特許第5928705号(P5928705)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5928705ポリイミド前駆体溶液の製造方法及びこれを用いたポリイミド前駆体溶液、多孔質ポリイミド
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5928705
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月1日
(54)【発明の名称】ポリイミド前駆体溶液の製造方法及びこれを用いたポリイミド前駆体溶液、多孔質ポリイミド
(51)【国際特許分類】
   C08G 73/10 20060101AFI20160519BHJP
   C08J 9/26 20060101ALI20160519BHJP
   C08K 5/06 20060101ALI20160519BHJP
   C08L 79/08 20060101ALI20160519BHJP
   C08L 71/00 20060101ALI20160519BHJP
【FI】
   C08G73/10
   C08J9/26 102
   C08J9/26CFG
   C08K5/06
   C08L79/08 Z
   C08L71/00 Y
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-88345(P2012-88345)
(22)【出願日】2012年4月9日
(65)【公開番号】特開2013-216776(P2013-216776A)
(43)【公開日】2013年10月24日
【審査請求日】2014年11月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109793
【弁理士】
【氏名又は名称】神谷 惠理子
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀明
(72)【発明者】
【氏名】菅原 潤
【審査官】 久保 道弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−211136(JP,A)
【文献】 特開2011−140580(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/059089(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 73/00−73/26
C08L 1/00−101/14
C08K 5/00−5/59
C08J 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエーテルの両末端にアミンが結合したジアミン化合物からなる熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物、及び常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒とが質量比40:60〜60:40で含有されている混合溶媒の存在下で、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させる工程を含む、ポリイミド前駆体溶液の製造方法。
【請求項2】
前記エーテル系溶媒は、トリエチレングリコールジメチルエーテル又はテトラエチレングリコールジメチルエーテルであり、前記プロトン性極性溶媒はN−メチル2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド、またはγ−ブチロラクトンである請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記熱分解性有機化合物、前記テトラカルボン酸二無水物、および前記ジアミンの総量100質量部に対する、前記熱分解性有機化合物の配合量は、20〜50質量部である請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法により製造されるポリイミド前駆体溶液を350℃以上に加熱してイミド化する工程
を含む多孔質ポリイミドの製造方法。
【請求項5】
テトラカルボン酸二無水物、ジアミン、ポリエーテルの両末端にアミンが結合したジアミン化合物からなる熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物、及び常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒とが質量比40:60〜60:40で含有されている混合溶媒を含有するポリイミド前駆体合成用組成物。
【請求項6】
常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒とが質量比40:60〜60:40で含有されている混合溶媒に、テトラカルボン酸二無水物、ジアミン、及びポリエーテルの両末端にアミンが結合したジアミン化合物からなる熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物が反応してなるポリイミド前駆体が、溶解しているポリイミド前駆体溶液。
【請求項7】
請求項6のポリイミド前駆体溶液を350℃以上で加熱して、脱水環化して、平均気孔径0.001〜0.5μmの多孔質ポリイミドを得る多孔質ポリイミドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低誘電率の多孔質ポリイミドを形成できるポリイミド前駆体溶液、及びその製造方法に関し、さらには、ポリイミド前駆体合成用組成物、多孔質ポリイミド、及び多孔質ポリイミドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリイミド樹脂は、その高い耐熱性、絶縁性、機械的強度、耐溶剤性、寸法安定性等の特性を有することから、電子部品用基材の絶縁膜や半導体素子の層間絶縁膜として広く用いられている。近年、電子部品の高機能化、高集積化に伴い、デバイスの信号転送速度の高速化が要求されており、配線周辺部材にも高速化対応が求められている。絶縁膜として用いられるポリイミド樹脂にも、高速化に対応した電気特性として、低誘電率化、低誘電正接化が要求されている。
【0003】
ポリイミド樹脂膜を低誘電化する方法としては、膜の多孔質化が考えられる。多孔質のポリイミド樹脂膜を得る方法としては、例えば、特開2000−44719号公報(特許文献1)に、有機溶媒に可溶性のポリイミド前駆体及び親水性ポリマーを溶解させた原料液を調製し、その原料液を乾燥させて得られた前駆体を焼成することにより、前記親水性ポリマーを分解除去して、多孔質ポリイミドを製造する方法が提案されている。ここでは、親水性ポリマーを利用することにより、ポリイミド中に親水性ポリマーの微細な分散相が容易に形成でき、親水性ポリマーを焼失させることで微細孔を形成できるというものである。具体的には、親水性ポリマーとして、分子量200〜400万のポリエチレングリコール等のアルキレングリコールを使用し、溶剤としてはポリイミドの溶剤である1,2−ジクロロエタン、N−メチルピロリドン、γ−ブチロラクトン、メチルエチルケトン、ジメチルアセトアミド等の極性溶媒が挙げられている(段落0018)。
【0004】
また、特開2003−26850号公報(特許文献2)では、ポリイミド樹脂前駆体に対して分散可能な分散性化合物と溶媒とを含有する樹脂溶液を原料として被膜を作成し、得られた被膜から前記分散性化合物を抽出溶媒により抽出除去することが提案されている。ここで、分散性化合物としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、及びそれらの片末端又は両末端メチル封鎖物などが用いられる。実施例では重量平均分子量500のポリエチレングリコールジメチルエーテルをポリイミド前駆体溶液に配合して得られた樹脂溶液を用いて、ポリイミド前駆体の被膜を形成した後、加圧下で二酸化炭素を注入し、次いで加熱によりポリエチレングリコールジメチルエーテルを抽出除去している(段落0051−段落0055)。
【0005】
また、特開2011−140580号公報(特許文献3)では、熱分解温度が350℃以下の有機ポリマーとジイソシアネートとを反応させてなるイソシアネート修飾有機ポリマー存在下で、テトラカルボン酸二無水物とジアミンの縮合重合を行うことで、分子鎖中に熱分解性ポリマー基が導入されたポリイミド前駆体を得、得られた熱分解性基含有ポリイミド前駆体の被膜を加熱イミド化することにより、熱分解性ポリマー基に基づく空孔が形成された多孔質ポリイミド膜を形成する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−44719号公報
【特許文献2】特開2003−26850号公報
【特許文献3】特開2011−140580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、特開2003−26850号公報の段落0005で説明されているように、親水性ポリマーをそのまま焼成あるいは溶媒抽出によって除去した後、イミド化すると、孔が扁平あるいは閉塞してしまい、親水性ポリマー量に対応した空孔率を達成できないという不具合がある。
【0008】
また、特許文献2に記載の方法では、有機ポリマーの抽出除去に、超臨界二酸化炭素を使用するなど、加熱イミド化の過程で、特別な装置が別途必要となり、大量生産への適用が困難である。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、特別な装置を別途要することなく、大量生産への適用が容易なレベルで、且つ低誘電率化に好適な微細孔がほぼ均等に分布した多孔質ポリイミド膜を製造できる方法、これに用いるポリイミド前駆体溶液及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のポリイミド前駆体溶液の製造方法は、ポリエーテルの両末端にアミンが結合したジアミン化合物からなる熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物、及び常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒とが質量比40:60〜60:40で含有されている混合溶媒の存在下で、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させる工程を含む。
【0011】
前記エーテル系溶媒は、トリエチレングリコールジメチルエーテル又はテトラエチレングリコールジメチルエーテルであり、前記プロトン性極性溶媒はN−メチル2−ピロリドン、ジメチルスルホキシド、またはγ−ブチロラクトンであることが好ましい。
【0012】
本発明の多孔質ポリイミドの製造方法は、上記本発明の製造方法により製造されるポリイミド前駆体溶液を350℃以上に加熱してイミド化する工程を含む。
【0013】
別の見地の本発明は、テトラカルボン酸二無水物、ジアミン、ポリエーテルの両末端にアミンが結合したジアミン化合物からなる熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物、及び常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒とが質量比40:60〜60:40で含有されている混合溶媒を含有するポリイミド前駆体合成用組成物;常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒とが質量比40:60〜60:40で含有されている混合溶媒に、テトラカルボン酸二無水物、ジアミン、及びポリエーテルの両末端にアミンが結合したジアミン化合物からなる熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物が反応してなるポリイミド前駆体が溶解しているポリイミド前駆体溶液;並びにポリイミド前駆体溶液を350℃以上で加熱して、脱水環化することにより得られる平均気孔径0.001〜0.5μmの多孔質ポリイミドを包含する。
【0014】
ここで、「ポリイミド前駆体」とは、加熱処理によりイミド化してポリイミドを形成できるポリマー(ポリアミック酸)をいう。
【0015】
さらに、本発明にいう「熱分解温度」とは、窒素雰囲気下で室温から10℃/minで昇温したときの質量減少率が50%となるときの温度をいう。例えば、エスアイアイ・ナノテクロノジー株式会社製のTG/DTA(示差熱熱重量同時測定装置)を用いて熱重量を測定することで測定できる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のポリイミド前駆体の製造方法によれば、熱分解性有機化合物が微分散したポリイミド前駆体溶液を得ることができるので、加熱するだけで、微細孔がほぼ均等に分布した多孔質ポリイミドを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】多孔質ポリイミドNo.2の切断面を撮像した走査顕微鏡(SEM)写真(50000倍)である。
図2】多孔質ポリイミドNo.5の切断面を撮像した走査顕微鏡(SEM)写真(1000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
〔ポリイミド前駆体合成用組成物:ポリイミド前駆体溶液の原料〕
はじめに、本発明のポリイミド前駆体溶液の原料(ポリイミド前駆体合成用組成物)について説明する。
ポリイミド前駆体合成用組成物は、ポリイミド前駆体の原料となるモノマー(テトラカルボン酸二無水物及びジアミン化合物)、気孔を形成する役割を果たす熱分解性有機化合物、及びこれらを溶解する有機溶媒を含有する。以下、各順に説明する。
【0019】
(1)テトラカルボン酸二無水物
テトラカルボン酸二無水物としては、炭素数が2〜27の脂肪族基、炭素数4〜10の環式脂肪族基、単環式芳香族基、縮合多環式芳香族基に結合したテトラカルボン酸の二無水物を用いることができる。具体的には、3,4,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、2,3,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(a−BPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、4,4’−オキシジフタル酸二無水物、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、ビシクロ(2,2,2)−オクト−7−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5−シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物、2,2−ビス(3,4−ジカルボンキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物、5−(2,5−ジオキソテトラヒドロフリル)−3−メチル−3−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸二無水物等が挙げられ、これらは1種又は2種以上混合して用いることができる。これらのうち、芳香族テトラカルボン酸二無水物が好ましく用いられる。
【0020】
(2)ジアミン化合物
ジアミン化合物としては、芳香族、脂肪族、又は架橋員により連結された芳香族基にアミノ基が結合した化合物であればよいが、芳香族ジアミンが好ましく用いられる。
【0021】
上記芳香族ジアミンとしては、2,2’−ジメチル4,4’−ジアミノビフェニル(mTBHG)、2,2’−ビス(トリフルオロメチル)4,4’−ジアミノビフェニル(TFMB)、2,2’−ビス(4−アミノフェニル)ヘキサフルオロプロパン(Bis−A−AF)パラフェニレンジアミン(PPD)、メタフェニレンジアミン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)、3,4’−ジアミノジフェニルエーテル、3,3’−ジヒドロキシ4,4’−ジアミノビフェニル、4、4’−ジヒドロキシ3,3’−ジアミノビフェニル、4,4’−ジアミノジフェニルスルホン、3,3’−ジアミノジフェニルスルホン、2,2’−ビス(4−アミノフェノキシフェニル)プロパン等が挙げられ、これらは1種又は2種以上組合せて用いてもよい。
【0022】
ジアミン化合物は、テトラカルボン酸二無水物と縮合重合してポリイミド前駆体を形成する化合物であり、テトラカルボン酸二無水物と実質的に等モル比となるように、配合される。ただし、後述する熱分解性有機化合物として、アミン変性化合物を使用する場合、かかるアミン変性化合物がジアミン化合物としてテトラカルボン酸二無水物との重合反応に関与することが可能であることから、アミン変性熱分解性有機化合物とジアミン化合物の合計量が、テトラカルボン酸二無水物と等モルとなる量を配合すればよい。
【0023】
(3)熱分解性有機化合物
本発明で用いられる熱分解性有機化合物とは、半減温度350℃以下の有機化合物である。ここで、半減温度350℃以下とは、窒素雰囲気下で10℃/minで昇温したときの質量減少率が50%となるときの温度が350℃以下をいう。例えば、エスアイアイ・ナノテクノジー株式会社製のTG/DTA(示差熱熱重量同時測定装置)を用いて熱重量を測定することにより測定できる。気孔を生ぜしめる有機化合物の熱分解温度が350℃を超えると、イミド化過程での熱分解が不十分となり、その結果、ポリイミド樹脂中に十分な気孔を形成することが困難となる。
【0024】
上記熱分解性有機化合物は、ポリイミド前駆体の合成時、すなわちテトラカルボン酸二無水物とジアミン化合物との重縮合反応を行う際の溶媒、ポリイミド前駆体原料との相溶性との関係から、重量平均分子量10000以下であることが好ましく、より好ましくは1000〜8000であり、さらに好ましくは、2000〜5000である。重量平均分子量が1000未満では、ポリイミド前駆体の骨格又は溶媒との相溶性に優れるものの、ポリイミド前駆体被膜において、熱分解性有機化合物の凝集部分が小さくなりすぎて、熱分解させた後に、気孔が形成されにくい。一方、重量平均分子量が10000を超えると、ポリイミド前駆体の原料モノマーとの相溶性が低下し、所望の気孔サイズが得られにくい。
【0025】
このような熱分解性有機化合物としては、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド等のポリエーテル;当該ポリエーテルの片末端方又は両末端をアミン変性した化合物;当該ポリエーテルの片末端又は両末端をイソシアネート若しくはエポキシ変性した化合物などが挙げられ、これらは1種又は2種以上混合して用いることができる。
【0026】
当該ポリエーテルの片末端又は両末端をアミン変性した化合物としては、市販のアミン変性品を用いることができる。例えば、三井化学ファイン株式会社製のジェファーミンD2000、D4000などを用いることができる。
【0027】
当該ポリエーテルの片末端又は両末端を変性した化合物の場合、ポリイミド前駆体内に、原料モノマーの一部の代替として組み込まれることになる。例えば、アミン変性した化合物の場合、原料モノマーであるジアミンの一部の代替として、テトラカルボン酸二無水物と反応することから、ポリイミド前駆体の分子鎖に組み込まれる。イソシアネート若しくはエポキシ変性した化合物の場合、当該イソシアネート基、エポキシ基が酸無水物またはジアミンと反応し、ポリイミド前駆体の分子鎖に組み込まれる。
【0028】
以上のような熱分解性有機化合物は、ポリイミド前駆体原料(酸無水物、ジアミン、熱分解性有機化合物)100質量部に対して、10〜60質量部であることが好ましく、より好ましくは20〜50質量部である。熱分解性有機化合物は、焼失して気孔を形成することから、60質量部を超えると、気孔率が大きくなりすぎて、ポリイミド樹脂膜の強度低下の原因となりやすい。一方、10質量部未満では、気孔率が小さくなり、誘電率を十分に低下させることが困難となる傾向にある。また、アミン変性熱分解性有機化合物を用いる場合には、ポリイミド前駆体原料の一部として、ジアミン化合物の代替として用いられることから、原料のジアミンとの合計量がカルボン酸二無水物と1:1となる量であることが好ましい。
【0029】
(4)有機溶媒
本発明のポリイミド前駆体合成用組成物に含有される有機溶媒は、ポリイミド前駆体原料の反応溶媒として用いられる有機溶媒であり、常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と、常圧での沸点が200〜300℃でのエーテル系溶媒との混合溶媒である。
【0030】
従来より、ポリイミド前駆体(ポリアミック酸)の合成は、原料モノマー(ジアミン、酸無水物)、及びポリアミック酸を溶解できる極性溶媒が一般に用いられている。しかしながら、気孔形成のために用いられる上記のような熱分解性有機化合物は、高分子量化した際に極性溶媒への溶解性が低くなり、微細な相分離構造の形成が不十分となるため、得られる多孔質ポリイミドの気孔は、気孔サイズが大きく、また気孔分布も不均一である。また、大きすぎる空孔は圧潰されて、所定の空孔率を達成できない場合もある。この点、150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と、常圧での沸点が200〜300℃でのエーテル系溶媒との混合溶媒を用いることで、微小な気孔が均一的に分布した多孔質体が得られる。一方、エーテル系溶媒単独の場合には、原料モノマーが溶解しないため、重合反応自体が進行しない。
【0031】
上記非プロトン性極性溶媒としては、従来より、ポリイミド前駆体の合成の際に用いられている極性溶媒を用いることができる。具体的には、N,Nジメチルアセトアミド(DMAc:沸点165℃)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP:沸点202℃)、N,Nジメチルホルムアミド(沸点153℃)、ジメチルスルホキシド(沸点189℃)、γ−ブチロラクトン等が好ましく用いられる。沸点150℃未満では、ポリイミド前駆体を溶解する好適な溶媒が、現時点においては見当たらない。一方、210℃を超えると、溶媒が揮発しにくくなり、微細な相分離構造を得ることができない。
【0032】
上記エーテル系溶媒としては、トリエチレングリコールジメチルエーテル(沸点:216℃)、テトラエチレングリコールジメチルエーテル(沸点:275℃)などを用いることができる。このようなエーテル系溶媒は、本発明で使用する熱分解性有機化合物、特にポリエーテル系有機化合物の溶媒として優れている。また、沸点200℃以上のエーテルの場合には、揮発性が低く、引火の危険が少ないので、取り扱い容易である。一方、沸点300℃を超えるエーテルの場合には、イミド化反応開始時に十分蒸発されず、ポリイミド樹脂膜が形成されている間に残存するおそれがあり、微細な多孔質構造の形成を阻害する。
【0033】
上記非プロトン性極性溶媒とエーテル系溶媒の混合割合は、極性溶媒:エーテル系溶媒(質量比)にて、30:70〜70:30であることが好ましく、より好ましくは40:60〜60:40、さらに好ましくは50:50である。これらの混合割合のバランスが偏りすぎると、ポリイミド前駆体の原料モノマー、熱分解性有機化合物、生成されるポリイミド前駆体のいずれかが溶解できず、合成反応が進行しなかったり、熱分解性有機化合物がポリイミド前駆体中に均一に分散、組込みがなされず、得られる多孔質ポリイミド膜の気孔が大きく、しかも不均質なものとなる。
【0034】
以上のような混合溶媒は、ポリイミド前駆体原料モノマー及び熱分解性化合物だけでなく、合成されたポリイミド前駆体も溶解できるので、合成反応が進行できるように、原料モノマーを溶解するのに必要量含有されていればよいが、ポリイミド樹脂膜の形成にあたり、基材への塗工液として用いる場合には、塗工作業性に支障のない粘度にまで希釈できる量を用いてもよい。
具体的には、結果物であるポリイミド前駆体の固形分濃度が10〜30質量%程度となるポリイミド前駆体溶液が得られる量とすることが好ましい。
【0035】
〔ポリイミド前駆体溶液及びその製造方法〕
本発明のポリイミド前駆体溶液は、上記本発明のポリイミド前駆体合成用組成物を反応させることにより得られる。
すなわち、本発明のポリイミド前駆体溶液の製造方法は、熱分解温度が350℃以下の熱分解性有機化合物、及び常圧での沸点が150〜210℃の非プロトン性極性溶媒と常圧での沸点が200〜300℃のエーテル系溶媒との混合溶媒の存在下で、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させる工程を含む。
【0036】
上記反応工程は、通常、上記混合溶媒中にジアミン化合物を溶解させた後、室温下で攪拌しながら、テトラカルボン酸二無水物を添加することにより行われる。
開環重付加反応が進行し、ポリアミック酸が合成される。この際、熱分解性有機化合物として変性有機化合物を用いている場合には、合成されるポリアミック酸の分子鎖内に、組み込まれる。熱分解性有機化合物が原料モノマーとの反応基を有していない場合には、原料モノマーによりポリアミック酸が合成される。
【0037】
このようにして反応が進んだ組成物は、熱分解性有機化合物が組み込まれたポリイミド前駆体が混合溶媒に溶解した溶液、あるいはポリイミド前駆体と熱分解性有機化合物がほぼ均一に溶解した溶液となっている。本発明のポリイミド前駆体溶液はこのようにして得られる。好ましくは、熱分解性有機化合物が組み込まれたポリイミド前駆体が混合溶媒に溶解した溶液である。
【0038】
尚、本発明のポリイミド前駆体溶液には、必要に応じて、例えば、消泡剤、レベリング剤等の各種界面活性剤、光重合性モノマーなどが添加されていてもよい。これらの添加物は、ポリイミド前駆体原料の配合前、配合段階、配合後(ポリイミド前駆体合成後)の適宜段階で添加することが可能であるが、ポリイミド前駆体合成後に添加することが好ましい。
【0039】
以上のようにして得られるポリイミド前駆体溶液は、加熱硬化により、ポリイミド前駆体のイミド化反応がおこるとともに、熱分解性有機化合物が熱分解、揮散、焼失する。その結果、熱分解性有機化合物が存在していた部分(熱分解性有機化合物が組み込みれていた部分)が気孔となった多孔質ポリイミドを得ることができる。
【0040】
〔多孔質ポリイミド〕
本発明の多孔質ポリイミドは、上記本発明のポリイミド前駆体溶液を加熱処理することにより得られる。
具体的には、ポリイミド前駆体溶液を基材に塗布し、溶剤を乾燥させることにより、ポリイミド前駆体被膜を形成する。次いで、熱処理すると、ポリイミド前駆体のイミド化が起こるとともに、ポリイミド前駆体分子鎖内に含まれる熱分解性有機化合物(熱分解性有機化合物残基として存在)が熱分解、焼失して、微細な気孔を有する多孔質ポリイミドが形成される。
【0041】
上記熱処理は、300〜500℃で1〜24時間加熱することにより行う。熱分解性有機化合物の熱分解、揮散、焼失(多孔質化)のための熱処理条件は、熱分解性有機化合物の熱分解温度に応じて選択される。加熱時間は、熱処理温度に応じて適宜設定すればよいが、400℃を超える高温で長時間加熱すると、ポリイミドが劣化してしまう。従って、通常、200〜400℃で2〜10時間程度の加熱とすることが好ましい。
【0042】
イミド化により塗膜の熱硬化が起こるとともに、熱分解性有機化合物が熱分解、焼失することで、熱分解性有機化合物の存在していた部分が気孔となる。つまり、得られる多孔質ポリイミドにおいて、気孔は、熱分解性有機化合物に起因することから、気孔サイズのバラツキが少なくて済み、しかも気孔分布は、均質な溶解状態に基づき、分布の均質性も高い。従って、微細孔が全体に均等分布してなる多孔質ポリイミドが得られ、当該多孔質ポリイミドは、気孔に基づき、誘電率が低い。
【0043】
以上のようにして得られる多孔質ポリイミドは、平均気孔径が、通常、0.001μm〜1μmであり、好ましくは0.005μm〜0.5μmといった微細孔であり、機械的強度、耐熱性、耐溶剤性といったポリイミド樹脂本来の優れた特性を保持した多孔質体で、低誘電率が達成できる。
【0044】
多孔質ポリイミドの気孔率は、特に限定しないが、好ましくは10〜60%、より好ましくは20〜50%である。本発明のポリイミド前駆体溶液を利用することにより、気孔率60%程度の多孔質体を形成できるととともに、気孔率60%程度でも、必要十分な強度を確保することができる。一方、熱分解性有機化合物の含有率を高めすぎても、焼失せずに一部が残存してしまい、60%を超える多孔質体の製造が困難となる傾向にある。なお、上記範囲内の気孔率であれば、ポリイミド前駆体に含有させる熱分解性有機化合物の含有量により制御できる。
【0045】
以上のような多孔質ポリイミドは、1GHzで3.2以下、好ましくは3.0以下という低誘電率化を達成可能であり、しかもポリイミド樹脂の優れた特性、機械的強度、耐熱性、耐溶剤性も保持できる。
具体的には、また、ポリイミド前駆体の分子骨格に剛直な構造を導入することによって、線熱膨張係数(CTE)が30ppm/K以下とすることができる。樹脂の線熱膨張係数を上記範囲内で調整することにより、金属やシリコンからなる基材及び導体層との熱膨張係数の差を小さくすることが可能となり、ポリイミド層と金属層との間に残留応力が蓄積することにより生じるクラックや層間剥離などの問題を解決できる。
【0046】
多孔質ポリイミドの応用品も本発明の範囲内に含まれる。
多孔質ポリイミドの応用品としては、例えば、ポリイミド基材の片面に銅等の金属からなる導体配線を有し、その導体配線上に、多孔質ポリイミド膜をカバーレイフィルム(保護膜)として有する片面フレキシブルプリント配線板を例示できる。
また、ステンレス等の金属箔基材上にポリイミド等の絶縁層を有し、その上に銅等の金属からなる導体配線(回路)を有し、その導体配線上に多孔質ポリイミド膜を保護膜として有する回路付きサスペンション基板などを例示できる。
さらに、前記プリント配線板、サスペンション基板において、ポリイミド基材や絶縁層としてのポリイミド膜にも、本発明の多孔質ポリイミドを用いてもよい。
【実施例】
【0047】
本発明を実施するための形態を実施例により説明する。下記実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0048】
〔測定評価方法〕
(1)平均気孔径(μm)
作製したポリイミド樹脂膜の切断面を、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察して、平均気孔径を算出した。
【0049】
(2)気孔率(%)
作製したポリイミド樹脂膜の厚み及び重量を測定し、次の式から気孔率を算出した。式中のSは樹脂膜サンプルの面積、Tは膜厚、Wは測定した樹脂の重量、Dはポリイミドの密度を表す。ポリイミドの密度は気孔のないポリイミドフィルムから算出した。
気孔率(%)= 100−100×(W/D)/(S×T)
【0050】
(3)誘電率
インピーダンスアナライザの容量法により、測定周波数1GHzで測定した。低誘電率膜としては、誘電率3.2以下であることが望まれる。
【0051】
(4)熱分解性有機化合物の熱分解温度
エスアイアイ・ナノテクノジー株式会社製のTG/DTA(示差熱熱重量同時測定装置)を用いて、窒素雰囲気下で室温から10℃/minで昇温し、熱重量を測定した。質量減少率が50%となるときの温度を熱分解温度とした。
【0052】
〔ポリイミド前駆体溶液及び多孔質ポリイミド膜の製造〕
(1)ポリイミド前駆体溶液No.1−No.4
非プロトン性極性溶媒として、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc:沸点165℃)を使用し、エーテル系溶媒としてトリエチレングリコールジメチルエーテル(沸点:216℃)又はテトラエチレングリコールジメチルエーテル(沸点:275℃)を用いた。非プロトン性極性溶媒とエーテル系溶媒とを1:1(質量比)で混合して、混合溶媒とした。
【0053】
混合溶媒に、表1に示す量の4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)及び熱分解性有機化合物(重量平均分子量2000又は4000のジアミン変性ポリプロピレングリコール)を、それぞれ表1に示す量を添加し、窒素雰囲気下80℃で攪拌し完全に溶解させた。その後、反応液を40℃まで冷却した後、ピロメリット酸二無水物(PMDA)100gを5時間かけて攪拌しながら添加し、固形分濃度23質量%のポリイミド前駆体溶液を得た。
【0054】
なお、使用した熱分解性有機化合物は以下のとおりである。
アミン変性PPG1:重量平均分子量2000の両末端をジアミンで変性したポリプロピレングリコール、熱分解温度300℃
アミン変性PPG2:重量平均分子量4000の両末端をジアミンで変性したポリプロピレングリコール、熱分解温度300℃
【0055】
厚み40μmの銅箔上に、上記で合成したポリイミド前駆体溶液をスピンコート法によって塗布した後、90℃で30分間加熱乾燥して厚み20μmのポリイミド前駆体の被膜を形成した。次いで、窒素雰囲気下で120℃で1時間、250℃で2時間、370℃で5時間の熱処理を行ってイミド化させ、多孔質のポリイミド樹脂膜(多孔質ポリイミド)を作製した。
得られた多孔質ポリイミドの断面を走査電子顕微鏡SEMで観察し、平均気孔径を求めた。さらに、誘電率を上記方法に従って、測定、算出した。結果を表1に示す。また、撮像したNo.2の顕微鏡写真を図1に示す。写真において、黒色部分が気孔である。
【0056】
(2)ポリイミド前駆体溶液No.5
混合溶媒に代えて、非プロトン極性溶媒のみを使用し、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)及び熱分解性有機化合物の配合量を表1のようにした以外は、ポリイミド前駆体溶液No.1と同様にして合成したポリイミド前駆体溶液を用いて、ポリイミド樹脂膜(多孔質ポリイミド)を作製した。得られた多孔質ポリイミドの断面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、平均気孔径は1μm〜10μmと大きく、また、気孔の分布が偏っていた。さらに、誘電率を上記方法に従って、測定した。結果を表1に示す。また、撮像した顕微鏡写真を図2に示す。
(3)ポリイミド前駆体溶液No.6
混合溶媒に代えて、テトラエチレングリコールジメチルエーテルのみを使用し、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)及び熱分解性有機化合物の配合量を表1のようにし、さらにピロメリット酸二無水物(PMDA)を滴下したところ、ODA、PMDAが溶解せず、重合反応が進行しなかった。
【0057】
(4)参考例
非プロトン極性溶媒存在下で、熱分解有機化合物は添加配合せずに、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)にピロメリット酸二無水物(PMDA)を滴下することで環化付加重合反応を進行させ、ポリイミド前駆体溶液を合成した。得られたポリイミド前駆体溶液を、No.1と同様にして、銅箔上に塗工し、得られたポリイミド前駆体被膜を同様に加熱硬化させて、気孔のないポリイミド樹脂膜を得た。このポリイミド樹脂膜の誘電率を測定した結果を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
表1からわかるように、極性溶媒とエーテル系溶媒との混合溶媒を用いて合成したポリイミド前駆体溶液から形成される多孔質ポリイミド(No.1−4)は、いずれも、図1に示すような気孔径が10〜200nmの微小気孔が満遍なく分布していて、誘電率も3.1以下であった。これに対して、極性溶媒のみを用いて合成したポリイミド前駆体溶液から形成される多孔質ポリイミド(No.5)では、図2に示すように、気孔に該当するものは大きな島状、ひも状などで、気孔サイズは1000〜10000nmであり、気孔分布もまばら不均一であるため、誘電率も3.3であった。非多孔質ポリイミド(参考例)と比べて、誘電率が低下しているものの、その低下のレベルは満足できるものではない。
一方、熱分解性有機化合物及びエーテル系溶媒の存在下で、ポリイミド原料モノマー及び熱分解性有機化合物を添加配合しても、ポリイミド原料モノマーが溶解しないため、懸濁液となり、重合反応自体が進行せず、ポリイミド前駆体溶液を合成できなかった(No.6)。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のポリイミド前駆体溶液の製造方法、本発明のポリイミド前駆体溶液を用いることにより、非多孔質ポリイミドの塗布・製膜・焼成と同様の方法で、微細な空孔がほぼ均等に分布した多孔質ポリイミドを製造することができるので、非多孔質ポリイミドの製造設備を援用して、低誘電率の多孔質ポリイミドを製造することができ、生産上有用である。
図1
図2