特許第5932504号(P5932504)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5932504
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】制振塗料組成物
(51)【国際特許分類】
   C09D 125/14 20060101AFI20160526BHJP
   C09D 133/14 20060101ALI20160526BHJP
   C09D 133/02 20060101ALI20160526BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20160526BHJP
   C09D 7/12 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
   C09D125/14
   C09D133/14
   C09D133/02
   C09D5/02
   C09D7/12
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-130889(P2012-130889)
(22)【出願日】2012年6月8日
(65)【公開番号】特開2013-253201(P2013-253201A)
(43)【公開日】2013年12月19日
【審査請求日】2014年12月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000168632
【氏名又は名称】高圧ガス工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000251277
【氏名又は名称】スズカファイン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】506229970
【氏名又は名称】AS R&D合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100103115
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 康廣
(72)【発明者】
【氏名】鶴田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】木村 昇士
(72)【発明者】
【氏名】井上 清博
(72)【発明者】
【氏名】野杁 達也
(72)【発明者】
【氏名】多和田 英樹
(72)【発明者】
【氏名】河辺 寿正
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 昭範
(72)【発明者】
【氏名】堀 光雄
【審査官】 増永 淳司
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−143340(JP,A)
【文献】 国際公開第01/016199(WO,A1)
【文献】 特開2011−026528(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/139314(WO,A1)
【文献】 特開2007−085385(JP,A)
【文献】 特開2005−126644(JP,A)
【文献】 特開2003−003125(JP,A)
【文献】 特開2007−277419(JP,A)
【文献】 化学大辞典1,1960年 3月30日,初版第1刷発行,P215
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 125/14
C09D 5/02
C09D 7/12
C09D 133/02
C09D 133/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、重合体粒子のエマルションと有機低分子とを含み、
前記重合体粒子がスチレン(メタ)アクリル酸エステル共重合体からなるアクリル系樹脂であって、前記アクリル系樹脂の酸価が5〜40mg水酸化カリウム/gアクリル系樹脂であり、
前記アクリル系樹脂と前記有機低分子の配合比が、重量比で、アクリル系樹脂:有機低分子=90〜50:10〜50であり
前記有機低分子が、縮合多環芳香族化合物であって、
ナノインテンダーを用いて測定した前記有機低分子の結晶の荷重変位曲線の傾きが、85〜300μN/100nmである制振用塗料組成物。
【請求項2】
前記有機低分子が、アントラセン、1-アントラセンカルボン酸、2−アントラセンカルボン酸、9−アントラセンカルボン酸、デヒドロアビエチン酸、重合ロジン、アビエチン酸、またはそれらの混合物である、請求項1記載の制振用塗料組成物。
【請求項3】
前記有機低分子の融点が140℃以下である請求項1または2に記載の制振用塗料組成物。
【請求項4】
さらに無機充填材を含む請求項1からのいずれか一つに記載の制振用塗料組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として自動車のフロアー部、ダッシュ部、トランクルーム等を構成する自動車の鋼板部分から発生する振動や騒音を低減させる制振塗料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車体等の鋼板には、制振性を付与するためにアスファルトを主成分としたシート型制振材が使用されている。このシート型制振材を貼り付ける工程を自動化し、作業環境を改善するため、高分子からなる水性制振塗料組成物を用いた制振材料が開発され、使用されている(非特許文献1)。
【0003】
高分子を用いる制振材料は、高分子の粘弾性を利用するものであり、外部からの振動エネルギーを熱エネルギーに変換し、外部に放出させて振動エネルギーを損失させる機能を利用するものである。一般的に制振性を示す指標としては、以下の式で表される損失係数tanδが用いられている。このtanδの値が高いほど、振動エネルギーを熱エネルギーに効率的に変換できる。そのため、tanδの値の大きな制振材料を得るべく、開発がなされてきた。
tanδ=損失弾性率/貯蔵弾性率 (式1)
【0004】
例えば、特許文献1では、熱可塑性樹脂100重量部に対して3個以上の環からなる縮合多環式化合物、及び/または3個以上の環系からなる環集合5〜40重量部からなる熱可塑性樹脂組成物が振動エネルギー吸収材として提案されている。
【0005】
更に高い損失弾性率を持つ制振材料を得るために、より高いtanδを持つ複合体が提案されている。例えば、特許文献2には、塩素化ポリエチレン等の極性側鎖を有するベースポリマー材料にベンゾトリアゾール系添加剤等、ベースポリマー材料の側鎖と結合可能な極性物質のアミンやヒンダートフェノール類を添加し、高いtanδを得る方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献3には、双極子モーメント量を増加させる活性成分とカルボキシル基を有するアクリル系ポリマーを用いた制振塗料が提案されている。双極子モーメント量を増加させる活性成分としては、ベンゾトリアゾール基を持つ化合物、あるいはベンゾフェノン基を持つ化合物の中から選ばれた1種若しくは2種以上が用いられている。相溶性を良くするために、例えば酸価が6のアクリル系ポリマーが用いられている。ベンゾトリアゾール基を持つ化合物やベンゾフェノン基を持つ化合物をアクリル系ポリマーに加えることにより、高いtanδを有する複合体が得られている。
【0007】
また、特許文献4には、極性基を有する樹脂エマルションからなる塗料成分(i)と、該極性基との水素結合の形成および制御の可能な水素結合形成能を有し、一分子中に少なくとも一つのヒドロキシル基を有する芳香族化合物からなる塗料成分(ii)と、無機充填剤からなる塗料成分(iii)とを含む制振塗料組成物が開示されている。特許文献4には、塗料成分(i)と塗料成分(ii)の組合せにより高い損失弾性率が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3109214号公報
【特許文献2】特開平11−181307号公報
【特許文献3】国際公開WO01/040391号パンフレット
【特許文献4】特許第4172536号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「高分子制振材料・応用製品の最新動向」、株式会社シーエムシー発行、1997年、p.21
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
近年、自動車の燃費向上を目的とした車体の軽量化のために、更に高いtanδをもつ制振材料を開発して制振材料の使用量を削減することが求められている。しかしながら、制振材料を自動車のフロアー面等の剛性が要求されるところに用いる場合、貯蔵弾性率が高いことが必要である。例えばフロアー面に用いられる制振材料は、フロアー面で生じる振動の低減だけでなく、剛性を上げて振動の共振周波数を高周波側へ移行させる役目も兼ね備えている必要がある。それは、共振周波数を高周波側に移行させることにより、振動により発生する音を自動車の車室内に設置された吸遮音材により除去することが可能となるためである。従って、自動車用制振材料は、高いtanδだけでなく、高い貯蔵弾性率を持つことが求められている。
【0011】
しかしながら、tanδは、上記の式1で算出されるので、単に貯蔵弾性率だけを高くするとtanδは低下する。従って、貯蔵弾性率を高くすると同時に、損失弾性率をより高くする技術が求められている。
【0012】
そこで、本発明は、損失弾性率と貯蔵弾性率の両方を向上させることの可能な制振塗料組成物を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、制振塗料組成物に、無機充填材より軽い、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmの有機低分子を配合することにより、制振材料の貯蔵弾性率と損失弾性率の両方を高くすることが可能となることを見出して本発明を完成させたものである。
【0014】
すなわち、本発明の制振用塗料組成物は、少なくとも、重合体粒子のエマルションと有機低分子とを含み、前記重合体粒子がスチレン(メタ)アクリル酸エステル共重合体からなるアクリル系樹脂であって、前記アクリル系樹脂の酸価が5〜40mg水酸化カリウム/gアクリル系樹脂であり、前記アクリル系樹脂と前記有機低分子の配合比が、重量比で、アクリル系樹脂:有機低分子=90〜50:10〜50であり前記有機低分子が、縮合多環芳香族化合物であって、ナノインテンダーを用いて測定した前記有機低分子の結晶の荷重変位曲線の傾きが、85〜300μN/100nmであることを特徴とする。
【0015】
本発明においては、有機低分子が1μm以下の微粒子であってもよい。
【0016】
また、本発明においては、有機低分子に極性の官能基を持たせ、中和、あるいは乳化等により可溶化または易分散化することで、有機低分子をエマルションに均一に分散してもよい。
【0019】
また、本発明においては、さらに無機充填材を含んでもよい。
【発明の効果】
【0020】
従来は、tanδの高いマトリックス樹脂が制振材料に適していると考えられ、それにマイカなどの無機充填材を加えた制振塗料組成物が用いられてきた。これに対し、本発明は、マトリックス樹脂に有機低分子を加えることで貯蔵弾性率と損失弾性率の両方を高くすることに成功したものであり、本発明によれば、従来と異なり損失弾性率と貯蔵弾性率の両方を向上させることが可能で、軽量化の可能な制振塗料組成物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】従来の制振塗料組成物の特性を示すグラフであり、無機充填材を添加した場合の、貯蔵弾性率の温度依存性(A)、損失弾性率の温度依存性(B)、tanδの温度依存性(C)を示す。
図2】ナノインテンダーを用いて測定した荷重変位曲線の一例を示すグラフである。
図3】本発明の制振塗料組成物の特性を示すグラフであり、貯蔵弾性率と荷重変位曲線の傾きとの関係(A)と、損失弾性率と荷重変位曲線の傾きとの関係(B)を示す。
図4】本発明の制振塗料組成物の特性を示すグラフであり、貯蔵弾性率と有機低分子添加量との関係(A)と、損失弾性率と有機低分子添加量との関係(B)を示す。
図5】本発明で用いるアクリル系樹脂の特性を示すグラフであり、貯蔵弾性率とアクリル系樹脂の酸価との関係(A)と、損失弾性率とアクリル系樹脂の酸価との関係(B)と、tanδとアクリル系樹脂の酸価との関係(C)を示す。
図6】本発明の制振塗料組成物の特性を示すグラフであり、曲げ剛性比と無機充填材の有機低分子への置換量との関係(A)と、損失係数と無機充填材の有機低分子への置換量との関係(B)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の制振用塗料組成物は、少なくとも、重合体粒子のエマルションと有機低分子とを含み、ナノインテンダーを用いて測定した該有機低分子の結晶の荷重変位曲線の傾きが、85〜300μN/100nmであることを特徴とするものである。
【0023】
前述の通り、従来は、tanδの高いマトリックス樹脂が制振材料に適していると考えられ、それにマイカなどの無機充填材を加えた制振材料が用いられてきた。これは、マイカなどの無機充填材の添加により、マトリックス樹脂のtanδが高くなったためと考えられている。しかしながら、本発明者らは、マトリックス樹脂にマイカなどの無機充填材を加えた場合、貯蔵弾性率と損失弾性率は高くなるが、貯蔵弾性率の向上率に対する損失弾性率の向上率が低いために、tanδが下がるという結果を得た(図1(A)、(B)、(C))。従って、マイカなどの無機充填材を添加した制振材料の制振性が高いのは、tanδが高くなったためではなく、損失弾性率が高くなったためと考えられる。
【0024】
これに対し、本発明者らは、より一層の軽量化を図るために、マトリックス樹脂に無機充填材よりも比重の軽い有機低分子を加えた場合の内部構造について鋭意研究し、その結果、マトリックス樹脂に有機低分子を加えることにより、貯蔵弾性率と損失弾性率を向上させることが可能なことを見出した。
すなわち、有機低分子の結晶の荷重変位曲線をナノインテンダーで測定可能なことを見出し、さらに荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmの有機低分子が、貯蔵弾性率と損失弾性率の向上に有用であることを見出した。
【0025】
振動の共振周波数を高周波側へ移行させるために高い貯蔵弾性率を持たせることが望まれる。しかしながら、樹脂を硬くしたり、単に無機充填材を入れたりするだけでは、損失弾性率が低下する。これに対し、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmの有機低分子を添加することで貯蔵弾性率を上げ、かつ損失弾性率も上げることが可能となる。この理由としては、有機低分子がマトリックス樹脂の分子鎖の隙間に入ることでマトリックス樹脂を硬くして貯蔵弾性率を上げ、同時に、振動が入力されたときのマトリックス樹脂の分子鎖が動くことができる自由体積空間を少なくすることで損失弾性率を上げているものと考えられる。
【0026】
なお、荷重変位曲線の傾きが大きいほど硬い有機低分子なので、荷重変位曲線の傾きが大きい有機低分子を添加するほど貯蔵弾性率が高くなる。しかし、荷重変位曲線の傾きと損失弾性率の関係には、極大値が認められた。これは、有機低分子の硬さが環状構造の数や結合状態に依存するためと考えられる。すなわち、荷重変位曲線の傾きが小さ過ぎる有機低分子は環状構造が少ないため分子サイズが小さく、そのためマトリックス樹脂の分子鎖が動くことが出来る自由体積空間を充分埋めきれないため損失弾性率が下がり、一方、荷重変位曲線の傾きが大き過ぎる有機低分子は環状構造が多いので分子サイズが大きくなり、逆に、マトリックス樹脂の分子鎖が動くことができる自由体積空間に入りきれないために損失弾性率が下がると考えられる。
【0027】
以上を踏まえると、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmの有機低分子は、マトリックス樹脂の分子鎖が動くことができる自由体積空間を埋めるのに必要十分な環状構造の数や結合状態の分子サイズとなり、損失弾性率を高くしていると考えられる。また、当該有機低分子をマトリックス樹脂に加えることで貯蔵弾性率が向上していることから、有機低分子は貯蔵弾性率を高めることにおいても必要十分な硬さを備えていると考えられる。
【0028】
なお、本発明で用いる荷重変位曲線の傾きとは、荷重変位曲線の直線とみなせる領域における変位変化100nmに対応する荷重変化(μN)で定義され、例えば、40nmから140nmへの変位変化に対応する荷重変化(μN)から算出することができる。
【0029】
(有機低分子)
本発明に用いる有機低分子は、マトリックス樹脂と比較して分子量の小さい物質であり、ナノインテンダーを用いて測定した結晶の荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmであれば特に限定されない。より好ましくは、傾きは、150〜250N/100nmである。特に限定されるものではないが、置換基を有してもよい単環芳香族化合物や置換基を有してもよい縮合多環芳香族化合物等を挙げることができる。好ましくは、縮合多環芳香族化合物であり、具体例としては、アントラセン、1-アントラセンカルボン酸、2−アントラセンカルボン酸、9−アントラセンカルボン酸、デヒドロアビエチン酸、重合ロジン、アビエチン酸、またはそれらの混合物を挙げることができる。好ましくは、デヒドロアビエチン酸である。
【0030】
また、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmである有機低分子を、マトリックス樹脂の分子鎖が動くことが出来る自由体積空間に均一に充填させるためには、あらかじめ、マトリックス樹脂に添加する当該有機低分子の粒径を、小さくすることが好ましい。そのためには、エマルション粒子より小さい1μm以下、好ましくは0.1μm以下に微粒子化するか、あるいは、当該有機低分子にカルボキシル基等の極性官能基を持たせ、中和、あるいは乳化等により、可溶化または易分散化しておくことが好ましい。自動車に使われる制振材料は、自動車製造ラインの化成区のオーブンで約140℃の温度にさらされ溶融固化するので、いずれの場合も、当該有機低分子の融点が140℃以下であれば、制振材料の溶融固化中に、当該有機低分子がマトリックス樹脂の分子鎖の隙間に入ると考えられる。
【0031】
また、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmである有機低分子の配合比(重量比)は、マトリックス樹脂にアクリル系樹脂を用いた場合、アクリル系樹脂:有機低分子=90〜50:10〜50、好ましくは75〜65:25〜35のときに、貯蔵弾性率と損失弾性率の両方を向上させることができる。当該有機低分子の配合比が90%より少ないと、添加効果が十分発揮できず、50%より多いと、アクリル系樹脂の分子鎖の隙間が少なくなるためと考えられる。
【0032】
また、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmである有機低分子をマイカのような無機充填材と併用することにより、更に高い貯蔵弾性率と損失弾性率が得ることができる。すなわち、当該有機低分子はマトリックス樹脂の分子鎖の自由体積空間に充填されることで貯蔵弾性率と損失弾性率を高め、一方、マイカのような無機充填材は、通常、平均粒径が25〜70μと大きいため、マトリックス樹脂との相互作用で貯蔵弾性率と損失弾性率を高める。そのため、有機低分子による貯蔵弾性率と損失弾性率の向上効果を無機充填材が阻害することがないためと考えられる。
【0033】
(重合体粒子)
本発明で用いる重合体粒子はマトリックス樹脂となるものであり、重合体粒子であれば限定されるものではないが、アクリル系樹脂を用いることが好ましい。アクリル系樹脂とは、(メタ)アクリル酸エステル共重合体、スチレン(メタ)アクリル酸エステル共重合体が主成分となる樹脂である。(メタ)アクリル酸や(メタ)アクリル酸エステル等のアクリル系モノマーやスチレンモノマーを80重量%以上含んでいることが好ましい。
【0034】
アクリル系樹脂を乳化重合する場合、乳化剤として、アニオン性、ノニオン性、ノニオンアニオン性の非反応性乳化剤や反応性乳化剤を用いることができる。反応性乳化剤は、樹脂と反応し、樹脂の物性を変えるため、反応性乳化剤の量が多くなると耐水性等の樹脂の性能が悪くなる。そこで、反応性乳化剤の量は2%未満であることが好ましい。
【0035】
アクリル系樹脂には、エチレン系不飽和カルボン酸モノマーを共重合したものを用いることができる。エチレン系不飽和カルボン酸モノマーの量を増やすとアクリル系樹脂の貯蔵弾性率が増加するが、tanδはエチレン系不飽和カルボン酸モノマーの量が増えると減少する。そのため、従来は、エマルション安定の為に必要最小限のエチレン系不飽和カルボン酸モノマーが用いられてきた。
【0036】
これに対し、本発明者らは、エチレン系不飽和カルボン酸モノマーの量が増えると損失弾性率が上昇し、さらに増えると損失弾性率が減少に転じるという現象を見出した。したがって、エチレン系不飽和カルボン酸モノマーの割合を制御することにより貯蔵弾性率と損失弾性率の両方を高くするマトリックス樹脂を得ることが可能となる。すなわち、アクリル系樹脂にエチレン系不飽和カルボン酸モノマーが、当該モノマーに起因する酸価が5〜40、好ましくは10〜30になるように共重合されていることが好ましい。エチレン系不飽和カルボン酸モノマーとしては特に限定されず、例えば、(メタ)アクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、フマル酸、マレイン酸等の不飽和カルボン酸類が挙げられる。複数のモノマーを組み合わせても良い。例えば、エチレン系不飽和カルボン酸モノマーとしてメタクリル酸を用いた場合、酸価5〜40となるように樹脂固形分に対する添加量を調整することが好ましい。水と親和し、安定な乳化状態を作る為に、これらのカルボン酸を中和してもよい。ここで、酸価は、アクリル系樹脂1g中に含まれる遊離酸を中和するのに要する水酸化カリウムのミリグラム数である。酸価は、共重合させるカルボキシル基含有モノマーの含有率を変化させることにより調整することができる。
【0037】
本発明に用いる重合体粒子の製造には、モノマー滴下重合、乳化モノマー滴下重合法などの公知の乳化重合法を用いることができる。乳化重合において用いられるラジカル生成開始剤としては、通常の乳化重合に用いられているものを使用することができる。例えば過酸化水素、過酸化ベンゾイル、t-ブチルハイドロパ−オキサイド、クメンハイドロパ−オキサイドなどの有機過酸化物、アゾビスシアノ吉草酸、アゾビスイソブチロニトリル、アゾビス(2,4-ジメチル)バレロニトリル、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)ジハイドロクロライドなどの有機アゾ化合物、さらに過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過硫酸ナトリウム、などの過硫酸塩をあげることができる。または、これら過硫酸塩や過酸化物と鉄イオンなどの金属イオンおよびピロ亜硫酸ソ−ダ、L-アスコルビン酸などの還元剤とを組み合わせて用いる公知のレドックス系開始剤も用いることが出来る。
【0038】
さらに必要に応じて重合体粒子の分子量を調整するために連鎖移動剤を添加することが出来る。例えば、ラウリルメルカプタン、n−ブチルメルカプタン、t−ブチルメルカプタン、オクチルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタン等のアルキルメルカプタン、そしてα−メチルスチレンダイマ−等を挙げることができる。
【0039】
また、乳化重合において用いられる乳化剤には、アニオン性、ノニオン性、ノニオンアニオン性の非反応性乳化剤や反応性乳化剤を用いる事が出来る。反応性乳化剤は、樹脂と反応し、樹脂の物性を変えるため、反応性乳化剤の量が多くなると耐水性等の樹脂の性能が悪くなる。そこで、反応性乳化剤の量は2%未満であることが好ましい。例えばアルキルアリルスルホコハク酸ソーダ、アルキルベンゼンスルホン酸ソ−ダ、ラウリル硫酸ソ−ダ、ナトリウムジオクチルスルホサクシネ−ト、またはアンモニウム塩等のアニオン性乳化剤、エチレン性不飽和二重結合を有する反応性乳化剤、ポリオキシアルキレン系エーテル、ポリオキシアルキレン共重合体系エーテル等のノニオン性乳化剤、カチオン系界面活性剤、両性界面活性剤等を挙げることができる。また、ポリビニルアルコ−ル、ヒドロキシエチルセルロ−ス等の水溶性ポリマー、水溶性オリゴマ−等の保護コロイドを用いることもできる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
(有機低分子の荷重変位曲線の傾き評価方法)
有機低分子の荷重変位曲線は、有機低分子の結晶を作り、ハイジトロン社製ナノインデンターtribo scopeを用いて測定した。測定は、Berkovich型(三角錐型)圧子を用い、温度25℃、押込み速度10μN/sec、押込み深さ200〜500nmにて行った。得られた荷重変位曲線において、直線とみなせる領域における変位変化100nmに対応する荷重変化(μN)を有機低分子の荷重変位曲線の傾きと定義した。結果を表1に示す。また、荷重変位曲線の一例として、不均化ロジン(デヒドロアビエチン酸80%含有)を用いた例を図2に示す。ここでは、40nmから140nmへの変位変化に対応する荷重変化から有機低分子の荷重変位曲線の傾き(μN/100nm)を算出した。
【0042】
【表1】
【0043】
表1中の不均化ロジン(デヒドロアビエチン酸80%含有)と不均化ロジン(デヒドロアビエチン酸50%含有)は荒川化学社製のものを用いた。また、トリメシン酸、1-ナフトエ酸、1-アントラセンカルボン酸は東京化成工業社製の試薬を用いた。なお、比較のため、高圧ガス工業社製エマルション(TT−405)を用いた。
【0044】
(貯蔵弾性率と損失弾性率の評価方法)
レオロジ社製粘弾性測定装置、DVE−V4を用い、動的粘弾性測定を行った。長さ35mm、幅5mm、厚さ1〜2mmの大きさの試験体を用いた。複素弾性率の実数部である貯蔵弾性率、虚数部である損失弾性率、虚数部と実数部との位相差の正接である損失正接(tanδ)を求めた。測定は10Hzで行った。
【0045】
(曲げ剛性比と損失係数の評価方法)
300×30×0.8mmの鋼板に制振塗料組成物を塗布した試験片を作製した。その試験片をインピーダンス法により加振し、n=1,3,5,7次の共振点において、以下に示す式2および式3を用いて損失係数と曲げ剛性比を算出し、得られた結果をもとに、200Hzの損失係数と曲げ剛性比を算出した。
【0046】
【数1】
【0047】
実験例1(有機低分子の荷重変位曲線の傾きの値の影響)
マトリックス樹脂として高圧ガス工業社製エマルション(TT−405、スチレンアクリル酸エステル共重合体、固形分50%、酸価33(計算値))を用いた。有機低分子として、表1に記載した5種の有機低分子を用いた。マトリックス樹脂固形分90重量部に対して、有機低分子10重量部を混合した後、エマルションと有機低分子の混合物を60℃で4日間乾燥し、フィルムを得た。作製したフィルムから試験片を切り出して、25℃で動的粘弾性測定を行った。
【0048】
図3(A)は5種の有機低分子の荷重変位曲線の傾きと貯蔵弾性率の関係を示し、図3(B)は5種の有機低分子の荷重変位曲線の傾きと損失弾性率の関係を示す。図3(A)から貯蔵弾性率が荷重変位曲線の傾きの増加とともに直線的に増加していることが分かる。また、図3(B)から、荷重変位曲線の傾きが85〜300μN/100nmの範囲で、マトリックス樹脂を越える高い損失弾性率が得られた。
【0049】
実験例2(有機低分子のマトリックス樹脂との配合比の影響)
マトリックス樹脂として高圧ガス工業株式会社製エマルション(TT−405、スチレンアクリル酸エステル共重合体、固形分50%、酸価33(計算値))を用いた。有機低分子として、アンモニアで中和した不均化ロジン(荒川化学社製 デヒドロアビエチン酸80%含有)を用いた。有機低分子を所定の配合比となるようにエマルションと混合後、その混合物を60℃で4日間乾燥し、フィルムを得た。作製したフィルムから試験片を切り出して、25℃で動的粘弾性測定を行った。
【0050】
図4(A)は有機低分子配合比と貯蔵弾性率との関係を示し、図4(B)は有機低分子の配合比と損失弾性率の関係を示す。アクリル系樹脂と有機低分子の配合比(重量比)が、アクリル系樹脂:有機低分子=90〜50:10〜50の範囲では、アクリル系樹脂単独の場合に比べ、貯蔵弾性率と損失弾性率の両方が高い値が得られた。ここで、有機低分子の配合比(%)は、アクリル系樹脂と有機低分子の合計重量部に対する有機低分子の重量部の割合である。
【0051】
実験例3(アクリル系樹脂の酸価の影響)
マトリックス樹脂として高圧ガス工業社製エマルション(TT−405、スチレンアクリル酸エステル共重合体、固形分50%)の酸価を変えたものを用いた。エマルションを60℃で4日間乾燥し、フィルムを得た。作製したフィルムから試験片を切り出して、20℃で動的粘弾性測定を行った。本実験例では、アクリル系樹脂の酸価は、メタクリル酸の添加量を変えることにより調整した。また、酸価ゼロとは、メタクリル酸の添加量がゼロのことをいう。
【0052】
図5(A)にアクリル系樹脂の酸価と貯蔵弾性率の関係、図5(B)にアクリル系樹脂の酸価と損失弾性率の関係、図5(C)にアクリル系樹脂の酸価と損失係数との関係を示す。アクリル系樹脂の酸価の増加とともに貯蔵弾性率は増加した。また、アクリル系樹脂の酸価が5〜40の範囲では、酸価ゼロの場合に比べ高い損失弾性率が得られた。これより、アクリル系樹脂の酸価が5〜40の範囲では、酸価ゼロの場合に比べ、貯蔵弾性率と損失弾性率の両方を高くできることがわかった。
【0053】
実験例4(無機充填材の添加の影響)
マトリックス樹脂として高圧ガス工業社製エマルション(TT−405、スチレンアクリル酸エステル共重合体、固形分50%、酸価33(計算値))を用いた。マトリックス樹脂固形分100重量部に対して、無機充填材としてマイカ(クラレ社製スゾライトマイカ200―HK)を200重量部混合して、塗料組成物を作製した。また、マイカの一部を有機低分子(不均化ロジン(デヒドロアビエチン酸50%))で置換した塗料組成物も作製した。
【0054】
図6(A)に有機低分子の配合比(%)と曲げ剛性比との関係、図6(B)に有機低分子の配合比(%)と損失係数との関係を示す。ここで、有機低分子の配合比(重量比)は、マイカと有機低分子の合計重量部に対する有機低分子の重量部の割合である。
【0055】
無機充填材を添加する場合、有機低分子の割合が2〜60%の範囲であれば、曲げ剛性比を大きく低下させることなく、損失係数を高くできることがわかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6