【実施例】
【0040】
図1及び
図2には、本発明の好ましい一実施例の手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1を備えた本発明の好ましい一実施例の手巻機構2を備えた本発明の好ましい一実施例のムーブメント300を有する本発明の好ましい一実施例の手巻時計3が示されている。
【0041】
手巻時計3は、
図2の(a)〜(c)からわかるように、主たる支持基板である地板6に加えて、一番受10や自動巻輪列受7等からなるムーブメント300を有する。ムーブメント300(駆動体)の一例としては、手巻時計3からいわゆる外装部分(ケース、ガラス、針等)を除いた部分であり、動力源の主ゼンマイ、針を動かす駆動歯車(一番受10、自動巻輪列受7等)等、歯車の回転速度を制御する調速・脱進機構、又は手巻機構2等を含んで構成されており、単体で流通可能なものである。なお、この手巻時計3は、自動巻機構(図示せず)をも備え、自動巻きも可能な手巻時計(手動巻上げも可能な自動巻時計)になっている。
【0042】
地板6及び一番受10の間には、香箱車20が配設されている。香箱車20は、香箱歯車21、香箱真22、ぜんまい23及び角穴車24等を有する。渦巻状のぜんまい23は外周端で香箱歯車21の内周壁21aに摩擦係合され、内周端で香箱真22に取付られている。角穴車24は一番受10の裏蓋側において角穴ねじ25で香箱真22に固定されている。香箱真22は、地板6及び一番受10において軸受部22a,22bを介して回転可能に支持されている。
図1に加えて該
図1の一部を拡大して示した
図4からわかるように、26はこはぜであり、こはぜ26は、係合部26aで角穴車24の隣接する歯部24a,24aの間に係合して、角穴車24の反時計回り(ぜんまい23が解ける向き)の回転を規制する。すなわち、角穴車24は、こはぜ26によってちょうど停止せしめられる間欠回転位置(間欠回転位相)で反時計回りC2方向の回転が規正された状態で保持される。
【0043】
地板6には、中心軸線Aの周りでA1,A2方向に回転可能に且つ中心軸線Aの延在方向に平行にA3,A4方向に出入可能に、巻真30が配置されている。巻真30の角柱部31にはつづみ車32が巻真30と一体的にA1,A2方向に回転可能に嵌合されている。巻真30の円柱状部33には、きち車34が嵌合され、巻真30がA4方向に押込まれた通常運針位置P1にある場合、きち車34及びつづみ車32の対向ラチェット歯車部34a,32aが噛合し、巻真30がA1方向に回転されると、つづみ車32及びきち車34もA1方向に回転される。なお、巻真30のA2方向回転の際には、つづみ車32のA2方向回転はきち車34には伝わらず、つづみ車32ときち車34との間で空転が生じる。
【0044】
一番受10と自動巻輪列受7との間には、手巻機構2の大半の部分ないし手巻機構本体部4が配置されている。
【0045】
手巻機構本体部4は、丸穴車構造体40と、揺動丸穴車構造体50及び手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1と、二番伝え車構造体70とを有する。
【0046】
丸穴車構造体40は、
図2の(c)及び
図1からわかるように、一番受10の地板6側に位置する下段丸穴車41と該下段丸穴車41と同心で一番受10の自動巻輪列受7側において凹部11内に位置する上段丸穴車42とを有する。下段及び上段丸穴車41,42は共通の中心軸線BのまわりでB1,B2方向に一体的に回転可能である。下段丸穴車31は、きち車34の外周歯車部34bに噛合しており、巻真30のA1方向回転に伴い、つづみ車32及びきち車34がA1方向に回転されると、下段丸穴車41がB1方向に回転され、上段丸穴車42もこれと一体的にB1方向に回転される。
【0047】
揺動丸穴車構造体50は、軸受部51と、軸部52と、揺動丸穴歯車部53とを有する。軸受部51は、一番受10の凹部11内の薄肉部12に形成された円弧状長穴19(
図1)の延在方向ないし長手方向D1,D2に揺動可能に該円弧状長穴19に遊嵌されている。この円弧は中心軸線Bを中心とする円の一部をなす。軸受部51は、長穴19に遊嵌された円筒状の軸受本体部51aと、一番受10の薄肉部12の地板6側において該軸受本体部51aの一端に形成されたフランジ状部51bとを備える。軸部52は、軸受部51の円筒状軸受本体部51a内にその中心軸線EのまわりにE1,E2方向に摺動回転自在に嵌合された円柱状の軸本体部52aと、該軸本体部52aの一端側に位置する大径部52bとを備える。大径部52bは、軸受部51のフランジ状部51bの地板6側に位置する。軸本体部52aの自動巻輪列受7側の端部には、揺動丸穴歯車部53が嵌着されている。すなわち、揺動丸穴車構造体50は、軸部52の一端側の大径部52b及び軸受部51のフランジ状部51bと軸部52の他端側の揺動丸穴歯車部53とに挟まれた状態で、軸受部51を介して一番受10の円弧状長穴19に遊嵌されている。
【0048】
従って、揺動丸穴車構造体50は、軸部52の本体部52aが嵌合された軸受51の本体部51aがD1方向に偏倚した噛合位置Q1と、軸受51の本体部51aがD2方向に偏倚した非噛合位置Q2との間で、D1,D2方向に揺動可能である。
【0049】
揺動丸穴車構造体50は、後で詳述するように、手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1によって、D1方向の弾性偏倚力F1を受けている。
【0050】
二番伝え車構造体70は、一番受10の軸受部71と自動巻輪列受7の軸受部72とにより中心軸線JのまわりでJ1,J2方向に回転可能に支持された軸部73と、軸部73に取付けられた二番伝え歯車部74及び二番伝えかな部75とを有する。二番伝え歯車部74は自動巻機構(図示せず)の輪列(図示せず)に噛合され、二番かな部75は角穴車24に噛合されている。従って、二番伝え車構造体70は、一方では、図示しない回転錘の回動に伴う自動巻輪列(図示せず)の回転を角穴車24に伝えて、角穴車24を介してぜんまい23の自動的な巻上げを可能にしている。
【0051】
揺動丸穴車構造体50がD1方向に偏倚した位置Q1に揺動されると、揺動丸穴車構造体50の揺動丸穴歯車部53が二番伝え車構造体70の二番伝えかな部75に噛合し得、自動巻機構(図示せず)の作動により二番伝え歯車部74がJ1方向に回転されると、揺動丸穴車構造体50がE1方向回転力を受けつつD2方向に逃げるように揺動されて離間位置Q2に移動し、揺動丸穴車構造体50の揺動丸穴歯車部53と二番伝え車構造体70の二番伝えかな部75との噛合が断たれる。
【0052】
ここで、手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1を構成するばね性合金板の打抜折曲体からなるばね部材60は、
図1及び
図3からわかるように、U字状に曲がった基端側取付部61と「U」の先端側(可動側)脚部62を延在してなる押付けばね部63とを備える。押付けばね部63は、「U」の先端側脚部62に対してH1,H2方向に弾性的に変形ないし揺動可能である。「U]の基端側(取付側)脚部64の先端部65には、ばね部材60の位置決めを助ける湾曲係止部66が形成されている。このばね部材60は、
図1からわかるように、一番受10の戻しばね配設凹部13に配置され、凹部13の小凹部13aに湾曲係止部66の先端が配設されることにより位置決めされる。
【0053】
ばね部材60は、揺動丸穴車構造体50の揺動丸穴歯車部53に対して該車53の揺動案内路をなす円弧状長穴19の一方の向きD1に該車53を変位させる弾性力を加える押付けばね部63に加えて、揺動丸穴歯車部53の歯部54と係合する凹凸を形成するように鈍角に折曲がった回転位相規定部としての折曲部67を備え、該折曲部67の角部67cが二つの隣接する歯部54,54の間に嵌り込み、折曲部67の外側面67a,67bで隣接歯部54,54の内側縁54a,54bに係合して、該揺動丸穴歯車部53を特定回転位置(回転位相)φ1に保持し該揺動丸穴歯車部53の回転位相を規定する。
【0054】
以上の如く構成された揺動丸穴ばね構造体1を備えた手巻機構2を有する手巻時計3における二番伝え車構造体70の組立ないし組付について、
図1から
図3に加えて、
図4から
図6に基づいてより詳しく説明する。
【0055】
手巻機構2のうち自動巻輪列にも係わる二番伝え車70以外の輪列すなわち丸穴車構造体40及び揺動丸穴車構造体50が一番受10に組み込まれた後、二番伝え車70(及び他の自動巻輪列)を組込む前の状態において、角穴歯車24の中心軸線Cのまわりでの回転位相は、中心CのまわりのC1方向回転を許容しC2方向回転を禁止するこはぜ26により、特定位置ないし特定位相ψ1に設定されている。
【0056】
この状態で、係合端部66が凹部13の小凹部13aに嵌り込んで係止されるように、揺動丸穴ばね構造体1を構成するばね部材60を一番受10の凹部13に嵌み込む。そのとき、ばね部材60は、係合部66が小凹部13a内で係止されることにより、U字状の基端側取付部61が凹部13内に係止保持される。この保持状態において、ばね部材60は、
図4から
図6に示したように、ばね部63のH1方向弾性力の作用下で、折曲部67の先端部67cが揺動丸穴歯車53の隣接歯部54,54の間に入り込み、折曲部67の外側面67a,67bが揺動隣接歯部54,54の隣接側縁54a,54bに当接するように、折曲部67を揺動丸穴車53にH1方向に押付ける。ここで、H1方向は、バネ部材60のばね部63の延在方向によって概ね規定される。すなわち、H1方向は、バネ部材60のばね部63の延在方向に対して概ね垂直な方向であって円弧状長穴部19の延在方向D1方向に実際上一致する。従って、ばね部材60は、ばね力F1により、揺動丸穴歯車53をD1方向に位置Q1まで変位させる。しかも、ばね部材60では、折曲部67の先端部67cが揺動丸穴歯車53の隣接歯部54,54の間に入り込み、折曲部67の外側面67a,67bが揺動隣接歯部54,54の隣接側縁54a,54bに当接しているので、揺動丸穴歯車53は、その歯部54がばね部60の折曲部67の外側面67a,67bによって規定される特定回転位相φ1で位置Q1に位置決めされる。
【0057】
従って、二番伝え車70を組付ける前の状態において、角穴歯車24及び揺動丸穴歯車53が、夫々、こはぜ26及びばね部材60の折曲部67によって規定された特定の回転位相φ1,ψ1に設定されている。
【0058】
この状態で、二番伝え車70の二番伝えかな75の歯部が例えば所定回転位相ψ1にある角穴歯車24に噛合するように、角穴歯車24と揺動丸穴歯車53との間に二番伝え車70の二番伝えかな75を落とすだけで、二番伝えかな75は所定回転位相φ1にある揺動丸穴歯車53とも丁度噛合う。したがって、二番伝え車70の組み付けが容易に行われ得る。また、一旦離間位置Q2に揺動した揺動丸穴車50が噛合位置Q1に揺動した際に、確実に二番伝えかな75と噛合い得る。
【0059】
なお、
図6において想像線で示したように、従来の揺動丸穴ばねのばね部材160では、ばね部163までの部分はバネ部材60と同様に形成されているけれども、先端部167が実際上平面外側面168を有するように形成されているので、該外側面168で揺動丸穴歯車53の隣接歯部54,54の先端部54c,54cと係合して、揺動丸穴歯車53を
図6において想像線で示した回転位相φpに位置決めする。すなわち、この回転位相φpは、実際上ばね部材160のばね部163の延在方向によって規定され、上記の特定回転位相φ1と異なり、揺動丸穴歯車53の歯部54が二番伝えかな75の歯部76と噛合わないでこれと干渉してしまうことになる。すなわち、折曲部67を備えたばね部材60の場合、平面状外側面168を備えた端部167を有するばね部材160と異なり、揺動丸穴歯車53の回転位相をφpではなくてφ1に設定し得るから、二番伝えかな75の組付けが容易に行われ得る。
【0060】
回転位相規定部は、揺動丸穴歯車53の歯部54と係合して該揺動丸孔歯車53の回転位相φを所定の位相φ1に規定し得る限り、折曲部67の代わりに他のものであってもよい。
【0061】
図7には、回転位相規定部がドーム状突出部67Aからなるばね部材60Aの形態の手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Aが示されている。
図7のばね部材60Aの要素について、
図3に示したばね部材60の要素と同一の要素には同一の符号が付され、ばね部材60の要素に対応するけれども異なるところのある要素には対応する符号の後に添字Aが付されている。
【0062】
このばね部材60Aでは、ドーム状突出部67Aが折曲部67の代わりとして働き、ドーム状突出部67Aの湾曲側縁67aA,67bAが、夫々、折曲部67の外側面67a,67bの代わりとして働くことは明らかであるので、詳細な説明は省く。
【0063】
なお、ドーム状突出部67Aの縦断面形状は、典型的には半円形であるけれども、曲率半径が一定である代わりに、頂部ほど曲率半径が小さくなっていてもよい。また、ドーム状突出部67Aの横断面形状は、典型的には円形であるけれども、曲率半径が一定である代わりに、揺動丸穴歯車53の歯部54,54の側縁54a,54bと当接する部位の曲率半径が他の部位の曲率半径よりも大きくても小さくてもよい。
【0064】
手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体は、好ましくは、支持基板への取付がより容易で取付状態での安定性がより高い構造で形成される。
【0065】
図8並びに
図9の(a)〜(d)には、本発明の別の好ましい一実施例の手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Bを備えた本発明の別の好ましい一実施例の手巻機構2Bを有する本発明の別の好ましい一実施例の手巻時計3Bが示されている。
図10には、手巻時計3Bの手巻機構2Bに用いられる揺動丸穴ばね構造体1Bが示され、
図11には、揺動丸穴ばね構造体1Bを備えた手巻機構2Bが拡大して示されている。
【0066】
図8〜
図11の手巻時計3Bの要素について、
図1〜
図6に示した手巻時計3の要素と同一の要素には同一の符号が付され、手巻時計3の要素に対応するけれども異なるところのある要素には対応する符号の後に添字Bが付されている。
【0067】
手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Bについて詳しく説明する前に、一番受10Bのうち該揺動丸穴ばね構造体1Bが配設される部分について、説明する。
【0068】
一番受10Bは、凹部11に領域10aでつながった揺動丸穴ばね配設用凹部13Bを備える。凹部13Bのうち底面部13hには平面状底部部分14と該底部部分14から突出した凸部15a,15bが形成されている。また、底面部13hから少し離れた係止用板状部13bには開口16が形成されている。
図8に加えて
図9の(c)に示したように、開口16は、係止用板状部13bを貫通し、該板状部13bを形成し開口16を規定する壁部13eの表側の面13cと裏側の面すなわち背面13dとをつないでいる。
【0069】
手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Bを構成するばね性合金板の打抜折曲体からなるばね部材80は、
図10に示したように、板状載置部81と、押込み引掛ばね部82と、位置決めばね部83と、戻しばね部84とを有する。
【0070】
板状載置部81は、平板状本体部81aからなり、平板状本体部81aには位置決め用開口部81b,81cが形成されている。ばね部材80は、
図8に加えて
図9の(a)〜(c)に示すように、板状載置部81を構成する平板状本体部81aが背面81dで一番受10Bの凹部13Bの平面状底部部分14に当接し、且つ底部部分14の凸部15a,15bが平板状本体部81aの位置決め用開口部81b,81cに嵌るように、凹部13Bの底面部13hに載置される。
【0071】
押込み引掛ばね部82は押込み引掛ばね腕部85と押込み係止端部86とを有する。引掛ばね腕部85は、基端部85aにおいて平板状本体部81aの一側縁部81eにつながり、該基端部85aから延在した基端側腕部85bと、基端側腕部85bの先端部85cにおいて概ね直角に曲がって延在した先端側腕部85dとを備える。押込み係止端部86は、先端側腕部85dの先端部において、該先端側腕部85dに対して横方向に延びてなる係止用突起部86aからなる。係止用突起部86aの下縁側には押込み案内傾斜面として働く斜めの案内面86bが形成され、上側には押込み係止面として働く概ね横方向に延びた係止面86cが形成されている。基端側腕部85b及び先端側腕部85dは、板状載置部81の開口部81b,81cが凹部13Bの平板状底部部分14の凸部15a,15bに嵌合された際に、押込み係止端部86をなす係止用突起部86aが板状部13bの開口16に丁度臨むような長さを有する。
【0072】
位置決めばね部83は、位置決めばね腕部83aと押込み係合端部87とを有する。位置決めばね部83は、押し込み引掛ばね部82のうち押込み係止端部86を構成する係止用突起部86aが突出した側とは反対側に位置する。位置決めばね腕部83aは、基端部83bにおいて平板状本体部81aの側縁部81eにつながり、該基端部83bから押込み引掛ばね腕部85の基端側腕部85bと平行に延在した基端側腕部83cからなる。押込み係合端部87は、基端側腕部83cの先端部83dにおいて概ね直角に曲がって延在した先端側腕部87aからなる。押込み係合端部87は、押込み引掛ばね部82の先端側腕部85dに対面する側とは反対側の一側縁87bにおいて先端部に湾曲傾斜案内面87cを有する。基端側腕部83cは、板状載置部81の開口部81b,81cが凹部13Bの平板状底部部分14の凸部15a,15bに嵌合された際に、先端側の押込み係合端部87をなす先端側腕部87aが板状部13bの開口16の手前側の縁部16a及び押込み引掛ばね腕部85のある側とは反対側の縁部16bに丁度臨むような長さを有する。
【0073】
揺動丸穴ばね構造体1Bが一番受10Bの凹部13Bに組込まれる前の状態においては、押込み引掛ばね部82の先端側腕部85dの外側側縁85fと位置決めばね部83の先端側の押込み係合端部87の外側側縁87bとの間隔は、開口16の幅より少し大きい。
【0074】
戻しばね部84は、板状載置部81をなす平板状本体部81aのうち側縁81eに隣接し且つ押込み引掛ばね部82の突起部86aが突出した側とは反対側の側縁81fにつながった戻しばね腕部88と、揺動丸穴歯車部53の歯部54と係合する凹凸を形成するように鈍角に折曲がった回転位相規定部としての折曲部89を備える。
【0075】
戻しばね腕部88は、平板状本体部81aの側縁81fにつながると共に該側縁81fに対して概ね直角に折り曲げられてなる基端部88aと、該基端部88aから押込み引掛ばね部82の引掛ばね腕部85の基端側腕部85bや位置決めばね部83の位置決めばね腕部83aと概ね平行な面内で延びた戻しばね腕本体部88bとを有する。なお、戻しばね腕本体部88bは、ばね定数を下げるべく腕の長さを確保し得るように延在面内で曲がった基部側戻しばね腕本体部分88c及び先端側戻しばね腕本体部分88dを有する。
【0076】
折曲部89は、戻しばね腕本体部88bのうち先端側戻しばね腕本体部分88dの先端側につながっているので、戻しばね部84がH2,H1方向に弾性的に撓む際に、位置決めばね部83や押込み引掛ばね部82に近接離間され得る。
【0077】
回転位相規定部としての折曲部89は、該折曲部89の角部89cが二つの隣接する歯部54,54の間に嵌り込み、折曲部89の外側面89a,89bで隣接歯部54,54の内側縁54a,54bに係合して、該揺動丸穴歯車部53を特定回転位置(回転位相)φ1に保持し該揺動丸穴歯車部53の回転位相を規定するように構成されている。従って、戻しばね部84がH2,H1方向に弾性的に撓む際に該戻しばね部84のH1方向弾性力の作用下で、該折曲部89の角部89cが二つの隣接する歯部54,54の間に嵌り込み、折曲部89の外側面89a,89bで隣接歯部54,54の内側縁54a,54bに係合して、該揺動丸穴歯車部53を特定回転位置(回転位相)φ1に保持し該揺動丸穴歯車部53の回転位相を規定する。
【0078】
なお、ここでは、説明の便宜上、揺動丸穴ばね構造体1Bのばね部材80の折曲部89について揺動丸穴ばね構造体1のばね部材60の折曲部67と関連のない符号を用いているけれども、揺動丸穴ばね構造体1Bのばね部材80の折曲部89は、実際上、揺動丸穴ばね構造体1のばね部材60の折曲部67と同様な形状を有し、部外側面89a,89bは外側面67a,67bに対応し、折曲凸部(突出部)ないし角部89cは折曲凸部(突出部)ないし角部67cに対応する。
【0079】
なお、載置安定性が改良されたこの手巻き用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Bは、自動巻輪列受7を組付ける前の状態であって一番受10Bに手巻機構2を構成する輪列のうち二番伝え車70以外の車等を組み込んだ状態において、揺動丸穴ばね構造体1Bとしてのばね部材80をその板状載置部81の平板状本体部81aの開口部81b,81cが一番受10Bの凹部13Bの凸部15a,15bに嵌るように所定位置に配置した状態で板状載置部81並びに押込み引掛ばね部82及び位置決めばね部83を含む領域(数mm
2程度の面積領域)を指先等で押込むと、板状載置部81の開口部81b,81cと一番受10Bの凸部15a,15bとの嵌合によって概ね位置決めされた揺動丸穴ばね構造体1Bの位置決めばね部83の押込み係合端部87が開口16の縁部16a,16bに沿って開口16内にM1方向に押込まれると共に、揺動丸穴ばね構造体1Bの押込み引掛ばね部82の押込み係止端部86も開口16の縁部に沿って押込まれる。ここで、押込み引掛ばね部82の押込み係止端部86の開口16の側縁に沿った押し込みの際には、押込み係止端部86は、前縁側の傾斜案内面86bに沿って押込まれる際にM1方向に弾性的に変位され、係止用突起部86aが開口16を規定する壁部14の背面13dに達すると、押込み係止端部86の係止面86cが壁部14の背面13dに当接する状態になる。このとき、多少なりともM1方向に湾曲した押込み引掛ばね部82の引掛ばね腕部85がM2方向に戻ろうとする弾性力により、押込み係止端部86の係止面86cが壁部14の背面13dに押付けられる。また、位置決めばね部83の押込み係合端部87の側縁87bが開口16の縁部16bからT1方向の力を受けるので、押込み係止端部86のある側縁部85fもT1方向に開口16の対向側縁部に押付けられる。その結果、不測の外力がかかっても、押込み係止端部86は、開口16の壁部13eから外れる虞れが少ない状態で、保持され得る。
【0080】
以上のようにして揺動丸穴ばね構造体1Bの安定な載置が完了した状態の手巻機構2Bを有する手巻時計3Bでは、揺動丸穴ばね構造体1を備えた手巻機構2を有する手巻時計3の場合と実際上全く同様に、ばね部88のH1方向弾性力の作用下で、折曲部89の折曲突出部89cが揺動丸穴歯車53の隣接歯部54,54の間に入り込み、折曲部89の外側面89a,89bが揺動隣接歯部54,54の隣接側縁54a,54bに当接するように、折曲部89を揺動丸穴車53にH1方向に押付ける。H1方向は、バネ部材80のばね部88の延在方向によって概ね規定され、円弧状長穴部19の延在方向D1方向に実際上一致し、ばね部材80は、ばね力F1により、揺動丸穴歯車53をD1方向に位置Q1まで変位させる。ばね部材80では、折曲部89の先端部89cが揺動丸穴歯車53の隣接歯部54,54の間に入り込み、折曲部89の外側面89a,89bが揺動隣接歯部54,54の隣接側縁54a,54bに当接しているので、揺動丸穴歯車53は、その歯部54がばね部80の折曲部89の外側面89a,89bによって規定される特定回転位相φ1で位置Q1に位置決めされる。
【0081】
一方。前述の通り、二番伝え車70(及び他の自動巻輪列)を組込む前の状態において、角穴歯車24の中心軸線Cのまわりでの回転位相は、中心CのまわりのC1方向回転を許容しC2方向回転を禁止するこはぜ26により、特定位置ないし特定位相ψ1に設定されている。
【0082】
従って、二番伝え車70を組付ける前の状態において、角穴歯車24及び揺動丸穴歯車53が、夫々、こはぜ26及びばね部材80の折曲部67によって規定された特定の回転位相φ1,ψ1に設定されている。
【0083】
この状態で、二番伝え車70の二番伝えかな75の歯部が例えば所定回転位相ψ1にある角穴歯車24に噛合するように、角穴歯車24と揺動丸穴歯車53との間に二番伝え車70の二番伝えかな75を落とすだけで、二番伝えかな75は所定回転位相φ1にある揺動丸穴歯車53とも丁度噛合う。したがって、二番伝え車70の組み付けが容易に行われ得る。また、一旦離間位置Q2に揺動した揺動丸穴車50が噛合位置Q1に揺動した際に、確実に二番伝えかな75と噛合い得る。
【0084】
手巻時計用戻しばね構造体は、単一の部材からなる代わりに、複数の部材からなっていてもよい。
【0085】
図12には、本発明の更に別の好ましい一実施例の手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Cを備えた本発明の更に別の好ましい一実施例の手巻機構2Cを有する本発明の更に別の好ましい一実施例の手巻時計3Cが示されている。
【0086】
図12に手巻時計3Cの要素について、
図1〜
図6に示した手巻時計3の要素と同一の要素には同一の符号が付され、手巻時計3の要素に対応するけれども異なるところのある要素には対応する符号の後に添字Cが付されている。
【0087】
手巻時計3C及びその手巻機構2Cでは、手巻時計用戻しばね構造体が揺動丸穴ばね構造体1からなる代わりに揺動丸穴ばね構造体1Cからなる点で手巻時計3及びその手巻機構2と異なり、その他の点では、手巻時計3及びその手巻機構2と同様に構成されている。
【0088】
手巻時計3Cにおいて、手巻時計用戻しばね構造体としての揺動丸穴ばね構造体1Cは、揺動丸穴ばね本体60Cと、揺動丸穴ジャンパ90とからなる。
【0089】
揺動丸穴ばね本体60Cは、ばね部63の先端部に回転位相規定部を欠き該回転位相規定部としての折曲部67の代わりにジャンパ押圧部68が一体的に形成されている点で、揺動丸穴ばね60と異なり、その他の点では、揺動丸穴ばね60と実際上同一である。なお、U字状の基部61の幅や開き角度等は配設位置(距離)や向きの差異に応じて異なり得る。ジャンパ押圧部68は概ね直線的に延びていて先端部の剛性付与用曲げ部68aを除きばね部63から概ね直線的に延びている。但し、形状としては、折曲部67の如く(折曲)先端突出部67cと同様な突出部を備えていてもよい。
【0090】
揺動丸穴ジャンパ90はレバー体91の形態で、該レバー体91の基端部92において回動軸93の中心軸線KのまわりでK1,K2方向に回動自在に一番受10Cに支持されている。レバー体91は、先端部94の一側に被押圧部95を備えると共に他側に回転位相規定部としての爪部96を備える。爪部96は、突出した先端部96cの両側に係合側面部96a,96bを備える。従って、レバー体91は、先端部94の被押圧部95で揺動丸穴ばね本体60CによってH1方向に押されると、K1方向に回動されて、先端部94の爪部96がK1方向に突出し、該爪部96の先端部96cが揺動丸穴歯車53の隣接歯部54,54間に入り込むと共に爪部96が側面部96a,96bで隣接歯部54の側縁部54a,54bと係合して揺動丸穴歯車53を所定回転位相φ1に規定した状態で、長穴19に沿ってD1方向に位置Q1まで押込む。
【0091】
この状態で、二番伝え車70の二番伝えかな75を落とすと、該二番伝えかな75が所定回転位相布ψ1にある角穴歯車24及び所定回転位相φ1にある揺動丸穴歯車53の両方に同時に丁度噛合するので、二番伝えかな75を含む二番伝え車70の組付けが容易に行われ得ること、及び手巻の際に揺動丸穴歯車53がD1方向に揺動される毎に、揺動丸穴歯車53が二番伝えかな75に確実に噛合して手動巻上トルクが角穴車24に確実に伝達され得ることも前述の場合と同様である。
【0092】
以上においては、手巻時計用戻しばね構造体の回転位相規定部が、揺動丸穴歯車53の二つの隣接した歯54,54の間に嵌って揺動丸穴歯車53の回転位相φを所定位相φ1に規定する例について説明したけれども手巻時計用戻しばね構造体のばね部のH1方向ばね力の作用下で揺動丸穴歯車53の歯54の凹凸形状を利用して揺動丸穴歯車53の回転位相φを所定位相φ1に設定し得る限り、回転位相規定部が揺動丸穴歯車53に係合する係合の仕方は異なっていてもよい。例えば単一の歯54に対して係合しても複数の歯に対して特定の相対的な向きになるように係合してもよい。
なお、以上説明した実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。そして、上記実施形態の中で説明されている構成の組み合わせ全てが発明の課題解決に必須の手段であるとは限らない。