【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
実施例1における摩擦締結要素の温度推定演算装置を、「全体システム構成」、「クラッチ温度推定演算処理構成」、「発熱演算構成」、「放熱演算構成」に分けて説明する。
【0011】
[全体システム構成]
図1は、実施例1における摩擦締結要素の温度推定演算装置が適用された後輪駆動車(車両の一例)の駆動系及び制御系を示す。以下、
図1に基づいて、全体システム構成を説明する。
【0012】
後輪駆動車の駆動系は、
図1に示すように、エンジン1と、自動変速機2と、プロペラシャフト3と、ディファレンシャル4と、左ドライブシャフト5と、右ドライブシャフト6と、左後輪7と、右後輪8と、を有する。なお、9は左前輪、10は右前輪であり、従動輪である。
【0013】
前記自動変速機2は、ロックアップクラッチ21を有するトルクコンバータ22と、変速要素としての複数のクラッチ23とギヤトレーンを有し、クラッチ架け替え制御により有段階の変速段を自動的に切り替える変速機構24と、を備えている。ロックアップクラッチ21は、エンジン出力軸25と変速機入力軸26との間に介装される。クラッチ23は、変速機入力軸26と変速機出力軸27との間であって、選択された変速段でのトルク伝達経路に介装される。なお、
図1では、1つのクラッチ23のみを示す。
【0014】
前記ロックアップクラッチ21及び前記クラッチ23は、何れも駆動力伝達系に介装され、完全締結/スリップ締結/開放の動作状態が達成される摩擦締結要素として、駆動系温度推定演算の対象とすることが可能である。但し、実施例1では、変速機構24に介装された変速要素であり、湿式の多板摩擦クラッチや多板摩擦ブレーキにより構成されたクラッチ23を、温度推定演算の対象として以下説明する。
【0015】
後輪駆動車の制御系は、
図1に示すように、ATコントローラ11と、車速センサ12と、アクセル開度センサ13と、タービン回転数センサ14と、クラッチ23の出力側回転数Noを検出するアウトプット回転数センサ15と、ライン圧センサ16と、ATF油温センサ17と、イグニッションスイッチ18と、を有して構成されている。
【0016】
前記ATコントローラ11は、アップ変速及びダウン変速を制御する変速制御処理部30と、クラッチ温度推定演算処理部31と、を備える。そして、クラッチ温度推定演算処理部31は、発熱演算部32と放熱演算部33を有する。
【0017】
前記車速センサ12とアクセル開度センサ13は、ATコントローラ11にて変速制御を行う際、アップ変速線及びダウン変速線が決められた図外の変速マップ上での現在の運転点を決める変速情報として用いられる。ここで、変速マップとは、車速とアクセル開度を座標軸とし、アップ変速線とダウン変速線を設定したマップをいう。
【0018】
前記タービン回転数センサ14とアウトプット回転数センサ15とライン圧センサ16とATF油温センサ17は、クラッチ温度推定演算を行う際、クラッチ相対回転数情報やライン圧情報やATF油温情報として用いられる。ここで、ライン圧PLとは、クラッチ23の元圧となる油圧であり、図外のプレッシャレギュレータバルブでアクセル開度等に応じた調圧により作り出される。なお、プレッシャレギュレータバルブでの調圧動作のとき、ライン圧PLと共にドレーン油が作り出され、ライン圧PLが高いほど流量を増すドレーン油がクラッチ23の潤滑油とされる。ATF油温とは、変速機構24で変速油圧や潤滑油として用いる変速機作動油(ATF)の温度である。
【0019】
[クラッチ温度推定演算処理構成]
図2は、ATコントローラ11のクラッチ温度推定演算処理部31にて実行されるクラッチ温度推定演算処理の流れを示すフローチャートである。以下、クラッチ温度推定演算処理構成を示す各ステップについて説明する。なお、所定の演算周期毎に演算処理が繰り返し実行される。
【0020】
ステップS0では、イグニッションスイッチオン操作によるスタートのとき、ATF油温センサ17からのATF油温をクラッチ温度初期値とし、ステップS1へ進む。
【0021】
ステップS1では、ステップS0でのTpv=ATF油温、あるいは、ステップS10でのイグニッションスイッチ18がオンであるとの判断に続き、クラッチ温度前回値Tpvに、発熱演算による上昇温度ΔT(up)から放熱演算による下降温度ΔT(down)を差し引いた変化温度ΔTを加算することで、クラッチ温度今回値Tnowを推定算出し、ステップS2へ進む(摩擦締結要素推定温度演算手段)。
ここで、放熱演算のみが行われるときは、クラッチ温度前回値Tpvから下降温度ΔT(down)を差し引いてクラッチ温度今回値Tnowが推定算出される。(S1の式におけるΔT(up)を0とする。)仮にクラッチ温度今回値Tnowが、ATF油温以下として算出されるときは、クラッチ温度を初期化(クラッチ温度今回値Tnow=ATF油温)し、ATF油温を下限温度としてクラッチ温度推定演算を管理する。
【0022】
ステップS2では、ステップS1でのクラッチ温度今回値Tnowの推定算出に続き、クラッチ23は完全締結状態、あるいは、開放状態であるか否かを判断する。Yes(完全締結/開放状態)の場合はステップS3へ進み、No(完全締結/開放状態以外)の場合はステップS4へ進む。
ここで、ATコントローラ11からクラッチ23への指令がライン圧PLによる締結指令であるとき完全締結状態と判断し、ATコントローラ11からクラッチ23への指令がクラッチ開放指令であるとき開放状態と判断する。
【0023】
ステップS3では、ステップS2での完全締結/開放状態であるとの判断に続き、クラッチ23の摩擦材から放出される放熱量に基づいて、単位時間当たりの下降温度ΔT(down)を演算し、ステップS10へ進む(放熱演算手段)。
この放熱演算では、完全締結状態あるいは開放状態であるクラッチ23の摩擦材の周りを通過する潤滑油量を推定し、この推定潤滑油量に基づいて、摩擦材から潤滑油への熱伝達により放出される放熱量を演算する。なお、ステップS3,S6,S9での詳しい放熱演算については後述する。
【0024】
ステップS4では、ステップS2での完全締結/開放状態以外であるとの判断に続き、クラッチ23はスリップ締結状態であるか否かを判断する。Yes(スリップ締結状態)の場合はステップS5へ進み、No(スリップ締結状態以外)の場合はステップS7へ進む。
【0025】
ステップS5では、ステップS4でのスリップ締結状態であるとの判断に続き、クラッチ23の摩擦材間で生じる発熱量に基づいて、単位時間当たりの上昇温度ΔT(up)を演算し、ステップS6へ進む(発熱演算手段)。
この発熱演算では、スリップ発熱中に、両プレート間の発熱部からベースプレートを介して外部に放出される放熱分を考慮する。なお、ステップS5,S8での詳しい発熱演算については後述する。
【0026】
ステップS6では、ステップS5での発熱演算に続き、クラッチ23の摩擦材から放出される放熱量に基づいて、単位時間当たりの下降温度ΔT(down)を演算し、ステップS10へ進む(放熱演算手段)。この放熱演算では、スリップ締結状態であるクラッチ23の摩擦材の周りを通過する潤滑油量を推定し、この推定潤滑油量に基づいて、摩擦材から潤滑油への熱伝達により放出される放熱量を演算する。
【0027】
ステップS7では、ステップS4でのスリップ締結状態以外であるとの判断に続き、クラッチ23は変速処理中であるか否かを判断する。Yes(変速処理中)の場合はステップS8へ進み、No(変速処理中以外)の場合はステップS10へ進む。このステップS7にて、変速処理中以外と判断されたときは、所定のフェールセーフ処理に従う。
【0028】
ステップS8では、ステップS7での変速処理中であるとの判断に続き、クラッチ23の摩擦材間で生じる発熱量に基づいて、単位時間当たりの上昇温度ΔT(up)を演算し、ステップS9へ進む(発熱演算手段)。この発熱演算では、変速処理中に、両プレート間の発熱部からベースプレートを介して外部に放出される放熱分を考慮する。
【0029】
ステップS9では、ステップS8での発熱演算に続き、クラッチ23の摩擦材から放出される放熱量に基づいて、単位時間当たりの下降温度ΔT(down)を演算し、ステップS10へ進む(放熱演算手段)。
この放熱演算では、変速処理中であるクラッチ23の摩擦材の周りを通過する潤滑油量を推定し、この推定潤滑油量に基づいて、摩擦材から潤滑油への熱伝達により放出される放熱量を演算する。
【0030】
ステップS10では、ステップS3,S6,S9での放熱演算、あるいは、ステップS7での変速処理中以外であるとの判断に続き、イグニッションスイッチ18がオフか否かを判断する。Yes(IGN-OFF)の場合はエンドへ進み、No(IGN-ON)の場合はステップS1へ戻る。
【0031】
[発熱演算構成]
図3は、クラッチ温度推定演算処理部31のうち発熱演算部32を示し、
図4は、発熱演算部32で算出される発熱量(変速中における蓄熱発熱状況)を示す。以下、
図3及び
図4に基づき、発熱演算構成を説明する。
【0032】
前記発熱演算部32は、
図3に示すように、クラッチトルク算出部32aと、クラッチ相対回転算出部32bと、第2放熱係数算出部32cと、発熱量算出部32dと、除算部32eと、を備えている。
【0033】
前記クラッチトルク算出部32aは、下記の式によりクラッチトルクTcを算出する。
Tc=μ×N×D×(A×Pc−F)
但し、μ:摩擦材摩擦係数、N:クラッチ枚数、D:摩擦材有効径、A:ピストン受圧面積、Pc:クラッチ圧、F:リターンスプリング荷重である。なお、クラッチ圧Pcは、ATコントローラ11から出力されるクラッチ圧指令により推定される。
【0034】
前記クラッチ相対回転算出部32bは、下記の式によりクラッチ相対回転数ΔNを算出する。
ΔN=a×No+b×Nt
但し、No:アウトプット回転数、Nt:タービン回転数、a,bはギヤ段、締結要素によって変動する係数である。
【0035】
前記第2放熱係数算出部32cは、下記の式により第2放熱係数を算出する。
C×K
但し、C:比熱、K:摺動面熱伝達係数である。
比熱Cは、摩擦材として用いた素材により決まる。摺動面熱伝達係数Kは、スリップ摩擦による発熱中、ベースプレートを介した熱伝達により両摩擦材から外部に放出される放熱分を実験等により測定し、測定値に基づき固定値(>1)により与える。
【0036】
前記発熱量算出部32dは、下記の式により発熱量Σtを算出する。
Σt=Tc×ΔN
但し、Tc:クラッチトルク、ΔN:クラッチ相対回転数である。
ここで、変速中に締結される摩擦締結要素の発熱量Σtは、
図4に示すように、変速開始時刻t1から変速終了時刻t4の間のうち、クラッチ圧指令f(Pc)により特定されるクラッチ締結開始時刻t2からクラッチ締結完了時刻t3までの間での蓄積発熱量である。つまり、発熱量Σtは、クラッチトルクTcにクラッチ相対回転数ΔNを掛けて、時々刻々足し合わせる積分処理により求められ、積分なので相対回転の発生から相対回転がゼロになるまで上昇してゆく。
【0037】
前記除算部32eは、発熱量Σtを第2放熱係数で除算した下記の式により発熱による上昇温度ΔT(up)を算出する。
ΔT(up)={ΔN×μND×(A×Pc−F)×Δt/1000}/C×K …(1)
但し、Δtは演算周期であり、上昇温度ΔT(up)は、演算周期Δtによる単位時間当たりに上昇する温度をあらわす。
【0038】
[放熱演算構成]
図5は、クラッチ温度推定演算処理部31のうち放熱演算部33を示し、
図6(a)はライン圧感度マップの一例を示し、
図6(b)は面圧感度マップの一例を示し、
図7は放熱量マップの一例を示す。以下、
図5〜
図7に基づき、放熱演算構成を説明する。
【0039】
前記放熱演算部33は、
図5に示すように、潤滑量算出部33aと、クラッチ温度推定部33bと、第1放熱係数算出部33cと、積算部33dと、放熱量算出部33eと、除算部33fと、を備えている。
【0040】
前記潤滑量算出部33aは、ライン圧感度算出部33a1からのライン圧感度f(PL)と、面圧感度算出部33a2からの面圧感度f(β)と、を掛け合わせた下記の式により、摩擦材周りの潤滑量f(L)を算出する。
f(L)=f(β)×f(PL)
ここで、潤滑量のライン圧感度f(PL)とは、ライン圧PLが高いほど潤滑量が増加傾向であることを表す感度であり、ライン圧PLを検出(または推定)し、
図6(a)に示すライン圧感度マップ(実験データに基づいて作成)を用いて求める。すなわち、潤滑量のライン圧感度f(PL)は、ライン圧PLの高さに比例して与えられるもので、線形特性にて変化しないものの、ライン圧PLが高いほど大きな値として求められる。
潤滑量の面圧感度f(β)とは、プレート隙間が密着するほど潤滑量が減少傾向であることを表す感度であり、ソレノイド調圧f(Pc)を読み込み、
図6(b)に示す面圧感度マップを用いて求める。すなわち、潤滑量の面圧感度f(β)は、隣接する摩擦材の開き度合いにより与えられるもので、開放中に最も高い値とされ、締結中に最も低い値とされ、スリップ中に開放中の値から締結中の値まで徐々に低下する値として求められる。
【0041】
前記クラッチ温度推定部33bは、前回の処理にて推定されたクラッチ温度前回値Tpvを読み込み、これをクラッチ推定温度とする。
なお、クラッチ温度推定部33bにおいては、下記の式により差温ΔTを算出するようにしても良い。これは、差温が高いほど放熱効果が高いという特性を有するためであり、クラッチ温度前回値Tpvを用いるのは、ATF油温が一定あると仮定した場合、クラッチ温度前回値Tpvが差温を表すことによる。
ΔT=Tpv−ATFtemp
但し、Tpv:クラッチ温度前回値、ATFtemp:ATF油温である。
【0042】
前記第1放熱係数算出部33cは、下記の式により第1放熱係数を算出する。
C×α
但し、C:比熱、α:有効潤滑流量係数である。
有効潤滑流量係数αは、
α=締結時面圧/平均面圧
の式により求められる。ここで、「締結時面圧(=スリップ締結〜完全締結)」とは、クラッチ23に生じている面圧のことであり、クラッチ油圧に応じた面圧となる。「平均面圧」とは、クラッチ作動環境内での平均面圧(例えば、最大油圧/2のときの面圧)をいう。そして、有効潤滑流量係数αは、締結時面圧がクラッチ油圧に応じて変動するため、締結時面圧が平均面圧のとき1となり、平均面圧より低圧側では放熱に有利になる値(<1)で与えられ、平均面圧より高圧側では放熱に不利になる値(>1)で与えられる。
【0043】
前記積算部33dは、潤滑量f(L)とクラッチ温度前回値Tpvの積算値を求める。積算値は、潤滑量f(L)が多いほど摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱効果が大きく、かつ、クラッチ温度前回値Tpvが高いほど摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱効果が大きいため、放熱効果をあらわす指標になる。
【0044】
前記放熱量算出部33eは、クラッチ23の状態が締結中、スリップ中、開放中の何れかであるかの情報と、クラッチ温度前回値Tpvと、
図7に示す放熱量マップを用いて、マップ選択係数Bを求める。そして、このマップ選択係数Bと、潤滑量f(L)とクラッチ温度前回値Tpvの積算値により下記の式にて放熱量f(t)を算出する。
f(t)=B×Tpv×f(L)
つまり、マップ選択係数Bは、
図7に示すように、クラッチ温度とクラッチの状態とに応じた放熱係数を選択するもので、その傾きはクラッチの状態に応じてB1(完全締結中)<B2(スリップ締結中)<B3(開放中)の関係となっている。
【0045】
前記除算部33fは、放熱量f(t)を第1放熱係数で除算した下記の式により放熱による下降温度ΔT(down)を算出する。
ΔT(down)=(f(t)×Δt/1000}/C×α …(2)
但し、Δtは演算周期であり、下降温度ΔT(down)は、演算周期Δtによる単位時間当たりに下降する温度をあらわす。
そして、上記(1),(2)式により、単位時間当たりの変化温度ΔTは、
ΔT=ΔT(up)−ΔT(down)
={ΔN×μND(APc−F)×Δt/1000}/C×K−(f(t)×Δt/1000}/C×α
…(3)
により与えられる。
【0046】
[クラッチ温度の推定精度向上作用]
上記のように、実施例1では、放熱演算部33は、クラッチ23の摩擦材の周りを通過する潤滑油量を推定し、この推定潤滑油量に基づいて、摩擦材から潤滑油への熱伝達により放出される放熱量f(t)を演算する構成を採用した。
すなわち、クラッチ23の摩擦材の周りを潤滑油が通過する際、摩擦材から潤滑油への熱伝達作用により、摩擦材で発生した摩擦熱が潤滑油に放出される。この放熱による温度低下を考慮しないと、クラッチ推定温度が必要以上に高く評価されることになる。
これに対し、摩擦材の周りを通過する潤滑油量を放熱演算に取り込むことで、摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱分が、発熱演算と放熱演算によるクラッチ23の温度推定に反映される。このように、摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱効果を考慮したことで、クラッチ23の温度推定精度が向上する。
【0047】
[放熱による下降温度算出精度の向上作用]
放熱演算部33による下降温度ΔT(down)の算出精度を向上させるには、放熱効果を発揮する摩擦材の周りを通過する潤滑油量を正確に把握する必要がある。以下、
図8及び
図9に基づき、放熱による下降温度算出精度の向上作用を説明する。
【0048】
まず、
図8に基づき、放熱演算ベースとなる摩擦材周りの潤滑量(プレート通過量)に対する潤滑油量推定要素との関係を説明する。
【0049】
ある潤滑油温度における摩擦材周りの潤滑量とクラッチ面圧の関係は、
図8の枠内の最大ライン圧PLmax及び最小ライン圧PLminにおける摩擦材周りの潤滑量の遷移特性に示すように、開放時のクラッチ面圧で最も潤滑量が多く、完全締結時のクラッチ面圧で最も潤滑量が少なく、その間の面圧状態では、開放時から完全締結時に向かって徐々に潤滑量が少なくなる特性を示す。
ここで、クラッチ面圧の大きさは、
図8の変速時油圧指令特性及びクラッチ面圧特性に示すように、変速時のソレノイド指令により把握することができる。一方、ある潤滑油温度における摩擦材周りの潤滑量とライン圧(PL圧)の関係は、
図8の枠内のPL圧の開放時特性及び完全締結時特性に示すように、最大ライン圧PLmaxのときに最も潤滑量が多く、最小ライン圧PLminのときに最も潤滑量が少なく、その間のライン圧状態では、最大ライン圧PLmaxから最小ライン圧PLminに向かって徐々に潤滑量が少なくなる特性を示す。
したがって、摩擦材周りの潤滑量を推定する際、「クラッチ面圧」と「ライン圧PL」と「潤滑油温度(潤滑油粘性)」が潤滑油量推定要素になる。
【0050】
次に、クラッチ温度を変化させたときの摩擦材周りの潤滑量(プレート通過量)と放熱量の関係は、
図8の右側枠外の関係特性に示すように、摩擦材周りの潤滑量が大きいほど放熱量は大きくなる。そして、クラッチ温度を低温から高温に変化させると、クラッチ温度が高温であるほど放熱量は大きくなる。
したがって、摩擦材周りの放熱量を推定する際、「クラッチ温度」が推定要素になる。なお、「クラッチ温度」に代え「クラッチ温度とATF油温の温度差」を用いても、温度差が大きくなればなるほど放熱量は大きくなる。
【0051】
以上によりクラッチ温度と放熱量の関係は、
図8の右側下の関係特性に示すように、クラッチが開放であるときは、クラッチ温度の上昇に対し大きな傾き勾配にて放熱量が増大し、クラッチが完全締結であるときは、クラッチ温度の上昇に対し小さな傾き勾配にて放熱量が増大する。なお、スリップ締結中は、クラッチ温度の上昇に対し完全締結勾配と開放勾配の中間的勾配にて放熱量が増大する。
【0052】
上記のように、実施例1では、放熱演算において、クラッチ23へ供給される締結圧の元圧であるライン圧PLが高圧であるほど、摩擦材の周りを通過する潤滑油量が多いと推定する構成を採用している。
したがって、ライン圧PLが高いほど潤滑量が多くなるという関係が放熱演算に反映され、ライン圧PLの大きさに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)が精度良く推定される。
【0053】
実施例1では、放熱演算において、クラッチ23の隣接する摩擦材の間隔が広いほど、摩擦材の周りを通過する潤滑油量が多いと推定するする構成を採用している。
すなわち、開放時は、
図9(a)に示すように、摩擦材の間隔が広いため、最も潤滑量f(L)が大きくなる。スリップ締結中は、
図9(b)に示すように、摩擦材の間隔が変動するため、摩擦材の間隔が狭くなるほど潤滑量f(L)が小さくなる。完全締結時は、
図9(c)に示すように、摩擦材の間隔が無くなるため、最も潤滑量f(L)が小さくなる。
したがって、摩擦材の間隔が広くなるほど潤滑量f(L)が多くなるという関係が放熱演算に反映され、摩擦材間隔の大きさに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)が精度良く推定される。
【0054】
実施例1では、放熱演算において、クラッチ23の推定温度(クラッチ温度前回値Tpv)が高いほど、摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱量が多いと推定するする構成を採用している。
したがって、クラッチ温度が高温であるほど放熱量が多くなるという関係が放熱演算に反映され、クラッチ温度の高さに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)が精度良く推定される。
【0055】
実施例1では、クラッチ23の摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱分をあらわす第1放熱係数(C×α)を演算する第1放熱係数算出部33cを設け、放熱演算において、第1放熱係数(C×α)の大きさに応じて放熱量f(t)を補正演算する構成を採用している。
したがって、クラッチ面圧が低くて摩擦材周りの潤滑量が多いほど放熱量が高くなるという関係が放熱演算に反映され、クラッチ面圧の大きさに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)が精度良く推定される。
【0056】
実施例1では、第1放熱係数算出部33cにおいて、摩擦材の素材により決まる比熱Cと、締結時面圧を平均面圧により除することで算出された有効潤滑流量係数αの積により第1放熱係数(C×α)を演算する構成を採用している。
すなわち、有効潤滑流量係数αは、平均面圧より低圧側では放熱に有利になる値(<1)で与えられ、平均面圧より高圧側では放熱に不利になる値(>1)で与えられる。これにより、摩擦材周りを流れる潤滑量のうち、放熱に使われる有効潤滑流量を、クラッチ面圧が低い領域では高めに評価し、逆に、クラッチ面圧が高い領域では低めに評価することで、実測値への一致性が高まる。
したがって、摩擦材周りを流れる潤滑量のうち、放熱に使われる有効潤滑流量を考慮することで、放熱による下降温度ΔT(down)が精度良く推定される。
【0057】
[発熱による上昇温度算出精度の向上作用]
発熱演算部32による上昇温度ΔT(up)の算出精度を向上させるには、発熱する摩擦材からベースプレートへの熱伝達により外部に放出される放熱を考慮する必要がある。以下、
図10に基づき、発熱中の放熱による下降温度算出精度の向上作用を説明する。
【0058】
実施例1では、クラッチ23の摩擦材が発熱しているとき、ベースプレートへの熱伝達により外部に放出される放熱分をあらわす第2放熱係数(C×K)を演算する第2放熱係数算出部32cを設ける。そして、発熱演算において、第2放熱係数(C×K)が大きな値であるほど、発熱量Σtを減少補正する演算を行う構成を採用している。
【0059】
すなわち、発熱量Σtを第2放熱係数(C×K)により除して上昇温度ΔT(up)を算出することで、
図10(a)に示すように、先行技術における時間に対するクラッチ温度特性の上昇勾配に比べ、実施例1における時間に対するクラッチ温度特性の上昇勾配が低く、より正確に推定可能となる。この第2放熱係数(C×K)のうち、摺動面熱伝達係数Kは、
図10(b)に示すように、スリップ摩擦による発熱中、ベースプレートを介しての熱伝達により外部に放出されるクラッチ23からの放熱分をあらわしている。
【0060】
したがって、発熱演算において、クラッチ23の摩擦材が発熱しているとき、ベースプレートへの熱伝達により外部に放出される放熱分を考慮することで、発熱による上昇温度ΔT(up)が精度良く推定される。
【0061】
次に、効果を説明する。
実施例1の摩擦締結要素の温度推定演算装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0062】
(1) 車両の駆動力伝達系に介装され、完全締結/スリップ締結/開放の動作状態が達成される摩擦締結要素(クラッチ23)において、
前記摩擦締結要素(クラッチ23)の摩擦材間で生じる発熱量Σtに基づいて、単位時間当たりの上昇温度ΔT(up)を演算する発熱演算手段(発熱演算部32)と、
前記摩擦締結要素(クラッチ23)の摩擦材から放出される放熱量f(t)に基づいて、単位時間当たりの下降温度ΔT(down)を演算する放熱演算手段(放熱演算部33)と、
前記上昇温度ΔT(up)から前記下降温度ΔT(down)を差し引いた温度を単位時間当たりの変化温度ΔTとし、前記摩擦締結要素(クラッチ23)の前回演算周期までの推定温度(クラッチ温度前回値Tpv)に前記変化温度ΔTを加算することで、今回の摩擦締結要素推定温度(クラッチ温度今回値Tnow)を演算する摩擦締結要素推定温度演算手段(クラッチ温度推定演算処理部31)と、を備え、
前記放熱演算手段(放熱演算部33)は、前記摩擦締結要素(クラッチ23)の摩擦材の周りを通過する潤滑油量を推定し、この推定潤滑油量に基づいて、前記摩擦材から潤滑油への熱伝達により放出される放熱量f(t)を演算する。
このため、摩擦材の周りを通過する潤滑油による放熱効果を考慮することで、摩擦締結要素(クラッチ23)の温度推定精度を向上させることができる。
【0063】
(2) 前記放熱演算手段(放熱演算部33)は、前記摩擦締結要素(クラッチ23)へ供給される締結圧の元圧であるライン圧PLが高圧であるほど、摩擦材の周りを通過する潤滑油量が多いと推定する。
このため、(1)の効果に加え、ライン圧PLが高いほど潤滑量が多くなるという関係が放熱演算に反映され、ライン圧PLの大きさに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)を精度良く推定することができる。
【0064】
(3) 前記放熱演算手段(放熱演算部33)は、前記摩擦締結要素(クラッチ23)の隣接する摩擦材の間隔が広いほど、摩擦材の周りを通過する潤滑油量f(L)が多いと推定する。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、摩擦材の間隔が広くなるほど潤滑量f(L)が多くなるという関係が放熱演算に反映され、摩擦材間隔の大きさに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)を精度良く推定することができる。
【0065】
(4) 前記放熱演算手段(放熱演算部33)は、前記摩擦締結要素(クラッチ23)の推定温度(クラッチ温度前回値Tpv)が高いほど、前記摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱量が多いと推定する。
このため、(1)〜(3)の効果に加え、クラッチ温度が高温であるほど放熱量が多くなるという関係が放熱演算に反映され、クラッチ温度の高さに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)を精度良く推定することができる。
【0066】
(5) 前記摩擦締結要素(クラッチ23)の摩擦材から潤滑油への熱伝達による放熱分をあらわす第1放熱係数(C×α)を演算する第1放熱係数演算手段(第1放熱係数算出部33c)を設け、
前記放熱演算手段(放熱演算部33)は、前記第1放熱係数(C×α)の大きさに応じて放熱量f(t)を補正演算する。
このため、(1)〜(4)の効果に加え、クラッチ面圧が低くて摩擦材周りの潤滑量が多いほど放熱量が高くなるという関係が放熱演算に反映され、クラッチ面圧の大きさに応じて、放熱による下降温度ΔT(down)を精度良く推定することができる。
【0067】
(6) 前記第1放熱係数演算手段(第1放熱係数算出部33)は、前記摩擦材の素材により決まる比熱Cと、締結時面圧を平均面圧により除することで算出された有効潤滑流量係数αの積により第1放熱係数(C×α)を演算する。
このため、(5)の効果に加え、摩擦材周りを流れる潤滑量のうち、放熱に使われる有効潤滑流量を考慮することで、放熱による下降温度ΔT(down)を精度良く推定することができる。
【0068】
(7) 前記摩擦締結要素(クラッチ23)の摩擦材が発熱しているとき、ベースプレートへの熱伝達により外部に放出される放熱分をあらわす第2放熱係数(C×K)を演算する第2放熱係数演算手段(第2放熱係数算出部32c)を設け、
前記発熱演算手段(発熱演算部32)は、前記第2放熱係数(C×K)が大きな値であるほど、発熱量Σtを減少補正する演算を行う。
このため、(1)〜(6)の効果に加え、発熱演算において、摩擦締結要素(クラッチ23)の摩擦材が発熱しているとき、ベースプレートへの熱伝達により外部に放出される放熱分を考慮することで、発熱による上昇温度ΔT(up)を精度良く推定することができる。
【0069】
以上、本発明の摩擦締結要素の温度推定演算装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0070】
実施例1では、温度推定の対象とする摩擦締結要素として、自動変速機2内に変速要素として有するクラッチ23の例を示した。しかし、温度推定の対象とする摩擦締結要素としては、スリップロックアップ制御を行うロックアップクラッチや、発進時・エンジン始動時・EV走行時においてスリップ制御するハイブリッド車用クラッチ、等であっても良い。要するに、車両の駆動力伝達系に介装され、完全締結/スリップ締結/開放の動作状態が達成される摩擦締結要素であれば適用可能である。
【0071】
実施例1では、発熱演算手段として、クラッチ23の摩擦材間で生じる発熱量Σtと第2放熱係数(C×K)に基づいて、単位時間当たりの上昇温度ΔT(up)を演算する発熱演算部32の例を示した。しかし、発熱演算手段としては、クラッチの摩擦材間で生じる発熱量に基づいて、単位時間当たりの上昇温度を演算するものであっても良い。
【0072】
実施例1では、放熱演算手段として、クラッチ23の摩擦材から放出される放熱量f(t)と第1放熱係数(C×α)に基づいて、単位時間当たりの上昇温度ΔT(up)を演算する放熱演算部33の例を示した。しかし、放熱演算手段としては、クラッチの摩擦材の周りを通過する潤滑油量を推定し、この推定潤滑油量に基づいて、摩擦材から潤滑油への熱伝達により放出される放熱量f(t)を演算するものであれば、具体的な放熱演算構成は、実施例1の放熱演算部33に限定されることはない。例えば、クラッチの摩擦材の周りを通過する潤滑油量の推定手法として、実施例1で示した潤滑量推定要素の一部を用いるもの、または、実施例1で示した潤滑量推定要素以外の要素を加えるようにしたものであっても良い。