特許第5920726号(P5920726)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5920726リゾホスファチジルグルコシドに結合する抗体および該抗体を含む組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5920726
(24)【登録日】2016年4月22日
(45)【発行日】2016年5月18日
(54)【発明の名称】リゾホスファチジルグルコシドに結合する抗体および該抗体を含む組成物
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/18 20060101AFI20160428BHJP
   C12N 15/02 20060101ALI20160428BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20160428BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20160428BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20160428BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20160428BHJP
【FI】
   C07K16/18
   C12N15/00 CZNA
   C12P21/08
   A61K39/395 N
   A61P25/00
   A61P25/28
【請求項の数】7
【全頁数】34
(21)【出願番号】特願2012-523918(P2012-523918)
(86)(22)【出願日】2011年7月7日
(86)【国際出願番号】JP2011065597
(87)【国際公開番号】WO2012005328
(87)【国際公開日】20120112
【審査請求日】2014年7月3日
(31)【優先権主張番号】特願2010-155278(P2010-155278)
(32)【優先日】2010年7月7日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、埼玉県中小企業振興公社からの委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-939
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-940
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平林 義雄
(72)【発明者】
【氏名】上口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】太田 邦史
(72)【発明者】
【氏名】中村 晃歩
【審査官】 川口 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/069603(WO,A1)
【文献】 Neuroscience Research,2009年,Vol.65, Supplement 1,p.S17, #SY2-C1-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00−19/00
C12N 15/00
C12P 1/00−41/00JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾホスファチジルグルコシドに結合し、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性を有する抗体であり、配列番号:1から3に記載のアミノ酸配列をCDR1〜3として各々含む軽鎖可変領域と、配列番号:4から6に記載のアミノ酸配列をCDR1〜3として各々含む重鎖可変領域とを保持する抗体。
【請求項2】
配列番号:7に記載のアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:8に記載のアミノ酸配列を含む重鎖可変領域とを保持する抗体。
【請求項3】
リゾホスファチジルグルコシドに結合し、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性を有する抗体であり、配列番号:11から13に記載のアミノ酸配列をCDR1〜3として各々含む軽鎖可変領域と、配列番号:14から16に記載のアミノ酸配列をCDR1〜3として各々含む重鎖可変領域とを保持する抗体。
【請求項4】
配列番号:17に記載のアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:18に記載のアミノ酸配列を含む重鎖可変領域とを保持する抗体。
【請求項5】
受託番号NITE P−939またはNITE P−940で特定されるハイブリドーマが産生する抗体。
【請求項6】
神経傷害部位におけるリゾホスファチジルグルコシドに結合する、請求項1〜5のいずれか一項に記載の抗体。
【請求項7】
請求項1〜のいずれかに記載の抗体を用いて、リゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する、TrkAを発現している神経細胞の軸索を伸長させるための方法(但し、ヒトを手術・治療する方法を除く)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リゾホスファチジルグルコシドに結合し、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性を有する抗体、当該抗体を有効成分とする組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
神経が、その発生において、その軸索を標的組織に伸長する際に、軸索の先端はいわゆる成長円錐という動的構造をとる。成長円錐は周りのシグナル分子を検出し、拡散性または接触依存的な誘導キューに従って、その伸長方向を変化させており、その検出等には受容体や細胞内器官からなる複合システムが利用されている(非特許文献1)。今日までに同定された軸索誘導因子の大部分は、蛋白質およびその派生物であるが、脂質に基づくメカニズムについての研究から、脳内におけるシグナル伝達の役割を担う分子として、リゾフォスファチジン酸(非特許文献2、非特許文献3)、スフィンゴシン−1−リン酸(非特許文献4)およびエンドカンナビノイド(非特許文献5)の存在が明らかになっている。
【0003】
中枢神経と末梢神経とのインターフェイスとして、脊髄における正確な回路形成は神経発生において重要である。特に、後根神経節(DRG)感覚求心性軸索と脊髄二次神経との接続が、決定的に重要なステップとなっている。DRG感覚求心性神経には異なるサブタイプが存在し、脊髄内の様々な領域に投射されているが、それらは全て背外側白質の限られた領域である後根進入部(DREZ)を介して脊髄に入り、おそらくは誘導キューの方に向かって適切な標的部位にその軸索を伸長させていくに違いない。脊髄へ投射している求心性軸索を伴うDRG感覚神経は、ニューロトロフィン受容体の発現によって二つのグループに分けられる。すなわち、TrkA受容体を発現させ、その受容体のリガンドであるNGFに依存的な神経細胞と、TrkC受容体を発現させ、その受容体のリガンドであるNT−3に依存的な神経細胞である(非特許文献6)。また、主なTrkA発現神経は侵害知覚性のものであり、その求心性軸索は後角表層において終結する。一方、TrkC発現神経の大部分は自己受容または機械受容性のものであり、腹部灰白質の深部に軸索を投射している(非特許文献7)。
【0004】
今日迄に、脊髄において初期DRG求心性神経のパターン形成を制御する様々な分子機構が同定されている。例えば、ニワトリの脊髄においては、axonin/TAG−1およびF11は、各々、侵害知覚性および固有知覚性の求心性神経を正しく先導するのに必要である(非特許文献8)。また、マウスにおいては、背側一過性領域由来のネトリン−1は、間質側枝の灰白質に侵入するタイミングを制御するのに重要な役割を担っている(非特許文献9)。しかしながら、最も多くの研究はセマフォリン3A(Sema3A)に集中している。セマフォリン3Aは鳥の初期発生におけるコラプシン(突起伸長抑制因子)として同定され(非特許文献10)、脊髄における侵害知覚性および固有知覚性の求心性神経の異なるパターン形成に関わっている。すなわち、前者においては分泌性セマフォリン3Aによって阻害または反発が生じるのに対し、後者においてはその反発(化学忌避)シグナルに無反応であることが明らかになっている(非特許文献11〜15)。このような2種類の神経群における化学反応性の違いは、セマフォリンシグナル受容体であるニューロピリン(NRP−1)の動的な発現によって調節されている。すなわち、発生が進むにつれ、Sema3Aの発現領域は徐々に腹側脊髄に制限されてくると同時に、侵害知覚性神経においてNRP−1の発現が亢進してくる。そして、固有知覚性神経細胞においては対応するようにNRP−1の発現が減少してくる(非特許文献15、非特許文献16)。
【0005】
このように、セマフォリン3Aについては様々な研究がなされ多くの知見が得られているが、その一方で、脊髄におけるセマフォリンシグナル伝達に非依存的な感覚神経誘導メカニズムの存在が、インビトロおよびインビボでの実験に基づき長い間示唆されてきた(非特許文献17)。Sema3Aホモ欠損マウスまたは野生型マウスの背側脊髄から採取した組織片は、コラーゲンゲルを用いた共培養アッセイにおいてDRG軸索伸長に対して反発的な作用を示している(非特許文献18)。また、インビボの場合、Sema3A欠損マウスにおいて、TrkA神経およびTrkC神経の殆どは、腹側および背側の灰白質における個々の標的への正常な中枢性投射を示している(非特許文献19〜21)。さらに、Nrp−1欠損マウスにおいては、胎生12日目でその殆どが死んでしまうため、発生後期の灰白質における投射についてのインビボでの解析はできてはいないが、少なくとも発生初期における脊髄求心性投射は正常である(非特許文献22)。しかしながら、Nrp−1欠損マウスの腹側脊髄から採取した組織片の培養実験の結果では、インビトロでのDRG軸索に対する反発作用が確認されている(非特許文献18)。また、Nrp−1およびNrp−2のダブルノックアウトマウスは、その細胞が理論上では拡散性クラス3セマフォリンによるシグナル伝達に対して無反応であるが、血管系に欠陥が生じているため、かかる解析を行うことができるようになる前の胎生8日目で死んでしまう(非特許文献23)。
【0006】
SharmaおよびFrank等が行ったニワトリにおける顕微鏡下手術においては、腹側脊髄とその反対側に位置する背側脊髄とを置き換える処置をニワトリに施し、インビトロで培養した際に、腹側脊髄を欠損させたニワトリ由来の試料においても固有知覚性および侵害知覚性の求心性神経細胞のステレオタイプなパターン形成が維持されていることから、広範囲な拡散性反発因子の腹側−背側における濃度勾配機構に対して異議を唱えている(非特許文献24)。しかしながら、間質性側枝が灰白質内に伸長する前の、DREZ内のDRG求心性神経の初期のパターン形成において、Sema3Aシグナル伝達が役割を担っているということが、インビボにおいて明らかになっている。さらに、Guおよびその仲間らによる遺伝的なアプローチによって、生存可能なNrp−1変異マウスが作製され、DRG求心性神経の後角への早熟な間質性伸長が示されている(非特許文献25)。また、Bronおよびその仲間らは、インオボエレクトロポレーションを用い、ニワトリ胚内の発生途上の脊髄において、NRP−1に対してSiRNAを作用させ、同様の結果を得ている。すなわち、DRG軸索は後角に達する前、脊髄のDREZに達した段階でその伸長を「一時停止」することが知られているが、NRP−1をSiRNAによりノックダウンすると、かかる「一時停止(待機期間)」が減少し、求心性神経は灰白質に時期尚早に侵入し、そのまま真っすぐ伸長して正中線まで到達するということが明らかになっている(非特許文献26)。しかしながら、このような研究成果は、後期発生において提案されている分化メカニズムとは異なり、初期のパターン形成における障害がTrkAおよびTrkC求心性神経の時期尚早な内側への伸長を生じさせていることを示唆するものである。また、Guとその仲間達によって作製された生存可能なノックアウトマウスの結果と比較して、前記ニワトリ胚の結果においては、不適切な伸長はより多く見られており、げっ歯類と鳥類との誘導メカニズムの基本的な相違であることが示されている。マウスにおいて、固有知覚性の求心性神経と侵害知覚性の求心性神経の内部への伸長は連続的なものであり、前者よりも24時間以上も前に、後者の内部への伸長が生じる。一方、ニワトリにおいては同時に生じており、鳥類においては、発生のタイミングよりもむしろ誘導キューの方が、二種の求心性感覚神経間の領域を区別するのに重要であることが示唆される(非特許文献27)。
【0007】
一方、膜糖脂質分子の1種であるホスファチジルグルコシド(PtdGlc)がStaphylococcus aureusで同定され(非特許文献28)、さらに最近では哺乳動物の細胞において、同種の脂質が推定上の細胞内シグナル伝達物質として同定された(非特許文献29、非特許文献30)。続いて、PtdGlc特異的なモノクローナル抗体(DIM2抗体)が作製され(非特許文献31)、PtdGlcがラットの皮質放射状グリア細胞のマーカーとして同定された(非特許文献32)。PtdGlcについては、皮質に加え、脊髄を含むCNS(中枢神経系)の大部分に局在していることも知られている(非特許文献32)。さらに、リゾホスファチジルグルコシドはPtdGlcの加水分解産物であり、軸索伸長に対して強い反発的作用を示すことが報告されている(特許文献1)。当該反発作用を有する分子の活性を抑制しうる分子を開発できれば、神経障害疾患、神経変性疾患および神経傷害における神経回路の修復を促進することが可能となるが、そのような分子は、いまだ開発されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2007/069603号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.Dickson,Science 298,1959−64(Dec6,2002).
【非特許文献2】J.J.Contos,N.Fukushima,J.A.Weiner,D.Kaushal,J.Chun,Proc Natl Acad Sci USA 97,13384−9(Nov21,2000).
【非特許文献3】G.Estivill−Torrus et al.,Cereb Cortex 18,938−50(Apr,2008).
【非特許文献4】L.Strochlic,A.Dwivedy,F.P.van Horck,J.Falk,C.E.Holt,Development 135,333−42(Jan,2008).
【非特許文献5】P.Berghuis et al.,Science 316,1212−6(May25,2007).
【非特許文献6】W.D.Snider,I.Silos−Santiago,Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci 351,395−403(Mar29,1996)
【非特許文献7】S. Ozaki,W.D.Snider,J Comp Neurol 380,215−29(Apr7,1997).
【非特許文献8】F.E.Perrin,F.G.Rathjen,E.T.Stoeckli,Neuron 30,707−23(Jun,2001).
【非特許文献9】K.Watanabe et al.,Development 133,1379−87(Apr,2006).
【非特許文献10】Y.Luo,D.Raible,J.A.Raper,Cell 75,217−27(Oct22,1993).
【非特許文献11】D.E.Wright,F.A.White,R.W.Gerfen,I.Silos−Santiago,W.D.Snider,J Comp Neurol 361,321−33(Oct16,1995).
【非特許文献12】E.K.Messersmith et al.,Neuron 14,949−59(May,1995).
【非特許文献13】A.W.Puschel,R.H.Adams,H.Betz,Neuron 14,941−8(May,1995).
【非特許文献14】T.Shepherd,Y.Luo,F.Lefcort,L.F.Reichardt,J.A.Raper,Development 124,1377−85(Apr, 1997).
【非特許文献15】S.Y.Fu,K.Sharma,Y.Luo,J.A.Raper,E.Frank,J Neurobiol 45,227−36(Dec,2000).
【非特許文献16】A.Pond,F.K.Roche,P.C.Letourneau, J Neurobiol 51,43−53(Apr,2002).
【非特許文献17】T.Masuda,T.Shiga,Neurosci Res 51,337−47(Apr,2005).
【非特許文献18】T.Masuda et al.,Dev Biol 254,289−302(Feb15,2003).
【非特許文献19】O.Behar,J.A.Golden,H.Mashimo,F.J.Schoen,M.C.Fishman,Nature 383,525−8(Oct10,1996).
【非特許文献20】M.Taniguchi et al.,Neuron 19,519−30(Sep,1997).
【非特許文献21】S.M.Catalano,E.K.Messersmith,C.S.Goodman,C.J.Shatz,A.Chedotal,Mol Cell Neurosci 11,173−82(Jul,1998).
【非特許文献22】T.Kitsukawa et al.,Neuron 19,995−1005(Nov,1997).
【非特許文献23】S.Takashima et al.,Proc Natl Acad Sci USA 99,3657−62(Mar19,2002).
【非特許文献24】K.Sharma,E.Frank,Development 125,635−43(Feb,1998).
【非特許文献25】C.Gu et al.,Dev Cell 5,45−57(Jul,2003).
【非特許文献26】R.Bron,B.J.Eickholt,M.Vermeren,N.Fragale,J.Cohen,Dev Dyn 230,299−308(Jun,2004).
【非特許文献27】B.Mendelson,H.R.Koerber,E.Frank,Neurosci Lett 138,72−6(Apr13,1992)
【非特許文献28】S.A.Short,D.C.White,J Bacteriol 104,126−32 (Oct,1970).
【非特許文献29】Y.Nagatsuka et al.,FEBS Lett 497,141−7 (May25, 2001)
【非特許文献30】Y.Nagatsuka et al.,Proc Natl Acad Sci USA 100,7454−9(Jun24,2003)
【非特許文献31】Y.Yamazaki et al.,J Immunol Methods 311,106−16(Apr20,2006).
【非特許文献32】Y.Nagatsuka et al.,Biochemistry 45,8742−50(Jul25,2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、リゾホスファチジルグルコシドの神経細胞の軸索伸長に対する反発的な作用を抑制しうる分子を提供することにある。さらなる本発明の目的は、このような分子を有効成分とする、リゾホスファチジルグルコシドの神経細胞の軸索伸長に対する反発的な作用を抑制する組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、まず、PtdGlcおよびその加水分解産物であるリゾホスファチジルグルコシド(Lyso−PtdGlc)の機能について詳細な解析を行った。その結果、(1)脊髄における初期の感覚求心性神経のパターン形成において、脂質であるPtdGlcおよびLyso−PtdGlcが介在していること、(2)PtdGlcは脊髄の発生に伴い、初期の神経上皮細胞、白質および背側正中線に動的に広く分散していくが、脊髄後根進入部においては脊髄発生の間全く存在していないこと、(3)インビトロの実験(単離された一神経細胞を用いた実験および3Dコラーゲンゲルマトリックスによる組織片培養実験)において、Lyso−PtdGlcが、NGFの受容体であるTrkAを発現している神経細胞に特異的(NGF依存的)な後根神経節(DRG)感覚ニューロンの軸索誘導に対する化学反発物質(化学忌避物質)としての活性を有していること、(4)成体マウスまたはラットの中枢神経に傷害を加えると、その傷害部位においてPtdGlcの発現が亢進していること、を見出した。
【0012】
そこで、本発明者らは、次に、PtdGlcの加水分解産物であるLyso−PtdGlc(LPG)に特異的なモノクローナル抗体を作製し、Lyso−PtdGlcのTrkAを発現している神経細胞に対する反発作用に対する影響を検討した。その結果、作製した抗体が、インビボにおいて、TrkAを発現している神経細胞の軸索投射における異常(例えば、脊髄灰白質内へのDRG軸索の異常な投射、あるいは、本来ならばTrkCを発現している神経細胞が優位に存在する背側白質内への、TrkAを発現している神経細胞の軸索の異所的な展開)を生じさせることを見出した。
【0013】
これら知見から、本発明者らは、神経細胞の傷害によってLyso−PtdGlcが軸索伸長の場に拡散し、Lyso−PtdGlcがその後の軸索伸長の障害になり得ると考え、Lyso−PtdGlcの機能を抑制する抗体を利用することにより、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するLyso−PtdGlcの反発作用を抑制することが可能であり、当該抗体が、神経障害疾患、神経変性疾患および神経傷害における神経回路の修復を促進するために用いることが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
(1)リゾホスファチジルグルコシドに結合し、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性を有する抗体。
(2)配列番号:1から3に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:4から6に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体。
(3)配列番号:7に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:8に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体。
(4)配列番号:11から13に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:14から16に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体。
(5)配列番号:17に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:18に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体。
(6)受託番号NITE P−939またはNITE P−940で特定されるハイブリドーマが産生する抗体。
(7)(1)〜(6)のいずれかに記載の抗体が結合するエピト―プに結合する抗体。
(8)(1)〜(7)のいずれかに記載の抗体を有効成分とする、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制するための組成物。
(9)医薬組成物である、(8)に記載の組成物。
(10)神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害における神経回路の修復を促進するために用いられる、(9)に記載の組成物。
(11) (1)〜(7)のいずれかに記載の抗体を用いて、リゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する、TrkAを発現している神経細胞の軸索を伸長させるための方法
【発明の効果】
【0015】
本発明により、Lyso−PtdGlcの神経細胞の軸索伸長に対する反発的な作用を抑制しうる抗体、および該抗体を有効成分とする、Lyso−PtdGlcの神経細胞の軸索伸長に対する反発的な作用を抑制する組成物が提供された。本発明の抗体や組成物によれば、脊髄および/または末梢神経の損傷を伴う神経障害疾患、神経変性疾患および神経傷害における神経回路の修復を促進することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】DRG−脊髄組織片共培養アッセイにおける評価基準を示す説明図である。
図2】HH St.26、29、32、34、35のニワトリ胚の脊髄を、抗TrkA抗体または抗TrkC抗体、および抗PtdGlc抗体を用いた同時免疫染色法で解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図3】ニワトリ胚の脊髄由来の組織片を、抗PtdGlc抗体を用いた免疫染色法で解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図4】DRG−脊髄組織片共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Aは、NGF添加培地中における背内側の脊髄組織片−DRG共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Bは、NGF添加培地中における背側の脊髄組織片−DRG共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Cは、NT−3添加培地中における背内側の脊髄組織片−DRG共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Dは、NT−3添加培地中における背側の脊髄組織片−DRG共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。
図5】DRG−脊髄組織片共培養アッセイの結果を示すグラフ図である。
図6】HH St.35のニワトリ胚由来のグリア細胞およびその培養上清をLC/MS/MSで解析した結果を示す図である。Aはトータルイオンクロマトグラムを示し、Bは分子量893.6のマスクロマトグラムを示し、Cは分子量599.3のマスクロマトグラムを示す。また、Bのマスクロマトグラムの中程のピークはPtdGlcを示し、Cのマスクロマトグラムの中程のピークは、左側(リテンションタイム(RT):26.8分)がLyso−PtdGlcを示し、右側(RT:32.0分)がLyso−PtdIns(Lysophosphatidylinositol、リゾホスファチジルイノシトール)を示す。Dは、Lyso−PtdGlcのピークをMS/MS解析したフラグメンテーションプロファイルを示す。なお、Dのm/z値 283.3と419.3のピークは図7に示した構造に相当する。
図7】Lyso−PtdGlcの化学構造式並びに推定上のフラグメントイオンのm/z値を示す概念図である。
図8】HH St.35のニワトリ胚由来のグリア細胞を、抗transitin抗体、抗PtdGlc抗体およびヘキスト33258を用いた免疫染色法で解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図9】HH St.35のニワトリ胚由来のグリア細胞を、抗GFAP抗体、抗PtdGlc抗体およびヘキスト33258を用いた免疫染色法で解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図10】抗Lyso−PtdGlc抗体の結合活性を表面プラズモン共鳴測定方法により分析した結果を示すグラフ図である。
図11】抗体存在下における背内側の脊髄組織片−DRG共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Aは、抗Lyso−PtdGlc抗体および抗NRP−1抗体存在下における共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Bは、抗Lyso−PtdGlc抗体存在下における共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Cは、抗NRP−1抗体存在下における共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Dは、コントロール抗体(IgM)存在下における共培養アッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。
図12】抗体存在下における背内側の脊髄組織片−DRG共培養アッセイの結果を示すグラフ図である。
図13】成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Aは、LPG濃度勾配存在下における、NGF添加培地中のDRG由来神経細胞(TrkAn)の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Bは、LPG濃度勾配存在下における、NT−3添加培地中のDRG由来神経細胞(TrkCn)の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Cは、ビークル(1%v/vメタノール/PBS)存在下における、NGFで処理されたDRG由来神経細胞の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Dは、LPC濃度勾配存在下における、NGFで処理されたDRG由来神経細胞の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。
図14】成長円錐のターニングアッセイの結果を示すグラフ図である。
図15】抗体存在下における成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Aは、LPG濃度勾配存在下におけるDRG由来神経細胞の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Bは、抗Lyso−PtdGlc抗体およびLPG濃度勾配存在下におけるDRG由来神経細胞の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。Cは、コントロール抗体(IgM)およびLPG濃度勾配存在下におけるDRG由来神経細胞の成長円錐のターニングアッセイの結果を示す顕微鏡観察写真である。
図16】抗体存在下における成長円錐のターニングアッセイの結果を示すグラフ図である。
図17】抗体を注入したニワトリ胚(HH St.28)の顕微鏡観察写真である。Aは、コントロール抗体およびDiIを注入したニワトリ胚脊髄の顕微鏡観察写真である。Bは、Aに示した顕微鏡観察写真にDICイメージを重ね合わせた観察写真である。Cは、抗Lyso−PtdGlc抗体およびDiIを注入したニワトリ胚脊髄における、背側白質内へのTrKA軸索の異所的な展開を示す顕微鏡観察写真である。Dは、抗Lyso−PtdGlc抗体およびDiIを注入したニワトリ胚脊髄における、脊髄灰白質内へのDRG軸索の異常な投射を示す顕微鏡観察写真である。
図18】中枢神経を損傷した成体マウスの脳を抗Lyso−PtdGlc抗体を用いた免疫染色法により解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図19図18に示したマウスとは異なる、中枢神経を損傷した成体マウスの脳を抗Lyso−PtdGlc抗体を用いた免疫染色法により解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図20図18および19に示したマウスとは異なる、中枢神経を損傷した成体マウスの脳を抗Lyso−PtdGlc抗体を用いた免疫染色法により解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
図21】中枢神経を損傷した成体ラットの脊髄を抗Lyso−PtdGlc抗体を用いた免疫染色法により解析した結果を示す顕微鏡観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、リゾホスファチジルグルコシドに結合し、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性を有する抗体を提供する。
【0018】
本発明における「抗体」は、免疫グロブリンのすべてのクラスおよびサブクラスを含む。「抗体」には、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体が含まれ、また、抗体の機能的断片の形態も含む意である。「ポリクローナル抗体」は、異なるエピトープに対する異なる抗体を含む抗体調製物である。また、「モノクローナル抗体」とは、実質的に均一な抗体の集団から得られる抗体(抗体断片を含む)を意味する。ポリクローナル抗体とは対照的に、モノクローナル抗体は、抗原上の単一の決定基を認識するものである。本発明の抗体は、好ましくはモノクローナル抗体である。本発明の抗体は、自然環境の成分から分離され、および/または回収された(即ち、単離された)抗体である。
【0019】
本発明における「PtdGlc」(Phosphatidylglucoside、ホスファチジルグルコシド、ホスファチジル−β−グルコシド)は、下記の化学構造式を有する化合物である。
【0020】
【化1】
【0021】
また、本発明における「リゾホスファチジルグルコシド」はPtdGlcの加水分解産物であり、Lysophosphatidylglucoside、Lyso−PtdGlcまたはLPGとも称され、下記の化学構造式を有する化合物である。
【0022】
【化2】
【0023】
さらに、「TrkA」(Tropomyosin−related kinase A、トロポミオシン関連キナーゼA)は神経成長因子(NGF)の細胞膜受容体であり、NTRK1(NEUROTROPHIC TYROSINE KINASE RECEPTOR TYPE 1)とも称される蛋白質または遺伝子である。典型的には、ヒトのTrkAは、ACCESSION No.NP_002520.2(NM_002529.3)で特定される蛋白質(遺伝子)であり、マウスのTrkAは、ACCESSION No.NP_001028296.1(NM_001033124)で特定される蛋白質(遺伝子)であり、ラットのTrkAは、ACCESSION No.NP_067600.1(NM_021589.1)で特定される蛋白質(遺伝子)であり、ニワトリのTrkAは、ACCESSION No.NP_990709.1(NM_205378.1)で特定される蛋白質(遺伝子)である。しかしながら、蛋白質の配列、そしてそれをコードする遺伝子のDNA配列は、自然界において(すなわち、非人工的に)変異し得る。従って、本発明においては、このような天然の変異体も含まれる。
【0024】
本発明において「神経障害疾患、神経変性疾患」とは、脊髄および/または末梢神経の損傷を伴う疾患を意味し、例えば、外傷性神経傷害、外傷性神経変性疾患、脳梗塞性神経障害、顔面神経麻痺、糖尿病性神経症、筋萎縮性側索硬化症、老年痴呆、アルツハイマー症、パーキンソン病、嗅覚異常症、緑内障、網膜色素変性症、筋発育不全性側索硬化症、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病、脳梗塞等が挙げられる。
【0025】
また、本発明において「神経傷害」とは、疾患等による内的要因ではなく、物理的圧迫、衝撃といった外的要因による脊髄および/または末梢神経の損傷を意味する。
【0026】
本発明において「TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性」には、in vitroにおける活性およびin vivoにおける活性の双方を含む意である。in vitroにおける当該活性は、例えば、実施例7に記載のインビトロ ターニングアッセイにより、被検抗体存在下で、TrkAを発現している神経細胞の伸長に対するLyso−PtdGlcの化学反発性を検出し、当該化学反発性を抑制する活性として評価することができる。また、in vivoにおける当該活性は、例えば、実施例8に記載の通り、被検抗体を実験動物の胚内脊髄に注入し、TrkAを発現している神経細胞の軸索投射における異常(例えば、脊髄灰白質内へのDRG軸索の異常な投射、あるいは、本来ならばTrkCを発現している神経細胞が優位に存在する背側白質内への、TrkAを発現している神経細胞の軸索の異所的な展開)を生じさせる活性として評価することができる。
【0027】
本発明には、本実施例に記載の抗体(受託番号NITE P−939またはNITE P−940で特定されるハイブリドーマにより産生される抗体)が含まれる。
【0028】
本発明の抗体の好ましい態様は、これら抗体の軽鎖CDR1〜CDR3を含む軽鎖可変領域と、重鎖CDR1〜CDR3を含む重鎖可変領域を保持する抗体あるいはそれらのアミノ酸配列変異体である。
【0029】
NITE P−940で特定されるハイブリドーマにより産生される抗体の軽鎖CDR1〜CDR3を含む軽鎖可変領域と、重鎖CDR1〜CDR3を含む重鎖可変領域を保持する抗体およびれらのアミノ酸配列変異体は、具体的には、配列番号:1から3に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:4から6に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体である。
【0030】
また、NITE P−939で特定されるハイブリドーマにより産生される抗体の軽鎖CDR1〜CDR3を含む軽鎖可変領域と、重鎖CDR1〜CDR3を含む重鎖可変領域を保持する抗体およびれらのアミノ酸配列変異体は、具体的には、配列番号:11から13に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:14から16に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列の少なくともいずれかにおいて1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体である。
【0031】
本発明の抗体の他の好ましい態様は、本実施例に記載の抗体の軽鎖可変領域と、重鎖可変領域を保持する抗体あるいはそのアミノ酸配列変異体である。具体的には、配列番号:7に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:8に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体、ならびに、配列番号:17に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む軽鎖可変領域と、配列番号:18に記載のアミノ酸配列または該アミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されているアミノ酸配列を含む重鎖可変領域を保持する抗体である。なお、配列番号:7に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子のDNA配列を配列番号:9に示し、配列番号:8に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子のDNA配列を配列番号:10に示し、配列番号:17に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子のDNA配列を配列番号:19に示し、配列番号:18に記載のアミノ酸配列をコードする遺伝子のDNA配列を配列番号:20に示す。
【0032】
本発明の抗体には、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体、およびこれら抗体の機能的断片が含まれる。本発明の抗体を医薬としてヒトに投与する場合は、副作用低減の観点から、キメラ抗体、ヒト化抗体、あるいはヒト抗体が望ましい。
【0033】
本発明において「キメラ抗体」とは、ある種の抗体の可変領域とそれとは異種の抗体の定常領域とを連結した抗体である。キメラ抗体は、例えば、抗原をマウスに免役し、そのマウスモノクローナル抗体の遺伝子から抗原と結合する抗体可変部(可変領域)を切り出して、ヒト骨髄由来の抗体定常部(定常領域)遺伝子と結合し、これを発現ベクターに組み込んで宿主に導入して産生させることにより取得することができる(例えば、特開平7−194384号公報、特許3238049号公報、米国特許第4816397号公報、米国特許第4816567号公報、米国特許第5807715号公報)。また、本発明において「ヒト化抗体」とは、非ヒト由来の抗体の抗原結合部位(CDR)の遺伝子配列をヒト抗体遺伝子に移植(CDRグラフティング)した抗体であり、その作製方法は、公知である(例えば、特許2912618号、特許2828340号公報、特許3068507号公報、欧州特許239400号公報、欧州特許125023号公報、国際公開90/07861号公報、国際公開96/02576号公報参照)。本発明において、「ヒト抗体」とは、すべての領域がヒト由来の抗体である。ヒト抗体の作製においては、免疫することで、ヒト抗体のレパートリーを生産することが可能なトランスジェニック動物(例えばマウス)を利用することが可能である。ヒト抗体の作製手法は、公知である(例えば、Nature,362:255−258(1992)、Intern. Rev. Immunol,13:65−93(1995)、J. Mol. Biol,222:581−597(1991)、Nature Genetics,15:146−156(1997)、Proc. Natl. Acad. Sci.USA,97:722−727(2000)、特開平10−146194号公報、特開平10−155492号公報、特許2938569号公報、特開平11−206387号公報、特表平8−509612号公報、特表平11−505107号公報)。
【0034】
本発明において抗体の「機能的断片」とは、抗体の一部分(部分断片)であって、リゾホスファチジルグルコシドを特異的に認識するものを意味する。具体的には、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2、ダイアボディー、多特異性抗体、およびこれらの重合体などが挙げられる。
【0035】
ここで「Fab」とは、1つの軽鎖および重鎖の一部からなる免疫グロブリンの一価の抗原結合断片を意味する。抗体のパパイン消化によって、また、組換え方法によって得ることができる。「Fab’」は、抗体のヒンジ領域の1つまたはそれより多いシステインを含めて、重鎖CH1ドメインのカルボキシ末端でのわずかの残基の付加によって、Fabとは異なる。「F(ab’)2」とは、両方の軽鎖と両方の重鎖の部分からなる免疫グロブリンの二価の抗原結合断片を意味する。
【0036】
「可変領域断片(Fv)」は、完全な抗原認識および結合部位を有する最少の抗体断片である。Fvは、重鎖可変領域および軽鎖可変領域が非共有結合により強く連結されたダイマーである。「一本鎖Fv(sFv)」は、抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域を含み、これらの領域は、単一のポリペプチド鎖に存在する。「sc(Fv)2」は、2つの重鎖可変領域および2つの軽鎖可変領域をリンカー等で結合して一本鎖にしたものである。「ダイアボディー」とは、二つの抗原結合部位を有する小さな抗体断片であり、この断片は、同一ポリペプチド鎖の中に軽鎖可変領域に結合した重鎖可変領域を含み、各領域は別の鎖の相補的領域とペアを形成している。「多特異性抗体」は、少なくとも2つの異なる抗原に対して結合特異性を有するモノクローナル抗体である。例えば、二つの重鎖が異なる特異性を持つ二つの免疫グロブリン重鎖/軽鎖対の同時発現により調製することができる。
【0037】
本発明の抗体には、望ましい活性(例えば、リゾホスファチジルグルコシドに結合する活性、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制する活性)を減少させることなく、そのアミノ酸配列が修飾された抗体が含まれる。本発明の抗体のアミノ酸配列変異体は、本発明の抗体鎖をコードするDNAへの変異導入によって、またはペプチド合成によって作製することができる。そのような修飾には、例えば、本発明の抗体のアミノ酸配列内の残基の置換、欠失、付加および/または挿入を含む。抗体のアミノ酸配列が改変される部位は、改変される前の抗体と同等の活性を有する限り、抗体の重鎖または軽鎖の定常領域であってもよく、また、可変領域(フレームワーク領域およびCDR)であってもよい。CDR以外のアミノ酸の改変は、抗原との結合親和性への影響が相対的に少ないと考えられるが、現在では、CDRのアミノ酸を改変して、抗原へのアフィニティーが高められた抗体をスクリーニングする手法が公知である(PNAS,102:8466−8471(2005)、Protein Engineering,Design&Selection,21:485−493(2008)、国際公開第2002/051870号、J.Biol.Chem.,280:24880−24887(2005)、Protein Engineering,Design&Selection,21:345−351(2008))。
【0038】
改変されるアミノ酸数は、好ましくは、10アミノ酸以内、より好ましくは5アミノ酸以内、最も好ましくは3アミノ酸以内(例えば、2アミノ酸以内、1アミノ酸)である。アミノ酸の改変は、好ましくは、保存的な置換である。本発明において「保存的な置換」とは、化学的に同様な側鎖を有する他のアミノ酸残基で置換することを意味する。化学的に同様なアミノ酸側鎖を有するアミノ酸残基のグループは、本発明の属する技術分野でよく知られている。例えば、酸性アミノ酸(アスパラギン酸およびグルタミン酸)、塩基性アミノ酸(リシン・アルギニン・ヒスチジン)、中性アミノ酸においては、炭化水素鎖を持つアミノ酸(グリシン・アラニン・バリン・ロイシン・イソロイシン・プロリン)、ヒドロキシ基を持つアミノ酸(セリン・トレオニン)、硫黄を含むアミノ酸(システイン・メチオニン)、アミド基を持つアミノ酸(アスパラギン・グルタミン)、イミノ基を持つアミノ酸(プロリン)、芳香族基を持つアミノ酸(フェニルアラニン・チロシン・トリプトファン)で分類することができる。
【0039】
また、本発明の抗体の改変は、例えば、グリコシル化部位の数、位置、種類を変化させるなどの抗体の翻訳後プロセスの改変であってもよい。抗体のグリコシル化とは、典型的には、N−結合またはO−結合である。抗体のグリコシル化は、抗体を発現するために用いる宿主細胞に大きく依存する。グリコシル化パターンの改変は、糖生産に関わる特定の酵素の導入または欠失などの公知の方法で行うことができる(特開2008−113663号公報、特許4368530号公報、特許4290423号公報、米国特許第5047335号公報、米国特許第5510261号公報、米国特許第5278299号公報、国際公開第99/54342号公報)。さらに、本発明においては、抗体の安定性を増加させる等の目的で脱アミド化されるアミノ酸若しくは脱アミド化されるアミノ酸に隣接するアミノ酸を他のアミノ酸に置換することにより脱アミド化を抑制してもよい。また、グルタミン酸を他のアミノ酸へ置換して、抗体の安定性を増加させることもできる。本発明は、こうして安定化された抗体をも提供するものである。
【0040】
本発明の抗体は、ポリクローナル抗体であれば、抗原(リゾホスファチジルグルコシド)で免疫動物を免疫し、その抗血清から、従来の手段(例えば、塩析、遠心分離、透析、カラムクロマトグラフィーなど)によって、精製して取得することができる。また、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマ法、組換えDNA法、ADLib法によって作製することができる。
【0041】
ハイブリドーマ法としては、代表的には、コーラーおよびミルスタインの方法(Kohler&Milstein,Nature,256:495(1975))が挙げられる。この方法における細胞融合工程に使用される抗体産生細胞は、抗原(リゾホスファチジルグルコシド)で免疫された動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、サル、ヤギ)の脾臓細胞、リンパ節細胞、末梢血白血球などである。免疫されていない動物から予め単離された上記の細胞またはリンパ球などに対して、抗原を培地中で作用させることによって得られた抗体産生細胞も使用することが可能である。ミエローマ細胞としては公知の種々の細胞株を使用することが可能である。抗体産生細胞およびミエローマ細胞は、それらが融合可能であれば、異なる動物種起源のものでもよいが、好ましくは、同一の動物種起源のものである。ハイブリドーマは、例えば、抗原で免疫されたマウスから得られた脾臓細胞と、マウスミエローマ細胞との間の細胞融合により産生され、その後のスクリーニングにより、リゾホスファチジルグルコシドに特異的なモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得ることができる。リゾホスファチジルグルコシドに対するモノクローナル抗体は、ハイブリドーマを培養することにより、また、ハイブリドーマを投与した哺乳動物の腹水から、取得することができる。
【0042】
組換えDNA法は、上記本発明の抗体またはペプチドをコードするDNAをハイブリドーマやB細胞等からクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞(例えば哺乳類細胞株、大腸菌、酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞など)に導入し、本発明の抗体を組換え抗体として産生させる手法である(例えば、P.J.Delves, Antibody Production:Essential Techniques,1997 WILEY、P.Shepherd and C.Dean Monoclonal Antibodies,2000 OXFORD UNIVERSITY PRESS、Vandamme A.M.et al.,Eur.J.Biochem.192:767−775(1990))。本発明の抗体をコードするDNAの発現においては、重鎖または軽鎖をコードするDNAを別々に発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換してもよく、重鎖および軽鎖をコードするDNAを単一の発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換してもよい(WO94/11523号公報参照)。本発明の抗体は、上記宿主細胞を培養し、宿主細胞内または培養液から分離・精製し、実質的に純粋で均一な形態で取得することができる。抗体の分離・精製は、通常のポリペプチドの精製で使用されている方法を使用することができる。トランスジェニック動物作製技術を用いて、抗体遺伝子が組み込まれたトランスジェニック動物(ウシ、ヤギ、ヒツジまたはブタなど)を作製すれば、そのトランスジェニック動物のミルクから、抗体遺伝子に由来するモノクローナル抗体を大量に取得することも可能である。
【0043】
ADLib法は、トリコスタチンA処理により多様化したDT40細胞で構成されたニワトリB細胞由来のライブラリー(Autonomously Diversifying Library、ADLib、自律多様化ライブラリー)から、磁気ビーズに固定化したリゾホスファチジルグルコシドを抗原として用いて、該抗原に親和性を有する抗体を表面に提示したB細胞クローンを選別し、限界希釈後に増殖させ、かかるB細胞クローンの培養上清からモノクローナル抗体を取得する方法である(Seo H.et al.Nat.Biotechnol.23,731−735(2005)およびSeo H.et al.Nat.Protocols.1,1502−1506(2006))。なお、本発明の抗体が認識するリゾホスファチジルグルコシドは、種間で保存されている糖脂質分子であるため、免疫寛容が働かないADLib法は、本発明の抗体を作製する方法として特に好適に用いることができる。
【0044】
本発明は、上記本発明の抗体をコードするDNA、該DNAを含むベクター、該DNAを保持する宿主細胞、および該宿主細胞を培養し、抗体を回収することを含む抗体の生産方法をも提供するものである。
【0045】
また、本発明の抗体は、後述の実施例に示す通り、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制することができる。従って、本発明は、本発明の抗体を用いて、リゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制し、TrkAを発現している神経細胞の軸索を伸長させるための方法も提供することができる。
【0046】
本発明の軸索を伸長させるための方法としては、例えば、後述の実施例6及び7に示す通り、インビトロの実験系においては、TrkAを発現している神経細胞とリゾホスファチジルグルコシドとの培養系(コラーゲンゲル等)に本発明の抗体を添加する方法が挙げられる。また、後述の実施例8に示す通り、インビボの実験系においては、TrkAを発現している神経細胞が存在する組織や該細胞の軸索が伸長していく部位(または伸長していくであろうと想定され得る部位)にマイクロインジェクションや注射等によって本発明の抗体を注入する方法が挙げられる。さらに、次に記載する通り、添加又は投与(注入等)に適した組成物の態様を選択することによっても、好適にリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制し、TrkAを発現している神経細胞の軸索を伸長させることができる。
【0047】
本発明は、また、本発明の抗体を有効成分とする、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制するための組成物を提供する。本発明の組成物は、生体内においてTrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制するために用いられる医薬組成物や飲食品(動物用飼料を含む)の形態、あるいは研究目的(例えば、インビトロやインビボの実験)でTrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制するために用いられる試薬の形態であり得る。本発明の組成物を医薬組成物として用いる場合には、例えば、神経障害疾患、神経変性疾患および神経傷害における神経回路の修復を促進するために用いることができる。本発明は、本発明の抗体を有効成分とする、神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害における神経回路の修復を促進するために用いる医薬組成物、および本発明の抗体の有効量を、ヒトを含む哺乳類に投与する工程を含んでなる、神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害における神経回路の修復を促進する方法をも提供するものである。本発明の組成物は、ヒト以外に、例えば、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウサギなどを含む各種哺乳動物に適用することが可能である。
【0048】
本発明における組成物は、公知の製剤学的方法により製剤化することができる。例えば、カプセル剤、錠剤、丸剤、液剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤、トローチ剤、舌下剤、咀嚼剤、バッカル剤、ペースト剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤、乳剤、塗布剤、軟膏剤、硬膏剤、パップ剤、経皮吸収型製剤、ローション剤、吸引剤、エアゾール剤、注射剤、坐剤などとして、経口的または非経口的に使用することができる。
【0049】
これら製剤化においては、薬理学上もしくは飲食品として許容される担体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、芳香剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、無痛化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等と適宜組み合わせることができる。
【0050】
本発明の組成物を医薬組成物として用いる場合には、神経再生作用のある他の物質や神経回路の修復作用のある他の物質と併用してもよい。このような神経再生作用のある他の物質としては、例えば、コンドロイチナーゼABC、cAMP、α−インテグリン、neurotrophine 3、NGF(Neuron Growth Factor)、BDNF、Noggin等の神経再生促進因子が挙げられ、さらに、神経回路の修復作用のある他の物質としてコンドロイチン硫酸プロテオグリカン、NG2、エフリン(ephrin)、EphB2、Slit、Tenascin−R、Semaphorin3A(セマフォリン3A)、Nogo−A、MAG等の軸索伸長反発因子に対するアンタゴニスト(例えば、抗体、低分子化合物、siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム、DNAザイム等)が挙げられる。また、かかる併用としては、本発明の抗体と、神経再生作用のある他の物質および神経回路の修復作用のある他の物質の少なくとも1種以上とを含有してなる医薬組成物を単剤として投与してもよく、本発明の抗体と、神経再生作用のある他の物質および神経回路の修復作用のある他の物質の少なくとも1種以上とを別個に調製して、同時または間隔をおいて投与してもよい。本発明の抗体と、神経再生作用のある他の物質および神経回路の修復作用のある他の物質の少なくとも1種以上とを組み合わせる好適な成分比は適宜選択することができる。
【0051】
本発明の組成物を飲食品として用いる場合、当該飲食品は、例えば、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養補助食品、病者用食品、食品添加物、あるいは動物用飼料であり得る。本発明の飲食品は、上記のような組成物として摂取することができる他、種々の飲食品として摂取することもできる。本発明における飲食品の製造は、当該技術分野に公知の製造技術により実施することができる。当該飲食品においては、神経の再生または神経回路の修復に有効な1種もしくは2種以上の成分を添加してもよい。また、神経の再生等以外の機能を発揮する他の成分あるいは他の機能性食品と組み合わせることによって、多機能性の飲食品としてもよい。
【0052】
本発明の組成物を投与または摂取する場合、その投与量または摂取量は、対象の年齢、体重、症状、健康状態、組成物の種類(医薬品、飲食品など)などに応じて、適宜選択される。例えば、1回当たりの本発明の組成物の投与量または摂取量は、一般に、0.01mg/kg体重〜100mg/kg体重である。
【0053】
本発明の組成物の製品(医薬品、飲食品、試薬)またはその説明書は、神経回路の修復に用いられる旨の表示を付したものであり得る。ここで「製品または説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装などに表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物などに表示を付したことを意味する。神経回路の修復に用いられる旨の表示においては、本発明の組成物を投与もしくは摂取することにより神経回路が修復される機序についての情報を含むことができる。機序としては、例えば、TrkAを発現している神経細胞の軸索伸長に対するリゾホスファチジルグルコシドの反発作用を抑制することに関する情報が挙げられる。また、神経再生に用いられる旨の表示においては、神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害の治療、あるいは予防のために用いられること、に関する情報を含むことができる。
【0054】
なお、本発明においては、本発明の抗体を投与して、神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害を治療する態様も考えられる。従って、本発明は、本発明の抗体を投与する、神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害を治療するための方法も提供することができる。 本発明の医薬組成物は、神経障害疾患、神経変性疾患または神経傷害の診断への応用も考えられる。
【0055】
本発明の抗体を診断薬として用いる場合あるいは研究目的のための試薬として用いる場合、本発明の抗体は、標識したものであってもよい。標識としては、例えば、放射性物質、蛍光色素、化学発光物質、酵素、補酵素を用いることが可能であり、具体的には、ラジオアイソトープ、フルオレセイン、ローダミン、ダンシルクロリド、ルシフェラーゼ、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、リゾチーム、ビオチン/アビジンなどが挙げられる。本発明の抗体をこれら薬剤として調剤するには、合目的な任意の手段を採用して任意の剤型でこれを得ることができる。例えば、精製した抗体についてその抗体価を測定し、適当にPBS(生理食塩を含むリン酸緩衝液)等で希釈した後、0.1%アジ化ナトリウム等を防腐剤として加えることができる。また、例えば、ラテックス等に本発明の抗体を吸着させたものについて抗体価を求め、適当に希釈し、防腐剤を添加して用いることもできる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
なお、本実施例の記載において、下記の用語は各々括弧内の用語を意味しているものである。
E(Embryonic day、胎生 日目)、DRG(Dorsal root ganglion、後根神経節)、DREZ(Dorsal Root Entry Zone、後根侵入部)、HH St.(Hamburger and Hamilton Stage、ハンバーガー‐ハミルトンステージ)、LPA(Lysophosphatidic acid、リゾホスファチジン酸)、LSCM(Laser scanning confocal microscopy、共焦点レーザー顕微鏡)、Lyso−PtdGlc(Lysophosphatidylglucoside、リゾホスファチジルグルコシド)、LPC(Lysophosphatidylcholine、LysoPtdCho、リゾホスファチジルコリン)、NGF(Nerve growth factor、神経成長因子)、NRP−1(neuropilin−1、ニューロピリンー1)、NT−3(Neurotrophin−3、ニューロピリン−3)、PtdGlc(Phosphatidyl−β−D−glucoside、ホスファチジル−β−D−グルコシド)、Sema3A(Semaphorin 3A、セマフォリン3A)、TLC(thin−layer chromatography、薄層クロマトグラフィー)、TrkA(Tropomyosin−related kinase A、トロポミオシン関連キナーゼA)、TrkC(Tropomyosin−related kinase C、トロポミオシン関連キナーゼC)、v/v(volume/volume、容量/容量)。
【0058】
また、実施例における実験並びに解析は下記の通りに行った。
【0059】
(実験動物)
レグホーン種の受精卵は地元の業者(井上養鶏場、相模原)から購入し、胚が適当な時期に発生するまで、ずっと揺孵卵器(強制通風、振とう可能)内で38℃にて維持した。また、胚は正常なニワトリの発生のハンバーガー−ハミルトンシリーズに則して、ステージ分けした(Hamburger,V.and Hamilton,H.L.,J.Morphol.8,49−92(1951)参照)。そして、全ての手法および実験は理研の動物保護ガイドラインを順守して行った。
【0060】
(モノクローナル抗体および組織標本)
抗ニワトリTrkAモノクローナル抗体(Oakley RA et al.,J Neurosci 17:4262−4274(1997)参照)または抗TrkCモノクローナル抗体(Lefcort.F et al.,J.Neuroscience.16(11)3704−3713(1996)参照)、およびDIM−21モノクローナル抗体(Greimel,M. et al.Bioorg Med Chem 16,7210−7(Aug1,2008)および非特許文献31 参照)を用いて、凍結切片の二重免疫蛍光染色を行った。ニワトリ胚は適当な時期に卵殻から分離し、断首した、得られた胴体は速やかに4%(v/v)パラホルムアルデヒド/PBSに浸け、4℃で一晩かけて固定した。PBSで2回洗浄した後、かかる胚は30%スクロース溶液(4℃)中に移し、溶液の底の方に沈むまで浸けた(通常、数時間以内に沈む)。そして、Tissue−Tek OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社製)に胚を包埋した後、液体窒素に浸けて速やかに凍らせ、必要とするまで−80℃で得られた凍結ブロックを保存した。また、HM560クライオスタット(Zeiss社製)にて腰仙部脊髄の部分を切断し、胴体を厚さ25μmの横断切片にして、必要とするまで−20℃で保存した
(免疫染色)
前記横断切片(スライド)等を室温に戻し、組織切片にワックスバリアペン(大道産業社製)を用いて、撥水性サークルを施した。抗体の非特異的な結合を減らすため、切片を10%v/v正常馬血清/PBSで1時間インキュベートした。血清によるブロッキング処理に次いで、10%血清で希釈した一次抗体(DIM21の希釈率は1:500であり、抗TrkAまたは抗TrkCの希釈率は1:1000)を切片に添加して、4℃で一晩インキュベートした。そして、蛍光色素が結合された二次抗体で3時間インキュベートする前に、一次抗体で標識された切片をPBSで3回洗浄した。なお、二次抗体は種特異的Alexa Fluor488またはAlexa Fluor594が結合された抗IgMまたはIgG(Molecular Probes社製)を血清で1:500に希釈し使用した。二次抗体で切片を染色した後、二次抗体で染色された切片をPBSで3回洗浄してマウントした後、かかる切片に結合している抗体標識を固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)をもって観察し、Fluoview ソフトウェアによって制御された浜松Orcaカメラで撮影した。
【0061】
(脊髄内グリア初代培養と質量分析)
脊髄内グリア細胞を、T.Yoshida,M.Takeuchi,Cytotechnology 7,187−96(Nov,1991)およびS.Kentroti,A.Vernadakis,J Neurosci Res 47,322−31(Feb1,1997)に記載されている通りに単離し、培養した。すなわち、HH St.35の胚の頭部を除去し、胴体を解剖した。腹部椎弓切除についで、脊髄を胚から単離した後に、さらに付着している膜および脊髄神経根を顕微鏡下手術用ハサミを用いて除去した。このように単離して得られた脊髄を10% FBS含有DMEM/F12培地に懸濁し、プラスチックセルスクレイパーを用いて、70μmセルストレイナーに通した。Poly−D−リシンで一晩前処理した10cm細胞培養用ディッシュに、得られた細胞懸濁液を播き、10% FBS含有DMEM/F12培地中において、37℃、5%CO条件下で培養した。48時間培養した後、不要物除去のため、かかる培養細胞を新しいリシンコートディッシュに播きなおし、120時間以上、先と同様の条件下で培地を2回交換しながら培養した。さらに、かかる細胞の一部は免疫染色解析のため、リシンコートされた35mmガラスカバースリップ上で培養した。また、質量分析にかけるため、培地交換時に培養上清を回収し、−80℃で凍結保存した。そして、168時間培養した後、トリプシン処理を施して10cmディッシュから細胞を回収した。そして、PtdGlcの発現およびグリアマーカーを免疫染色で解析するために、カバースリップ上で培養した細胞を4%パラホルムアルデヒド/PBSで4℃、一晩処理して固定した。また、回収したグリア細胞の培養上清はメタノールで前処理されたODSカラム(OroSep C18、600mg、OROCHEM CRC 18600)に充填し、非吸着画分を純水にて洗い流した。そして、ODSカラムに吸着した物質をクロロホルム/メタノ―ル(CHCl/CHOH=2:1(v/v))混合溶液を用いて溶出させた。そのODSカラムに吸着していた脂質を窒素ガス流入下で乾燥させ、4:1 CHCl/CHOHに再溶解し、同じ混合溶液で平衡化したイアトロビーズカラム(三菱科学ヤトロン社製)に充填した後、CHCl/CHOH混合溶液(4:1、3:1、2:1、1:1、1:2)で段階的に、最後は100% CHOHで溶出した。PtdGlcはCHCl/CHOH(2:1 および 1:1)画分に溶出され、Lyso−PtdGlcはCHCl/CHOH(1:1 および 1:2)画分に溶出された。また、グリア細胞由来のPtdGlcの解析を行うため、回収した細胞をハンク平衡塩溶液(HBSS)で洗浄した後、凍結乾燥した。脂質は2:1 CHCl/CHOH混合溶液およびCHCl/CHOH/水混合溶液(5:8:3, v/v/v)で抽出し、窒素ガス流入下で蒸発させ、PtdGlcを前記と同様の方法にて上清としてイアトロビーズカラムにより抽出した。
【0062】
(脊髄内グリア初代培養細胞の免疫組織化学的解析)
10% 正常馬血清/PBSで1時間インキュベートし、血清によるブロッキング処理を施す前に、前記固定したグリア細胞をPBSで2回洗浄した。10%血清で希釈された一次抗体 DIM21抗体(希釈率 1:500)、EAP−3抗体(抗トランスチン抗体、希釈率 1:200)または抗GFAP抗体(希釈率 1:200、カタログ番号:MAB3042、ケミコン社製)を細胞に添加し、4℃で一晩インキュベートした後、室温下にてPBSで3回洗浄した。そして、蛍光色素が結合された二次抗体(Alexa 488結合ヤギ由来の抗マウスIgGまたはAlexa 594結合ヤギ由来の抗マウスIgM)を10%血清で1:200に希釈したものを一次抗体で標識された細胞に添加し、室温下で1時間インキュベートした。PBSで3回洗浄した後、グリア細胞の核をヘキスト33528(ナカライテスク社製)の説明書に従って標識した。このように免疫染色された細胞をMowiol 4−88溶液(Calbiochem社製)にマウントし、4℃で保存した。固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)の40倍油浸対物レンズを介して観察し、Fluoview ソフトウェアによって制御された浜松Orcaカメラで撮影した。
【0063】
(成長円錐ターニングアッセイに用いるためのDRG神経細胞の調製)
T.Tojima et al.,Nat Neurosci 10,58−66(Jan,2007)に記載の方法に少々の改変を加え、単離したDRG感覚神経の初代培養を行った。すなわち、HH St.29のニワトリ胚を卵殻から分離して断首し、胴体を氷冷したPBSに移した。得られた胴体から内臓を鉗子にて除去し、椎弓切除により脊椎を露出させた。胸部または腰仙部の脊髄からDRGを単離し、fine watchmaker’s鉗子でばらばらにし、氷上のL15培地中に移した。解剖して得られたDRGを37℃で20分間トリプシン処理した後、100gで1分間遠心し、得られたペレットに最小量のL15培地を添加して、手動で細胞を懸濁(repeated manual trituration)した。細胞懸濁液を再度100gで1分間遠心し、その上清を除去した。そして、N−2(インビトロゲン社製)と750μg/ml BSA(GIBCO社製)と、25ng/ml NGFまたは50ng/ml NT−3(シグマアルドリッチ社製)とを添加したレイボヴィッチL15培地にペレットを再懸濁し、細胞を9μg/cmマウス由来のラミニン(インビトロゲン社製)でプレコートしたガラスディッシュに一枚当たり10000細胞数になるように播種した。かかるディッシュを成長円錐ターニングアッセイに用いる前の約2時間、5%CO、37℃で培養した。
【0064】
(成長円錐のターニングアッセイ)
インビトロ成長円錐ターニングアッセイは少々の改変を施した、M.Lohof,M.Quillan,Y.Dan,M.M.Poo,J Neurosci 12,1253−61(Apr,1992)、J.Q.Zheng,M.M.Poo,J.A.Connor,Perspect Dev Neurobiol 4,205−13(1996)およびY.Xiang et al.,Nat Neurosci 5,843−8(Sep,2002)に記載の方法に沿って行った。すなわち、リゾホスファチジルコリン(シグマアルドリッチ社製)または後述の方法により用意したLyso−PtdGlcを、ビークル(1%(v/v)メタノール/PBS)で10μMの濃度になるように希釈した。ターニングアッセイに用いる前に、リゾリン脂質またはコントロール溶液はultrasonic bath(Iwaki社製)を用いて10分間超音波をかけ、そして温浴を用いて37℃に維持した。NGF(プロメガ社製)およびセマフォリン3A/Fcキメラ組み換え蛋白質(R&Dシステムズ社製)は、各々化学誘因および化学反発のポジティブコントロールとして使用するために、使用する前にPBSにて各々50μg/mlおよび25μg/mlの濃度になるように希釈した。また、成長円錐ターニングアッセイに用いるピペットは下記の通りに調製した。ホウケイ酸キゃピラリーチューブ(1.0mm O.D.、standard wall with filament、Sutter Instrument社製)は、約10μmの大きさに開口された先細で長いピペットを作製するために、Flaming−Brown P−97マイクロピペットピュラ―で引き延ばした。かかるマイクロピペットはマイクロフォージ(MF−900、Narishige社製)を用いて使用する前にチェックした。ピペットはピペットホルダー(Warner Instruments社製)に装着し、ディッシュとピペットとの角度がおよそ45度になるように培養ディッシュ上方に設置した。かかるピペットを窒素ガスシリンダーと接続し、電気刺激器(日本光電社製)およびPV820 Picopump(World Precision Instruments社製)によってガス放出は制御した。なお、電気刺激器によって、PV820 Picopumpは500ms間隔で20ms間ガス放出が持続されるように設定した。リゾリン脂質の濃度勾配を添加する前、実験に供する候補の成長円錐の写真を撮り、10分間静置した。なお、成長円錐は、Metavueソフトウェアによって制御されたQimaging Qicam CCDカメラで撮影した。その後、少なくとも10μmまっすぐ伸長した成長円錐を本アッセイに用いるものとして選択した。培養ディッシュの下方、軸索伸長方向に対して45度、成長円錐から100μm離れた位置にピペット先端をおいた。そして、電気刺激器のスイッチを入れ、薬剤の濃度勾配を添加した。実験終了後(t=45分)、成長円錐の写真を撮り、Metavueソフトウェアにより伸長方向の角度を計測した。なお、伸長しなかった成長円錐、崩壊した成長円錐、軸索が45分の間に分岐した成長円錐は本実施例においては計測対象から外した。また、成長円錐のターニング角度を計測するため、薬剤添加10分前の軸索成長円錐Cドメイン真中と添加時のそれとを通る直線を伸長の初期軌道とした。そして実験終了後に、かかる初期軌道とのずれをターニング角度として計測した。また、実験終了時(t=45分)に、薬剤添加時(t=0)の軸索成長円錐Cドメイン真中と実験終了時(t=45分)のそれとの距離を軸索伸長の長さとして計測した。
【0065】
(コラーゲンゲルを用いた組織片共培養アッセイ)
DRG脊髄組織片共培養アッセイはR.Keynes et al.,Neuron 18,889−97(Jun,1997)に記載の方法に沿って行った。すなわち、HH St.35胚を卵殻から離し断首した。DRGおよび脊髄を胚から単離し、氷上のL15培地中で使うまで維持した。直径約250μmの脊髄と、背内側または背側のDRGとを500μm離してコラーゲンマトリックスに植え込み、N2、20ng/ml NGFまたは50ng/ml NT−3、750μg/ml BSAを添加したDMEM/F12培地中で、37℃5%CO下で48時間培養した。48時間培養後、かかる培養組織を4%PFAにて4℃で一晩かけて固定した。DRG組織片からの軸索伸長を可視化するために、培養組織を抗βチューブリン抗体(Chemicon社製)で染色した。すなわち、PBSで2回洗浄後、抗体の非特異的結合を減らすために培養組織を2%正常馬血清/PBS/0.1% Tritonで1時間インキュベートした。そして、培養組織を1時間、抗βチューブリンモノクローナル抗体(2%血清/PBSで1:500に希釈)でインキュベートした。PBSでの15分間洗浄を3回施した後、培養組織を2%血清で1:200に希釈したAlexa594結合抗マウスIgG抗体(モレキュラープローブ社製)に30分間インキュベートした。PBSでの15分間洗浄を3回施した後、染色した培養組織を固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)で観察し、Fluoview ソフトウェアによって制御された浜松冷却CCDカメラによって画像を取り込んだ。化学反発性はR.Keynes et al.,Neuron 18,889−97(Jun,1997)記載の方法により評価した。培養組織に関する免疫染色顕微鏡観察写真中の脊髄とDRGとの間500μmを4分割(125μm)して、DRG組織片から脊髄組織片への軸索伸長の長さを測定し、下記基準に則して0_10で評価した。
0:DRG組織片から脊髄組織片への軸索伸長がなかった。
2:1または複数のDRG組織片からの軸索伸長が1/4(125μm)まで達していた。
4:軸索伸長が2/4(125μm−250μm)まで達していた。
6:軸索伸長が250μm−375μmまで達していた。
8:軸索伸長が脊髄に接触するまで達していた。
10:軸索伸長が脊髄に接触するまで達していただけでなく、脊髄の上または下を通り、脊髄組織片を越えて軸索が伸長した。(図1参照)
このように、化学反発性が最も強いものを0とし、最も弱いものを10と評価し、全ての培養組織を0_10に分けて評価した。
【0066】
(胚内における脊髄へのマイクロインジェクションおよびDiIイオントフォレシス)
E.T.Stoeckli,L.T.Landmesser,Neuron 14,1165−79(Jun,1995)およびF.E.Perrin,F.G.Rathjen,E.T.Stoeckli,Neuron 30,707−23(Jun, 2001)に記載の方法に少々の改変を加え、機能阻害性を有する特異的モノクローナル抗体を発生中の胚脊髄の中心管にマイクロインジェクションした。インキュベーション3日目(E3)に18gaニードルを殻を通して、卵の平滑末端側に挿入し、2〜3mlの卵白を抜き出した。そして、はさみで卵殻上部に4〜5cmの穴(窓)を開け、その穴をガラスカバースリップでシールし、溶融パラフィンワックスで固定した。そして、かかる穴をあけた卵を揺らすことなく、HH St.23に達するまでインキュベートした(卵に穴をあけてから、約24時間後に通常この発生段階に達する)。後述の抗Lyso−PtdGlcまたはコントロールIgMを1mg/mlずつ4回、8時間ごとに脊髄にインジェクションした。なお、抗体溶液には0.05% Fast Greenを添加し、インジェクションの質および量を顕微鏡で速やかに評価できるようにした。また、見て分かる目印として、全てのインジェクションは後肢間の丁度真ん中にある脊髄に対して行われた。インジェクションする際に、孵卵器から実体解剖顕微鏡(ニコン社製)に卵を移し、カバースリップを外し、抗体をインジェクションした。インジェクション後はカバースリップを戻し、ワックスで再びシールし、孵卵器に卵を戻した。最後の抗体をインジェクションした後、約24時間はHH St.28に達するまで孵卵器において胚を成育(回復)させた。かかる回復期間終了後、胚を卵殻から外し、断首し、4℃で4%v/v PFA/PBSを用いて胴体を一晩固定した。そして、かかる固定検体をPBSで洗浄し、15%ゼラチン(シグマアルドリッチ社製)に包埋し、胴体をLeica VT1000S ビブラトームを用いて切断し、厚さ250μmの腰仙部脊髄の横断切片を得た。DRG感覚求心性神経はイオントフォレシスにより導入した脂質親和性色素DiI(1,1’−dioctadecyl−3,3,3’3’−tetramethylindocarbocyanine perchlorate、FastDiI、Molecular Probes社製)で標識した。DiIはエタノールとジメチル−ホルムアミドとの混合溶液(1:1)で5mg/mlの濃度に調製し、そしてガラス管微小電極(Sutter Instruments社製)に裏込めした。DiIを装填した電極に100%エタノール 3μlを、次いで2M 塩化リチウム 3μl裏込めし、12V電源に接続した。そして、微小電極の先端の標的を背内側DRGにすることにより、TrkA神経を特異的に標識した。標識後、色素を拡散させるために組織切片は室温、暗下で2〜7日間保存した。かかる保存期間終了後、標識した切片をLSCMで観察した(z series 8−12 共焦点セクション、ステップサイズ:3μm)。すなわち、固定ステージ共焦点顕微鏡(オリンパス社製)の乾式対物レンズ(倍率:20×または40×)を介して標識した切片を観察し、Fluoviewソフトウェアによって制御された浜松Orca CCDカメラで撮影した。
【0067】
(統計解析)
統計解析はGraphPad Prism4プログラム(マッキントッシュ用、ver.4.0b、GraphPadソフトウェア社製)を用いて行った。
【0068】
(実施例1)
脊髄におけるホスファチジル−β−D−グルコシド(PtdGlc)とDRG感覚神経性細胞との空間的および時間的関係を観察するため、抗TrkA抗体または抗TrkC抗体、およびDIM21抗体を用いて、HH St.26、29、32、34、35の胚(およそE5(胎生5日目)からE9(胎生9日目)の間の胚に相当する)の同時免疫染色(標識)を行った。得られた結果は図2に示す。なお図2中の白線はスケールバーであり、500μmの長さであることを示すものである。また図2中、マゼンタ色の蛍光を発している部分はDIM21抗体で染色されている部位を示し、緑色の蛍光を発している部分は抗TrkA抗体(図2中左1列)または抗TrkC抗体(図2中右1列)で染色されている部位を示す。
【0069】
図2に示した結果から明らかなように、HH St.26の胚脊髄において、DIM21の免疫反応性の強い部位は背側白質に、弱い部位は卵形ヒス束(Oval bundle of His)のすぐ後方に位置する側白質に限られており、また、背側灰白質および背側正中線の前駆細胞(神経上皮細胞)において発現していることが点状染色パターンとして確認された。このステージにおいて、脊髄におけるTrkA発現領域は卵形ヒス束に限られており、白質における背側および腹側のDIM21抗原発現部位の境界となっていた。TrkCも卵形ヒス束に発現しているが、PtdGlcが豊富に存在する始原後索の白質にも局在していることが確認された。
【0070】
HH St.29の胚脊髄において、PtdGlcに対する免疫反応性は背側灰白質において減じているのに対し、始原後索においてはとても強く発現しており、DREZの腹側、側白質においては弱く発現していることが確認された。また、TrkA発現領域はDREZに限られており、一方、TrkCもこの領域においてとても強く発現しており、さらに背側白質、すなわち図2中矢頭(三角)で示されており、PtdGlcが強く発現している部位においても強く発現していることが確認された。
【0071】
HH St.32の胚脊髄において、PtdGlcは背側白質に局在しており、また正中線の背内側の両側(図2中矢印が示している部位)、そしてそこから灰白質に向かって拡散しているようにPtdGlcが発現していることも確認された。さらに、PtdGlcはこのステージにおいて、側および腹側の白質で強く発現しているも確認された。一方、TrkAの発現領域はDREZおよび後角の表層に限られていることが確認された。また、TrkCの発現領域もDREZおよび後角の表層であるが、それらに加え、背側白質においてもTrkCは発現していることが確認された。
【0072】
HH St.34の胚脊髄においては、PtdGlcは背内側および腹側の白質において強く発現しており、さらに背側正中線両側の灰白質においても強く発現していることが確認された。また、TrkAの発現領域はDREZおよび後角の表層に限られており、依然として、PtdGlc発現領域とは明確に区別されるものであるということが確認された。一方、TrkCは、DREZおよび背内側白質において強く発現しており、かかる領域でPtdGlcと共在していることも確認された。
【0073】
HH St.35の胚脊髄において、PtdGlcは、始原後索を含む白質の腹側中央、中心管の背側にある灰白質中央部、並びに白質の腹側および背側の3領域において強く発現していることが確認された。一方、このステージにおけるTrkAの発現はDREZおよび後角表層に限られており、PtdGlcの発現領域に対して補完的な関係となっていることが確認された。また、TrkCはDREZおよび背内側白質において強く発現しており、いくつかの領域においてPtdGlcの発現と共在していること(図2中アスタリスクで示している部位)が確認された。また、灰白質中央部(前核において、TrkC発現の軸索側枝が運動核に向かって伸長している部位)においてもTrkCの発現が確認された。
【0074】
また、図には示さないが、PtdGlcの発現はHH St.35後の胚脊髄においては急速に落ち込み、HH St.38(およそE12(胎生12日目))までにはその発現を検出することができなくなることが確認された。
【0075】
このように、TrkCおよびPtdGlcは脊髄の初期発生において共在している発現領域が存在するのに比べて、TrkAとPtdGlcとの境界はどのステージにおいても明確に存在しており、この境界はPtdGlcまたはその派生物がシグナル分子として機能し、2種のDRG感覚神経(TrkC発現神経細胞およびTrkA発現神経細胞)に異なる影響を与えている、すなわちTrkA発現神経細胞特異的に化学反発性物質として作用していることを示唆している。
【0076】
(実施例2)
前述の、PtdGlcまたはその派生物がDRG感覚神経に対するシグナル分子であり、特にTrkA発現神経細胞に対して化学反発性物質として作用しているのではないのかということを実証するために、器官型脊髄/DRG組織片培養アッセイを行った。直径約250μmの後根神経節(DRG)組織片を3−Dコラーゲンマトリックスにて、脊髄を切開して得た組織片と共に培養した。そして、共培養48時間後のDRG軸索伸長を観察した。なお、本実施例においては、脊髄由来の組織片は切開して、背側(Dorsolateral、DL)または背内側(Dorsomedial、DM)由来のもの、すなわち、PtdGlc含有量が少ない部位(DL)または多い部位(DM)に分けて使用した(図2および3参照)。得られた結果は図4および図5に示す。なお、図4中の白線はスケールバーであり、500μmの長さであることを示すものであり、図5中の括弧内の数値はアッセイしたDRG組織片数を示し、三つのアスタリスクが付されているカラムはP<0.001(Kruskal−Wallis test with Dunnett’s post−test)であることを示す。
【0077】
図4および図5に示した結果から明らかなように、NGFを添加した培地中においてDRG軸索は放射状に伸長するが、背内側の脊髄由来の組織片によってその伸長は反発(退縮)させられた。しかし、背側の脊髄由来の組織片ではそのような影響は確認されなかった(図4中BおよびD、並びに図5参照)。NT−3を添加して培養したDRG軸索においては、背内側脊髄由来の組織片による反発作用は確認されなかった(図4中Cおよび図5参照)。
【0078】
従って、PtdGlcまたはその拡散性派生物は、NGF依存的な軸索伸長、すなわちNGFの受容体であるTrkA等が発現している神経細胞に対して特異的に化学反発性を発揮していることが明らかになった。また一方で、PtdGlc等は、NT−3依存的な軸索伸長、すなわちNT−3の受容体であるTrkC等が発現している神経細胞に対しては影響を与えないということも明らかになった。
【0079】
(実施例3)
実施例1において示されているように、PtdGlcは白質内において広く発現している(図2参照)。従って、脊髄におけるPtdGlcの供給源は非神経細胞であることが予測される。そこで、かかる予測が妥当なものであるかどうかを確認するために、脊髄内グリアを質量分析により解析した。すなわち、HH St.35の脊髄から増殖性のグリア細胞を単離し、7日間インビトロで培養し、培養終了後、グリア細胞およびその培養上清をナノ液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析計(nano−LC/MS/MS)で解析した。得られた結果は図6に示す。また、かかるグリア細胞培養を用いて質量分析の代わりに免疫染色を行った。得られた結果は図8および図9に示す。なお、図8中、緑色の蛍光を発している部分は抗transitin抗体で標識された領域であることを示し、白線はスケールバーであり、10μmの長さであることを示す。また、図9中、緑色の蛍光を発している部分は抗GFAP抗体で標識された領域を示す。さらに、図8および図9中において、青色の蛍光を発している部分はヘキスト33258で染色された領域、すなわち細胞の核を示し、赤色の蛍光を発している部分は抗PtdGlc抗体で標識された領域であることを示す。
【0080】
図6に示した結果から明らかなように、グリア細胞およびその培養上清をナノ液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析計(nano−LC/MS/MS)を用いて解析した結果、図7に示したLyso−PtdGlcを特徴付ける推定上のフラグメントイオンのピーク(m/z283.3、m/z419.3)が確認され、グリア細胞はPtdGlcを産出しており、グリア細胞の培養上清にはリゾホスファチジルグルコシド(Lyso−PtdGlc)、すなわちsn−2部位のアクリル鎖が加水分解されたPtdGlcが含まれていることが明らかになった。
【0081】
また、図8および9に示した結果から明らかなように、グリア細胞培養の半分はDIM21抗体と抗GFAP抗体によって二重染色され、PtdGlcおよび星状アストロサイトのマーカーであるGFAPが発現している培養細胞であることが確認された。そして、残り半分の培養細胞はDIM21抗体およびEAP3抗体によって二重染色され、transitinおよびPtdGlcを発現しているグリア細胞であることが確認された(なお、EAP3抗体はtransitin特異的抗体であり、transitinは、哺乳類において放射状グリア細胞および神経前駆細胞のマーカーとして知られているnestinの鳥類におけるホモログである)。
【0082】
従って、かかる生化学的解析および二重免疫染色の結果から、脊髄内の放射状グリア細胞またはグリア系統の細胞がPtdGlcを含有していることは明らかであり、そしてグリア細胞はその細胞外環境に、水溶性派生物 Lyso−PtdGlcを産生または放出していることが示唆された。
【0083】
(実施例4)
次に、Lyso−PtdGlcに特異的な抗体を作製した。すなわち、抗Lyso−PtdGlc特異的モノクローナル抗体(抗血清)は、後述の方法に基づき単離または合成して得られたLyso−PtdGlcを抗原として、株式会社カイオムバイオサイエンス(独立行政法人理化学研究所 遺伝ダイナミック研究ユニット)によって開発されたADLib(Autonomously Diversifying Library、自律多様化ライブラリー)システムを用いて作製した(Seo H.et al.Nat.Biotechnol.23,731−735(2005)およびSeo H.et al.Nat.Protocols.1,1502−1506(2006) 参照)。
【0084】
<Lyso−PtdGlcの合成>
抗原として用いたLyso−PtdGlcは、単離または合成して得られたPtdGlcをホスホリパーゼA2(PLA2)を用いて加水分解することにより得た。すなわち、先ず、非特許文献32の記載の通り、ラット胎児の脳から単離することによって、または、Greimel,M. et al.Bioorg Med Chem 16,7210−7(Aug1,2008)の記載の通り、化学合成することによって、PtdGlcを得た。
【0085】
次に、50〜100nmolの前記単離または合成によって得られたPtdGlc(P.S.Chen,T.Y.Toribara,H.Warner,Anal Chem 28,1756−1758(Nov 1956)に記載されているアスコルビン酸還元アッセイを用いて、リン含有量を推定した)を10μg ハチ毒由来のPLA2(シグマアルドリッチ社製)により、20μl TritonX−100含有Tris−HClバッファー(0.1% TritonX−100含有 Tris−HCl(pH7.6、50mM))中にて、37℃で1時間かけ消化した。なお、かかる消化産物の構造はTLCにより確認し、もし加水分解が不十分なようであれば、かかる消化産物に新しい酵素を添加して消化反応を繰り返した。消化反応の後に、反応産物は窒素ガス流入により乾燥させ、クロロホルム/メタノール混合溶液(4:1(v/v))に再溶解し、前記混合溶液で前もって平衡化させたイアトロビーズを充填したカラム(ベッド容量 約1ml)に添加した。クロロホルム/メタノール混合溶液で洗浄した後、5倍容量のクロロホルム/メタノール混合溶液(2:1、1:1、1:2)、そして純メタノールを段階的に加え、カラム吸着物を溶出した。各溶出画分を窒素ガス流入下で乾燥させ、TLCによってチェックした。PtdGlcの殆どはクロロホルム/メタノール(2:1)画分に溶出されており、LysoPtdGlcはクロロホルム/メタノール1:1および2:1)画分から回収した。分画が不十分な場合は、LysoPtdGlc含有画分を同じカラムをもって再処理した。回収したLysoPtdGlcはリン含有量によって見積もり、約1nmolアリコートになるように12×32mmガラススクリューバイアル(Waters社製)に分注し、使用するまで−80℃で保存した(なお、保存したLysoPtdGlcは調製してから3週間以内に使用した)。
【0086】
(実施例5)
次に実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗体の結合活性(結合の強さ、速さ、選択性)を表面プラズモン共鳴測定方法により分析した。すなわち、Biacore(GEヘルスケア社製)の所定のプロトコールに従い、先ずセンサーチップ(HPA)をオクチルグルコシドにて洗浄した後、抗原リポソームをコーティングした。なお、このようにしてセンサーチップに固定した抗原として、LPG、LPI(リゾホスファチジルイノシトール)およびS−1−P(スフィンゴシン−1リン酸)を用いた。次に、抗原を固定化したセンサーチップに、実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗体(100μg/ml)を送液し、次いでBiacoreランニング緩衝液(HBS−N)を通した。そして、この過程におけるレスポンスの変化(センサーグラムの形:抗原と抗体との形成および抗原と抗体との解離)からカーブフィッティングにより結合速度定数(k)と解離速度定数(k)とを算出し、さらにこれらの定数からアフィニティ(解離定数:K)を求めた。得られた結果(センサーグラム)については、図10に示す。
【0087】
表面プラズモン共鳴測定方法によって、実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗体を分析した結果、当該抗体はLPGに対して最も強く反応し(K:10−8Mオーダー)、LPGと構造の似ている他のリゾ体(LPI)に対する結合活性はその10分の1程度であった。
【0088】
(実施例6)
次に実施例4にて得られたLyso−PtdGlc特異的な抗血清の機能的阻害活性をコラーゲンゲル共培養アッセイを用いて調べた。しかしながら最初は、抗Lyso−PtdGlc抗体を培養系に添加しても、背内側脊髄由来の組織片が発揮する化学反発性に対する僅かな抑制効果(統計的には有意でない程度の化学反発性の減少)しか確認されなかった。そこで、Sema3Aもニワトリ初期発生における背側脊髄において発現しているということから(非特許文献15参照)、少数のSema3A発現細胞またはなかなか消えないSema3A蛋白質それ自体が背側脊髄由来の組織片に残存しており、前記アッセイ系に影響を与えている可能性があったため、neuropilin−1を機能的に阻害する抗体(NRP−1抗体、添加濃度:4μg/ml、AF566、R&Dシステム社製)を培地中に添加して再度アッセイを行った。なお、neuropilin−1はSema3Aシグナル伝達における、Sema3Aをリガンドとする受容体である。得られた結果を図11および図12に示す。なお図11中の白線は長さが500μmのスケールバーであることを示し、図12中の括弧内の数値はアッセイした成長円錐数を示し、アスタリスク三つが付されているカラムはP<0.001(Kruskal−Wallis test with Dunnett’s post−test)であることを示す。
【0089】
図11および図12に示した結果から明らかなように、Nrp−1受容体の機能を阻害した状況下では、抗Lyso−PtdGlc(LPG)抗体(5μg/ml)は、背内側脊髄由来の組織片のDRG軸索伸長に対する化学反発作用を1/3以上減少させた(図11中Aおよび図12参照)。なお、抗Lyso−PtdGlc(LPG)抗体または抗NRP−1抗体のみの添加では統計的に化学反発活性に対する有意な影響は確認されなかった(図11中BおよびC参照)。また、コントロールAb(IgM、Diaclone Immunology社製)を同じ濃度で添加しても、背内側脊髄由来の組織片が発揮する化学反発性への影響は確認されなかった(図11中D参照)。
【0090】
(実施例7)
次に、NGF依存的神経細胞またはNT−3依存的神経細胞の成長円錐に対するLyso−PtdGlcの化学反発性をインビトロ ターニングアッセイを用いて調べた。得られた結果を図13および図14に示す。また、抗Lyso−PtdGlc抗体存在下におけるNGF依存的神経細胞の成長円錐に対するLyso−PtdGlcの化学反発性をインビトロ ターニングアッセイを用いて調べた。得られた結果を図15および図16に示す。なお、図13および図15中の白線は長さが5μmのスケールバーであることを示し、図13および図15中の数字はLPG等の濃度勾配を添加してからの時間(単位:分)を示し、図13および図15中の矢頭(三角)はLPG等の濃度勾配を添加した場所を示すものである。また、図14および図16中の括弧内の数値はアッセイした成長円錐数を示し、アスタリスク二つが付されているカラムはP=0.0063(1−Way ANOVA with Dunnett’s multiple comparison post−test)であることを示す。
【0091】
図13および図14に示した結果から明らかなように、NGF添加培地中において、HH St.28 ニワトリDRG由来の神経細胞から伸長した軸索(TrkAn(TrkA神経細胞)から伸長した軸索)は、化学反発性を有するLyso−PtdGlcの微視的な濃度勾配に対して特異的にその伸長方向を変えることが明らかになった(図13中A参照)。一方、NGFの代わりにNT−3添加培地中において、神経細胞から伸長した軸索(TrkCn(TrkC神経細胞)から伸長した軸索)は、その伸長方向(角度)の有意な変化は確認されなかった(図13中B参照)。また、ビークル(1%v/vメタノール含有PBS)のみの添加またはLPC(リゾホスファチジルコリン)のみの濃度勾配では、NGFまたはNT−3で処理された神経細胞(TrkAnまたはTrkCn)の軸索伸長に対する有意な影響は確認されなかった(図13中CおよびD参照、なおNT−3で処理された神経細胞については図示せず)。さらに、図15および図16に示した結果から明らかなように、NGF添加培地中において、Lyso−PtdGlcの濃度勾配を生じさせる30分前に培養槽内の濃度が50μg/mlになるように抗Lyso−PtdGlc抗体を添加した場合には、DRG由来の神経細胞の伸長方向の変更を抑えることを確認した(図15中B参照)。一方で、コントロールIgM抗体を前記と同じ濃度で添加してもDRG由来の神経細胞の伸長方向の変更に対する影響は確認されなかった(図15中C参照)。
【0092】
しかしながら、かかる結果は、ターニングに対する化学反発性の発揮に必要な成長円錐の細胞内器官への抗体処理における物理的な影響によるという可能性も考え得るため、LPA(リゾホスファチジン酸)が発揮する化学反発性に対する抗Lyso−PtdGlc抗体の影響を調べた。なお、LPAは成長円錐ターニングアッセイによって化学反発性を発揮することが明らかになっている(X.B.Yuan et al.,Nat Cell Biol 5,38−45(Jan,2003)参照)。図16に示した結果から明らかなように、50μg/mlの抗Lyso−PtdGlc抗体を培養系に添加したものの、成長円錐はLPAの濃度勾配によって、その伸長方向(角度)を変化させており、LPAの強い化学反発性が確認された。
【0093】
従って、インビトロの一神経細胞を用いた実験系において、外因性Lyso−PtdGlcはTrkA軸索特異的に化学反発性を発揮していることが明らかになった。
【0094】
(実施例8)
次に、インビトロの系で確認されたTrkA神経細胞特異的な化学反発性をLyso−PtdGlcが発揮することをインビボの系において確認した。すなわち、実験動物におけるLyso−PtdGlcシグナル伝達を阻害するために、胚内脊髄に機能阻害性を有する抗体 抗Lyso−PtdGlc抗体を注入した。なお、実施例6および7に記載の通り、抗Lyso−PtdGlc抗体が機能阻害性を有する抗体であるということはコラーゲンゲル共培養およびインビトロ成長円錐ターニングアッセイの結果から明らかである。得られた結果は図17および表1に示す。なお、図17中点線で囲まれた部位は卵形ヒス束であることを示し、アスタリスクはTrkC発現神経細胞が優位の存在している部位を示す。また、図17中の「DGM」は背側灰白質(Dorsal Grey Matter)を示している。
【0095】
【表1】
【0096】
図17および表1に示した結果から明らかなように、HH St.23〜26のインビボにおけるLyso−PtdGlcの機能阻害は、脊髄発生段階における感覚求心性神経の成長円錐のパターン形成に乱れを生じさせ、軸索投射における二つの異常が主に観察された。第一は、脊髄灰白質内へのDRG軸索の異常な投射であり(図17中D参照)、第二は、背側白質内、本来ならばTrkC神経細胞が優位に存在する領域へのTrkA軸索の異所的な展開である(図17中C参照)。脊髄における感覚求心性神経の異常なパターン形成が確認されたのは、機能阻害性を有する抗体が注入された胚20体中16体であり(80%)、軸索の背側白質内への展開がはっきりと確認されたのは2体(10%)であり、軸索の異常な後角灰白質内への投射は9体(45%)で確認され、かかる主な二つの異常が共に確認された胚は5体(25%)であった。一方、コントロール抗体を注入した胚12体においては、11体(92%)において正常な軸索伸長等が確認され、一体のみにおいて、異常な軸索投射が確認された。
【0097】
従って、初期の発生過程における背側脊髄内において、正確な軸索投射および感覚求心性神経のパターン形成にとって、Lyso−PtdGlcが介するシグナル伝達は必須であることがインビボにおいても明らかとなった。また、本発明の抗Lyso−PtdGlc抗体は、実施例5〜8の記載からも明らかなように、リゾホスファチジルグルコシドに対して非常に優れた特異性を示し、リゾホスファチジルグルコシドによる神経細胞の軸索伸長に対する反発(退縮)作用を阻害するという点において大変優れた抗体である。
【0098】
なお、抗Lyso−PtdGlc抗体を産生するハイブリドーマ(ADLib♯7およびADLib♯15)については、2010年4月21日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD:NITE Patent Microorganisms Depositary)(郵便番号292−0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に寄託した。寄託したクローンのクローン番号と付与された受託番号は、NITE P−939およびNITE P−940である。
【0099】
(実施例9)
次に、傷害を加えられた成体動物の中枢神経系におけるPtdGlcの発現を調べた。すなわち、成体マウス(生後1ヶ月)の脳に小児用綿棒の先端部を突き刺すことによって傷害を加え、その1週間後にDIM21抗体を用いた免疫染色を行い、かかる損傷部位におけるPtdGlcの発現の程度を調べた。得られた結果は図18〜20に示す。また、成体ラット(体重約250グラム)の脊髄にMulti Centre Animal Spinal Cord Injury Studyの標準的な手法(J.A.Gruner,J.Neurotrauma 9,123−128,1992)によって硬膜外から傷害を加え、その2週間後にDIM21抗体を用いた免疫染色を行い、かかる損傷部位におけるPtdGlcの発現の程度を調べた。なお、通常の成体マウスおよび成体ラットの中枢神経系においては、PtdGlcの発現量は極めて少ないことは確認されている(非特許文献32参照)。得られた結果は図21に示す。
【0100】
図18〜21に示した結果から明らかなように、成体の中枢神経系の傷害を加えられた部位特異的にPtdGlcの発現は亢進していた。かかる亢進は前述の通り、その加水分解産物であるLyso−PtdGlcによって、傷害部位における神経回路の修復(軸索伸長)を阻害している可能性が高いため、本発明の抗体(抗Lyso−PtdGlc抗体)を成体の中枢神経における損傷部位に添加することにより、かかる部位における神経回路の修復を促進させる可能性が高いということは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明により、リゾホスファチジルグルコシドの神経細胞の軸索伸長に対する反発的な作用を抑制しうる抗体、および該抗体を有効成分とする、リゾホスファチジルグルコシドの神経細胞の軸索伸長に対する反発的な作用を抑制する組成物が提供された。本発明の抗体や組成物によれば、神経障害疾患、神経変性疾患および神経傷害における神経回路の修復を促進することが可能であるため、本発明は、医療分野などに大きく貢献しうるものである。
【受託番号】
【0102】
1.
(1)識別の表示:ADLib ♯7
(2)受託番号:NITE P−939
(3)受託日:2010年4月21日
(4)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)
2.
(1)識別の表示:ADLib ♯15
(2)受託番号:NITE P−940
(3)受託日:2010年4月21日
(4)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)
【配列表フリーテキスト】
【0103】
配列番号1
<223> 抗LPG抗体#15 軽鎖可変領域 CDR1
配列番号2
<223> 抗LPG抗体#15 軽鎖可変領域 CDR2
配列番号3
<223> 抗LPG抗体#15 軽鎖可変領域 CDR3
配列番号4
<223> 抗LPG抗体#15 重鎖可変領域 CDR1
配列番号5
<223> 抗LPG抗体#15 重鎖可変領域 CDR2
配列番号6
<223> 抗LPG抗体#15 重鎖可変領域 CDR3
配列番号7
<223> 抗LPG抗体#15 軽鎖可変領域
配列番号8
<223> 抗LPG抗体#15 重鎖可変領域
配列番号9
<223> 抗LPG抗体#15 軽鎖可変領域 cDNA
配列番号10
<223> 抗LPG抗体#15 重鎖可変領域 cDNA
配列番号11
<223> 抗LPG抗体#7 軽鎖可変領域 CDR1
配列番号12
<223> 抗LPG抗体#7 軽鎖可変領域 CDR2
配列番号13
<223> 抗LPG抗体#7 軽鎖可変領域 CDR3
配列番号14
<223> 抗LPG抗体#7 重鎖可変領域 CDR1
配列番号15
<223> 抗LPG抗体#7 重鎖可変領域 CDR2
配列番号16
<223> 抗LPG抗体#7 重鎖可変領域 CDR3
配列番号17
<223> 抗LPG抗体#7 軽鎖可変領域
配列番号18
<223> 抗LPG抗体#7 重鎖可変領域
配列番号19
<223> 抗LPG抗体#7 軽鎖可変領域 cDNA
配列番号20
<223> 抗LPG抗体#7 重鎖可変領域 cDNA
図5
図6
図7
図14
図16
図1
図2
図3
図4
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図15
図17
図18
図19
図20
図21
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]