(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5922552
(24)【登録日】2016年4月22日
(45)【発行日】2016年5月24日
(54)【発明の名称】拡散層の生産方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/88 20060101AFI20160510BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20160510BHJP
【FI】
H01M4/88 C
!H01M8/10
【請求項の数】5
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2012-228538(P2012-228538)
(22)【出願日】2012年10月16日
(65)【公開番号】特開2014-82076(P2014-82076A)
(43)【公開日】2014年5月8日
【審査請求日】2015年1月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000100780
【氏名又は名称】アイシン化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】特許業務法人明成国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100173037
【弁理士】
【氏名又は名称】増田 将典
(72)【発明者】
【氏名】柴田 幸弘
(72)【発明者】
【氏名】遠山 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】牧野 肇
【審査官】
▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】
特開2012−174378(JP,A)
【文献】
特開2009−231218(JP,A)
【文献】
特開2002−313359(JP,A)
【文献】
特開2007−073415(JP,A)
【文献】
特開2010−177081(JP,A)
【文献】
特開平08−088008(JP,A)
【文献】
特開2013−191537(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/88
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池用の拡散層の生産方法であって、
カーボンを含むペーストを生産する第1工程と、
前記第1工程において生産されたペーストを放置することにより前記ペーストに含まれるカーボンを凝集させることによって、前記ペーストを熟成させる第2工程と、
前記第2工程において熟成したペーストを用いて、拡散層を生産する第3工程と
を備える生産方法。
【請求項2】
前記熟成の期間は、30日から60日である請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記第2工程では、前記ペーストを容器に貯蔵し、
前記熟成によって、前記第1工程において生産されたペーストは、前記容器の高さ方向について底から1/4までの範囲においてカーボンの固形分が占める割合が増加し、前記第1工程の直後に対する前記割合の増分が10%から25%となる
請求項1又は請求項2に記載の生産方法。
【請求項4】
前記第2工程では、前記ペーストを容器に貯蔵し、
前記熟成によって、前記第1工程において生産されたペーストは、前記容器の高さ方向について底から1/4までの範囲においてカーボンの固形分が占める質量割合が増加し、前記質量割合の前記第2工程後の値が22質量%から25質量%となる
請求項1又は請求項2に記載の生産方法。
【請求項5】
前記第2工程では、前記ペーストを容器に貯蔵し、
前記熟成によって、前記第1工程において生産されたペーストは、前記容器の高さ方向について底から1/4までの範囲においてカーボンの固形分が占める質量割合が増加し、前記第1工程の直後に対する前記質量割合の増分が10%から25%となり、且つ、前記質量割合の前記第2工程後の値が22質量%から25質量%となる
請求項1又は請求項2に記載の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池の拡散層に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池を構成する拡散層の排水性を良好にするために、拡散層に金型を押し当てることによって、拡散層に貫通孔を形成する手法が知られている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−174621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記先行技術が有する課題は、拡散層に金型を押し当てる工程によって、コストが増大することである。その他、省資源化、生産の容易化、使い勝手の向上等が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記課題の少なくとも一部を解決するためのものであり、以下の形態として実現できる。
【0006】
(1)本発明の一形態によれば、燃料電池用の拡散層の生産方法が提供される。この生産方法は、カーボンを含むペーストを生産する第1工程と、前記第1工程において生産されたペーストを熟成させる第2工程と、前記第2工程において熟成したペーストを用いて、拡散層を生産する第3工程とを備える。この生産方法によれば、コストをあまり増大させない手法によって、燃料電池の性能を向上させることができる。ここで言う熟成とは、放置によって、カーボンを凝集させることである。カーボンが凝集したペーストを用いると、拡散層に生じるクラックが増えたり大きくなったりする。クラックが増えたり大きくなったりすると、排水性が向上し、この結果、燃料電池の性能が向上する。しかも、カーボンを凝集させるための熟成は、低コストである。
【0007】
以下の形態によれば、熟成を適切に行うことができる。
(2)上記生産方法において、前記熟成の期間は、30日から60日である。
(3)上記生産方法において、前記熟成は、前記第1工程において生産されたペーストにおけるカーボンの底部固形分を、増分が10%から25%となるように増加させる。
(4)上記生産方法において、前記熟成は、前記第1工程において生産されたペーストにおけるカーボンの底部固形分を、増加後の値が22%から25%となるように増加させる。
【0008】
本発明は、上記以外の種々の形態でも実現できる。例えば、ペーストの生産方法、又は燃料電池の生産方法として実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図3】熟成期間と、底部固形分の割合と、クラックの大きさとの関係。
【
図4】拡散層の透水圧と、底部固形分の割合との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、燃料電池10の一部の断面を示す。燃料電池10は、MEA(膜電極接合体)100と、アノード側セパレータ200aと、カソード側セパレータ200cとを備える。アノード側セパレータ200a及びカソード側セパレータ200cは、MEA100を挟持する。燃料電池10は、複数の単セルによるスタック構造を有する。
【0011】
MEA100は、触媒塗布膜(CCM:Catalyst Coated Membrane)130と、アノード側ガス拡散層140aと、カソード側ガス拡散層140cとを備える。触媒塗布膜130は、電解質膜110と、アノード側触媒層112aと、カソード側触媒層112cとを備える。アノード側ガス拡散層140aは、アノード側ガス拡散基材層114aと、アノード側MPL(Micro Porous Layer:マイクロポーラス層)116aとを備える。
【0012】
アノード側MPL116aは、アノード側ガス拡散基材層114a上に形成された後に、触媒塗布膜130に接合する。アノード側触媒層112aとアノード側ガス拡散層140aとがアノード側電極120aを構成する。
【0013】
カソード側ガス拡散層140cは、カソード側ガス拡散基材層114cと、カソード側MPL116cとを備え、アノード側ガス拡散層140aと同様な構成を有する。以下、アノード側ガス拡散層140aとカソード側ガス拡散層140cとをまとめて「両極拡散層140a,c」と言い、この他にも、アノード側とカソード側とに存在するものを、「両極」を頭に付けることでまとめて言う。
【0014】
図2は、両極拡散層140a,cの生産工程の概略を示すフローチャートである。
図2に示されるように、まず、ペーストを生産する(ステップS400)。ペーストの主な組成は、カーボンが70〜90質量%(全固形分比)、PTFEが15〜25質量%(全固形分比)、分散剤(界面活性剤)が5〜15質量%(カーボン固形分比)である。カーボンの条件として、粒径が20〜150nmであること、電池用途に使用可能な導電性を保有すること、及び、金属コンタミ(不純物としての金属の混入)がほとんど無いことを採用した。PTFEは、撥水処理剤として機能する。ペーストの物性として、固形分の割合が15〜25質量%、粘度(せん断速度が50/sの場合)が500〜2500mPa・s、貯蔵弾性率が500〜5500Paであることを条件とした。
【0015】
次に、ペーストを熟成させる(ステップS410)。ここで言うペーストの熟成とは、生産したペーストを放置することによって、ペーストに含まれるカーボンを凝集させることである。ペーストの熟成期間は、ゼロ日、30日、60日の3通りを採用した。熟成期間がゼロ日のペーストとは、生産直後のペーストを意味する。ゼロ日、30日、60日それぞれの熟成期間によるペーストの底部固形分の割合(以下「底部固形割合」と言う)は、それぞれ20質量%、22質量%、25質量%であった。底部固形割合について
図3を用いて説明する。
【0016】
図3は、熟成期間と、底部固形割合と、クラック(後述)の大きさとの関係を示す。底部固形割合とは、底部において、固形分がペーストに占める割合のことである。固形分は、カーボンとPTFEとが大半を占める。底部とは、ペーストを貯蔵する容器300の底部のことである。底部の範囲は、容器の大きさや形状に応じて任意に設定でき、例えば底から1/4までと設定できる。底部固形分の測定範囲は、底部の一部の範囲でも良いし、底部全体でも良い。一部を測定範囲として採用する場合は、できるだけ底の近くを対象にするのが好ましい。一部を測定範囲として採用する場合における測定は、例えば、測定範囲のペーストをスポイト等で採取し、採取したペーストの固形分の割合を測定することよって行う。または、容器300に入ったまま、測定範囲のペーストの粘度を測定することによって、固形分の割合を推定しても良い。
【0017】
続いて、熟成させたペーストを、攪拌した後に、両極ガス拡散基材層114a,cにダイ塗工する(ステップS420)。塗工の条件は、単位時間当たりの吐出量が1.5ml/s、塗工速度が2m/minである。
【0018】
両極ガス拡散基材層114a,114cの材料には、例えば、カーボンペーパやカーボンクロス等のカーボン多孔質体や、金属メッシュや発泡金属等の金属多孔質体が採用される。両極ガス拡散基材層114a,cには、撥水処理が施される。この撥水処理は、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)やテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)等の分散液に浸漬することによって行う。
【0019】
最後に、両極ガス拡散層114a,cに塗工されたペーストを焼成する(ステップS430)。焼成の時間は4minとした。焼成の温度は、250〜350℃の範囲から決定した。
【0020】
図4は、拡散層の透水圧と底部固形割合との関係を示すグラフである。両極拡散層の透水圧とは、触媒塗布膜130から両極MPL116a,cに水が透過するために要する圧力のことである。透水圧は、値が低い方が、燃料電池の性能にとって好ましい。透水圧の値が低いと言うことは、排水性が良いことを意味するからである。排水性が良くなれば、発電性能や耐久性が向上する。
【0021】
図4に示されるように、底部固形割合が20%の場合、透水圧は67±1.8(平均±標準偏差)kPaであった。底部固形割合が22%の場合、透水圧は25±0.9kPaであった。底部固形割合が25%の場合、透水圧は13±1.4kPaであった。測定は、それぞれの場合について10回、行った。
【0022】
このように、底部固形分が大きくなるにつれて透水圧が低下する理由は、
図3に示されるように、底部固形分が大きくなるにつれて、両極MPL116a,cのクラックが大きくなったからであると考えられる。このようにクラックが大きくなったのは、
図3に示されるように、熟成が進むにつれて、ペーストに含まれるカーボンの凝集が進行したからと考えられる。熟成ゼロ日の状態におけるカーボンは、分散剤と攪拌とによって、あまり凝集していないと共に、容器全体に分散している。この状態から熟成が進むにつれて、分散剤の作用が弱まり、カーボンが自重によって底部に沈殿する。この結果、底部においてカーボンの凝集が進行する。
【0023】
カーボンの凝集は、塗工の準備としてペーストを改めて攪拌しても、さほど解消しない。この結果、30日以上熟成させたペーストの塗布は、カーボンが凝集した状態で行われる。この結果、
図3に示されるように、30日以上ペーストを熟成させた場合、両極MPL116a,cを構成するカーボンが、不均質に分布しやすくなる。カーボンが不均質に分布すると、クラックが増えたり大きくなったりする。クラックが増えたり大きくなったりすると、排水性が向上する。このようなクラックの様子は、SEMによって観察された。
【0024】
この実施形態のように排水性を向上させる手法は、コストをほとんど増大させない。燃料電池の耐久性を向上させるために両極MPL116a,cを厚めに(例えば80〜100μm)形成する場合、排水性が悪化しやすいので、低コストで排水性を向上させることができるのは大きな効果である。他方、この実施形態以外の手法で排水性を向上させるものとしては、カーボンの凝集を促進させるために増粘剤を加えることが考えられる。但し、増粘剤を消費することになり、省資源化に反すると共に、コストが増大することになる。しかも、増粘剤を加えると、焼成の負荷が上昇することによってもコストが増大する。
【0025】
本発明は、上述の実施形態や実施例、変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現できる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことができる。その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することできる。
【0026】
例えば、熟成期間や底部固形分の値は、上記実施例で採用されたものに限られない。例えば、底部固形分の値は、25〜30%でも良い。一方で、あまり底部固形分を大きくし過ぎると、クラックが大きくなり過ぎてしまう。クラックが大きくなり過ぎると、両極MPL116a,cに貫通孔が形成される場合があり、好ましくない。これに加えて、底部固形分が大きくなって凝集が進行し過ぎると、塗布前に行うペーストの攪拌が困難になることが考えられる。このような現象を加味し、適宜、底部固形分の値、熟成期間、熟成時のペーストの温度を決定するのが好ましい。熟成時のペーストの温度は、カーボンの凝集の進行具合に影響すると考えられる。
【符号の説明】
【0027】
10…燃料電池
100…膜電極接合体
110…電解質膜
112a…アノード側触媒層
112c…カソード側触媒層
114a…アノード側ガス拡散基材層
114c…カソード側ガス拡散基材層
116a…アノード側MPL
116c…カソード側MPL
120a…アノード側電極
120c…カソード側電極
130…触媒塗布膜
140a…アノード側ガス拡散層
140c…カソード側ガス拡散層
200a…アノード側セパレータ
200c…カソード側セパレータ
300…容器