(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
1対の電動モータと、これら両電動モータの出力軸によりそれぞれ回転駆動される第一、第二両駆動側回転軸を有する遊星歯車式変速機と、この遊星歯車式変速機の従動側回転軸の回転を、左右1対の駆動輪に伝達する為の回転伝達装置とを備えた電気自動車用駆動装置に於いて、
前記遊星歯車式変速機は、前記第一、第二両駆動側回転軸と、前記従動側回転軸と、軸方向に離隔した状態で、互いに同心に配置された第一、第二両遊星歯車機構と、クラッチ装置とを組み合わせて成り、
このうちの第一遊星歯車機構は、第一キャリアと、第一太陽歯車と、第一遊星歯車と、第一リング歯車とから構成され、この第一キャリアに回転可能に支持された第一遊星歯車を、前記第一太陽歯車に噛合させると共に前記第一リング歯車にも噛合させる、シングルピニオン式であり、この第一太陽歯車は前記第一駆動側回転軸の軸方向中間部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けられており、前記第一リング歯車は前記第二駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けられており、
前記第二遊星歯車機構は、第二キャリアと、第二太陽歯車と、第二、第三遊星歯車と、第二リング歯車とから構成され、この第二キャリアに回転可能に支持されて対となる第二、第三遊星歯車を互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第二遊星歯車を前記第二太陽歯車に、同じく外径寄りの第三遊星歯車を前記第二リング歯車に、それぞれ噛合させるダブルピニオン式であり、前記第二太陽歯車は前記第一駆動側回転軸の端部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けられており、前記第二キャリアは前記第一リング歯車と同期して回転する様に設けられており、前記第二リング歯車により前記従動側回転軸を回転駆動する様にしており、
前記クラッチ装置は、前記第一キャリアを車体に固定の部分に対し回転が阻止される状態と、同じく回転が許容される状態とを切り換えるツーウェイクラッチであって、減速比の大きい低速モード状態では、前記第一キャリアを前記第一駆動側回転軸と反対方向に回転する傾向とする事により接続し、前記クラッチ装置によりこの第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを阻止する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達し、減速比の小さい高速モード状態では、前記第一キャリアを前記第一駆動側回転軸と同じ方向に回転する傾向とする事により切断し、前記クラッチ装置によりこの第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを許容する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達しない事を特徴とする電気自動車用駆動装置。
1対の電動モータと、これら両電動モータの出力軸によりそれぞれ回転駆動される1対の駆動側回転軸を有する遊星歯車式変速機と、この遊星歯車式変速機の従動側回転軸の回転を、左右1対の駆動輪に伝達する為の回転伝達装置とを備えた電気自動車用駆動装置に於いて、
前記遊星歯車式変速機は、前記第一、第二両駆動側回転軸と、前記従動側回転軸と、軸方向に離隔した状態で、互いに同心に配置された第一、第二両遊星歯車機構と、クラッチ装置とを組み合わせて成り、
このうちの第一遊星歯車機構は、第一キャリアと、第一太陽歯車と、第一、第二遊星歯車と、第一リング歯車とから構成され、この第一キャリアに回転可能に支持されて対となる第一、第二遊星歯車を互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第一遊星歯車を前記第一太陽歯車に、同じく外径寄りの第二遊星歯車を前記第一リング歯車に、それぞれ噛合させるダブルピニオン式であり、前記第一太陽歯車は前記第一駆動側回転軸の軸方向中間部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けられており、前記第一リング歯車は前記第二駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けられており、
前記第二遊星歯車機構は、第二キャリアと、第二太陽歯車と、第三遊星歯車と、第二リング歯車とから構成され、この第二キャリアに回転可能に支持された第三遊星歯車を、前記第二太陽歯車に噛合させると共に前記第二リング歯車にも噛合させる、シングルピニオン式であり、前記第二太陽歯車は前記第一駆動側回転軸の端部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けられており、前記第二キャリアは前記第一リング歯車と同期して回転する様に設けられており、前記第二リング歯車により前記従動側回転軸を回転駆動する様にしており、
前記クラッチ装置は、前記第一キャリアを車体に固定の部分に対し回転が阻止される状態と、同じく回転が許容される状態とを切り換えるツーウェイクラッチであって、減速比の大きい低速モード状態では、前記第一キャリアを前記第二駆動側回転軸と反対方向に回転する傾向とする事により接続し、前記クラッチ装置によりこの第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを阻止する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達し、減速比の小さい高速モード状態では、前記第一キャリアを前記第二駆動側回転軸と同じ方向に回転する傾向とする事により切断し、前記クラッチ装置によりこの第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを許容する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達しない事を特徴とする電気自動車用駆動装置。
前記クラッチ装置は、内周面に外輪軌道を有する外径側部材と、この外径側部材の内側にこの外径側部材と同心に配置され、外周面に周方向に亙る凹凸であるカム面を形成した内径側部材と、このカム面と前記外輪軌道との間の周方向複数箇所に配置された、複数の転動体と、これら各転動体を転動自在に保持する保持器とを備えるものであって、
前記外径側部材を前記車体に固定の部分に、前記内径側部材を前記第一キャリアに、それぞれ支持固定し、前記保持器と、前記第一駆動側回転軸、第一太陽歯車及び第二太陽歯車のうちの何れか1個である相手部材とを、この保持器がこの相手部材の回転方向と同じ方向に回転する傾向となる様に摩擦係合し、この保持器が前記カム面と前記各転動体との係合に基づき、前記車体に固定の部分に対して回転するのを阻止された状態で、前記相手部材を前記保持器に対し摺動可能としている、請求項1に記載の電気自動車用駆動装置。
前記保持器の片側面の周方向複数箇所に、その基端部を枢支した揺動部材を設け、これら各揺動部材の先端部内周面を前記相手部材の外周面に当接させる事で、前記保持器とこの相手部材とを摩擦係合している、請求項3に記載の電気自動車用駆動装置。
前記各揺動部材の先端部に永久磁石を設け、この永久磁石と前記相手部材との間に作用する磁気吸引力により、これら各揺動部材の先端部内周面をこの相手部材の外周面に当接させる、請求項4に記載の電気自動車用駆動装置。
前記遊星歯車式変速機の、前記低速モード状態での総合減速比を、同じく前記高速モード状態での総合減速比で除した値である、段間比を、2若しくは2の近傍とする、請求項1〜6のうち何れか1項に記載の電気自動車用駆動装置。
前記低速モード状態での前記両電動モータの回転方向を互いに逆方向とし、同じく回転トルクの大きさを同じとする事ができ、前記第一遊星歯車機構の遊星比を2.8以上、3.2以下とし、前記第二遊星歯車機構の遊星比を1.9以上、2.1以下とする、請求項6を引用した請求項7に記載の電気自動車用駆動装置。
【背景技術】
【0002】
[従来技術の説明]
近年に於ける化石燃料の消費量低減化の流れを受けて、電気自動車の研究が進み、一部で実施されている。電気自動車の動力源である電動モータは、化石燃料を直接燃焼させる事により動く内燃機関(エンジン)とは異なり、出力軸のトルク及び回転速度の特性が自動車用として好ましい(一般的に、起動時に最大トルクを発生する)ので、必ずしも内燃機関を駆動源とする一般的な自動車の様な変速機を設ける必要はない。但し、電気自動車の場合でも、変速機を設ける事により、加速性能及び高速性能を改善できる。具体的には、変速機を設ける事で、車両の走行速度と加速度との関係を、ガソリンエンジンを搭載すると共に、動力の伝達系統中に変速機を設けた自動車に近い、滑らかなものにできる。この点に就いて、
図11を参照しつつ説明する。
【0003】
例えば、電気自動車の駆動源である電動モータの出力軸と、駆動輪に繋がるデファレンシャルギヤの入力部との間部分に、減速比の大きな動力伝達装置を設けた場合、電気自動車の加速度(G)と走行速度(km/h)との関係は、
図11の実線aの左半部と鎖線bとを連続させた様になる。即ち、低速時の加速性能は優れているが、高速走行ができなくなる。これに対して、前記間部分に減速比の小さな動力伝達装置を設けた場合、前記関係は、
図11の鎖線cと実線aの右半部とを連続させた様になる。即ち、高速走行は可能になるが、低速時の加速性能が損なわれる。これに対して、前記出力軸と前記入力部との間に変速機を設け、車速に応じてこの変速機の減速比を変えれば、前記実線aの左半部と右半部とを連続させた如き特性を得られる。この特性は、
図11に破線dで示した、同程度の出力を有するガソリンエンジン車とほぼ同等であり、加速性能及び高速性能に関して、動力の伝達系統中に変速機を設けたガソリンエンジン車と同等の性能を得られる事が分かる。
【0004】
図12は、電動モータの出力軸と、駆動輪に繋がるデファレンシャルギヤの入力部との間に変速機を設けた電気自動車用駆動装置の従来構造の1例として、特許文献1に記載の構造を示している。この電気自動車用駆動装置は、電動モータ1の出力軸の回転を、変速装置2を介して回転伝達装置3に伝達し、左右1対の駆動輪を回転駆動する様に構成している。この変速装置2は、前記電動モータ1の出力軸と同心である、駆動側回転軸4と、従動側回転軸5との間に、減速比が互いに異なる、1対の歯車伝達機構6a、6bを設けて成る。そして、1対のクラッチ機構7a、7bの切り換えにより、何れか一方の歯車伝達機構6a(6b)のみを、動力の伝達を可能な状態として、前記駆動側回転軸4と前記従動側回転軸5との間の減速比を大小の2段階に切り換え可能としている。即ち、前記両クラッチ機構7a、7bのうちの一方のクラッチ機構7aを、アクチュエータにより制御可能なものとし、同じく他方のクラッチ機構7bを、回転速度が一定値以上となった場合に接続が外れるオーバランニングクラッチとしている。前記一方のクラッチ機構7aを接続した状態では、前記他方のクラッチ機構7bは切断され(空転して)、前記駆動側回転軸4の回転トルクは、前記両歯車伝達機構6a、6bのうちの一方の(減速比の小さい)歯車伝達機構6aを介して前記従動側回転軸5に伝達される。前記一方のクラッチ機構7aを切断した状態では、前記他方のクラッチ機構7bが接続され、前記駆動側回転軸4の回転トルクは、他方の(減速比の大きい)歯車伝達機構6bを介し前記従動側回転軸5に伝達される。
そして、前記回転伝達装置3は、前記従動側回転軸5の回転をデファレンシャルギヤ8の入力部に伝達し、左右1対の駆動輪を支持した出力軸9a、9bを回転駆動する。
【0005】
上述した従来構造の場合、径方向に離隔した状態で、互いに平行に配置された駆動側回転軸4と従動側回転軸5との間に、1対の歯車伝達機構6a、6bを設けている為、電気自動車用駆動装置が大型化してしまう。又、前記両クラッチ機構7a、7bのうち、一方のクラッチ機構7aは、断接(係合)状態を切り換える為のアクチュエータを有している為、前記電気自動車用駆動装置の重量が嵩む可能性がある。一方、電気自動車の利便性を向上させるべく、充電1回当りの走行距離を長くする為には、電気自動車用駆動装置を小型且つ軽量にし、走行距離当りの消費電力を少なくする事が重要である。電気自動車用駆動装置を小型化する為の技術として、特許文献2〜3には、管状である電動モータの出力軸の内径側と外径側とに、この出力軸と同心で、互いに異なる減速比を有する変速機構に接続された回転軸をそれぞれ設け、1対のクラッチによりこれら内径側、外径側両回転軸のうち、何れか一方の回転軸を回転駆動する技術が記載されている。但し、前記両特許文献2〜3に記載の構造の場合にも、前記両クラッチの断接状態を切り換える為のアクチュエータが必要であり、電気自動車用駆動装置の軽量化を図る為には改良の余地がある。
【0006】
[先発明の説明]
図13〜15は、この様な事情に鑑みて開発され、特願2011−208415に開示された、電気自動車用駆動装置に関する先発明の構造を示している。本発明は、この先発明の構造に改良を加えたものであり、構造及び機能の多くの部分が共通するので、先ず、この先発明に係る構造に就いて説明する。この先発明に係る電気自動車用駆動装置は、第一、第二両電動モータ10、11と、遊星歯車式変速機12と、回転伝達装置3aとを備える。このうちの第一、第二電動モータ10、11は互いに同心に配置され、それぞれの出力軸を回転駆動する事で、これら両出力軸と同心に設けられた、前記遊星歯車式変速機12の第一、第二両駆動側回転軸13、14をそれぞれ回転駆動する。
【0007】
又、前記遊星歯車式変速機12は、前記両電動モータ10、11と前記回転伝達装置3aとの間に設置され、これら両電動モータ10、11の動力を所望の変速比で変速してから、従動側回転軸15を介し、前記回転伝達装置3aに伝達する。前記遊星歯車式変速機12は、軸方向に離隔した状態で前記両電動モータ10、11の出力軸と同心に配置された、前記両駆動側回転軸13、14、前記従動側回転軸15、第一、第二両遊星歯車機構16、17、及び、一方向クラッチ18から構成される。このうちの第一遊星歯車機構16は、第一キャリア19と、第一太陽歯車20と、第一遊星歯車21、21と、第一リング歯車22とを備える。前記第一遊星歯車機構16は、前記第一キャリア19に回転可能に支持された第一遊星歯車21、21を、前記第一太陽歯車20に噛合させると共に前記第一リング歯車22にも噛合させる、シングルピニオン式としている。前記第一太陽歯車20は、前記第一電動モータ10の出力軸と一体に設けられた、第一駆動側回転軸13の軸方向中間部に設置され、この第一駆動側回転軸13により回転駆動される{この第一駆動側回転軸13と同期して(同方向に同速度で)回転する}。前記第一リング歯車22は、前記第二電動モータ11の出力軸と一体に設けられた、第二駆動側回転軸14により回転駆動する様にしている。又、前記第一太陽歯車20及び前記第一リング歯車22の歯数z
20、z
22は、前記第一遊星歯車伝達機構16の遊星比u
1(=z
22/z
20)が、2.80≦u
1≦3.20の範囲内となる様にしている。
【0008】
又、前記第二遊星歯車機構17は、第二キャリア23と、第二太陽歯車24と、第二遊星歯車25a、25bと、第二リング歯車26とを備える。前記第二遊星歯車機構17は、前記第二キャリア23に回転可能に支持されて対となる第二遊星歯車25a、25bを、互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第二遊星歯車25a、25aを前記第二太陽歯車24に、同じく外径寄りの第二遊星歯車25b、25bを前記第二リング歯車26に、それぞれ噛合させる、ダブルピニオン式としている。又、前記第二太陽歯車24は、前記第一駆動側回転軸13の端部(
図13の左端部)に設けられており、この第一駆動側回転軸13(及び前記第一太陽歯車20)により回転駆動される。又、前記第二キャリア23は、前記第一リング歯車22(及び前記第二駆動側回転軸14)と同期して回転する状態で支持されている。前記第二リング歯車26は、前記従動側回転軸15に動力を伝達する様に支持されている。又、前記第二太陽歯車24及び前記第二リング歯車26の歯数z
24、z
26は、前記第二遊星歯車伝達機構17の遊星比u
2(=z
26/z
24)が、1.90≦u
2≦2.10の範囲内となる様にしている。
【0009】
又、前記一方向クラッチ18は、前記第一キャリア19と、車体に固定の部分27との間に設置されている。そして、この第一キャリア19が所定方向に回転する場合に切断され(係合が外れ)、この所定方向とは逆方向に回転する傾向の場合に接続(係合)される。即ち、前記一方向クラッチ18は、前記第一キャリア19が、車両を前進させようとしている時に前記従動側回転軸15が回転する方向と同じ方向に回転する場合に、前記第一キャリア19が回転するのを許容し、同じく逆方向に回転する傾向にある場合に、この第一キャリア19が回転するのを阻止する様に設ける。そして、この第一キャリア19の回転方向を、前記第一、第二両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を適切に制御して切り換え、前記一方向クラッチ18の断接(係合)状態を切り換える。
この一方向クラッチ18の断接(係脱)に基づいて、前記第一キャリア19が所定方向とは逆方向に回転する傾向の場合には、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で動力が伝達される状態となる。これに対して、前記第一キャリア19が前記所定方向に回転する場合には、前記両歯車20、22の間で動力が伝達されない状態となる。
【0010】
又、前記回転伝達装置3aは、複数の歯車を組み合わせた、一般的な歯車伝達機構であり、前記遊星歯車式変速機12の従動側回転軸15の回転をデファレンシャルギヤ8aの入力部に伝達し、このデファレンシャルギヤ8aの出力軸9c、9dにより、等速ジョイントを介して左右1対の駆動輪を回転駆動する様に構成している。
【0011】
上述の様に構成する先発明に係る電気自動車用駆動装置のうちの前記遊星歯車式変速機12は、一方向クラッチ18の断接(係合)状態(前記両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度)の切り換えにより、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で動力が伝達される状態(後述する低速モードを実現する状態)と、同じく動力が伝達されない状態(後述する高速モードを実現する状態)との何れか一方の状態で運転する。以下、それぞれの場合に就いて説明する。
【0012】
[一方向クラッチ18が接続される低速モード]
この低速モードでは、
図14に示す様に、前記第一太陽歯車20を回転駆動する前記第一電動モータ10の出力軸と、前記第一リング歯車22を回転駆動する前記第二電動モータ11の出力軸との回転方向及び回転速度の差を適切に規制して、前記第一キャリア19を前記所定方向と逆方向に回転する傾向にする事で、前記一方向クラッチ18を接続する。そして、前記第一キャリア19を前記車体に固定の部分27に対し回転不能とする。この結果、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で、前記第一遊星歯車21、21を介して動力が伝達される。この様な低速モード状態に於ける前記両電動モータ10、11の動力の伝達経路は、次の通りである。
【0013】
前記第一電動モータ10の動力は、前記第一駆動側回転軸13を介して、前記第二遊星歯車機構17を構成する前記第二太陽歯車24に入力される。この第二太陽歯車24に入力された動力は次の(A)、(B)の2通りの経路を通って、前記従動側回転軸15と前記第一太陽歯車20とに、それぞれ伝達される。
(A) 第一電動モータ10→第一駆動側回転軸13→第二太陽歯車24→第二遊星歯車25a、25b→第二リング歯車26→従動側回転軸15
(B) 第一電動モータ10→第一駆動側回転軸13→第二太陽歯車24→第二遊星歯車25a、25b→第二キャリア23→第一リング歯車22→第一遊星歯車21、21→第一太陽歯車20
【0014】
又、前記第二電動モータ11の動力は、前記第二駆動側回転軸14を介して前記第一遊星歯車機構16を構成する前記第一リング歯車22に入力される。この第一リング歯車22に入力された動力は次の(C)に示す経路を通って、前記第一太陽歯車20に伝達される。
(C) 第二電動モータ11→第二駆動側回転軸14→第一リング歯車22→第一遊星歯車21、21→第一太陽歯車20
【0015】
この様に、低速モード状態では、前記両電動モータ10、11の動力の一部が、前記遊星歯車式変速機12内で循環する。即ち、前記両経路(B)、(C)を通って前記第一太陽歯車20に伝達された動力は、前記第一駆動側回転軸13を介して前記第二太陽歯車24に入力される。この様にして、この第二太陽歯車24に入力された動力の一部は、前記経路(A)を通って前記従動側回転軸15に取り出され、残りは前記経路(B)を通り、再度前記第一太陽歯車20に伝達される。この様に、前記低速モード状態では、動力の一部を循環させる事で前記遊星歯車式変速機12の減速比を大きくする事ができる。
【0016】
この様な、低速モード状態で、車両が加速も減速もしない一定速度で走行している時(定常運転状態時)に、前記第一電動モータ10の出力トルクをτ
in1とし、前記第二電動モータ11の出力トルクをτ
in2とした場合、
図14に矢印で示す様な、前記第一駆動側回転軸13から前記第二太陽歯車24に入力されるトルクτ
1、前記第一遊星歯車21、21から前記第一太陽歯車20に入力されるトルクτ
2、前記第二キャリア23から前記第一リング歯車22に入力されるトルクτ
3、前記従動側回転軸15の回転トルクτ
outは、それぞれ次の(1)〜(4)式で表わされる。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【0017】
[一方向クラッチ18が切断される高速モード]
この高速モードでは、
図15に示す様に、前記第一太陽歯車20を回転駆動する前記第一電動モータ10の出力軸と、前記第一リング歯車22を回転駆動する前記第二電動モータ11の出力軸との回転方向及び回転速度を同じにし、前記第一キャリア19を前記所定方向に回転させる事で、前記一方向クラッチ18を切断する。そして、この第一キャリア19を前記車体に固定の部分27(
図13参照)に対し回転させる。この結果、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22とが同じ角速度で同じ方向に回転する状態となり、これら第一太陽歯車20と第一リング歯車22との間で動力が伝達されなくなる。この様な高速モード状態での前記両電動モータ10、11の動力伝達経路は、次の通りである。
【0018】
この第一電動モータ10の動力は、前記第一駆動側回転軸13を介して前記第二遊星歯車機構17を構成する前記第二太陽歯車24に入力される。この第二太陽歯車24に入力された動力は次の(D)に示す様に、前記低速モード状態の場合の経路(A)と同様の経路を通って、前記従動側回転軸15に伝達される。
(D) 第一電動モータ10→第一駆動側回転軸13→第二太陽歯車24→第二遊星歯車25a、25b→第二リング歯車26→従動側回転軸15
【0019】
又、前記第二電動モータ11の動力は、前記第二駆動側回転軸14により、前記第一遊星歯車機構16を構成する前記第一リング歯車22に入力される。この第一リング歯車22に入力された動力は次の(E)に示す経路を通って、前記従動側回転軸15に伝達される。
(E) 第二電動モータ11→第二駆動側回転軸14→第一リング歯車22→第二キャリア23→第二遊星歯車25b、25b→第二リング歯車26→従動側回転軸15
【0020】
この様に、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で動力が伝達されず(前記遊星歯車式変速機12内で動力が循環されず)に、前記両電動モータ10、11の動力は前記第二遊星歯車機構17により合成され、前記従動側回転軸15に伝達される。
上述の様な、高速モード状態に於いては、後述する低速モード状態と高速モード状態との切り換え時を除き、前記両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を同じとする。この結果、前記第一遊星歯車機構16を構成する、前記第一キャリア19と前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との自転、及び、前記各第一遊星歯車21、21の公転の回転方向及び回転速度が同じとなって、これら各第一遊星歯車21、21が実質的に自転しない(1公転当り1自転し、前記第一キャリア19に設けた遊星軸に対し回転しない)状態となり、前記第一遊星歯車機構16全体が一体となって回転する、所謂のり付け状態となる。同様にして、前記第二遊星歯車機構17を構成する、前記第二キャリア23と前記第二太陽歯車24と前記第二リング歯車26との自転、及び、前記各第二遊星歯車25a、25bの公転も、回転方向及び回転速度が同じとなって、これら各第二遊星歯車25a、25bが実質的に自転しない状態となり、前記第二遊星歯車機構17全体が一体となって回転する。
この場合の前記第一電動モータ10の出力トルクτ
in1と、前記第二電動モータの出力トルクτ
in2と、
図15に矢印で示す、前記従動側回転軸15の回転トルクτ
outとの関係は次の(5)式で表わされる。
【数5】
尚、上述の様に、前記第一、第二両遊星歯車機構16、17が、それぞれのり付け状態で回転している場合の前記両電動モータ10、11の出力トルクτ
in1、τ
in2の関係は、次の(6)式で表わされる。
【数6】
【0021】
ここで、前記第一、第二両遊星歯車機構16、17の遊星比u
1、u
2を前述した範囲(2.80≦u
1≦3.20、1.90≦u
2≦2.10)に規制し、低速モードでの定常運転状態に於ける前記両電動モータ10、11の回転方向を互いに逆方向とし、同じく回転トルクの大きさを同じとしている。これにより、前記低速モードと前記高速モードとの間の段間比(この低速モードに於ける総合変速比/この高速モードに於ける総合変速比)を2若しくは2の近傍としている。
又、前記遊星歯車式変速機12の従動側回転軸15の回転速度は、前記第一駆動側回転軸13を介して前記第一電動モータ10により回転駆動される、第二太陽歯車24の回転速度と、前記第二駆動側回転軸14を介して前記第二電動モータ11により回転駆動される、第二キャリア23の回転速度とから決定される。従って、前記従動側回転軸15の回転速度を一定値としたまま、前記両電動モータ10、11の出力軸の回転速度及び回転方向をそれぞれ制御しながら前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との角速度を互いに一致させ、前記
図14に示した低速モード状態から前記
図15に示した高速モード状態への切り換えを滑らかに行う事ができる。同様に、高速モード状態から低速モード状態への切り換えも滑らかに行う事ができる。
【0022】
上述の様に構成される先発明に係る電気自動車用駆動装置によれば、この電気自動車用駆動装置を小型且つ軽量にできるので、充電1回当りの走行距離を長くし、電気自動車の利便性を向上させる事ができる。即ち、前記遊星歯車式変速機12は、減速比の異なる低速モードと高速モードとを、前記両電動モータ10、11の出力(回転方向及び回転速度)を制御し、前記一方向クラッチ18により前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間の動力伝達の断接状態を切り換える事により選択する。前記先発明に係る構造の場合、これら両歯車20、22同士の間の動力伝達を規制するクラッチとして、スプラグクラッチである一方向クラッチ18を使用しているので、クラッチの係合状態を切り換える為のアクチュエータを設ける必要がない。従って、前記両モードを切り換える為の構造を簡単にできて、前記遊星歯車式変速機12を組み込んだ電気自動車用駆動装置の小型・軽量化を図れる。
又、変速機構として前記遊星歯車式変速機12を用いている為、動力を複数の遊星歯車21、25a、25bに分散して伝達する事ができ、一般的な歯車機構による変速機構を用いた場合と比較して、変速機構を小型化できる。更に、前記遊星歯車式変速機12を構成する第一、第二両遊星歯車機構16、17と、前記第一、第二両電動モータ10、11とを互いに同心に配置している。この為、これら各部材10、11、16、17の大きさや構造によっては、これら第一、第二両遊星歯車機構16、17を、これら第一、第二両電動モータ10、11の内径側に配置する等して、前記遊星歯車式変速機12を組み込んだ電気自動車用駆動装置を小型化する事が可能となる。
【0023】
又、電気自動車が高速で走行する(従動側回転軸15の回転トルクが小さく回転速度が速い)高速モードでの運転状態で、前記両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を同じにして、前記第一、第二両遊星歯車機構16、17がのり付け状態となる様にしている。即ち、この第一遊星歯車機構16に於いて、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で、前記各第一遊星歯車21、21を介して動力が伝達されない様にしている。同様に、前記第二遊星歯車機構17に於いても、前記第二太陽歯車24と前記第二リング歯車26との間で、前記各第二遊星歯車25a、25bを介して動力が伝達されない様にしている。この為、前記電気自動車の走行中に多くの時間を占める高速モードでの運転状態で、前記第一、第二両遊星歯車機構16、17に於ける歯車の噛み合いによるエネルギ損失を小さくできて、前記電気自動車用駆動装置の効率を向上させる事ができる。
【0024】
又、前記第一、第二両遊星歯車機構16、17の遊星比u
1、u
2を前述した範囲(2.80≦u
1≦3.20、1.90≦u
2≦2.10)に規制し、低速モードでの定常運転状態に於ける前記両電動モータ10、11の出力(回転方向及び回転トルクの大きさ)を調整する事で、前記低速モードと前記高速モードとの間の段間比(=低速モードに於ける総合減速比/高速モードに於ける総合減速比)を2若しくは2の近傍としている。この結果、前記両電動モータ10、11を使用した電気自動車用駆動装置に於いて、一般的な変速機を搭載したガソリンエンジン車と同等の性能が得られ、車両の加速性能及び高速性能を改善できる。即ち、前記低速モードでの定常運転状態に於ける総合減速比(=前記従動側回転軸15の回転トルクの絶対値/前記両電動モータ10、11の出力トルクの絶対値の和)は、次の表1の通りである。
【表1】
一方、前記高速モードでの運転状態(前記両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度が同じ状態)での総合減速比は1である{(5)式参照}から、前記段間比を2若しくは2の近傍とする事ができる。尚、この時の前記両電動モータ10、11の出力トルクは、前記(6)式の関係を満たす。
【0025】
又、減速比の異なる低速モードと高速モードとの切り換えを、前記第一、第二両電動モータ10、11の回転速度及び回転方向をそれぞれ制御しながら滑らかに行う事ができる為、トルク変動に基づく変速ショックを低減する事ができて、運転者を始めとする電気自動車の乗員に違和感を与えるのを防止できる。
【0026】
尚、先発明に係る構造として、
図16に記載した様な、遊星歯車式変速機12aを組み込んだ構造がある。この構造では、第一、第二両電動モータ10、11の側に設けられた第一遊星歯車機構16aを、第一キャリア19aに回転可能に支持されて対となる第一遊星歯車21a、21bを互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第一遊星歯車21a、21aを第一太陽歯車20aに、同じく外径寄りの第一遊星歯車21b、21bを第一リング歯車22aに、それぞれ噛合させる、ダブルピニオン式としている。又、従動側回転軸15の側に設けられた第二遊星歯車機構17aを、第二キャリア23aに回転可能に支持された第二遊星歯車25c、25cを、第二太陽歯車24aに噛合させると共に第二リング歯車26aにも噛合させる、シングルピニオン式としている。
【0027】
何れの構造にしても、先発明の構造に於いては、車両を前進させようとしている時に、第一、第二両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を適切に制御し、第一キャリア19(19a)の回転方向を切り換え、一方向クラッチ18の断接(係合)状態を切り換える事により、遊星歯車式変速機12(12a)の減速比の大きい低速モードと、同じく減速比の小さい高速モードとを切り換える。これに対し、車両を後退させる場合には、車速に応じて前記遊星歯車式変速機12(12a)の減速比を変える事ができない。即ち、前記先発明に係る構造に於いて、高速モードで車両を前方に走行させる場合、前記第一、第二両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を同じにして、前記第一キャリア19(19a)を所定方向(車両を前進させようとしている時に従動側回転軸15が回転する方向)に回転させる事で、前記一方向クラッチ18を切断する。そして、前記第一キャリア19(19a)を車体に固定の部分27に対し回転させる。この結果、第一遊星歯車機構16(16a)を構成する、前記第一キャリア19(19a)と第一太陽歯車20(20a)と第一リング歯車22(22a)との自転、及び、第一遊星歯車21(21a、21b)の公転の回転方向及び回転速度が同じとなって、これら各第一遊星歯車21(21a、21b)が実質的に自転しない状態となり、前記第一遊星歯車機構16(16a)全体が一体となって回転する、所謂のり付け状態となる。
【0028】
この様な先発明に係る構造に於いて、車両を後退させる場合、前記従動側回転軸15の回転方向、即ち、前記第一電動モータ10の回転方向を前記所定方向と逆方向にする。そして、前記第一遊星歯車機構16(16a)をのり付け状態とすべく、前記第一、第二両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を同じにすると、前記第一キャリア19(19a)は前記所定方向と逆方向に回転する傾向となる。しかし、この第一キャリア19(19a)がこの所定方向と逆方向に回転する傾向になると、前記一方向クラッチ18が接続(係合)され、前記第一キャリア19(19a)が回転するのを阻止する。従って、前記先発明に係る構造に於いては、車両を後退させる場合、歯車の噛み合いによるエネルギ損失が少なく効率の良いのり付け状態での走行を行えない。
又、車両を後退させるべく、前記第一電動モータ10の回転方向を前記所定方向と逆方向に回転した状態で、前記第二電動モータ11の回転方向をこの第一電動モータ10の回転方向と逆方向、即ち、前記所定方向とし、更に、これら第一、第二両電動モータ10、11の回転トルクを同じとする。この状態では、前記第一キャリア19(19a)は、前記所定方向に回転する為、前記一方向クラッチ18が切断される。従って、車両を後退させる場合には、前記遊星歯車式変速機12(12a)内で、動力の一部が循環する低速モードでの走行も行えない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
本発明は、上述の様な事情に鑑み、小型且つ軽量に構成でき、車両の前進時・後退時の双方で高効率の走行を可能にし、充電1回当りの走行距離を長くして、電気自動車の利便性を向上する事ができる電気自動車用駆動装置を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0031】
本発明の電気自動車用駆動装置は、前述した先発明に係る電気自動車用駆動装置と同様に、1対の電動モータと、遊星歯車式変速機と、回転伝達装置とを備える。
このうちの両電動モータは、前記遊星歯車式変速機の第一、第二両駆動側回転軸を回転駆動する。
又、前記遊星歯車式変速機は、前記第一、第二両駆動側回転軸と、従動側回転軸と、第一、第二両遊星歯車機構と、クラッチ装置とを組み合わせて成るものである。
このうちの第一遊星歯車機構は、第一キャリアと、第一太陽歯車と、第一遊星歯車と、第一リング歯車とから構成され、この第一キャリアに回転可能に支持された第一遊星歯車を、前記第一太陽歯車に噛合させると共に前記第一リング歯車にも噛合させる、シングルピニオン式である。そして、前記第一太陽歯車を前記第一駆動側回転軸の軸方向中間部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する(この第一駆動側回転軸と同期して回転する)状態で設け、前記第一リング歯車を前記第二駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けている。
又、前記第二遊星歯車機構は、第二キャリアと、第二太陽歯車と、第二、第三遊星歯車と、第二リング歯車とから構成され、この第二キャリアに回転可能に支持されて対となる第二、第三遊星歯車を互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第二遊星歯車を前記第二太陽歯車に、同じく外径寄りの第三遊星歯車を前記第二リング歯車に、それぞれ噛合させるダブルピニオン式である。又、前記第二太陽歯車を前記第一駆動側回転軸の端部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設け、前記第二キャリアを前記第一リング歯車と同期して回転する状態で設けている。そして、前記第二リング歯車により、前記従動側回転軸を回転駆動する様にしている。
又、前記クラッチ装置は、前記第一キャリアを車体に固定の部分に対し回転が阻止される状態と、同じく回転が許容される状態とを切り換えるツーウェイクラッチである。そして、前記クラッチ装置は、減速比の大きい低速モード状態では、前記第一キャリアを前記第一駆動側回転軸と反対方向に回転する傾向とする事により接続(係合)し、この第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを阻止する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達する。一方、減速比の小さい高速モード状態では、前記第一キャリアを前記第一駆動側回転軸と同じ方向に回転する傾向とする(この第一キャリアの回転速度をこの第一駆動側回転軸の回転速度と同じにする)事により前記クラッチ装置を切断し、前記第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを許容する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達しない様にする。
前記回転伝達装置は、前記従動側回転軸の回転を、左右1対の駆動輪に伝達する。
【0032】
上述の様な本発明の電気自動車用駆動装置を実施する場合に好ましくは、請求項3に記載した発明の様に、前記クラッチ装置を、外径側部材と、内径側部材と、複数の転動体と、保持器とを備えるものとする。
このうちの外径側部材は、内周面に外輪軌道を有する。
又、前記内径側部材は、前記外径側部材の内側にこの外径側部材と同心に配置され、外周面に周方向に亙る凹凸であるカム面を形成する。
又、前記各転動体は、このカム面と前記外輪軌道との間の周方向複数箇所に配置される。
又、前記保持器は、前記各転動体を転動自在に保持する。
そして、前記外径側部材を前記車体に固定の部分に、前記内径側部材を前記第一キャリアに、それぞれ支持固定する。又、前記保持器と、前記第一駆動側回転軸、第一太陽歯車及び第二太陽歯車のうちの何れか1個である相手部材とを、この保持器が、この相手部材の回転方向と同じ方向に回転する傾向となる様に摩擦係合させる。そして、この保持器が前記カム面と前記各転動体との係合に基づき、前記車体に固定の部分に対して回転するのを阻止された状態で、前記相手部材を前記保持器に対し摺動可能としている。尚、前記摩擦係合状態は、この保持器に回転方向の軽い力を付与できれば良く、軽い摩擦状態で足りる。
【0033】
又、請求項2に記載した電気自動車用駆動装置の場合には、前記遊星歯車式変速機を構成する第一遊星歯車機構は、第一キャリアと、第一太陽歯車と、第一、第二遊星歯車と、第一リング歯車とから構成され、この第一キャリアに回転可能に支持されて対となる第一、第二遊星歯車を互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第一遊星歯車を前記第一太陽歯車に、同じく外径寄りの第二遊星歯車を前記第一リング歯車に、それぞれ噛合させるダブルピニオン式である。そして、前記第一太陽歯車を前記第一駆動側回転軸の軸方向中間部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設け、前記第一リング歯車を前記第二駆動側回転軸により回転駆動する状態で設けている。
又、前記第二遊星歯車機構は、第二キャリアと、第二太陽歯車と、第三遊星歯車と、第二リング歯車とから構成され、この第二キャリアに回転可能に支持された第三遊星歯車を、前記第二太陽歯車に噛合させると共に前記第二リング歯車にも噛合させる、シングルピニオン式である。又、前記第二太陽歯車を前記第一駆動側回転軸の端部に、この第一駆動側回転軸により回転駆動する状態で設け、前記第二キャリアを前記第一リング歯車と同期して回転する様に設けている。そして、前記第二リング歯車により前記従動側回転軸を回転駆動する様にしている。
又、前記クラッチ装置は、前記第一キャリアを車体に固定の部分に対し回転が阻止される状態と、同じく回転が許容される状態とを切り換えるツーウェイクラッチである。そして、前記クラッチ装置は、減速比の大きい低速モード状態では、前記第一キャリアを前記第二駆動側回転軸と反対方向に回転する傾向とする事により接続(係合)し、この第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを阻止する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達する。一方、減速比の小さい高速モード状態では、前記第一キャリアを前記第二駆動側回転軸と同じ方向に回転する傾向とする事により前記クラッチ装置を切断し、この第一キャリアが前記車体に固定の部分に対し回転するのを許容する事で、前記第一リング歯車に入力された動力を前記第一太陽歯車に伝達しない様にする。
【0034】
本発明の技術的範囲からは外れるが、上述の様な請求項2に記載した発明を実施する場合に
は、例えば、前記クラッチ装置を、外径側部材と、内径側部材と、複数の転動体と、保持器とを備え
、この保持器と摩擦係合する相手部材を、前記第二駆動側回転軸、第一リング歯車及び第二キャリアのうちの何れか1個とする
事ができる。
【0035】
又、上述の様な
請求項3に記載した発明を実施する場合に好ましくは、
請求項4に記載した発明の様に、前記保持器の片側面の周方向複数箇所に、その基端部を枢支した揺動部材を設ける。そして、これら各揺動部材の先端部内周面を前記相手部材の外周面に当接させる事で、前記保持器とこの相手部材とを摩擦係合する。
又、上述の様な
請求項4に記載した発明を実施する場合に好ましくは、
請求項5に記載した発明の様に、前記各揺動部材の先端部に永久磁石を設ける。そして、この永久磁石と前記相手部材との間に作用する磁気吸引力により、これら各揺動部材の先端部内周面を前記相手部材の外周面に当接させる。
【0036】
又、好ましくは、
請求項6に記載した発明の様に、前記高速モード状態で、前記両電動モータの回転方向及び回転速度を互いに同じにする。尚、本明細書及び特許請求の範囲で、回転速度とは回転の速さを言い、回転方向を含まない。
【0037】
又、好ましくは、
請求項7に記載した発明の様に、前記低速モード状態での、前記従動側回転軸の回転トルクの絶対値を前記両電動モータの出力トルクの絶対値の和で除した値である、総合減速比(摩擦損失のない、伝達効率=100%と仮定して算出)を、同じく前記高速モード状態での総合減速比で除した値である、段間比を、2若しくは2の近傍(例えば1.8〜2.2程度)とする。
上述の様な
請求項7に記載した発明を実施する場合に、例えば
請求項8に記載した発明の様に、前記低速モード状態で、前記両電動モータの回転方向を互いに逆方向とし、同じく回転トルクの大きさを同じとして、前記第一、第二両遊星歯車変速機構のうちの第一遊星歯車変速機構の遊星比(=リング歯車の歯数/太陽歯車の歯数)を2.8以上、3.2以下とし、同じく第二遊星歯車式変速機構の遊星比を1.9以上、2.1以下とする。
【発明の効果】
【0038】
上述の様に構成する本発明によれば、電気自動車用駆動装置を小型且つ軽量にできる。即ち、変速機構として、1対の遊星歯車機構により構成される遊星歯車式変速機を用いている為、動力を複数の遊星歯車に分散し伝達する事ができて、前記両遊星歯車機構の遊星歯車1個当たりのトルク伝達容量を低く抑え、一般的な歯車機構による変速機構を用いた場合と比較して、変速機構を小型且つ軽量にでき、前記遊星歯車式変速機を組み込んだ電気自動車用駆動装置を小型且つ軽量にできる。更に、本発明の場合、第一遊星歯車機構を構成する第一太陽歯車と第一リング歯車との間の動力伝達の断接状態を切り換えるクラッチ装置を、ツーウェイクラッチとしている。この為、車両の前進時及び後退時の双方に於いて、前記遊星歯車変速機の減速比を切り換えられる。
更に、請求項3〜
5に記載した発明によれば、クラッチ装置を切り換える為のアクチュエータが必要ない為、前記遊星歯車式変速機を組み込んだ電気自動車用駆動装置を、より一層小型且つ軽量にできる。
【0039】
又、請求項
6に記載した発明の様に、前記高速モード状態で、前記両電動モータの回転方向及び回転速度を互いに同じにすれば、高効率の電気自動車用駆動装置を実現でき、電気自動車の充電1回当りの走行可能距離を長くできて、この電気自動車の利便性を向上する事ができる。即ち、前記両電動モータの回転方向及び回転速度を同じとした場合、前記第一遊星歯車機構を構成する、前記第一太陽歯車と前記第一キャリアと前記第一リング歯車との回転方向及び回転速度が同じとなり、前記第一遊星歯車機構全体が一体となって回転する、所謂のり付け状態となる。同様にして、前記第二遊星歯車機構を構成する、前記第二太陽歯車と前記第二キャリアと前記第二リング歯車との回転方向及び回転速度も同じとなり、前記第二遊星歯車機構全体が一体となって回転する。この結果、これら第一、第二両遊星歯車機構に於いて、それぞれの太陽歯車とそれぞれのリング歯車との間でそれぞれの遊星歯車を介し動力が伝達されない状態となり、前記第一、第二両遊星歯車機構内での歯車の噛み合いによるエネルギ損失を小さくでき、高効率の電気自動車用駆動装置を実現できる。
【0040】
又、請求項
7〜8に記載した発明の様に、前記低速モード状態に於ける総合減速比を、前記高速モード状態に於ける総合減速比で除した値である、段間比を2若しくは2の近傍とすれば、車両の加速性能及び高速性能を改善できる。即ち、一般的な電気自動車用電動モータは、最大トルクを出力している状態での最高回転速度と、電動モータの最高回転速度との比は1:2程度である。一方、一般的な変速機を搭載したガソリンエンジン車と同程度の走行性能を得る為には、最大トルクを出力している状態での最高速度と、総合的な最高速度との比を1:4程度にする事が望まれる。従って、一般的な電気自動車用電動モータを使用する場合、低速走行時の減速比と高速走行時の減速比との関係を2:1程度とする事で、前述の
図11に示した、実線aの左半部と右半部とを連続させた如き特性を得られ、車両の加速性能及び高速性能を、前記
図11に破線dで示した、一般的な変速機を搭載したガソリンエンジン車に近い、滑らかなものにできる。
【発明を実施するための形態】
【0042】
[実施の形態の第1例]
図1〜6は、請求項1、3、
4、6〜8に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、本発明の特徴は、車両の前進時及び後退時の双方に於いて、遊星歯車式変速機12bの減速比の切り換えを可能とする構造を実現する点にある。その他の部分の構造及び作用は、前述の
図13〜16に示した先発明に係る構造と同様であるから、同等部分に関する図示並びに説明は、省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。
【0043】
本例の電気自動車用駆動装置は、前述した先発明に係る構造と同様に、第一、第二両電動モータ10、11と、遊星歯車式変速機12bと、回転伝達装置3aとを備える。本例の場合、この遊星歯車式変速機12bを構成する、シングルピニオン式である第一遊星歯車機構16bの第一キャリア19bを、車体に固定の部分27に対し回転が阻止される状態と、同じく回転が許容される状態とを切り換えるクラッチ装置を、ツーウェイクラッチ28としている。このツーウェイクラッチ28は、前記第一キャリア19bが、前記第一電動モータ10の出力軸と同心に配置された第一駆動側回転軸13と同じ方向に回転する場合に切断され(係合が外れ)、この第一駆動側回転軸13と反対方向に回転する傾向の場合に接続(係合)される。即ち、この第一駆動側回転軸13に対する前記第一キャリア19bの回転方向を、前記両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を適切に制御して切り換える事により、前記ツーウェイクラッチ28の断接(係合)状態を切り換える。そして、このツーウェイクラッチ28の断接(係合)に基づいて、前記第一駆動側回転軸13と前記第一キャリア19bとが互いに反対方向に回転する傾向にある場合には、前記第一遊星歯車機構16bを構成する第一太陽歯車20と第一リング歯車22との間で動力が伝達される状態となる。これに対して、前記第一駆動側回転軸13と前記第一キャリア19bとが互いに同じ方向に回転する(これら両部材13、19bの回転方向及び回転速度が同じである)場合には、前記両歯車20、22の間で動力が伝達されない状態となる。
【0044】
本例の場合、上述の様なツーウェイクラッチ28を、外径側部材29と、内径側部材30と、複数の転動体31、31と、保持器32とから構成している。このうちの外径側部材29は、全体を円筒状とし、外周面に設けた外向フランジ状の取付部33を挿通したボルトにより前記車体に固定の部分27に支持固定される。又、前記内径側部材30は、軸方向片半部の外周面に、周方向に亙る凹凸であるカム面34、34を有する。これら各カム面34、34は、それぞれの周方向中央部が最も径方向内方に位置し、それぞれの周方向両端部程径方向外方に位置する形状を有する。この様な内径側部材30の軸方向他半寄り部分の外周面に転がり軸受35を外嵌固定し、この内径側部材30の軸方向他半部外周面に全周に亙って形成した係止溝36に止め輪37を係止する事で、前記転がり軸受35の抜け止めを図る。この状態で、前記外径側部材29の軸方向他半部内周面にこの転がり軸受35の外輪を内嵌固定する事により、これら外径側、内径側両部材29、30を互いに同心に、且つ、相対回転を可能に組み合わせている。
【0045】
又、前記各転動体31、31は、前記内径側部材30のカム面34、34と、前記外径側部材29の軸方向片半部内周面に形成した外輪軌道38との間の部分に、周方向複数箇所に等間隔に配置される。
又、前記保持器32は、1対のリム部39a、39b同士の間に複数本の柱部40、40を、周方向に等間隔に互いに平行に設けて成る。そして、前記両リム部39a、39bと周方向に隣り合う柱部40、40とにより囲まれる部分を、それぞれ前記各転動体31、31を転動自在に保持する為のポケット41、41としている。又、前記保持器32の一方のリム部39aの軸方向片側面の周方向複数箇所(図示の例では3箇所)に等間隔に、部分円筒状の揺動部材42、42の基端部を、枢軸43、43を中心とした揺動変位を自在に支持している。そして、これら各揺動部材42、42の先端部内周面に、相手部材である前記第一駆動側回転軸13の外周面と摩擦係合する、摩擦係合部44、44を設けている。
【0046】
上述の様に構成するツーウェイクラッチ28は、前記内径側部材30の内周面に形成した雌スプライン部45と、前記第一キャリア19b(と共に回転する部分)に設けた雄スプライン部とをスプライン係合する事で、前記内径側部材30を、この第一キャリア19bと同期して回転する様に、この第一キャリア19bに組み付ける。又、前記保持器32に揺動自在に支持した前記各揺動部材42、42の摩擦係合部44、44を、前記第一駆動側回転軸13の外周面に軽く押し付ける(当接させる)。即ち、これら各揺動部材42、42の外周面に周方向に亙って設けた凹溝46、46に、弾性を有する金属線やスプリングである、ワイヤー47を掛け渡す。このワイヤー47の張力により、前記各揺動部材42、42を径方向内方に向け軽く押圧する。この様なワイヤー47としては、例えばばね鋼製のコイルスプリングを用いる事ができる。この結果、前記各摩擦係合部44、44と前記第一駆動側回転軸13の外周面との間に生じる摩擦力により、この第一駆動側回転軸13と前記保持器32とが互いに同期して回転する傾向となる。但し、前記ツーウェイクラッチ28が接続(係合)し、この保持器32が前記車体に固定の部分27に対し回転不能となった状態では、前記各摩擦係合部44、44と、前記第一駆動側回転軸13の外周面とが摺動し、この第一駆動側回転軸13が前記保持器32に対して回転するのを許容する。従って、前記各摩擦係合部44、44をこの第一駆動側回転軸13の外周面に向け押圧する力は、前記ツーウェイクラッチ28が切断した状態で、この第一駆動側回転軸13と前記保持器32とを同期して回転させられる限り、できるだけ小さくする事が好ましい。又、摩擦係合部44、44には、合成樹脂等の滑り板を添設する事で、後述する低速モードでの運転時に於ける摩擦損失の低減を図る事もできる。
【0047】
上述の様に構成する本例の電気自動車用駆動装置を構成する前記遊星歯車式変速機12は、車両の前進時・後退時のそれぞれに於いて、前記ツーウェイクラッチ28の断接(係合)状態(前記第一、第二両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度)を切り換える事により、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で動力が伝達される状態(減速比の大きい低速モードを実現する状態)と、同じく動力が伝達されない状態(減速比の小さい高速モードを実現する状態)との何れか一方の状態で運転する事ができる。
【0048】
即ち、本例の場合、車両を前進させる場合には、前記第一駆動側回転軸13を所定方向に回転させる事でこの第一駆動側回転軸13に摩擦係合した保持器32を、
図5〜6の反時計方向に回転する傾向にする。先ず、減速比の大きい低速モード状態で運転する場合には、前記第一太陽歯車20を回転駆動する前記第一電動モータ10の出力軸と、前記第一リング歯車22を回転駆動する前記第二電動モータ11の出力軸との回転方向及び回転速度の差を適切に規制する。そして、前記第一キャリア19bに支持固定した内径側部材30が、前記保持器32の回転方向と反対方向(
図5〜6の時計方向)に回転する傾向にする。これにより、この保持器32に保持された転動体31、31が、
図6の(B)に示す様に、前記外径側部材29の内周面に設けた外輪軌道38と、前記内径側部材30のカム面34、34との間部分で、前記保持器32の回転方向前方に移動する。そして、前記各転動体31、31を、前記間部分のうちで径方向寸法が狭い周方向端部{
図6の(B)の左側部分}に位置させる。この状態では、前記内径側部材30は、前記保持器32の回転方向と反対方向{
図6の(B)の時計方向}の回転が阻止され、この保持器32の回転方向と同じ方向{
図6の(B)の反時計方向}の回転のみ許容される。そこで、前記第一キャリア19bを支持した前記内径側部材30の、前記第一駆動側回転軸13と摩擦係合した前記保持器32に対する回転方向を逆方向にする事で、前記ツーウェイクラッチ28を接続(係合)し、これら内径側部材30及び保持器32、延いては前記第一キャリア19bを、前記車体に固定の部分27に対し回転不能とする。この時、前記第一駆動側回転軸13は、前記各摩擦係合部44、44の内径側でこの第一駆動側回転軸13の外周面を摺動させる事により、前記保持器32に対し回転する。この結果、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で、第一遊星歯車21、21を介して動力が伝達される。これにより、動力の一部を前記遊星歯車式変速機12b内で循環させられ、この遊星歯車式変速機12bの減速比を大きくできる。
【0049】
これに対し、減速比が小さい高速モード状態で運転する場合には、前記両電動モータ10、11の回転方向及び回転速度を同じにして、前記内径側部材30を、前記保持器32の回転方向と同じ方向(
図5〜6の反時計方向)に回転させる。これにより、前記ツーウェイクラッチ28を切断し、前記第一キャリア19bを前記車体に固定の部分27に対し回転可能にする。この結果、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22とが同じ角速度で同じ方向に回転する状態となる。尚、この状態では、前記ツーウェイクラッチ28が
図6の(A)〜(C)に示す何れかの状態となっても、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で動力が伝達されなくなる。
【0050】
一方、車両を後退させる場合には、前記両電動モータ10、11の回転方向、延いては前記内径側部材30及び前記保持器32の回転方向を逆転させる。即ち、車両を前進させる状態から(停止状態を挟んで)後退させようとする場合、前記各部材30、32の回転方向を、上述した車両が前進する場合の低速モード状態での回転方向と逆転させる。本例の場合、前記内径側部材30の外周面に形成したカム面34、34を、周方向に関し対称としている。この為、前記各転動体31、31が前記外輪軌道38と前記各カム面34、34の間部分を、
図6の(A)に示した中立位置を経て、前記車両が前進する場合に係合したのと反対側の周方向端部{
図6の(C)の右側部分}に移動する。この状態では、前記内径側部材30は、前記保持器32の回転方向と反対方向{
図6の(C)の反時計方向}の回転が阻止され、この保持器32と同じ方向{
図6の(C)の時計方向}の回転のみ許容される。そこで、前記第一キャリア19bを支持した前記内径側部材30の、前記第一駆動側回転軸13と摩擦係合した前記保持器32に対する回転方向を逆方向にする事で、前記ツーウェイクラッチ28を接続(係合)し、前記第一キャリア19bを前記車体に固定の部分27に対し回転不能にする。これにより、前記前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22との間で、前記第一遊星歯車21、21を介して動力を伝達し、前記遊星歯車式変速機12bの減速比を大きくする。
【0051】
これに対し、高速モード状態で運転する場合には、前記両電動モータ10、11の回転方向を前進させる場合と逆方向に、互いに同じ回転速度で回転させ、前記内径側部材30を前記保持器32の回転方向と同じ方向{
図6の(C)の時計方向}に回転させる。これにより、ツーウェイクラッチ28を切断する事で、前記第一太陽歯車20と前記第一リング歯車22とが同じ角速度で同じ方向に回転する状態として、これら第一太陽歯車20と第一リング歯車22との間で動力の伝達が行われなくなる。
車両の前進時・後退時のそれぞれに於ける、低速モード状態及び高速モード状態での前記両電動モータ10、11の動力伝達経路やこれら両電動モータ10、11の出力トルクと従動側回転軸15の回転トルクとの関係は、前述した先発明に係る構造の場合と同様(前記各摩擦係合部44、44と前記第一駆動側回転軸13の外周面との係合部に於ける摩擦損失を除く)である。即ち、前述した先発明に係る構造の説明では、車両を前進させる場合のトルクの関係式を示したが、本例の構造に於いて車両を後退させる場合には、前述した各式のトルクの値の符号が逆転するだけである。
【0052】
上述の様に構成される本例の電気自動車用駆動装置によれば、この電気自動車用駆動装置を小型且つ軽量にできるので、充電1回当りの走行距離を長くし、電気自動車の利便性を向上させる事ができる。即ち、変速機構として前記遊星歯車式変速機12bを用いている為、前述した先発明に係る構造の場合と同様の理由により、変速機構を小型化でき、前記電気自動車用駆動装置全体も小型化できる。
又、本例の場合、減速比の異なる低速モードと高速モードとを切り換えるクラッチ装置として、ツーウェイクラッチ28を用いている。この為、低速モードと高速モードとの切り換えを、車両が前進時及び後退時の双方に於いて実現できる。従って、前記第一、第二両遊星歯車機構16、17に於ける歯車の噛み合いによるエネルギ損失を小さい高速モード(のり付け状態)での運転を、車両を前進させる場合だけでなく後退させる場合にも実現できて、前記電気自動車用駆動装置の効率を向上させる事ができる。又、減速比の大きい低速モードを、車両の前進時及び後退時の双方に於いて、前記第一、第二両電動モータ10、11の出力トルクτ
in1、τ
in2の大きさ(これら両出力トルクτ
in1、τ
in2の絶対値)を互いに同じとした状態で実現できる。特に、本例の場合、前記ツーウェイクラッチ28の断接(係合)状態の切り換えを、アクチュエータによらず、前記両電動モータ10、11の出力(回転方向及び回転速度)を制御する事で行う。この為、前記両モードを切り換える為の構造を簡単にできて、前記遊星歯車式変速機12bを組み込んだ電気自動車用駆動装置の小型・軽量化を図れる。
【0053】
又、前記ツーウェイクラッチ28を構成する保持器32と前記第一駆動側回転軸13とを、この保持器32のリム部39aに枢支した揺動部材42、42の摩擦係合部44、44を前記第一駆動側回転軸13の外周面に向け、これら各揺動部材42、42の外周面に掛け渡したワイヤー47により軽く押し付ける事で摩擦係合している。この為、長期間の使用により前記各摩擦係合部44、44が摩耗した場合にも、これら各摩擦係合部44、44と前記第一駆動側回転軸13の外周面との当接圧を適切な値とする事ができる。
【0054】
[実施の形態の第2例]
図7〜9は、請求項1、
3〜8に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合、ツーウェイクラッチ28aの保持器32に揺動自在に支持した揺動部材42a、42aの先端部外周面に永久磁石48、48を設けている。そして、これら各永久磁石48、48と、鋼製である第一駆動側回転軸13との間に作用する磁気吸引力により、前記各揺動部材42a、42aの摩擦係合部44、44を、この第一駆動側回転軸13の外周面に(軽く)押し付けている。この為、長期間の使用により、これら各摩擦係合部44、44が摩耗した場合であっても、これら各摩擦係合部44、44と前記第一駆動側回転軸13の外周面との係合部の当接圧を一定の値に保ち易い。即ち、上述した実施の形態の第1例の構造の様に、前記各揺動部材42、42の摩擦係合部44、44をワイヤー47(
図3参照)により軽く押圧する場合、長期間の使用によって弾性疲労(金属疲労)が発生し、このワイヤー47により適切な押圧力を得られなくなる可能性がある。これに対し、本例の構造の様に、前記各揺動部材42a、42aの摩擦係合部44、44を前記各永久磁石48、48により(軽く)押し付ければ、長期間使用する事による影響を抑えられる。
【0055】
又、前記ツーウェイクラッチ28aを組み付ける際は、前記各揺動部材42a、42aを径方向外方に押し拡げた状態で、前記第一駆動側回転軸13をこれら各揺動部材42a、42aの内径側に挿通する。その後、これら各揺動部材42a、42aを径方向内方に向け揺動させ、前記各摩擦係合部44、44を、前記第一駆動側回転軸13の外周面に当接させる事で、これら各摩擦係合部44、44と第一駆動側回転軸13の外周面とを摩擦係合させる。従って、前記ツーウェイクラッチ28aの組み付け作業を容易にできる。
その他の部分の構成及び作用は、上述した実施の形態の第1例の場合と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する説明を省略する。
【0056】
[
参考例の1例]
図10は、
本発明に関連する参考例の1例を示している。
本参考例の遊星歯車式変速機12cは、第一、第二両電動モータ10、11の側に設けられた第一遊星歯車機構16cを、第一キャリア19cに回転可能に支持されて対となる第一遊星歯車21a、21bを互いに噛合させると共に、このうちの内径寄りの第一遊星歯車21a、21aを第一太陽歯車20aに、同じく外径寄りの第一遊星歯車21b、21bを第一リング歯車22aに、それぞれ噛合させる、ダブルピニオン式としている。又、従動側回転軸15の側に設けられた第二遊星歯車機構17aを、第二キャリア23aに回転可能に支持された第二遊星歯車25c、25cを、第二太陽歯車24aに噛合させると共に第二リング歯車26aにも噛合させる、シングルピニオン式としている。そして、ツーウェイクラッチ28bを構成する内径側部材30(
図2〜7参照)を、前記第一キャリア19cに支持固定し、保持器32(
図2〜7参照)を第二駆動側回転軸14に摩擦係合している。
その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例の場合と同様であるから、同等部分には同一符号を付して、重複する説明を省略する。
【実施例1】
【0057】
図1に示した実施の形態の第1例の構造で、低速モードでの定常運転状態に於ける、各部のトルクに関して、具体的な値の1例を示す。
先ず、第一、第二両電動モータ10、11の出力トルクτ
in1、τ
in2、及び、第一遊星歯車機構16の第一太陽歯車20、第一リング歯車22の歯数Z
20、Z
22、第二遊星歯車機構17の第二太陽歯車24、第二リング歯車26の歯数Z
24、Z
26に就いて、以下の様に規制する。
τ
in1=50(N/m)
τ
in2=−50(N/m)
Z
20=24
Z
22=76
Z
24=47
Z
26=97
ここで、前述した(1)式〜(4)式より、各部のトルクは以下の通りとなる。
τ
1=99.1(N/m)
τ
2=49.1(N/m)
τ
3=−105.4(N/m)
τ
out=204.5(N/m)
尚、トルクの符号が負(マイナス)となっているものは、トルクの向き(回転方向)が反対となっている事を示している。