【実施例】
【0032】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0033】
なお、以下の実施例で使用したHCV NS3/4Aプロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)はAnaSpec社(Fremont, CA, USA)から、HCV CoreとHCV NS5はProSpec社(Israel)から購入した。このHCV NS3/4Aプロテアーゼは遺伝子型1bのHC-J4株由来である。Core及びNS5は遺伝子型1のHCV株由来である。単離されたヒト由来補体(C1、C2)はHycult Biotech社(Netherlands)から、ヒト補体C4及びC4欠損モルモット血清(C4 deficient guinea pig serum; C4dGPS)はSigma Aldrich社(St. Louis)から購入した。HCV NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤VX-950(テラプレビル(Telaprevir))はSelleck Chemicals社(Houston)から購入した。ベロナール緩衝液は和光純薬工業株式会社(Osaka, Japan)より、ヒツジ赤血球は日本バイオテスト研究所(Tokyo, Japan)より、溶血素はデンカ生研株式会社(Tokyo, Japan)より購入した。
【0034】
また以下の実施例では、統計解析はSPSSソフトウェア(SPSS Inc., Chicago, IL, USA)を用いた。Mann Whitney-U's testもしくはTukey' s testを用いて検定し、p<0.05を統計学的に有意差ありとした。
【0035】
[実施例1]NS3/4Aプロテアーゼの補体C4に対する作用の解析
HCV非構造タンパク質であるNS3/4Aプロテアーゼが宿主免疫応答の一部を担う補体C4に対してどのような影響を及ぼすのかを検討するため、補体C4にHCV NS3/4Aプロテアーゼ、HCV Core又はHCV NS5を混合し、C4が切断されるか試験した。
【0036】
まず、補体C4(4μl)に、HCV NS3/4Aプロテアーゼ、HCV Core及びHCV NS5(4μl)のいずれかと、30mM ジチオトレイトール(DTT)含有アッセイバッファー(SensoLyte(登録商標)490 HCVプロテアーゼアッセイキット, AnaSpec)12μlを混合し、30℃で30分、インキュベートした。コントロールとして、C4、HCV NS3/4Aプロテアーゼ、Core又はNS5のいずれか(4μl)単独に上記アッセイバッファー(16μl)を混合し、同様にインキュベートした。
【0037】
インキュベートした混合溶液に5% 2-メルカプトエタノール含有Laemmliサンプルバッファー(Bio-Rad)(20μl)を混合し、その混合溶液25μlをAny kD
TMミニプロティアン(登録商標)TGX
TM プレキャストゲル(Bio-Rad)を用いた一次元ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)(濃度勾配ゲル)に供してタンパク質を分離し、クーマシーブリリアントブルー(CBB)で染色した。
【0038】
CBB染色で検出したタンパク質については株式会社ニッピ(Tokyo, Japan)によりN末端ペプチドシークエンスを行い、N末端領域のアミノ酸配列を解析した。
【0039】
結果を
図1に示す。C4をNS3/4Aプロテアーゼとともにインキュベートした溶液には、約100kDaのタンパク質及び約75kDaのタンパク質のほか、約17kDaのタンパク質2つ(
図1中、Frag F1及びFrag F2)と約15kDaのタンパク質(Frag F3)が検出された(
図1A)。一方、C4をHCV Core又はNS5とインキュベートした溶液には、約100kDaのタンパク質及び約75kDaのタンパク質は検出されたが、約17kDa及び約15kDaのタンパク質は検出されなかった(
図1A)。C4をHCV Core又はNS5とインキュベートした溶液、及びC4単独の溶液で検出された約32kDaのタンパク質はC4をNS3/4Aプロテアーゼとインキュベートした溶液では検出されなかった。
【0040】
N末端領域のアミノ酸解析から、100kDaタンパク質はC4α鎖(N末端アミノ酸配列はNVNFQKAI;配列番号4)、75kDaタンパク質はC4β鎖(N末端アミノ酸配列はKPRLLLFS;配列番号5)、32kDaタンパク質はC4γ鎖(N末端アミノ酸配列はEAPKVVEE;配列番号6)であることが示された。一方、17kDaタンパク質のN末端アミノ酸配列は、Frag F1についてはC4中のアミノ酸配列SAEVCQCA(1584-1591位;配列番号7)と、Frag F2についてはC4中のアミノ酸配列AEGKCPRQ(1591-1598位;配列番号8)と一致し、いずれもC4γ鎖内であることが示された(
図1B)。15kDaタンパク質(Frag F3)のN末端アミノ酸配列はC4中のアミノ酸配列EAPKVVEE(1454-1461位;配列番号9)と一致した(
図1B)。また、同定した15kDaタンパク質のN末端アミノ酸配列はC4γ鎖のN末端配列と一致した(
図1B)。以上の結果から、HCV NS3/4Aプロテアーゼは、C4前駆体タンパク質のアミノ酸配列(配列番号1)の1583位のシステイン(C)と1584位のセリン(S)の間、又は1590位のシステイン(C)と1591位のアラニン(A)の間でC4γ鎖を切断し、約17kDaのタンパク質断片と約15kDaのタンパク質断片を生成することが示された(
図2)。
【0041】
[実施例2]NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤のC4切断抑制効果の解析
NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤が、NS3/4AプロテアーゼによるC4切断を抑制するかどうかを検討した。
まずHCV NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤(VX-950)を、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解後、各種濃度(0、1、10、100、及び500μM)になるように上記の30mM DTT含有アッセイバッファーで希釈し12μlとした。このHCV NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤にNS3/4Aプロテアーゼ(4μl)を加えて30℃で30分プレインキュベートした後、C4(4μl)を加えて30℃で30分インキュベートした。インキュベートした混合溶液に5% 2-メルカプトエタノール含有Laemmliサンプルバッファー(Bio-Rad)(20μl)を混合し、その混合溶液25μlをAny kD
TM ミニプロティアン(登録商標) TGX
TM プレキャストゲル(Bio-Rad)を用いた一次元ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供してタンパク質を分離し、クーマシーブリリアントブルー(CBB)で染色した。コントロールのため、HCV NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤VX-950をC4に添加せずに同様の実験を行った。
【0042】
分離されたC4γ鎖(32kDa)、17kDa及び15kDaタンパク質のバンドの染色像は、画像処理ソフトウェアimage J(NIH)を用いて定量化した(光学密度解析)。
【0043】
結果を
図3(電気泳動像)及び
図4(相対タンパク質濃度)に示す。HCV NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤VX950(10μM以上)を用いてNS3/4Aプロテアーゼを前処理したところ、NS3/4Aプロテアーゼ処理により、出現した17kDa及び15kDaタンパク質断片は検出されなくなり(
図3)、かつ32kDaのC4γ鎖の濃度が上昇した(
図3、
図4)。
【0044】
この結果から、NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤VX-950が、NS3/4AプロテアーゼによるC4切断を阻害することが示された。またこの結果により、17kDaタンパク質と15kDaタンパク質がC4γ鎖の断片であることが裏付けられた。
【0045】
[実施例3]HCV NS3/4Aプロテアーゼによる補体機能への影響の解析
HCV NS3/4AプロテアーゼによるC4切断の生理的意義を解析するため、溶血素に感作されたヒツジ赤血球(Ab-sensitized sheep erythrocyte;EA)に補体を順に混合して古典経路による補体活性化を再現し、赤血球溶血試験により、HCV NS3/4Aプロテアーゼの補体機能への影響を以下のように試験した。感作ヒツジ赤血球と補体の結合に基づく赤血球溶血試験は、既報に従った(Krych-Goldberg M., et al., J. Biol. Chem., (1999);274(44):31160-31168;Avirutnan P., et. al., J. Exp. Med., (2010);207(4):793-806)。赤血球や補体の希釈には2%ゼラチン含有ベロナール緩衝液(GVB)を使用した。また、すべての操作は氷上で行った。
【0046】
まず、ヒツジ赤血球(5x10
8 細胞/ml)10mlに溶血素30μlを加え、37℃で30分混合静置し、感作ヒツジ赤血球(EA)を作成した。EA 5mlに10μgの補体C1を加え、30℃で15分インキュベートし、GVBで2回洗浄して補体中間体EAC1を調製した。NS3/4Aプロテアーゼは、20 mM Tris-HCl(pH 8.0)、20%グリセロール、100 mM KCl、1 mM DTT及び0.2 mM EDTAを含む溶液(pH7.5)で各種濃度(0、6.3、12.5、及び25μg/ml)に調製した。補体C4はGVBで各種濃度(0、3.1、6.3、及び12.5μg/ml)に調製した。各濃度の補体C4(5μl)と各濃度のNS3/4Aプロテアーゼ(10μl)に6mM DTT含有GVB(5μl)を混合し(混合液中、2mM DTT)、30℃で30分インキュベートした後、EAC1 100μlと混合し、30℃で15分インキュベートして補体中間体EAC1-C4を調製した。GVBで2回洗浄後、C2(0.1 mg/ml)を1μl加え、室温で4分インキュベートして補体中間体EAC1-C4-C2を調製した。さらに、GVBで2回洗浄後、EAC1-C4-C2 30μlに80倍希釈したC4欠損モルモット血清(C4dGPS)150μlを加え、37℃で30分インキュベートした。ここでC4dGPSは、C4以外の補体成分を含むため、C3と後期補体成分(terminal complement component)C5-C9の供給源として使用したものである。総溶血値を測定するため、C4dGPSの代わりに蒸留水150μlを添加した試料(蒸留水添加試料)も調製した。
【0047】
得られた反応液を遠心し、その上清について415nmで吸光度測定し、溶血度を以下の式で計算した。
溶血度= (被験試料OD415 - GVB OD415) / (蒸留水添加試料OD415 - GVB OD415)
【0048】
結果を
図5に示す。NS3/4Aプロテアーゼの存在下では、NS3/4Aプロテアーゼの非存在下(コントロール)と比較して、NS3/4Aプロテアーゼ濃度依存的に有意に溶血度が低下した。いずれのC4濃度でも同様の結果であった。
【0049】
このようにNS3/4AプロテアーゼはC4との相互作用を通じて、古典経路を介した補体活性化により引き起こされる赤血球融解(溶血)を阻害した。このことは、HCV NS3/4Aプロテアーゼが濃度依存的に宿主の補体機能を低下させることを示している。
【0050】
[実施例4]NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤による補体機能低下の抑制
12.5μg/mlに希釈したNS3/4Aプロテアーゼ(10μl)を100μMのNS3/4Aプロテアーゼ阻害剤VX950(6mM DTT含有GVBで希釈)5μlと混合し、30℃で30分インキュベートした後、6.3μg/mlに希釈したC4(5μl)と混合して30℃で30分インキュベートした。次いで、実施例3と同様にして調製したEAC1 100μlと混合し、30℃で15分インキュベートして補体中間体EAC1-C4を調製した。GVBで2回洗浄後、C2(0.1 mg/ml)を1μl加え、室温で4分インキュベートしてEAC1-C4-C2を調製した。さらに、GVBで2回洗浄後、EAC1-C4-C2 30μlに80倍希釈したC4dGPS 150μlを加え、37℃で30分インキュベートした。得られた反応液を遠心し、上清を415nmで吸光度測定し、溶血度を上記式に従って計算した。コントロールとして、NS3/4Aプロテアーゼ非存在下及びVX950非存在下でも同様の赤血球溶血試験を行った。
【0051】
図6に示すように、NS3/4Aプロテアーゼ阻害剤VX950の存在下(NS3/4A+/VX950+)では、VX950の非存在下(NS3/4A+/VX950-)と比較して溶血度が上昇した。この結果は、NS3/4Aプロテアーゼによる補体機能低下がNS3/4Aプロテアーゼ阻害剤により抑制され、古典経路活性が回復したことを示す。
【0052】
[実施例5]HCV感染者血液中のC4γ切断断片の検出
実施例1で見出された、NS3/4Aプロテアーゼによる補体C4の切断で生じるC4γ切断断片が、HCV感染者血清中に含まれるかどうかを検討した。
【0053】
HCV抗体陽性かつHCV-RNA陽性(HCVキャリア)である肝癌患者、HCV抗体陽性かつHCV-RNA陽性(HCVキャリア)であるC型慢性肝炎患者、B型肝炎ウイルス(HBV)表面抗原(HBsAg)陽性(HBVキャリア)のB型慢性肝炎患者、及び健常者から血液を採取した。血液採取時には文書によるインフォームドコンセントを行った。血液から分離した血清は-80℃で保存した。
【0054】
各被験者から得られた保存血清5μlにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)95μlと400μlのアセトンを添加し、-80℃で2時間混合した。その後、10000Gで遠心して上清を取り除き、沈殿物を0.5% SDSで溶解した。得られたタンパク質を5% 2-メルカプトエタノール含有Laemmliサンプルバッファー(Bio-Rad社)と混合して20μgに調整し、Any kD
TM ミニプロティアン(登録商標)TGX
TMプレキャストゲル(Bio-Rad)を用いて一次元SDS-PAGEにて分離した。分離したタンパク質をPVDF膜に転写し、1000倍希釈のヤギ抗ヒトC4ポリクローナル抗体(MP Biomedicals, LLC-Cappel Products, Solon, OH, USA)と1時間室温で反応させた。さらに、1000倍希釈のロバ抗ヤギIgG-ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)(Santacruz, CA, USA)と1時間室温で反応させた後、ECL Prime ウェスタンブロット検出試薬(GE Healthcare Life Sciences, Sweden)を添加し、ChemiDoc XRS(Bio-Rad, CA)を用いて画像解析を行った。得られたタンパク質のバンド濃度をImage Jで定量化した。コントロールとして、C4 1μlとNS3/4Aプロテアーゼ1μlとアッセイバッファー48μlとを混合して30℃で30分インキュベートし、得られた溶液中のタンパク質の濃度を同様に測定した。各検体について、C4γ切断断片である17kDaタンパク質(Frag F1及びFrag F2)に対応するバンドの相対タンパク質濃度の合計値を、コントロールの17kDaタンパク質(Frag F1及びFrag F2)の相対タンパク質濃度の合計値と比較して濃度比を算出した。
【0055】
図7に得られたSDS-PAGE解析結果の例を示す。
図7のSDS-PAGE泳動像にも示されるとおり、17kDaタンパク質は、B型慢性肝炎患者(CBH)や健常者(Normal)の血清ではほとんど認められなかったが、HCV感染した肝癌患者(HCC(C))及びC型慢性肝炎患者(CHC)の血清では高濃度で検出された。また17kDaタンパク質濃度(コントロールとの濃度比)を被験者間で比較したところ、HCV感染者HCC(C)[n=11]、CHC[n=11]と健常者Normal[n=6]の間でそれぞれp=0.014、p=0.001であり、HCV感染者HCC(C)、CHCとB型肝炎患者CHB[n=14]の間でそれぞれp=0.005、p=0.000であった。血中のC4γ切断断片(Frag F1及びFrag F2)濃度は、HCV感染者において有意に上昇することが示された。
【0056】
[実施例6]C4γ切断断片量を指標とした抗ウイルス治療効果の判定
HCV陽性患者(HCV感染者)に抗ウイルス治療としてペグインターフェロン+リバビリン併用療法を実施しながら、治療経過中の血液を採取し、実施例5と同様の方法で血清中の17kDaタンパク質(C4γ切断断片)の検出を行った。また血清中のHCV-RNAをリアルタイムPCR法で定量した。
【0057】
その結果、ウイルス消失(持続性ウイルス学的著効(sustained virological response;SVR)が得られた症例において、17kDaタンパク質は治療経過とともに減少し、治療終了後はほぼ消失した。この17kDaタンパク質の量(濃度)の変化は特に抗ウイルス治療開始後のHCV-RNA量の変化ともよく対応していた。
【0058】
図8A及びBには、遺伝子型1のHCV感染者のSVR症例(併用療法で72週間投与)について、抗ウイルス治療開始前(IFN前)、投与開始1週間後(1w)、投与開始6週間後(6w)、投与開始8週間後(8w)、投与開始18週間後(18w)、投与開始28週間後(28w)、投与終了後の血清中の、17kDaタンパク質(Frag F1, F2)及びHCV-RNAの検出像(A)、並びに17kDaタンパク質濃度(B)を示す。本症例において、HCV-RNA量が8週以降は検出閾値以下(-)になったが、17kDaタンパク質の量は8週以降も連続して減少傾向を示し、治療終了後はほぼ検出されないレベルとなった。
【0059】
図8C及びDには、遺伝子型2のHCV感染者のSVR症例(併用療法で24週間投与)について、抗ウイルス治療開始前(IFN前)、投与開始1日後(1d)、投与開始2週間後(2w)、投与開始6週間後(6w)、投与開始13週間後(13w)、投与終了後の血清中の、17kDaタンパク質(Frag F1, F2)及びHCV-RNAの検出結果(C)、並びに17kDaタンパク質濃度(D)を示した。本症例において、HCV-RNA量は13週以降、検出閾値以下(-)になったが、17kDaタンパク質の量は13週以降も連続して減少傾向を示し、治療終了後はほぼ検出されないレベルとなった。
【0060】
一方、SVRが得られなかった治療無効例(遺伝子型1)では、治療経過中の17kDaタンパク質の量の有意な減少は示されず、治療終了時にもかなりの量の17kDaタンパク質が検出された(
図8E、F)。
【0061】
以上の結果から、上記17kDaタンパク質(C4γ切断断片)量は被験者の血液中のHCV量を反映しており、抗ウイルス治療を受けたHCV感染患者における抗ウイルス効果(HCV減少効果)の指標となることが示された。HCV NS3/4AプロテアーゼはC4を切断することにより、補体の活性化を阻害し、宿主免疫応答を減弱させることで持続感染を維持していると考えられる。