【実施例】
【0026】
以下、本発明の力学特性の評価方法の有効性を確認する実験を行なった。実験手順は以下の通りである。
【0027】
まず、稜間角がそれぞれ100°、115°、118°および119°の三角錐圧子を準備した。一方、力学特性の評価対象となる鋼として、JISの高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2およびSUJ3を採用し、それぞれ焼入硬化した後、SUJ2については180℃、200℃、230℃、260℃、350℃、SUJ3については180℃、220℃、250℃、260℃、350℃で焼戻処理したものを試験片として準備した。なお、180℃、200℃、230℃、260℃および350℃の温度で焼戻処理されたSUJ2からなる試験片の硬度は、それぞれ61.8HRC、60.5HRC、59.3HRC、57.8HRCおよび54.0HRC、180℃、220℃、250℃、260℃および350℃の温度で焼戻処理されたSUJ3からなる試験片の硬度は、それぞれ61.4HRC、60.4HRC、59.7HRC、58.9HRCおよび56.0HRCであった。
【0028】
ここで一般に、押し込み力Fと押し込み深さhとの間には、以下の式(1)の関係が成立する。
【0029】
F=Ch
2・・・(1)
上記式(1)において、Cは定数である。また、押し込み力Fは、試験片の材料定数および圧子の幾何学形状、より具体的には複合ヤング率E
*、加工硬化指数n、代表応力σ
r、頂角θおよび押し込み深さhの関数である。なお、頂角θは、
図1および
図2を参照して、稜間角φを有する三角錐圧子1の軸方向(押し込み方向)の投影面積と押し込み深さhとの比が等しくなる円錐圧子2の頂角θに対応する。さらに、E
*に関しては、以下の式(2)が成立する。
【0030】
【数1】
【0031】
ここで、E
sおよびν
sは、それぞれ試験片のヤング率およびポアソン比、E
iおよびν
iは、それぞれ圧子のヤング率およびポアソン比である。さらに、各圧子に対応するE
*/σ
rとC/σ
rとの関係は、nに依存する関数Πを用いて以下の式(3)ように表される。
【0032】
【数2】
【0033】
このとき、代表ひずみε
rを適切に選択することにより、全ての加工硬化指数nの値に対してE
*/σ
rとC/σ
rとの関係を1つの関数Πで表すことが可能となる。この関数Πを、本実験において準備された稜間角φが100°、115°、118°および119°の三角錐圧子のそれぞれについて有限要素解析により求め、それぞれΠ
100、Π
115、Π
118およびΠ
119とする。具体的には、たとえばΠ
118およびΠ
119の導出にあたり、ヤング率Eが50〜300GPa、ポアソン比νを0.3、降伏応力σ
yを0.1〜5.0GPa、加工硬化指数nを0.1〜0.5の範囲でそれぞれ合計72通りの条件下での解析を行なった。そして、稜間角φが118°の圧子に対応する代表ひずみε
rとして0.02、稜間角φが119°の圧子に対応する代表ひずみε
rとして0.016を採用したところ、
図3および
図4に示すようにnに依存しない関数Π
118およびΠ
119が得られた。同様に、稜間角φが100°の圧子および115°の圧子に対応する代表ひずみε
rとしては、それぞれ0.07および0.037を採用することができる。
【0034】
このようにして得られた関数Π
100、Π
115、Π
118およびΠ
119と、一般的な応力とひずみとの関係式である以下の式(4)および(5)とに基づいて、上記試験片の加工硬化指数nおよび降伏応力σ
yを算出した。一方、上記試験片と同様の材料からなり同様の熱処理を施した試験片を別途準備し、引張試験を実施して加工硬化指数nおよび降伏応力σ
yを算出した。そして、これらを上記インデンテーション法による鋼の力学特性の評価方法によって得られたものと比較することにより、本発明の力学特性の評価方法の有効性を検討した。
【0035】
【数3】
【0036】
次に、具体的な実験手順を説明する。まず、微小硬度計を用いてインデンテーション試験を実施した。微小硬度計としては株式会社島津製作所製の島津ダイナミック微小硬度計DUH−W201を用いた。また、試験は室温(20℃)の大気中にて実施した。負荷速度および除荷速度は10.1mN/secとし、1961mNの力を試験片に負荷した。試験は各鋼種および焼戻条件に対して6回ずつ行なった。これにより、稜間角φ100°、115°、118°および119°の三角錐圧子のそれぞれに対応する上記式(1)の定数C
100、C
115、C
118およびC
119が得られた。そして、これらの値と予め導出した関数Π
100、Π
115、Π
118およびΠ
119とから、稜間角φ100°、115°、118°および119°の三角錐圧子のそれぞれに対応する代表応力σ
r100、σ
r115、σ
r118およびσ
r119を算出した。
【0037】
次に、本発明の実施例として、稜間角φ115°および118°の圧子に対応する代表応力σ
r115およびσ
r118と、上述のように決定された稜間角φ115°および118°に対応する代表ひずみε
r115およびε
r118と、式(4)および(5)とから加工硬化指数nおよび降伏応力σ
yを算出した(実施例)。なお、降伏応力σ
yの算出には、既知のヤング率の実測値を用いた。さらに、比較のため、本発明の範囲外の比較例として、稜間角φ100°および115°の圧子に対応する代表応力σ
r100およびσ
r115と、上述のように決定された稜間角φ100°および115°に対応する代表ひずみε
r110およびε
r115と、式(4)および(5)とからも、同様に加工硬化指数nおよび降伏応力σ
yを算出した(比較例)。
【0038】
次に、実験結果について説明する。
図5および
図6は180℃で焼戻された試験片の真ひずみと真応力との関係を示す図であって、
図5はSUJ2、
図6はSUJ3からなる試験片の実験結果を示している。また。
図5および
図6において丸印は稜間角φ100°、四角印は稜間角φ115°、菱形印は稜間角φ118°の圧子に対応する。また、破線は実施例である稜間角φ118°および115°の圧子の組合せによる実験結果にフィットする曲線であり、二点鎖線は比較例である稜間角φ115°および100°の圧子の組合せによる実験結果にフィットする曲線である。なお、実線は引張試験の試験結果を示している。
【0039】
図5および
図6に示すように、比較例である稜間角φ115°および100°の圧子の組合せに比べて、実施例である稜間角φ118°および115°の圧子の組合せによれば、実際の引張試験の結果に近い真ひずみと真応力との関係が導出できることが分かる。
【0040】
また、
図7および
図8は焼戻温度を変化させることにより硬度を変化させた試験片の降伏応力を示す図であって、
図7はSUJ2、
図8はSUJ3からなる試験片の実験結果を示している。さらに、
図9および
図10はそれぞれ
図7および
図8と同じ試験片の加工硬化指数を示す図であって、
図9はSUJ2、
図10はSUJ3からなる試験片の実験結果を示している。また。
図7〜
図10において四角印は稜間角φ118°および115°の圧子の組合せによるもの、菱形印は稜間角φ115°および100°の圧子の組合せによるもの、丸印は引張試験の試験結果を示している。
【0041】
図7〜
図10に示すように、本発明の実施例である稜間角φ118°および115°の圧子の組合せによれば、比較例である稜間角φ115°および100°の圧子の組合せに比べて、実際の引張試験の結果により近い、すなわち精度の高い力学特性の評価結果が得られることが確認された。
【0042】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。