特許第5933217号(P5933217)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許59332172サイクルエンジン及び2サイクルエンジンの注油方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5933217
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】2サイクルエンジン及び2サイクルエンジンの注油方法
(51)【国際特許分類】
   F01M 1/08 20060101AFI20160526BHJP
   F01M 1/06 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
   F01M1/08 B
   F01M1/06 E
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-224991(P2011-224991)
(22)【出願日】2011年10月12日
(65)【公開番号】特開2013-83228(P2013-83228A)
(43)【公開日】2013年5月9日
【審査請求日】2014年6月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(73)【特許権者】
【識別番号】591083406
【氏名又は名称】株式会社ディーゼルユナイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100107836
【弁理士】
【氏名又は名称】西 和哉
(74)【代理人】
【識別番号】100167553
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 久典
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 吉之
(72)【発明者】
【氏名】山田 剛
(72)【発明者】
【氏名】梅本 義幸
【審査官】 安井 寿儀
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/027140(WO,A1)
【文献】 特開2000−213322(JP,A)
【文献】 特開平02−201013(JP,A)
【文献】 特許第4402609(JP,B2)
【文献】 特開昭57−113918(JP,A)
【文献】 特開2001−193431(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01M 1/06
F01M 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のピストンリングを備えて、シリンダに沿って往復移動自在なピストンと、前記シリンダに設けられ、前記ピストンリングが摺動する前記シリンダの摺動面に潤滑油を注油する注油ポートと、を有する2サイクルエンジンであって、
隣り合う前記ピストンリングの間のリング間空所は、複数設けられており、
前記ピストンが上死点に向かうときの前記注油ポートからの注油期間を、最上部の前記リング間空所が前記注油ポートを通過するまでの期間を除き且つ最下部の前記リング間空所の少なくとも一部が前記注油ポートと対向する期間を含む期間に調整する注油期間調整装置を有し、
前記注油期間調整装置は、エンジン回転数に基づいて、前記注油期間の後に、第2の注油期間を設定することを特徴とする2サイクルエンジン。
【請求項2】
前記注油期間調整装置は、エンジン回転数に基づいて、前記注油期間の始期を調整することを特徴とする請求項1に記載の2サイクルエンジン。
【請求項3】
前記ピストンは、ピストンスカートを有しており、
前記注油期間調整装置は、前記第2の注油期間を、前記ピストンスカートの少なくとも一部が前記注油ポートと対向する期間を含む期間に調整することを特徴とする請求項1または2に記載の2サイクルエンジン。
【請求項4】
前記第2の注油期間における注油は、前記ピストンが複数回往復移動する毎に行われることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の2サイクルエンジン。
【請求項5】
複数のピストンリングを備えて、シリンダに沿って往復移動自在なピストンと、前記シリンダに設けられ、前記ピストンリングが摺動する前記シリンダの摺動面に潤滑油を注油する注油ポートと、を有する2サイクルエンジンの注油方法であって、
隣り合う前記ピストンリングの間のリング間空所は、複数設けられており、
前記ピストンが上死点に向かうときの前記注油ポートからの注油期間を、最上部の前記リング間空所が前記注油ポートを通過するまでの期間を除き且つ最下部の前記リング間空所の少なくとも一部が前記注油ポートと対向する期間を含む期間に調整すると共に、
エンジン回転数に基づいて、前記注油期間の後に、第2の注油期間を設定することを特徴とする2サイクルエンジンの注油方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2サイクルエンジン及び2サイクルエンジンの注油方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
2サイクルエンジン(2ストロークエンジンとも称される)は、シリンダの内部でピストンが1往復するごとに、吸気、圧縮、燃焼、排気が1サイクルするレシプロエンジンである。この2サイクルエンジンでは、一般に、シリンダの内部におけるピストン(ピストンリング)の摺動性を確保するため、シリンダに設けられた注油ポートからシリンダの摺動面に潤滑油を供給する構成となっている。
【0003】
下記特許文献1には、大型舶用ディーゼルエンジンに設けられたシリンダ注油装置が記載されている。このシリンダ注油装置は、エンジンのクランク角及びエンジンの回転数に基づき、注油器からピストンリングの間に形成されるリング間空所にピストンの1往復に付き少なくとも1回注油するよう、電磁弁の開弁時期及び開弁期間を制御する構成となっている。また、このシリンダ注油装置は、ピストンの上昇時、少なくとも最上部のリング間空所に注油を行うこととしている(特許文献1の明細書段落[0019]参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4402609号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1においても記載されているように、一般に、2サイクルエンジンでは、ピストンの上部における摺動条件が厳しいとされ、ピストンの上昇時、最上部のピストンリング(以下、トップリングと称する場合がある)への注油が重要とされている。しかし、ピストンの上部へ注油された潤滑油は、トップリングによってかき上げられて、摺動に寄与しなくなる分が多くなることから、シリンダ注油量を多く必要とする。
したがって、従来では、摺動の信頼性を保ったままシリンダ注油量を下げて効率的な注油を行うことは困難であった。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、効率的且つ信頼性を保った注油が可能な2サイクルエンジン及び2サイクルエンジンの注油方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、上記課題を解決するため鋭意実験を重ねた結果、摺動に関してはピストンの上部への注油よりもむしろピストンの下部への注油が重要で、ピストン上部への注油は、ピストン下部に注油された潤滑油のポンピング作用により補えるとの新たな知見を見出し、本発明に想到した。
すなわち、上記課題を解決するために、本発明は、複数のピストンリングを備えて、シリンダに沿って往復移動自在なピストンと、上記シリンダに設けられ、上記ピストンリングが摺動する上記シリンダの摺動面に潤滑油を注油する注油ポートと、を有する2サイクルエンジンであって、隣り合う上記ピストンリングの間のリング間空所は、複数設けられており、上記ピストンが上死点に向かうときの上記注油ポートからの注油期間を、最上部の上記リング間空所が上記注油ポートを通過するまでの期間を除き且つ最下部の上記リング間空所の少なくとも一部が上記注油ポートと対向する期間を含む期間に調整する注油期間調整装置を有するという構成を採用する。
この構成を採用することによって、本発明では、潤滑油がトップリングによりかき上げられ無駄となり易い最上部のリング間空所及びその上側に注油されないので、潤滑油の大部分が摺動に寄与し、効率的な注油が実現される。また、最上部のリング間空所及びその上側へ注油を行わずとも、ピストンリングのポンピング作用により少なくとも最下部のリング間空所から上側へ潤滑油は供給されるので、摺動の信頼性が保たれる。
【0008】
また、本発明においては、上記注油期間調整装置は、エンジン回転数に基づいて、上記注油期間の始期を調整するという構成を採用する。
この構成を採用することによって、本発明では、エンジン回転数に応じてピストン速度が変化すると、注油期間の始期(注油タイミング)も変化することから、エンジン回転数に基づいて、注油期間の始期を調整する。
【0009】
また、本発明においては、上記注油期間調整装置は、エンジン回転数に基づいて、上記注油期間の後に、第2の注油期間を設定するという構成を採用する。
この構成を採用することによって、本発明では、注油時間が一定の場合、エンジン回転数が低下すると、注油期間が短くなり、最下部のリング間空所よりも下側に注油できなくなることがあるため、その場合には第2の注油期間を設定し、最下部のリング間空所よりも下側に補助的に注油を行う。
【0010】
また、本発明においては、上記ピストンは、ピストンスカートを有しており、上記注油期間調整装置は、上記第2の注油期間を、上記ピストンスカートの少なくとも一部が上記注油ポートと対向する期間を含む期間に調整するという構成を採用する。
この構成を採用することによって、本発明では、第2の注油期間における注油を、最下部のリング間空所よりも下側の部位のうち、少なくともピストンスカートへの補助的な注油とする。
【0011】
また、本発明においては、上記第2の注油期間における注油は、上記ピストンが複数回往復移動する毎に行われるという構成を採用する。
この構成を採用することによって、本発明では、最下部のリング間空所よりも下側への補助的な注油を、例えば数回に1回にし、注油量を下げる。
【0012】
また、本発明においては、複数のピストンリングを備えて、シリンダに沿って往復移動自在なピストンと、上記シリンダに設けられ、上記ピストンリングが摺動する上記シリンダの摺動面に潤滑油を注油する注油ポートと、を有する2サイクルエンジンの注油方法であって、隣り合う上記ピストンリングの間のリング間空所は、複数設けられており、上記ピストンが上死点に向かうときの上記注油ポートからの注油期間を、最上部の上記リング間空所が上記注油ポートを通過するまでの期間を除き且つ最下部の上記リング間空所の少なくとも一部が上記注油ポートと対向する期間を含む期間に調整するという手法を採用する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、効率的且つ信頼性を保った注油が可能な2サイクルエンジンが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施形態における2サイクルエンジンの全体構成を示す図である。
図2】本発明の実施形態におけるピストンの構成を示す拡大図である。
図3】本発明の実施形態におけるピストンリング位置と注油期間との関係を示すグラフである。
図4】比較例としての注油期間(パターンA)と、本実施例としての注油期間(パターンB)とを示すグラフである。
図5】各注油期間パターンにおけるライナ距離と摺動状態との関係を示すグラフである。
図6】レベルL4におけるピストンリングの個別の摺動状態を示すグラフである。
図7】本発明の別実施形態における2サイクルエンジンの全体構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、本発明の実施形態における2サイクルエンジンの全体構成を示す図である。
本実施形態の2サイクルエンジンは、例えば船舶等に設けられる大型のユニフロー型2サイクルエンジンであり、燃料として軽油や重油等のディーゼル燃料を用いる低速2サイクルディーゼルエンジンである。
【0016】
同図における符号1は、エンジン本体であり、シリンダ2の内部の摺動面2aに沿って、不図示のクランク機構に連結されたピストン3が往復移動する構成となっている。なお、ピストン3としては、ストロークが長いクロスヘッド型ピストンを採用している。ピストン3は、複数のピストンリング3aを有しており、当該ピストンリング3aが摺動面2aに沿って摺動する構成となっている。
【0017】
図2は、本発明の実施形態におけるピストン3の構成を示す拡大図である。
本実施形態のピストン3は、4つのピストンリング3aを有している。以下、このピストンリング3aを上から順に、トップリング3a1、セカンドリング3a2、サードリング3a3、フォースリング3a4と称する場合がある。また、フォースリング3a4の下側にはピストンスカート3bが設けられている。
図2に示すように、隣り合うピストンリング3aのリング間のリング間空所Sは、複数設けられている。
【0018】
図1に戻り、シリンダ2の上部(長さ方向一端側)には、燃料噴射ポート5及び排気ポート6が設けられている。燃料噴射ポート5は、燃料噴射弁5aを有し、シリンダ2の内部にディーゼル燃料を噴射する構成となっている。排気ポート6は、ピストン3の上死点近傍であって、シリンダヘッド4aの頂部において開口している。排気ポート6は、排気弁7を有する。排気弁7は、所定のタイミングで上下動し、排気ポート6を開閉させる構成となっている。排気ポート6を介して排気された排気ガスは、例えば、不図示の排気主管を通って外部に排気される。
【0019】
シリンダ2の下部(長さ方向他端側)には、掃気ポート9が設けられている。掃気ポート9は、ピストン3の往復移動によって所定のタイミングで開閉する構成となっている。掃気ポート9は、ピストン3の下死点近傍であって、シリンダライナ4bの側部において開口している。掃気ポート9は、筐体10によって形成された空間11に囲まれている。筐体10には、不図示の掃気チャンバが接続されている。掃気チャンバには、例えば、不図示の空気冷却器を通過した空気が圧送されてくる構成となっている。
【0020】
シリンダ2の中腹部(中間部)には、注油ポート12が設けられている。注油ポート12は、排気ポート6と掃気ポート9との間において、シリンダ2の摺動面2aに潤滑油を供給する構成となっている。注油ポート12は、掃気ポート9よりも排気ポート6側(長さ方向一端側)に位置し且つシリンダライナ4bの周方向に間隔をあけて複数設けられている。各注油ポート12は、注油装置20と接続されている。
【0021】
注油装置20は、潤滑油タンク23と接続されており、潤滑油タンク23に貯溜されている潤滑油を各注油ポート12に供給する配管系21を有している。また、注油装置20は、各注油ポート12に接続された配管系21を開閉する不図示の電磁弁等を有している。この注油装置20は、制御装置(注油期間調整装置)15からの指令を受け、各注油ポート12からの潤滑油の供給、供給停止を行う構成となっている。
【0022】
制御装置15は、クランク角度を検出するクランク角センサ16と、エンジン回転数を検出するエンジン回転数検出器17とそれぞれ電気的に接続されている。制御装置15は、クランク角センサ16の検出結果及びエンジン回転数検出器17の検出結果に基づいて、ピストン3が上死点に向かうとき(ピストン3上昇時)の注油ポート12からの注油期間を調整する構成となっている。
【0023】
図3は、本発明の実施形態におけるピストンリング位置と注油期間との関係を示すグラフである。図3において、縦はピストンリング位置を示し、ハッチングを付したバーは注油期間を示す。また、図3において、横はエンジン回転数を示している。
図3に示すように、制御装置15は、ピストン3が上死点に向かうときの注油ポート12からの注油期間を、最上部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を除き且つ最下部のリング間空所Sの少なくとも一部が注油ポート12と対向する期間を含む期間に調整する構成となっている。
【0024】
ここで、最上部のリング間空所Sとは、トップリング3a1(図3において「Top」)とセカンドリング3a2(図3において「2nd」)との間を意味する。また、最下部のリング間空所Sとは、サードリング3a3(図3において「3rd」)とフォースリング3a4(図3において「4th」)との間を意味する。
すなわち、ピストン3上昇時の注油は、少なくともサードリング3a3とフォースリング3a4との間に行われ、セカンドリング3a2よりも上側へは行われない。
【0025】
また、制御装置15は、エンジン回転数に基づいて、注油期間の始期を調整する構成となっている。すなわち、エンジン回転数が変化すると、ピストン3の移動速度も変化し、注油時間が一定の場合には、例えば図3に示すように、エンジン回転数が70rpm(通常時)から38rpm、26rpm、20rpmと低下するにつれて、注油期間(注油長さ)も順々に短くなるためである。このように、エンジン回転数により、実際に注油するまでの注油タイミング(注油期間の始期)が異なるため、制御装置15は、エンジン回転数により、注油期間の始期を調整・変更する構成となっている。
【0026】
本実施形態の制御装置15は、エンジン回転数が70rpmの場合には、注油タイミングをセカンドリング3a2通過直後に調整し、エンジン回転数が38rpm、26rpm、20rpmの場合には、注油タイミングをサードリング3a3通過直後に調整している。これにより、いずれのエンジン回転数であってもその注油期間を、最上部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を除き且つ最下部のリング間空所Sの少なくとも一部が注油ポート12と対向する期間を含む期間に調整することが可能となる。
【0027】
また、制御装置15は、エンジン回転数に基づいて、図3においてハッチングを付したバーで示す注油期間(以下、第1の注油期間と称する場合がある)の後に、図3においてドットパターンを付したバーで示す第2の注油期間を設定する構成となっている。すなわち、エンジン回転数が低下すると、第1の注油期間が短くなり、最下部のリング間空所Sよりも下側(例えばピストンスカート3bや、フォースリング3a4とピストンスカート3bとの間のピストンクラウン部分を含む)に注油できなくなることがある(26rpm、20rpmの場合)ため、その場合には第2の注油期間を設定し、最下部のリング間空所Sよりも下側に補助的に注油を行う。
【0028】
図2に示すように、ピストン3は、最下部のリング間空所Sよりも下側にピストンスカート3bを有している。ピストンスカート3bは、周知のようにシリンダ2内においてピストン3が傾倒するのを防ぐ等の機能を有し、シリンダ2の摺動面2aと接触して摺動する場合がある。したがって、本実施形態では、第2の注油期間における注油を、少なくとも最下部のリング間空所Sよりも下側のピストンスカート3bへの補助的な注油とし、信頼性の高いピストン3の往復移動を可能とする。
【0029】
なお、第2の注油期間における注油は、ピストン3が複数回往復移動する毎に行われるように設定されている。すなわち、ピストンスカート3bは、摺動面2aと常に摺動するピストンリング3aとは異なって、摺動に関しては補助的なものであり、毎回の注油は必ずしも要しない。したがって、注油も補助的なもので足り、例えば数回に1回にすれば、注油量を下げることができる。本実施形態の第2の注油期間における注油は、例えば15%の頻度(ピストン3が100回往復移動するうち15回の頻度)で補助的に行われる。
【0030】
なお、2サイクルエンジンにおいて注油が定量型の形態を採用している場合、すなわち、1回に注油する潤滑油の量が一定である場合には、注油頻度により第1、第2の注油期間における注油量をコントロールする。この場合、例えば、第1の注油期間における注油量を所定の割合に設定し、第2の注油期間における注油量を残りの割合に設定するといったように、1回の注油量をそれぞれ第1、第2の注油期間に、所定の比率で割り振ることになる。
【0031】
続いて、上記構成の2サイクルエンジンの注油方法、具体的には、制御装置15の下に行われる上記注油期間における注油及びその作用について、従来の注油期間と比較した以下の実験結果に基づいて説明する。
【0032】
図4は、比較例としての注油期間(パターンA)と、本実施例としての注油期間(パターンB)とを示すグラフである。
パターンAの注油期間は、トップリング3a1を通過する前から最上部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を含むピストンリング位置前半の期間となっている。一方、パターンBの注油期間は、最上部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を除き且つ最下部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を含むピストンリング位置後半の期間となっている。
【0033】
図5は、各注油期間パターンにおけるライナ距離と摺動状態との関係を示すグラフである。図5は、長さ方向におけるライナ距離の各レベル(レベルL1(トップリング上死点)〜レベルL6(トップリング下死点))にセンサを設けて計測した摺動状態を示す。すなわち、図5において、縦軸は長さ方向におけるライナ距離を示し、横軸は摺動状態(厳しさ)評価(Sliding Index)を示す。摺動状態評価は、下式(a)で表される。
摺動状態評価 = 接触状態(1/R)×接触面圧(P)×すべり速度(V)…(a)
【0034】
接触状態(Contact Index)は、1/Rで示される。Rは、接触電気抵抗であり、下式(b)で表される。なお、ρは、電気抵抗率を示し、Lは、ピストンリング3aと摺動面2aとの接触部の長さを示し、Sは、ピストンリング3aと摺動面2aとの実際の接触面積(実接触面積)を示す。
接触電気抵抗(R) = ρ×L/S …(b)
上式(b)から分かるように、接触状態(1/R)は、実接触面積(S)に比例して大きくなる。
【0035】
接触面圧は、Pで示される。接触面圧は、摺動面2aに対するピストンリング3aのリング接触面圧であり、下式(b)で表される。
接触面圧(P) ∝ (P0−P1)/2 …(c)
なお、P0及びP1は、各レベルL1〜L6に設けたセンサをピストンリング3aが通過するときのリング間圧力であり、P0が通過前の圧力、P1が通過後の圧力を示す。
【0036】
すべり速度は、Vで示される。すべり速度は、各レベルL1〜L6に設けたセンサをピストンリング3aが通過するときの速度をピストンリング3a毎に求めたものである。すなわち、ピストンリング3aの速度を、幾何学的に計算したものである。
【0037】
したがって、摺動状態評価は、実接触面積(S)が大きい程、接触圧力(P)が高い程、すべり速度(V)が速い程、厳しくなる。なお、図5では、各レベルL1〜L6の全センサにおける各ピストンリング3aの平均の摺動状態評価を示している。
図5に示すように、パターンAとパターンBとでは、レベルL4(ミッドストローク)における摺動状態評価において、顕著な差が生じているのが分かる。すなわち、レベルL4におけるパターンAの摺動状態評価が、パターンBの摺動状態評価と比較して極めて厳しくなっているのが分かる。
【0038】
図6は、レベルL4におけるピストンリング3aの個別の摺動状態を示すグラフである。
図6に示すように、レベルL4のミッドストロークにおいて、パターンAでは、各ピストンリング3aのうちフォースリング3a4での摺動状態が悪化していることが分かる。一方、パターンBでは、フォースリング3a4での摺動状態の悪化が殆どないことが分かる。すなわち、トップリング3a1近傍に注油を行わなくても、摺動状態に影響は無いが、フォースリング3a4近傍に注油を行わないと、フォースリング3a4近傍の摺動状態に影響が出る。
【0039】
このように、摺動に関しては、トップリング3a1近傍の注油は重要でなく、サードリング3a3より下への注油、特にフォースリング3a4近傍及びそれより下への注油が重要である。
また、パターンBのようにサードリング3a3以下へ注油すれば、その上側のトップリング3a1等の摺動は悪化しない。これは、大型舶用機関においても(従来ないとされていた)ポンピング作用(図2において上矢印で模式的に示す)があり、下のリングからトップリング3a1側へ潤滑油が送られるためと考えられる。
【0040】
以上のことから、摺動に関してはピストン3の上部への注油よりもむしろピストンの下部への注油が重要で、ピストン3の上部への注油は、ピストン下部に注油された潤滑油のポンピング作用により補えることが分かる。
【0041】
この新たな知見に基づいて本実施形態では、図3に示すように、ピストン3が上死点に向かうときの注油ポート12からの注油期間を、最上部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を除き且つ最下部のリング間空所Sの少なくとも一部が注油ポート12と対向する期間を含む期間に調整する。これにより、潤滑油がトップリング3a1によりかき上げられ無駄となり易い最上部のリング間空所S及びその上側に注油されないので、潤滑油の大部分が摺動に寄与し、効率的な注油が実現される。また、最上部のリング間空所S及びその上側へ注油を行わずとも、ピストンリング3aのポンピング作用により少なくとも最下部のリング間空所Sから上側へ潤滑油は供給されるので、摺動の信頼性が保たれる。
【0042】
また、エンジン回転数に基づいて、注油期間の始期を調整することにより、サードリング3a3とフォースリング3a4との間及びフォースリング3a4よりも下側の、摺動に関して有効な注油位置に対しての効率的な注油を行うことができる。これにより、広範囲に注油を行う必要はなく、信頼性を保ったままシリンダ注油量を下げることができる。
また、エンジン回転数に基づいて、注油期間(第1の注油期間)の後に、第2の注油期間を設定することによって、エンジン回転数が低下し、第1の注油期間が短くなった場合であっても、フォースリング3a4よりも下側に対して注油を行うことができる。
【0043】
さらに、第2の注油期間を、ピストンスカート3bの少なくとも一部が注油ポート12と対向する期間を含む期間に調整することによって、第2の注油期間における注油を、最下部のリング間空所Sよりも下側のピストンスカート3bへの補助的な注油とし、信頼性の高いピストン3の往復移動を実現させる。
加えて、第2の注油期間における注油は、ピストン3が所定回数往復移動する毎に行い、補助的な注油に要する注油量を下げることによって、信頼性を維持しつつ効率的な注油を実現させることができる。
【0044】
したがって、上述の本実施形態によれば、複数のピストンリング3aを備えて、シリンダ2に沿って往復移動自在なピストン3と、シリンダ2に設けられ、ピストンリング3aが摺動するシリンダ2の摺動面2aに潤滑油を注油する注油ポート12と、を有する2サイクルエンジンであって、隣り合うピストンリング3aの間のリング間空所Sは、複数設けられており、ピストン3が上死点に向かうときの注油ポート12からの注油期間を、最上部のリング間空所Sが注油ポート12を通過するまでの期間を除き且つ最下部のリング間空所Sの少なくとも一部が注油ポート12と対向する期間を含む期間に調整する制御装置15を有するという構成を採用することによって、効率的且つ信頼性を保った注油が可能な2サイクルエンジンを得ることができる。
【0045】
以上、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上述した実施形態において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【0046】
例えば、上記実施形態では、注油期間中、注油ポート12から一定量の潤滑油を注油する形態について説明したが、本発明はこの形態に限定されず、注油期間中の単位時間当りの注油量を増減させてもよい。例えば、摺動に関して有効な注油位置である最下部のリング間空所Sにおいては、他の位置(サードリング3a3よりも上側、フォースリング3a4よりも下側)よりも単位時間当りの注油量を増加させてもよい。
【0047】
また、例えば、上記実施形態では、ピストン3が上死点に向かうピストン上昇時において注油する形態について説明したが、本発明はこの形態に限定されず、さらに、ピストン3が下死点に向かうピストン下降時においても注油してもよい(制御装置15による第3の注油期間の設定)。この場合も同様に、サードリング3a3とフォースリング3a4との間及びフォースリング3a4よりも下側に注油することが好ましい。但し、ピストン3の下降時の注油は、潤滑油がフォースリング3a4によりかき落とされ易いため、効率的な注油の観点から、第3の注油期間における注油は、第2の注油期間における注油と同様に、ピストン3が複数回往復移動する毎に行われるようにすることが好ましい。
【0048】
また、例えば、上記実施形態では、本発明を2サイクルディーゼルエンジンに適用した形態について説明したが、本発明はこの形態に限定されず、例えば、図7に示すような2サイクルガスエンジンにも適用することができる。
図7に示す2サイクルガスエンジンは、シリンダ2の中腹部において注油ポート12よりも下側にガス燃料噴射ポート13を有する。ガス燃料噴射ポート13は、排気ポート6と掃気ポート9との間においてシリンダ2の内部(燃焼室)に、例えばLNGをガス化したガス燃料を噴射する構成となっている。燃料噴射ポート5は、空気とガス燃料の混合気を着火させるため少量の燃料油を噴射するもので謂わば着火器として機能する。なお、燃料噴射ポート5は必須ではなく、例えば着火器としては、周知のスーパープラグによる火花点火、レーザー着火等で代用可能である。このような2サイクルガスエンジンであっても、上記実施形態と同様の作用効果が得られる。
【0049】
また、本発明は、ディーゼル燃料とガス燃料との両方を用いるデュアルフューエル(2元燃料)方式の2サイクルエンジン等の他の2サイクルエンジンにも適用可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0050】
2…シリンダ、2a…摺動面、3…ピストン、3a…ピストンリング、3b…ピストンスカート、12…注油ポート、15…制御装置(注油期間調整装置)、S…リング間空所
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7