【実施例】
【0056】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
なお、本実施例の記載において、下記の用語は各々括弧内の用語を意味しているものである。
E(Embryonic day、胎生 日目)、DRG(Dorsal root ganglion、後根神経節)、DREZ(Dorsal Root Entry Zone、後根侵入部)、HH St.(Hamburger and Hamilton Stage、ハンバーガー‐ハミルトンステージ)、LPA(Lysophosphatidic acid、リゾホスファチジン酸)、LSCM(Laser scanning confocal microscopy、共焦点レーザー顕微鏡)、Lyso−PtdGlc(Lysophosphatidylglucoside、リゾホスファチジルグルコシド)、LPC(Lysophosphatidylcholine、LysoPtdCho、リゾホスファチジルコリン)、NGF(Nerve growth factor、神経成長因子)、NRP−1(neuropilin−1、ニューロピリンー1)、NT−3(Neurotrophin−3、ニューロピリン−3)、PtdGlc(Phosphatidyl−β−D−glucoside、ホスファチジル−β−D−グルコシド)、Sema3A(Semaphorin 3A、セマフォリン3A)、TLC(thin−layer chromatography、薄層クロマトグラフィー)、TrkA(Tropomyosin−related kinase A、トロポミオシン関連キナーゼA)、TrkC(Tropomyosin−related kinase C、トロポミオシン関連キナーゼC)、v/v(volume/volume、容量/容量)。
【0058】
また、実施例における実験並びに解析は下記の通りに行った。
【0059】
(実験動物)
レグホーン種の受精卵は地元の業者(井上養鶏場、相模原)から購入し、胚が適当な時期に発生するまで、ずっと揺孵卵器(強制通風、振とう可能)内で38℃にて維持した。また、胚は正常なニワトリの発生のハンバーガー−ハミルトンシリーズに則して、ステージ分けした(Hamburger,V.and Hamilton,H.L.,J.Morphol.8,49−92(1951)参照)。そして、全ての手法および実験は理研の動物保護ガイドラインを順守して行った。
【0060】
(モノクローナル抗体および組織標本)
抗ニワトリTrkAモノクローナル抗体(Oakley RA et al.,J Neurosci 17:4262−4274(1997)参照)または抗TrkCモノクローナル抗体(Lefcort.F et al.,J.Neuroscience.16(11)3704−3713(1996)参照)、およびDIM−21モノクローナル抗体(Greimel,M. et al.Bioorg Med Chem 16,7210−7(Aug1,2008)および非特許文献31 参照)を用いて、凍結切片の二重免疫蛍光染色を行った。ニワトリ胚は適当な時期に卵殻から分離し、断首した、得られた胴体は速やかに4%(v/v)パラホルムアルデヒド/PBSに浸け、4℃で一晩かけて固定した。PBSで2回洗浄した後、かかる胚は30%スクロース溶液(4℃)中に移し、溶液の底の方に沈むまで浸けた(通常、数時間以内に沈む)。そして、Tissue−Tek OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社製)に胚を包埋した後、液体窒素に浸けて速やかに凍らせ、必要とするまで−80℃で得られた凍結ブロックを保存した。また、HM560クライオスタット(Zeiss社製)にて腰仙部脊髄の部分を切断し、胴体を厚さ25μmの横断切片にして、必要とするまで−20℃で保存した
(免疫染色)
前記横断切片(スライド)等を室温に戻し、組織切片にワックスバリアペン(大道産業社製)を用いて、撥水性サークルを施した。抗体の非特異的な結合を減らすため、切片を10%v/v正常馬血清/PBSで1時間インキュベートした。血清によるブロッキング処理に次いで、10%血清で希釈した一次抗体(DIM21の希釈率は1:500であり、抗TrkAまたは抗TrkCの希釈率は1:1000)を切片に添加して、4℃で一晩インキュベートした。そして、蛍光色素が結合された二次抗体で3時間インキュベートする前に、一次抗体で標識された切片をPBSで3回洗浄した。なお、二次抗体は種特異的Alexa Fluor488またはAlexa Fluor594が結合された抗IgMまたはIgG(Molecular Probes社製)を血清で1:500に希釈し使用した。二次抗体で切片を染色した後、二次抗体で染色された切片をPBSで3回洗浄してマウントした後、かかる切片に結合している抗体標識を固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)をもって観察し、Fluoview ソフトウェアによって制御された浜松Orcaカメラで撮影した。
【0061】
(脊髄内グリア初代培養と質量分析)
脊髄内グリア細胞を、T.Yoshida,M.Takeuchi,Cytotechnology 7,187−96(Nov,1991)およびS.Kentroti,A.Vernadakis,J Neurosci Res 47,322−31(Feb1,1997)に記載されている通りに単離し、培養した。すなわち、HH St.35の胚の頭部を除去し、胴体を解剖した。腹部椎弓切除についで、脊髄を胚から単離した後に、さらに付着している膜および脊髄神経根を顕微鏡下手術用ハサミを用いて除去した。このように単離して得られた脊髄を10% FBS含有DMEM/F12培地に懸濁し、プラスチックセルスクレイパーを用いて、70μmセルストレイナーに通した。Poly−D−リシンで一晩前処理した10cm細胞培養用ディッシュに、得られた細胞懸濁液を播き、10% FBS含有DMEM/F12培地中において、37℃、5%CO
2条件下で培養した。48時間培養した後、不要物除去のため、かかる培養細胞を新しいリシンコートディッシュに播きなおし、120時間以上、先と同様の条件下で培地を2回交換しながら培養した。さらに、かかる細胞の一部は免疫染色解析のため、リシンコートされた35mmガラスカバースリップ上で培養した。また、質量分析にかけるため、培地交換時に培養上清を回収し、−80℃で凍結保存した。そして、168時間培養した後、トリプシン処理を施して10cmディッシュから細胞を回収した。そして、PtdGlcの発現およびグリアマーカーを免疫染色で解析するために、カバースリップ上で培養した細胞を4%パラホルムアルデヒド/PBSで4℃、一晩処理して固定した。また、回収したグリア細胞の培養上清はメタノールで前処理されたODSカラム(OroSep C18、600mg、OROCHEM CRC 18600)に充填し、非吸着画分を純水にて洗い流した。そして、ODSカラムに吸着した物質をクロロホルム/メタノ―ル(CHCl
3/CH
3OH=2:1(v/v))混合溶液を用いて溶出させた。そのODSカラムに吸着していた脂質を窒素ガス流入下で乾燥させ、4:1 CHCl
3/CH
3OHに再溶解し、同じ混合溶液で平衡化したイアトロビーズカラム(三菱科学ヤトロン社製)に充填した後、CHCl
3/CH
3OH混合溶液(4:1、3:1、2:1、1:1、1:2)で段階的に、最後は100% CH
3OHで溶出した。PtdGlcはCHCl
3/CH
3OH(2:1 および 1:1)画分に溶出され、Lyso−PtdGlcはCHCl
3/CH
3OH(1:1 および 1:2)画分に溶出された。また、グリア細胞由来のPtdGlcの解析を行うため、回収した細胞をハンク平衡塩溶液(HBSS)で洗浄した後、凍結乾燥した。脂質は2:1 CHCl
3/CH
3OH混合溶液およびCHCl
3/CH
3OH/水混合溶液(5:8:3, v/v/v)で抽出し、窒素ガス流入下で蒸発させ、PtdGlcを前記と同様の方法にて上清としてイアトロビーズカラムにより抽出した。
【0062】
(脊髄内グリア初代培養細胞の免疫組織化学的解析)
10% 正常馬血清/PBSで1時間インキュベートし、血清によるブロッキング処理を施す前に、前記固定したグリア細胞をPBSで2回洗浄した。10%血清で希釈された一次抗体 DIM21抗体(希釈率 1:500)、EAP−3抗体(抗トランスチン抗体、希釈率 1:200)または抗GFAP抗体(希釈率 1:200、カタログ番号:MAB3042、ケミコン社製)を細胞に添加し、4℃で一晩インキュベートした後、室温下にてPBSで3回洗浄した。そして、蛍光色素が結合された二次抗体(Alexa 488結合ヤギ由来の抗マウスIgGまたはAlexa 594結合ヤギ由来の抗マウスIgM)を10%血清で1:200に希釈したものを一次抗体で標識された細胞に添加し、室温下で1時間インキュベートした。PBSで3回洗浄した後、グリア細胞の核をヘキスト33528(ナカライテスク社製)の説明書に従って標識した。このように免疫染色された細胞をMowiol 4−88溶液(Calbiochem社製)にマウントし、4℃で保存した。固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)の40倍油浸対物レンズを介して観察し、Fluoview ソフトウェアによって制御された浜松Orcaカメラで撮影した。
【0063】
(成長円錐ターニングアッセイに用いるためのDRG神経細胞の調製)
T.Tojima et al.,Nat Neurosci 10,58−66(Jan,2007)に記載の方法に少々の改変を加え、単離したDRG感覚神経の初代培養を行った。すなわち、HH St.29のニワトリ胚を卵殻から分離して断首し、胴体を氷冷したPBSに移した。得られた胴体から内臓を鉗子にて除去し、椎弓切除により脊椎を露出させた。胸部または腰仙部の脊髄からDRGを単離し、fine watchmaker’s鉗子でばらばらにし、氷上のL15培地中に移した。解剖して得られたDRGを37℃で20分間トリプシン処理した後、100gで1分間遠心し、得られたペレットに最小量のL15培地を添加して、手動で細胞を懸濁(repeated manual trituration)した。細胞懸濁液を再度100gで1分間遠心し、その上清を除去した。そして、N−2(インビトロゲン社製)と750μg/ml BSA(GIBCO社製)と、25ng/ml NGFまたは50ng/ml NT−3(シグマアルドリッチ社製)とを添加したレイボヴィッチL15培地にペレットを再懸濁し、細胞を9μg/cm
3マウス由来のラミニン(インビトロゲン社製)でプレコートしたガラスディッシュに一枚当たり10000細胞数になるように播種した。かかるディッシュを成長円錐ターニングアッセイに用いる前の約2時間、5%CO
2、37℃で培養した。
【0064】
(成長円錐のターニングアッセイ)
インビトロ成長円錐ターニングアッセイは少々の改変を施した、M.Lohof,M.Quillan,Y.Dan,M.M.Poo,J Neurosci 12,1253−61(Apr,1992)、J.Q.Zheng,M.M.Poo,J.A.Connor,Perspect Dev Neurobiol 4,205−13(1996)およびY.Xiang et al.,Nat Neurosci 5,843−8(Sep,2002)に記載の方法に沿って行った。すなわち、リゾホスファチジルコリン(シグマアルドリッチ社製)または後述の方法により用意したLyso−PtdGlcを、ビークル(1%(v/v)メタノール/PBS)で10μMの濃度になるように希釈した。ターニングアッセイに用いる前に、リゾリン脂質またはコントロール溶液はultrasonic bath(Iwaki社製)を用いて10分間超音波をかけ、そして温浴を用いて37℃に維持した。NGF(プロメガ社製)およびセマフォリン3A/Fcキメラ組み換え蛋白質(R&Dシステムズ社製)は、各々化学誘因および化学反発のポジティブコントロールとして使用するために、使用する前にPBSにて各々50μg/mlおよび25μg/mlの濃度になるように希釈した。また、成長円錐ターニングアッセイに用いるピペットは下記の通りに調製した。ホウケイ酸キゃピラリーチューブ(1.0mm O.D.、standard wall with filament、Sutter Instrument社製)は、約10μmの大きさに開口された先細で長いピペットを作製するために、Flaming−Brown P−97マイクロピペットピュラ―で引き延ばした。かかるマイクロピペットはマイクロフォージ(MF−900、Narishige社製)を用いて使用する前にチェックした。ピペットはピペットホルダー(Warner Instruments社製)に装着し、ディッシュとピペットとの角度がおよそ45度になるように培養ディッシュ上方に設置した。かかるピペットを窒素ガスシリンダーと接続し、電気刺激器(日本光電社製)およびPV820 Picopump(World Precision Instruments社製)によってガス放出は制御した。なお、電気刺激器によって、PV820 Picopumpは500ms間隔で20ms間ガス放出が持続されるように設定した。リゾリン脂質の濃度勾配を添加する前、実験に供する候補の成長円錐の写真を撮り、10分間静置した。なお、成長円錐は、Metavueソフトウェアによって制御されたQimaging Qicam CCDカメラで撮影した。その後、少なくとも10μmまっすぐ伸長した成長円錐を本アッセイに用いるものとして選択した。培養ディッシュの下方、軸索伸長方向に対して45度、成長円錐から100μm離れた位置にピペット先端をおいた。そして、電気刺激器のスイッチを入れ、薬剤の濃度勾配を添加した。実験終了後(t=45分)、成長円錐の写真を撮り、Metavueソフトウェアにより伸長方向の角度を計測した。なお、伸長しなかった成長円錐、崩壊した成長円錐、軸索が45分の間に分岐した成長円錐は本実施例においては計測対象から外した。また、成長円錐のターニング角度を計測するため、薬剤添加10分前の軸索成長円錐Cドメイン真中と添加時のそれとを通る直線を伸長の初期軌道とした。そして実験終了後に、かかる初期軌道とのずれをターニング角度として計測した。また、実験終了時(t=45分)に、薬剤添加時(t=0)の軸索成長円錐Cドメイン真中と実験終了時(t=45分)のそれとの距離を軸索伸長の長さとして計測した。
【0065】
(コラーゲンゲルを用いた組織片共培養アッセイ)
DRG脊髄組織片共培養アッセイはR.Keynes et al.,Neuron 18,889−97(Jun,1997)に記載の方法に沿って行った。すなわち、HH St.35胚を卵殻から離し断首した。DRGおよび脊髄を胚から単離し、氷上のL15培地中で使うまで維持した。直径約250μmの脊髄と、背内側または背側のDRGとを500μm離してコラーゲンマトリックスに植え込み、N2、20ng/ml NGFまたは50ng/ml NT−3、750μg/ml BSAを添加したDMEM/F12培地中で、37℃5%CO
2下で48時間培養した。48時間培養後、かかる培養組織を4%PFAにて4℃で一晩かけて固定した。DRG組織片からの軸索伸長を可視化するために、培養組織を抗βチューブリン抗体(Chemicon社製)で染色した。すなわち、PBSで2回洗浄後、抗体の非特異的結合を減らすために培養組織を2%正常馬血清/PBS/0.1% Tritonで1時間インキュベートした。そして、培養組織を1時間、抗βチューブリンモノクローナル抗体(2%血清/PBSで1:500に希釈)でインキュベートした。PBSでの15分間洗浄を3回施した後、培養組織を2%血清で1:200に希釈したAlexa594結合抗マウスIgG抗体(モレキュラープローブ社製)に30分間インキュベートした。PBSでの15分間洗浄を3回施した後、染色した培養組織を固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)で観察し、Fluoview ソフトウェアによって制御された浜松冷却CCDカメラによって画像を取り込んだ。化学反発性はR.Keynes et al.,Neuron 18,889−97(Jun,1997)記載の方法により評価した。培養組織に関する免疫染色顕微鏡観察写真中の脊髄とDRGとの間500μmを4分割(125μm)して、DRG組織片から脊髄組織片への軸索伸長の長さを測定し、下記基準に則して0_10で評価した。
0:DRG組織片から脊髄組織片への軸索伸長がなかった。
2:1または複数のDRG組織片からの軸索伸長が1/4(125μm)まで達していた。
4:軸索伸長が2/4(125μm−250μm)まで達していた。
6:軸索伸長が250μm−375μmまで達していた。
8:軸索伸長が脊髄に接触するまで達していた。
10:軸索伸長が脊髄に接触するまで達していただけでなく、脊髄の上または下を通り、脊髄組織片を越えて軸索が伸長した。(
図1参照)
このように、化学反発性が最も強いものを0とし、最も弱いものを10と評価し、全ての培養組織を0_10に分けて評価した。
【0066】
(胚内における脊髄へのマイクロインジェクションおよびDiIイオントフォレシス)
E.T.Stoeckli,L.T.Landmesser,Neuron 14,1165−79(Jun,1995)およびF.E.Perrin,F.G.Rathjen,E.T.Stoeckli,Neuron 30,707−23(Jun, 2001)に記載の方法に少々の改変を加え、機能阻害性を有する特異的モノクローナル抗体を発生中の胚脊髄の中心管にマイクロインジェクションした。インキュベーション3日目(E3)に18gaニードルを殻を通して、卵の平滑末端側に挿入し、2〜3mlの卵白を抜き出した。そして、はさみで卵殻上部に4〜5cm
2の穴(窓)を開け、その穴をガラスカバースリップでシールし、溶融パラフィンワックスで固定した。そして、かかる穴をあけた卵を揺らすことなく、HH St.23に達するまでインキュベートした(卵に穴をあけてから、約24時間後に通常この発生段階に達する)。後述の抗Lyso−PtdGlcまたはコントロールIgMを1mg/mlずつ4回、8時間ごとに脊髄にインジェクションした。なお、抗体溶液には0.05% Fast Greenを添加し、インジェクションの質および量を顕微鏡で速やかに評価できるようにした。また、見て分かる目印として、全てのインジェクションは後肢間の丁度真ん中にある脊髄に対して行われた。インジェクションする際に、孵卵器から実体解剖顕微鏡(ニコン社製)に卵を移し、カバースリップを外し、抗体をインジェクションした。インジェクション後はカバースリップを戻し、ワックスで再びシールし、孵卵器に卵を戻した。最後の抗体をインジェクションした後、約24時間はHH St.28に達するまで孵卵器において胚を成育(回復)させた。かかる回復期間終了後、胚を卵殻から外し、断首し、4℃で4%v/v PFA/PBSを用いて胴体を一晩固定した。そして、かかる固定検体をPBSで洗浄し、15%ゼラチン(シグマアルドリッチ社製)に包埋し、胴体をLeica VT1000S ビブラトームを用いて切断し、厚さ250μmの腰仙部脊髄の横断切片を得た。DRG感覚求心性神経はイオントフォレシスにより導入した脂質親和性色素DiI(1,1’−dioctadecyl−3,3,3’3’−tetramethylindocarbocyanine perchlorate、FastDiI、Molecular Probes社製)で標識した。DiIはエタノールとジメチル−ホルムアミドとの混合溶液(1:1)で5mg/mlの濃度に調製し、そしてガラス管微小電極(Sutter Instruments社製)に裏込めした。DiIを装填した電極に100%エタノール 3μlを、次いで2M 塩化リチウム 3μl裏込めし、12V電源に接続した。そして、微小電極の先端の標的を背内側DRGにすることにより、TrkA神経を特異的に標識した。標識後、色素を拡散させるために組織切片は室温、暗下で2〜7日間保存した。かかる保存期間終了後、標識した切片をLSCMで観察した(z series 8−12 共焦点セクション、ステップサイズ:3μm)。すなわち、固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)の乾式対物レンズ(倍率:20×または40×)を介して標識した切片を観察し、Fluoviewソフトウェアによって制御された浜松Orca CCDカメラで撮影した。
【0067】
(統計解析)
統計解析はGraphPad Prism4プログラム(マッキントッシュ用、ver.4.0b、GraphPadソフトウェア社製)を用いて行った。
【0068】
(実施例1)
脊髄におけるホスファチジル−β−D−グルコシド(PtdGlc)とDRG感覚神経性細胞との空間的および時間的関係を観察するため、抗TrkA抗体または抗TrkC抗体、およびDIM21抗体を用いて、HH St.26、29、32、34、35の胚(およそE5(胎生5日目)からE9(胎生9日目)の間の胚に相当する)の同時免疫染色(標識)を行った。得られた結果は
図2に示す。なお
図2中の白線はスケールバーであり、500μmの長さであることを示すものである。また
図2中、マゼンタ色の蛍光を発している部分はDIM21抗体で染色されている部位を示し、緑色の蛍光を発している部分は抗TrkA抗体(
図2中左1列)または抗TrkC抗体(
図2中右1列)で染色されている部位を示す。
【0069】
図2に示した結果から明らかなように、HH St.26の胚脊髄において、DIM21の免疫反応性の強い部位は背側白質に、弱い部位は卵形ヒス束(Oval bundle of His)のすぐ後方に位置する側白質に限られており、また、背側灰白質および背側正中線の前駆細胞(神経上皮細胞)において発現していることが点状染色パターンとして確認された。このステージにおいて、脊髄におけるTrkA発現領域は卵形ヒス束に限られており、白質における背側および腹側のDIM21抗原発現部位の境界となっていた。TrkCも卵形ヒス束に発現しているが、PtdGlcが豊富に存在する始原後索の白質にも局在していることが確認された。
【0070】
HH St.29の胚脊髄において、PtdGlcに対する免疫反応性は背側灰白質において減じているのに対し、始原後索においてはとても強く発現しており、DREZの腹側、側白質においては弱く発現していることが確認された。また、TrkA発現領域はDREZに限られており、一方、TrkCもこの領域においてとても強く発現しており、さらに背側白質、すなわち
図2中矢頭(三角)で示されており、PtdGlcが強く発現している部位においても強く発現していることが確認された。
【0071】
HH St.32の胚脊髄において、PtdGlcは背側白質に局在しており、また正中線の背内側の両側(
図2中矢印が示している部位)、そしてそこから灰白質に向かって拡散しているようにPtdGlcが発現していることも確認された。さらに、PtdGlcはこのステージにおいて、側および腹側の白質で強く発現しているも確認された。一方、TrkAの発現領域はDREZおよび後角の表層に限られていることが確認された。また、TrkCの発現領域もDREZおよび後角の表層であるが、それらに加え、背側白質においてもTrkCは発現していることが確認された。
【0072】
HH St.34の胚脊髄においては、PtdGlcは背内側および腹側の白質において強く発現しており、さらに背側正中線両側の灰白質においても強く発現していることが確認された。また、TrkAの発現領域はDREZおよび後角の表層に限られており、依然として、PtdGlc発現領域とは明確に区別されるものであるということが確認された。一方、TrkCは、DREZおよび背内側白質において強く発現しており、かかる領域でPtdGlcと共在していることも確認された。
【0073】
HH St.35の胚脊髄において、PtdGlcは、始原後索を含む白質の腹側中央、中心管の背側にある灰白質中央部、並びに白質の腹側および背側の3領域において強く発現していることが確認された。一方、このステージにおけるTrkAの発現はDREZおよび後角表層に限られており、PtdGlcの発現領域に対して補完的な関係となっていることが確認された。また、TrkCはDREZおよび背内側白質において強く発現しており、いくつかの領域においてPtdGlcの発現と共在していること(
図2中アスタリスクで示している部位)が確認された。また、灰白質中央部(前核において、TrkC発現の軸索側枝が運動核に向かって伸長している部位)においてもTrkCの発現が確認された。
【0074】
また、図には示さないが、PtdGlcの発現はHH St.35後の胚脊髄においては急速に落ち込み、HH St.38(およそE12(胎生12日目))までにはその発現を検出することができなくなることが確認された。
【0075】
このように、TrkCおよびPtdGlcは脊髄の初期発生において共在している発現領域が存在するのに比べて、TrkAとPtdGlcとの境界はどのステージにおいても明確に存在しており、この境界はPtdGlcまたはその派生物がシグナル分子として機能し、2種のDRG感覚神経(TrkC発現神経細胞およびTrkA発現神経細胞)に異なる影響を与えている、すなわちTrkA発現神経細胞特異的に化学反発性物質として作用していることを示唆している。
【0076】
(実施例2)
前述の、PtdGlcまたはその派生物がDRG感覚神経に対するシグナル分子であり、特にTrkA発現神経細胞に対して化学反発性物質として作用しているのではないのかということを実証するために、器官型脊髄/DRG組織片培養アッセイを行った。直径約250μmの後根神経節(DRG)組織片を3−Dコラーゲンマトリックスにて、脊髄を切開して得た組織片と共に培養した。そして、共培養48時間後のDRG軸索伸長を観察した。なお、本実施例においては、脊髄由来の組織片は切開して、背側(Dorsolateral、DL)または背内側(Dorsomedial、DM)由来のもの、すなわち、PtdGlc含有量が少ない部位(DL)または多い部位(DM)に分けて使用した(
図2および3参照)。得られた結果は
図4および
図5に示す。なお、
図4中の白線はスケールバーであり、500μmの長さであることを示すものであり、
図5中の括弧内の数値はアッセイしたDRG組織片数を示し、三つのアスタリスクが付されているカラムはP<0.001(Kruskal−Wallis test with Dunnett’s post−test)であることを示す。
【0077】
図4および
図5に示した結果から明らかなように、NGFを添加した培地中においてDRG軸索は放射状に伸長するが、背内側の脊髄由来の組織片によってその伸長は反発(退縮)させられた。しかし、背側の脊髄由来の組織片ではそのような影響は確認されなかった(
図4中BおよびD、並びに
図5参照)。NT−3を添加して培養したDRG軸索においては、背内側脊髄由来の組織片による反発作用は確認されなかった(
図4中Cおよび
図5参照)。
【0078】
従って、PtdGlcまたはその拡散性派生物は、NGF依存的な軸索伸長、すなわちNGFの受容体であるTrkA等が発現している神経細胞に対して特異的に化学反発性を発揮していることが明らかになった。また一方で、PtdGlc等は、NT−3依存的な軸索伸長、すなわちNT−3の受容体であるTrkC等が発現している神経細胞に対しては影響を与えないということも明らかになった。
【0079】
(実施例3)
実施例1において示されているように、PtdGlcは白質内において広く発現している(
図2参照)。従って、脊髄におけるPtdGlcの供給源は非神経細胞であることが予測される。そこで、かかる予測が妥当なものであるかどうかを確認するために、脊髄内グリアを質量分析により解析した。すなわち、HH St.35の脊髄から増殖性のグリア細胞を単離し、7日間インビトロで培養し、培養終了後、グリア細胞およびその培養上清をナノ液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析計(nano−LC/MS/MS)で解析した。得られた結果は
図6に示す。また、かかるグリア細胞培養を用いて質量分析の代わりに免疫染色を行った。得られた結果は
図8および
図9に示す。なお、
図8中、緑色の蛍光を発している部分は抗transitin抗体で標識された領域であることを示し、白線はスケールバーであり、10μmの長さであることを示す。また、
図9中、緑色の蛍光を発している部分は抗GFAP抗体で標識された領域を示す。さらに、
図8および
図9中において、青色の蛍光を発している部分はヘキスト33258で染色された領域、すなわち細胞の核を示し、赤色の蛍光を発している部分は抗PtdGlc抗体で標識された領域であることを示す。
【0080】
図6に示した結果から明らかなように、グリア細胞およびその培養上清をナノ液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析計(nano−LC/MS/MS)を用いて解析した結果、
図7に示したLyso−PtdGlcを特徴付ける推定上のフラグメントイオンのピーク(m/z283.3、m/z419.3)が確認され、グリア細胞はPtdGlcを産出しており、グリア細胞の培養上清にはリゾホスファチジルグルコシド(Lyso−PtdGlc)、すなわちsn−2部位のアクリル鎖が加水分解されたPtdGlcが含まれていることが明らかになった。
【0081】
また、
図8および9に示した結果から明らかなように、グリア細胞培養の半分はDIM21抗体と抗GFAP抗体によって二重染色され、PtdGlcおよび星状アストロサイトのマーカーであるGFAPが発現している培養細胞であることが確認された。そして、残り半分の培養細胞はDIM21抗体およびEAP3抗体によって二重染色され、transitinおよびPtdGlcを発現しているグリア細胞であることが確認された(なお、EAP3抗体はtransitin特異的抗体であり、transitinは、哺乳類において放射状グリア細胞および神経前駆細胞のマーカーとして知られているnestinの鳥類におけるホモログである)。
【0082】
従って、かかる生化学的解析および二重免疫染色の結果から、脊髄内の放射状グリア細胞またはグリア系統の細胞がPtdGlcを含有していることは明らかであり、そしてグリア細胞はその細胞外環境に、水溶性派生物 Lyso−PtdGlcを産生または放出していることが示唆された。
【0083】
(実施例4)
次に、Lyso−PtdGlcに特異的な抗体を作製した。すなわち、抗Lyso−PtdGlc特異的モノクローナル抗体(抗血清)は、後述の方法に基づき単離または合成して得られたLyso−PtdGlcを抗原として、株式会社カイオムバイオサイエンス(独立行政法人理化学研究所 遺伝ダイナミック研究ユニット)によって開発されたADLib(Autonomously Diversifying Library、自律多様化ライブラリー)システムを用いて作製した(Seo H.et al.Nat.Biotechnol.23,731−735(2005)およびSeo H.et al.Nat.Protocols.1,1502−1506(2006) 参照)。
【0084】
<Lyso−PtdGlcの合成>
抗原として用いたLyso−PtdGlcは、単離または合成して得られたPtdGlcをホスホリパーゼA2(PLA2)を用いて加水分解することにより得た。すなわち、先ず、非特許文献32の記載の通り、ラット胎児の脳から単離することによって、または、Greimel,M. et al.Bioorg Med Chem 16,7210−7(Aug1,2008)の記載の通り、化学合成することによって、PtdGlcを得た。
【0085】
次に、50〜100nmolの前記単離または合成によって得られたPtdGlc(P.S.Chen,T.Y.Toribara,H.Warner,Anal Chem 28,1756−1758(Nov 1956)に記載されているアスコルビン酸還元アッセイを用いて、リン含有量を推定した)を10μg ハチ毒由来のPLA2(シグマアルドリッチ社製)により、20μl TritonX−100含有Tris−HClバッファー(0.1% TritonX−100含有 Tris−HCl(pH7.6、50mM))中にて、37℃で1時間かけ消化した。なお、かかる消化産物の構造はTLCにより確認し、もし加水分解が不十分なようであれば、かかる消化産物に新しい酵素を添加して消化反応を繰り返した。消化反応の後に、反応産物は窒素ガス流入により乾燥させ、クロロホルム/メタノール混合溶液(4:1(v/v))に再溶解し、前記混合溶液で前もって平衡化させたイアトロビーズを充填したカラム(ベッド容量 約1ml)に添加した。クロロホルム/メタノール混合溶液で洗浄した後、5倍容量のクロロホルム/メタノール混合溶液(2:1、1:1、1:2)、そして純メタノールを段階的に加え、カラム吸着物を溶出した。各溶出画分を窒素ガス流入下で乾燥させ、TLCによってチェックした。PtdGlcの殆どはクロロホルム/メタノール(2:1)画分に溶出されており、LysoPtdGlcはクロロホルム/メタノール1:1および2:1)画分から回収した。分画が不十分な場合は、LysoPtdGlc含有画分を同じカラムをもって再処理した。回収したLysoPtdGlcはリン含有量によって見積もり、約1nmolアリコートになるように12×32mmガラススクリューバイアル(Waters社製)に分注し、使用するまで−80℃で保存した(なお、保存したLysoPtdGlcは調製してから3週間以内に使用した)。
【0086】
(実施例5)
次に実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗体の結合活性(結合の強さ、速さ、選択性)を表面プラズモン共鳴測定方法により分析した。すなわち、Biacore(GEヘルスケア社製)の所定のプロトコールに従い、先ずセンサーチップ(HPA)をオクチルグルコシドにて洗浄した後、抗原リポソームをコーティングした。なお、このようにしてセンサーチップに固定した抗原として、LPG、LPI(リゾホスファチジルイノシトール)およびS−1−P(スフィンゴシン−1リン酸)を用いた。次に、抗原を固定化したセンサーチップに、実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗体(100μg/ml)を送液し、次いでBiacoreランニング緩衝液(HBS−N)を通した。そして、この過程におけるレスポンスの変化(センサーグラムの形:抗原と抗体との形成および抗原と抗体との解離)からカーブフィッティングにより結合速度定数(k
a)と解離速度定数(k
d)とを算出し、さらにこれらの定数からアフィニティ(解離定数:K
D)を求めた。得られた結果(センサーグラム)については、
図10に示す。
【0087】
表面プラズモン共鳴測定方法によって、実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗体を分析した結果、当該抗体はLPGに対して最も強く反応し(K
D:10
−8Mオーダー)、LPGと構造の似ている他のリゾ体(LPI)に対する結合活性はその10分の1程度であった。
【0088】
(実施例6)
次に実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗血清の機能的阻害活性をコラーゲンゲル共培養アッセイを用いて調べた。しかしながら最初は、抗Lyso−PtdGlc抗体を培養系に添加しても、背内側脊髄由来の組織片が発揮する化学反発性に対する僅かな抑制効果(統計的には有意でない程度の化学反発性の減少)しか確認されなかった。そこで、Sema3Aもニワトリ初期発生における背側脊髄において発現しているということから(非特許文献15参照)、少数のSema3A発現細胞またはなかなか消えないSema3A蛋白質それ自体が背側脊髄由来の組織片に残存しており、前記アッセイ系に影響を与えている可能性があったため、neuropilin−1を機能的に阻害する抗体(NRP−1抗体、添加濃度:4μg/ml、AF566、R&Dシステム社製)を培地中に添加して再度アッセイを行った。なお、neuropilin−1はSema3Aシグナル伝達における、Sema3Aをリガンドとする受容体である。得られた結果を
図11および
図12に示す。なお
図11中の白線は長さが500μmのスケールバーであることを示し、
図12中の括弧内の数値はアッセイした成長円錐数を示し、アスタリスク三つが付されているカラムはP<0.001(Kruskal−Wallis test with Dunnett’s post−test)であることを示す。
【0089】
図11および
図12に示した結果から明らかなように、Nrp−1受容体の機能を阻害した状況下では、抗Lyso−PtdGlc(LPG)抗体(5μg/ml)は、背内側脊髄由来の組織片のDRG軸索伸長に対する化学反発作用を1/3以上減少させた(
図11中Aおよび
図12参照)。なお、抗Lyso−PtdGlc(LPG)抗体または抗NRP−1抗体のみの添加では統計的に化学反発活性に対する有意な影響は確認されなかった(
図11中BおよびC参照)。また、コントロールAb(IgM、Diaclone Immunology社製)を同じ濃度で添加しても、背内側脊髄由来の組織片が発揮する化学反発性への影響は確認されなかった(
図11中D参照)。
【0090】
(実施例7)
次に、NGF依存的神経細胞またはNT−3依存的神経細胞の成長円錐に対するLyso−PtdGlcの化学反発性をインビトロ ターニングアッセイを用いて調べた。得られた結果を
図13および
図14に示す。また、抗Lyso−PtdGlc抗体存在下におけるNGF依存的神経細胞の成長円錐に対するLyso−PtdGlcの化学反発性をインビトロ ターニングアッセイを用いて調べた。得られた結果を
図15および
図16に示す。なお、
図13および
図15中の白線は長さが5μmのスケールバーであることを示し、
図13および
図15中の数字はLPG等の濃度勾配を添加してからの時間(単位:分)を示し、
図13および
図15中の矢頭(三角)はLPG等の濃度勾配を添加した場所を示すものである。また、
図14および
図16中の括弧内の数値はアッセイした成長円錐数を示し、アスタリスク二つが付されているカラムはP=0.0063(1−Way ANOVA with Dunnett’s multiple comparison post−test)であることを示す。
【0091】
図13および
図14に示した結果から明らかなように、NGF添加培地中において、HH St.28 ニワトリDRG由来の神経細胞から伸長した軸索(TrkAn(TrkA神経細胞)から伸長した軸索)は、化学反発性を有するLyso−PtdGlcの微視的な濃度勾配に対して特異的にその伸長方向を変えることが明らかになった(
図13中A参照)。一方、NGFの代わりにNT−3添加培地中において、神経細胞から伸長した軸索(TrkCn(TrkC神経細胞)から伸長した軸索)は、その伸長方向(角度)の有意な変化は確認されなかった(
図13中B参照)。また、ビークル(1%v/vメタノール含有PBS)のみの添加またはLPC(リゾホスファチジルコリン)のみの濃度勾配では、NGFまたはNT−3で処理された神経細胞(TrkAnまたはTrkCn)の軸索伸長に対する有意な影響は確認されなかった(
図13中CおよびD参照、なおNT−3で処理された神経細胞については図示せず)。さらに、
図15および
図16に示した結果から明らかなように、NGF添加培地中において、Lyso−PtdGlcの濃度勾配を生じさせる30分前に培養槽内の濃度が50μg/mlになるように抗Lyso−PtdGlc抗体を添加した場合には、DRG由来の神経細胞の伸長方向の変更を抑えることを確認した(
図15中B参照)。一方で、コントロールIgM抗体を前記と同じ濃度で添加してもDRG由来の神経細胞の伸長方向の変更に対する影響は確認されなかった(
図15中C参照)。
【0092】
しかしながら、かかる結果は、ターニングに対する化学反発性の発揮に必要な成長円錐の細胞内器官への抗体処理における物理的な影響によるという可能性も考え得るため、LPA(リゾホスファチジン酸)が発揮する化学反発性に対する抗Lyso−PtdGlc抗体の影響を調べた。なお、LPAは成長円錐ターニングアッセイによって化学反発性を発揮することが明らかになっている(X.B.Yuan et al.,Nat Cell Biol 5,38−45(Jan,2003)参照)。
図16に示した結果から明らかなように、50μg/mlの抗Lyso−PtdGlc抗体を培養系に添加したものの、成長円錐はLPAの濃度勾配によって、その伸長方向(角度)を変化させており、LPAの強い化学反発性が確認された。
【0093】
従って、インビトロの一神経細胞を用いた実験系において、外因性Lyso−PtdGlcはTrkA軸索特異的に化学反発性を発揮していることが明らかになった。
【0094】
(実施例8)
次に、インビトロの系で確認されたTrkA神経細胞特異的な化学反発性をLyso−PtdGlcが発揮することをインビボの系において確認した。すなわち、実験動物におけるLyso−PtdGlcシグナル伝達を阻害するために、胚内脊髄に機能阻害性を有する抗体 抗Lyso−PtdGlc抗体を注入した。なお、実施例6および7に記載の通り、抗Lyso−PtdGlc抗体が機能阻害性を有する抗体であるということはコラーゲンゲル共培養およびインビトロ成長円錐ターニングアッセイの結果から明らかである。得られた結果は
図17および表1に示す。なお、
図17中点線で囲まれた部位は卵形ヒス束であることを示し、アスタリスクはTrkC発現神経細胞が優位の存在している部位を示す。また、
図17中の「DGM」は背側灰白質(Dorsal Grey Matter)を示している。
【0095】
【表1】
【0096】
図17および表1に示した結果から明らかなように、HH St.23〜26のインビボにおけるLyso−PtdGlcの機能阻害は、脊髄発生段階における感覚求心性神経の成長円錐のパターン形成に乱れを生じさせ、軸索投射における二つの異常が主に観察された。第一は、脊髄灰白質内へのDRG軸索の異常な投射であり(
図17中D参照)、第二は、背側白質内、本来ならばTrkC神経細胞が優位に存在する領域へのTrkA軸索の異所的な展開である(
図17中C参照)。脊髄における感覚求心性神経の異常なパターン形成が確認されたのは、機能阻害性を有する抗体が注入された胚20体中16体であり(80%)、軸索の背側白質内への展開がはっきりと確認されたのは2体(10%)であり、軸索の異常な後角灰白質内への投射は9体(45%)で確認され、かかる主な二つの異常が共に確認された胚は5体(25%)であった。一方、コントロール抗体を注入した胚12体においては、11体(92%)において正常な軸索伸長等が確認され、一体のみにおいて、異常な軸索投射が確認された。
【0097】
従って、初期の発生過程における背側脊髄内において、正確な軸索投射および感覚求心性神経のパターン形成にとって、Lyso−PtdGlcが介するシグナル伝達は必須であることがインビボにおいても明らかとなった。また、本発明の抗Lyso−PtdGlc抗体は、実施例5〜8の記載からも明らかなように、リゾホスファチジルグルコシドに対して非常に優れた特異性を示し、リゾホスファチジルグルコシドによる神経細胞の軸索伸長に対する反発(退縮)作用を阻害するという点において大変優れた抗体である。
【0098】
なお、抗Lyso−PtdGlc抗体を産生するハイブリドーマ(ADLib♯7およびADLib♯15)については、2010年4月21日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD:NITE Patent Microorganisms Depositary)(郵便番号292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託した。寄託したクローンのクローン番号と付与された受託番号は、NITE P−939およびNITE P−940である。
【0099】
(実施例9)
次に、傷害を加えられた成体動物の中枢神経系におけるPtdGlcの発現を調べた。すなわち、成体マウス(生後1ヶ月)の脳に小児用綿棒の先端部を突き刺すことによって傷害を加え、その1週間後にDIM21抗体を用いた免疫染色を行い、かかる損傷部位におけるPtdGlcの発現の程度を調べた。得られた結果は
図18〜20に示す。また、成体ラット(体重約250グラム)の脊髄にMulti Centre Animal Spinal Cord Injury Studyの標準的な手法(J.A.Gruner,J.Neurotrauma 9,123−128,1992)によって硬膜外から傷害を加え、その2週間後にDIM21抗体を用いた免疫染色を行い、かかる損傷部位におけるPtdGlcの発現の程度を調べた。なお、通常の成体マウスおよび成体ラットの中枢神経系においては、PtdGlcの発現量は極めて少ないことは確認されている(非特許文献32参照)。得られた結果は
図21に示す。
【0100】
図18〜21に示した結果から明らかなように、成体の中枢神経系の傷害を加えられた部位特異的にPtdGlcの発現は亢進していた。かかる亢進は前述の通り、その加水分解産物であるLyso−PtdGlcによって、傷害部位における神経回路の修復(軸索伸長)を阻害している可能性が高いため、本発明の抗体(抗Lyso−PtdGlc抗体)を成体の中枢神経における損傷部位に添加することにより、かかる部位における神経回路の修復を促進させる可能性が高いということは明らかである。