(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、S45Cの組織写真である。
図1(a)は横断面の写真、
図1(b)は縦断面の写真である。
【
図2】
図2は、Ti02-II(Tiを0.25mass%添加したもの)の細粒材の組織写真である。
【
図3】
図3は、V02-II(Vを0.27mass%添加したもの)の細粒材の組織写真である。
【
図4】
図4は、600℃で1時間焼鈍したV02-I(Vを0.2mass%添加したもの)の粗粒材の組織写真である。
【
図5】
図5は、600℃で1時間焼鈍したV04-I(Vを0.4mass%添加したもの)の粗粒材の組織写真である。
【
図6】
図6は、600℃で1時間焼鈍したNb05-I(Nbを0.53mass%添加したもの)の粗粒材の組織写真である。
【
図7】
図7は、600℃で1時間焼鈍したTi03-I(Tiを0.3mass%、ホウ素(B)を50mass ppm添加したもの)の粗粒材の組織写真である。
【
図8】
図8は、700℃で1時間焼鈍したV02-II(Vを0.27mass%添加したもの)の粗粒材の組織写真である。
図8(a)は横断面の写真、
図8(b)は縦断面の写真である。
【
図9】
図9は、直径8mmの丸棒試験片における侵入水素量と浸漬時間の関係を示す。
図9(a)は試験片がS45Cの場合であり、
図9(b)は試験片が比較用母材(細粒材)、Ti02-II(細粒材)の場合である。
【
図11】
図11は、疲労き裂進展試験において、応力拡大係数範囲ΔKを減少させる方法を示す。
図11(a)は、応力比Rを一定に保って最大荷重(Pmax)と最小荷重(Pmin)を共に減少させる方法である。
図11(b)は、最大荷重(Pmax)を一定に保ち、最小荷重(Pmin)をき裂進展につれて上昇させる方法である。
【
図12】
図12は、疲労き裂進展試験に用いた試験片である。
図12(a)は、コンパクトテンション(CT)試験片である。
図12(b)は、板状曲げ試験片である。
【
図13】
図13は、板状曲げ試験片を用いた疲労き裂進展試験装置である。
【
図14】
図14は、絞り比ψH/ψと侵入水素量の関係を示すグラフである。
【
図15】
図15は、S45C平滑試験片の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図16】
図16は、S45C切欠試験片の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図17】
図17は、比較用母材(細粒材)の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図18】
図18は、Ti02-II(細粒材)の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図19】
図19は、V02-II(細粒材)の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図20】
図20は、Nb04-II(細粒材)の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図21】
図21は、V005(細粒材)の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図22】
図22は、V007-Nb01-Ti007(細粒材)の疲労寿命特性を示すグラフである。
【
図23】
図23は、応力比R=0.1としたときの、S45Cの疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図24】
図24は、応力比R=0.5としたときの、S45Cの疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図25】
図25は、応力比Rを変化させたときの、S45Cの疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図27】
図27は、V02-I(細粒材)の疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図28】
図28は、V02-II(粗粒材:700℃で1時間焼鈍)の疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図29】
図29は、V005(細粒材)の疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図30】
図30は、V007-Nb01-Ti007(細粒材)の疲労き裂進展特性を示すグラフである。
【
図31】
図31は、R=0.5、ΔK=10MPa・m
1/2における、水素チャージ材と非チャージ材の疲労き裂進展速度比と繰り返し速度の関係を示すグラフである。
【
図32】
図32は、σa=350MPaにおける、非チャージ材と水素チャージ材の疲労寿命比と繰り返し速度の関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明ではV(バナジウム)、Ti(チタン)、及びNb(ニオブ)から選択される少なくとも一種を微量添加したフェライト鋼に水素チャ一ジを施し、引張試験と疲労試験を実施し、引張特性及び疲労特性に及ぼす水素の影響が一般材料に比べて大幅に改善することを見出した。以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0016】
[1.供試材]
表1〜表4に供試材の化学成分を示す。いずれの材料も残部はFe(鉄)及び不可避的不純物である。表1には、比較用の一般的な機械構造用炭素鋼S45Cの化学成分を示す。
【0018】
表2には、比較用母材の化学成分を示す。
【0020】
表3(シリーズI)、表4(シリーズII)に示すように、本発明の対象となる材料は0.05C-0.30Si-1.5Mnを母材として、V、Ti、及びNbから選択される少なくとも一種の元素を微量に添加させたフェライト鋼である。全ての材料の化学分析は誘導結合プラズマ発光分光分析により行った。ここで、V、Ti、及びNbの添加量は前述した(1)〜(3)の式に基づいて決定される。即ち、Cを固定するために必要な量であり、Cが0.05mass%の場合には、Vが0.212mass%、Tiが0.199mass%、Nbが0.387mass%となっている。これらの数値は、V、Ti、又はNbを各々単体で添加したときにCを全て固定するのに必要な量を示している。表3に示すように、V02-IではVを0.2mass%、V04-IではVを0.4mass%、Ti03-IではTiを0.3mass%、Nb05-IではNbを0.53mass%、各々添加している。V04-I、Ti03-I、及びNb05-Iに関しては、Cを全て固定するために必要な量に足りている。一方、V02-Iに関しては、Cを全て固定するために必要な量より少ない。また表4に示すように、Ti02-IIではTiを0.25mass%、V02-IIではVを0.27mass%、Nb04-IIではNbを0.45mass%、各々添加しており、いずれもCを全て固定するために必要な量に足りている。このように、表3に示すシリーズIのV02-IとV04-Iに関しては,Vの添加量をそれぞれ0.2mass%と0.4mass%、及び表4に示すシリーズIIのV02-IIに関しては、Vの添加量を0.27mass%としており、(1)〜(3)の式に基づいて決定される添加量0.212mass%、即ちCを全て固定するために必要な量より少ない例から2倍程度高い材料を用意した。
【0023】
表5に供試材の熱処理条件と加工熱処理条件を示す。表5(a)に示すように、以下の実験に用いるS45Cは、焼きならし(845℃で30分加熱した後、空気中で放冷)後、焼入れ(845℃で30分加熱した後に水で冷却する、所謂水焼入れ)を行い、さらに焼もどし(550℃で60分加熱した後、空気中で放冷)したものである。
【0025】
また、比較用母材、並びにシリーズI及びシリーズIIの各フェライト綱は、表5(b)に示す加工熱処理を施したものを用意した。即ち、1170℃で60分鍛造後、空気中で放冷し、560℃で圧延率95%の圧延を施した後、水で冷却して細粒組織にする処理である。この処理を施したものを細粒材と称す。また、細粒材とは別に、シリーズI及びシリーズIIの各フェライト鋼に、表5(c)に示す加工熱処理を施したものを用意した。即ち、表5(b)の加工熱処理を施した後、さらに600℃又は700℃で60分の焼きなまし(焼鈍)を行い、一般材料と同程度の大きさの結晶粒にする処理である。この処理を施したものを粗粒材と称す。
【0026】
さらに本発明者らは、V、Ti、及びNbの添加量を低減した供試材を2種用意した。その供試材の化学成分を表6に示す。いずれの材料も残部はFe(鉄)及び不可避的不純物である。表6に示すV005ではVを0.05mass%添加している。これはCを全て固定するために必要な量の概ね1/4である。また、V007-Nb01-Ti007ではVを0.07mass%、Nbを0.13mass%、及びTiを0.07mass%添加している。即ち、VをV単体でCを全て固定するために必要な量の概ね1/3、NbをNb単体でCを全て固定するために必要な量の概ね1/3、TiをTi単体でCを全て固定するために必要な量の概ね1/3添加しており、これらの添加量全てを合算すると、Cを全て固定するために必要な量と概ね同量になる。これらV005及びV007-Nb01-Ti007に関しては、表5(b)の加工熱処理を施した細粒材を用意した。
【0028】
図1〜
図4に組織写真の例を示す。
図1は、表5(a)に示した熱処理が施されたS45Cの光学顕微鏡写真で、組織は焼もどしマルテンサイトである。
図1(a)は横断面の写真、
図1(b)は縦断面の写真である。
図2及び
図3は、細粒材の組織写真であり、薄膜にして透過電子顕微鏡(株式会社 日立製作所製)で観察したものである。表4に示すTi02-II(Tiを0.25mass%添加したもの)の細粒材の組織写真を
図2に、同じく表4に示すV02-II(Vを0.27mass%添加したもの)の細粒材の組織写真を
図3に各々例示する。これらの写真から、組織全体が微細なフェライト結晶粒組織であり、主体となるフェライト結晶粒の粒径が1μm以下の細粒であることを確認できる。
【0029】
図4〜
図7は、600℃で1時間焼鈍した場合の粗粒材の組織写真であり、
図8は、700℃で1時間焼鈍した場合の粗粒材の組織写真である。いずれも、一般的なナイタ一ル(3Vol.%硝酸+エタノール)で腐食した後、光学顕微鏡で観察した。表3に示すV02-I(Vを0.2mass%添加したもの)、V04-I(Vを0.4mass%添加したもの)、Nb05-I(Nbを0.53mass%添加したもの)、及びTi03-I(Tiを0.3mass%、B(ホウ素)を50mass ppm添加したもの)の組織写真を、
図4、5、6、及び7に各々例示する。
図4〜
図7の写真から、組織全体が比較的粗いフェライト結晶粒組織であり、主体となるフェライト結晶粒の粒径が数μm〜20μmの粗粒であることを確認できる。また、表4に示すV02-II(Vを0.27mass%添加したもの)の組織写真を
図8に例示する。
図8(a)は横断面の写真、
図8(b)は縦断面の写真である。
図8の写真から、組織全体が粗いフェライト結晶粒組織であり、主体となるフェライト結晶粒の粒径が数μm〜60μmの粗粒であることを確認できる。
【0030】
[2.水素チャージ方法]
試験片への水素チャ一ジは浸漬チャ一ジ法を用い、水素チャ一ジ条件は鉄鋼協会やばね学会で標準化に検討されている方案に準拠した。すなわち、20mass%チオシアン酸アンモニウム水溶液中に浸して行った。水溶液温度は40℃に保った。チャ一ジ時間は48時間である。
図9に、直径8mmの丸棒試験片における侵入水素量と浸漬時間の関係の例を示す。
図9(a)は試験片がS45Cの場合であり、
図9(b)は試験片が比較用母材(細粒材)、Ti02-II(細粒材)の場合である。
図9の侵入水素量は約15時間で飽和するため、本発明ではチャ一ジ時間を48時間とした。
【0031】
[3.引張試験方法]
引張試験は最大容量が100kNのオートグラフ(株式会社 島津製作所製)を用い、JIS B7721に基づいて行った。試験速度は0.5mm/minである。試験片はJIS 14A号の丸棒試験片で、直径は5mm、標点距離Lは25mmである。
【0032】
[4.疲労試験方法]
(4−1.疲労寿命試験)
疲労寿命試験は、最大容量50kNの油圧サ一ボ式引張圧縮疲労試験機(株式会社 島津製作所製)を用い、正弦波、軸荷重の下で行った。応力比R(最小応力/最大応力:σmin/σmax)は-1である。繰返し速度は未チャ一ジ材では30Hzのみとし、水素チャ一ジ材では0.2Hz、2Hz、及び30Hzの3種類行った。ただし、S45Cと比較用母材(細粒材)の場合には、疲労寿命に及ぼす繰返し速度の依存性が大きかったため、0.02Hzの実験も加えた。また、疲労試験は、試験片からの水素放出が少ない低寿命側(高応力側)の試験を中心に行った。
図10に疲労寿命試験に用いた試験片を示す。これらは疲労寿命試験に一般に用いられる形状の試験片である。試験片は、
図10(a)に示す平滑試験片と、
図10(b)に示す切欠試験片の両方を用いた。平滑試験片は直径8mmの平行部付き丸棒である。切欠試験片では、平滑試験片中央部に深さ1.5mmのV溝環状切欠きを導入した。応力集中係数Ktは3.7である。試験部表面の最終仕上げは、JIS R6252の600番研磨紙による軸方向研磨である。
【0033】
(4−2.疲労き裂進展試験)
疲労特性に及ぼす水素の影響をさらに明確にするために、一部の材料について疲労き裂進展試験を実施した。疲労き裂進展試験は最大容量10kNの油圧サ一ボ式引張圧縮疲労試験機を用い、正弦波、繰返し速度30Hzの下で行った。応力拡大係数範囲ΔKを減少させる方法として、
図11に示す2種類の方法を用いた。一つは
図11(a)に示すように、応力比Rを一定に保って最大荷重(Pmax)と最小荷重(Pmin)を共に減少させる方法(R=0.1一定ΔK減少試験、又はR=0.5一定ΔK減少試験)である。この方法は一般によく用いられている。他方は
図11(b)に示すように、最大荷重(Pmax)を一定に保ち、最小荷重(Pmin)をき裂進展につれて上昇させる方法(Pmax一定ΔK減少試験)である。ΔK減少率は両試験とも、dΔK/da = -2GPa・m
1/2とした。
【0034】
Pmax一定ΔK減少試験では、き裂進展につれてΔKが減少すると、応力比Rが徐々に上昇するので、試験開始条件をR≧0.5、ΔK≧7MPa・m
1/2とすると、疲労き裂下限界ΔK
thに至るまで、複雑なき裂閉口挙動を避けることができる。これにより、疲労き裂進展に及ぼす水素の影響を明確に把握することができる。微量元素を添加しているシリーズI、シリーズIIについては、繰返し速度の依存性を明らかにするため、0.2Hzと2Hzの実験を追加した。この場合、ΔK=10MPa・m
1/2近傍で、R=0.5、荷重幅ΔPを一定にして行った。き裂長さは、交流ポテンシャル法及びコンプライアンス法(試験片の背面に貼り付けたひずみゲ一ジ出力からき裂長さを測定する方法)を併用し、0.2mm又は0.1mmの間隔で測定した。予き裂はR=0.1、ΔK=15MPa・m
1/2の条件で1mm導入した。
【0035】
試験片は、疲労き裂進展試験に一般に用いられる形状のものである。シリーズI、シリーズIIの素材が17mm角であったため、
図12(b)に示す幅12mm、板厚10mmの板状曲げ試験片を用いた。板状曲げ試験片を用いた場合は
図13に示す試験装置を用いてき裂進展試験を行った。一方、S45Cは素材が大きかったため、
図12(a)に示す板幅35mm、板厚6mmのコンパクトテンション(CT)試験片を採用した。この場合にはピン結合によって荷重を負荷した。ただし、S45Cでは板状曲げ試験片の実験も一部併用し、CT試験片の結果と差が無いことを確認した。
【0036】
(4−3.水素分析方法)
疲労試験終了後、ただちに試験部から試料を切り出して侵入水素量をガスクロマトグラフィ方式の昇温離脱分析装置(TDA)で測定した。昇温速度は100℃/h、昇温到達温度は600℃として500℃までに放出される累積水素量を侵入水素量とした。
【0037】
[5.試験結果]
(5−1.引張特性)
表7(a)にS45C未チャージ材、表7(b)にS45C水素チャージ材の引張試験結果をそれぞれ示す。表8(a)にシリーズI(細粒材)未チャージ材、表8(b)にシリーズI(細粒材)水素チャージ材、表8(c)に3%予ひずみを与えたシリーズI(細粒材)水素チャージ材の試験結果をそれぞれ示す。表9(a)にシリーズII(細粒材)未チャージ材、表9(b)にシリーズII(細粒材)水素チャージ材の試験結果をそれぞれ示す。さらに、表10(a)にシリーズI(粗粒材:600℃で1時間焼鈍)未チャージ材、表10(b)にシリーズI(粗粒材:600℃で1時間焼鈍)水素チャージ材の試験結果をそれぞれ示す。
【0042】
これらの表中に示す水素量は引張試験後に測定した試験片の侵入水素量である。引張試験時間は15分程度と短いので、試験中の水素放出は少ない。ここで、表7に示す試験結果において、S45Cに水素チャージを行っても0.2%耐力、引張強度の低下が認められない。一方、伸び、絞りに関しては低下が認められ、特に絞りに関しては顕著である。一般に、引張特性に及ぼす水素の影響を判断する場合には絞りを用いるが、この表7の結果から、V、Nb、Tiのいずれも添加していないS45Cに関しては、水素の影響により絞りが低下することを確認できる。
【0043】
表8〜表10の試験結果において、未チャ一ジ材と水素チャ一ジ材を比較すると、いずれの試験片においても0.2%耐力(0.2%塑性変形時の応力)と引張強度に大きな差は無い。この点はS45Cと同様である。しかしながら、シリーズI及びシリーズIIは、水素チャージ材の絞りが、未チャージ材と比較して低下していないか又は低下していても僅かであるという特徴がある。即ち、フェライト鋼にV、Nb、及びTiのいずれかを添加することによって、引張特性に及ぼす水素の影響を低下させることができるのである。
【0044】
図14に絞り比φH/φと侵入水素量の関係を示す。φHは水素チャ一ジ材の絞り、φは未チャ一ジ材の絞りである。図中には比較のため、ガスパイプラインの材料として候補とされる炭素鋼STPG370の結果も追加した。S45CとSTPG370では、侵入水素量C
Hの増加に伴い、急激に絞り比が低下しているが、微量元素(V、Nb、Ti)を添加したフェライト鋼であるシリーズI(細粒材、粗粒材)、シリーズII(細粒材)に関しては、絞り比の低下が緩やかであり、絞り性能が大幅に改善されている。この結果から、V、Ti、又はNbの微量添加は、絞り(延性)の低下を回復させる効果があることを確認した。
【0045】
ここでVを0.20mass%添加した2種、V02-I(細粒材)及びV02-I(粗粒材)と、Vを0.27mass%添加したV02-II(細粒材)並びにVを0.40mass%添加したV04-I(細粒材)及びV04-I(粗粒材)とを比較すると、絞り比において明確な差違がないことを確認できる。故に、必ずしも絞りを改善し、フェライト鋼を水素環境下での使用に耐えうるものとするために全ての炭素を固定しなければならないということにはならない。当然、添加物を全ての炭素を固定するのに十分な量添加すれば良いが、V、Ti、Nbはいずれも高価であるから、コスト面を考慮すると極力使用量を減らすことが望ましい。
【0046】
(5−2.疲労特性)
図15にS45C平滑試験片のS-N特性、すなわち応力振幅σa(応力幅Δσ=(最大応力σmax-最小応力σmin)×1/2)と破断寿命の関係を示す。図中には疲労破壊試験片から切り出した試料で測定した残留水素量(mass ppm)も示す。最低繰返し速度の0.02Hzでは、試験時間が66時間に及んだために、残留水素量は0.42mass ppmと少なくなったが、0.2Hz、2Hzの高速試験では、残留水素量がそれぞれ0.71mass ppm、1.03mass ppmと多く残留していた。この
図15から、水素チャ一ジ材の疲労寿命は、繰返し速度に関係なく、未チャ一ジ材の結果とほぼ一致し、水素の影響は認められない。
【0047】
図16にS45C切欠試験片のS-N特性を示す。この場合にも、水素量は、最低繰返し速度の0.02Hzを除くと、多く残留していた。試験速度0.2Hz、2Hz、30Hzにおける水素チャ一ジ材の疲労寿命を、各々未チャ一ジ材の結果と比較すると、水素チャージ材は繰返し速度が遅くなるほど短寿命となる。この図では、繰返し速度30Hzのときの寿命が1万5千〜3万5千回程度であり、2Hzのときは6千回程度、0.2Hzのときは2千回程度である。0.2Hzから0.02Hzにかけては寿命は短くなっておらず、30Hzのときの寿命を基準として、その6〜13%程度まで寿命が低下してから飽和している。
【0048】
図15と16の結果をまとめると、S45Cのような一般材料では、平滑試験片によるS-N特性(疲労き裂発生)は水素の影響を受けないが、切欠試験片によるS-N特性(疲労き裂進展)は水素の影響を受けることになる。そこで、細粒材では切欠試験片によるS-N特性を調べた。
図17に示すように、比較用母材では繰返し速度30Hzのときの寿命が3〜10万回程度、2Hzのときの寿命が1万2千回程度、0.2Hzのときの寿命が6千回程度である。0.2Hzから0.02Hzにかけては寿命は短くなっておらず、30Hzのときの寿命を基準として、その6〜20%程度まで寿命が低下してから飽和している。
【0049】
一方、
図18に示すように、Tiを添加したシリーズIIのTi02-II(細粒材)では、繰返し速度30Hzのときの寿命が8〜30万回程度であり、2Hzのときの寿命が5万回程度、0.2Hzのときは4万5千回程度である。30Hzのときの寿命を基準として、その15〜56%程度まで寿命が低下しているものの、前述したS45C、比較用母材と比較すると低下の度合いが緩やかである。即ち、Ti02-IIは、S45Cと比較して寿命(30Hzにおける寿命を基準としたときの0.2Hzにおける寿命比)が2.5〜4.3倍となっており、比較用母材と比較しても2.5〜2.8倍となっている。
【0050】
図19に示すように、Vを添加したシリーズIIのV02-II(細粒材)に関しては、繰返し速度30Hzのときの寿命が3〜9万回程度であり、2Hzのときの寿命が1万回程度、0.2Hzのときは8千回程度である。30Hzのときの寿命を基準として、その9〜27%程度まで寿命が低下している。即ち、S45Cと比較して寿命(30Hzにおける寿命を基準としたときの0.2Hzにおける寿命比)が1.5〜2.1倍程度となっており、比較用母材と比較しても1.5倍前後となっている。また、
図20に示すように、Nbを添加したシリーズIIのNb04-II(細粒材)に関しては、繰返し速度30Hzのときの寿命が9〜35万回程度であり、2Hzのときの寿命が4万回程度、0.2Hzのときは5万回程度である。30Hzのときの寿命を基準として、その12〜56%程度まで寿命が低下している。即ち、S45Cと比較して寿命(30Hzにおける寿命を基準としたときの0.2Hzにおける寿命比)が2〜4.3倍程度となっており、比較用母材と比較しても2〜2.8倍となっている。これらの結果は、Ti、V、又はNbを微量添加した細粒材は、水素による疲労き裂進展特性が改善することを示している。
【0051】
また、
図21に示すように、V005(細粒材)に関しては、繰返し速度30Hzのときの寿命が2万回程度であり、2Hzのときの寿命が8千回程度、0.2Hzのときは6千回程度である。30Hzのときの寿命を基準として、その30%程度まで寿命が低下している。即ち、S45Cと比較して寿命(30Hzにおける寿命を基準としたときの0.2Hzにおける寿命比)が2.3〜5倍程度となっており、比較用母材と比較しても1.5〜5倍となっている。この結果が示すように、VをCを全て固定するために必要な量の1/4程度添加することでも水素による疲労き裂進展特性が改善しうる。
【0052】
さらに
図22に示すように、V007-Nb01-Ti007(細粒材)に関しては、繰返し速度30Hzのときの寿命が3万回程度であり、2Hzのときの寿命が1万5千回程度、0.2Hzのときは1万2千回程度である。30Hzのときの寿命を基準として、その60%程度まで寿命が低下している。即ち、S45Cと比較して寿命(30Hzにおける寿命を基準としたときの0.2Hzにおける寿命比)が4.6〜10倍程度となっており、比較用母材と比較しても3〜10倍となっている。この結果が示すように、V、Nb、及びTiの3種を全て添加し、且つその総量がCを全て固定するのに必要な量と概ね同量となった場合には極めて良好な疲労き裂進展特性となった。
【0053】
上記の結果に基づいて、疲労き裂進展特性に及ぼす水素の影響を詳細に調査した。
図23〜28に疲労き裂進展特性、すなわち疲労き裂進展速度da/dN(mm/cycle)と応力拡大係数範囲ΔK(MPa・m
1/2)の関係を示す。
図23〜
図26にはS45C、
図27にはシリーズIのV02-I(細粒材)、
図28にはシリーズIIのV02-II(粗粒材:700℃で1時間焼鈍)の疲労き裂進展特性を示す。さらに、
図29にはV005(細粒材)、
図30にはV007-Nb01-Ti007(細粒材)の疲労き裂進展特性を示す。各図において、水素チャージ材に対応する疲労き裂進展曲線の下方には、試験後に測定した侵入水素量(mass ppm)を示している。試験中の水素放出を少なくするために試験時間は30時間以内とした。このため、試験中の水素放出が疲労き裂進展特性に及ぼす影響は小さかった。
【0054】
図23は応力比R=0.1のときの未チャージ材、水素チャージ材の疲労き裂進展曲線を示しているが、両曲線の違いを明確に区別することができる。特に、ΔK=7.0MPa・m
1/2のときに、未チャージ材のda/dNが9×10
-8(mm/cycle)、水素チャージ材のda/dNが3×10
-6(mm/cycle)程度であるから、水素チャ一ジ材のき裂進展速度da/dNは、未チャ一ジ材に比べて最大30倍の加速が認められる。また、
図24、25、26に示すように、応力比Rを異ならせた場合にも、未チャージ材、水素チャージ材の疲労き裂進展曲線を明確に区別することが可能であり、水素チャ一ジ材のき裂進展速度da/dNは、未チャ一ジ材に比べて10倍以上の加速が認められた。
【0055】
一方で、
図27に示すシリーズIのV02-I(細粒材)に関しては、未チャージ材と水素チャージ材の疲労き裂進展特性は酷似しており、両者の疲労き裂進展曲線は判別することができない。即ち水素チャージを行った場合であっても、da/dNの加速は殆ど起こっていないことになる。さらに、
図28に示すシリーズIIのV02-II(粗粒材:700℃で1時間焼鈍)についても、未チャージ材と水素チャージ材の疲労き裂進展特性は酷似しており、両者の疲労き裂進展曲線は判別することができない。故に、水素チャージを行ってもda/dNの加速は殆ど起こっていないことになる。
【0056】
Vの添加量を低減したV005(細粒材)の疲労き裂伸展特性を
図29に示す。応力比R=0.1のときには、未チャージ材と水素チャージ材の疲労き裂進展曲線は概ね一致しているということがいえる。一方で、R=0.6〜0.9のときには、ΔK=5MPa・m
1/2 以上で両曲線が乖離しているが、ΔK=5MPa・m
1/2 未満では両曲線が概ね一致しており、水素チャージしたことによるき裂進展の加速が殆ど認められない。従って、Vの添加量をCを全て固定するのに必要な量の1/4としたV005に関しても、Vを添加することによる効果を確認することができた。但し、R=0.6以上であり且つΔK=5MPa・m
1/2 以上ではその効果が明確でなくなることから、V、Nb、及びTiから選択される1種以上を、Cを全て固定するのに必要な量の1/4以上添加することが好ましいといえる。
【0057】
V007-Nb01-Ti007(細粒材)の疲労き裂伸展特性を
図30に示す。応力比Rによらず、未チャージ材と水素チャージ材の疲労き裂進展曲線は酷似しており、乖離が見られない。この結果から、V、Nb、及びTiを全て添加し、且つ、その総量がCを全て固定するのに必要な量と概ね同量であるときの効果は明確である。
【0058】
図31は、
図23〜
図28の実験結果、及びこれに追加して実施した実験結果に基づいて、R=0.5、ΔK=10MPa・m
1/2における水素チャージ材と非チャージ材の疲労き裂進展速度の比と繰り返し速度fの関係を示した図である。縦軸は、疲労き裂進展速度の比 (da/dN)
H / (da/dN)を示す。ここで (da/dN)
Hは、水素チャ一ジ材の疲労き裂進展速度、da/dNは、未チャ一ジ材の疲労き裂進展速度を示す。横軸は、繰り返し速度f(Hz)を示す。S45Cの疲労き裂進展速度比(
図31の○印)は、繰返し速度f=0.2Hzで30、f=2Hzで30、f=30Hzで4程度となっており、水素チャージによって、疲労き裂進展速度の加速は最大で30倍になる。
【0059】
また、比較用母材(細粒材)の場合(
図31の△)、疲労き裂進展速度比は、繰り返し速度f=0.2Hzで5、f=2Hzで4、f=30Hzで3程度となっている。しかしながら、Vを微量添加したV02-Iの細粒材(
図31の□)、V02-IIの粗粒材(
図31の◇)の場合、そのいずれにおいても、疲労き裂進展速度比は、繰返し速度f=0.2Hzで2、f=2Hzで2、f=30Hzで1程度となっており、Vの微量添加によって、水素による疲労き裂進展速度の加速を大幅に改善することできる。また、V02-Iの細粒材(
図31の□)の結果から、Vに関しては炭素を固定するのに必要な添加量V
Cより少ない量を添加することで、疲労き裂進展速度に関しても、十分な改善効果を得ることができる。即ち、疲労き裂進展速度を改善させるために、必ずしも炭素を全て固定する必要はないといえる。
【0060】
またV005(細粒材)に関しては、
図31に示すように繰返し速度f=0.2Hzで3.5、f=2Hzで3、f=30Hzで2.8程度となっており、比較用母材(細粒材)と比較して、水素による疲労き裂進展速度の加速を改善することできた。但し、V02-Iの細粒材(
図31の□)及びV02-IIの粗粒材(
図31の◇)と比較すると効果は限定されており、同図中の対比からもV005からさらにVの添加量を低減すると比較用母材(細粒材)との比較で効果が認められなくなることが把握される。この結果からも、疲労き裂進展速度を改善させる効果を得るための添加量の下限値は、概ねCを全て固定するのに必要な量の1/4であるといえる。なお、V007-Nb01-Ti007(細粒材)に関しては、、V02-Iの細粒材(
図31の□)及びV02-IIの粗粒材(
図31の◇)と同等又はこれらより優れた特性を示しており、V、Nb、及びTiを全て添加し、且つその総量をCを全て固定するのに必要な量と概ね同量とすることによる疲労き裂進展速度の改善効果を確認することができた。
【0061】
図32は、切欠試験片のS-N曲線(
図16〜
図20)に基づいて、σa=350MPaにおける疲労寿命比Nf/(Nf)
Hと繰り返し速度fの関係を示した図である。ここで、Nfは未チャ一ジ材の破断繰返し数、(Nf)
Hは水素チャ一ジ材の破断繰返し数である。鋭い切欠(Kt=3.7)の試験片を用いた場合、S45Cの疲労寿命比は、繰返し速度f=0.2Hzで10、f=2Hzで3.5、f=30Hzで1.2程度である。また、比較用母材の疲労寿命比は、繰返し速度f=0.2Hzで5、f=2Hzで3、f=30Hzで1.1程度である。
【0062】
一方、Tiを微量添加したTi02-II(細粒材)の場合、疲労寿命比は、繰返し速度f=0.2Hzで1.2、f=2Hzで1.0、f=30Hzで0.6程度である。また、Vを微量添加したV02-II(細粒材)の場合、疲労寿命比は、繰返し速度f=0.2Hzで2.3、f=2Hzで1.9、f=30Hzで0.9程度であり、Nf/(Nf)
Hと、
図31に示した(da/dN)
H/(da/dN)は、ほぼ一致する。さらに、Nbを微量添加したNb04-II(細粒材)の場合、疲労寿命比は、繰返し速度f=0.2Hzで1.3、f=2Hzで1.9、f=30Hzで0.9程度である。これらの結果から、Vを微量添加した場合のみならず、Ti又はNbを微量添加した場合にも、水素による疲労き裂進展の加速を改善(即ち抑制)する効果があるといえる。
【0063】
またV005(細粒材)に関しては、
図32に示すように比較用母材(細粒材)と比較して、疲労寿命比の改善効果は僅かである。従って、疲労寿命比の改善を図ろうとする場合には概ねCを全て固定するのに必要な量の1/4以上とすることが必須であるといえる。一方、V007-Nb01-Ti007(細粒材)に関しては、V02-IIの細粒材(
図32の◇)と同等又はこれより優れた特性を示しており、V、Nb、及びTiを全て添加し、且つその総量をCを全て固定するのに必要な量と概ね同量とすることによる疲労寿命比の改善効果を確認することができた。