特許第5931377号(P5931377)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5931377
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】脱硝方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 53/86 20060101AFI20160526BHJP
   B01J 27/199 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
   B01D53/86 222
   B01J27/199 AZAB
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2011-193588(P2011-193588)
(22)【出願日】2011年9月6日
(65)【公開番号】特開2013-52371(P2013-52371A)
(43)【公開日】2013年3月21日
【審査請求日】2014年8月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】514030104
【氏名又は名称】三菱日立パワーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098017
【弁理士】
【氏名又は名称】吉岡 宏嗣
(72)【発明者】
【氏名】加藤 泰良
(72)【発明者】
【氏名】今田 尚美
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 啓一郎
(72)【発明者】
【氏名】池本 清司
(72)【発明者】
【氏名】松山 琴衣
【審査官】 山田 貴之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−292245(JP,A)
【文献】 特開平11−300213(JP,A)
【文献】 特開平01−176453(JP,A)
【文献】 米国特許第04719192(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/34
B01J 21/00−38/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
三酸化イオウ(SO)を含有する排ガスに、還元剤としてアンモニア(NH)もしくはNHの前駆体である尿素を吹き込んだ後、触媒と接触させて前記排ガスに含有される窒素酸化物(NOx)を還元除去する脱硝方法であって、
前記触媒として、酸化チタン(TiO)、モリブデン(Mo)の酸化物及びタングステン(W)の酸化物の2成分の少なくとも一方、バナジウム(V)の酸化物、及びリン(P)の酸化物からなり、かつリンの酸化物は触媒中の酸化チタン表面に燐酸イオンとして吸着した触媒を用い、
NH、SO、及び水(HO)のそれぞれの濃度の積で決まる酸性硫安の析出温度以下の温度で脱硝反応を行わせることを特徴とする脱硝方法。
【請求項2】
Mo及びWは1〜10atom%、Vは0を超えて7wt%以下であることを特徴とする請求項1に記載の脱硝方法。
【請求項3】
Pの添加量は、酸化チタンに対し正燐酸(HPO)として、1wt%〜10wt%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の脱硝方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NOx及びSOを含有する排ガスの脱硝方法に係り、特に、酸性硫安の析出温度以下でNHもしくはNHの前駆体である尿素を吹き込んでも触媒が劣化することなく、高い脱硝性能を維持することができる脱硝方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラ等からの排ガスに、アンモニア(NH)やNHの前駆体として尿素を添加した後に触媒と接触させることにより、排ガス中の窒素酸化物(NOx)を還元除去する所謂、接触還元脱硝方法は、比較的簡単な装置構成で高い性能が得られるため広く用いられている。
【0003】
ところで、この種の脱硝方法において還元剤として用いられるNHは、排ガス中のSOと反応して酸性硫安を生成する。この酸性硫安が触媒の細孔を閉塞させて触媒活性を低下させることが知られている。この点については、例えば、非特許文献1等に記載されている。
【0004】
このため、脱硝装置の起動時や夜間等に行われるボイラの低負荷運転時等、排ガス温度が酸性硫安の析出温度以下になる条件では、(1)NH注入を行わないか、(2)排ガス温度が酸性硫安の析出温度以上になるようにボイラを運転したり、高温の排ガスを脱硝装置の上流に吹き込む等の対策を採って、酸性硫安の析出による触媒の劣化を防止することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、排ガス中のSOやNOの成分とNHとの化合物の析出温度範囲については、特許文献2の第2図に示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−319482号公報
【特許文献2】特開平4−118025号公報
【非特許文献1】S.Matsuda etc,Ind.Eng.Chem.Prod.Res.Dev.21(1982),P48
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、例えば、特許文献1において、NHの注入を停止する間は、脱硝を行うことができないため、環境保全の観点から好ましくない。また、脱硝装置に投入する排ガス濃度を酸性硫安の析出温度以上に保持すると、エネルギーの浪費にあたり、CO排出量の増加に繋がる。
【0008】
近年では、米国等で高S炭を燃料とするボイラが増加しており、その場合には排ガス中のSO濃度が高く、50ppmを超えることも少なくない。SOとNHとから酸性硫安の析出反応は、式(1)及び式(2)で示される平衡定数を持った平衡反応である。
NH(ガス)+SO(ガス)+HO(ガス)
→ NHHSO(液体)・・・・・・(1)
K=1/([NH][SO][HO]) ・・・・・・(2)
【0009】
このため、SO濃度が高ければ、酸性硫安の析出開始温度、つまり劣化防止のため維持しなければならない温度が益々高温化する傾向にある。
【0010】
本発明の課題は、平衡定数で決定される酸性硫安の析出温度以下での運用が可能な脱硝技術を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
まず、本発明で使用する触媒の作用について説明する。
【0012】
式(2)で説明したように、酸性硫安の析出温度は、熱力学的な平衡定数に基づいて決定される。ここで、酸性硫安は300℃付近でも液体であり、これが触媒細孔内に毛管凝縮すると、熱力学的な析出温度よりも高い温度で触媒中に堆積するようになる(非特許文献1参照。)。また、触媒に硫酸根が容易に吸着されると、酸性硫安の生成を促進するため、劣化は更に加速される。
【0013】
この点、本発明で用いる触媒は、酸化チタン(Ti)、モリブデン(Mo)の酸化物及びタングステン(W)の酸化物の2成分の少なくとも一方、及びバナジウム(V)の酸化物に加えて、リン(P)の酸化物からなり、リン酸化物が燐酸イオンの形で酸化チタンに吸着しているため、触媒に硫酸根を吸着し難くする。したがって、硫酸根とNHが反応して酸性硫安が細孔内に生成されるのを抑制することができる。また、酸性硫安が生成されたとしても、酸性硫安中のNHと排ガス中のNOとが反応する式(3)及び式(3´)が進行することで、ガス状のHSOもしくはSOに戻されて排ガス中に飛散する。このため、触媒中に蓄積する酸性硫安を極めて低く維持することができる。
【0014】
NHHSO+NO+1/4O
→ HSO+N+1/2HO・・・・・(3)
NHHSO+NO+1/4O
→ SO+N+3/2HO・・・・・・・(3´)
【0015】
ここで、本発明者らは、当該触媒を脱硝触媒として使用するべく、さらに鋭意検討を進めた結果、この組成を有する触媒は、触媒劣化を抑制するだけでなく、酸性硫安の熱力学的析出温度以下でも高い活性を示すことを知見し、本発明の脱硝方法を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明は、三酸化イオウ(SO)を含有する排ガスに、還元剤としてアンモニア(NH)もしくはNHの前駆体である尿素を吹き込んだ後、触媒と接触させて排ガスに含有される窒素酸化物(NOx)を還元除去する脱硝方法であって、触媒として、酸化チタン(TiO)、モリブデン(Mo)の酸化物及びタングステン(W)の酸化物の2成分の少なくとも一方、バナジウム(V)の酸化物、及びリン(P)の酸化物からなり、かつリンの酸化物は触媒中の酸化チタン表面に燐酸イオンとして吸着した触媒を用い、NH、SO、及び水(HO)のそれぞれの濃度の積で決まる酸性硫安の析出温度以下の温度で脱硝反応を行わせることを特徴とする。
【0017】
本発明によれば、式(1)の反応が進行し、触媒上に酸性硫安が析出し始めるが、酸性硫安中のNHは、触媒作用によって、式(3)の反応により脱硝に使われるため、結果として、硫酸(HSO)もしくはSOとHOが生成される。さらに、この触媒は、SOもしくはSOの吸着能力が極めて低いため、生成したSO又はSOは直ちに脱離してガス相に移行し、触媒に蓄積することがない。
【0018】
したがって、例えば、排ガスに含有される窒素酸化物の脱硝反応が行われる空間の一部又は全部が、酸性硫安の析出温度以下の温度になったとしても、式(1)と式(3)が逐次起こることにより、触媒への酸性硫安や硫酸根の蓄積を抑制することができる。そのため、ボイラ等、燃焼機の起動時における温度の低い条件から脱硝が可能になるとともに、夜間等の低負荷時に起こる排ガス温度が酸性硫安の析出温度以下になる条件でも劣化することなく、脱硝装置を運転することが可能になる。加えて、本発明によれば、CO排出量を増加させることもないので、環境保全や地球の温暖化防止にも寄与する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、平衡定数で決定される酸性硫安の析出温度以下でも運用が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施例を説明する。
【実施例】
【0021】
脱硝方法において、酸性硫安の析出温度以下での脱硝を可能にするために重要なのは触媒の組成である。本発明の脱硝方法における触媒は、チタン(Ti)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)の少なくとも一方、バナジウム(V)、及びリン(P)の酸化物であることを特徴としている。
【0022】
ここで、Mo及びWは、通常1〜10atom%、Vは0を超えて7wt%以下とするのが好ましい。
【0023】
また、Pは触媒中の酸化チタン表面に燐酸イオンとして吸着し、硫酸根が硫酸イオンとして吸着することを阻害する働きをするため、特に重要である。Pの添加量は酸化チタンの表面積にもよるが、酸化チタンに対し正燐酸(HPO)として1wt%〜10wt%、望ましくは2〜8wt%であることが好ましい。
【0024】
添加するPの化合物としては、通常、正燐酸が用いられるが、他の縮合燐酸や焼成により燐酸を与える塩類であっても差し支えない。
【0025】
触媒の形状は、原理上効果は形状によらないため、板状、ハニカム、粒状等どのような形状であっても差し支えないが、硫黄(S)含有量の大きい石炭焚の場合には、板状や大口径のハニカム等が燃焼灰による、触媒の細孔の閉塞がなく好都合である。
【0026】
また、本発明の触媒が適用される酸性硫安の析出温度Tとは、式(1)で示される反応のギブスの自由エネルギー変化ΔGを用いて、以下の式(5)のように求められる。
T=ΔG/(−R*lnK) ・・・・・・・・・・・・ (5)
ここで、Kは式(2)に示した析出の平衡定数である。
【0027】
次に、本発明の脱硝方法を実際に実施してみた。以下、その実施例について詳細に説明する。
【0028】
(実施例1〜4)
酸化チタン(石原産業製、比表面積150m/g)、ヘキサモリブデン酸アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウム、シリカゾル(日産化学製、OSゾル)、85%リン酸の各原料をそれぞれ表1に示した分量に秤量してニーダに投入、これに更に水50gを添加後、60分混練した。その後、シリカアルミナ系無機繊維(東芝ファインフレックス)を徐々に添加しながら、30分間混練して水分27%の触媒ペーストを得た。得られたペーストを、厚さ0.16mmのSUS430製鋼板をメタルラス加工した厚さ0.7mmの基材の上に置き、これを二枚のポリエチレンシートに挟んで一対の加圧ローラに通して、メタルラス基材の網目を埋めるように塗布した。そして、これを風で乾燥後、500℃で2時間焼成して触媒を得た。
【0029】
【表1】
【0030】
(実施例5)
実施例1のヘキサモリブデン酸アンモニウムに代えて、メタタングステン酸アンモニウムを用いた。そして、酸化チタン、メタタングステン酸アンモニウム、メタバナジン酸アンモニウム、シリカゾル、85%リン酸の各原料をそれぞれ表2に示した分量に秤量して、実施例1〜4の場合と同様な操作を行って触媒を調整した。
【0031】
【表2】
【0032】
(比較例1〜5)
表1(実施例1〜4)及び表2(実施例5)に示した各原料のうち、Pの添加量を0gにし、他は各実施例1〜5と同様にして触媒を調整した。
【0033】
次に、上記実施例1〜5及び比較例1〜5で調整した触媒を用いて、下記の実験を行った。
【0034】
(実験例1)
実施例1〜5及び比較例1〜5の触媒について、SOを100ppm添加した水分濃度10%−300℃のプロパン燃焼排ガス中に500時間曝露し、その前後の触媒について触媒中の硫酸根を蛍光X線分析により測定した。得られた結果を表3に示す。
【0035】
【表3】
【0036】
表3を見てみると、本発明における実施例1〜5の触媒は、100ppmという高濃度のSOに曝されても、SO量の増加が少なく、触媒への硫酸根の吸着・蓄積が大幅に低減されていることが分かる。
【0037】
(実験例2)
本発明の触媒が酸性硫安の析出領域で劣化し難いことを明らかにするため、実施例1〜5及び比較例1〜5の触媒について、SOを100ppm、NHを300ppm添加するとともに、温度を酸性硫安の析出温度以下にするために270℃に低下させて、実験例1と同様の試験を実施した。なお、本実験例における酸性硫安析出温度は、式(5)を用いて計算すると、約293℃に相当する。
【0038】
試験後の触媒の硫酸根を蛍光X線分析で測定するとともに、表4の条件で脱硝率を測定した。
【0039】
【表4】
【0040】
得られたSO分析の結果を表3に、脱硝性能に関する結果を表5にまとめて示す。
【0041】
【表5】
【0042】
表3および表5を見ると、実施例1〜5の触媒は触媒中への硫酸根の蓄積が極めて小さく、また本実験によっても脱硝率の低下が殆ど起こっていないことが分かる。