特許第5924212号(P5924212)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5924212
(24)【登録日】2016年4月28日
(45)【発行日】2016年5月25日
(54)【発明の名称】車両企画支援システム
(51)【国際特許分類】
   G06F 17/50 20060101AFI20160516BHJP
【FI】
   G06F17/50 612C
   G06F17/50 610C
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2012-210137(P2012-210137)
(22)【出願日】2012年9月24日
(65)【公開番号】特開2014-67100(P2014-67100A)
(43)【公開日】2014年4月17日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080768
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 実
(72)【発明者】
【氏名】武田 雄策
(72)【発明者】
【氏名】大黒谷 陽子
(72)【発明者】
【氏名】山中 僚子
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 健二
(72)【発明者】
【氏名】大坪 智範
(72)【発明者】
【氏名】橋本 悟
(72)【発明者】
【氏名】伏見 亮
(72)【発明者】
【氏名】民谷 謙
【審査官】 松浦 功
(56)【参考文献】
【文献】 特開平3−201168(JP,A)
【文献】 大黒谷陽子 外7名,自動車の室内寸法に対する人間の知覚能力の解析,日本人間工学会 中国・四国支部 九州・沖縄支部 合同開催支部大会 講演論文集,一般社団法人日本人間工学会 中国・四国支部 九州・沖縄支部,2011年11月 1日,pp.76−77
【文献】 大坪智範 外3名,自動車車室内空間における広々感の評価手法,日本人間工学会 中国・四国支部 九州・沖縄支部 合同開催支部大会 講演論文集,一般社団法人日本人間工学会 中国・四国支部 九州・沖縄支部,2011年11月 1日,pp.90−91
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 17/50
B62D 25/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転席近傍にフロントピラーが配設される車両の企画を支援する車両企画支援システムであって、
運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と、正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とをパラメータとして設定され、広々感についての相対的な感応評価値を記憶した第1記憶手段と、
運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と、正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とをパラメータとして設定され、見晴らし感についての相対的な感応評価値を記憶した第2記憶手段と、
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とを入力する企画車両情報入力手段と、
前記企画車両情報入力手段によって入力された企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とを前記第1記憶手段に照合して、広々感についての感応評価値となる第1評価値を決定する第1評価値決定手段と、
前記企画車両情報入力手段によって入力された企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とを前記第2記憶手段に照合して、見晴らし感についての感応評価値となる第2評価値を決定する第2評価値決定手段と、
前記第1評価値と前記第2評価値とを報知する報知手段と、
を備えていることを特徴とする車両企画支援システム。
【請求項2】
請求項1において、
前記第1記憶手段は、基準となる車両が有する広々感の感応評価値を基準評価値として、該基準評価値に対する相対的な感応評価値を記憶しており、
前記第2記憶手段は、基準となる車両が有する見晴らし感の感応評価値を基準評価値として、該基準評価値に対する相対的な感応評価値を記憶している、
ことを特徴とする車両企画支援システム。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角との少なくとも一方について、前記第1記憶手段の記憶内容に基づいて前記第1評価値を良くするための変更方向を決定する第1変更方向決定手段と、
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角との少なくとも一方について、前記第2記憶手段の記憶内容に基づいて前記第2評価値を良くするための変更方向を決定する第2変更方向決定手段と、
前記報知手段は、前記角変更方向決定手段で決定された変更方向をも報知する、
ことを特徴とする車両企画支援システム。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とのそれぞれについて、標準体格の乗員と標準体格よりも大柄な大柄体格の乗員と標準体格よりも小柄な小柄体格との少なくとも3種類の体格について、それぞれ前記第1評価値および前記第2評価値を決定する、ことを特徴とする車両企画支援システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両企画支援システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車においては、車両の軽量化、空力改善、独自デザイン実現等のために、車室内空間がコンパクト化され易いものとなっており、これに伴って乗員に与える車室内における圧迫感が課題となる。よって、乗員が感じる領域で、絶対空間が狭くても広々とした感じの車室内空間を形成することが望まれることになる。特に、フロントピラー(Aピラーとも呼ばれる)は、運転者からの視野に対して妨害角を形成すると共に運転者に接近していることから、ピラートリムを含むフロントピラーを目視した際に、視空間知覚となる車室内空間の広々感というというものが阻害されないようにすることが重要となる。
【0003】
また、広々感とは別に、見晴らし感も重要となる。この見晴らし感は、車室空間だけでなく窓越しの景色を眺めたときの視界をも対象として視空間知覚であり、この見晴らし感も阻害されないようにすることが重要となる。特許文献1には、フロントピラーの圧迫感をシミュレータで評価するシステムが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−242463号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のものでは、評価対象となるフロントピラーを設定した後に、官能評価するものであり、評価に多大な時間を要すると共に、評価の精度にばらつきを生じやすいものとなる。また、評価対象となるフロントピラーは、例えばデザインや断面積の大きさ等の観点から設定されていて、乗員に与える圧迫感という観点からは設定されたものではないため、所望の広々感や見晴らし感が得られるような最終的なフロントピラーの形状や位置等の決定までに、評価対象となるフロントピラーそのものを試行錯誤して多数設定する必要があった。
【0006】
本発明は以上のような事情を勘案してなされたもので、その目的は、運転者近傍にフロントピラーが配設される車両において、広々感と見晴らし感とを共に満足できるような車両を容易に企画できるようにした車両企画支援システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、本発明にあっては、基本的に、広々感および見晴らし感がそれぞれ、運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と、正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とに多大な影響を受けることを勘案して、この両者をパラメータとして、広々感および見晴らし感についての相対的な感応評価値をあらかじめ記憶しておき、企画された車両における上記距離と見開き角とを記憶手段と照合することにより、企画された車両における広々感および見晴らし感についての相対的な評価値を得るようにしてある。車両の企画者は、上記得られた評価値に基づいて、広々感および見晴らし感を相対的に満足させる車両を容易に企画、設計することができる。
【0008】
具体的には、本発明にあっては、次のような解決手法を採択してある。すなわち、請求項1に記載のように、
運転席近傍にフロントピラーが配設される車両の企画を支援する車両企画支援システムであって、
運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と、正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とをパラメータとして設定され、広々感についての相対的な感応評価値を記憶した第1記憶手段と、
運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と、正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とをパラメータとして設定され、見晴らし感についての相対的な感応評価値を記憶した第2記憶手段と、
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とを入力する企画車両情報入力手段と、
前記企画車両情報入力手段によって入力された企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とを前記第1記憶手段に照合して、広々感についての感応評価値となる第1評価値を決定する第1評価値決定手段と、
前記企画車両情報入力手段によって入力された企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とを前記第2記憶手段に照合して、見晴らし感についての感応評価値となる第2評価値を決定する第2評価値決定手段と、
前記第1評価値と前記第2評価値とを報知する報知手段と、
を備えている、ようにしてある。上記解決手法によれば、企画された車両における乗員のアイポイントからフロントピラーまでの距離と見開き角とを入力するだけで、報知手段により報知された広々感に関する第1評価値と見晴らし感に関する第2評価値とを得ることができる。これにより、所望の広々感と見晴らし感とが得られるフロントピラー部分の企画、設計を極めて容易に行うことができる。
【0009】
上記解決手法を前提とした好ましい態様は、請求項2以下に記載のとおりである。すなわち、
前記第1記憶手段は、基準となる車両が有する広々感の感応評価値を基準評価値として、該基準評価値に対する相対的な感応評価値を記憶しており、
前記第2記憶手段は、基準となる車両が有する見晴らし感の感応評価値を基準評価値として、該基準評価値に対する相対的な感応評価値を記憶している、
ようにしてある(請求項2対応)。この場合、広々感の評価値と見晴らし感の評価値とをそれぞれ、基準となる車両を基準評価値として、この基準評価値から良い、悪い、という方向への評価を得ることができる。また、基準評価値を基準とすることにより、企画された車両における広々感や見晴らし感がどの程度良いのかあるいは悪いのかを直感的に把握させる上でも好ましいものとなる。
【0010】
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角との少なくとも一方について、前記第1記憶手段の記憶内容に基づいて前記第1評価値を良くするための変更方向を決定する第1変更方向決定手段と、
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角との少なくとも一方について、前記第2記憶手段の記憶内容に基づいて前記第2評価値を良くするための変更方向を決定する第2変更方向決定手段と、
前記報知手段は、前記角変更方向決定手段で決定された変更方向をも報知する、
ようにしてある(請求項3対応)。この場合、広々感、見晴らし感を良くする方向への変更方向を知ることができ、車両の企画をより容易に行う上で好ましいものとなる。
【0011】
企画された車両における運転者のアイポイントからフロントピラーまでの距離と正面視方向に対するフロントピラーの見開き角とのそれぞれについて、標準体格の乗員と標準体格よりも大柄な大柄体格の乗員と標準体格よりも小柄な小柄体格との少なくとも3種類の体格について、それぞれ前記第1評価値および前記第2評価値を決定する、ようにしてある(請求項4対応)。この場合、広々感の評価値と見晴らし感の評価値とのそれぞれについて、体格の相違に応じた評価値を得ることができ、体格の相違をも加味したより理想的な車両の企画、設計を行う上で好ましいものとなる。とりわけ、広々感および見晴らし感のそれぞれについて、体格の相違に応じた少なくとも3種類の評価値が得られるので、フロントピラーの傾斜角度や傾斜方向等をも含めて、車両の企画、設計を乗員の体格の差を加味してより汎用性の高いものとする上で好ましいものとなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、広々感と見晴らし感とを共に満足させることのできる車両を容易に企画することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明が適用された車両の一例を示す要部側面図。
図2図1の要部平面図。
図3図1の要部正面図。
図4】見晴らし感を説明するための説明図。
図5】車両の企画支援用システムの一例を示すブロック図。
図6】車両の企画支援の制御例を示すフローチャート。
図7】第1記憶手段に記憶されている広々感に関する記憶内容を示す図。
図8】第2記憶手段に記憶されている見晴らし感に関する記憶内容を示す図。
図9】距離に応じた角度の視空間知覚特性を解析するために用いた実験システムを示す簡略側面図。
図10図1の要部を示す簡略平面図。
図11】実験により得られた実角度と知覚角度との関係を示す図。
図12】実験により得られた実角度と知覚角度との関係を示す図。
図13】実験により得られた実角度と知覚角度との関係を示す図。
図14】実験により得られた実角度と知覚角度との関係を示す図。
図15】右方向と上方向の知覚特性の違いを指標が呈示された直後の頭部と眼球運動とから示した実験結果を示す図。
図16】右方向と上方向の知覚特性の違いを指標が呈示された直後の頭部と眼球運動とから示した実験結果を示す図。
図17】距離に応じた右方向の角度知覚の違いについての実験結果を示す図。
図18】距離に応じた右方向の角度知覚の違いについての実験結果を示す図。
図19】自動車室内の空間の感性を解析するために用いた実験システムを示す概略図。
図20】フロントピラーの傾斜角を示す図。
図21】フロントピラーの見開き角を示す図。
図22】実験組み合わせ例を示す図。
図23図21の組み合わせ例によって得られた広々感についての実験結果を示す図。
図24図21の組み合わせ例によって得られた見晴らし感についての実験結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1において、Vは自動車(車両)の前部を示し、実施形態では乗用車あるいはワゴン車の前部とされている。車両Vのフロントピラー(Aピラー)が符合1で示され、ルーフが符合2で示され、フロントウインドガラスが符合3で示され、前サイドドアが符合4で示され、前サイドドア4に装備されたサイドウインドガラスが符合5で示される。フロントピラー1は、上方に向かうにつれて後方に位置するように大きく傾斜設定されている(図1参照で、前下がりあるいは後上がりの傾斜設定)。また、フロントピラー1は、上方に向かうにつれて徐々に車幅方向内方側に向かうように若干傾斜されている(図3参照)。
【0015】
乗員としての運転者が符合Hで示され、そのアイポイント(左右両眼の中心位置)が符合Eで示される。アイポイントEの位置は、乗員Hが標準体格を有する男性を想定して設定されている(いわゆるAM50規格の体格)。
【0016】
図3に示すように、アイポイントEから正面視したときの視線をγとして、この正面視での角度を0度としたとき、フロントピラー1の前端部によって視線を妨げられ始めるまでの角度が見開き角となる。図2に、フロントピラー1が実線と一点鎖線で2種類示してあるが、フロントピラー1が車幅方向外側にいくほど見開き角が大きくなる。また、車幅方向外側位置が同じ場合には、フロントピラー1が後方に位置されるほど見開き角が大きくなる。
【0017】
図4はフロントウインドガラス4やサイドウインドガラス5の窓越しに外の景色を見たときの様子を示し、見晴らし感となる。見晴らし感は、窓越しの景色を眺めたときの視界をも対象として視空間知覚であり、見開き角を主要な寸法的因子としている。本発明では、フロントピラー1との関連で、車室内の奥行き感を感じさせる所望の広々感と見晴らし感とを得るようにしてある。
【0018】
広々感に関する相対的な評価値を決定するために、図7に示すような3次元マップが記憶されている。この図7は、X軸上に、アイポイントEからフロントピラー1までの距離が設定され、この距離は、標準体格の乗員(運転者)のアイポイントEと同一高さ位置におけるものである。また、Y軸には、見開き角が設定され、この見開き角も、標準体格の乗員(運転者)のアイポイントEと同一高さ位置におけるものである。そして、Z軸に、相対的な広々感を示す評価値が設定されている。評価値は、基準車両の評価値を0として、広々感が良い方向にプラスの値を設定し、広々感が悪い方向にマイナスの評価値を設定してある。なお、基準車両における距離は470mm、見開き角は27度である。
【0019】
同様に、見晴らし感に関する相対的な評価値を決定するために、図8に示すような3次元マップが記憶されている。この図8は、X軸上に、アイポイントEからフロントピラー1までの距離が設定され、この距離は、標準体格の乗員(運転者)のアイポイントEと同一高さ位置におけるものである。また、Y軸には、見開き角が設定され、この見開き角も、標準体格の乗員(運転者)のアイポイントEと同一高さ位置におけるものである。そして、Z軸に、相対的な見晴らし感を示す評価値が設定されている。評価値は、基準車両の評価値を0として、見晴らし感が良い方向にプラスの値を設定し、見晴らし感が悪い方向にマイナスの評価値を設定してある。なお、基準車両における距離は470mm、見開き角は27度である。
【0020】
図7図8は、空間の感性特性を視空間知覚特性の特徴を表現できる2次元のシグモイド関数でモデル化したもので、後述する実験で得た空間に対する感性特性の特著を反映して応答曲面を導出するため、カーネル密度推定法を用いた。空間の感性カーネル関数K(x)は、次式(1)で示される。この式(1)中のxは式(2)で示され、式(2)中のx0は評価基準の車室寸法、xn(i=1,2,・・・・・・n)は評価したn条件の車室寸法である。
【0021】
【数1】

【0022】
【数2】

【0023】
ここで,計測した主観評価値Zは,式(3)で示す。式(3)中、αi(i=1,2・・・n)は,重みを表す係数である.
【0024】
【数3】


【0025】
式(3)を展開して、式(4)が得られる。
【0026】
【数4】
【0027】
式(4)を用いて係数を計算し,各感性評価値の応答曲面を導出し、広々感についての導出結果(応答曲面結果)が図7であり、見晴らし感についての導出結果(応答曲面結果)が図8である。この図7において、T1で示す線が、基準評価値と同じ評価値となる点を結んだ曲線である(等高線)。同様に、図8において、T2で示す線が、基準評価値と同じ評価値となる点を結んだ曲線である(等高線)。
【0028】
図7図8において、別途計測した主観評価値と応答曲面との相関係数Rとともに示す。ここで,式(1)の感性カーネル関数のバンド幅は(0.15m、15deg)を与えて推定した。別途計測した主観評価との相関係数はある程度高く,シグモイド関数である程度表現できていることがわかる。また,図7図8を組み合わせて検討すると,「広々とした」の評価を同等にする設計を行うには,アイポイントEからフロントピラー1までの距離、フロントピラー1の見開き角をT1線沿って変更する必要があるが、そのまま沿って変更を加えると「見晴らしがよい」の評価が悪化する範囲があることが確認できる。以上のように,図7図8に示す応答曲面を導出することで,感性特性を考慮した設計が可能となる.
図5は、企画された車両の広々感および見晴らし感が、どの程度のものかをシミュレーションによって得るようにするためのシステムを簡略的に示すものである。図5中、Uはマイクロコンピュータを利用して構成されたコントローラであり、図7のマップを記憶した第1記憶手段M1と、図8のマップを記憶した第2記憶手段M2とを有している。
【0029】
コントローラUには、企画された車両の情報を入力するための入力手段20で入力された情報が入力され、特にフロントピラー1に関する情報が入力手段20から入力されるようになっている。この入力手段20は、企画された車両について、アイポイントEからフロントピラー1までの距離に関する情報と、フロントピラー1の見開き角に関する情報とを数値入力するものであってもよく、あるいはコンピュータ上で別途想定された企画車両に関する膨大な電子データ情報から、フロントピラー1に関する上記距離と見開き角とに関する情報を取り出して入力するものであってもよい。また。コントローラUは、報知手段としてディスプレイ30を制御するようになっている。
【0030】
次に、図6を参照しつつ、コントローラUの制御例について説明するが、以下の説明でQはステップを示す。まず、Q1において、企画された車両について、アイポイントEからフロントピラー1までの距離と、フロントピラー1の見開き角とが入力される。
【0031】
Q1の後、Q2において、入力された上記距離と見開き角とを、第1記憶手段M1(つまり図7に示すマップ)に照合して、広々感に関する相対的な感応評価値となる第1評価値(−10〜+10までの数値)が決定される。次いで、Q3において、入力された上記距離と見開き角とを、第2記憶手段M2(つまり図8に示すマップ)に照合して、見晴らし感に関する相対的な感応評価値となる第2評価値(−5〜+5までの数値)が決定される。この後、Q4において、Q2で決定された第1評価値とQ3で決定された第2評価値とが、ディスプレイ30に報知される。
【0032】
Q4の後、Q5において、報知された第1評価値が車両の企画者にとってOKか否か(満足するか否か)が判断される。この判断は、ディスプレイ30に報知された第1評価値を入手した車両の企画者が、入力手段20を利用してOKか否かの指令操作を行った結果に基づくものとなる。Q5の判別でNOのときは、Q6において、広々感を良くする方向、例えばフロントピラー1までの距離を長くあるいは短くする、見開き角を小さくあるいは大きくする、というような内容となり、距離あるいは見開き角の変更の度合(例えば距離を○mmの範囲で大きくとか、見開き角を△度の範囲で大きく)等の決定となる。
【0033】
上記Q6の後、あるいはQ5の判別でYESのときは、それぞれQ7において、Q4で報知された第2評価値が、車両の企画者にとってOKか否か(満足するか否か)が判断される。この判断は、ディスプレイ30に報知された第2評価値を入手した車両の企画者が、入力手段20を利用してOKか否かの指令操作を行った結果に基づくものとなる。Q7の判別でNOのときは、Q8において、見晴らし感を良くする方向、例えばフロントピラー1までの距離を長くあるいは短くする、見開き角を小さくあるいは大きくする、というような内容となり、距離あるいは見開き角の変更の度合(例えば距離を○mmの範囲で大きくとか、見開き角を△度の範囲で大きく)等の決定となる。
【0034】
上記Q8の後は、Q6あるいはQ9で決定された広々感あるいは見晴らし感を良くする方向への変更方向がディスプレイ30に報知される。Q9の後は、Q1に戻る。Q1〜Q9のステップを繰り返すことにより、広々感および見晴らし感について、車両の企画者にとって所望のものが容易にかつ迅速に得られることになる。すなわち、Q4やQ9での報知情報に基づいて、Q1では修正された企画車両の情報(距離と見開き角)を入力することにより、やがて、Q4において車両企画者の満足するような第1評価値、第2評価値が得られることになる。なお、車両の企画次第では、企画者の満足する第1評価値あるいは第2評価値が得られない場合もあり得る(この場合は、広々感や見晴らし感の少なくとも一方については犠牲にならざるを得ない車両企画となる)。
【0035】
ここで、図6では、標準体格の乗員(運転者)1人についての第1評価値および第2評価値を得るようにしてあるが、標準体格よりも大柄な体格を有する乗員および標準体格よりも小柄な体格を有する乗員の少なくとも3名分について同様の処理を行うことにより幅広い体格について、広々感および見晴らし感を満足させるフロントピラーの設定を行うことが可能となる(同時に3名分の処理、報知を行うこともできる)。特に、体格の相違する乗員についての図6のような処理は、体格によってアイポイントEの高さ位置が相違してアイポイントEからフロントピラー1までの距離や見開き角が相違することから、フロントピラーの長手方向の少なくとも3箇所について、好ましいアイポイントEからの距離と見開き角とに関する情報が得られるので、フロントピラーの傾斜角度や傾斜方向についても広々感と見晴らし感とを共に満足させることのできる車両を容易に企画することができる
なお、広々感と見晴らし感とに関する評価値は相対的なものであり、車両の種類等によって好ましい評価値が相違することもあり、全ての車両について共通の仕様となるものとは限らないものである。例えば、一般的な乗用車であれば、広々感と見晴らし感とは共に高い次元で満足させることが望まれる。この一方、例えばスポーツカーの場合は、車室のタイト感というものも要求されるので、広々感を抑制しつつ見晴らし感を優先した車両企画とすることもある。逆に、見晴らし感を多少犠牲にしつつも広々感を優先した車両企画の場合もあり得る。いずれにしても、図7図8に示す設定は、ある基準車両を基準とした広々感と見晴らし感との相対的な評価なので、基準車両を変更すれば、当然のことながら得られる評価値も異なってくる。
【0036】
次に、図7図8に示すようなマップを得るようにした根拠について、図9以下の図面を参照しつつ、特に乗員の空間知覚特性をも考慮しつつ説明することとする。
【0037】
まず、自動車の車室開発では、広々とした空間を確保したい一方、車体の軽量化や独自デザインの実現が必要になるため、狭い空間で広く感じる設計が求められる。この実現には、距離や角度などの車室寸法の視空間知覚と広さや目障りなどの空間の感性特性との関係を明らかにする必要がある。これまで自動車や建築などの分野にて、人間の空間の感性特性のメカニズムを解明する研究が数多く報告されている。 国内外で行った自動車室内の主観評価に対し、記述統計的分析を行い、車室内の大きさと広さ感覚は単調に比例しないことが報告されている。また、眼球の網膜に占める建物の大きさを物理尺度として、住宅地域全体の空間の感性特性の評価が行われているが、車室内のような両眼運動の影響が作用する近距離へ適用するのは難しい。
【0038】
一方、視空間知覚に関わる両眼の役割に着目した研究が、視覚心理学や運動生理学の分野で古くから多くなされている。視対象が左右眼球の網膜上の同一座標上にあるにも関わらず、心理的に同一方向・位置として知覚できないことが発見され、同一方向・位置として知覚できる範囲を心理物理的ホロプターとして定義されている。また、理学的ホロプターの外側が手前に湾曲し、上方が遠方に傾いた形状の曲面になることが実験的に推定されている。さら、視空間知覚の中の奥行き知覚は、両眼の網膜像差量と知覚量が線形に保つ範囲、知覚できる網膜像差量の上限が存在することも定量的に示されている。さらに、注視点の位置や着座姿勢により眼球と頭部の運動の分担比が変化することを実験的に示し、頭部と眼球の協調運動が視空間知覚や空間の感性特性へ影響を与えることがわかってきている。
【0039】
このように、距離や角度に対する空間の感性特性や視空間知覚特性のメカニズムがそれぞれ明らかにされてきているが、視空間知覚が感性特性に与える影響について評価解析しようとするものではない。そのため、自動車の設計者が他性能との優先順位を考慮して、車室内のレイアウトや形状を机上で検討し、限界設計を満たす車両寸法を決定していくのは難しい。
【0040】
そこで、車両寸法の視空間知覚−空間感性の関係を定量化し、設計へ適用することを目的として研究を行った。以下の説明では、(1) 自動車の A ピラー(フロントピラー)やフロントヘッダ、およびインストルメントパネルに想定した方向に、視標を被験者へ提示し、感覚受容器を通し角度を知覚する実験を行い、車両寸法の視空間知覚の特徴を、物理尺度を用いて解析する。(2) 次に、運転席側の車室内を被験者へ提示して主観評価を行い、車両寸法に応じた空間の感性特性の変化を解析する。(3) そして、(1)、(2)の結果から車両寸法の視空間知覚の特徴に基づき空間の感性特性の変化をモデル化する手法を提案する
人間の角度の視空間知覚能力の解析
実験装置:図9に人間の距離に応じた角度の視空間知覚特性を解析するために用いた実験システムの概略を示す。本システムは、被験者の視線を計測する視線計測部、2D画像を提示する表示部からなる。視線計測部では、アイマークレコーダ EMR-9 (NAC Image Technology 社製、キャップ式アイカメラ、計測範囲:水平±40deg、垂直±20deg、眼球運動分解能: 水平0.1deg、垂直0.4deg、瞳孔径計測分解能0.02mm、サンプリング: 240 Hz) を用い、同時に被験者の発話を記録する。体幹と頭部は光学式モーションキャプチャカメラ (MotionAnalysis 社製、サンプリング: 60 Hz) によってトラッキングし、頭部姿勢を計測する。表示部による2D画像提示は、図9に示す十字の視標が表示された画像がプロジェクタによって PCから連続的に表示される。
【0041】
実験方法:実験は呈示画像に対し、知覚した角度を口述する口頭諮問形式とした。被験者には、図9のように正面から大きさ 0.67 degの十字視標を、水平垂直角度 (θa、φa) をランダムに変更した画像を 200 〜 400 回程度呈示し、被験者の角度の回答から知覚能力を解析する。なお、画像呈示前には、十字がランダムに分布した中に回答基準θini となる十字が表示された画像が呈示され、その基準からの角度変化を口述する。実験条件は、人間の視点から A ピラーやフロントヘッダ、インストルメントパネルの距離と方向を想定した。
条件 A:la= 0.45 m、 (θa、φa) = (12〜34.0) deg、
条件 B:la= 0.35 m、 (θa、φa) = (0, 6〜34) deg、
条件 C:la= 0.60 m、 (θa、φa) = (0,-24〜-10) deg、
条件 D:la= 0,80 m、 (θa、φa) = (12〜34.0) deg、
の 4 条件とした。被験者には、実験前に (θa、φa) を示しながらその感覚を覚えさせる。また本実験で用いる角度の上限値は分からないように練習させた。なお、本実験中には、呈示した実際の角度は被験者には教えていない。
【0042】
角度の知覚能力特性
計測結果の一例として、被験者1 名分の、水平垂直角度 (θa、φa) の知覚能力の実験結果を示す。図11図16 は、条件A〜C の右上下方向における角度知覚と、その眼球・頭部運動の時系列の一例を示す。このとき、被験者には (a) 眼球運動のみ、(b) 頭部・眼球協調運動、の 2 種類の拘束運動条件で角度を知覚させた。図11図14は、それぞれ縦軸は被験者が知覚した角度、横軸は呈示した角度(実角度)で、シグモイド関数との相関係数Rとともに示す。なお、破線に近づくことで正確に知覚していることを意味する。
【0043】
図11図12から右方向へ呈示する角度が大きくなるほど、角度の知覚誤差が大きくなること、頭部運動との協調運動により、知覚誤差が大きくなることがわかる。図13図14から下方向の知覚誤差の傾向も右方向と同様の傾向をもつが、上方向の知覚能力は頭部運動の影響を受けにくいことがわかる。さらに、相関係数Rが高くシグモイド関数的な角度の知覚特性を有していることがわかる。
【0044】
図15図16は、右方向と上方向の知覚特性の違いを、指標が呈示された直後の頭部と眼球運動から示した結果である。左縦軸は、それぞれ初期姿勢からの右・下方向の頭部回転角度、右縦軸はアイマークレコーダから計測された視点位置、横軸は時間、黒線が頭部回転角度、灰線が視点位置の時刻歴である。なお、被験者はいづれも 2 [sec] 近傍で角度を回答している。図は、最初に眼球だけで視標を追跡したのち、その後頭部との協調運動が発生し、眼球位置が定常状態に安定していることがわかる。また、右方向の角度回答時は頭部角度の変位で回答しているのに対し、上方向は頭部と眼球の角度の変位で回答している。知覚精度と頭部・眼球運動の結果から、この被験者は右方向の角度知覚は眼球運動のみで知覚するが、上方向は頭部・眼球運動の双方で知覚していることがわかった。距離を同じに感じる心理学的ホロプターの曲面と同様に、右上下方向の角度知覚も湾曲する傾向をもち、それが頭部運動によって変化することが推測される。
【0045】
図17は、条件 A、D における距離に応じた右方向の角度知覚の違いを示した結果である。それぞれ縦軸は被験者が知覚した角度、横軸は呈示した角度で、シグモイド関数との相関係数Rとともに示す。図から、距離が異なってもシグモイド関数の形状が大きく変化しないこと、距離によって知覚誤差が小さい角度が異なることがわかる。図18は、条件 A における2種類の回答基準θini= 0.16 deg. による知覚特性の差異を示している.図から、比較する基準が変わることによって,知覚誤差の変化の傾向が異なることが実験的にわかった。
【0046】
以上の結果から角度知覚特性は,距離,方向,回答基準,および頭部・眼球運動によって変化するが,相関係数R が高くシグモイド関数的な知覚特性を持つことがわかった.
人間の車室内空間の感性特性の解析
実験環境: 図19に自動車室内の空間の感性を解析するために用いた実験システムの概略を示す。本システムは、被験者の運動を計測する動作計測部、3D画像を提示する表示部からなる。ここで動作計測部において、頭部は光学式モーションキャプチャカメラ (MotionAnalysis 社製、サンプリング: 60 Hz) によってトラッキングされており、被験者へ視点に応じて立体映像が歪なくシャッター眼鏡を通して提示する。表示部における 3D 画像呈示は、図19に示す CAVE 多面立体視表示システム (SCSK 社製、 没入型 VR 、 スクリーン: 2.1 m 四方 5 面) を用いる。
【0047】
実験方法: 実験は、3D 呈示画像に対し、VAS (Visual-Analog-Scale) 法を用いて主観評価を行った。なお、空間の感性の評価項目は、事前に車両において評価グリッド法を用いたインタビューを行い抽出した評価語を用いた。3D 呈示する車室内は、図20 示すアイポイントから A ピラーのA - A 断面までの距離La= 0.45 〜 0.60 m、A ピラーの見開き角θHa= 17 〜 27 deg、およびA ピラーの傾斜角θVa (任意の2 種類) の範囲で設定する。実験に用いた車室内は、図22に示す実験計画法に基づき制御因子 (La: 4 水準、 θHa: 4 水準、θVa: 2 水準) を配置した L16 直交表の組み合わせとし、各10 分程度の主観評価から空間の感性特性を計測する。
【0048】
A ピラーによる車室内広さの感性特性: 計測結果の一例として、被験者1名の図12に示す組み合わせにおける車室内空間の違いによる空間の感性特性の解析を行った。図23図24は、抽出した評価語のうち「広々とした」と「見晴らしがよい」の項目でLa = 0.45 m、θHa = 27 deg を基準に VAS (Visual-Analog-Scale) 法を用いて主観評価した結果である。横軸はアイポイントから A ピラーのA - A 断面までの距離 La、Aピラーの見開き角 θHa、Aピラーの傾斜角θVaで構成される制御因子、および交互作用項である。縦軸は各評価語の VASの計測値である。なお、横軸の番号は、図12のL16 直交表と対応づけられる。
【0049】
図23図24の「広々とした」と「見晴らしがよい」の変化から、アイポイントから A ピラーのA - A 断面までの距離 La、Aピラーの見開き角θH aの影響が大きいことがわかる (A ピラーの傾斜角θVa、交互作用項と P <0.05 で有意差あり)、また、VAS を用いて制御因子による主観評価値を計測した結果、角度の視空間知覚特性と似たシグモイド関数のような変化の形状をもつことがわかる。
【0050】
以上の結果から、空間の感性特性の特徴を、車両寸法の視空間知覚特性の特徴を表現できるシグモイド感性で表現することを試みて得られたのが、前述の式(1)〜式(4)を用いて得られた図7図8に示す3次元マップである。
【0051】
以上実施形態について説明したが、本発明は、実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載された範囲において適宜の変更が可能である。例えば、所望の広々感および見晴らし感に関する各評価値を入力手段20によって入力して、図7に示すマップに基づいて入力された広々感に関する評価値が得られるときの距離と見開き角とを得るようにし、同様に、図8に示すマップに基づいて入力された見晴らし感に関する評価値が得られるときの距離と見開き角とを得るようにして、得られた距離と見開き角とをそれぞれ広々感および見晴らし感と対応付けてディスプレイ30に表示するようにしてもよい。この場合、入力された各評価値を共に満足する距離と見開き角とを報知するようにすることもできる。勿論、報知される距離と見開き角とは、ある一点の数値として表示するのみならず、ある数値範囲でもって示すこともできる。勿論、本発明の目的は、明記されたものに限らず、実質的に好ましいあるいは利点として表現されたものを提供することをも暗黙的に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、広々感と見晴らし感とを達成できる車両の企画を容易に行うことができる。
【符号の説明】
【0053】
V:車両
E:アイポイント
γ:正面視の視線方向
T1、T2:評価値が同値となる等高線
1:フロントピラー
2:ルーフ
3:フロントウインドガラス
4:前サイドドア
5:サイドウインドガラス
図1
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