【実施例】
【0038】
以下、本発明の効果を説明するために、本発明の範囲に入る実施例と、本発明の範囲から外れる比較例とを比較して説明する。
【0039】
[被覆アーク溶接棒の化学成分]
被覆アーク溶接棒は中実の心線および被覆剤にて構成し、被覆剤の質量(=被覆率)は被覆アーク溶接棒全質量に対して25〜40質量%とした。被覆アーク溶接棒の化学組成を表1、2に示す。なお、本発明の範囲を満たさないものについては、数値に下線を引いて示す。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
[溶接条件]
本願の実施例に用いた溶接試験体の開先形状を
図1(a)に示す。試験板にはASTM A387. Gr.22鋼などの2.25Cr−1Mo鋼や、
図1(b)に示すように、開先面を供試材で2〜3層程度バタリング溶接を実施したJIS G3106 SM490A鋼などの炭素鋼を用いても良い。何れの試験板を用いても試験結果は同一であるから、本願の実施例においては共金系であるASTM A387 Gr.22 Cl.2鋼を用いた。試験板・バッキング板の板厚は20mm、開先形状は20°V開先、ルートギャップは19mmとした。溶接長は300mm〜600mmとして1層2パスの振り分け溶接を実施し、その積層数は8層仕上げとした。
【0043】
次に、溶接試験時の溶接条件を表3に示す。被覆アーク溶接棒を用いた溶接時の電源極性はAC、もしくはDCEPが一般的である。しかしながら、本願における溶接試験では何れの電源極性を用いても溶着金属の性能は同等であったので、実施例中には全てAC電源による試験結果を記載した。また、Cr−Mo鋼用被覆アーク溶接棒の心線径は2.6、3.2、4.0、5.0および6.0mmφが一般的である。しかしながら、本願における溶接試験では何れの心線径の被覆アーク溶接棒を用いても溶着金属の性能は同等であったので、実施例中には全て5.0mmφの心線径の被覆アーク溶接棒による試験結果を記載した。さらに、溶接姿勢は下向として溶接試験を行った。
【0044】
【表3】
【0045】
[PWHT]
溶接試験材に施工した各種PWHT条件を
図2に示す。PWHTの強弱はLarson−Miller(ラーソン・ミラー)の熱処理パラメータ(以下[P]と略記)の概念を導入することで、定量化することができる。[P]は下式1にて表され、式中のTはPWHT温度(℃)、tはPWHT時間(h)を表す。
[P]=(T+273)×(20+logt)×10
−3 ・・・(式1)
【0046】
すなわち、PWHT温度が高いほど、また、PWHT時間が長いほど[P]が大きくなり、溶着金属はより焼きなまされる。特に、Cr−Mo鋼に代表される低合金耐熱鋼の強度を確保するのに大きな役割を果たす炭窒化物の凝集・粗大化が進行するため、その強度は低下する。一方で、[P]が大きくなり、溶着金属の強度が低下することでその靭性は反比例的に向上する。しかしながら、炭窒化物の凝集・粗大化が過剰に進行すると、これら粗大炭窒化物が脆性破壊の起点として作用し、逆に靭性が劣化する場合もある。また、強度および靭性の増減傾向は[P]に対してほぼ線形的であり、クリープ破断強度に代表される高温強度も同様の傾向を示す。
【0047】
本願で対象とするPWHT条件は(1)705(±15)℃×8(±1)h、および(2)705(±15)℃×32(±1)hであり、その[P]の範囲はそれぞれ(1)20.07〜20.81、および(2)20.70〜21.37となる。
【0048】
また、溶着金属の焼戻脆化特性を評価するに際しては、後述のStep cooling(ステップクーリング(S.C.)、
図3)と呼ばれる、特殊な脆化促進熱処理を施した試験材を用いた。
ここで、
Min.PWHT(703℃×8h):シャルピー衝撃試験(
図2の(a)条件)
Min.PWHT(703℃×8h)+S.C.:シャルピー衝撃試験(焼戻脆化特性評価用)
Max.PWHT(708℃×32h):クリープ破断試験(
図2の(b)条件)
である。
【0049】
<ステップクーリング>
次に、ステップクーリングについて説明する。
図3に、ステップクーリングの処理条件を説明するための、縦軸を温度、横軸を時間とするグラフを示す。
図3に示すように、ステップクーリングは、供試材を加熱し、供試材の温度が300℃を超えると、昇温速度が50℃/h以下となるように加熱条件を調整して、供試材の温度が593℃に到達するまで加熱した。そして、593℃で1時間保持した後、冷却速度6℃/hで538℃まで供試材を冷却して15時間保持し、同冷却速度で523℃まで冷却して24時間保持、さらに同冷却速度で495℃まで冷却して60時間保持した。次に、冷却速度3℃/hで468℃まで供試材を冷却して100時間保持した。そして、供試材の温度が300℃以下になるまで、冷却速度が28℃/h以下となるように供試材を冷却した。なお、この処理において、供試材の温度が300℃以下の温度域では、昇温速度および冷却速度は規定しない。
【0050】
[靭性・焼戻脆化特性(シャルピー衝撃試験)]
溶着金属の靭性・焼戻脆化特性を評価するに際して、PWHT条件を703℃×8h、および703℃×8h+ステップクーリングとした両試験材からISO 148−1準拠の2mm−Vノッチのシャルピー衝撃試験片を採取し、20、0、−18、−30、−50、−70、−90℃の各温度で3本ずつシャルピー衝撃試験を実施した。次に、各温度における試験値を潤滑に通過する相互の遷移曲線から、54Jを示すシャルピー遷移温度(以下vTr54およびvTr’54と表記)を決定、ステップクーリングによるvTr54の変動量(=vTr’54−vTr54、以下ΔvTr54と表記)を脆化量として算出した。
【0051】
溶接金属の焼戻脆化感受性はvTr54、およびΔvTr54の両者から総合的に判断される。ここで、vTr54にΔvTr54を3倍した値を加えた値(=vTr54+3ΔvTr54)を焼戻脆化特性値と定義した。これは、ステップクーリングが加速試験であり、実機稼動年数が数十年であることを考慮し、実機溶着金属においてはステップクーリングによる脆化量の3倍の脆化を起こすものと見なし、長期間の稼動を経た溶着金属が54Jを示すシャルピー遷移温度を概算するためのもので、ΔvTr54の係数(本願の場合、3)も、クリープ性能と同じく、1.5→2.0→2.5→3.0と年々厳化する傾向にあり、係数3は実質至近の要求において最も厳しいものである。脆化量(=ΔvTr54)が小さくても、vTr54が大きい場合はvTr54+3ΔvTr54も大きくなるため、高位に安定した溶接品質が求められる当該溶着金属の適用箇所として好ましくない。一方、PWHT後の靭性(=vTr54)が優れていても、脆化量(=ΔvTR54)が大きい場合はやはりvTr54+3ΔvTr54が大きくなり、同様の理由で好ましくない。
【0052】
本実施例において、靭性は−30℃における衝撃値の3点平均(以下vE−30℃と表記)が100J以上のものを◎、80J以上100J未満のものを○、80J未満のものを×と評価した。
脆化量に関しては、ΔvTr54が5℃以下のものを◎、5℃を超え11℃未満のものを○、11℃以上のものを×と評価した。
焼戻脆化特性値に関しては、vTr54+3ΔvTr54が−30℃以下のものを◎、−30℃を超え0℃以下のものを○、0℃を超えるものを×と評価した。
【0053】
ここで、
vTr54:PWHT後に54Jを示すシャルピー遷移温度(℃)
vTr’54:PWHT+ステップクーリング後に54Jを示すシャルピー遷移温度(℃)
ΔvTr54(=vTr’54−vTr54):ステップクーリングによる脆化量(℃)
vTr54+3ΔvTr54:焼戻脆化特性(℃)
である。
【0054】
[クリープ破断試験]
PWHT条件を708℃×32hとした溶接試験材よりISO 204準拠のクリープ破断試験片を採取し、試験温度を540℃、負荷応力を210MPaとしてクリープ破断試験を実施し、その破断時間を調査した。本実施例において、破断時間(以下Trと表記)が1500h以上のものを◎、1500h未満1000h以上のものを○、1000h未満のものを×と評価した。
【0055】
[耐SR割れ性評価試験(リング割れ試験)]
Cr−Mo鋼を初めとした低合金耐熱鋼製圧力容器の製作時には、PWHTの施工以前に、製作中の構造物の残留応力低減を主たる目的として、しばしばSR(Stress relief:応力除去焼鈍)が施工される。このSR時に旧γ粒界において発生するのがSR割れである。SR割れは、SRによる結晶粒内における炭化物の析出、および旧γ粒界における不純物の偏析の二者が重畳することによって結晶粒内と旧γ粒界界面に過剰な強度差が生じ、相対的に弱化した旧γ粒界が残留応力に抗し切れなくなることで発生する。
【0056】
本願における溶着金属の耐SR割れ性評価には、リング割れ試験と呼ばれる試験方法を適用した。U溝(Uノッチ)およびスリット(スリット幅:0.3mm)を有したリング状試験片を溶接ままの溶接試験材の
図4(a)に示す位置(=Uノッチ直下が最終パス原質部となる位置)より採取した。試験数は2個である。試験片の形状を
図4(b)に示す。
図4(c)に示すように、スリットを約0.05mmまでかしめた状態でスリットをTIG溶接して、U溝直下に残留応力を負荷した。次に、TIG溶接後の試験片に
図5に示す条件のSR(625℃×10h)を実施した後、
図4(d)に示すように、試験片を長手方向に3分割し、各断面のノッチ直下を観察して、旧γ粒界におけるSR発生の有無を観察した。観察を行なった6断面(=観察面3×試験数2)中、SR割れの発生が見られないものを◎、SR割れ発生個数が1〜2断面のものを○、3断面以上のものを×と評価した。
【0057】
[溶接作業性]
表2に示す溶接条件下で溶接試験を実施した際の溶接作業性を官能的に評価した。第一に、「アーク安定性」について、アークのバタツキ傾向が弱いものを◎、やや弱いものを○、強いものを×と評価した。第二に、「スパッタ発生量」について、スパッタ発生傾向が弱いものを◎、やや弱いものを○、強いものを×と評価した。第三に、「スラグ剥離性」について、スラグ剥離が容易なものを◎、比較的容易なものを○、困難なものを×と評価した。第四に、「ビードなじみ性」について、ビード止端へのスラグ巻き込み傾向がきわめて弱いものを◎、弱いものを○、強いものを×と評価した。第五に、「ビード外観」について、ビードの波目がきわめて美麗で平滑であるものを◎、美麗で平滑であるものを○、波目が粗く凹凸が激しいものを×と評価した。
これらの結果を表4に示す。
【0058】
【表4】
【0059】
表4に示すように、No.1〜10は本発明の範囲を満たすため、すべての評価項目において良好な結果が得られた。
一方、No.11〜40は、本発明の範囲を満たさないため、以下の結果となった。
【0060】
No.11〜16は、金属炭酸塩をCO
2換算値、アルカリ金属酸化物をアルカリ金属換算値、フッ素化合物をF換算値のいずれかが本発明の範囲を外れるため、溶接作業性に劣った。No.17はC含有量が下限値未満のため、靭性、脆化量、焼戻脆化特性、クリープ破断性能の評価が悪かった。No.18はC含有量が上限値を超えるため、靭性、脆化量、焼戻脆化特性、耐SR割れ性、溶接作業性の評価が悪かった。
【0061】
No.19はSi含有量が下限値未満のため、靭性、脆化量、クリープ破断性能、溶接作業性の評価が悪かった。No.20はSi含有量が上限値を超えるため、脆化量、焼戻脆化特性の評価が悪かった。No.21はMn含有量が下限値未満のため、靭性の評価が悪かった。No.22はMn含有量が上限値を超えるため、脆化量、焼戻脆化特性、クリープ破断性能の評価が悪かった。No.23はCr含有量が下限値未満のため、靭性、耐SR割れ性の評価が悪かった。No.24はCr含有量が上限値を超えるため、靭性、脆化量、焼戻脆化特性、クリープ破断性能、耐SR割れ性の評価が悪かった。
【0062】
No.25はMo含有量が下限値未満のため、クリープ破断性能の評価が悪かった。No.26はMo含有量が上限値を超えるため、靭性の評価が悪かった。No.27はV含有量が下限値未満のため、クリープ破断性能の評価が悪かった。No.28はV含有量が上限値を超えるため、靭性、焼戻脆化特性、耐SR割れ性、溶接作業性の評価が悪かった。No.29はNb含有量が下限値未満のため、クリープ破断性能の評価が悪かった。No.30はNb含有量が上限値を超えるため、靭性、脆化量、焼戻脆化特性、耐SR割れ性、溶接作業性の評価が悪かった。
【0063】
No.31はB含有量が下限値未満のため、靭性、クリープ破断性能の評価が悪かった。No.32はB含有量が上限値を超えるため、耐SR割れ性の評価が悪かった。No.33はMg含有量が下限値未満のため、靭性、溶接作業性の評価が悪かった。No.34はMg含有量が上限値を超えるため、溶接作業性の評価が悪かった。No.35はFe含有量が下限値未満のため、靭性、焼戻脆化特性、クリープ破断性能、溶接作業性の評価が悪かった。No.36はFe含有量が上限値を超えるため、靭性、脆化量、焼戻脆化特性、クリープ破断性能の評価が悪かった。
【0064】
No.37はCu,Ni,Ti,Al,Ta,Co,およびWの総和が上限値を超えるため、靭性、クリープ破断性能、溶接作業性の評価が悪かった。No.38はCu,Ni,Ti,Al,Ta,Co,およびWの総和が上限値を超えるため、靭性、脆化量、焼戻脆化特性、クリープ破断性能、耐SR割れ性、溶接作業性の評価が悪かった。No.39はS,Sn,As,Sb,Pb,およびBiの総和が上限値を超えるため脆化量、焼戻脆化特性、耐SR割れ性の評価が悪かった。No.40はS,Sn,As,Sb,Pb,およびBiの総和が上限値を超えるため、脆化量、焼戻脆化特性、耐SR割れ性の評価が悪かった。
【0065】
以上、本発明について実施の形態および実施例を示して詳細に説明したが、本発明の趣旨は前記した内容に限定されることなく、その権利範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈しなければならない。なお、本発明の内容は、前記した記載に基づいて広く改変・変更等することが可能であることはいうまでもない。