【0011】
又、本発明における工程B(焼結工程)では、前記工程Aで得られた結晶質のZrO
2固溶体粉体を成形し、次いで、不活性ガス雰囲気下、昇温速度50〜100℃/分、圧力60MPa、焼結温度1270〜1330℃、保持時間10分の条件にてパルス通電加圧焼結法で焼結することによって、高強度強靱性ZrO
2‐Al
2O
3系固溶体セラミックスを製造する。ZrO
2固溶体粉体の成形を行うには冷間静水圧プレスが適しており、得られた成形体の焼結を行うには、アルゴンガス又は窒素ガス雰囲気下でのパルス通電加圧焼結法が適している。一軸加圧下において、低電圧でパルス状直流電流を流し、火花放電現象により瞬時に高エネルギーを発生させて試料の焼結を行うパルス通電加圧焼結法が適しているのは、急激なジュール加熱により溶解と高速拡散が起こり、短時間で高速焼結できるので、比較的粒成長を抑えた緻密な焼結体(相対密度90%以上)を得ることができるからであり、放電プラズマ焼結法が適しているのも同様の理由による。
本発明におけるパルス通電加圧焼結の特に好ましい条件は、アルゴンガス雰囲気下、昇温速度50〜100℃/分、加圧力60MPa、焼結温度1270〜1330℃、保持時間10分の条件である。この際、焼結温度が1250℃未満になると、高い曲げ強度(≧1GPa)が得られず、焼結温度が1350℃を超えると、高い破壊靱性値(≧15MPa・m
1/2)が得られなくなるので好ましくない。保持時間については、3〜30分で充分緻密化するが、加圧力が30MPa未満では焼結密度が低くなり、逆に100MPaを超えると通電加圧焼結に使用する金型の強度に上限があり使用出来なくなるという問題がある。昇温速度については、50℃/分未満になると長時間の熱処理となり製造コストが高くなり、逆に100℃/分を超えると、焼結体内部の微細構造にムラが生じ、均質で大型の試料の作製が困難となるので好ましくない。
尚、本発明において、曲げ強度σ
bは、スパン長さ8mm、クロスヘッドの送り0.5mm/minの条件で測定された三点曲げ強度の値であり、破壊靱性値K
ICは、荷重10kg(98N)で5秒間正四角錐のダイヤモンド圧子をセラミックス表面に押し込み、形成された圧痕の四隅に発生するクラックの長さから評価するインデンテーション(IF)法(K. Niihara et al., J. Master. Sci. Lett., 1, 13-16 (1982))に従って測定された値である。
【実施例】
【0012】
実施例1:高強度強靱性ZrO
2‐Al
2O
3系固溶体セラミックスの製造条件の検討
ゾル‐ゲル法を用いてZrO
2に対して、1.5mol%Y
2O
3を添加(98.5mol%ZrO
2‐1.5mol%Y
2O
3)したZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体粉体(ZrO
2(1.5Y)/Al
2O
3=75/25mol比)を調製し(この段階では粉体は非結晶)、この粉体を820℃で空気中1時間仮焼して結晶質のZrO
2固溶体粉体を得た。そして、この結晶質の固溶体粉体を整粒した後、金型成形(98MPa)し、ついで冷間静水圧(245MPa)プレス処理し、その後、市販のパルス通電加圧焼結装置(SPSシンテックス(株)/SPS-510Aを使用)を用いて、アルゴンガス雰囲気下、加圧圧力60MPa、焼結温度1100〜1350℃、保持時間10分、昇温速度100℃/分の条件でパルス通電加圧焼結を行い、焼結体(ZrO
2(1.5Y)‐Al
2O
3固溶体セラミックス)を得た。
一方、Y
2O
3を添加せずにゾル‐ゲル法を用いてZrO
2‐25mol%Al
2O
3の非晶質の固溶体粉体(ZrO
2/Al
2O
3=75/25mol比)を調製し、同様の条件にて仮焼を行い、結晶質のZrO
2固溶体粉体を得た。そして、この結晶質の固溶体粉体を用いて、上記と同様にして金型成形、冷間静水圧プレス処理を行い、焼結温度1100℃及び1200℃において同様のパルス通電加圧焼結を行い、焼結体(ZrO
2‐Al
2O
3固溶体セラミックス)を得た。
【0013】
図2には、このようにして得られた固溶体セラミックス焼結体のXRDパターンが示されており、(A)は、1100℃で焼結したZrO
2‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスのXRDパターン、(B)は、1200℃で焼結したZrO
2‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスのXRDパターンである。(C)中の(a)は、820℃で仮焼したZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体粉末のXRDパターンであり、(b)〜(f)には、焼結温度を1100℃〜1350℃に変化させて得られたZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスのXRDパターンが示されている。
この
図2の(A)〜(C)より、酸化イットリウム(Y
2O
3)が添加されていない(A)と(B)の場合(仮焼温度700〜900℃、焼結温度1100℃及び1200℃)には、単斜晶の酸化ジルコニウム(m−ZrO
2)及び、正方晶の酸化ジルコニウム(t−ZrO
2)の両回折ピークが存在しているのに対し、酸化イットリウム(Y
2O
3)が1.5mol%添加された(C)の場合には、仮焼により得られた粉末(a)においても、焼結により得られた固溶体セラミックス(b)〜(f)においても、主として正方晶の酸化ジルコニウムである酸化イットリウムジルコニウムの回折ピークが存在していることがわかった。
【0014】
又、
図3には、このようにして得られた仮焼粉末及び、固溶体セラミックス焼結体の破面のSEM写真が示されており、(A)−1は、800℃で仮焼したZrO
2‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックス粉末のSEM写真であり、(A)−2は、1200℃で焼結したZrO
2‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスの破面のSEM写真である。又、(B)−1は、820℃で仮焼したZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックス粉末のSEM写真であり、(B)−2は、1200℃で焼結したZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスの破面のSEM写真である。
この
図3のSEM写真から、酸化イットリウム(Y
2O
3)が添加されていない(A)−1及び(A)−2の場合には、仮焼後の粒(子)径は110nm、1200℃で焼結したセラミックスの結晶粒(子)径は200nmと約2倍粒成長していることがわかり、酸化イットリウム(Y
2O
3)が1.5mol%添加された(B)−1及び(B)−2の場合には、粒子径はそれぞれ100及び180nmで、やや酸化イットリウムを添加し固溶させると粒成長が抑制されることがわかった。
そして、平均粒径の比較から、Y
2O
3を1.5mol%添加したセラミックスの方が結晶粒(子)径が小さくなることがわかった。
【0015】
図4には、焼成温度を変えた際の、ZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスの破面のSEM写真が示されており、(A)は焼成温度が1200℃の場合、(B)は焼成温度が1250℃の場合、(C)は焼成温度が1300℃の場合である。これらのSEM写真から、焼成温度が1200℃〜1300℃になるとともに組織が緻密になっていることがわかり、それぞれの平均粒径の比較から、焼成温度の上昇とともに180から200nmへと少し大きくなることがわかる。
【0016】
以下の表1及び表2には、上記実験にて作製されたZrO
2‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックス及び、ZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスについての、正方晶酸化ジルコニウム(t−ZrO
2)/単斜晶酸化ジルコニウム(m−ZrO
2)の体積比率(t/m)、理論密度、かさ密度、相対密度が要約されている。
【0017】
【表1】
【0018】
【表2】
【0019】
上記表1及び表2から、焼成温度が1300℃の場合に得られたZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスが、かさ密度、相対密度の点において最も良好な結果を示すことがわかった。
【0020】
又、
図5には、焼成温度を変化させた際の、ZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスについての、焼結温度と、曲げ強度σ
b、破壊靱性値K
IC、ビッカース硬度H
vの関係がグラフにより示されている。
【0021】
図5のグラフから、焼結温度が約1250℃以上の場合に1GPa以上の曲げ強度σ
bが達成でき(焼結温度が1300℃の場合に1.33GPa)、焼結温度が約1230℃〜1360℃の場合に18MPa・m
1/2以上、約1270℃〜1330℃の場合に20MPa・m
1/2以上の破壊靱性値K
IC(焼結温度が1300℃の場合に21.3MPa・m
1/2)が達成できることがわかる。尚、ビッカース硬度H
vは、焼結温度が約1230℃以上の場合に13GPa以上(焼結温度が1300℃の場合に13.4GPa)であった。
【0022】
実施例2:本発明により作製されたZrO
2‐Al
2O
3系固溶体セラミックスと、他の方法により作製されたZrO
2‐Al
2O
3系固溶体セラミックスとの特性比較
(比較品1)
市販の1.5mol%Y
2O
3を添加(98.5mol%ZrO
2‐1.5mol%Y
2O
3)したZrO
2(1.5Y−ZrO
2)粉体と市販のAl
2O
3微粒子を、遊星ボールミルを用いて混合して得られた混合粉体(ZrO
2/Al
2O
3=75/25mol比)を、前記実施例1と同様に、金型成形(98MPa)し、ついで冷間静水圧(245MPa)プレス処理し、その後、市販のパルス通電加圧焼結装置を用いてパルス通電加圧焼結(焼結温度1300℃)して焼結体を得た。
このような混合により作製されたZrO
2(1.5Y)‐Al
2O
3系コンポジットセラミックスの特性値を測定したところ、曲げ強度σ
bは1.11GPaであったが、破壊靱性値K
ICは9.08MPa・m
1/2であり、15MPa・m
1/2以上の破壊靱性値を達成することはできなかった。
【0023】
(比較品2)
ゾル‐ゲル法を用いて、Y
2O
3が添加されていないZrO
2‐25mol%Al
2O
3の非晶質固溶体粉体を調製し、この粉体を1000℃で空気中1時間仮焼して結晶質のZrO
2固溶体粉体を得た。そして、この結晶質の固溶体粉体を整粒した後、成形(196MPa)し、ついで冷間静水圧(392MPa)プレス処理し、その後、市販のピストンシリンダー型高圧発生装置を用いて、加圧圧力1GPa、焼結温度900℃、保持時間30分の条件下で高圧焼結を行い、焼結体を得た。
このようにして作製されたZrO
2‐Al
2O
3固溶体セラミックスの特性値を測定したところ、曲げ強度σ
bが1.125GPaで、破壊靱性値K
ICが15.8MPa・m
1/2であることが確認されたが、1GPa以上の曲げ強度と、15MPa・m
1/2以上の破壊靱性値を達成するには、上記の如く、非常に高い圧力下での成形工程、冷間静水圧プレス処理工程、焼結工程が必要であることがわかった。
【0024】
実施例3:固溶体粉体を用いて作製したZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスと、混合粉体を用いて作製したZrO
2(3.0Y)‐25mol%Al
2O
3コンポジットセラミックスとの機械的特性比較
焼結温度を1100〜1350℃の範囲で変化させ、固溶体粉体を用いて作製したZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスと、混合粉体を焼結して作製したZrO
2(3.0Y)‐25mol%Al
2O
3コンポジットセラミックスについて、それぞれの機械的特性(曲げ強度、ビッカース硬度、破壊靱性値)を測定した。
図6には、その結果が示されており、(a)は曲げ強度σ
bの変化、(b)はビッカース硬度H
vの変化、(c)は破壊靱性値K
ICの変化を示すグラフであり、○は固溶体粉体を使用した場合、□は混合粉体を使用した場合である。
図6のグラフから、固溶体粉体を使用し、かつ、焼結温度が1250〜1350℃の範囲において、曲げ強度σ
b1000MPa以上、破壊靭性値K
IC18MPa・m
1/2以上のZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスが作製できることがわかった。尚、混合粉体を焼結して作製したZrO
2(3.0Y)‐25mol%Al
2O
3コンポジットセラミックスの場合には、ビッカース硬度は大きくなる(16GPa以上)が、曲げ強度が1000MPa以下となり、破破壊靭性値が7MPa・m
1/2以下となる。
【0025】
実施例4:Y
2O
3添加量を変化させた際の、破壊靱性値及びビッカース硬度の変化
Y
2O
3の添加量を0〜3mol%の範囲で変化させた際の、破壊靱性値及びビッカース硬度の変化を測定した。尚、焼結条件は、圧力50〜60MPa、焼結温度1300℃、保持時間10分とした。その結果を
図7に示す。
図7(a)のグラフから、破壊靱性値K
ICに関して、Y
2O
3添加量が0.3〜1.7mol%の範囲において15MPa・m
1/2以上となり、0.7〜1.5mol%の範囲では18MPa・m
1/2以上となることがわかった。又、このような添加量の範囲における曲げ強度は1GPa以上であることが確認された。尚、
図7(b)のグラフから、ビッカース硬度に関しては、Y
2O
3添加量が0.3〜1.7mol%の範囲において12GPa以上となり、0.7〜1.5mol%の範囲では14GPa以上となることがわかった。
このことから、高強度強靱性のZrO
2‐Al
2O
3系固溶体セラミックスを作製するためのY
2O
3添加量は0.3〜1.7mol%の範囲であり、特に好ましい範囲は0.7〜1.5mol%であることがわかった。
【0026】
実施例5:ゾル‐ゲル法を用いて得られた原料から作製されたZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックス(本発明品)の機械的特性と、水溶性原料を用いて得られたものの機械的特性
図8に記載した製造条件にて、3種類のZrO
2(1.5Y)‐25mol%Al
2O
3固溶体セラミックスを製造し、それぞれについて各種機械的特性を測定した。
図8に示された測定結果から、ゾル‐ゲル法による原料を用いた場合(本発明の製法)の場合には、作製された固溶体セラミックスの結晶構造において単斜晶(m)よりも正方晶(t)の割合が高くなり、1000MPa以上の曲げ強度を有し、15MPa・m
1/2以上の破壊靱性値を有した固溶体セラミックスが得られるが、ゾル‐ゲル法を用いない場合には、本発明の製法にて得られる固溶体セラミックスのような優れた機械的特性を有するものが作製できないことが確認された。