特許第5928071号(P5928071)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5928071
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月1日
(54)【発明の名称】移動体
(51)【国際特許分類】
   B60G 17/015 20060101AFI20160519BHJP
   B60G 17/019 20060101ALI20160519BHJP
   B62K 5/02 20130101ALN20160519BHJP
【FI】
   B60G17/015 Z
   B60G17/019
   !B62K5/02
【請求項の数】2
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-73179(P2012-73179)
(22)【出願日】2012年3月28日
(65)【公開番号】特開2013-203180(P2013-203180A)
(43)【公開日】2013年10月7日
【審査請求日】2015年2月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 徳晃
(72)【発明者】
【氏名】但馬 竜介
(72)【発明者】
【氏名】鋤柄 和俊
(72)【発明者】
【氏名】津坂 祐司
【審査官】 平野 貴也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−011996(JP,A)
【文献】 特開平07−239341(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60G 1/00 − 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と、
車体の運動軸周りの姿勢角を調整可能なアクチュエータと、
車体の重心位置と異なる位置に配置されており、車体の横加速度を検出する横加速度検出手段と、
車体の前記運動軸周りの角加速度を検出する角加速度検出手段と、
前記横加速度検出手段で検出される横加速度から取得される「車体の重心位置又は重心位置近傍に設定された設定位置に作用する横加速度」と、前記角加速度検出手段によって検出される角加速度に所定のゲインを乗じた値との和をフィードバックし、このフィードバックした値が0となるようにアクチュエータを駆動する制御装置と、を有しており、
前記所定のゲインをkとし、前記運動軸から前記重心位置までの距離をhとしたときに、前記制御装置が有する不安定零点が高周波数となるように|h−k|の値が設定されていることを特徴とする、移動体。
【請求項2】
横加速度検出手段は、複数の加速度センサを有しており、
前記制御装置は、それら複数の加速度センサの出力から、重心位置又は設定位置に作用する横加速度を取得する、請求項1に記載の移動体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示の技術は、移動体の姿勢制御技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1,2には、旋回時に車体を傾斜させることで、車両の旋回安定性を向上する技術が開示されている。特許文献1,2の技術では、車体の複数個所に、車体の横加速度を検出する横加速度センサが設置されている。制御装置は、まず、複数の横加速度センサで検出される横加速度から車体に作用する横加速度を推定し、その推定された横加速度が0となるように車体を傾斜させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011−195006号公報
【特許文献2】特開2011−201505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した従来の技術では、複数の横加速度センサで検出される横加速度から車体に作用する横加速度を推定し、その推定される横加速度が0となるように車体を傾斜させる。しかしながら、推定される車体の横加速度は、車体の重心位置に作用する横加速度とはなっていない。このため、推定される車体の横加速度が0となるように車体を傾斜させると、旋回時の安定性が損なわれる場合がある。特に、車体の重心位置が高い場合には、旋回時の安定性が損なわれて転倒する可能性が生じる。
【0005】
本明細書は、車体を適切に傾斜させることで、車体の安定性をより向上することができる技術を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本明細書に開示する移動体は、車体と、車体の運動軸周りの姿勢角を調整可能なアクチュエータと、車体の横加速度を検出する手段と、検出される横加速度から取得される「車体の重心位置又は重心位置近傍に設定された設定位置に作用する横加速度」に基づいて、アクチュエータを駆動する制御装置を有する。
【0007】
上記の移動体では、車体の重心位置又は重心位置近傍に設定された設定位置に作用する横加速度に基づいてアクチュエータが駆動される。重心位置又は重心位置近傍の横加速度に基づいてアクチュエータが駆動されるため、車体の安定性を適切に向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例に係る車両の構成を模式的に示す正面図。
図2図1に示す車両の側面図。
図3】実施例に係る制御系の構成を示すブロック図。
図4】実施例に係る車両のロール軸周りの運動を説明するためのモデル図(停止状態)。
図5】実施例に係る車両のロール軸周りの運動を説明するためのモデル図(旋回状態)。
図6】実施例に係る車両のロール軸周りの運動モデルと、車体に作用する横加速度を併せて示す図(停止状態)。
図7】実施例に係る車両のロール軸周りの運動モデルと、車体に作用する横加速度を併せて示す図(旋回状態)。
図8】アクチュエータへの入力トルクτから車体の姿勢角θまでの伝達関数の周波数特性を示す図。
図9】アクチュエータへの入力トルクτから車体の重心位置に作用する加速度acogまでの伝達関数の周波数特性を示す図。
図10】アクチュエータへの入力トルクτから制御値aまでの伝達関数の周波数特性を示す図。
図11】重心位置の横加速度及び加速度センサの検出値との関係を説明するための図。
図12】本実施例の制御装置の構成を示すブロック図。
図13】本実施例の車両の応答例を示す図。
図14】本実施例の制御装置の他の構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に説明する実施例の主要な特徴を列記しておく。なお、以下に記載する技術要素は、それぞれ独立した技術要素であって、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
【0010】
(特徴1) 本明細書に開示する一実施例では、車体の運動軸周りの角加速度を検出する手段をさらに備えていてもよい。この場合に、制御装置は、車体の重心位置又は設定位置に作用する横加速度と、角加速度検出手段によって検出される角加速度に所定のゲインを乗じた値との和をフィードバックし、このフィードバックした値が0となるようにアクチュエータを制御してもよい。このような構成によると、フィードバック制御系の不安定零点を高い周波数とすることができる。
【0011】
(特徴2) 本明細書に開示する一実施例では、横加速度を検出する手段は、複数の加速度センサを有していてもよい。制御装置は、それら複数の加速度センサの出力から、重心位置又は設定位置に作用する横加速度を取得してもよい。このような構成によると、重心位置又は設定位置に加速度センサが配置できないときでも、重心位置又は設定位置の横加速度を良好に推定することができる。
【0012】
(特徴3) 本明細書に開示する他の実施例では、制御装置は、車体の重心位置又は設定位置に作用する横加速度が0となるようにアクチュエータを駆動してもよい。このような構成によっても、車体の安定性を好適に高めることができる。
【0013】
(特徴4) 本明細書に開示する他の実施例では、横加速度を検出する手段は、車体の重心より低い位置に配置されている加速度センサを有していてもよい。この場合に、制御装置は、加速度センサで検出される横加速度が所定の目標横加速度となるように、アクチュエータを制御してもよい。このような構成によっても、フィードバック制御系の不安定零点を高い周波数とすることができる。
【実施例1】
【0014】
本実施例について、図面を参照しながら説明する。本実施例では、本明細書に開示する制御技術を車体のロール軸周りのロール角制御に適用した例であり、ロール角制御に関係のない構成については、従来技術と同様としている。このため、以下の説明では、ロール角制御に関連する構成を主に説明し、それ以外の構成については適宜説明を省略する。図1,2に示すように、車両100は、左右の前輪12a,12bと、1つの後輪15(従動輪)と、前輪12a,12b及び後輪15が取付けられた車体10を備えている。
【0015】
前輪12a,12bは、車体10の側面に回転可能に取付けられている。各前輪12a,12bは、インホイールモータ14a,14bにより独立して駆動される。前輪12a,12bを駆動することで、車両10は走行面Rを走行する。後輪15は、車体10に取付けられており、車両100を正面からみたときに車体10の中央となる位置に配置されている。本実施例では、後輪15に、全方位車輪又はキャスタ車輪が用いられている。このため、左右の前輪12a,12bの回転駆動量(回転角速度)を制御することで、車両100はその進行方向を任意の方向に変えることができる。なお、後輪15を操舵輪とし、後輪15の操舵角によって車両100の進行方向を制御するようにしてもよい。
【0016】
車体10は、ロール軸周りに回転可能となっている。車体10は、車体10のロール角速度を検出するジャイロセンサ16と、車体10の横加速度を検出する第1、第2横加速度センサ20a,20bと、車体10のロール角度を制御するためのアクチュエータ18と、アクチュエータ18を制御する制御装置22(図3に図示)を備えている。
【0017】
ジャイロセンサ16は、車体10のロール角速度を検出する。図3に示すように、ジャイロセンサ16は、制御装置22に電気的に接続されている。ジャイロセンサ16から出力されるロール角速度信号は、制御装置22に入力される。
【0018】
第1,第2横加速度センサ20a,20bは、車体10の横加速度(すなわち、車幅方向の加速度)を検出する。第1,第2横加速度センサ20a,20bには、公知の加速度センサを用いることができる。第1,第2横加速度センサ20a,20bとジャイロセンサ16は、車体10の重心位置を通る鉛直線上に配置されている。第1横加速度センサ20aは、重心G及びジャイロセンサ16より下方に配置される一方、アクチュエータ18よりも上方に配置されている。第2横加速度センサ20bは、重心G及びジャイロセンサ16より上方に配置されている。図3に示すように、第1,第2横加速度センサ20a,20bは、制御装置20に電気的に接続されている。第1,第2横加速度センサ20a,20bから出力されるロール角速度信号は、制御装置22に入力される。
【0019】
アクチュエータ18は、車体10のロール角度を調整するための装置である。アクチュエータ18は、車体10に対してロール軸周りのトルクτを付与する。図3に示すように、アクチュエータ18は、制御装置22に電気的に接続されている。制御装置22から出力される制御指令値に基づいてアクチュエータ18は、ロール軸周りにトルクτを発生する。アクチュエータ18には、例えば、ギア付きサーボモータを用いることができる。
【0020】
制御装置22は、CPU,ROM,RAM等を備えたコンピュータによって構成されている。制御装置22は、車体10に設置されている。制御装置22は、ジャイロセンサ16とアクチュエータ18と第1,第2横加速度センサ20a,20bに電気的に接続されている。制御装置22は、ジャイロセンサ16から入力されるロール角速度と、第1,第2横加速度センサ20a,20bから入力される横加速度に基づいて、アクチュエータ18を駆動する。これにより、車両100の走行状態に応じて、車体10のロール軸周りの姿勢角(ロール角)が制御される。以下、制御装置22の構成について詳細に説明する。
【0021】
まず、図4,5を用いて、車体10のロール軸周りの運動モデルと、その特徴について説明する。図4,5において、aは車体10のz軸方向の加速度であり、aは車体10の横加速度を表している。図4に示すように、車両100が直進しているときは、車体10の姿勢角θは0°であることが好ましい。図4から明らかなように、車体10の姿勢角θを0°とするためには、車体10に作用する横加速度aを0に制御すればよい。一方、図5に示すように、車両100が旋回走行しているときは車体10に求心力が作用するため、車体10をロール軸周りに回転させて、車体10を安定化させることが好ましい。求心加速度を−aとすると、車体10の好ましい姿勢角θはtan−1(a/g)となる。このときの車体10に作用する横加速度aは、g・sinθ−a・cosθ=0となる。したがって、旋回走行時においても車体10に作用する横加速度aが0となるように制御すれば、求心加速度を特定しなくても、車体10の姿勢角θを所望の角度tan−1(a/g)とすることができる。このため、本実施例の制御装置22は、車体10の重心位置(又はその近傍の設定位置)に作用する横加速度をフィードバック制御することで、車体10の姿勢角θを所望の角度となるように制御することとする。
【0022】
図6,7は、車体10のロール軸周りの運動モデルと、第1,第2横加速度センサ20a,20bを併せて示している。図6,7において、ロール軸(アクチュエータ18の出力軸)から重心Gまでの高さはhであり、ロール軸(アクチュエータ18の出力軸)から第1,第2横加速度センサ20a,20bまでのそれぞれの高さはl,lである。車体10のロール軸周りの運動方程式は、下記の式(1)で表される。
【数1】
【0023】
ここで、Jは車体10のロール軸周りの慣性モーメントであり、Mは車体10の質量であり、gは重力加速度であり、τはアクチュエータ18から車体10に作用するトルクである。上記式(1)をsinθ=θとして、トルクτから姿勢角θまでの伝達関数をラプラス変換して求めると、下記の式(2)となる。なお、式(2)で表される伝達関数の周波数特性は、図8に示す通りとなる。
【数2】
【0024】
上述したように、車体10の姿勢角θを所望の角度tan−1(a/g)とするためには、車体10の重心位置(又は設定位置)に作用する横加速度acogをフィードバック制御すればよい。このため、アクチュエータ18のトルクτから車体10の重心位置に作用する横加速度acogまでの伝達関数を求めると、制御対象の周波数特性を把握することができる。そこで、トルクτから横加速度acogまでの伝達関数を求める。
【0025】
まず、車体10の重心位置における横加速度acogを導出する。すなわち、重心位置における横加速度acogは、下記の式(3)により算出される。ここで、aは車両100の旋回動作によって車体10に作用するY軸方向の加速度(求心加速度)である。
【数3】
【0026】
次に、sinθ=θ、cosθ=1とし、また、仮にa=0として、車体10の姿勢角θから重心位置の横加速度acogまでの伝達関数を求めると、下記の式(4)となる。
【数4】
【0027】
上記の式(2)と式(4)から、トルクτから横加速度acogまでの伝達関数は、下記の式(5)となる。
【数5】
【0028】
上記の式(5)と式(2)の比較から明らかなように、トルクτから横加速度acogまでの伝達関数は、−√(g/h)と+√(g/h)の零点を有している。また、実部が正となる零点(すなわち、不安定零点)を有しているため、フィードバック制御が難しく、また、ステップ応答に対してアンダーシュート(逆側に振れること)が発生する。
【0029】
図9にトルクτから横加速度acogまでの伝達関数の周波数特性を示す。図中、実線はh=0.5mのときの周波数特性であり、破線はh=0.2mのときの周波数特性であり、点線はh=0.05mのときの周波数特性である。すなわち、ロール軸から車体10の重心の位置までの距離(高さ)hを変えたときの周波数特性である。図8との比較から明らかなように、図9に示す伝達関数では、位相特性には変化はないが、ゲイン特性が増大している。特に、h(ロール軸から重心までの距離(高さ))が大きくなると(例えば、h=0.5mのときは)、高周波領域において大きなゲインが得られている。したがって、横加速度acogをフィードバックしてトルクτを制御するフィードバック制御系では、高周波領域の外乱等によって不安定化する。これを防止するためには、フィードバック制御系(すなわち、横加速度acogをフィードバックしてトルクτを制御する制御系)にローパスフィルタを与える方法が考えられるが、ローパスフィルタを与えると位相遅れが生じ、フィードバック制御系が不安定化する。このため、フィードバック制御系のゲインを低く設定せざるを得ない。また、不安定零点を有することによるアンダーシュートを抑制するためには、不安定零点に対してフィードバック制御系の制御帯域を低く設定せざるを得ない。すなわち、フィードバック制御系の制御帯域を、√(g/h)×1/2πよりも十分に低い周波数に設定せざるを得ない。
【0030】
上述したように、トルクτから横加速度acogまでの伝達関数は不安定零点を有する。このため、横加速度acogをフィードバックしてトルクτを制御する制御系は、制御帯域を低く設定しなければならないという問題がある。そこで、本実施例の制御装置22では、ジャイロセンサ16で検出した車体10のロール角速度θ(・)を利用する。具体的には、検出されたロール角速度θ(・)を微分して得られるロール角加速度θ(・・)と、重心位置の横加速度acogとを用いて得られる、下記の式(6)の信号aをフィードバックする。ここで、kは適宜設定される定数である。
【数6】
【0031】
上記の式(6)をラプラス変換し、そのラプラス変換したものを式(4)に代入して、トルクτから信号aまでの伝達関数を導出すると、下記の式(7)となる。
【数7】
【0032】
したがって、|h−k|が十分に小さい範囲となるようにkを設定すれば、不安定零点は√(g/(h−k))×1/2πとなる。このため、トルクτから横加速度acogまでの伝達関数と比較して、不安定零点を高い周波数とすることができる。その結果、信号aをフィードバックしてトルクτを制御するフィードバック制御系の制御帯域を、高く設定することが可能となる。図10にトルクτから信号aまでの伝達関数の周波数特性を示す。図中、実線はh=0.5、k=0.0のときの周波数特性(比較例)であり、破線はh=0.5、k=0.4のときの周波数特性(実施例)である。実線(比較例)と破線(実施例)の比較から明らかなように、本実施例(破線)では、比較例(実線)と比較して、高周波領域のゲインが大きく低下している。すなわち、本実施例の制御装置22では、信号aをフィードバックすることで不安定零点を高く設定している。
【0033】
なお、信号aを取得するためには、車体10の重心位置の横加速度acogが必要となる。しかしながら、車体10の重心位置の横加速度acogを直接検出することが難しい場合がある。例えば、車体10の重心位置に横加速度センサを配置するスペースがない場合がある。また、車体10の重心の位置も車体10の状態(例えば、人が乗車する車両の場合、乗車する人の数、体重等)によって変化する。したがって、本実施例では、車体10の重心ではない位置に配置した2つの横加速度センサ20a,20bによって検出される値a,aを用いて、車体10の重心位置又は設定位置(重心位置の近傍に設定)の横加速度a^cogを推定し、その推定値a^cogを用いる。設定位置は、例えば、車体10の設計値から計算される重心位置とすることができ、実際の車体10の重心位置と相違していてもよいし、実際の車体10の重心位置と一致していてもよい。
【0034】
ここで、横加速度センサ20a,20bで検出される横加速度a,aと、重心位置(設定位置)の横加速度acogを数式で示し、横加速度センサ20a,20bで検出される横加速度a,aから重心位置(又は設定位置)の横加速度acogを推定できることを説明しておく。図11に示すように、車体10は、直進方向の速度(併進速度)がvで、かつ、旋回速度がωで走行しているものとする。図中、点Oは静止状態での重心投影点であり、車軸中心からx軸方向に‐lだけオフセットしている。一方、旋回中の車体ロール角度θは所望のロール角度であり、重心位置Gはy軸方向にd=−hsinθだけ移動している。ここで、重心位置Gの速度をv、旋回半径をr、旋回中心と重心位置Gとの距離をr、旋回中心と重心位置Gを結ぶ線分と車軸のなす角をθとすると、速度vのx軸成分vgxとy軸成分vgyは、下記の式(8)で表される。
【数8】
【0035】
ここで、sinθ(t)とcosθ(t)は、下記の式(9)で表される。
【数9】
【0036】
したがって、上記の式(8)は、下記の式(10)に変形することができる。
【数10】
【0037】
さらに、d=−hsinθを代入して、速度vのx軸成分vgxとy軸成分vgyを微分すると、重心位置Gの加速度のx軸成分agxと,y軸成分agyが算出される(式11)。
【数11】
【0038】
一方、車体10に作用する求心加速度v・ωのx軸成分atxとy軸成分atyは、次の式(12)で示す通りとなる。
【数12】
【0039】
以上より、旋回動作に伴って重心位置Gに作用するy軸方向の加速度は、次の式(13)で示す通りとなる。
【数13】
【0040】
上記の式(13)に示す重心位置Gに作用するy軸方向の加速度a(t)と、上記の式(3)の関係を用いると、重心位置Gの横加速度acogは下記の通りとなる(式(14))。
【数14】
【0041】
重心位置Gの横加速度acogが上記の式(14)で表されると、加速度センサ20a,20bで検出される加速度a,aは、それぞれ下記の式(15)となる。
【数15】
【0042】
上記の式(14)及び(15)より明らかなように、重心位置Gと加速度センサ20a,20bのロール軸からの距離(高さ)h,l、lのそれぞれが既知であれば(図6参照)、加速度センサ20a,20bの値a,aから重心位置Gの横加速度acogを算出(推定)することができる。すなわち、下記の式(16)によって、重心位置Gの横加速度a^cogを推定することができる。
【数16】
【0043】
上述した説明から明らかなように、本実施例では、重心位置G又は重心位置Gの近傍に設定位置を設定し、重心位置G又は設定位置を通る鉛直線上に横加速度センサ20a,20bを配置する。そして、重心位置G又は設定位置の高さh(ロール軸からの距離(高さ))と、横加速度センサ20a,20bの高さl,l(ロール軸からの距離(高さ))が測定される。そして、横加速度センサ20a,20bの出力a,aと、高さh,l,lから、重心位置G又は設定位置の横加速度a^cogを推定している。
【0044】
ここで、制御装置22のフィードバック制御系の1つの構成例と、その動作を図12を用いて説明する。図12に示すように、制御装置22は、フィードバック補償器24と、ローパスフィルタ26を備える。フィードバック補償器24は、例えば、PID制御理論により設計される。ローパフフィルタ26は、高周波領域でのゲインの増大を抑制するためのフィルタである。
【0045】
図12に示す制御装置22には、ジャイロセンサ16の出力と、第1,第2加速度センサ20a,20bの出力が入力される。制御装置22は、ジャイロセンサ16から出力される車体10のロール角速度を微分し(図中の符号28)、その微分値にゲイン30を乗じる。また、横加速度センサ20a,20bの出力値から、重心位置G又は設定位置の横加速度a^cogを推定する(上記の式(16))。そして、ロール角加速度にゲインを乗じた値と、重心位置G又は設定位置の横加速度a^cogとの和がフィードバックされる。したがって、制御装置22のフィードバック補償器24には、目標値(すなわち、0)とフィードバックされた値との差が入力される。フィードバック補償器24は、フィードバックされる値が0となるように、アクチュエータ18に出力するトルク値を算出する。フィードバック補償器24から出力されるトルク値は、ローパスフィルタ26で高周波領域のノイズが除去され、アクチュエータ18に入力される。これによって、アクチュエータ18が駆動され、車体10のロール角が制御される。すなわち、フィードバックされた値(横加速度a^cogとロール角加速度にゲインを乗じた値との和)が0となるように、車体10のロール角が制御される。なお、図12に示す制御構成は単なる一例であり、本明細書に開示の技術は、このような構成に限られない。例えば、図12に示す制御構成を等価変換して得られる構成としてもよい。
【0046】
次に、上述した車両100の応答例について、図13を参照して説明する。図13は、一定の速度で直進している場合において定常円旋回運動に移行するときの「旋回角速度」と「重心位置(又は設定位置)の横加速度」と「ロール角度(ロール姿勢角度)」を示している。図13に示すように、車両100の旋回角速度は、時刻t=0から徐々に増加し、時刻t=tで一定の旋回角速度となっている。この際、重心位置(又は設定位置)の横加速度は、過渡状態においては増大するものの、定常的には0となっている。その結果、車体10のロール角度(ロール姿勢角度)も一定の角度に変化している。したがって、正確な車両100の走行条件(例えば、直進速度(併進速度),旋回角速度)が把握できていなくても、図13に示すようなロール角制御を実現することができる。
【0047】
上述した説明から明らかなように、本実施例の車両100では、2つの横加速度センサ20a,20bの値から推定される重心位置G又は設定位置の横加速度a^cogと、ロール角加速度にゲインを乗じた値との和をフィードバックすることで、重心位置又は設定位置の横加速度が0となるように、車体10のロール角が制御される。したがって、車両100の走行状態に応じて車体10のロール角が制御され、車両100の走行安定性を向上することができる。
【0048】
また、本実施例の車両100では、2つの横加速度センサ20a,20bの値から推定される重心位置G(又は設定位置)の横加速度a^cogと、ロール角加速度にゲインを乗じた値との和をフィードバックしている。これによって、不安定零点を高い周波数に移すことができ、高い制御帯域を有するフィードバック制御系を構成することができる。
【0049】
さらに、本実施例の車両100では、2つの横加速度センサ20a,20bを備えることで、重心位置(又は設定位置)の横加速度を推定する。したがって、横加速度センサ20a,20bを重心位置(又は設定位置)に配置できない場合であっても、重心位置(又は設定位置)の横加速度を検出することができる。
【0050】
なお、本実施例の制御技術は、ショートホイールベース及びショートトレッド幅の小型移動体に好適に適用することができる。すなわち、この種の小型移動体では、走行状態に応じて車体のロール角度を変化させ、車体の姿勢を安定化することが要求される。本実施例の制御技術を用いると、車体の姿勢角を所望の角度に安定して制御することができ、小型移動体の走行安定性を向上することができる。
【0051】
最後に、上述した実施例と請求項との対応関係を説明しておく。車体10のロール軸が請求項でいう「車体の運動軸」の一例であり、横加速度センサ20a,20bが「車体の横加速度を検出する手段」の一例であり、ジャイロセンサ16と制御装置22によって「角加速度検出手段」の一例が構成されている。
【0052】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例をさまざまに変形、変更したものが含まれる。
【0053】
例えば、上述した実施例では、重心位置G(又は設定位置)の横加速度a^cogと、ロール角加速度にゲインを乗じた値との和をフィードバックすることで、フィードバック制御系の不安定零点を高い周波数とした。しかしながら、本発明は、このような形態に限られず、種々の態様を採ることができる。例えば、車体10の重心位置よりも低い位置に配置した横加速度センサ20aの値をフィードバック制御に用いてもよい。すなわち、図9の実線(周波数応答)に示されるように、重心位置が低ければ、高周波領域のゲインは低くなる。したがって、重心位置より低い位置に配置した横加速度センサ20aの値aをフィードバック制御すれば、フィードバック制御系の不安定零点を高い周波数とすることができる。
【0054】
この場合の制御装置の具体的な一構成例を説明する。すなわち、重心位置より低い位置に配置した横加速度センサ20aの値aをフィードバックする場合、トルクτ(s)から値aまでの伝達関数は、次の式(17)で表される。
【数17】
【0055】
式(17)より明らかなように、この伝達関数の不安定零点は√(g/l)×1/2πとなる。加速度センサ20aを設置する高さlが小さいことから、不安定零点の周波数は高くなる。その結果、フィードバック制御系の制御ゲインを大きくすることができる。なお、フィードバック制御系の帯域は0.25Hz以上であることが好ましいため、不安定零点はその周波数の3倍以上の周波数(=0.75Hz)とすることが好ましい。したがって、下記の式(18)を満足することが好ましい。
【数18】
【0056】
したがって、横加速度センサ20aを配置する高さlは、0.4413m以下となることが好ましい。
【0057】
なお、既に説明したことから明らかなように、横加速度センサ20aを配置する高さlと、実際の重心位置(又は設定位置)の高さhとが相違すると、横加速度センサ20aの出力値aと、重心位置(又は設定位置)の横加速度acogは相違する。したがって、下記の式(19)に従って横加速度指令arefを与えることで、重心位置(又は設定位置)の横加速度acogが0となるように、アクチュエータ18を制御する。
【数19】
【0058】
したがって、制御装置は、図14に示すようなフィードバック制御系を構成することができる。すなわち、制御装置は、フィードバック補償器28と、ローパスフィルタ30と、ゲイン(h−l)/(l−l)32によって構成することができる。かかる構成において、制御装置には、第1,第2加速度センサ20a,20bの出力が入力される。制御装置は、第2横加速度センサ20bの出力値aから第1横加速度センサ20aの出力値aを減算し、その減算した値にゲイン(h−l)/(l−l)32を乗じて横加速度指令arefを算出する。制御装置22のフィードバック補償器24には、第1横加速度センサ20aの出力値aと、横加速度指令arefが入力される。フィードバック補償器24は、第1横加速度センサ20aの出力値aが横加速度指令arefとなるように、アクチュエータ18に出力するトルク値を算出する。フィードバック補償器24から出力されるトルク値は、ローパスフィルタ26で高周波領域のノイズが除去され、アクチュエータ18に入力される。これによって、アクチュエータ18が駆動され、車体10のロール角が制御される。これによって、重心位置(又は設定位置)の横加速度acogが0となるように、車体10のロール角が制御される。なお、図14に示す制御構成は単なる一例であり、本明細書に開示の技術は、このような構成に限られない。例えば、図14に示す制御構成を等価変換して得られる構成としてもよい。
【0059】
また、上述した実施例は、本明細書に開示する技術を車体のロール角制御に適用した例であったが、本明細書に開示する技術は、車体のロール角制御以外にも適用でき、例えば、車体のピッチ角制御にも適用することができる。本明細書に開示する技術を車体のピッチ角制御に適用する場合は、車体の前後方向の加速度を車体の横加速度として検出すればよい。
【0060】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0061】
10 車体
12a,12b 前輪
16 ジャイロセンサ
18 アクチュエータ
20a,20b 横加速度センサ
22 制御装置
図1
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図3
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図5
図6
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図9
図10
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