特許第5926722号(P5926722)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5926722子癇前症の初期段階マーカーとしてのHbFおよびA1M
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5926722
(24)【登録日】2016年4月28日
(45)【発行日】2016年5月25日
(54)【発明の名称】子癇前症の初期段階マーカーとしてのHbFおよびA1M
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20160516BHJP
【FI】
   G01N33/53 D
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-500390(P2013-500390)
(86)(22)【出願日】2011年3月24日
(65)【公表番号】特表2013-522634(P2013-522634A)
(43)【公表日】2013年6月13日
(86)【国際出願番号】EP2011001458
(87)【国際公開番号】WO2011116958
(87)【国際公開日】20110929
【審査請求日】2013年12月17日
(31)【優先権主張番号】PA201000245
(32)【優先日】2010年3月24日
(33)【優先権主張国】DK
(73)【特許権者】
【識別番号】512245964
【氏名又は名称】プリールミナ ダイアグノスティックス エービー
【氏名又は名称原語表記】PREELUMINA DIAGNOSTICS AB
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】アケルストロム,ボー
(72)【発明者】
【氏名】オルソン,マグナス
(72)【発明者】
【氏名】ハンソン,ステファン
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−518386(JP,A)
【文献】 特表2009−524014(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/108073(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
妊娠10〜20週に、被験者からの単離された血清試料におけるA1MおよびHbFのレベルを測定する工程を含み、
測定されたHbFレベルが0.45μg/mlよりも高く、且つ測定されたA1Mレベルが21μg/mlよりも高い場合、前記被験者が子癇前症を発症するリスクを有するとみなされることを特徴とする、
子癇前症を発症するリスクを予測するための方法。
【請求項2】
試料が、母体の試料である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
試料が、妊娠11〜16週の被験者から単離される請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
測定が、妊娠11〜16週に行われる請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
HbFレベルが、ELISAにより測定される請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
A1Mレベルが、放射免疫測定法(RIA)またはELISAにより測定される請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
子癇前症を発症するリスクが、二項ロジスティック回帰分析と尤度比(LR)検定を用いて解析される請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
子癇前症の発症のリスクを予測するための、妊娠10〜20週の初期段階マーカーとしてのA1MおよびHbFの使用。
【請求項9】
単離された血清試料中のA1MおよびHbFのレベルが測定される請求項8に記載の使用。
【請求項10】
試料が、妊娠11〜16週の被験者から単離される請求項8または9に記載の使用。
【請求項11】
HbFレベルが、ELISAにより測定される請求項8〜10のいずれか1項に記載の使用。
【請求項12】
A1Mレベルが、放射免疫測定法(RIA)またはELISAにより測定される請求項8〜11のいずれか1項に記載の使用。
【請求項13】
HbFレベルが0.45μg/mlよりも高く、且つA1Mレベルが21μg/mlよりも高い場合、被験者が子癇前症を発症するリスクを有するとみなされる請求項8〜12のいずれか1項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、子癇前症(preeclampsia:PE)の初期段階マーカーとしての胎児性ヘモグロビン(HbF)および(A1M)の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
子癇前症(PE)は全妊婦の7〜15%までがかかり、母体の罹病率および死亡率の重要な因子である。PEの臨床的徴候は、妊娠第2期から第3期に現れる。早期発症型PEは、より重症で、妊娠週数(gestational week:GW) 34週の前に現れる。症状はしばしば漠然としており、また多様であり、例えば頭痛、かすみ目および浮腫がある。高血圧および蛋白尿は、疾患の主徴であるだけではなく、診断に欠かせないものである。
【0003】
PEは一般に二段階に進行すると考えられており、第1段階は胎盤形成不全を特徴とし、胎盤における不均一な血液潅流、虚血性再潅流傷害、増加した酸化ストレスが生じる。PEの第2段階は、母体の症候群であり、重篤な内皮損傷に基づく全身性の血管機能不全を特徴とし、血管収縮、全身性血管炎症および多臓器不全を最終的に引き起こす。
【0004】
PEの診断に用いられる臨床パラメータはあるが、PEの臨床診断は、主に漠然とした症状のために非常に困難である。蛋白尿量も高血圧のレベルも、Schroeder BMにより検討されたPEの重症度とあまりよく相関しない(ACOG practice bulletin on diagnosing and managing preeclampsia eclampsia, 15;66(2):330-1およびRedman CW & Sargent IL, Science;308(5728):1592-4)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
PEの予測および/または診断のための信頼できるバイオマーカーがないという事実により、近年、この分野において多大な努力がなされた。しかしながら、よいバイオマーカーを発見することが重要な課題であった。提案されたマーカーの多くは、診断精度を高めるために互いに組み合わせる必要があり、且つ/またはドップラー超音波との組み合わせにおいて評価する必要がある。今日まで、いくつかのマーカーが提案されているが、いずれもPEの臨床的予測または診断のための有用なマーカーとして受け入れられていない。2つの抗血管形成因子が有望とされ、PEとの重要な関係を示している:可溶性fms様チロシンキナーゼ1(sFlt)および可溶性エンドグリンが、次において議論と論評がなされている。Baumannら., Molecular aspects of medicine 2007 Apr;28(2):227-44, Grillら., Reprod Biol Endocrinol 2009;7:70, Levineら., The New England journal of medicine 2004 Feb 12;350(7):672-83およびPapageorghiouら., Current opinion in obstetrics & gynecology 2006 Dec;18(6):594-600。
【0006】
いくつかの診断方法は先行技術に記載されているが、これらのいずれも未だ臨床において大規模で成功裏に用いられてはいない。次のものが例に挙げられる:US5,079,171およびUS5,108,898。これらには、妊婦の血液、血漿または血清の試料中の表皮細胞マーカー、細胞フィブロネクチンの存在を、例えばサンドイッチまたは競合免疫測定法を用いて同定することによって、PE、妊娠により誘導される高血圧、および子癇を診断することができると記載されている。細胞フィブロネクチンは、疾患の進行の間に破壊または障害された表皮細胞に由来する。
【0007】
いくつかの研究では、ドップラー超音波を用いて、特に早期発症型PEについて約50%の予測率が示されている。
【0008】
抗血管形成性マーカーsFltは、妊娠第2期から第3期に用いた場合に明確に可能性のあるPEマーカーである。しかしながら、妊娠第1期では、sFltレベルは、正常妊娠と比較して変化せず、PEの診断にはあまり有用ではない。胎盤増殖因子(PIGF)もPEマーカーとして提案されているが、利用可能なデータは矛盾した結果を示している。エンドグリンは、sFlt/PIGFの組み合わせを用いたときに得られた予測値と比較した場合、低いスクリーニング効率を有している。
【0009】
US5,238,819には、血液中のマイトジェン因子を測定する測定法を用いるPEの診断が開示されている。マイトジェン因子は約160 kDaのタンパク性複合物であり、線維芽細胞の有糸分裂を刺激することができる。その存在は、PE被験者の血清または血漿により活性化された細胞による放射標識チミジン取り込みを検出することによって検出される。このマーカーは、母体の血管床の損傷がすでに起こった後に現れ、それゆえ疾患の進行の後期である。
WO05/093413 (Yale UniversityおよびBrigham and Women's Hospital)には、脳脊髄液試料中の遊離ヘモグロビン(Hb)のレベルを測定することを含む妊婦の重症PEの診断方法が開示されている。
【0010】
現在のところ、周知のPE治療法はない。PEの重症度は、穏やかなものから生命にかかわるものまで変化しうる。軽症のPEは、床上安静および頻回のモニタリングで穏やかなままである。中程度から重症のケースでは入院が必要であり、発作を予防するために血圧の薬物治療および抗けいれん薬治療が施される。もし状態が母児の生命にかかわる場合、唯一の治療法は、しばしば早期産児となる妊娠中絶である。
【0011】
明らかに、PEの治療法の欠如は、疾患がより重篤な状態に進行するまでそれを診断する能力を長年欠いていることとあいまって、PEを診断および治療するための新規アプローチの必要性を喚起しており、重大な公衆衛生問題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本明細書に記載の本発明は、遺伝子およびタンパク質プロファイリング研究からのデータに基づいており、PEの女性から得た胎盤の血管内腔における胎児性ヘモグロビン(HbF)の増加した合成および蓄積を明らかにした。さらに、本発明は、HbFおよびヘム・スカベンジャーα1-ミクログロブリン(A1M)の母体の血漿濃度および/または血清濃度が、妊娠期間中の疾患の重症度と相関することを見出した。
【0013】
本明細書の記載されるように、本発明者らは、驚くべきことに、HbF比およびA1Mレベルとの組み合わせが非常に正確な予測を提供し、PEの初期スクリーニングのためのバイオマーカーとして応用されうることを見出した。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らによりなされた研究により、PEの発症におけるHb誘導酸化ストレスの関連が示されている。PE胎盤におけるHbF遺伝子のアップレギュレーションおよびタンパク質の蓄積が観察された。例えば赤血球の外にある遊離Hb、並びにその代謝産物であるヘムおよび鉄は、活性酸素種(ROS)の形成による酸化ストレスを誘導する。酸化ストレスは血液胎盤関門を損傷させて、母体血流へのHbFの漏出を導き、最終的に母体血漿または血清における高いレベルを引き起こす。実際、HbF、総Hbおよび酸化ストレスのマーカー、並びにヘム・スカベンジャーおよび抗酸化性内因性タンパク質であるA1Mの増加したレベルが、PEの女性から得た胎盤および血漿の両方において高まることがわかった。
【0015】
A1Mはヘムの重要な内因性スカベンジャーである。その発現は、遊離HbおよびROSへの反応でアップレギュレートされることが示されている。A1Mは主として肝臓から合成および分泌されて、急速に種々の組織に分布し、血管外区画において、遊離形態と、IgA、アルブミンおよびプロトロンビンに結合した高分子量複合体との両方があることが見出されている。HbFおよびA1Mの両方が妊娠第1期の試料において高いことから、HbとA1Mとの間の生物学的および代謝的関連は、発明者らの現在の研究によりさらに裏付けられている。A1MおよびHbの同時増加も妊娠期間中のPEにおいて示されている。
【0016】
本明細書の記載されるように、A1Mおよび1種以上のマーカーHbA、HbFの濃度またはHbF比(HbF/総Hb)を用いてPEの発症リスクを予測しうる。HbF比およびA1Mレベル、特にその組み合わせで得られた予測値は、その他のほとんどの見込みあるPEバイオマーカーと比べても遜色がない。さらに、HbF比およびA1Mレベルも、妊娠期間中のPE診断およびPE重症度の決定に有用である。
【0017】
本発明の一形態は、PEの診断のためのHbFおよびA1Mレベルの組み合わせの使用に関する。したがって、本発明のこの形態は、被験者におけるHbFおよびA1Mの濃度(HbFおよびA1Mレベル)を測定すること、および、測定したレベルを参照値と関連させてPEを発症するリスクを評価することによってPEを発症するリスクを予測する方法に関連する。濃度は、尿、血液、血清もしくは血漿、唾液を含む試料、非常に好ましくはヒト血漿試料について測定することができる。HbFおよびA1Mレベルは、クロマトグラフィー、質量分析計、非常に好ましくは酵素結合免疫吸着アレイ、すなわちHbFのためのELISAおよびA1Mのための放射免疫測定法(RIA)を含むいずれの適切な方法により測定することができる。
【0018】
本発明のさらなる形態は、PEの診断のためのHbF比とA1Mレベルの使用に関する。溶解した母体赤血球の寄与を補正するため、HbF/総Hbである比(HbF比)を用いた。たとえ試料処理の間の技術的溶血を最小限にする注意が払われたとしても、それはよく起こる。HbF比を用いることにより、予測および診断の偽陽性のリスクなしに、ほとんどの試料を評価することができる。HbF比はA1Mレベルに相関し、それによってより正確な測定を提供し、PEを発症するリスクの予測に適用できる。したがって、本発明のこの形態は、被験者におけるHbA、HbFおよびA1Mの濃度(HbA、HbFおよびA1Mレベル)を測定すること、HbF比を算出すること、および、算出したHbF比を計画(scheme)または参照値に対してA1Mレベルと相関させてPEを発症するリスクの指標を提供するによってPEを発症するリスクを予測する方法に関連する。数学的解析は、回帰分析またはロジスティック回帰分析、例えば二項ロジスティック回帰分析を含むいずれの適切な方法により行うことができる。濃度は、尿、血液、血清、唾液を含む試料、非常に好ましくはヒト血漿について測定することができる。HbFおよびA1Mレベルは、クロマトグラフィー、質量分析計、非常に好ましくは酵素結合免疫吸着アレイ、すなわちHbFのためのELISAおよびA1Mのための放射免疫測定法(RIA)またはELISAを含むいずれの適切な方法により測定することができる。
【0019】
本発明のさらなる形態は、
a) 被験者または該被験者からの単離された試料におけるA1Mのレベルおよび1種以上の化合物HbA、HbFのレベルを測定する工程と、
b) 測定値と1つ以上の参照値とを比較してPEを発症する確率を評価する工程と
を含むことを特徴とする、PEを発症するリスクを診断または予測する方法に関する。
上述のとおり、A1MおよびHbFレベルに関する組み合わされた情報は、HbFだけに関する情報に比べて利点がある。
【0020】
さらに、該方法に追加の工程を含めることができ、これにより、
a) 被験者または該被験者からの単離された試料におけるA1Mのレベルおよび1種以上の化合物HbA、HbFのレベルを測定する工程と、
b) HbF比を算出する工程と、
c) 測定値と1つ以上の参照値とを比較してPEを発症する確率を評価する工程と
を含むことを特徴とする、PEを発症するリスクを診断または予測する方法が提供される。
【0021】
該方法は変更されてもよく、これにより、
a) 被験者または該被験者からの単離された試料におけるA1M、HbAおよびHbFのレベルを測定する工程と、
b) HbF比を算出する工程と、
c) HbF比およびA1M濃度と、1つ以上の参照値とを比較して子癇前症を発症する確率を評価する工程と
を含むことを特徴とする、子癇前症を発症するリスクを診断または予測する方法が提供される。
【0022】
さらなる展開として、測定値が統計的に解析される数学的方法および解析を採用してもよく、これにより、
a) 被験者または該被験者からの単離された試料におけるA1Mのレベルおよび1種以上の化合物HbA、HbFのレベルを測定する工程と、
b) HbF比を算出する工程と、
c) HbF比とA1Mレベルとを相関させる工程と、
d) b)で算出した比、c)で算出した相関データまたはa)で測定された値と、1つ以上の参照値とを比較してPEを発症する確率を評価する工程と
を含むことを特徴とする、PEを発症するリスクを診断または予測する方法が提供される。
【0023】
本方法は、本明細書で説明した測定値の統計的解析をさらに含むことができる。したがって、PEの発症の診断、またはPEを発症するリスクを、A1MレベルおよびHbF比および/または別の手段としてHbF、HbAもしくはA1Mレベルを、二項ロジスティック回帰分析を(任意に尤度比(LR)検定とともに)用いて解析することにより評価することができる。
【0024】
PEを発症するリスクを評価するために、測定および/または算出された値を解釈し、参照値のセットと比較することができる。
【0025】
被験者におけるHbFレベルを測定し解析することより、PEを発症するリスクを評価することができる。測定されたHbFレベルが0.45μg/ml、例えば0.75μg/ml、例えば1.0μg/ml、例えば1.5μg/ml、例えば2.5μg/mlよりも高い場合、被験者はPEを発症する高い確率を有するとみなされる。
【0026】
被験者におけるA1Mレベルを測定し解析することより、PEを発症するリスクを評価することができる。測定されたA1MレベルA1M-レベルが21μg/ml、例えば23μg/ml、例えば25μg/ml、例えば30μg/ml、例えば35μg/ml、例えば40μg/mlよりも高い場合、被験者はPEを発症する高い確率を有するとみなされる。
【0027】
被験者におけるHbAおよびHbFレベルを測定し解析することよって、HbF比を算出することによりPEを発症するリスクを評価することができる。HbF比が0.0020、例えば0.0025、例えば0.0060、例えば0.01よりも高い場合、被験者はPEを発症する高い確率を有するとみなされる前述の請求項のいずれかによる方法。
【0028】
被験者におけるHbF、HbAおよびA1Mレベル、HbFを測定し解析することよって、HbF比を算出し、該HbF比をA1Mレベルと相関させることによりPEを発症するリスクを評価することができる。これは、例えばロジスティック回帰により行うことができる。
【0029】
図6で概説するように、PE発症の予測を改善するために、HbF比はA1Mレベルと組み合わせて用いることができる。
2つのパラメータを組み合わせることにより、予測の精度が非常に向上する。図6で概説するように、A1Mレベルの特定の参照値(図6の値m)とHbF比の特定の参照値(図6の値n)は、該参照値を超える場合、被験者はPEを発症する高いリスクを有するとみなされるものとして定義することができる。
【0030】
本発明において、被験者が子癇前症を発症する高い確率を有するとみなされるとき、参照値(m)は、約21μg/ml、例えば23μg/ml、例えば25μg/ml、例えば30μg/ml、例えば35μg/ml、例えば40μg/mlである。参照値(n)は、約0.0020、例えば0.0025、例えば0.0060、例えば0.01である。よって、もし参照値の1つを超えた場合(領域IIおよびIVで示される)、被験者はPEを発症する高いリスクを有するとみなされる。もし両方の値を超えた場合(図6中、領域IIIで示される)、被験者がPEを発症する非常に高いリスクを有するとみなされる。
【0031】
マーカーレベルは、被験者から単離した試料、非常に好ましくは母体の試料について測定することができる。
試料は血液、血漿、尿および血清を含むことができる。本明細書には、母体の静脈血清/血漿に由来する結果が記載されている。レベルは、酸素結合免疫吸着測定法(ELISA)、放射免疫測定法(RIA)、ウェスタンブロッティング、分光光度計、LC-MS、MALDI-TOF MS、クロマトグラフィーなどにより、測定することができる。また、試料は胎盤または尿からであってもよい。
【0032】
試料は被験者から単離することができ、妊娠期間の全体において、例えば妊娠3〜42週、例えば妊娠7〜24週、例えば妊娠10〜20週、例えば妊娠11〜16週の間に解析することができる。
可能であれば、被験者に対して非侵襲的測定が、妊娠3〜42週、例えば妊娠7〜24週、例えば妊娠10〜20週、例えば妊娠11〜16週の間に行われてもよい。
【0033】
HbFレベルは、クロマトグラフィー、質量分析計、非常に好ましくは酵素結合免疫吸着アレイ、すなわちELISAを含むいずれの適切な方法により測定することができる。
A1Mレベルは、クロマトグラフィー、質量分析計、好ましくは酵素結合免疫吸着アレイまたは放射免疫測定法(RIA)を含むいずれの適切な方法により測定することができる。
総HbレベルとHbAは、クロマトグラフィー、質量分析計、好ましくは酵素結合免疫吸着アレイまたは放射免疫測定法(RIA)を含むいずれの適切な方法により測定することができる。
【0034】
さらなる実施形態において、本発明は、被験者または該被験者からの単離された試料におけるA1Mのレベルおよび1種以上の化合物HbAまたはHbFのレベルの測定および解析のためのキットに関する。A1M、HbAおよびHbFレベルの測定用ツールに加えて、キットは、測定データの統計解析を行う方法についての指導書、測定レベルの統計解析を行うためのアルゴリズム、並びに、測定および/または算出された値と比較してPEの発症リスクを評価するために用いる参照値を含んでいてもよい。さらに、キットは、据え置き型または携帯型電子機器のような測定、算出およびPEリスク評価のための自動化装置を提供することができる。
【0035】
定義
本明細書において、そうでないと記載しない限り、「a」または「an」は「1以上」を意味する。
【0036】
本明細書で用いられるように、PEは、国際妊娠高血圧研究会議(The International Society for the Study of Hypertension in Pregnancy)に従って定義される。したがって、PEの定義は:少なくとも4時間隔てた2回の血圧の測定値が140/90 mmHgより高いこと、および、蛋白尿が24時間に300 mg以上であるか、または、24時間蓄積尿が利用できない場合は、中間尿もしくはカテーテル尿検体の試験紙解析で2回の指示値が少なくとも2+であること。あるいは、例えば、米国産婦人科学会の用語委員会(the committee on Terminology of the American College of Obstetrics and Gynecology)によって確立された基準に従って定義された、用語「子癇前症」の他の定義、すなわち、高血圧と蛋白尿、顕性浮腫、もしくは両方を適用してもよい。例えば、PEを、妊娠20週以降に血圧>140/90 mmHgおよび蛋白尿>0.3 g/Lと定義することができる。
【0037】
本明細書で定義されるように、正常妊娠という用語は、37GW後の出産および正常血圧で定義される。
ヘモグロビンA(HbA)。Hbの異なるフォームが存在する。成人Hb (HbA)は2つのアルファペプチド鎖および2つのベータペプチド鎖(Hbα、Hbβ)からなり、それぞれが、ただ一つの酸素分子と可逆的に結合する非ペプチドヘム基を有している。別の成人Hb成分であるHbA2は、2つのアルファ鎖および2つのデルタ鎖(Hbα、Hbδ)で構成されている。
【0038】
本明細書中の用語「遊離Hb」とは、遊離Hbを広く指し、総遊離Hb、遊離HbA、遊離HbA2、遊離HbF、いかなる遊離Hbサブユニット(例えば、Hbα、Hbβ、HbδまたはHbγ鎖)、またはそれらのいかなる組み合わせも含む。それは、治療のための標的として適用される場合を除いて、ポリペプチド(タンパク質)またはヌクレオチド(RNA)のどちらの形態でもこれらのHb存在物をさらに含む。
胎児性ヘモグロビン(HbF)。用語「胎児性Hb」とは、遊離HbFまたはHbFのいずれのサブユニットを指し、治療のための標的として適用される場合を除いて、ポリペプチド(タンパク質)またはヌクレオチド(RNA)のどちらの形態でもこれらのHbF存在物を含む。
【0039】
本明細書において、とりわけ「遊離Hb」、「遊離胎児性Hb」または「遊離Hbサブユニット(例えば、Hbα、Hbβ、HbδまたはHbγ鎖)」という表現に用いられている用語「遊離」とは、生物学的体液中を自由に循環しているHb、胎児性HbまたはHbサブユニットを指し、細胞性Hb (これは細胞内部に存在している分子である)とは対照的なものである。よって、この意味における用語「遊離」は、遊離Hbを、損傷のない赤血球に存在するHbと区別するために主に用いられる。
【0040】
本明細書で用いられるように、HbF比という用語はHbF/総Hbと関連し、HbFレベルを総Hbレベルで割ることによって算出される。
【0041】
本明細書において、用語「マーカー」または「バイオマーカー」とは、生体分子、好ましくは、「正常な」女性/子癇前症でないか、もしくはPEを発症するリスクが増大していない被験者とされる女性から採取した比較試料と比べて、PEである女性またはPEを発症するリスクが増大している女性から採取した試料に特異に存在しているポリペプチドまたはタンパク質を指す。
【0042】
用語「妊娠雌性哺乳動物からの生物学的試料」、用語「被験者」またはそれらの同義語は、哺乳動物自体からの試料を意味することを意図する;よって、試料は、例えば、胎児または羊水からは得ない。
【0043】
本明細書で用いられるように、HbFと省略される胎児性Hbは、胎児におけるHbの主成分であるHbのタイプを指す。胎児性Hbは2つのアルファペプチド鎖および2つのガンマペプチド鎖(Hbα、Hbγ)を有する。
【0044】
本明細書で用いられるように、α1-ミクログロブリン(A1M)は、アルファ-1-ミクログロブリンという名称のリポカリン(lipocalin)ファミリーの1種を指す。アルファ-1-ミクログロブリンは、A1M、EDC1、HCP、HI30、IATIL、ITI、ITIL、ITILCおよびUTIという著述で称されてもよい。
【0045】
本明細書全体にわたり、いかなる全ての引用は参照により本特許出願に明確に組み込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1】症例および対照の人口統計。出産時の妊娠週数、試料採取時の妊娠週数、出生時体重、出産回数および早期産のデータ。値は中央値(±2標準誤差)または数(%)で示される。eを除いて、マン-ホイットニーUテストを用いた。a:p=0.0001b:p=0.03c:p=0.001 (妊娠期間(gestational age)で標準化した後)。d:初妊婦はPEでは27名、正常妊娠では18名。e:GW37+0より前の出産と定義された早期産。7名のPE患者はGW34+0より前に出産した。
図2図2は、子癇前症症例および対照におけるHbF、A1Mおよび総Hbの平均濃度を示す。二項ロジスティック回帰を用いて有意性を決定した。a:グループ間の差が有意ではないので算出せず。b:HbF比はHbF濃度/総Hb濃度として定義されるc:HbF比×100に基づくオッズ比算出。これはHbF画分の非常に低い値のためである。
図3】HbF比、A1Mレベルおよび該2つのパラメータの組み合わせについての感度および特異度の値。a:HbF比=HbF濃度/総Hb濃度b:両方のパラメータを含むロジスティック回帰に基づく。
図4】散布図A:散布図により、HbF比および試料採取時に関連した対照試料およびPEの分布が図解表示される。HbF比=HbF/総HbGW-試料採取:試料採取の週B:散布図により、A1Mレベルおよび試料採取時に関連した対照試料およびPEの分布が図解表示される。A1M:μg/mlで測定されたA1MレベルGW-試料採取:試料採取の週
図5】受信者動作特性(ROC)-曲線。ROC曲線により、HbF比、A1Mレベルおよびそれらの組み合わせの特異度(X軸)および感度(Y軸)が図解表示される。
図6】リスク特徴の図解表示。m:参照値、A1Mn:参照値、HbF比グレースケールの領域I:低いリスクIIおよびIV:高いリスクIII:非常に高いリスク色の階調、暗さはリスクを示す。
【実施例】
【0047】
実施例1
患者および人口統計
合計96名の女性を含めた。糖尿病および本態性高血圧のような他の疾患のある患者を除いた。後にPEを発症した60名の女性(症例)および正常で併発症のない妊娠である36名(対照)を含めた。全ての対照は37+0 GW後に出産した。
【0048】
特徴を表1に示した。60症例のうち、20症例が37+0の妊娠週数(GW)の前に出産し、そのうち7名が34+0 GW前に出産した。全ての出産結果を、メイン・デリバリー・スイート・データベースから得て、各患者のそれぞれについて照合した。国際妊娠高血圧研究会議のPEの定義を用いた:少なくとも4時間隔てた2回の血圧の測定値が140/90 mmHgより高いこと、および、蛋白尿が24時間に300 mg以上であるか、または、24時間蓄積尿が利用できない場合は、中間尿もしくはカテーテル尿検体の試験紙解析で2回の指示値が少なくとも2+であること。正常妊娠は、37GW後の出産および正常血圧で定義される。対照試料を、同時期の間に本研究に参加した女性から無作為に選択した。
【0049】
患者は、倫理的許可のもと、St Georges Hospital (ロンドン)の産科部門での定期的な妊婦管理訪問に参加している女性における妊娠第1期の超音波およびPEの血清マーカーの継続的前向き研究の一環として、集められた。妊娠期間は最後の月経期から算出し、超音波頭殿長測定により確認した。
【0050】
実施例2
試料採取
母体の静脈血清試料を、HbF、総HbおよびA1Mの解析のために11〜16GWにて収集した。静脈血を、凝固させる添加物なしに5mlヴァキュテーナー管(Beckman Dickson)に採取し、室温にて2000 gで10分間遠心分離した。血清を、次の解析まで−80℃で保存した。
【0051】
実施例3
総Hb、HbFおよびA1Mの測定
これまでに述べたように、HbF濃度およびA1M濃度をそれぞれサンドイッチELISAおよび放射免疫測定法(RIA)で測定した。これまでに述べたように、血清中の総Hb濃度を、成人Hb (HbA)に対する抗体を用いる競合的ELISAにより測定した。HbF/総Hbである比を算出し、HbF比と呼ぶ。
【0052】
実施例4
統計解析
統計コンピュータソフトウェア(SPSS)を用いてデータを解析した。PEを発症する確率を、二項ロジスティック回帰分析と尤度比(LR)検定を用いてHbF比および/またはHbF、HbAもしくはA1Mのレベルに関連して解析した。オッズ比(OR)をバイオマーカーのために算出した。HbF比が低い値を示したので、これを100倍してORを算出した。有意水準0.05を全ての試験に用いた。
【0053】
HbF、A1M、HbF比およびHbF比とA1Mの組み合わせについてのROC曲線を、ロジスティック回帰の結果に基づいてなした。曲線下面積(AUC)をROC曲線から算出した。ロジスティック回帰解析により、異なるスクリーン陽性率での感度を検定することができた。最適感度レベルを評価した。3つのバイオマーカーの間の直線的相関を、ピアソンの相関係数を算出する二変数相関解析により評価した。
【0054】
実施例5
研究グループ
含められた症例および対照の人口統計データを、図1および実施例1に示す。出産時の妊娠期間の長さに期待される有意差があった。妊娠期間への相関後の出生時体重に有意差があった(p=0.001)。PE血液試料は、対照試料よりも平均して8日遅れて収集された(p=0.018)。
【0055】
実施例6
HbF比およびA1M血漿レベル
全ての試料において総Hbの高い濃度が認められ、ある程度の溶血が示唆される。高いレベルは分光光度計により確かめられた(データ示さず)。しかし、試験されたグループの間で総Hb濃度に有意差はなく、PEでは178μg/mlであり、対照では206μg/mlであった(p=0.232) (図2)。HbFの平均濃度はPEでは1.38μg/mlであり、対照では0.45μg/mlであった。バックグラウンドの溶血がHbF値に寄与しうるので、またHbFレベルがHb総レベルに著しく相関するので、HbF比(HbF/総Hb)を算出した。平均HbF比は、対照と比較してPEにおいて顕著に高くなっていた(p<0.0001) (図2)。妊娠期間に関連するHbF比を散布図に示した(図3A)。平均A1Mレベルは、対照(24μg/ml)と比較してPEにおいて顕著に高くなっていた(21μg/ml、p=0.0001)。妊娠期間に関連するHbF比を散布図に示した(図3B)。
【0056】
実施例7
相関解析
HbFレベルもHbF比レベルも、A1Mレベルにさほど相関していなかった(p=0.17、r=0.16)。しかし、HbFレベルは、総Hbレベルに顕著に相関しており(p=0.001、r=0.35)、相関はPE症例でより強かった(p=0.005、r=0.39)。総HbおよびA1Mのレベルはさほど相関していなかった(p=0.61、r=0.055)。
【0057】
HbF比の妊娠期間への相関
HbF比およびA1Mレベルの試料採取時の妊娠期間への相関について調べた(図1にて図で示される)。HbF比およびA1Mレベルのいずれについても、10〜16GWの間に妊娠期間への相関は認められなかった。
【0058】
ロジスティック回帰および受信者動作特性(ROC)曲線
ロジスティック回帰を有意性およびオッズ比の算出に用いた(図2)。ROC曲線を描き(図5)、HbF比、A1Mおよびそれらの組み合わせについての感度および特異度を得た。図3に示されるように、結果を4つの異なるカットオフ値において解析した。曲線下面積(AUC)は、HbF比について0.82であり、A1Mについて0.75であり、HbF比およびA1Mの組み合わせについて0.89であった。2つのマーカーの組み合わせが、23%のスクリーン陽性率において最適感度90%と最も高い予測値を示した(図3)。
【0059】
実施例8
HbF比およびA1Mレベルの測定の組み合わせによる診断
これまでに述べたように、HbF濃度およびA1M濃度をそれぞれサンドイッチELISAおよび放射免疫測定法(RIA)で測定した。これまでに述べたように、血清中の総Hb濃度を、成人Hb (HbA)に対する抗体を用いる競合的ELISAにより測定した。HbF/総Hbである比を算出し、HbF比と呼ぶ。
図6で概説するように、PE発症の予測を改善するために、HbF比はA1Mレベルと組み合わせて用いることができる。
【0060】
2つのパラメータを組み合わせることにより、予測の精度が非常に向上する。図6で概説するように、A1Mレベルの特定の参照値(図6の値m)とHbF比の特定の参照値(図6の値n)は、該参照値を超える場合、被験者はPEを発症する高いリスクを有するとみなされるものとして定義することができる。
【0061】
本発明において、被験者が子癇前症を発症する高い確率を有するとみなされるとき、参照値(m)は、約21μg/ml、例えば23μg/ml、例えば25μg/ml、例えば30μg/ml、例えば35μg/ml、例えば40μg/mlである。参照値(n)は、約0.0020、例えば0.0025、例えば0.0060、例えば0.01である。よって、もし参照値の1つを超えた場合(領域IIおよびIVで示される)、被験者はPEを発症する高いリスクを有するとみなされる。もし両方の値を超えた場合(図6中、領域IIIで示される)、被験者がPEを発症する非常に高いリスクを有するとみなされる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6