金膜の形成方法は、
請求項1又は2に記載のAg−Sb合金膜を形成する方法であって、Sb:1.0〜2.5at%及びAg:残部からなるAg−Sb合金ターゲットを用いて基板上にスパッタリングしてAg合金膜を成膜し、成膜されたAg−Sb合金膜を
真空雰囲気中又は不活性ガス雰囲気中で熱処理することを特徴としている。
(4)(3)に記載のAg−Sb合金膜の形成方法においては、前記熱処理の温度は、前記熱処理の温度は、
200〜500℃であることを特徴としている。
【0024】
ここで、本発明のAg−Sb合金膜において、Ag−Sb合金のSbの添加濃度を
1.0〜2.5at%とすることが好ましい。その理由は、添加元素の濃度が
1.0at%未満であると、成膜後の熱処理によって、大きな結晶粒の成長が起こり、反射率が低下する。一方、その濃度が
2.5at%を超えて大きいと、成膜後の熱処理による反射率の向上効果が小さくなる。
【0025】
また、Ag−Sb合金膜の結晶粒の面内方向のサイズが100nm以上であることが好ましく、結晶粒の面内方向のサイズが100nm未満であると、移動度、伝導率が十分大きくならず、反射率の向上効果が小さくなる。また、膜表面の粗さRaが2nm以下であることが好ましい。膜表面の粗さRaが2nmより大きいと、表面の凹凸が大きくなり、光の散乱が増加し、反射率が低下する。
【0026】
また、150℃以下の基板温度でスパッタ成膜を行なったAg−Sb合金膜を
、N2等の不活性ガス、真空等の雰囲気中で、
200〜500℃の温度で、適度な時間(5min〜2.0h程度)の熱処理を施すことが好ましい。成膜時の温度を制御して作製する場合、熱処理の温度が
200℃未満であると、Ag−Sb合金膜における結晶性があまり向上せず、移動度、伝導率の増加が十分でなく、反射率の向上効果が小さくなる。また、450℃より高い温度での熱処理では、Ag−Sb合金膜において、大きな結晶粒の成長が起こってしまい、膜の反射率が低下する。
【0027】
なお、成膜後に熱処理を施してAg−Sb合金膜を作製する場合には、成膜時の温度が150℃より大きいと、as depo.状態において既に大きな結晶粒から成る膜となり、熱処理後はさらに大きな結晶粒に成長してしまい、その大きな結晶粒の散乱によって、膜の反射率が低下する。