特許第5920834号(P5920834)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5920834金属錯体化合物、当該金属錯体化合物を含む水素製造用触媒および水素化反応触媒、ならびに当該触媒を用いる水素の製造方法および水素化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5920834
(24)【登録日】2016年4月22日
(45)【発行日】2016年5月18日
(54)【発明の名称】金属錯体化合物、当該金属錯体化合物を含む水素製造用触媒および水素化反応触媒、ならびに当該触媒を用いる水素の製造方法および水素化方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 15/00 20060101AFI20160428BHJP
   C07F 9/50 20060101ALI20160428BHJP
   B01J 31/24 20060101ALI20160428BHJP
   C07C 5/09 20060101ALI20160428BHJP
   C07C 15/52 20060101ALI20160428BHJP
   C01B 3/22 20060101ALI20160428BHJP
   H01M 8/0606 20160101ALI20160428BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20160428BHJP
【FI】
   C07F15/00 ECSP
   C07F9/50
   B01J31/24 Z
   C07C5/09
   C07C15/52
   C01B3/22 Z
   H01M8/06 R
   !C07B61/00 300
【請求項の数】18
【全頁数】32
(21)【出願番号】特願2012-545790(P2012-545790)
(86)(22)【出願日】2011年11月24日
(86)【国際出願番号】JP2011077061
(87)【国際公開番号】WO2012070620
(87)【国際公開日】20120531
【審査請求日】2014年10月27日
(31)【優先権主張番号】特願2010-262610(P2010-262610)
(32)【優先日】2010年11月25日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人科学技術振興機構、地域イノベーション創出総合支援事業重点地域研究開発推進プログラム「シーズ発掘試験」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】特許業務法人SSINPAT
(72)【発明者】
【氏名】村中 誠
(72)【発明者】
【氏名】押木 俊之
【審査官】 水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】 APPLIED CATALYSIS A: GENERAL,2003年,Vol. 239,25-34
【文献】 APPLIED CATALYSIS A: GENERAL,2004年,Vol. 263,187-191
【文献】 Organometallics,1997年,Vol. 16,1484-1490
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 15/00
B01J 31/24
C01B 3/22
C07C 15/52
C07F 9/50
H01M 8/06
CAplus(STN)
REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamII)
JST7580(JDreamII)
JSTChina(JDreamII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で表される金属ホスフィン錯体。
MHm(CO)Ln (1)
[式(1)中、
Mはイリジウム、鉄、ロジウムまたはルテニウム原子を示し、
Mがイリジウムまたはロジウム原子の場合、m=3、n=2であり、Mが鉄またはルテニウム原子の場合、m=2、n=3であり、
n個のLは、それぞれ独立して、一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンを示す。
PR123 (2)
(式(2)中、R1、R2およびR3は、それぞれ独立して、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基を示す。)
ただし、1、R2およびR3の少なくとも1つは4−ジアルキルアミノフェニル基である。
【請求項2】
前記一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンのそれぞれが、トリ(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィン、ジ(4−ジアルキルアミノフェニル)フェニルホスフィン、4−ジアルキルアミノフェニルジフェニルホスフィンジシクロヘキシル(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィンまたはシクロヘキシルジ(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィンである、請求項に記載の金属ホスフィン錯体。
【請求項3】
請求項1または2に記載の金属ホスフィン錯体を構成成分として含む、ギ酸の分解反応(HCOOH→H2+CO2)による水素製造用触媒。
【請求項4】
さらにアミンまたはホスフィンを構成成分として含む、請求項に記載の水素製造用触媒。
【請求項5】
前記アミンが、脂肪族アミン、脂環式アミン、芳香族アミンおよびヘテロ環式アミンからなる群から選ばれた少なくとも1種のアミンである、請求項に記載の水素製造用触媒。
【請求項6】
前記ホスフィンが、トリ脂肪族ホスフィン、トリ脂環式ホスフィン、トリ芳香族ホスフィンおよびトリアラルキルホスフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種のホスフィンである、請求項に記載の水素製造用触媒。
【請求項7】
請求項のいずれかに記載の水素製造用触媒とギ酸水溶液とを接触させる工程を含むことを特徴とする水素の製造方法。
【請求項8】
前記接触の温度が0〜100℃である、請求項に記載の水素の製造方法。
【請求項9】
前記接触が、ギ酸の濃度が1体積%以上100体積%未満であるギ酸水溶液中で行われる、請求項またはに記載の水素の製造方法。
【請求項10】
前記接触の際のギ酸水溶液中の金属ホスフィン錯体の濃度が0.01〜500μmol/mLである、請求項のいずれかに記載の水素の製造方法。
【請求項11】
請求項1または2に記載の金属ホスフィン錯体を構成成分として含む水素化反応触媒。
【請求項12】
さらにアミンまたはホスフィンを構成成分として含む、請求項11に記載の水素化反応触媒。
【請求項13】
前記アミンが、脂肪族アミン、脂環式アミン、芳香族アミンおよびヘテロ環式アミンからなる群から選ばれた少なくとも1種のアミンである、請求項12に記載の水素化反応触媒。
【請求項14】
前記ホスフィンが、トリ脂肪族ホスフィン、トリ脂環式ホスフィン、トリ芳香族ホスフィンおよびトリアラルキルホスフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種のホスフィンである、請求項12に記載の水素化反応触媒。
【請求項15】
請求項1114のいずれかに記載の水素化反応触媒及びギ酸水溶液の存在下に、不飽和化合物と水素とを反応させることを特徴とする水素化方法。
【請求項16】
前記不飽和化合物が炭素−炭素二重結合および/または炭素−炭素三重結合を有する不飽和化合物である、請求項15に記載の水素化方法。
【請求項17】
前記水素化反応の際の反応溶液中の金属ホスフィン錯体の濃度が0.01〜500μmol/mLである、請求項15または16に記載の水素化方法。
【請求項18】
請求項のいずれかに記載の水素製造用触媒を構成成分とする燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属錯体触媒を用いてギ酸から水素を製造する方法等に関する。より詳細には、本発明は、特定の化学構造を有する新規な金属錯体化合物、当該金属錯体化合物を含むギ酸の分解反応による水素製造用触媒および水素化反応触媒、ならびに当該触媒を用いる水素の製造方法および水素化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、室温で水素を製造できるギ酸は、メタノールや有機ハイドライドと同様に有望な水素貯蔵材料として世界中で研究されており、ギ酸燃料電池(たとえば特許文献1参照)の市場供給も開始されている。
【0003】
燃料電池等においてギ酸から水素を製造する際に、ギ酸をエネルギー源として水素を発生する微生物(生体触媒)を用いる方法もあるが(特許文献2)、生体触媒に比べて耐熱性や耐酸性などで優れている化学触媒を用いる方法の開発が国内外で積極的に行われている。その化学触媒を用いる方法の代表例としては、高温熱分解法(非特許文献1)、固体触媒法(非特許文献2)、そして金属錯体触媒法(特許文献3〜5,非特許文献3〜7)が挙げられる。
【0004】
一方、一般式IrH3(CO)L2で表されるイリジウムヒドリド錯体として、配位子LがPPh3, PCy3, PEt3, PPh2(4−MePh), PEt2Ph[式中、Phはフェニル基、Cyはシクロヘキシル基、Etはエチル基、Meはメチル基の略号である。以下同じ。]である化合物が公知である(Scifinderによる検索)。また、一般式Ir(acac)L2[式中、acacはアセチルアセトナートの略号である。以下同じ。]で表されるイリジウム錯体として、配位子LがPPh3, PMePh2, PMe3, PPh2Py[式中、Pyはピリジル基の略号である。以下同じ。]である化合物が公知であり、一般式IrH33で表されるイリジウムヒドリド錯体として、配位子LがPPh3, PMe2Ph, PPh(4−MePh), PMePh2である化合物が公知である。
【0005】
このような化合物に関連して、たとえば特許文献6には、IrHxHal3-xn2やIrHxHal3-x(CO)Pn2(式中、xは0〜3であり、Pnは三級ホスフィンまたはアルシン、HalはCl、BrまたはIを表す。)ギ酸とその他の脂肪酸もしくは脂肪酸エステルとの混合物と接触させることにより、当該混合物中のギ酸を選択的に分解する方法が記載されている。上記錯体について、明細書の一般記載にはIrH3P(PAr3)3(式中、Arはフェニル基または置換されたフェニル基を表す。)が好ましいと記載されており(第1欄59〜60行目、claim 5参照)、実施例ではIrH3(PPh3)3が使用されている(EXAMPLE 5, 6, 8, 9参照)。
【0006】
しかしながら、特許文献6には、脂肪酸もしくは脂肪酸エステルが共存する混合物(脂肪酸もしくは脂肪酸エステルを溶媒とするギ酸溶液ともいえる)中で、低濃度のギ酸を分解することができることが記載されているにすぎない。上記混合物中のギ酸の濃度は、明細書にはたとえば1〜50%と記載されているが(第1欄下から3行目〜最終行、claim 7参照)、IrH3(PPh3)3を使用した実施例では3〜10%程度である(EXAMPLE 5, 6, 8, 9参照)。また、IrH3P(PAr3)3で表される錯体として「置換されたフェニル基」を有するものを使用した実施例や、IrH3(CO)Pn2で表される錯体を使用した実施例は、一つも開示されていない。
【0007】
また、特許文献7には、第VII族遷移金属のヒドリド錯体と脂肪族第三級アミンとを含む触媒の存在下に、一般式ROH(式中、Rは水素または炭化水素基を表す。)で示される化合物(つまり水またはアルコール)を二酸化炭素および水素と反応させる、ギ酸またはギ酸エステルの製造方法が記載されている。上記第VII族遷移金属のヒドリド錯体の具体例としては、(PPh3)4RuH2、(PPh3)4IrH3、(PPh3)3(CO)RhHなどが挙げられている(第2頁右上欄参照)。また、実施例では、所定のヒドリド錯体とメタノール、エタノールまたは水とを仕込み、二酸化炭素および水素を圧入して、それぞれギ酸メチル、ギ酸エチルまたはギ酸を製造する態様が記載されている。
【0008】
しかしながら、特許文献7に記載された方法は、上記所定の錯体を用いて、別途投入される水素等によりギ酸等を製造する(この際「二酸化炭素の水素化」が起きる)方法であるが、上記錯体により別の化合物から水素を取り出し、その水素を用いて不飽和化合物(炭素−炭素不飽和結合等を有する化合物)を水素化する方法は、記載も示唆もされていない。また、特許文献7には、第VII族遷移金属のヒドリド錯体として、トリフェニルホスフィンを配位子とするものしか具体的に開示されていない、つまりフェニル基以外の置換基を有するホスフィンを配位子とするものは具体的に開示されていない。さらに、特許文献7に記載の水素化反応においては、脂肪族第三級アミンの併用が必須の要件とされている。
【0009】
非特許文献8には、遷移金属錯体の存在下にギ酸(および好ましくはギ酸塩)を用いてオレフィンおよびアセチレンを水素化(還元)する方法が記載されている。オレフィン(1−オクテン)の水素化に用いられる遷移金属錯体の具体例としては、(Ph3P)2Ir(CO)Br、(Ph3P)3Ir(CO)H、(Ph3P)2IrH2Cl、(Ph3P)2Ir(CO)2Hなどが挙げられている(Table I)。
【0010】
しかしながら、非特許文献8には、一般式MHm(CO)Lnで表される遷移金属(イリジウム等)の錯体として、トリフェニルホスフィンを配位子とするものしか具体的に開示されていない、つまりフェニル基以外の置換基を有するホスフィンを配位子とするものは具体的に開示されていない。また、3−ヘキシンおよびフェニルアセチレンのように炭素−炭素三重結合を有する不飽和化合物に対しては、遷移金属錯体として(Ph3P)3RhClを用いる態様しか具体的に開示されていない。また、60℃程度の温度で反応させた場合、特にギ酸のみを用いてギ酸塩を併用しない場合は、全体的に水素化生成物の収率が低い傾向にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2007/076595号パンフレット
【特許文献2】特開2003−123821号公報
【特許文献3】国際公開第2008/059630号パンフレット
【特許文献4】特開2009−78200号公報
【特許文献5】特表2010−506818号公報
【特許文献6】米国特許第3,488,383号明細書
【特許文献7】特開昭51−138614号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】M. Nakahara, J. Phys. Chem. A, 2006, 110, 11082
【非特許文献2】W. Xing, Chem. Mater., 2010, 22, 5122
【非特許文献3】M. Beller, Adv. Synth. Catal., 2009, 351, 2517
【非特許文献4】S. Fukuzumi, J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 1496
【非特許文献5】G. Laurenczy, Angew. Chem. Int. Ed., 2008, 47, 3966
【非特許文献6】Y. Deng, ChemSusChem, 2010, 3, 71
【非特許文献7】Y. Himeda, Green Chem., 2009, 11, 2018
【非特許文献8】M. E. Vol'pin et al., Tetrahedron Letters, 1971, 46, 4435-4438
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前記高温熱分解法では、ギ酸の脱カルボニル化反応(HCOOH→CO+H2O)が起きて副生成ガスである一酸化炭素が発生する上、高温条件(200℃以上)が必要とされる。また、前記固体触媒法で用いられている触媒(PdAu@Au/Cコアシェル型触媒)は、高価な貴金属である白金やパラジウムを大量に使用するにもかかわらず低活性である。
【0014】
一方、従来の金属錯体法で用いられていた触媒は、高濃度のギ酸溶液中(50vol%以上、強酸性条件下)では低活性であり、しかも水以外の溶媒・ギ酸塩・アミンなどの添加が必要である(かといって低濃度のギ酸溶液を用いたのでは水素貯蔵密度が低くなってしまう)。
【0015】
本発明は、水以外の溶媒やアミンなどを添加しなくても高濃度のギ酸水溶液中で一定の高い活性を有するなど、従来よりも性能の高い水素製造用触媒を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、ホスフィンを配位子とするイリジウム等の金属錯体が前述のような課題を解決したギ酸の脱水素反応用の優れた水素製造用触媒となり得ること、特に所定の官能基(たとえば置換されたアリール基等)を有するホスフィンを配位子とする金属錯体が顕著な触媒活性を有すること、さらにそのような触媒を用いて不飽和化合物の水素化反応を行うこともできることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本発明は下記の内容を包含する。
【0018】
[1] 一般式(1)で表される金属ホスフィン錯体。
【0019】
MHm(CO)Ln (1)
[式(1)中、
Mはイリジウム、鉄、ロジウムまたはルテニウム原子を示し、
Mがイリジウムまたはロジウム原子の場合、m=3、n=2であり、Mが鉄またはルテニウム原子の場合、m=2、n=3であり、
n個のLは、それぞれ独立して、一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンを示す。
【0020】
PR123 (2)
(式(2)中、R1、R2およびR3は、それぞれ独立して、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基を示す。)
ただし、すべてのLが、R1、R2およびR3すべて無置換のフェニル基、直鎖炭化水素基、スルホ基もしくはハロゲンで置換されたフェニル基または無置換のシクロヘキシル基であるトリ置換ホスフィンである場合を除く。]
[2] 前記一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンが、少なくとも1つ、置換基を有していてもよいシクロヘキシル基または4−ジアルキルアミノフェニル基を有するものである、前記項1に記載の金属ホスフィン錯体。
【0021】
[3] 前記一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンが、トリ(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィン、ジ(4−ジアルキルアミノフェニル)フェニルホスフィン、4−ジアルキルアミノフェニルジフェニルホスフィン、トリメチルシクロヘキシルホスフィン、メチルシクロヘキシルジシクロヘシシルホスフィン、ジシクロヘキシル(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィンおよびシクロヘキシルジ(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種である、前記項1または2に記載の金属ホスフィン錯体。
【0022】
[4] 前記項1〜3のいずれかに記載の金属ホスフィン錯体を構成成分として含む、ギ酸の分解反応(HCOOH→H2+CO2)による水素製造用触媒。
【0023】
[5] さらにアミンまたはホスフィンを構成成分として含む、前記項4に記載の水素製造用触媒。
【0024】
[6] 前記アミンが、脂肪族アミン、脂環式アミン、芳香族アミンおよびヘテロ環式アミンからなる群から選ばれた少なくとも1種のアミンである、前記項5に記載の水素製造用触媒。
【0025】
[7] 前記ホスフィンが、トリ脂肪族ホスフィン、トリ脂環式ホスフィン、トリ芳香族ホスフィンおよびトリアラルキルホスフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種のホスフィンである、前記項6に記載の水素製造用触媒。
【0026】
[8] 前記項4〜7のいずれかに記載の水素製造用触媒とギ酸水溶液とを接触させる工程を含むことを特徴とする水素の製造方法。
【0027】
[9] 前記接触の温度が0〜100℃である、前記項8に記載の水素の製造方法。
【0028】
[10] 前記接触が、ギ酸の濃度が1体積%以上100体積%未満であるギ酸水溶液中で行われる、前記項8または9に記載の水素の製造方法。
【0029】
[11] 前記接触の際のギ酸水溶液中の金属ホスフィン錯体の濃度が0.01〜500μmol/mLである、前記項8〜10のいずれかに記載の水素の製造方法。
【0030】
[12] 前記項1〜3のいずれかに記載の金属ホスフィン錯体を構成成分として含む水素化反応触媒。
【0031】
[13] さらにアミンまたはホスフィンを構成成分として含む、前記項12に記載の水素化反応触媒。
【0032】
[14] 前記アミンが、脂肪族アミン、脂環式アミン、芳香族アミンおよびヘテロ環式アミンからなる群から選ばれた少なくとも1種のアミンである、前記項13に記載の水素化反応触媒。
【0033】
[15] 前記ホスフィンが、トリ脂肪族ホスフィン、トリ脂環式ホスフィン、トリ芳香族ホスフィンおよびトリアラルキルホスフィンからなる群から選ばれた少なくとも1種のホスフィンである、前記項15に記載の水素化反応触媒。
【0034】
[16] 前記項12〜15のいずれかに記載の水素化反応触媒及びギ酸水溶液の存在下に、不飽和化合物と水素とを反応させることを特徴とする水素化方法。
【0035】
[17] 前記不飽和化合物が炭素−炭素二重結合および/または炭素−炭素三重結合を有する不飽和化合物である、前記項16に記載の水素化方法。
【0036】
[18] 前記水素化反応の際の反応溶液中の金属ホスフィン錯体の濃度が0.01〜500μmol/mLである、前記項16または17に記載の水素化方法。
【0037】
[19] 前記項4〜7のいずれかに記載の水素製造用触媒を構成成分とする燃料電池。
【0038】
なお、本発明において、上記した芳香族炭化水素基、アラルキル基、脂環式炭化水素基または分岐炭化水素基の炭素原子数は、これらの官能基が有することのある、炭素原子を有する置換基の炭素原子数を含まない。
【0039】
また、「置換基を有していてもよい」という語句は、その対象が置換基を有するものと置換基を有さないもの両方を包含している。「それぞれ独立して」という語句は、その対象全てが同一であってもよいし、その対象全てが互いに相違していてもよいし、その対象のうちのいくつかが同一でいくつかが相違していてもよいことを意味する。
【0040】
以下の本発明に関する記載において、一般式(1)、(4)、(5)、(1')で表される金属ホスフィン錯体を、それぞれ、錯体(1)、(4)、(5)、(1')と略称することがある。さらに、錯体(1)、(4)、(1')を「(Mの金属、たとえばイリジウム)ヒドリド錯体」と称することがあり、錯体(5)を「(Mの金属、たとえばイリジウム)錯体」と称することがある。また、一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンをそれぞれホスフィン(2)と略称することがある。一般式(3)で表される金属二座配位子錯体を錯体(3)と略称することがある。
【発明の効果】
【0041】
本発明により提供される水素製造用触媒は、添加物を使用しなくてもギ酸の高濃度領域で高い活性を示すため、高濃度のギ酸水溶液を使用して水素貯蔵密度を非常に高めることができるとともに、高濃度領域かつ室温(25℃)においても水素を発生させることができ、反応温度を変化させれば水素発生量を制御することができる。しかも、このような水素製造用触媒を用いた場合には一酸化炭素が発生しないため、水素を利用する上で複雑なガス分離操作を必要としない。また、このような水素製造用触媒に用いられる錯体は、空気中で比較的安定であるため取扱いが容易であり、しかも合成法が簡便であるため製造コストが低い。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1】イリジウムヒドリド錯体Aの1H NMRスペクトルを示す。
図2】イリジウムヒドリド錯体Aの13C NMRスペクトルを示す。
図3】イリジウムヒドリド錯体Aの31P NMRスペクトルを示す。
図4】イリジウムヒドリド錯体AのFT-IRスペクトルを示す。
図5】ギ酸分解反応における反応温度の影響を示す(経時変化、反応条件:表4と同様)。
図6】発生した気体のガスクロマトグラム。
図7】ギ酸分解反応におけるイリジウム錯体Gの耐久性評価を示す。
【発明を実施するための形態】
【0043】
<金属ホスフィン錯体>
本発明における新規な金属ホスフィン錯体(錯体(1))は、一般式(1)で表される。
【0044】
MHm(CO)Ln (1)
式(1)中、
Mはイリジウム、鉄、ロジウムまたはルテニウム原子を示し、
Mがイリジウムまたはロジウム原子の場合、m=3、n=2であり、Mが鉄またはルテニウム原子の場合、m=2、n=3であり、
n個のLは、それぞれ独立して、一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィン(ホスフィン(2))を示す。
【0045】
PR123 (2)
式(2)中、R1、R2およびR3は、それぞれ独立して、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜15の脂環式炭化水素基を示す。ただし、R1、R2およびR3すべてが、無置換のフェニル基、直鎖炭化水素基、スルホ基もしくはハロゲンで置換されたフェニル基または無置換のシクロヘキシル基である場合を除く。(つまり、R1、R2、R3のうちの1つまたは2つが無置換のフェニル基、直鎖炭化水素基、スルホ基もしくはハロゲンで置換されたフェニル基または無置換のシクロヘキシル基であっても、残りが無置換のフェニル基、直鎖炭化水素基、スルホ基もしくはハロゲンで置換されたフェニル基または無置換のシクロヘキシル基以外の置換基であるトリ置換ホスフィンである場合、そのようなトリ置換ホスフィンを有する錯体は上記式(1)の定義に含まれる錯体である。
【0046】
換言すれば、錯体(1)は下記一般式(11)〜(14)で表される金属ホスフィン錯体を包含する。一般式(11)〜(14)中、L1、L2およびL3の定義は式(1)中のLと同じである。
【0047】
IrH3(CO)L12 (11)
RhH3(CO)L12 (12)
FeH2(CO)L123 (13)
RuH2(CO)L123 (14)
前記炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基としては、たとえば、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基が挙げられる。
【0048】
前記炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基としては、たとえば、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロオクチル基、シクロデシル基、シクロドデシル基およびアダマンチル基が挙げられる。
【0049】
また、前記R1、R2およびR3の(前記芳香族炭化水素基、脂環式炭化水素基等が有する)置換基としては、たとえば、ハロゲン(フッ素など)、ニトロ基、スルホ基、ヒドロキシル基、置換基を有していてもよい炭素原子数が12以下のアミノ基(ジメチルアミノ基など)、炭素原子数1〜6の炭化水素基(メチル基など)、炭素原子数1〜6のアルコキシ基(メトキシ基など)が挙げられる。なお、上に挙げた置換基(たとえばスルホ基)は塩(たとえばナトリウム塩)を形成していてもよい。これらのうち、置換基を有していてもよい炭素原子数が12以下のアミノ基、たとえばジメチルアミノ基を有する芳香族炭化水素基、脂環式炭化水素基等を、前記R1、R2またはR3の少なくとも一つとして有するトリ置換ホスフィンは、触媒性能に優れる傾向にあるため好ましい。
【0050】
また、一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィンは、少なくとも1つ、置換基を有していてもよいシクロヘキシル基または4−ジアルキルアミノフェニル基を有することが好ましい。
【0051】
そのような芳香族炭化水素基を有するホスフィン(2)の具体例としては、トリ(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィン、ジ(4−ジアルキルアミノフェニル)フェニルホスフィン、4−ジアルキルアミノフェニルジフェニルホスフィンが挙げられる。
【0052】
また、そのような脂環式炭化水素基を有するホスフィン(2)の具体例としては、トリメチルシクロヘキシルホスフィン、メチルシクロヘキシルジシクロヘキシルホスフィン、ジシクロヘキシル(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィン、シクロヘキシルジ(4−ジアルキルアミノフェニル)ホスフィンが挙げられる。
【0053】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mがイリジウムであり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3すべてが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基である錯体(1)の具体例を以下に挙げる:
トリヒドリドカルボニルビス(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(ジフェエニル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリシクロペンチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリシクロヘプチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリシクロオクチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(ジフェニル(2−メトキシフェニル)ホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(4−ジフェニルホスファニル安息香酸、2−(トリメチルシリル)エチルエステル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−(ジフェニルホスフィノ)ベンズアルデヒド)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−(ジフェニルホスフィノ)安息香酸)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(4−(ジフェニルホスフィノ)安息香酸)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス((4−ヒドロキシフェニル)ジフェニルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリス(2,6−ジメトキシフェニル)ホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリス(2,4,6−ジメトキシフェニル)ホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス((2−ビフェニル)ジシクロヘキシルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'6'−ジイソプロキシビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'6'−ジメトキシビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'−(N,N−ジメチルアミノ)ビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'4'6'−トリイソプロピルビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジフェニルホスフィノ−2'−(N,N−ジメチルアミノ)ビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2'−ジシクロヘキシルホスフィノ−2,6−ジメトキシ−1,1'−ビフェニル−3−スルホン酸ナトリウム・水和物)イリジウム。
【0054】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mがロジウムであり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3すべてが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基である錯体(1)の具体例を以下に挙げる:
トリヒドリドカルボニルビス(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)ロジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン)ロジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'−(N,N−ジメチルアミノ)ビフェニル)ロジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリシクロオクチルホスフィン)ロジウム、トリヒドリドカルボニルビス((4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ジフェニルホスフィン)ロジウム。
【0055】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mが鉄であり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3すべてが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基である錯体(1)の具体例を以下に挙げる:
ジヒドリドカルボニルトリス(トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニルトリス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'−(N,N−ジメチルアミノ)ビフェニル)鉄、ジヒドリドカルボニルトリス(トリシクロオクチルホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニルトリス((4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ジフェニルホスフィン)鉄。
【0056】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mがルテニウムであり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3すべてが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基である錯体(1)の具体例を以下に挙げる:
ジヒドリドカルボニルトリス(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニルトリス(トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニルトリス(2−ジシクロヘキシルホスフィノ−2'−(N,N−ジメチルアミノ)ビフェニル)ルテニウム、ジヒドリドカルボニルトリス(トリシクロオクチルホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニルトリス((4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ジフェニルホスフィン)ルテニウム。
【0057】
本発明の別の側面として、化学構造が上記式(1)と類似するものの、Lとしてのトリ置換ホスフィンの式(2)におけるR1、R2およびR3が定義通りの芳香族炭化水素基または脂環式炭化水素基ではない錯体を、水素製造用触媒の成分として用いる方法も提供される。
【0058】
そのような錯体としては、たとえば、式(1)中のLとして、式(2)中のR1、R2およびR3が、それぞれ独立して、置換基を有していてもよい炭素原子数が7〜15のアラルキル基または置換基を有していてもよい炭素原子数が3〜6の分岐炭化水素基であるトリ置換ホスフィンを有する錯体が挙げられる。(本明細書において、このような金属ホスフィン錯体を錯体(1’)、トリ置換ホスフィンをホスフィン(2’)と称することがある。)
炭素原子数が7〜15のアラルキル基としては、たとえば、ベンジル基、フェニルエチル基、ナフチルメチル基が挙げられる。これらのアラルキル基は、上記芳香族炭化水素基または脂環式炭化水素基について例示したものと同様の置換基を有していてもよい。このようなアラルキル基を有するトリ置換ホスフィンの具体例としては、トリベンジルホスフィン、トリメチルベンジルホスフィンが挙げられる。
【0059】
炭素原子数が3〜6の分岐炭化水素基としては、たとえば、イソプロピル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソブチル基、2−ペンチル基、3−ペンチル基、2−メチル−2−ブチル基、2−ヘキシル基、3−ヘキシル基、2−メチル−2−ペンチル基が挙げられる。これらの分岐炭化水素基は、上記芳香族炭化水素基または脂環式炭化水素基について例示したものと同様の置換基を有していてもよい。このような分岐炭化水素基を有するトリ置換ホスフィンの具体例としては、トリイソプロピルホスフィン、トリsec−ブチルホスフィン、トリtert−ブチルホスフィン、トリイソブチルホスフィン、トリ2−ペンチルホスフィン、トリ3−ペンチルホスフィン、トリ2−メチル−2−ブチルホスフィン、トリ2−ヘキシルホスフィン、トリ3−ヘキシルホスフィン、トリ2−メチル−2−ペンチルホスフィンが挙げられる。
【0060】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mがイリジウムであり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3の少なくとも一つが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基ではない錯体(1’)の具体例を以下に挙げる:
トリヒドリドカルボニルビス(ベンジルジフェニルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(tert-ブチルジシクロヘキシルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(tert-ブチルジイソプロピルホスフェン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(tert-ブチルジフェニルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(ジ-tert-ブチルネオペンチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(ジ-tert-ブチルフェニルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(イソプロピルジフェニルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリベンジルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリ-tert-ブチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリイソブチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリイソプロピルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス((4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)-tert-ブチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(4,4’−(フェニルホスフィニデン)ビス(ベンゼンスルホン酸)ジカリウム塩・水和物)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス((2−ビフェニル)ジ−tert−ブチルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジ−tert−ブチルホスフィノ−2'−メチルビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジ−tert−ブチルホスフィノ−3,4,5,6−テトラメチル−2'4'6'−トリイソプロピル−1,1'−ビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(2−ジ−tert−ブチルホスフィノ−2'4'6'−トリイソプロピルビフェニル)イリジウム、トリヒドリドカルボニルビス(ジ(1−アダマンチル)ベンジルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−ジメチルアミノフェニル)ホスフィン)(トリベンジルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−ジメチルアミノフェニル)ホスフィン)(トリイソプロピルホスフィン)イリジウム、トリヒドリドカルボニル((4−ジメチルアミノフェニル)ジフェニルホスフィン)(トリベンジルホスフィン)イリジウム。
【0061】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mがロジウムであり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3の少なくとも一つが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基ではない錯体(1’)の具体例を以下に挙げる:
トリヒドリドカルボニルビス(トリベンジルホスフィン)ロジウム、トリヒドリドカルボニルビス(トリイソプロピルホスフィン)ロジウム、トリヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)(トリベンジルホスフィン)ロジウム。
【0062】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mが鉄であり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3の少なくとも一つが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基ではない錯体(1’)の具体例を以下に挙げる:
ジヒドリドカルボニルトリス(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニルトリス(トリベンジルホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニルトリス(トリイソプロピルホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニルビス(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)(トリベンジルホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)ビス(トリベンジルホスフィン)鉄、ジヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)(トリベンジルホスフィン)(トリイソプロピルホスフィン)鉄。
【0063】
MHm(CO)Lnで表される錯体であって、Mがルテニウムであり、配位子Lとしてのトリ置換ホスフィンPR123が有する置換基R1、R2、R3の少なくとも一つが、置換基を有していてもよい炭素原子数が6〜15の芳香族炭化水素基または置換基を有していてもよい炭素原子数が5〜10の脂環式炭化水素基ではない錯体(1’)の具体例を以下に挙げる:
ジヒドリドカルボニルトリス(トリベンジルホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニルトリス(トリイソプロピルホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニルビス(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)(トリベンジルホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)ビス(トリベンジルホスフィン)ルテニウム、ジヒドリドカルボニル(ジシクロヘキシル(4−(N,N−ジメチルアミノ)フェニル)ホスフィン)(トリベンジルホスフィン)(トリイソプロピルホスフィン)ルテニウム。
【0064】
<金属ホスフィン錯体の製造方法>
一般式(1)で表される金属ホスフィン錯体(錯体(1))は、下記一般式(3)で表される金属二座配位子錯体(錯体(3))と、前記一般式(2)で表されるトリ置換ホスフィン(ホスフィン(2))と、水素とを、適切な条件下で反応させることにより製造することができる。
【0065】
10k202M (3)
式(3)中、Mの定義は前記式(1)と同じである。Mがイリジウムまたはロジウム原子の場合、k=1であり、Mが鉄またはルテニウム原子の場合、k=2である。
【0066】
10はマイナス1価の二座配位子を示す。L10の代表例としては、それぞれ置換基を有していてもよいアセチルアセトナート(略号acac)およびフェノキシイミンが挙げられる。また、上記置換基としては、たとえば、炭素原子数が1〜6の直鎖状、分岐状もしくは環状の炭化水素基(メチル基、tert-ブチル基など)、芳香族炭化水素基(フェニル基など)が挙げられる。
【0067】
また、L20はそれぞれ独立に中性配位子を示し、2個のL20は一体となって環状の中性配位子を形成していてもよい。このL20は、錯体(1)を生成する上記の反応が適切に進行するものであれば特に限定されるものではないが、代表的には、2個のL20が一体となって形成された環状の中性配位子に該当する、環状の中性オレフィン性配位子(たとえば1,5−シクロオクタジエン)を挙げることができる。また、非環状のオレフィン性配位子(たとえば2分子のエチレン)、あるいはホスフィン(2)以外のホスフィンなどであってもよい。
【0068】
上記の反応における水素は、適切な還元剤(水素源)から供給されるようにすればよい。そのような還元剤としては、代表的にはギ酸を挙げることができるが、一般的な金属ヒドリド錯体を合成する際に用いられているその他の還元剤、たとえばイソプロパノール、メタノール、エタノール、ホルムアルデヒド、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウム、トリエチルアルミニウム、アンモニアなども挙げられる。
【0069】
上記の反応は、ホスフィン(2)の配位子に応じて、[i]錯体(3)、ホスフィン(2)および水素を1段階で反応させるか、[ii]錯体(3)およびホスフィン(2)を適切な溶媒中で反応させた後、当該溶媒を除去してから、生成した中間体(=後述する錯体(5)に相当)と水素とを反応させるかの、いずれか適切な方で行うようにする。不適切な反応様式を選択した場合、目的とする化合物とは異なる化合物が生成してしまうおそれがある。たとえば、トリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン:P(4-MeOPh)3を用いてイリジウムヒドリド錯体IrH3(CO)(P(4-MeOPh)3)2を合成する際には上記[ii]の反応様式を選択することが適切であり(後記実施例1−2の合成スキーム参照)、上記[i]の反応様式を選択した場合には目的とする当該錯体が得られないおそれがある。逆に、たとえばジシクロヘキシル(4−ジメチルアミノフェニル)ホスフィンを用いてイリジウムヒドリド錯体:IrH3(CO)(PCy2(4-dmaPh))2を合成する際には上記[i]の反応様式を選択することが適切であるが(後記実施例1−1の合成スキーム参照)、上記[ii]の反応様式を選択しても目的とする当該錯体が得られるような場合もある。
【0070】
上記[ii]の反応様式で用いる溶媒の代表例としては、1,2−ジメトキシエタン、メタノール、エタノール、イソプロパノール、トルエン、テトラヒドロフラン、ヘキサン、ヘプタン、ジエチルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジクロロメタン、ギ酸、水などを挙げることができる。これらは任意の割合で混合して用いることもできる。
【0071】
Mがイリジウムまたはロジウムの場合、錯体(1)は、錯体(3)1分子に対してホスフィン(2)2分子を反応させることにより生成することができる(後記実施例1−2の合成スキーム参照)。一方、Mが鉄またはルテニウムの場合、錯体(1)は、錯体(3)1分子に対してホスフィン(2)2分子を反応させることにより生成することができる。上記の化学量論に応じて原料として用いる錯体(3)およびホスフィン(2)の量を調整することにより、錯体(1)を製造することができる。
【0072】
上記の反応の温度(加熱)条件は、通常は0〜120℃、好ましくは20〜100℃、さらに好ましくは55〜80℃の範囲で調整すればよい。
【0073】
ここで、Mがイリジウムまたはロジウムであって、錯体(3)1分子に対してホスフィン(2)3分子を反応させた場合、あるいはMが鉄またはルテニウムであって、錯体(3)1分子に対してホスフィン(2)4分子を反応させた場合、錯体(1)とは異なる、一般式(4)で表される金属ホスフィン錯体(錯体(4))が生成する(後記参考例1−8の合成スキーム参照)。
【0074】
MHmn (4)
式(4)中、MおよびLならびにLとしてのホスフィン(2)中のR1、R2およびR3の定義は前記式(1)と同じであり、それらの説明、例示等も、式(1)に関連して前述したものと同じである。Mがイリジウムまたはロジウム原子の場合、m=3、n=3であり、Mが鉄またはルテニウム原子の場合、m=2、n=4である。
【0075】
つまり、金属ホスフィン錯体(4)は下記一般式(41)〜(44)で表される金属ホスフィン錯体を包含する。一般式(41)〜(44)中、L1、L2、L3およびL4の定義は式(4)中のL、すなわち式(1)中のLと同じである。
【0076】
IrH3123 (41)
RhH3123 (42)
FeH21234 (43)
RuH21234 (44)
上記錯体(4)もまた、触媒性能が多少変動する可能性があるが、錯体(1)と同様に本発明に用いることができる。すなわち、本発明のさらなる側面において、一般式(4)で表される金属ホスフィン錯体、当該錯体を構成成分として含むギ酸の分解反応による水素製造用触媒、当該触媒を用いる水素の製造方法等も提供されうる。
【0077】
さらに、前記錯体(1)および(4)の製造方法の[ii]における中間体に相当する化合物として、その生成までの手順や反応条件と同様にして、一般式(5)で表される金属ホスフィン錯体(錯体(5))を製造することもできる。
【0078】
10kML2 (5)
式(5)中、M、Lおよび当該Lとしてのホスフィン(2)中のR1、R2およびR3の定義は前記式(1)と同じであり、L10kの定義は前記式(3)と同じであり、それらのより具体的な説明、例示等も、式(1)および(3)に関連して前述したものと同じである。Mがイリジウムまたはロジウム原子の場合、k=1であり、Mが鉄またはルテニウム原子の場合、k=2である。
【0079】
つまり、金属ホスフィン錯体(5)は下記一般式(51)〜(54)で表される金属ホスフィン錯体を包含する。一般式(51)〜(54)中、L1およびL2の定義は式(5)中のL、すなわち式(1)中のLと同じである。
【0080】
10IrL12 (51)
10RhL12 (52)
102FeL12 (53)
102RuL12 (54)
上記錯体(5)もまた、触媒性能が多少変動する可能性があるが、錯体(1)と同様に本発明に用いることができる。すなわち、本発明のさらなる側面において、一般式(5)で表される金属ホスフィン錯体、当該錯体を構成成分として含むギ酸の分解反応による水素製造用触媒、当該触媒を用いる水素の製造方法等も提供されうる。
【0081】
<水素製造用触媒>
本発明の水素製造用触媒は、上述した一般式(1)で表される金属ホスフィン錯体を構成成分として含む。
【0082】
なお、錯体(1)の代わりに前述した錯体(1)、(4)、(5)を用いて、これらを構成成分として含む水素製造用触媒を製造することも可能である。
【0083】
錯体(1)は、そのままで触媒として用いることができるが、必要に応じて他の構成物質(たとえば担体)と組み合わせて触媒として用いてもよい。また、錯体(1)を触媒として用いる場合は、いずれか1種のみを用いてもよいし、複数種を組み合わせて(混合して)用いてもよい。
【0084】
<水素の製造方法>
本発明の水素の製造方法は、上述したような本発明の水素製造用触媒の存在下に、ギ酸から水素(および二酸化炭素)を生成させる工程を含む。この工程は、適切な条件下で本発明の水素製造用触媒とギ酸とを接触させ、下記の反応式で表されるギ酸の脱水素反応を進行させることにより行われる。
【0085】
HCOOH → H2+CO2
本発明の水素製造用触媒を用いる場合、ギ酸の脱水素反応は室温でも進行するが、適切な温度に加熱することにより反応速度(触媒回転率)を向上させることができる。本発明の水素生成工程における前記接触の際の温度は、通常は0〜100℃、好ましくは25〜80℃の範囲で調整される。
【0086】
上記のギ酸の脱水素反応は、通常は適量の水を必要とするので、ギ酸と水を混合して適切な濃度のギ酸水溶液を調製し、これを反応工程に用いるようにする。前記接触の際のギ酸水溶液中のギ酸の濃度は特に限定されるものではなく、水素の製造効率(触媒回転率)等を考慮しながら、通常は1体積%以上100体積%未満の範囲で調整されるが、下限値は好ましくは20体積%、より好ましくは40体積%、さらに好ましくは50体積%であり、上限値は好ましくは98%体積である。
【0087】
水素製造用触媒の使用量は特に限定されるものではないが、ギ酸水溶液の濃度等の条件を考慮しながら、前記接触の際のギ酸水溶液中の金属ホスフィン錯体の濃度が、通常は0.01〜500μmol/mL、好ましくは10〜100μmol/mLとなる範囲で調整することができる。
【0088】
また、本発明の水素製造用触媒を用いる水素の製造方法では、従来の触媒と併用されることのあった(たとえば非特許文献1参照)アミンまたはホスフィンは必要ではないが、ギ酸水溶液の濃度が高い範囲(たとえば98体積%)における反応速度(触媒回転率)をさらに向上させるために、アミンまたはホスフィンを併用してもよい。すなわち、本発明の水素製造用触媒は、構成成分としてさらにアミンまたはホスフィンを含んでいてもよい。
【0089】
上記のアミンまたはホスフィンとしては公知の化合物を用いることができる。アミンには、脂肪族アミン、脂環式アミン、芳香族アミン、ヘテロ環式アミンなどが含まれ、その具体例としては、N,N−ジメチルアニリン、トリエチルアミン、ジエチルアミン、ブチルアミン、ピリジン、ビピリミジン、N,N−ジメチルアミノピリジン、イミダゾールが挙げられる。一方、ホスフィンには、トリ脂肪族ホスフィン、トリ脂環式ホスフィン、トリ芳香族ホスフィン、トリアラルキルホスフィンなどが含まれ、その具体例としては、トリブチルホスフィンが挙げられる。
【0090】
上記のアミンまたはホスフィンの添加量はその種類に応じて適宜調整することができるが、通常は1〜10×105μmol/mL、好ましくは100〜1000μmol/mLの範囲である。
【0091】
上記のような反応により発生する水素には副生成物である二酸化炭素が含まれているので、本発明の水素の製造方法は、純度の高い水素を利用できるようにするために、二酸化炭素を分離する工程をさらに含んでいてもよい。
【0092】
<水素化反応触媒>
上述した本発明の水素製造用触媒と同様の態様の触媒は、水素化反応触媒として用いることもできる。すなわち、本発明の水素化反応触媒は、前記一般式(1)で表される金属ホスフィン錯体を構成成分として含み、さらに前記アミンまたはホスフィンを含んでいてもよい。
【0093】
<水素化方法>
本発明の水素化方法は、上述したような本発明の水素化反応触媒及びギ酸水溶液の存在下に、不飽和化合物と水素とを反応させる工程を含む。
【0094】
不飽和化合物としては、一般的な水素化反応の対象となりうる、分子内に少なくとも1つの不飽和結合を有する各種の化合物が挙げられる。たとえば、直鎖状または環状のアルケンまたはアルキンのような、炭素−炭素二重結合または炭素−炭素三重結合を有する不飽和化合物は、本発明の水素化反応を適用する好適な対象となる。また、アルデヒド、ケトン、カルボン酸、カルボン酸エステルのような、炭素−酸素不飽和結合を有する化合物も、本発明の水素化反応を適用できる可能性がある。
【0095】
本発明による水素化反応は、本発明の水素化反応触媒と、ギ酸水溶液と、不飽和化合物とを、適切な条件下で接触させればよい。この水素化反応では、水素化反応触媒とギ酸水溶液との接触により取り出されるギ酸に由来する水素が、不飽和化合物中の不飽和結合と反応する。つまり、本発明の水素化反応では、ギ酸(水溶液)を水素の供給源とすることができる。
【0096】
水素化反応に用いられるギ酸水溶液の濃度は、上述した水素の製造方法と同程度とすることができ、通常は1体積%以上100体積%未満の範囲で調整されるが、下限値は好ましくは5体積%、より好ましくは10体積%、さらに好ましくは20体積%であり、上限値は好ましくは98%体積である。なお、水素化反応の対象となる不飽和化合物を溶解させるために、必要であれば、ギ酸水溶液と相溶性を有する適切な有機溶媒を添加してもよい。その場合、上記ギ酸水溶液の濃度は、ギ酸水溶液および添加した有機溶媒からなる混合溶媒中のギ酸の濃度に相当することになる。
【0097】
水素化反応は室温程度でも進行するが、適切な温度に加熱することにより反応速度(触媒回転率)を向上させることができる。本発明の水素化反応工程における前記接触の際の温度は、通常は0〜100℃、好ましくは20〜80℃の範囲で調整される。
【0098】
水素化反応触媒の使用量は、前記接触の際の混合物中の金属ホスフィン錯体の濃度が、通常は0.01〜500μmol/mL、好ましくは10〜100μmol/mLとなる範囲で調整され、混合物中の不飽和化合物の濃度に応じてさらに調整してもよい。
【0099】
<ギ酸製造用触媒およびギ酸の製造方法>
本発明の水素製造用触媒および水素化反応用触媒のために用いられる、一般式(1)等で表される金属ホスフィン錯体は、ギ酸製造用の触媒のために用いることもできる。すなわち、本発明は別の側面において、一般式(1)等で表される金属ホスフィン錯体を構成成分として含むギ酸製造用触媒、および当該触媒の存在下に、水素および二酸化炭素からギ酸を生成させる工程を含むギ酸の製造方法を提供する。この工程は、適切な条件下で本発明のギ酸製造用触媒と水素および二酸化炭素とを接触させ、下記の反応式で表される反応を進行させることにより行われる。
【0100】
2+CO2 → HCOOH
上記のギ酸生成工程における前記接触の際の温度は、通常は0〜200℃、好ましくは40〜200℃の範囲で調整される。前記接触の際の圧力(反応系内の全圧)は、通常は1〜100気圧、好ましくは1〜70気圧の範囲で調整される。また、ギ酸製造用触媒の使用量は、前記接触の際の反応系内中の金属ホスフィン錯体の濃度が、通常は0.001〜100μmol/mL、好ましくは0.01〜100μmol/mLとなる範囲で調整される。
【0101】
<燃料電池>
本発明の水素の製造方法は、水素ガスを利用する各種の装置や機器に適用することができ、その対象は特に限定されるものではないが、本発明の水素製造用触媒の優れた性能に鑑みて、たとえば燃料電池への適用性に優れている。本発明の水素製造用触媒を構成成分として含む燃料電池は、従来の水素製造用触媒が用いられている燃料電池において、その水素製造用触媒に代えて本発明の水素製造用触媒を用い、必要であれば適切な改変を加えることにより製造することができる。
【実施例】
【0102】
[イリジウムヒドリド錯体:IrH3L3またはIrH3(CO)L2の合成]
以下の実験例で合成したイリジウムヒドリド錯体A〜Hおよびそれぞれが有する配位子a〜hの化学構造、ならびに公知のイリジウムヒドリド錯体I〜Jおよびそれぞれが有する配位子i〜jの化学構造は下記表に示す通りである。なお、イリジウムヒドリド錯体A、BおよびEは式(1)の定義を満たす錯体であり、その他のイリジウムヒドリド錯体は式(1)の定義を満たさない、参考例としての錯体である。
【0103】
【表1】
【0104】
実施例1−1
イリジウムヒドリド錯体A(IrH3(CO)(PCy2(4-dmaPh))2)の合成(下記合成スキーム参照):アルゴン雰囲気下でシュレンク管にジシクロヘキシル(4−ジメチルアミノフェニル)ホスフィン(a)(95.2 mg, 0.30 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20 .0 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)2 mL加え、密栓した後、60℃で1時間撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールで洗浄し、黄白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Aを得た(32.9 mg, 0.04 mmol)。
【0105】
【化1】
【0106】
イリジウムヒドリド錯体Aの分光学的データ(図1図4参照):
1H NMR (CD2Cl2), δ: 7.76-7.81 (m, 4H), 6.69-6.71 (m, 4H), 2.97 (s, 12H), 1.07-2.08 (m, 44H), [mer: -11.33 (td, 2H), -12.66 (tt, 1H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: 28.4 (s)
13C NMR (CD2Cl2), δ: 179.5 (CO)
IR (Nujol, cm-1), ν: 2081, 2036, 1953, 1934, 1776 (IrH, CO)。
【0107】
実施例1−2
イリジウムヒドリド錯体B(IrH3(CO)(P(4-MeOPh)3)2)の合成(下記合成スキーム参照):アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン(b)(35.2 mg, 0.10 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20.0 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン1 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)0.5 mL加え、密栓した後、60℃で1時間撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールを加えて一晩撹拌した後に洗浄し、白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Bを得た(8.8 mg, 0.01 mmol)。
【0108】
【化2】
【0109】
イリジウムヒドリド錯体Bの分光学的データ:
1H NMR (C6D6), δ: 7.60-8.10 (m, 12H), 6.62-6.78 (m, 12H), 3.23 (s, 18H), [mer: -9.03 (td, JH-P = 16.8 Hz, JH-H = 4.4 Hz, 2H), -9.61 (tt, JH-P = 19.6 Hz, JH-H = 4.4 Hz, 1H)], [fac: -9.24 (t, JH-P = 18.4 Hz, 1H), -10.41 (ddd, JH-P = 105.5, 17.6 Hz, JH-H = 2.0 Hz, 2H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: [mer: 9.16 (s)], [fac: 1.37 (s)]。
【0110】
参考例1−3
イリジウムヒドリド錯体C(IrH3(CO)(P(3-SO3NaPh)3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリス(3−スルホネートフェニル)ホスフィン水和物・ナトリウム塩(c)(42.6 mg, 0.075 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(10 .0 mg, 0.025 mmol)を加えた。シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)0.5 mL加え、密栓した後、60℃で1時間撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールで洗浄し、白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Cを得た(46.6 mg)。
イリジウムヒドリド錯体Cの分光学的データ:
1H NMR (D2O), δ: 6.97-8.00 (m, 24H), [fac: -10.64 (t, JH-P = 18.4 Hz, 1H), -11.83 (ddd, JH-P = 102.7, 20.4 Hz, JH-H = 4.8 Hz, 2H)]。
【0111】
参考例1−4
イリジウムヒドリド錯体D(IrH3(PPh2(C6F5))3)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にジフェニル(ペンタフルオロフェニル)ホスフィン(d)(52.8 mg, 0.15 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20 .0 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン1 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)0.5 mL加え、密栓した後、60℃で15分撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールで洗浄し、白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Dを得た(23.9 mg, 0.02 mmol)。
イリジウムヒドリド錯体Dの分光学的データ:
1H NMR (CD2Cl2), δ: 7.58-7.60 (m, 12H), 7.20-7.23 (m, 18H), [fac: -12.18 (dd, JH-P = 85.5 Hz, JH-P = 20.4 Hz, 3H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: 2.97 (s)。
【0112】
実施例1−5
イリジウムヒドリド錯体E(IrH3(CO)(P(4-dmaPh)Ph2)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管に(4−ジメチルアミノフェニル)ジフェニルホスフィン(e)(122.1 mg, 0.4 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(80 .0 mg, 0.2 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン4 mLを加え、密栓した後、15℃で12時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)2.5 mL加え、密栓した後、60℃で1時間撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールを加えて一晩撹拌した後に洗浄し、白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Eを得た(115.9 mg, 0.14 mmol)。
イリジウムヒドリド錯体Eの分光学的データ:
1H NMR (CD2Cl2), δ: 7.17-7.68 (m, 24H), 6.51-6.53 (m, 4H), 2.99 (s, 12H), [mer: -10.08 (td, JH-P = 16.8 Hz, JH-H = 4.8 Hz, 2H), -10.48 (tt, JH-P = 18.8 Hz, JH-H = 5.2 Hz, 1H)], [fac: -10.18 (t, JH-P = 18.4 Hz, 1H), -11.64 (ddd, JH-P = 103.5, 19.2 Hz, JH-H = 2.4 Hz, 2H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: [mer: 13.9 (s)], [fac: 5.62 (s)]。
【0113】
参考例1−6
イリジウムヒドリド錯体F(IrH3(CO)(PiPr3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリイソプロピルホスフィン(f)(172 μL, 0.90 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(120.0 mg, 0.30 mmol)を加えた。シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)3 mL加え、密栓した後、60℃で3分撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールで洗浄し、黄色の粉体として錯体Fを得た(26.5 mg)。
イリジウムヒドリド錯体Fの分光学的データ:
1H NMR (CD2Cl2), δ: 2.00 (m, 6H), 1.17 (m, 36H), [mer: -12.16 (td, JH-P = 15.2 Hz, JH-H = 4.8 Hz, 2H), -12.97 (tt, JH-P = 19.2 Hz, JH-H = 4.8 Hz, 1H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: 41.7 (s)。
【0114】
参考例1−7
イリジウムヒドリド錯体G(IrH3(CO)(PBz3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリベンジルホスフィン(g)(45.7 mg, 0.15 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20.0 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン1 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)1.5 mL加え、密栓した後、60℃で1時間撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールで洗浄し、白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Gを得た(28.2 mg, 0.03 mmol)。
イリジウムヒドリド錯体Gの分光学的データ:
1H NMR (CD2Cl2), δ:7.05-7.27 (m, 30H), 3.25 (s, 12H), [mer: -11.80 (td, JH-P = 16.8 Hz, JH-H = 4.8 Hz, 2H), -11.99 (tt, JH-P = 20.0 Hz, JH-H = 4.8 Hz, 1H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: 6.63 (s)。
【0115】
参考例1−8
イリジウムヒドリド錯体H(IrH3(P(4-MeOPh)3)3)の合成(下記合成スキーム参照):アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン(b)(52.9 mg, 0.15 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20.0 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン1 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、シリンジで脱気したギ酸水溶液(98 vol%)0.5 mL加え、密栓した後、60℃で1時間撹拌した。反応後は、ギ酸水溶液を減圧下で除去し、エタノールで洗浄し、白色の粉体としてイリジウムヒドリド錯体Hを得た(38.9 mg, 0.03 mmol)。
イリジウムヒドリド錯体Hの分光学的データ:
1H NMR (CD2Cl2), δ: 6.85-7.19 (m, 18H), 6.38-6.68 (m, 18H), 3.72 (s, 27H), [mer: -11.1 (q, JH-P = 23.6 Hz, 3H)]
31P[1H] NMR (CD2Cl2), δ: 14.12 (d)。
【0116】
【化3】
【0117】
[イリジウムヒドリド錯体:IrH3L3またはIrH3(CO)L2を用いたギ酸分解反応]
実施例/参考例2−1〜2−10
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管に所定量の前記イリジウムヒドリド錯体(A、B、C、D、E、F、G、H)とギ酸水溶液(98 vol%、0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。また、既知のイリジウムヒドリド錯体である、配位子にトリフェニルホスフィン(PPh3)を有するIrH3(CO)(PPh3)2(錯体I)またはトリシクロヘキシルホスフィン(PCy3)を有するIrH3(CO)(PCy3)2(錯体J)をギ酸分解反応用の触媒として用いて、上記と同様の実験を行った。実施例/参考例2−1〜2−10の結果を表1に示す。
【0118】
【表2】
【0119】
実施例3−1〜3−7
アルゴン雰囲気下でシュレンク管にイリジウムヒドリド錯体A(2.2 mg、2.0 μmol)と所定濃度のギ酸水溶液(10 mL)を加えてガラス栓をし、シュレンク管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、このシュレンク管のコックを開放して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことでシュレンク管内の圧力を一定に保った。反応後に、シュレンク管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。実施例3−1〜3−7の結果を下記表に示す。
【0120】
【表3】
【0121】
実施例4−1〜4−6
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管にイリジウムヒドリド錯体A(1.4 mg、1.6 μmol)とギ酸水溶液(60 vol%、2.5 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に所定の温度で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。実施例4−1〜4−6の結果を表4と図5に示す。
【0122】
【表4】
【0123】
実施例5−1〜5−4
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管にイリジウムヒドリド錯体A(1.4 mg、1.6 μmol)と所定量のギ酸水溶液(98 vol%)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。実施例5−1〜5−4の結果を表5に示す。
【0124】
【表5】
【0125】
実施例6−1〜6−9
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管にイリジウムヒドリド錯体A(1.4 mg、1.6 μmol)とギ酸水溶液(98 vol%、1.0 mL)、所定量の添加物を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。実施例6−1〜6−9の結果を表6に示す。
【0126】
【表6】
【0127】
[イリジウム錯体:Ir(acac)L2の合成]
以下の実験例で合成したイリジウム錯体A〜Iおよびそれらの配位子a〜iの化学構造は表7に示す通りである。なお、これらのイリジウム錯体はいずれも、式(1)の定義を満たさない、参考例としての錯体である。
【0128】
【表7】
【0129】
参考例7−1
イリジウム錯体A(Ir(acac)(P(4-MeOPh)3)2)の合成(下記合成スキーム参照):アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリス(4−メトキシフェニル)ホスフィン(a)(35.2 mg, 0.10 mmol)とアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20.0 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン1 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、ヘキサンで洗浄し、黄色の粉体としてイリジウム錯体Aを得た(44.1 mg, 0.04 mmol)。
イリジウム錯体Aの分光学的データ:
1H NMR (C6D6), δ: 7.77-7.94 (m, 12H), 6.66-6.74 (m, 12H), 5.43 (s, 1H), 3.28 (s, 18H), 1.44 (s, 6H)
31P[1H] NMR (C6D6), δ: 13.9 (s)。
【0130】
【化4】
【0131】
参考例7−2
イリジウム錯体B(Ir(acac)(P(4-dmaPh)Ph3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20 mg, 0.05 mmol)と(4−ジメチルアミノフェニル)ジフェニルホスフィン(b)(30.5 mg, 0.10 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン(1 mL)を加えて、密栓した後、室温で12時間撹拌した。反応後は析出した黄白色の固体としてイリジウム錯体Bを回収した。
イリジウム錯体Bの分光学的データ:
1H NMR (C6D6), δ: 7.94-8.03 (m, 12H), 7.00-7.20 (m, 12H), 6.37-6.39 (m, 4H), 5.40 (s, 1H), 2.43 (s, 12H), 1.38 (s, 6H)
31P[1H] NMR (C6D6), δ: 16.3(s)。
【0132】
参考例7−3
イリジウム錯体C(Ir(acac)(PPh3(4-MeOPh))2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(20 mg, 0.05 mmol)とジフェニル(4−メチルフェニル)ホスフィン(c)(13.8 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン(1 mL)を加えて、密栓した後、80度で12時間撹拌した。反応後は1,2−ジメトキシエタンを減圧下で留去し、ヘキサンを用いて洗浄し、黄色の粉体としてイリジウム錯体Cを得た。
【0133】
参考例7−4
イリジウム錯体D(Ir(acac)(PCy3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(40 mg, 0.1 mmol)とトリシクロヘキシルホスフィン(d)(56 mg, 0.2 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン(2 mL)を加えて、密栓した後、80度で3.5時間撹拌した。反応後は1,2−ジメトキシエタンを減圧下で留去し、粘性の高い茶色の固体としてイリジウム錯体Dを得た。
【0134】
参考例7−5
イリジウム錯体E(Ir(acac)(PBu3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にアセチルアセトナートイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(26 mg, 0.05 mmol)とトリブチルホスフィン(e)(24.6 mL, 0.10 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン(1 mL)を加えて、密栓した後、室温で3時間撹拌した。反応後は1,2−ジメトキシエタンを減圧下で留去し、粘性の高い茶色の固体としてイリジウム錯体Eを得た。
【0135】
参考例7−6
イリジウム錯体F(Ir(acac)(dppe))の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管に合成したアセチルアセトナートイリジウムビス(シクロオクテン)(26 mg, 0.05 mmol)と1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン(f)(19.9 mg, 0.05 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン(1.5 mL)を加えて、密栓した後、室温で24時間撹拌した。反応後は析出したオレンジ色の粉体としてイリジウム錯体Fを回収した。
イリジウム錯体Fの分光学的データ:
1H NMR (CDCL3), δ: 7.25-7.37 (m, 20H), 6.30 (s, 1H), 2.13 (s, 10H)
31P[1H] NMR (CDCL3), δ: 66.5 (s)。
【0136】
参考例7−7
イリジウム錯体G(Ir(acac-Ph2)(PPh3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリフェニルホスフィン(g)(57.7 mg, 0.22 mmol)と合成した(1,3−ジフェニル−1,3−プロパンジオナト)イリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(52.4 mg, 0.10 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン2 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、ヘキサンで洗浄し、茶色の粉体としてイリジウム錯体Gを得た(77.1 mg, 0.08 mmol)。
イリジウム錯体Gの分光学的データ:
1H NMR (C6D6), δ: 7.91-8.02 (m, 12H), 7.33-7.35 (m, 4H), 7.20-7.26 (m, 6H), 6.95-7.08 (m, 18H), 6.73 (s, 1H)
31P[1H] NMR (C6D6), δ: 17.9 (s)。
【0137】
参考例7−8
イリジウム錯体H(Ir(acac-tBu2)(PPh3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管にトリフェニルホスフィン(h)(57.7 mg, 0.22 mmol)と合成した(1,3−ジ−tert−ブチル−1,3−プロパンジオナト)イリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(48.4 mg, 0.10 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン2 mLを加え、密栓した後、80℃で3.5時間撹拌した。反応後、1,2−ジメトキシエタンを減圧下で除去し、ヘキサンで洗浄し、黄色の粉体としてイリジウム錯体Hを得た(49.8 mg, 0.06 mmol)。
イリジウム錯体Hの分光学的データ:
1H NMR (C6D6), δ: 7.87-7.91 (m, 18H), 6.89-6.91 (m, 12H), 6.17 (s, 1H), 0.89 (s, 18H)
31P[1H] NMR (C6D6), δ: 19.1 (s)。
【0138】
参考例7−9
イリジウム錯体I(Ir(Ph-Im)(PPh3)2)の合成:アルゴン雰囲気下でシュレンク管に合成したフェノキシイミンイリジウム(1,5−シクロオクタジエン)(51.1 mg, 0.1 mmol)とトリフェニルホスフィン(i)(52.5 mg, 0.2 mmol)を加えた。シリンジで脱気した1,2−ジメトキシエタン(2 mL)を加えて、密栓した後、80度で12時間撹拌した。反応後は、析出したオレンジ色の粉体としてイリジウム錯体Iを回収した。
イリジウム錯体Iの分光学的データ:
1H NMR (C6D6), δ: 8.01 (s, 1H), 6.57-7.45 (m, 38H), 2.28 (s, 3H)
31P[1H] NMR (C6D6), δ: 6.32 (s)。
【0139】
[イリジウム錯体:Ir(acac)L2を用いたギ酸分解反応]
参考例8−1〜8−9
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管に所定量の前記イリジウム錯体(A、B、C、D、E、F、G、H、I)(5.0 μmol)とギ酸水溶液(98 vol%、0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した(触媒回転率:反応初期1時間当たりの触媒回転数)。参考例8−1〜8−9の結果を表8に示す。発生ガスの定性分析はガスクロマトグラフ装置(TCD)を用い、発生ガスは水素と二酸化炭素であり、一酸化炭素は発生していないことを確認した(図6)。
【0140】
【表8】
【0141】
参考例9−1〜9−9
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管に既知のイリジウム錯体(4.8 mg, 5.0 μmol)とギ酸水溶液(98 vol%、0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。参考例9−1〜9−9の結果を表9に示す。
【0142】
【表9】
【0143】
参考例10−1〜10−7
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管にイリジウム錯体G(2.4 mg, 2.5 μmol)と所定濃度のギ酸水溶液(0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。参考例10−1〜10−7の結果を表10に示す。
【0144】
【表10】
【0145】
参考例11−1〜11−4
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管にイリジウム錯体G(4.8 mg, 5.0 μmol)とギ酸水溶液(98 vol%、0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に所定の温度で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、シュレンク管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。参考例11−1〜11−4の結果を表11に示す。
【0146】
【表11】
【0147】
参考例12−1〜12−4
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管に所定量のイリジウム錯体Gとギ酸水溶液(98 vol%、0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。参考例12−1〜12−4の結果を表12に示す。
【0148】
【表12】
【0149】
参考例13−1
アルゴン雰囲気下でガラス式試験管にイリジウム錯体G(4.8 mg, 5.0 μmol)とギ酸水溶液(98 vol%、0.095 mL)を加えてセプタムで栓をし、試験管の全重量を計測した後に60℃で1時間加熱した。この際、セプタムにシリンジ針を刺して発生する水素と二酸化炭素を外へ逃がすことで試験管内の圧力を一定に保った。反応後に、試験管の重量を計測し、重量減少量から触媒回転率を算出した。その後、減少したギ酸の量だけ再度試験管に加えて、30分ごとに反応したギ酸量を添加しながら10時間連続的に反応させた。参考例13−1の結果を図7に示す。
【0150】
実施例14−1
ネジ式試験管に、イリジウムヒドリド錯体A(3mg,0.0025mmol)、ジフェニルアセチレン(89mg,0.5mmol)、ギ酸(98vol%,20μL,0.5mmol)、溶媒として1,4−ジオキサン(0.5mL)を加え、アルゴン雰囲気下で密閉した。アルミ製ヒートブロックを用いて80℃で2時間加熱した。生成物をガスクロマトグラフ装置で分析したところ、cis−スチルベンが42%収率、trans−スチルベンが4%収率、ビベンジルが1%収率でそれぞれ得られた。原料のジフェニルアセチレンの回収率は42%だった。すなわち、水素ガスを全く加えなくても、水素化生成物であるcis−スチルベン、trans−スチルベン、ビベンジルが得られた。ビベンジルが生成したことから、イリジウムヒドリド錯体Aは、炭素−炭素二重結合をもつ化合物(例えばスチルベン)の水素化反応も触媒することがわかった。
【0151】
実施例14−2
ネジ式試験管に、イリジウムヒドリド錯体A(3mg,0.0025mmol)、ジフェニルアセチレン(89mg,0.5mmol)、ギ酸(98vol%,20μL,0.5mmol)、溶媒として1,4−ジオキサン(0.5mL)を加え、アルゴン雰囲気下で密閉した。20℃で12時間撹拌した。生成物をガスクロマトグラフ装置で分析したところ、cis−スチルベンが2%収率、trans−スチルベンが1%収率でそれぞれ得られた。原料のジフェニルアセチレンの回収率は97%だった。このように20℃の条件下でも、触媒的な水素化反応が進行することがわかった。
図5
図7
図1
図2
図3
図4
図6