(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5928664
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月1日
(54)【発明の名称】アルミニウム材の陽極酸化処理方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/04 20060101AFI20160519BHJP
C25D 11/16 20060101ALI20160519BHJP
【FI】
C25D11/04 101H
C25D11/16 302
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-534102(P2015-534102)
(86)(22)【出願日】2014年7月30日
(86)【国際出願番号】JP2014070014
(87)【国際公開番号】WO2015029681
(87)【国際公開日】20150305
【審査請求日】2016年2月5日
(31)【優先権主張番号】特願2013-177641(P2013-177641)
(32)【優先日】2013年8月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100082739
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 勝夫
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(72)【発明者】
【氏名】関 雄輔
(72)【発明者】
【氏名】海老原 健
【審査官】
國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】
特開2001−011699(JP,A)
【文献】
特開2005−200740(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00−11/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材を多塩基酸水溶液からなる処理浴中目的電圧10V以上の処理条件で陽極酸化処理し、前記アルミニウム材の表面に多孔性陽極酸化皮膜を形成するアルミニウム材の陽極酸化処理方法であり、
前記陽極酸化処理の前処理として、多塩基酸水溶液からなる処理浴中電圧6V以下の処理条件で電気量が0.05C/cm2以上となるまで陽極酸化処理を行い、前記アルミニウム材の表面に多孔性プレ皮膜を形成させることを特徴とするアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項2】
前記アルミニウム材は、材料中に存在する結晶粒の大きさが100μm以上である請求項1に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項3】
前記アルミニウム材は、その表面が鏡面処理されている請求項1又は2に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項4】
前記鏡面処理が、バフ研磨、電解研磨、切削加工、及び化学研磨から選ばれたいずれかの鏡面加工で行われる請求項3に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項5】
前記前処理で使用する処理浴と陽極酸化処理で使用する処理浴とが同じ多塩基酸の水溶液である請求項1〜4のいずれかに記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項6】
前記前処理で使用する処理浴と陽極酸化処理で使用する処理浴とが異なる多塩基酸の水溶液である請求項1〜4のいずれかに記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項7】
前記アルミニウム材の陽極酸化処理を行うに際し、前記前処理で形成された多孔性プレ皮膜を除去するプレ皮膜除去処理を行う請求項1〜6のいずれかに記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項8】
前記プレ皮膜除去処理は、前記陽極酸化処理の処理中又は処理後に実施される請求項7に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項9】
前記陽極酸化処理の処理中に実施されるプレ皮膜除去処理は、前処理後のアルミニウム材の陽極酸化処理の際に、前処理時に適用した電気量の50倍以上の陽極酸化処理を行うことにより、前処理時に形成された多孔性プレ皮膜を陽極酸化処理の処理浴中に溶解させて除去する請求項8に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項10】
前記陽極酸化処理後に実施されるプレ皮膜除去処理は、陽極酸化処理後のアルミニウム材を酸又はアルカリの水溶液中に浸漬し、陽極酸化処理時に表面に残留した多孔性プレ皮膜を化学的に溶解させて除去する請求項8に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項11】
前記前処理後のアルミニウム材の陽極酸化処理するに際し、この前処理後のアルミニウム材に形成された多孔性プレ皮膜をその壁厚の10%以上が残存する処理条件で溶解するプレ皮膜の一部溶解処理を行う請求項1〜6のいずれかに記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【請求項12】
前記多孔性プレ皮膜の一部溶解処理は、前処理後のアルミニウム材と実質的に同じテストサンプルを作成し、このテストサンプルを用いてプレ皮膜の孔間壁厚が10%以上残存する処理条件を求め、この予め求められた処理条件で前処理後のアルミニウム材を処理する請求項11に記載のアルミニウム材の陽極酸化処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材を多塩基酸水溶液からなる処理浴中で所定の電圧下に陽極酸化処理し、表面に多孔性陽極酸化皮膜を形成するアルミニウム材の陽極酸化処理方法に関するものであり、特に、陽極酸化処理により結晶粒模様が顕在化するのを可及的に抑制することができるアルミニウム材の陽極酸化処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材については、アルミニウム自体が酸やアルカリ等に侵され易いことから、耐食性や耐摩耗性等を付与するために、電解質溶液中でアルミニウム材を陽極として通電し、その表面に酸化アルミニウム(Al
2O
3)の皮膜(陽極酸化皮膜)を形成する陽極酸化処理が広く一般的に行われている。そして、例えば電解質として硫酸、シュウ酸、リン酸等の酸水溶液を用いる陽極酸化処理においては、この陽極酸化処理によりポーラス型皮膜と呼ばれる陽極酸化皮膜が形成されるが、このポーラス型皮膜は、バリア層と称される内側(アルミニウム側)の緻密な皮膜と、その外側に形成されて多数の孔を有し、ポーラス層と称される多孔性の皮膜とで構成されており、陽極酸化処理の初期に先ず処理電圧に応じたバリア層が生成し、その後にバリア層に多数の孔が発生し、これら多数の孔が成長してポーラス層が形成される。
【0003】
そして、陽極酸化処理前のアルミニウム材においては、通常、材料中に存在する結晶粒に起因する模様(結晶粒模様)を肉眼では視認できないが、上記の陽極酸化処理を行うと、主として結晶粒の方位の違いにより、結晶粒模様として顕在化する。
【0004】
この陽極酸化処理後のアルミニウム材における結晶粒模様については、これを装飾性の高いものとして把握し、敢えて結晶方位の違いを鮮明に出して光の反射による結晶粒模様を顕在化させる技術も提案されているが(例えば、特許文献1参照)、例えばドアノブやフェンス等の住宅用部材、ハンドルやクランク等の自転車用部材、乗車ドア枠やインナーパネル等の車両用部材、アクセサリーや時計等の装飾部材、反射鏡やカメラ等の光学製品用部材、印刷用ロール等の用途においては、その外観やその均一性が重視される場合があり、このような結晶粒模様が顕著であると外観不良と判断される場合がある。
【0005】
この陽極酸化処理後のアルミニウム材における結晶粒模様の問題は、アルミニウム材におけるアルミニウム純度(Al純度)が高い場合に結晶粒のサイズが大きくなってより顕在化し、また、アルミニウム材の表面がバニッシング加工等の切削加工、バフ研磨、電解研磨、化学研磨等の鏡面加工手段により鏡面処理されている場合にもより顕在化する。
【0006】
そこで、上記のような陽極酸化処理後のアルミニウム材の表面における結晶粒模様を目視で視認できなくするための方法としては、陽極酸化処理前のアルミニウム材の鋳造時に、その冷却速度を調節したり、あるいは、冷間鍛造等の加工を施すことにより、アルミニウム材中に存在する結晶粒の大きさを目視で確認できるサイズ(凡そ100μm)より小さくし、これによって見掛け上結晶粒模様を目立たなくする方法が考えられる。
【0007】
しかしながら、製品によってはアルミニウムの加工方法が限定されることから結晶粒の大きさを小さくすることには限界があり、また、特にアルミニウム材がAl純度の高い材料であったり、その製造時に熱処理が必要となる材料では、結晶粒の大きさを100μm以下に小さくすることが技術的に困難であり、また、仮に結晶粒の大きさを小さくすることができても、アルミニウム材の中で結晶粒が凝集した場合には、外観では一つの大きな結晶粒と同様に見えてしまうことがあり、均一な外観を得るには困難が伴う。
【0008】
ところで、特許文献2においては、結晶粒の方位差に起因して化学的エッチングの際に発生し易いストリークと称される畳目状の筋や面質むらと称されるざらつき状の処理むらを防止するために、陽極酸化処理に先駆けて(1)デスマット処理と、(2)塩酸水溶液中で所定の周波数の交流を用いて行う電気量1〜300C/dm
2の予備的な電気化学的粗面化処理と、(3)塩酸水溶液中で行う電気化学的粗面化処理と、(4)所定量のエッチング処理及び/又は塩酸水溶液中で行うデスマット処理とを行い、表面形状の改良された平版印刷板用アルミニウム支持体を製造することが提案されている。しかしながら、この方法で行われている予備的な電気化学的粗面化処理は、一塩基酸中で電気化学的にアルミニウムを溶解して粗面化するエッチング処理であって陽極酸化処理によりポーラス型の陽極酸化皮膜を形成するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-097,735号公報
【特許文献2】特開2001-011,699号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明者らは、陽極酸化処理によって結晶粒模様が顕在化する原因について詳細に調査検討を重ねた結果、陽極酸化処理後のアルミニウム材においてアルミニウム金属(Al)/バリア層(Al
2O
3)の界面での形状が方位の異なる結晶粒毎に異なることを突き止めた。すなわち、本発明者らの検討によれば、陽極酸化処理において、皮膜形成の初期に先ずバリア層が形成され、その後に形成された皮膜に孔が開き始めるが、結晶粒に方位の違いが存在すると、この結晶粒の方位の違いに起因して孔の発生時に差異が生じ、これに起因してアルミニウム金属(Al)/バリア層(Al
2O
3)の界面で生成した多数の孔に形状や凹凸おいて微細な違いが形成され、この形成された多数の孔における微細な違いが、その後に多数の孔が成長して形成されるポーラス層においても反映される。そして、このようにして形成された陽極酸化皮膜の多数の孔における微細な違いは、その差が極めて僅かではあっても、表面に光を当てた際に強調され、結晶粒模様として顕在化し、陽極酸化処理後のアルミニウム材において均一な外観が形成されない原因となる。
【0011】
そして、本発明者らは、この検討結果を踏まえ、結晶粒の方位に関係なくアルミニウム金属(Al)/バリア層(Al
2O
3)の界面で発生する多数の孔を可及的に一様にするための方法について更に検討を重ねた結果、10V以上の目的電圧での陽極酸化処理に先駆けて、予め低電圧で所定の電気量まで陽極酸化処理を行い、これによってアルミニウム材の表面に予め細かで均一な多数の孔を有するプレ皮膜を形成させておくことにより、その後の目的電圧での陽極酸化処理において均一な形状の孔を有するポーラス層を形成することができ、陽極酸化処理後のアルミニウム材において結晶粒模様が顕在化するのを可及的に防止できることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
従って、本発明の目的は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材に対して、結晶粒模様を可及的に顕在化させることなく、処理電圧10V以上でポーラス型の多孔性陽極酸化皮膜を形成することができるアルミニウム材の陽極酸化処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材を多塩基酸水溶液からなる処理浴中目的電圧10V以上の処理条件で陽極酸化処理し、前記アルミニウム材の表面に多孔性陽極酸化皮膜を形成するアルミニウム材の陽極酸化処理方法であり、前記陽極酸化処理の前処理として、多塩基酸水溶液からなる処理浴中電圧6V以下の処理条件で電気量が0.05C/cm
2以上となるまで陽極酸化処理を行い、前記アルミニウム材の表面に多孔性プレ皮膜を形成させることを特徴とするアルミニウム材の陽極酸化処理方法である。
【0014】
本発明において、陽極酸化処理の対象となるアルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材については、特に制限はなく、多塩基酸水溶液からなる処理浴中目的電圧10V以上の処理条件で陽極酸化処理し、表面にポーラス型の陽極酸化皮膜を形成した際に、アルミニウム材に存在する結晶粒に起因して結晶粒模様が顕在化するようなものが対象になり、特にAl純度が高くて材料中に存在する結晶粒の大きさが100μm以上であり、結晶粒模様が顕在化し易いAl純度の高い材質のもの、例えば純度99.99%以上の高純度アルミニウム材料等を例示することができる。また、このアルミニウム材については、その表面がバフ研磨、電解研磨、切削加工、及び化学研磨等の鏡面加工手段で鏡面処理されている場合においても結晶粒模様が顕在化し易いので、本発明はこのように表面が鏡面処理されたアルミニウム材についても効果的である。
【0015】
なお、本発明において、陽極酸化処理の処理条件としての「目的電圧」とは、例えば、多塩基酸水溶液として10〜20wt%-硫酸水溶液からなる処理浴を用いてアルミニウム材の表面に耐食皮膜、染色用皮膜、装飾用皮膜等を形成する場合には通常10〜20V程度の直流電圧が印加され、また、多塩基酸水溶液として0.01〜4wt%-シュウ酸水溶液からなる処理浴を用いてアルミニウム材の表面に耐食皮膜、耐摩耗性皮膜、装飾用皮膜等を形成する場合には通常10〜600V程度の直流電圧が印加されるが、このように所定の目的で所定の処理浴を用いて行われる陽極酸化処理の際に印加される電圧のことをいう。
【0016】
また、本発明において、アルミニウム材に存在する結晶粒の大きさは、例えば、アルミニウム材の表面を研磨(例えば、バフ研磨)して断面を出した後、この断面に腐食液(例えば、タッカー液や水酸化ナトリウム液等)を塗布し、試料断面の表面を溶解して結晶粒が目視で見えるようにし、その後に断面をマイクロスコープや倒立顕微鏡で撮影し、得られた撮影画面上に例えば3本程度の一定長さ(例えば、50mm、20mm)の線を引き、その線分上の結晶粒の数を数え、線分長さ(L)を結晶粒の数(N)で割ってL/Nの値を求め、得られたL/Nの値を結晶粒の大きさ(長さ)とするものであり、一般に「切断法」と称されるものである。
【0017】
本発明において、目的電圧での陽極酸化処理に先駆けて行われる前処理においては、多塩基酸水溶液からなる処理浴中電圧6V以下の処理条件で電気量が0.05C/cm
2以上となるまで陽極酸化処理を行い、前記アルミニウム材の表面にプレ皮膜を形成させる。
ここで、処理浴を構成する多塩基酸としては、通常、硫酸、リン酸、クロム酸等の鉱酸や、シュウ酸、酒石酸、マロン酸等の有機酸を挙げることができ、好ましくは処理速度の速い硫酸、リン酸等であり、これらの多塩基酸を用いた処理浴(多塩基酸水溶液)の多塩基酸濃度としては、通常の陽極酸化処理で用いられている場合と同様でよく、例えば硫酸の場合には、10重量%以上20重量%以下、好ましくは14重量%以上18重量%以下である。
【0018】
また、本発明の前処理においては、電圧を6V以下に維持し、また、電気量が0.05C/cm
2以上となるまで陽極酸化処理を行う必要があり、電圧が6Vを超えて高くなると、結晶粒の方位の違いに起因して生じる孔の開き始めの違いを抑制することが難しくなり、結果としてその後に10V以上の目的電圧で陽極酸化処理を行った際に、結晶粒模様が顕在化してくる場合があり、また、この前処理において、電圧を6V以下に維持しても、前処理の間における電気量が0.05C/cm
2に満たない場合には、形成されたプレ皮膜に細かくて均一な多数の孔が形成されない場合があり、その後に10V以上の目的電圧で陽極酸化処理を行った際に、結晶粒模様が顕在化してくるのを防止できない場合がある。ここで、前処理時の電圧については、特に下限はないが、前処理の全体を通して電圧が1V以下であると、プレ皮膜の形成に多大な時間がかかる場合がある。また、電気量についても、特に上限はないが、電気量を大幅に増やしても効果はほぼ同じであり、例えば5C/cm
2を超える電気量ではプレ皮膜の膜厚が数μm以上になる場合があり、後工程でプレ皮膜を除去する場合には処理時間のロスとなって好ましくない。
【0019】
ここで、本発明の前処理の間における電圧については、前処理の初めから終りまで6V以下の一定の電圧を印加してもよく、また、前処理の初めから終りまで6V以下の範囲で徐々に上昇させてもよく、更に、前処理の初めから終りまで6V以下の範囲で徐々に降下させてもよく、また、前処理の処理時間については、前処理の間における電気量が0.05C/cm
2に達するまでであり、更に、前処理の際の処理温度については、通常の陽極酸化処理と同様に、例えば硫酸の場合には、5℃以上35℃以下の範囲でよい。
【0020】
本発明の前処理で形成されるプレ皮膜は、目的電圧での陽極酸化処理により形成される陽極酸化皮膜に比べて、孔の数が多くて細かく、孔の形状が全体に均一であり、また、その膜厚は、処理浴として使用される多塩基酸水溶液の多塩基酸の種類やその濃度等により異なるが、例えば多塩基酸水溶液として15wt%-硫酸水溶液を用いた場合、概ね25nm以上である。
【0021】
本発明において、上記の前処理で形成されるプレ皮膜は、目的電圧での陽極酸化処理により形成される陽極酸化皮膜に比べて、その孔が細かくなって数が多くなり、また、アルミニウム金属(Al)/酸化アルミニウム(Al
2O
3)界面での凹凸が低く抑えられ、更に、孔数が多くて凹凸が低く抑えられることから、このプレ皮膜に形成された孔の形状や大きさは結晶粒の方位によらず一定で均一になり、その後の目的電圧(10V以上)での陽極酸化処理において比較的均一な孔を有する陽極酸化皮膜を形成することができ、結晶粒の方位の違いに起因して結晶粒模様が顕在化するのを可及的に抑制することができる。
【0022】
本発明において、前処理後に行われる電圧10V以上での陽極酸化処理については、ポーラス型の陽極酸化皮膜を形成する従来の陽極酸化処理と同様に実施することができ、処理浴として使用する多塩基酸水溶液や処理条件についても従来の陽極酸化処理と同様でよく、目的電圧(10V以上)での陽極酸化処理において比較的均一な孔を有し、結晶粒模様の無い均一な陽極酸化皮膜を形成することができる。
【0023】
また、本発明において、上記の前処理で使用する処理浴と陽極酸化処理で使用する処理浴については、同じ多塩基酸の水溶液であってもよく、また、異なる多塩基酸の水溶液であってもよく、更に、多塩基酸水溶液の多塩基酸濃度についても同じであっても、また、異なっていてもよい。前処理と陽極酸化処理において、同じ種類で同じ濃度の多塩基酸水溶液を用いれば、前処理から陽極酸化処理に移行する際に処理浴の交換が不要になるという利点があり、また、例えば目的電圧(10V以上)での陽極酸化処理において処理浴として処理速度の比較的遅い多塩基酸水溶液を使用する必要がある場合、異なる種類及び/又は異なる濃度の多塩基酸水溶液を用い、その際に前処理の処理浴として処理速度の速い多塩基酸水溶液を用いることにより、全体の処理時間を短縮することができる。
【0024】
更に、本発明においては、アルミニウム材に対して目的電圧(10V以上)での陽極酸化処理を行うに際し、必要に応じて、陽極酸化処理の処理中又は処理後に、前処理で形成されたプレ皮膜を除去するプレ皮膜除去処理を行ってもよい。
ここで、前記陽極酸化処理の処理中に実施されるプレ皮膜除去処理としては、例えば、前処理後のアルミニウム材の陽極酸化処理の際に、前処理時に適用した電気量の通常50倍以上、好ましくは80倍以上の陽極酸化処理を行うことにより、前処理時に形成された多孔性プレ皮膜を陽極酸化処理の処理浴中に溶解させて除去する方法を例示することができる。この方法において、陽極酸化処理の際の電気量が50倍より低いと、陽極酸化処理でのプレ皮膜の溶解が不十分であって、表面に多孔性プレ皮膜が溶け残り、残存する場合がある。
【0025】
また、前記陽極酸化処理後に実施されるプレ皮膜除去処理としては、例えば、陽極酸化処理後のアルミニウム材を酸又はアルカリの水溶液中に浸漬し、陽極酸化処理時に表面に残留した多孔性プレ皮膜を化学的に溶解させて除去する方法を例示することができる。
【0026】
このように、陽極酸化処理の処理中又は処理後のプレ皮膜除去処理により、前処理で形成された多孔性プレ皮膜を除去することにより、表面から見た時に目的とする孔径が一様であって、孔の下部から上部まで一様にポーラス孔が開いている皮膜を得ることができる、つまり、皮膜の構造が目的電圧のみで処理したもの(通常の陽極酸化処理)と同様の皮膜を得られるという利点が生じる。
【0027】
更に、前記前処理後のアルミニウム材の陽極酸化処理するに際し、この前処理後のアルミニウム材に形成された多孔性プレ皮膜を、その壁厚の10%以上が残存する処理条件で溶解するプレ皮膜の一部溶解処理を行ってもよく、このプレ皮膜の一部溶解処理としては、例えば、前処理後のアルミニウム材と実質的に同じテストサンプルを作成し、このテストサンプルを用いてプレ皮膜の孔間壁厚が10%以上残存する処理条件を求め、この予め求められた処理条件で前処理後のアルミニウム材を処理する方法を例示することができる。このように、予めプレ皮膜の一部溶解処理を行ってプレ皮膜の孔間壁厚を調整することにより、表面にプレ皮膜が残らずポーラス層が一様に形成された多孔性陽極酸化皮膜を得ることができる。
【0028】
この多孔性プレ皮膜の一部溶解処理において、プレ皮膜の孔間壁厚を前処理でプレ皮膜が形成された時の孔間壁厚の10%未満まで溶解すると、多孔性プレ皮膜が脆くなり過ぎ、その後の陽極酸化処理の際に一部の箇所の素地が露出し、この素地が露出した箇所から優先的に陽極酸化が発生して均一な陽極酸化皮膜が形成されない場合がある。
【発明の効果】
【0029】
本発明の方法によれば、アルミニウム又はアルミニウム合金からなるアルミニウム材に対して、結晶粒模様を可及的に顕在化させることなく、処理電圧10V以上でポーラス型の多孔性陽極酸化皮膜を形成することができるので、結晶粒模様が視認されず外観の均一性が重視されるような住宅用部材、自転車用部材、車両用部材、装飾部材、光学製品用部材、印刷用ロール等の用途で使用される陽極酸化処理アルミニウム材を工業的に容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1は、実施例1で得られた試験片の断面上部を倍率3,000倍で観察したSEM写真(上方の写真)、及び、同じ試験片の陽極酸化皮膜の断面上部を倍率50,000倍で観察したSEM写真(下方の写真)である。
【0031】
【
図2】
図2は、実施例14において、前処理でプレ皮膜を形成して得られた前処理後のアルミニウム材を陽極酸化処理するに際し、その開始後1分で陽極酸化処理を中断して得られた参考試験片の断面上部を倍率100,000倍で観察したSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明の好適な実施の形態をより具体的に説明する。
【0033】
〔実施例1〜20〕
アルミニウム材として表1に示すAl純度の板材又は種類の板材を用い、これらの板材から50mm×50mm×10mmの大きさのアルミ片を切り出し、表1に示す鏡面加工手段で表面粗さRt<200nmまで鏡面処理し、得られた鏡面処理後のアルミ片について、表1に示す多塩基酸水溶液及び処理条件で多孔性プレ皮膜を形成する前処理を行うと共に、表1に示す多塩基酸水溶液及び処理条件で目的電圧での陽極酸化処理を行い、更に、水洗し乾燥して各実施例1〜19の陽極酸化処理後のアルミ片(試験片)を得た。
【0034】
〔表面観察による結晶粒模様の評価〕
各実施例1〜20で得られた試験片について、照度1,500Lux以上2,500Lux以下の蛍光灯下で目視観察をしたときに結晶粒模様が見えるものを×とし、また、照度1,500Lux以上2,500Lux以下の蛍光灯下で目視観察をしたときに結晶粒模様が見えないものを○とし、更に、照度15,000Lux以上20,000Lux以下のビデオライト下で目視観察をしたときに結晶粒模様が見えないものを◎とする表面観察を行い、各試験片における結晶粒模様の評価を行った。
結果を表1に示す。
【0035】
〔SEM観察によるプレ皮膜と陽極酸化皮膜の状態〕
図1において、上方の写真は、SEMにより、実施例1で得られた試験片の断面上部を倍率3,000倍で観察したSEM写真であり、また、下方の写真は、同じ実施例1で得られた試験片の陽極酸化皮膜の断面上部を倍率50,000倍で観察したSEM写真であり、プレ皮膜は陽極処理の際に溶解してなくなり、一様なポーラス型陽極酸化皮膜が形成されている。
【0036】
図2は、実施例14において、前処理でプレ皮膜を形成して得られた前処理後のアルミニウム材を、陽極酸化処理の開始後1分で陽極酸化処理を中断して得られた参考試験片について、SEMにより、その断面上部を倍率100,000倍で観察したSEM写真であり、ポーラス型陽極酸化皮膜の上面に残存プレ皮膜が観察される。なお、陽極酸化処理を処理時間45分の条件で行った実施例14で得られた試験片においては、陽極酸化皮膜上面の残存プレ皮膜は観察されなかった。
【0037】
〔実施例21〕
上記の実施例1〜20と同様に、前処理として15wt%-硫酸(18℃)の処理浴中、電圧5V及び電気量0.1C/cm
2の条件で多孔性プレ皮膜を形成させた後、陽極酸化処理として同じ15wt%-硫酸(18℃)の処理浴中、電圧15V及び電気量6C/cm
2(皮膜厚さ3μm相当)の条件(プレ皮膜除去処理の条件)で多孔性陽極酸化皮膜を形成し、実施例21の陽極酸化処理後のアルミ片(試験片)を得た。
【0038】
得られた試験片について、実施例1〜20と同様にして表面観察による結晶粒模様の評価を行った。結果を表1に示す。
また、得られた試験片の断面をSEMで観察したところ、皮膜上部にプレ皮膜が残存していないことが確認され、また、皮膜構造が一様であることが確認された。プレ皮膜が残っている実施例1に対し、外観に大きな差は認められなかった。
【0039】
〔実施例22〕
上記の実施例1〜20と同様に、前処理として15wt%-硫酸(18℃)の処理浴中、電圧5V及び電気量0.1C/cm
2の条件で多孔性プレ皮膜を形成させた後、陽極酸化処理として同じ15wt%-硫酸(18℃)の処理浴中、電圧15V及び電気量2C/cm
2の条件で多孔性陽極酸化皮膜を形成した。電気量が2C/cm
2に達したあと、引き続き同一浴中に15分間サンプルを浸漬させたままにし(プレ皮膜除去処理)、その後取り出し、実施例22の陽極酸化処理後のアルミ片(試験片)を得た。
【0040】
得られた試験片について、実施例1〜20と同様にして表面観察による結晶粒模様の評価を行った。結果を表1に示す。
また、得られた試験片の皮膜断面をSEMで観察したところ、皮膜上部にプレ皮膜が残存していないことが確認され、また、皮膜構造が一様であることが確認された。外観は、プレ皮膜除去処理を行っていない場合とほとんど同様であった。
【0041】
〔実施例23〕
上記の実施例1〜20と同様に、同じ鏡面処理を行った鏡面処理後のアルミ片について、同じ前処理として15wt%-硫酸(18℃)の処理浴中、電圧5V及び電気量0.1C/cm
2の条件で多孔性プレ皮膜を形成させた2片の前処理後のアルミ片を調製した。
【0042】
得られた前処理後のアルミ片の一方をテストサンプルとし、このテストサンプルを10wt%-リン酸水溶液(20℃)に2分間浸漬させ(プレ皮膜の一部溶解処理)、電子顕微鏡で表面観察をしたところ、一部溶解処理無しの前処理後のアルミ片に対して、プレ皮膜の孔間壁厚が15%に減少していることを確認した。
【0043】
次に、一部溶解処理無しの前処理後のアルミ片に対して、上記と全く同じ条件でプレ皮膜の一部溶解処理を行った後、プレ皮膜の孔間壁厚を確認することなく、陽極酸化処理として15wt%-硫酸(18℃)中、電圧15V及び電気量2C/cm
2の条件で多孔性陽極酸化皮膜を形成し、実施例23の陽極酸化処理後のアルミ片(試験片)を得た。
【0044】
得られた試験片について、実施例1〜20と同様にして表面観察による結晶粒模様の評価を行った。結果を表1に示す。
また、陽極酸化処理後の試験片の皮膜断面を電子顕微鏡で確認したところ、皮膜上部に実施例1の試験片で確認されたプレ皮膜は認められず、皮膜構造が一様であることが確認された。
【0045】
〔比較例1〜10〕
アルミニウム材として表2に示すAl純度の板材又は種類の板材を用い、これらの板材から50mm×50mm×10mmの大きさのアルミ片を切り出し、表2に示す鏡面加工手段(パフ研磨)で表面粗さRt<200nmまで鏡面処理し、得られた鏡面処理後のアルミ片について、表2に示す処理条件でプレ皮膜を形成する前処理を行うと共に、表2に示す処理条件で目的電圧での陽極酸化処理を行い、更に、水洗し乾燥して各比較例1〜10の陽極酸化処理後のアルミ片(試験片)を得た。
【0046】
〔表面観察による結晶粒模様の評価〕
各比較例1〜10で得られた試験片について、上記の各実施例の場合と同様に、表面観察による結晶粒模様の評価を行った。
結果を表2に示す。