特許第5930483号(P5930483)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5930483保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5930483
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/18 20150101AFI20160526BHJP
   A61K 35/14 20150101ALI20160526BHJP
   A01N 1/02 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
   A61K35/18 Z
   A61K35/14 A
   A01N1/02
【請求項の数】18
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-526154(P2013-526154)
(86)(22)【出願日】2011年8月25日
(65)【公表番号】特表2013-537558(P2013-537558A)
(43)【公表日】2013年10月3日
(86)【国際出願番号】US2011049168
(87)【国際公開番号】WO2012027582
(87)【国際公開日】20120301
【審査請求日】2014年8月11日
(31)【優先権主張番号】61/376,899
(32)【優先日】2010年8月25日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】507318956
【氏名又は名称】ニュー・ヘルス・サイエンシーズ・インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】NEW HEALTH SCIENCES, INC.
(73)【特許権者】
【識別番号】513038761
【氏名又は名称】トラスティーズ オブ ダートマス カレッジ
(74)【代理人】
【識別番号】100092093
【弁理士】
【氏名又は名称】辻居 幸一
(74)【代理人】
【識別番号】100082005
【弁理士】
【氏名又は名称】熊倉 禎男
(74)【代理人】
【識別番号】100084663
【弁理士】
【氏名又は名称】箱田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100093300
【弁理士】
【氏名又は名称】浅井 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111501
【弁理士】
【氏名又は名称】滝澤 敏雄
(72)【発明者】
【氏名】吉田 達郎
(72)【発明者】
【氏名】デュモン ラリー ジェイ
【審査官】 佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−260393(JP,A)
【文献】 特表2005−535279(JP,A)
【文献】 米国特許第06162396(US,A)
【文献】 特表2008−529550(JP,A)
【文献】 米国特許第04228032(US,A)
【文献】 Vox Sanguinis, 2007, Vol.92, pp.22-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00−35/768
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法であって、
(a)赤血球サンプルから酸素及び二酸化炭素の両方を枯渇させる工程であって、前記枯渇赤血球サンプルがさらに酸性化添加剤溶液を含む前記工程;及び
(b)前記酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプルを保存のための酸素及び二酸化炭素非透過性環境へ移す工程を含み、それによって保存中の赤血球の品質及び生存を高める、前記方法。
【請求項2】
赤血球サンプルが少なくとも3週間保存される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
赤血球が0.2%未満の溶血を示す、請求項に記載の方法。
【請求項4】
赤血球サンプルが少なくとも7週間保存される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
赤血球が0.3%未満の溶血を示す、請求項に記載の方法。
【請求項6】
赤血球サンプルが少なくとも9週間保存される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
赤血球が0.7%未満の溶血を示す、請求項に記載の方法。
【請求項8】
赤血球サンプルから21−25℃で10mmHgのレベルまで酸素が枯渇される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
赤血球サンプルから21−25℃で5mmHgのレベルまで二酸化炭素が枯渇される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
酸性化添加剤溶液が5.5から7.0の範囲のpHを有する、請求項に記載の方法。
【請求項11】
酸性化添加剤溶液が6.25から6.75の範囲のpHを有する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
保存のための酸素及び二酸化炭素非透過性環境が1℃6℃にある、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
赤血球サンプルが、全血、抗凝固処理全血、パック赤血球及び血漿分離赤血球から成る群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法であって、
(a)赤血球サンプル中の酸素及び二酸化炭素を減少させる工程であって、前記酸素及び二酸化炭素を減少させた赤血球サンプルがさらに酸性化添加剤溶液を含む前記工程;及び
(b)前記酸素及び二酸化炭素減少赤血球サンプルを酸素及び二酸化炭素非透過性保存環境下で保存する工程を含み、
アデノシン三リン酸(ATP)及び2,3-ジホスホグリセリン酸(2,3-DPG)レベルが、酸素及び二酸化炭素非減少条件下での保存中に比較して酸素及び二酸化炭素非透過性保存環境下の保存中で改善される、前記方法。
【請求項15】
赤血球サンプルから21−25℃で10mmHgのレベルに酸素が枯渇される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
赤血球サンプルから21−25℃で5mmHgのレベルに二酸化炭素が枯渇される、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
赤血球サンプル中の二酸化炭素の減少が、二酸化炭素非枯渇赤血球サンプルと比較して2,3-DPGレベルを上昇させた、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
赤血球サンプル中の二酸化炭素及び酸素の減少が、酸素も二酸化炭素も枯渇されていない赤血球サンプル中のATPレベルよりも高いATPレベルを9週間維持させ、さらに酸素も二酸化炭素も枯渇されていない赤血球サンプル中の2,3-DPGレベルよりも高い2,3-DPGレベルを3週間維持させる、請求項14に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
赤血球の無酸素保存は赤血球(RBC)の代謝状態を高めることが示され、多様な添加剤溶液を用いて潜在的保存期間の延長を達成することができる。アルカリ性添加剤溶液と無酸素保存を組み合わせたとき、無酸素条件下での保存はATPレベルに関して些細な利益しかもたらさないことが認められた。しかしながら、RBC添加剤溶液のpHが8.1から6.5に低下したとき、代謝パラメーターにおける有意な改善が無酸素条件下で認められた。アルカリ性添加剤溶液でのRBCの過アルカリ化は、酸素枯渇時に除去されるCO2のために細胞内pHの上昇をもたらすことが示唆されたが、RBCの品質及び保存におけるCO2枯渇の直接的効果は示されなかった。
【発明の概要】
【0003】
本発明は、赤血球サンプルから酸素及び二酸化炭素の両方を枯渇させ、さらに酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプルを保存のための酸素及び二酸化炭素非透過性環境に移すことによって、保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法である。ある実施態様では、赤血球サンプルは、2,3-ジホスホグリセリン酸レベルが維持されるように酸性化添加剤溶液を含む。いくつかの実施態様では、赤血球サンプルは少なくとも3週間保存され、赤血球は0.2%未満の溶血を示す。他の実施態様では、赤血球サンプルは少なくとも7週間保存され、赤血球は0.3%未満の溶血を示す。さらにまた他の実施態様では、赤血球サンプルは少なくとも9週間保存され、赤血球は0.7%未満の溶血を示す。本開示は保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法を提供し、前記方法は、赤血球サンプル中の酸素及び二酸化炭素を減少させる工程、並びに酸素及び二酸化炭素減少赤血球サンプルを酸素及び二酸化炭素非透過性保存環境で保存する工程を含む。保存の間、アデノシン三リン酸(ATP)及び2,3-ジホスホグリセリン酸(2,3-DPG)レベルは前記保存環境下において最適化される。本開示は保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法を提供し、前記方法は、赤血球サンプル中の酸素及び二酸化炭素を減少させる工程、並びに酸素及び二酸化炭素減少赤血球サンプルを酸素及び二酸化炭素非透過性保存環境で保存する工程を含む。保存の間、アデノシン三リン酸(ATP)及び2,3-ジホスホグリセリン酸(2,3-DPG)レベルは、酸素及び二酸化炭素非透過性保存環境下で最適化される。
【発明を実施するための形態】
【0004】
RBCのCO2除去は、RBC中の2,3-ジホスホグリセリン酸(DPG)の維持を改善することによりRBCに対して代謝的利点を提供することが今や明らかにされた。本発明以前には、酸素枯渇環境(すなわち無酸素)下のRBCは、ヒトでのより良好なin vivo回復動態、より良好なATPの維持、及びより良好な2,3-DPGの維持を有することが示されていた。しかしながら、酸素枯渇RBCのATPレベルの維持はO2除去によるものではなく、むしろ実験条件下で同時にCO2除去が生じるためであって、CO2除去がRBCのアルカリ化(すなわちpHの増加)をもたらし、このアルカリ化が引き続いて酵素ホスホフルクトキナーゼ(解糖における速度制限因子)に対して直接的作用を有するからであり得る、ということが示唆された。無酸素条件下での酸性化添加剤溶液のもとで、ATPの増加は、主として解糖におけるpHの影響によるものではなく、脱酸素ヘモグロビン結合遊離2,3-DPGの作用によるものであるということが示唆された(この場合アルカリ化は、無酸素状態で保存されるRBCでATPの維持に二次的な役割を果たし得る)。脱酸素ヘモグロビンから2,3-DPGを外すために一酸化炭素を用いた実験では、保存の間ATPレベルに改善がないことが示された(すなわちATPは酸素下保存RBCと同様であった)。
【0005】
上記示唆に基づけば、CO2枯渇は、脱酸素ヘモグロビンによって結合しているプロトン(H+)のアルカリ化作用に加えてRBCサイトゾルのアルカリ化の一因となるであろうと予想されよう。このCO2枯渇による更なるアルカリ化は、続いてホスホフルクトキナーゼ酵素に対する作用のために解糖系の流れを増加させ(スキーム1)、ATPの生成を増加させるであろう。
【0006】
【化1】
【0007】
表1に記載したように、O2が枯渇したときにCO2が維持されれば、コントロールの有酸素状態のpHと一致するが、CO2の除去はアルカリ化をもたらした。ATPは、CO2充満無酸素の群でコントロール及びCO2枯渇無酸素の群よりも高かった。糖化速度(乳酸蓄積及びグルコース消費によって表示)は、コントロールの群とCO2充満の群で等価であった。CO2枯渇無酸素の群の糖化速度は他の2つよりわずかに高かったが、前者のATPは、コントロールの群と同じpHを有するCO2充満の群よりも低かった。これらの観察は、無酸素保存のATP代謝における主要な利点はホスホフルクトキナーゼに対するpHの影響によるものではないことを示している。さらにまた、ATPとヘモグロビンの結合及びペントースリン酸経路又は他の経路におけるより低いATRの利用は、無酸素環境下で保存されている間のATP維持のための重要な寄与因子であり得る。しかしながら予想に反して、2,3-DPGはコントロールのようにCO2充満無酸素の群で枯渇し、DPG合成又は他の経路においてこれまで記載されなかったジホスホグリセレートムターゼ及び/又はジホスホグリセレートホスファターゼに対するCO2の作用(おそらくpHを介する)が存在することが示唆された。
【0008】
表1
1 Ar/CO2パージ及びAr/CO2下保存
2 Arパージ及びAr下保存
**予期せぬ結果
【0009】
CO2充満無酸素の群で示されたように、DPGはO2枯渇ヘモグロビンとの結合によっては維持されなかった。DPGはCO2枯渇の群で維持された。約21日後にDPGはpHとともに低下した。このDPGの低下はpHと密接に関係し、DPG合成経路の酵素はpHの影響を受け得ることが示唆された。したがって、無酸素保存でDPGを維持するために、RBC保存前及び保存中にCO2を除去することが要求される。
【0010】
したがって、本発明は、赤血球サンプルから酸素及び二酸化炭素の両方を枯渇させ、さらに前記酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプルを酸素及び二酸化炭素非透過性環境に移すことによって、保存中の赤血球の品質及び生存を高める方法である。本発明の目的に関して、赤血球サンプルとは、全血、抗凝固処理全血(AWB)、AWBから入手されるパック赤血球、及び血漿から分離され生理学的な液体に再懸濁された赤血球を指す。赤血球サンプルは典型的にはソースコンテナで供給され、生きている生物に由来する任意の処理または未処理の(赤血球を含む)流体、特に血液、を含むことができる。前記血液には、全血、温又は冷血液及び新鮮血;処理血液、例えば生理学的溶液(食塩水、栄養剤及び/又は抗凝固溶液を含むがただしこれらに限定されない)で希釈した血液;血液又は血液成分から誘導した類似の血液製品が含まれる。赤血球サンプルは白血球を含んでいてもよく、白血球除去のために処理されていてもよく、ガンマ線又はX線照射で処理されていてもよく、洗浄されていてもよく、又は病原体の減少又は除去のために処理されていてもよい。
【0011】
赤血球サンプルの酸素及び二酸化炭素の両方の除去は、任意の技術又は本明細書に記載の技術の組合せを用いて達成できる。例えば、本方法は、気体パージ及び/又はO2及び/又はCO2の選択的除去を利用することができる。前記は、例えば気体透過性膜、O2及び/又はCO2吸着物質、分子インプリントポリマー又は前記の組合せを用いる。不活性ガス(例えばアルゴン)とのガス交換による血液パージの技術は周知であり、当業界では日常的に実施されている。気体透過性膜もまた、液体からO2及び/又はCO2を除去するために開発されている。典型的には、膜は中空繊維に形成され膜モジュールに充填される(この場合、膜を通過する気体の移動速度は、気体透過性係数、膜表面積、膜内外の気体分圧差に比例し、膜の厚さに反比例する)。酸素及び/又は二酸化炭素の枯渇に使用される例示的な気体透過性膜モジュールは市場供給源から入手できる。例えば、メドアレイ社(MedArray Inc., Ann Arbor, MI)から入手できるパームセレクトシリコーン中空繊維膜(PermSelect(商標) Silicone Hollow Fiber Membrane);メンブラーナ‐シャーロット(Membrana-Charlotte, Charlotte, NC)から入手できるリクィ‐セルメンブレンコンタクター(Liqui-Cel(商標) Membrane Contactor)が、医薬的及び医療的利用で液体の酸素及び二酸化炭素の枯渇に使用するために市販されている。
【0012】
本目的において“吸着物質”とは多孔性固体、微粒子物質又は微粒子物質の混合物を指し、前記は、その孔の内部に液体からのO2及び/又はCO2を選択的に収容及び保持(又は吸着)する。本方法で使用される適切な吸着物質は、O2及び/又はCO2に対して他の構成成分(例えばN2)よりも高い選択性、良好な動力学、高い耐久性、良好な化学的適合性を有し、さらに十分に低コストの吸着物質である。例えば、分子篩は、その原子が、相互につながっている多数の均一なサイズの孔が存在するように格子又は枠組みをなして配置される物質である。孔は、一般的には孔のサイズとほぼ等しいか又は前記より小さいサイズの分子のみを収容する。したがって、分子篩を用い、その孔に対応する物質のサイズを基準にして分子を吸着及び分離するか、又はスクリーニングすることができる。分子篩の一クラスはゼオライトであり、前記はCO2の非常に優れた選択的捕捉及び保存を提示することが示された。ゼオライトは水化ケイ酸アルミニウムである。したがって、ゼオライトはその化学的組成のために、アルミノケイ酸塩と称されるより広範囲の吸着物質類の一部分である。他の分子篩は、アルミノリン酸塩(ALPO41Sと称される)、チタノケイ酸塩、メタロアルミネートなどから形成される。ゼオライトは天然に生じるものでも人工でもよい。活性化アルミナ、活性炭及びシリカゲルが、CO2の捕捉に用いることが可能な他の広範囲の吸着物質類である。いくつかの実施態様では、吸着物質は基質(例えばビーズ、ペレット、顆粒又は粒子)に結合されて、吸着物質との接触及び吸着物質のRBCからの除去が促進される。
【0013】
分子インプリントポリマー(MIP)は、後で抜き取られる分子の存在下で形成される(したがって相補的な空洞がその後に残されている)ポリマーである。これらのポリマーは元の分子に対して化学的親和性を示し、探知及び分離方法で有用である。例えば、金属複合インプリントポリマーが気体分子(例えばNO、CO、CO2及び酸素)のために調製され、ここでポリマーマトリックス中の刻印空洞は、鋳型として用いられた適切な気体分子のサイズに合わせて形成された。さらにまた、これら金属複合体の有機宿主への共重合(例えばメタクリル酸ポリマー)は、気体分子(例えばCO)の結合のための基質を提供することが示された。したがって、ビーズ、ペレット、顆粒又は粒子様式の分子インプリントポリマーをCO2及び酸素の除去に本方法で用いることができる。
【0014】
本明細書で例証するように、気体パージは、約5mmHgのpCO2及び約10mmHgのpO2を達成することができる。したがって、特定の実施態様では、本発明の酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプルは、約5mmHg未満又は前記に等しいpCO2及び約10mmHg未満又は前記に等しいpO2を有する。或いはまた、気体透過性膜が液体中の酸素を少なくとも1ppbのレベルに、さらにCO2を少なくとも1ppmのレベルに枯渇させることができる限り、本発明の他の実施態様は、赤血球サンプル中の酸素及び二酸化炭素をそれぞれ少なくとも1ppb及び1ppmに枯渇させることを含む。当業界で日常的であるとおり、pO2注射針プローブ又はpO2及びpCO2微小電極を用いて、酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプル中の酸素レベルおよび二酸化炭素レベルを測定できる。
【0015】
いったん赤血球サンプルから酸素及び炭素を枯渇させたら、前記赤血球サンプルを保存のための酸素及び二酸化炭素非透過性環境に移す。本明細書で用いられるように、酸素及び二酸化炭素非透過性環境は、酸素及び二酸化炭素に対して非透過性である保存容器又は保存容器系である。本発明にしたがえば、酸素及び二酸化炭素非透過性保存容器は、生物学的液体(例えば全血又は血液成分)と適合する物質から構築され、遠心分離及び滅菌に耐え得る容器、ポーチ、バッグ又はビンである。そのような容器は当業界では公知であり、例えば血液収集バッグと付随バッグが含まれる。本方法で使用される保存容器は、可塑化ポリ塩化ビニル(例えばジオクチルフタレート、ジエチルヘキシルフタレート又はトリオクチルトリメリテートで可塑化されたPVC)から製造できる。バッグはまた、ポリオレフィン、ポリウレタン、ポリエステル及びポリカーボネートから形成できる。ある実施態様では、保存容器自体が酸素及び二酸化炭素非透過性物質から構築される。非透過性物質は当業界で日常的に使用され、任意の適切な物質を用いることができる。既存の系は、エチレンビニルアルコールコポリマー及び改変エチレンビニルアセテートコポリマーの層を含む酸素及び二酸化炭素非透過性の入れ物(酸素及び二酸化炭素の進入に対して非透過性)を使用する。別の実施態様では、保存容器は、酸素及び二酸化炭素に対して非透過性である保存容器系の一構成成分である。そのような系は、保存容器を包み込む、酸素及び二酸化炭素非透過性のオーバーラップ又はオーバーバッグの使用を含むが、ただし前記に限定されない。
【0016】
移している間に酸素又は二酸化炭素が進入しないことを担保するために、特定の実施態様では、酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプルは陽圧下で保存容器に移される。陽圧とは、前記系を取り巻く環境よりも高い系内圧力である。陽圧は、閉鎖系内でサンプルを保存容器に移すことによって、例えばソースコンテナ、酸素及び二酸化炭素枯渇装置並びに保存容器の1つ以上をチューブ系でつなぐことによって達成できる。正の液流を促進するための空気を通さない加圧液体デリバリー系は当業界で公知である。酸素及び二酸化炭素枯渇赤血球サンプルの保存容器への移転は、多様な技術(ぜん動運動、サイフォン又は前記の組合せが含まれるが、ただしこれらに限定されない)を用いて達成できる。例示すれば、赤血球サンプルは、チューブ系を介してソースコンテナから気体透過性膜モジュール又は分子篩装置へ、さらにその後で別のチューブを介してソースコンテナへ移すことができる(ここでソースコンテナ、膜又は篩、及び保存容器は逆サイフォン構造で配置される)。
【0017】
本明細書で用いられるように、チューブ系は任意の導管又は容器間の液の連絡を提供する手段であり得る。チューブ系は、典型的には容器に用いられる物質と同じ可撓性物質から作製され、望ましくは酸素及び二酸化炭素非透過性である。チューブ系はその中の容器の内部へ伸長していてもよく、さらに例えばサイフォンとして用いてもよい。任意の個々の容器との液の連絡を提供する多数のチューブが存在し、これらチューブは多数の手段で向きを定めることができる。シール、バルブ、締め具、移動支脈閉鎖などもまたチューブの内部又は上部に配置できる。本発明は、容器又は容器を連結する導管を構築するために用いられる物質のタイプによって制限されるものではない。
【0018】
いったん保存容器に移したら、赤血球サンプルは有酸素又は無酸素(すなわち低酸素又は無酸素)条件下で保存できる。望ましくは、赤血球の生存をさらに高めるために、サンプルは1℃から6℃の間で保存される。
本発明にしたがって調製されなかった赤血球サンプルと比較して、本発明の赤血球サンプルの品質及び生存は高められる。これに関して、本赤血球サンプルは、本方法による処理の後9週間で0.7%未満の溶血、7週間で0.3%未満の溶血、及び3週間で0.2%未満の溶血を示した。赤血球の溶血の決定は当業界では日常的に実施され、任意の適切な方法を利用することができる。
【0019】
さらにまた、酸性化添加剤溶液(すなわち、pH5.5から7.0、又はより好ましくはpH6.25から6.75の添加剤溶液)の存在下で本方法を実施するとき、RBCの2,3-DPGレベルはコントロール(例えば二酸化炭素が枯渇されていないサンプル)よりも高いレベルで維持される。すなわち、2,3-DPGレベルは3週間でコントロールよりも約60%高い。2,3-DPGレベルは日常的に測定され、任意の適切な方法を用いて、本方法により作製された赤血球サンプルの2,3-DPGレベルがコントロールサンプルよりも高く維持されているか否かを決定することができる。
【0020】
RBC中の2,3-DPGレベルを維持することによって、RBCを患者に輸液したときRBCは組織へのより良好な酸素移転を提供できる。前記改善によってまた、輸液RBCの回復の改善が患者及び研究対象者で提供され得る。本発見は、輸液又は他の目的のためにRBCの許容可能な保存期間を延長する機構を提供する。これに関して、本赤血球サンプルの赤血球は、本方法による処理後、少なくとも4、5、6、7、8又は9週間、例えば輸液で用いることができる。
【実施例1】
【0021】
材料と方法
ガス交換による酸素枯渇時のCO2の除去が、その後の無酸素保存中のRBCに有意な態様で影響を及ぼすか否かを決定した。三態様、分割ユニット実験を用い、12ユニット(AS3を有する6ユニット及びOFAS3を有する6ユニット)を評価した。前記は、100%Ar又は95%Ar/5%CO2気体混合物を用いて達成された酸素枯渇下の無酸素保存RBCユニットを比較した。コントロールとして、三態様分割ユニットの1つをAS3(NUTRICEL(Pall Corp.)としても知られている)(Hess et al. (2000)上掲書)添加物又はOFAS3(Dumont et al. (2009)上掲書)中で通常的に保存した。
本実験の主要目的には、9週間の冷蔵保存中に実施した、1週間毎の生化学的パラメーター(例えばヘモグロビン、細胞外pH(pHe)、内部pH(pHi)、二酸化炭素分圧(pCO2)、酸素分圧(pO2)、ヘマトクリット、ATP、2,3-DPGレベル、上清ヘモグロビン、グルコース、ラクテート、Na+、K+及び%溶血)の測定が含まれた。
【0022】
保存用赤血球の調製:各ユニット血液(500mL)をLEUKOTRAP RC全血コレクション(基本バッグ中にCP2Dを含むPall RC2Dフィルターを有するろ過保存系)中に収集した。遠心分離前に血液を30分間室温(RT)で保持した。その後、血液を2000xgで3分間遠心分離し(‘ソフトスピン’‐低速停止及びブレーキ無し)、上清(血小板濃縮血漿分画)を添付されている付属バッグに滲みださせて廃棄した。遠心分離後、添加剤溶液(100mLのAS-3又は200mLのOFAS3)をパック赤血球(pRBC)ユニットに添加した。OFAを添加するとき、調製したバッグをpRBC収集バッグセットに無菌的にドッキングさせた。pRBCユニットは、“血液ヴォルテクス”で逆末端回転(opposite end rotation)にて十分によく混合した。その後、添付のRC2Dフィルターを用いて室温で添加剤溶液中のpRBCユニットの白血球を減少させた。前記pRBCユニットを質量で均等に3つの600mLバッグに以下の処理のために分けた:コントロール、100%Ar及び5%CO2/Ar。pRBCユニットを3つの150mLバッグに移す前に、各バッグを以下の適切な気体(コントロール(気体無し)、100%Ar又は5%CO2/Ar)でパージした。移転に際して、コントロールバッグを攪拌装置上で室温にて70分間混合した。100%Ar及び5%CO2/Arバッグについては、本明細書に記載したようにRBCから酸素を枯渇させた。血漿移転セット(チューブ付き注射筒)に無菌的にドッキングさせることによって各150mLバッグからサンプルを採取した。試験のために9mLのpRBCを取り出した後、注射筒を用いて“ガスヘッド”から完全にバッグをパージした。各ユニットを温度管理血液保存用冷蔵庫(温度を4℃に維持した)に静置した。9週間の間1週間毎に、各ユニットを混合しサンプルを採取した。
【0023】
100%アルゴンによる酸素枯渇:0.22ミクロンの親水性フィルターでアルゴンをろ過滅菌し、pRBCバッグに導入した。この時点でバッグを加圧しないように注意した。ロッキング運動で10分間21−25℃でバッグを穏やかに混合し、続いて真空を用いて気体をフィルターから穏やかに滲み出させた。アルゴンガスによるフラッシュ、穏やかな混合及び気体相の滲出を21−25℃でさらに6回繰り返した。最後の交換の後、バッグから9mLのサンプルを採取した。枯渇RBCの酸素及び二酸化炭素レベルの解析によって、pCO2は約5mmHGであり、pO2は約10mmHGであることが示された(21−25℃の温度)。バッグは、Pd触媒(DIFCO)を含む気体を通さないキャニスターに保存した。真空は約-0.7バールに設定した(1バール=0.987標準気圧)。キャニスターにArを約0.7バールで充填した。キャニスターの気体を約-0.7バールまで排出し、さらに10%H2/90%Arの気体混合物を約+0.3バールまで充填した。水素およびPd触媒は、完全に機能的な酸素除去系を構成する。キャニスターを温度管理血液保存用冷蔵庫(4℃を維持した)に静置した。
【0024】
95%Ar/5%CO2による酸素枯渇:0.22ミクロンの親水性フィルターでアルゴン/5%CO2の気体混合物をろ過滅菌し、バッグに導入した。この時点でバッグを加圧しないように注意した。ロッキング運動で10分間21−25℃でバッグを穏やかに混合し、続いて真空を用いて気体をフィルターから穏やかに滲み出させた。前記気体混合物によるフラッシュ、穏やかな混合及び気体相の滲出を21−25℃でさらに6回繰り返した(合計7回)。最後の交換の後、バッグから9mLのサンプルを採取した。バッグは、Pd触媒を含む気体を通さないキャニスターに保存した。真空は約-0.7バールに設定した。キャニスターにArを約0.7バールで充填した。キャニスターの気体を約-0.7バールまで排出し、さらに5%CO2/10%H2/90%Arの気体混合物を+0.3バールで充填した。キャニスターを温度管理血液保存用冷蔵庫(4℃を維持した)に静置した。
【実施例2】
【0025】
CO2枯渇は保存RBCに代謝的利点を提供する
本解析は対応3群試験で、コントロールサンプル、ArによりO2及びCO2を枯渇させたサンプル、及び95%Ar/5%CO2によりO2を枯渇させたサンプルを含んでいた。全血をCP2D(Pall)に収集し、2000xgで3分間遠心分離し、血漿を除去し、さらに添加剤溶液AS-3(Nutricel, Pall)又は実験的OFAS3を添加した。前記ユニットを均等に3つの600mLバッグに分けた。2つのバッグをAr又はAR/O2でガス交換し、150mLのPVCバッグに移し、Ar/H2又はAr/H2/CO2の存在下で1−6℃にて無酸素シリンダー中で保存した。1つのコントロールバッグはガス交換せずに同じ態様で処理し、周囲空気中で1−6℃で保存した。9週間の間バッグから毎週サンプルを採取し、各サンプルについて細胞内pH及び細胞外pH(pHi、pHe)を含む所定のin vitro試験を実施した。
【0026】
表2に示すように、Arによるパージは、コントロールと比較してRBCのアルカリ化及び解糖のアップレギュレーションをもたらした。Ar/CO2でパージしたRBCのpH及び乳酸は無酸素下保存のコントロールと同等であった(p>0.5、0−21日)。ATPレベルはAr/CO2で高かった(p<0.0001)。DPGはArパージ群でのみ2週間を超えて維持された(p<0.0001)。驚くべきことに、DPGは、コントロール及びAr/CO2群の両方で同じ速度で失われた(p=0.6)。溶血は全群で低かったが、毎週の攪拌が影響を与えた可能性がある。
赤血球細胞で二酸化炭素及び酸素を減少させることによって、ATPレベルは、酸素も二酸化炭素も枯渇されなかった赤血球サンプルのATPレベルと比較して9週間の間より高いレベルで維持された。2,3-DPGレベルは、酸素も二酸化炭素も枯渇されなかった赤血球サンプルの2,3-DPGレベルよりも高いレベルで3週間の間維持された。酸素枯渇は赤血球サンプルのATPレベルに対して正の影響を与え、二酸化炭素枯渇は2,3-DPGレベルに対して正の影響を与える。酸素及び二酸化炭素の両方を枯渇させたとき最適な結果が得られる。
【0027】
本開示は一定の実施態様について詳細に記載しているが、本開示の範囲内である、当業者に公知の変型及び改変が存在することは理解されよう。したがって、本開示は、本開示で示す開示の範囲内であるそのような全ての変更、改変及び変型を包含するものである。
【0028】
表2
平均±sd
【0029】
本解析の結果は、パージガスへの5%CO2の添加が、コントロールバッグと同等な出発pHi及びpHeを維持しCO2の低下を妨げることを示した。Ar/CO2群のATPの維持は、ATPの産生は単に解糖に対するpHの影響の関数ではないことを明らかにした。無酸素保存下のCO2はDPGの維持を妨げ、DPGはpH依存性であるように思われた。したがって、O2枯渇と同様にCO2枯渇は保存RBCに対して代謝的利点を提供した。