特許第5925282号(P5925282)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5925282
(24)【登録日】2016年4月28日
(45)【発行日】2016年5月25日
(54)【発明の名称】腕時計の筒カナ
(51)【国際特許分類】
   G04B 13/02 20060101AFI20160516BHJP
【FI】
   G04B13/02 Z
【請求項の数】16
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-245571(P2014-245571)
(22)【出願日】2014年12月4日
(65)【公開番号】特開2015-114321(P2015-114321A)
(43)【公開日】2015年6月22日
【審査請求日】2014年12月4日
(31)【優先権主張番号】13196153.4
(32)【優先日】2013年12月9日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】504341564
【氏名又は名称】モントレー ブレゲ・エス アー
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】ステファーヌ・ブアン
(72)【発明者】
【氏名】ゲタン・ヴィラール
(72)【発明者】
【氏名】リュシアン・ジェルモン
(72)【発明者】
【氏名】ポリクロニス・ナキス・カラパティス
【審査官】 岡田 卓弥
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第2535483(US,A)
【文献】 実開昭50−115068(JP,U)
【文献】 特開昭55−82980(JP,A)
【文献】 特開平2−35207(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 1/00−99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の長さ(L1)の第1の肩部(5)及び第2の長さ(L2)の第2の肩部(6)を所定の幅(LD)の凹部(4)の両側に含むホゾ軸(3)を受承するための第1の孔(2)を含む、腕時計の筒カナ(1)であって、
前記筒カナ(1)は少なくとも2つの部品からなり、内側に前記第1の孔(2)を有しかつ外側に支持肩部(7)を備える本体(10)と、第1のマルテンサイト状態において第1のジオメトリを採るよう、又は第2のオーステナイト状態において第2のジオメトリを採るよう配設された、少なくとも1つの変形可能な形状記憶合金リング(8)とを有し、
前記リング(8)は第2の孔(9)を有し、
前記第2の孔(9)は自由状態において、前記リング(8)が前記第1のマルテンサイト状態に対応する構造の前記第1のジオメトリである場合には、前記支持肩部(7)の自由径より大きな直径を有し、前記リング(8)が前記第2のオーステナイト状態に対応する構造の前記第2のジオメトリである場合には、前記第1の支持肩部(7)の前記自由径より小さな直径を有する
ことを特徴とする、筒カナ(1)。
【請求項2】
前記第2の孔(9)は自由状態において、前記リング(8)が予備変形マルテンサイト状態である場合には、前記支持肩部(7)の直径より大きな直径を有することを特徴とする、請求項1に記載の筒カナ(1)。
【請求項3】
前記本体(10)の前記孔(2)は、前記ホゾ軸(3)の1つの端部(31)に当接してこれを受承するように設けられた軸方向当接表面(91)を有すること;及び
前記支持肩部(7)は、前記ホゾ軸(3)が前記軸方向当接表面(91)に当接している場合、前記ホゾ軸(3)の前記凹部(4)に面するように配置されること
を特徴とする、請求項1に記載の筒カナ(1)。
【請求項4】
前記支持肩部(7)は、前記本体(10)の外側円筒肩部(61)に設けた溝(71)であること;及び
前記第2の孔(9)は自由状態において、前記リング(8)が組み立て温度(TM)である場合には前記外側円筒肩部(61)の直径より大きな直径を有すること
を特徴とする、請求項3に記載の筒カナ(1)。
【請求項5】
前記形状記憶合金は、組み立て温度(TM)が最低動作温度(TSMIN)=−20℃未満となるように選択されることを特徴とする、請求項1に記載の筒カナ(1)。
【請求項6】
前記形状記憶合金は、組み立て温度(TM)が最高動作温度(TSMAX)=+70℃を超えるように選択されることを特徴とする、請求項1に記載の筒カナ(1)。
【請求項7】
前記リング(8)はスリット付きリングであることを特徴とする、請求項1に記載の筒カナ(1)。
【請求項8】
第1の長さ(L1)の第1の肩部(5)及び第2の長さ(L2)の第2の肩部(6)を所定の幅(LD)の凹部(4)の両側に含むホゾ軸(3)と、請求項1に記載の筒カナ(1)とを含む、時計組立体であって:
前記組立体の組み立て及び締付け位置において、前記ホゾ軸は前記筒カナ(1)の孔(2)内に格納された状態で保持されること;並びに
前記組立体の組み立て及び締付け位置において、前記筒カナ(1)のリング(8)は、前記ホゾ軸(3)の凹部(4)と対向する支持肩部(7)上に当接して締付けられることを特徴とする、時計組立体。
【請求項9】
前記組立体の組み立て及び締付け位置において、前記筒カナ(1)の前記リング(8)は、前記支持肩部を形成する本体(10)の外側円筒肩部(61)上に、又は前記本体(10)の前記外側円筒肩部(61)に設けられた溝(71)上に当接して締付けられることを特徴とする、請求項8に記載の時計組立体。
【請求項10】
前記ホゾ軸(3)の前記凹部(4)の断面は、端部(31)から離れるにつれて減少することを特徴とする、請求項9に記載の時計組立体。
【請求項11】
請求項8に記載の組立体を少なくとも1つ含む、時計ムーブメント(100)。
【請求項12】
請求項11に記載の時計ムーブメント(100)を少なくとも1つ含む、時計(200)。
【請求項13】
ホゾ軸(3)を格納する筒カナ本体(10)上にリング(8)を組み付けることによる、インデント処理方法であって、以下の様々な連続したステップ:
−前記ホゾ軸(3)を前記筒カナ本体(10)の第1の孔(2)に挿入する;
−第1のマルテンサイト状態において第1のジオメトリを採るように、又は第2のオーステナイト状態において第2のジオメトリを採るよう設けられる形状記憶合金リング(8)を準備する。前記リング(8)は、前記ホゾ軸(3)に対面する前記本体(10)が備える管状体上に支持肩部(7)を把持するために準備される。前記リング(8)は第2の孔(9)を含み、前記第2の孔(9)は自由状態において、前記リング(8)が前記第1のマルテンサイト状態に対応する構造の前記第1のジオメトリである場合には、前記支持肩部(7)の直径より大きな直径を有し、前記リング(8)が前記第2のオーステナイト状態に対応する構造の前記第2のジオメトリである場合には、前記第1の支持肩部(7)の前記直径より小さな直径を有する;
−前記第1のマルテンサイト状態である第1の転移開始温度As未満の温度の前記形状記憶合金リング(8)の初期変形のための第1の段階を達成し、前記第1の転移開始温度Asは、マルテンサイト構造からオーステナイト構造への加熱による転移の開始を特徴付けるものである;
−まだ前記第1のマルテンサイト状態であり、かつ前記第1の転移開始温度As未満である前記リング(8)を、前記支持肩部(7)上に設置するための、第2の段階を達成する;
−第2の転移終了温度Afよりも高い温度まで加熱することにより、前記リング(8)が前記本体(10)上に締付けられる、第3の段階を達成する
を含む、方法。
【請求項14】
前記リング(8)は、前記マルテンサイト構造において予備成形されることを特徴とする、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
インデント処理方法であって、以下:
−ホゾ軸(3)を筒カナ本体(10)の第1の孔(2)に、所定の位置に、又は特定の実装形態では停止位置に達するまで、挿入する;
−前記ホゾ軸(3)に対面する前記本体(10)が備える管状体上に支持肩部(7)を把持するために、形状記憶合金リング(8)を準備し、前記リング(8)は第2の孔(9)を含み、前記第2の孔(9)は自由状態において、前記リング(8)が組み立て温度(TM)である場合には前記支持肩部(7)の直径より大きな直径を有し、前記リング(8)が動作温度である場合には前記支持肩部(7)の直径より小さな直径を有し、前記組み立て温度(TM)は最低動作温度(TSMIN)未満であるか、又は最高動作温度(TSMAX)を超える;
−前記形状記憶合金リング(8)を、前記組み立て温度(TM)まで冷却又は加熱する;
−続いて前記リング(8)を前記本体(10)上に嵌合し、前記リング(8)を前記支持表面(7)上の適切な位置に位置決めする;
−前記本体(10)、前記ホゾ軸(3)、前記リング(8)で形成される筒カナ組立体(1)が周囲温度に戻るまで、前記リング(8)を所定の位置に保持する
を含む、方法。
【請求項16】
前記リング(8)は、前記マルテンサイト構造において予備成形されることを特徴とする、請求項15に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、第1の長さの第1の肩部及び第2の長さの第2の肩部を所定の幅の凹部の両側に含むホゾ軸を受承するための第1の孔を有する腕時計の筒カナに関する。
【0002】
本発明はまた、少なくとも1つの前記筒カナを備える時計ムーブメントにも関する。
【0003】
本発明はまた、少なくとも1つの前記ムーブメント及び/又は少なくとも1つの前記筒カナを含む時計にも関する。
【0004】
本発明はまた、インデント処理方法にも関する。
【0005】
本発明は時計ムーブメントの分野に関し、特に機械式ムーブメントの分野に関し、とりわけ針又はディスク又はその他の可動要素等の表示部材の駆動の分野に関する。
【背景技術】
【0006】
時計ムーブメント、特に機械式ムーブメントは、表示用針又はディスクを駆動するための筒カナを一般に有する。第1の筒カナは、二番カナのホゾ軸上に位置決めされインデント処理されている。
【0007】
インデント処理作業は、筒カナが備えているチューブを肩部又は前記ホゾ軸の凹部に対して押し付けることからなる。この押し付けは手作業であり、得られる結果は腕時計製作者の器用さや感覚に左右され、従って不揃いなものとなり、これは問題である。これというのは、インデント処理の目的は、腕時計の通常動作中にホゾ軸と筒カナとの間に一定レベルの摩擦を保証することであり、手動時刻設定作業をユーザが行う際にはこの摩擦トルクを超えるトルクが印加されるため、前記摩擦トルクは高すぎてはいけないからである。更に、摩擦トルクが低すぎると、偶発的な衝撃が製品に印加された場合に表示状態に対する干渉が発生しやすくなる。
【0008】
従って、摩擦トルクを正確に調整するのは困難な作業である。更に、筒カナは脆弱な構成部品であり、分解してインデント処理を行うことを繰り返すと劣化が起こり、筒カナを交換する必要が生じる場合があるため、インデント処理の頻繁な実施はアフターサービスにおいて問題を引き起こす。
【0009】
従って締付け力を正確に制御することは重要であり、このような精度又は必要な再生産性は従来の手動インデント処理では達成できない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、あまりに不揃いである手動インデント処理の代替案を提供すること、及び前記手動インデント処理の代わりに、組み立てを実施する操作者に左右される度合いが低い、ホゾ軸の再生産可能な取り付けを実現することを提案するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明はこの目的のために、第1の長さの第1の肩部及び第2の長さの第2の肩部を所定の幅の凹部の両側に含むホゾ軸を受承するための第1の孔を有する腕時計の筒カナに関する。この筒カナは:前記筒カナが少なくとも2つの部品からなり、内側に前記第1の孔を備えかつ外側に支持肩部を備える本体と、第2の孔を含む形状記憶合金製の少なくとも1つのリングとを含むこと;及び前記第2の孔が自由状態において、前記リングがマルテンサイト構造である場合には支持肩部の直径より大きな直径を有し、前記リングがオーステナイト構造である場合には支持肩部の直径より小さな直径を有することを特徴とする。
【0012】
本発明はまた、少なくとも1つの前記筒カナを備える時計ムーブメントにも関する。
【0013】
本発明はまた、少なくとも1つの前記ムーブメント及び/又は少なくとも1つの前記筒カナを含む時計にも関する。
【0014】
本発明はまた、インデント処理方法にも関する。本方法は、局所的に、かつ殆ど瞬間的に加熱又は冷却を行う手段を備えるマニピュレータロボットを用いて容易に自動化でき、また本方法により、以下の様々な連続したステップが実行される:
−ホゾ軸を筒カナ本体の第1の孔に、特定の実装形態では好ましくは停止位置に達するまで挿入する;
−前記ホゾ軸に対面する前記本体が備える管状体上に支持肩部を把持するために、形状記憶合金リングを準備する。前記リングは第2の孔を含み、この第2の孔は自由状態において、前記リングがマルテンサイト構造である場合には支持肩部の直径より大きな直径を有し、前記リングがオーステナイト構造である場合には支持肩部の直径より小さな直径を有する;
−第1のマルテンサイト状態である第1の転移開始温度未満の温度の形状記憶合金リングの初期変形のための、第1の段階を達成する。前記第1の転移開始温度は、前記マルテンサイト構造からオーステナイト構造への加熱による転移の開始を特徴付けるものである;
−まだ第1のマルテンサイト状態であり、かつ第1の転移開始温度未満であるリングを、筒カナの支持肩部上に設置するための、第2の段階を達成する;
−第2の転移終了温度よりも高い温度まで加熱することにより、リングが筒カナ上に締付けられる、第3の段階を達成する。
【0015】
本発明の他の特徴及び利点は、添付した図面を参照して以下の詳細な説明を読むことにより明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、筒カナのチューブをホゾ軸の凹部に対して手動で変形させることにより、従来の様式でインデント処理された筒カナの枢軸を通る概略断面図である。
図2図2は、ホゾ軸を受承する本体と、ホゾ軸上の摩擦力を確実に制御するために制御された締付け力で本体上に位置決めされたリングとを含む、本発明による筒カナの、図1と同様の図である。
図3図3〜6は、リングを通る平面における一連の断面図である。図3は、自由状態のリングを示す。
図4図4は、擬塑性変形が誘発する状態変化の影響による、リングの膨張を示す。前記状態変化は、マルテンサイトの恒常的であるが可逆的な再配向からなる。
図5図5は、ホゾ軸(図示せず)を備える筒カナ本体上に嵌合されたリングを示す。
図6図6は、筒カナ本体への締付け力を伴うリングの収縮を示す。
図7図7は、本発明による筒カナを備えるムーブメントを含む腕時計のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は時計ムーブメントの分野に関し、特に機械式ムーブメントの分野に関し、より詳細には、針又はディスク又はその他の可動要素等の表示部材の駆動の分野に関する。
【0018】
本発明は、組み立てを実施する操作者に左右される度合いが低い再生産可能な様式でのホゾ軸の確実な取り付けを提案し、この取り付けは好ましくは、構成部品を把持及び互いに対して位置決めするための、組み立てロボット等の自動製造手段によって達成される。前記ロボットは、局所的な、かつ殆ど瞬間的な加熱又は冷却を前記構成部品に対して選択的に行うことができる。
【0019】
従って本発明は、第1の長さL1の第1の肩部5及び第2の長さL2の第2の肩部6を所定の幅LDの凹部4の両側に含むホゾ軸3を受承するための第1の孔2を含む、腕時計の筒カナ1に関する。
【0020】
本発明によると、この筒カナ1は少なくとも2つの部品からなり、内側に第1の孔2を備えかつ外側に支持肩部7を備える本体10と、少なくとも1つのリング8とを含む。この少なくとも1つのリング8は形状記憶合金製であり、第2の孔9を含む。
【0021】
形状記憶合金は様々な種類の材料から選択でき、限定するものではないが特に、熱活性化形状記憶合金、磁気活性化形状記憶合金又は形状記憶ポリマーから選択できる。
【0022】
このような形状記憶合金に関して、マルテンサイト状態とオーステナイト状態との区別が一般になされており、これらは材料の異なる結晶構造を表す。
【0023】
第2の孔9は自由状態において、リング8がマルテンサイト構造である場合には支持肩部7の直径より大きな直径を有し、リング8がオーステナイト構造である場合には支持肩部7の直径より小さな直径を有する。
【0024】
具体的には、また有利には、第2の孔9は自由状態において、リング8が予備変形マルテンサイト状態である場合、即ちリングが事前に変形されており、これによりオーステナイト状態に転移すると締付け効果を得ることができる状態である場合には、支持肩部7の直径より大きな直径を有する。
【0025】
具体的実施形態では、リング8の第2の孔9は自由状態において、リング8が組み立て温度TMである場合には支持肩部7の直径より大きな直径を有し、リング8が動作温度TSである場合には支持肩部7の直径より小さい直径を有する。
【0026】
本発明によると、リング8のインデント処理を伴う組み立て方法は、以下の様々な連続したステップを含む:
−第1のマルテンサイト状態である第1の転移開始温度As未満の温度の形状記憶合金リング8の第1の初期変形段階(第1の転移開始温度Asは、マルテンサイト構造からオーステナイト構造への加熱による転移の開始を特徴付けるものである);
−まだ第1のマルテンサイト状態であり、かつ第1の転移開始温度As未満であるリング8を、筒カナ1の支持肩部7上に設置するための、第1の段階に続く第2の段階;
−第2の転移終了温度Afよりも高い温度まで加熱することにより、筒カナ1上へのリング8の締付けが達成される、第3の段階(第2の転移終了温度は、マルテンサイト状態からオーステナイト状態への加熱による転移の終了を特徴付けるものであり、従って第1の転移開始温度Asより高い)。
組立体は、第3の転移温度Ms未満まで温度が下がらない限りは、締付け力を維持する(第3の転移温度Msは、オーステナイト構造からマルテンサイト構造への冷却による転移(この転移の終点は、第4の転移温度Mfに相当する)の開始を特徴付けるものである)。例えばヒステリシス(MsとAsとの差)が大きい材料を使用することにより、周囲温度付近(20℃付近)における組み立てが可能となり、限定的な加熱及び締まり嵌めによって、材料の特性が幅広い利用範囲に亘って維持される。従って組み立て温度を動作温度範囲内とすることができる(これによって極低温冷却システムの使用を回避できるため、なおのこと好ましい)。
【0027】
動作中に第2の転移温度Ms未満に温度が低下するのを回避することによって(即ち、オーステナイト構造からマルテンサイト構造への転移が完了する第4の転移温度Mfに達する必要なしに)、部分的なものである場合さえあるいずれの相転移による締まり嵌めの変化を回避することを目的とする。
【0028】
具体的実装形態では、組み立て温度TMは最低動作温度TSMIN未満であるか、又は最高動作温度TSMAXを超える。
【0029】
図2では本発明を、単一のリング8を有する非限定的な様式で示す。しかしながら、リング8の実装は容易であるため、複数のリング8をホゾ軸3に沿って配置できる。
【0030】
特に(センターセコンドを有さない)特定の実施形態のための、具体的な変形例では、本体10の孔2は非貫通孔であり、ホゾ軸3の端部31に当接してこれを受承するよう配設された軸方向当接表面91を含む。また支持肩部7は、ホゾ軸3が前記軸方向の当接表面91に当接している場合、ホゾ軸3の凹部4に対向して配置される。
【0031】
より一般的には、筒カナはセンターセコンドを有する製品のための貫通孔付き構成部品である。いくつかの特定の場合において、筒カナは、機械加工後の清掃を容易にするための貫通孔付き構成部品でもあり得る。このような場合、端部はキャップを用いて閉鎖できる。
【0032】
図2に示すような具体的な変形例では、ホゾ軸3の凹部4の断面は端部31から離れるにつれて減少する。
【0033】
筒カナ1の具体的な実施形態では、支持肩部7は、本体10の外側円筒肩部61に設けた溝71であり、第2の孔9は自由状態において、リング8が組み立て温度TMである場合には外側円筒肩部61の直径より大きな直径を有する。
【0034】
別の具体的かつ有利な実施形態では、支持肩部7は、形状記憶リング8の下側における筒カナの外径の単一の変化からなり、組立中に肩部はリングを下向きにロックする。
【0035】
第1の実施形態では、リング8を形成する形状記憶合金は、組み立て温度TMが最低動作温度TSMIN=−20℃未満となるように選択される。
【0036】
第2の実施形態では、リング8を形成する形状記憶合金は、組み立て温度TMが最高動作温度TSMAX=+70℃を超えるように選択される。
【0037】
ある変形例では、リング8はスリット付きリングである。
【0038】
具体的な実施形態では、自由状態かつ周囲温度における直径が同一温度における筒カナの直径より僅かに小さい形状記憶合金リングは、インデント処理が通常実施される位置に位置決めされる。まず、筒カナの周りを通過できるようにこのリングを変形させ、リングが正しい高さとなったらリングを加熱してオーステナイト形状に戻し、筒カナをホゾ軸上に締付ける。転移及び固定温度は、腕時計が冷却された場合にリングが緩むのを防ぐことができる程度に、十分に低くなければならない。
【0039】
別の具体的な実施形態では、リングは「Nitinol」ニッケル−チタン合金製であり、これは−40℃未満において第1の形状、−20℃〜+70℃の周囲温度において第2の形状となる。前記第2の形状は、制御された適切なホゾ軸の摩擦のために必要な締付け力を保証する。医療用、特に歯列矯正用器具により、約−50℃又は−60℃又は更に低い温度まで極めて迅速に冷却を行い、リングを、筒カナ本体上に嵌合できる第1の形状とすることができる。第2の形状のリングの締付け力を保証するためには、およそ+20℃である組み立て作業場の温度まで組立体を戻すだけで十分である。摩擦トルク測定試験を即座に実施して、ムーブメント内で即座に使用できるよう構成部品を検証できる。
【0040】
本発明はまた、少なくとも1つの前記筒カナ1を備える時計ムーブメント100にも関する。
【0041】
本発明はまた、少なくとも1つの前記ムーブメント100及び/又は少なくとも1つの前記筒カナ1を含む時計200にも関する。
【0042】
本発明はまた、リング8の締まり嵌め組立体によるインデント処理方法にも関する。本方法は、局所的に、かつ殆ど瞬間的に加熱又は冷却を行う手段を備えるマニピュレータロボットを用いて容易に自動化でき、また本方法により、以下の様々な連続したステップが実行される:
−ホゾ軸3を筒カナ本体10の第1の孔2に、所定の位置に、又は特定の実装形態では好ましくは停止位置に達するまで、挿入する;
−前記ホゾ軸3に対面する前記本体10が備える管状体上に支持肩部7を把持するために、形状記憶合金リング8を準備する。前記リング8は第2の孔9を含み、この第2の孔9は自由状態において、リングがマルテンサイト構造である場合には支持肩部の直径より大きな直径を有し、リング8がオーステナイト構造である場合には支持肩部の直径より小さな直径を有する;
−第1のマルテンサイト状態である第1の転移開始温度As未満の温度の形状記憶合金リング8の初期変形のための、第1の段階を達成する。前記第1の転移開始温度Asは、前記マルテンサイト構造からオーステナイト構造への加熱による転移の開始を特徴付けるものである;
−未だ第1のマルテンサイト状態であり、かつ第1の転移開始温度As未満であるリング8を、筒カナ1の支持肩部7上に設置するための、第2の段階を達成する;
−第2の転移終了温度Afよりも高い温度まで加熱することにより、リング8が筒カナ1上に締付けられる第3の段階を達成する。
【0043】
本方法の有利な変形例では、リング8をマルテンサイト構造において予備成形することにより、オーステナイト構造に転移した際に締付け効果が得られる。
【0044】
本方法の変形例では:
−ホゾ軸3を筒カナ本体10の第1の孔2に、所定の位置に、又は特定の実装形態では好ましくは停止位置に達するまで挿入する;
−前記ホゾ軸3に対面する前記本体10が備える管状体上に支持肩部7を把持するために、形状記憶合金リング8を準備する。前記リング8は第2の孔9を含み、この第2の孔9は自由状態において、リング8が組み立て温度TMである場合には支持肩部7の直径より大きな直径を有し、リング8が動作温度である場合には支持肩部7の直径より小さな直径を有し、組み立て温度TMは最低動作温度TSMIN未満であるか、又は最高動作温度TSMAXを超える;
−前記形状記憶合金リング8を、前記組み立て温度まで冷却又は加熱する;
−続いて前記リング8を前記本体10上に嵌合し、前記リング8を前記支持表面7上の適切な位置に位置決めする;
−前記本体10、前記ホゾ軸3、前記リング8で形成される筒カナ組立体1が周囲温度に戻るまで、前記リング8を所定の位置に保持する。
【0045】
本方法のある変形例では、前記リング8を前記本体10上に嵌合する前に、前記本体10を冷却する。
【0046】
本方法のある変形例では、前記組立体1を冷却又は加熱して、この組立体1をより迅速に周囲温度に戻す。
【0047】
本方法のある変形例では、複数のリング8を準備して、これらを前記本体10上の所定の位置に並べて嵌合する。
【0048】
要するに本発明は、筒カナの直径よりもわずかに小さい直径を有する形状記憶合金を、インデント処理が通常実施される位置に配置することからなる。具体的な変形例では、まず、筒カナの周りを通過できるようにリングを変形させ、リングが正しい高さとなったらリングを加熱してオーステナイト形状に戻し、筒カナをホゾ軸上に締付ける。温度Ms、Mfは、腕時計が冷却された場合にリングが緩むのを防ぐことができる程度に、十分に低くなければならない。As、Afは理想的には約20℃〜30℃であるが、異なる値を有してもよい。図1、2は、従来の構成のための機構を示す。これは、この機構を利用して、特定の機械的制約に左右される度合いが低い他の構成を導入できる可能性を排除するものではない。例えばインデント処理の高さを低減することができ、又は本発明を反転して応用する場合に、内側から反対方向に変形を起こすこともできる。
【0049】
以上の説明に含まれている専門用語(オーステナイト、マルテンサイト、As、Af、Ms、Mf)は、主に熱活性化形状記憶合金に関するものである。しかしながらこれらの概念を、磁気活性化形状記憶合金、形状記憶ポリマーに適用する。
【0050】
磁性活性化形状記憶合金の場合、転移温度の概念を磁場閾値の概念に置き換えなければならない。このような解決法は、低温においてリングが緩むいかなる可能性も排除するために、磁場の影響下で位置決めを行う場合に有利である。
【0051】
ブロックポリマーであることが多い形状記憶ポリマーの場合、「オーステナイト」相、「マルテンサイト」相は実際には存在せず、転移は転移温度において分子レベルで起こる。この温度は、ブロックのうちの1つのガラス転移温度又は融点に相当し得る。
【0052】
限定するものではないが、本発明を実装するために使用できる形状記憶材料は以下を含む:
−以下の熱活性化形状記憶合金:
−Ag-Cd
−Au-Cd
−Co-Ni-Al
−Co-Ni-Ga
−Cu-Al-Ni
−Cu-Al-Be
−Cu-Zn-Al
−Cu-Zn-Si
−Cu-Zn-Sn
−Cu-Zn
−Cu-Sn
−In-Ti
−Mn-Cu
−Nb-Ru
−Ni-Al
−Ni-Ti
−Ni-Ti-Fe
−Ni-Ti-Cu
−Ni-Ti-Nb
−Ni-Ti-Pd
−Fe-Pt
−Fe-Mn-Si
−Fe-Pd
−Fe-Ni-Co-Ti
−Ta-Ru
−Ti-Ni-Hf又は
−以下の磁気活性化形状記憶合金:
−Ni−Mn−Ga(磁気形状記憶)又は
−以下の形状記憶ポリマー若しくはコポリマー:
−PET−PEO
−ポリノルボルネン
−PE−ナイロン
−PE−PVA
−PS−ポリ(1.4−ブタジエン)
−ポリウレタン。
【0053】
本発明の結果、完璧に再生産可能な組み立てにおいて、二番カナのホゾ軸上の筒カナの締付け力が精密に制御される。
【符号の説明】
【0054】
1 筒カナ
2 第1の孔
3 ホゾ軸
4 凹部
5 第1の肩部
6 第2の肩部
7 支持肩部
8 形状記憶合金リング
9 第2の孔
10 筒カナ本体
31 端部
61 外側円筒肩部
71 溝
91 軸方向当接表面
100 時計ムーブメント
200 時計
As 第1の転移開始温度
Af 第2の転移終了温度
L1 第1の長さ
L2 第2の長さ
LD 所定の幅
TM 組み立て温度
TSMIN 最低動作温度
TSMAX 最高動作温度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7