(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5930386
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】コンクリートの乾燥収縮ひずみの予測方法、およびコンクリートの乾燥収縮応力の予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/38 20060101AFI20160526BHJP
【FI】
G01N33/38
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-91906(P2012-91906)
(22)【出願日】2012年4月13日
(65)【公開番号】特開2013-221779(P2013-221779A)
(43)【公開日】2013年10月28日
【審査請求日】2015年3月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000240
【氏名又は名称】太平洋セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141966
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 範彦
(74)【代理人】
【識別番号】100103539
【弁理士】
【氏名又は名称】衡田 直行
(72)【発明者】
【氏名】三谷 裕二
(72)【発明者】
【氏名】石井 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】谷村 充
【審査官】
三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−207651(JP,A)
【文献】
特開2012−002763(JP,A)
【文献】
特開2012−002764(JP,A)
【文献】
特開2010−243472(JP,A)
【文献】
米国特許第07038470(US,B1)
【文献】
コンクリート工学年次論文集,2002年,Vol.24, No.1,Page.441-446
【文献】
谷村充、富田六郎,第4節 体積変化制御の物理と化学,コンクリート混和材料ハンドブック,(社)日本材料学会編、(株)エヌ・ティー・エス,2004年,Page.78-90
【文献】
コンクリート工学年次論文集,2013年,Vol.35 No.1,Page.547-552 ROMBUNNO.1087
【文献】
日本建築学会構造系論文集,2010年,No.654,Page.1421-1430
【文献】
コンクリート工学年次論文集,2006年,Vol.28 No.1,Page.545-550
【文献】
石井祐輔,コンクリートの収縮乾燥に及ぼす相対湿度の影響評価,日本建築学会大会学術講演梗概集,2012年 7月20日,Page.711-712
【文献】
谷村充,膨張材を混和した高強度コンクリートの自己収縮特性,土木学会第55回年次学術講演会,2000年 8月31日,Page.560-561
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/38
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(A)〜(C)の過程を含む、コンクリートの乾燥収縮ひずみの予測方法。
(A)湿度解析によりコンクリート表面から中心部に至る各位置の相対湿度を求める、湿度解析過程
(B)下記の(1)式を用いて、前記各位置の相対湿度から、該各位置の乾燥収縮ひずみの比(ε/ε60)を算出する、乾燥収縮ひずみ比算出過程
ε/ε60=(100−RH)/{0.65(100−RH)+14} ・・・(1)
(式中、RHは相対湿度(%)を表し、ε/ε60は相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの終局値に対する任意の相対湿度RHにおける乾燥収縮ひずみの終局値の比を表わす。)
(C)前記各位置の乾燥収縮ひずみの比(ε/ε60)、および相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの終局値から、前記各位置の乾燥収縮ひずみの予測値を算出する、予測値算出過程
【請求項2】
さらに請求項1に記載の各位置の乾燥収縮ひずみの予測値から、応力解析により該各位置の乾燥収縮応力の予測値を算出する、コンクリートの乾燥収縮応力の予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート内部の相対湿度と乾燥収縮ひずみの関係を用いて、コンクリートの乾燥収縮ひずみと乾燥収縮応力を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリートは引張強度が低いため、コンクリートの収縮によりひび割れ(収縮ひび割れ)が発生する場合がある。この収縮ひび割れは、コンクリート構造物の美観を損なうほか、コンクリートの水密性・気密性の低下や鉄筋の腐食などの、構造物の耐久性低下の原因にもなっている。したがって、コンクリートの耐久性を確保するためには、収縮ひび割れを制御することが必要となる。
この収縮ひび割れの主因としてコンクリートの乾燥収縮ひずみが挙げられる。該ひずみは、
図1に示すように、コンクリートの外部拘束により生じるひずみと内部拘束により生じるひずみとがある。したがって、コンクリートの収縮ひび割れを制御するには、主因となる乾燥収縮ひずみを事前に把握する必要がある。
【0003】
従来、コンクリートの乾燥収縮ひずみの予測式は、日本建築学会が提案する式(以下「日本建築学会式」という。)と、土木学会が提案する式(以下「土木学会式」という。)などが知られていた。
日本建築学会式は、コンクリート周囲の相対湿度、コンクリートの体積、外気に接する表面積、および体積表面積比などのパラメータを含む式に、セメント等の種類の影響を表す修正係数を含む式を乗じてなる下記の予測式である(非特許文献1の4頁、5頁、182頁)。
【0004】
【数1】
【0005】
また、土木学会式は、日本建築学会式と同様のパラメータを含む下記の予測式である(非特許文献2の46頁)。
【0006】
【数2】
【0007】
しかし、
図2に示すように、コンクリート内部の相対湿度は、コンクリートの中心部に近い程高く一定ではない。したがって、予測式中の相対湿度のパラメータにコンクリート周囲の相対湿度(一定値)を用いる従来の予測方法では、コンクリート内部の相対湿度の分布が反映されず、例えば
図5中の土木学会式を用いた比較例に示すように、コンクリートの全断面に単一の乾燥収縮ひずみの予測値が与えられるに過ぎなかった。さらに、乾燥収縮応力を予測する場合、外部拘束のみが評価対象となり、内部拘束は考慮されないため、
図6の比較例に示すように、精度の高い予測はできなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「鉄筋コンクリート造建築物の収縮ひび割れ制御設計・施工指針(案)・同解説」、日本建築学会編、2006年2月発行
【非特許文献2】「2007年制定コンクリート標準示方書[設計編]」、土木学会編、2008年3月発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、コンクリート内部の湿度分布を考慮してコンクリートの乾燥収縮ひずみを予測する方法と、コンクリートの内部拘束も考慮してコンクリートの乾燥収縮応力を予測する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、前記目的にかなう予測方法を検討した結果、相対湿度と乾燥収縮ひずみの比との関係を示す特定の式を用いれば、セメントや骨材等が異なるコンクリートでも、その乾燥収縮ひずみや乾燥収縮応力を精度よく予測できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の[1]および[2]を提供する。
[1]以下の(A)〜(C)の過程を含む、コンクリートの乾燥収縮ひずみの予測方法。
(A)湿度解析によりコンクリート表面から中心部に至る各位置の相対湿度を求める、湿度解析過程
(B)下記の(1)式を用いて、前記各位置の相対湿度から、該各位置の乾燥収縮ひずみの比(ε/ε
60)を算出する、乾燥収縮ひずみ比算出過程
ε/ε
60=(100−RH)/{0.65(100−RH)+14} ・・・(1)
(式中、RHは相対湿度(%)を表し、ε/ε
60は相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの終局値に対する任意の相対湿度RHにおける乾燥収縮ひずみの終局値の比を表わす。)
(C)前記各位置の乾燥収縮ひずみの比(ε/ε
60)、および相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの終局値から、前記各位置の乾燥収縮ひずみの予測値を算出する、予測値算出過程
[2]さらに
前記[1]に記載の各位置の乾燥収縮ひずみの予測値から、応力解析により該各位置の乾燥収縮応力の予測値を算出する、コンクリートの乾燥収縮応力の予測方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の予測方法は、コンクリート内部の湿度分布を考慮して、コンクリート断面に沿って乾燥収縮ひずみや乾燥収縮応力を精度よく予測できる。したがって、コンクリートの収縮ひび割れの判定や評価において、ひび割れが発生する可能性を高い精度で予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】内部拘束と外部拘束により生じるコンクリートの、乾燥収縮ひずみと乾燥収縮応力を示す概念図である。
【
図2】コンクリートの壁表面からの各位置における、相対湿度の予測値の経時変化を示す図である。
【
図3】各種の相対湿度におけるコンクリートの乾燥収縮ひずみの経時変化を示す図である。
【
図4】相対湿度60%の乾燥収縮ひずみの終局値に対する任意の相対湿度の乾燥収縮ひずみの終局値の比と、該任意の相対湿度との関係を示す図である。
【
図5】コンクリートの壁表面からの各位置における、乾燥収縮ひずみの予測値の経時変化を示す図である。
【
図6】コンクリートの壁表面からの各位置における、乾燥収縮応力の予測値の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、前記のとおり、(A)湿度解析過程、(B)乾燥収縮ひずみ比算出過程、および(C)予測値算出過程を含むコンクリートの乾燥収縮ひずみの予測方法と、該乾燥収縮ひずみの予測値に基づくコンクリートの乾燥収縮応力の予測方法である。
以下に、本発明について、1.乾燥収縮ひずみの予測方法と、2.乾燥収縮応力の予測方法に分け詳細に説明する。
【0015】
1.乾燥収縮ひずみの予測方法
(A)湿度解析過程
該過程は、湿気解析ソフトを用いて、コンクリートの壁表面から中心部に至る相対湿度とその経時変化を解析する過程である。該ソフトとして、例えば、3次元湿気移動解析機能を備えた「ASTEA MACS」(計算力学研究センター社製)や「JCMAC3」(日本コンクリート工学会が販売)を用いることができる。前記「ASTEA MACS」を用いて求めたコンクリート内部の相対湿度分布の一例を
図2に示す。
【0016】
(B)乾燥収縮ひずみ比算出過程
該過程は、前記(1)式を用いて、前記湿度解析により得られたコンクリート内部の各位置の相対湿度から、該各位置の乾燥収縮ひずみの比(ε/ε
60)を算出する過程である。
なお、(1)式は、例えば以下の方法により求めることができる。
(i)複数の種類のセメントと骨材を用いて、中心部にひずみ計を設置した100×100×400mmのコンクリート供試体を作製する。
(ii)前記供試体を、相対湿度60%のほか、複数の任意の相対湿度において、供試体の乾燥収縮ひずみがほぼ一定(終局値)になるまで乾燥させて、乾燥収縮ひずみの経時変化を測定する。相対湿度が40%、60%、80%、および90%における乾燥収縮ひずみの経時変化の一例を
図3に示す。
(iii)相対湿度60%におけるコンクリートの乾燥収縮ひずみの終局値(ε
60)に対する、任意の相対湿度の乾燥収縮ひずみの終局値(ε)の比(ε/ε
60)と、該任意の相対湿度との関係から、該比と該相対湿度の関係を示す式を回帰分析(フィッティング)により求める。このようにして求めた(1)式は、セメントや骨材の種類、および配合等が異なるコンクリートに対しても広範囲に適用でき汎用性が高い。
【0017】
(C)予測値算出過程
該過程は、前記乾燥収縮ひずみの比(ε/ε
60)、および相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの終局値(ε
60)から、前記各位置における乾燥収縮ひずみの予測値(ε)を算出する。コンクリートの壁表面からの各位置における、乾燥収縮ひずみの予測値の経時変化の一例を
図5に示す。
【0018】
ここで、前記比(ε/ε
60)をとる理由は、以下のとおりである。
(a)相対湿度60%におけるコンクリートの乾燥収縮ひずみの測定は、前記のJIS A 1129の附属書A(参考)に規定されていること。(b)「鉄筋コンクリート造建築物の収縮ひび割れ制御設計・施工指針(案)・同解説」(日本建築学会発行)や「建築工事標準仕様書・同解説」JASS5(日本建築学会発行)、および「コンクリート標準示方書」(土木学会発行)に、前記JISの規定に従って乾燥収縮ひずみを測定するとされている。したがって、相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの測定が普及した結果、多種類のコンクリートについて相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの膨大なデータが蓄積されていること。(c)前記比(ε/ε
60)を用いれば、相対湿度60%における乾燥収縮ひずみの既存のデータから、乾燥収縮ひずみの予測値が容易に算出できるため、既存のデータを有効に活用できること。
【0019】
よって、本発明の予測方法を用いれば、相対湿度60%における乾燥収縮ひずみを新たに測定することなく、既存のデータを活用して乾燥収縮ひずみを精度よく予測することができる。もっとも、予測精度をさらに高めるために、予測対象のコンクリートと同じ配合の供試体を用いて相対湿度60%における乾燥収縮ひずみを実測し、既存のデータの代わりに該実測値を用いてもよい。
【0020】
2.乾燥収縮応力の予測方法
該方法は、応力解析ソフトを用いて、前記各位置の乾燥収縮ひずみの予測値から、該各位置の乾燥収縮応力の予測値とその経時変化を算出するものである。該ソフトとして、例えば、3次元応力解析機能を兼備した前記の「ASTEA MACS」や「JCMAC3」を用いることができる。なお、コンクリートの壁表面からの各位置における、乾燥収縮応力の予測値の経時変化の一例を
図6に示す。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
1.各種の相対湿度におけるコンクリートの乾燥収縮ひずみの測定
セメントは普通ポルトランドセメントと高炉セメントB種を用い、また、粗骨材は3種類の硬質砂岩砕石と1種類の石灰岩砕石を用いて水セメント比が50%のコンクリートを混練し、中心部にひずみ計を設置した100×100×400mmの供試体を作製した。
次に、該供試体は、20℃の水中に浸漬して材齢7日まで養生を行った後、温度が20℃で、相対湿度がそれぞれ40%、60%、80%および90%の環境下で乾燥させて、該供試体の長さ変化(乾燥収縮ひずみ)を測定した。各種の相対湿度における乾燥収縮ひずみの経時変化を
図3に示す。
【0022】
2.相対湿度と乾燥収縮ひずみ比の関係式
図3のデータに基づく回帰分析により前記(1)式を求めた。該式とその曲線を
図4に示す。
【0023】
3.コンクリート内部の各位置における湿度解析
長さ3m、高さ2.5m、および厚さ30cmで、鉄筋比が0.3%のコンクリートの壁部材を想定し、気温を20℃でコンクリート周囲の相対湿度を60%に設定して、前記「ASTEA MACS」を用いて湿度解析を行った。コンクリートの壁表面から中心部に至る各位置における相対湿度の予測値の経時変化を
図2に示す。
【0024】
4.コンクリート内部の各位置における乾燥収縮ひずみの予測
前記(1)式を用いて、コンクリート内部の各位置における乾燥収縮ひずみの予測値を算出した。該予測値とその経時変化を
図5に示す。また、比較のため、土木学会式を用いた従来の方法による予測結果も併記した。
【0025】
5.コンクリート内部の各位置における乾燥収縮応力の予測
前記「ASTEA MACS」を用いて、前記乾燥収縮ひずみの予測値に基づきコンクリートの外部拘束と内部拘束を考慮して、乾燥収縮応力の予測値を求めた。該予測値とその経時変化を
図6に示す。また、比較のため、前記土木学会式を用いコンクリートの外部拘束のみを考慮した従来の方法による予測結果も併記した。
【0026】
図5と
図6に示すように、本発明の予測方法は、コンクリート内の各位置に対応して、各位置に固有の乾燥収縮ひずみと乾燥収縮応力を表わす曲線(予測値)が得られた。これに対し、従来の予測方法では、単一の乾燥収縮ひずみと乾燥収縮応力を表わす曲線しか得られなかった。
したがって、本発明の予測方法は、コンクリート内部の湿度分布を考慮してコンクリートの乾燥収縮ひずみや乾燥収縮応力を精度よく予測できるため、コンクリートの収縮ひび割れの判定や評価において、ひび割れが発生する可能性を高い精度で予測することができる。