【実施例】
【0076】
次に本発明の実施例を説明する。本発明の技術的範囲は以下の実施例によって限定されない。
【0077】
〔HDC活性化誘導物質〕
本実施例ではHDC活性化誘導物質として界面活性剤に着目し、具体的には、特にアニオン性界面活性剤であるラウリン酸ナトリウムを用いた。界面活性剤はシャンプー、ボディソープ、ハンドソープ、洗顔用洗浄剤等の皮膚洗浄剤だけでなく、衣類用洗剤や食器用洗剤等にも使用されており、皮膚の洗浄という基本機能を持つ反面、皮膚の乾燥、肌荒れや痒み等の原因となることもある。界面活性剤の中でもアニオン性界面活性剤は優れた洗浄力のため一般的に使用され、皮膚に接触する頻度が高い。アニオン性界面活性剤の中にはヒトや動物の皮膚に対して刺激性を有するものがある。
【0078】
〔実施例で用いた動物及び培養皮膚〕
(1)動物として、ICRマウス、肥満細胞欠損マウス(WBB6F1−W/W
Vマウス)及び肥満細胞欠損マウスの野生型マウス(WBB6F1−+/+マウス)を用いた。これらはいずれも、日本SLC社より購入した。これらは全て雄性、7〜8週齢を使用した。動物は、温度22±2℃、湿度55±10%の恒温恒湿環境下にて、自由給水下に固形飼料を摂取させ、7日以上の予備飼育を経て試験に使用した。
【0079】
(2)培養表皮としてジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社のヒト三次元培養皮膚(培養表皮)「LabCyte EPI-MODEL」を用い、後述の
図1に示す装置によって、皮膚刺激性試験を行った。実施例、コントロール等の各試験において、同一のサイズ(同一の角質層表面積)のヒト三次元培養皮膚(培養表皮)を用いた。
【0080】
(試薬)
後述の第1実施例群及び第2実施例群において、HDC活性化誘導物質として、アニオン性界面活性剤であるラウリン酸ナトリウム(SL)、アニオン性界面活性剤であるN-ラウロイルサルコシンナトリウム(N−LSS)を、蒸留水に溶かして用いた。これらの水溶液は、動物実験においてはマウス吻側背部に50μL塗布した。溶媒対照群には蒸留水を塗布した。塗布する際に、界面活性剤水溶液が固まっていた場合は、37℃の湯浴で温めて溶かしてから使用した。第1実施例群において抗ヒスタミン薬として用いたテルフェナジン(TRF)は0.5%カルボキシルメチルセルロースナトリウム塩(CMC-Na)に溶かし、動物実験においては界面活性剤溶液の塗布の1時間半後に経口投与した〔体重10g当り0.05mL(30mg/kg) 経口投与した〕。溶媒対照群には0.5%CMC-Naを投与した。第2実施例群において、鎮痒効果評価用の被験物質としてはカテキンとd−マレイン酸クロルフェニラミンを用いた。
【0081】
〔第1実施例群:活性化誘導プロセスの実施〕
1)動物実験の実施例
動物実験の方法:
使用マウスの吻側背部を刈毛・除毛した後、少なくとも3日以上経ってから試験に用いた。吻側背部には0.1%(pH=7.6)、1%(pH=9.8)、10%(pH=10.1)SL水溶液及び10%(pH=7.7)N−LSS水溶液を塗布した。(塗布した時点を0時間とした)。皮膚の炎症度合いを4段階でスコア化した。0:変化なし、1:軽度な発赤、2:中程度な発赤、3:重度な発赤。
【0082】
皮膚のスコア化、角層水分量、水分蒸散量を界面活性剤塗布前、塗布24時間後に測定した。皮膚表面のpH測定は界面活性剤塗布前、塗布2、24時間後に測定した。
【0083】
行動観察:
マウスの掻破行動はKuraishiらの報告を参考に実施した。すなわち、4つに仕切ったアクセル製の箱(13×9×35cm)に4匹のマウスを入れ、少なくとも1時間は順化させ、無人環境下でビデオ撮影を行って行動を記録した。その後、ビデオ観察によって後肢による吻側背部の掻破行動を計数した。一連の掻き行動(後肢で塗布部位である吻側背部を引っ掻き、後肢を下ろすまでの行動を示す)を1カウントとして、60分間の掻破回数を目視にて計数した。
【0084】
組織学的検討:
心血液循環系を利用して、灌流固定後に皮膚を採取した。24時間4%パラホルムアルデヒドリン酸緩衝液で固定を行った後、パラフィンに埋没させ3μmで切片を作成し、ヘマトキシリンエオジン(HE)染色あるいはトルイジンブルー(TB)染色を行った。またTB染色像を用いて、皮膚中の肥満細胞数をカウントした(皮膚1枚に対してランダムに選ばれた9セクション、1群3匹の細胞数をカウントした)。
【0085】
マウス皮膚中のヒスタミン量:
界面活性剤塗布前、塗布2、24時間後の皮膚中のヒスタミン量を測定した。マウスは麻酔下で殺し、PBSで灌流後、皮膚を回収した(直径18mmの円状の生体パンチでくり抜いた)。回収した皮膚を60℃のPBSに30秒間浸した後、表皮と真皮に分けた。その後、表皮中・真皮中のヒスタミン量を測定キットを用いて測定した。
【0086】
ウエスタンブロット:
表皮中のHDCをウエスタンブロット法により定量した。なお、後述するように、同様の実験をヒト3次元培養皮膚でも実施した。表皮タンパクはMammalian cell lysis kitを用いて抽出した。それぞれの群のマウス表皮中タンパクの一定量を電気泳動しHDC発現量を評価した。
[電気泳動条件]
使用ゲル: Nupage 4%-12% Bis-tris gels (Invitrogen Corp., Carlsbad, CA)
泳動緩衝液: 3-モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)緩衝液
電流・泳動時間: 200V、100分
[転写条件]
使用メンブレン: Polyvinylidene Fluoride (PVDF) membrane
泳動緩衝液: NuPAGE Transfer Buffer (Invitrogen Corp., Carlsbad, CA)
電流・泳動時間: 30V、60分
転写後、1〜2%スキムミルク水溶液でブロッキングをおこなった。ブロッキング後、1次抗体処理、2次抗体処理した後、蛍光スキャナーでバンドの検出を行った。その後、検出されたバンドを画像解析ソフトScion Image(Scion. Corp., Frederick,
MD, USA)を用いて定量した。Scion Imageは、数値化したいタンパク質のバンドを選択し、バンドの面積及び色調の濃さを読み取り、これに基づき当該タンパクの発現量に相当する数値を検出するソフトである。
【0087】
2)ヒト三次元培養表皮を用いた実験の実施例
試験の方法:
試験方法を
図1に基づいて説明する。上端が開口した容器1には、培養カップ2のメンブランフィルター3を含む部分が浸漬される水位まで、予め、アッセイ培地4を充填する。次に、培養カップ2を、そのメンブランフィルター3上に角質層5と、顆粒層、有棘層及び基底層からなる層状部分6とを備えるヒト三次元培養表皮をセットしてから、容器1に嵌め込む。この状態で37℃・5%CO
2条件下で1〜2時間プレインキュベーションを実施する。プレインキュベーション後に、前記第2発明の活性化誘導プロセスを実行する。具体的には適宜な滴下用器具7を用いてHDC活性化誘導物質の溶液を角質層5上に滴下し、培養表皮を暴露・刺激する。適宜な時間培養皮膚に刺激を加えた後にHDC活性化誘導物質の溶液を洗浄除去し、適宜な時間ポストインキュベーションを実施する。ポストインキュベーンを実施している最中に、前記滴下用器具7とは別の滴下用器具7を用いて、鎮痒効果評価用の被験物質を含む評価液8を角質層5上に滴下する。この状態において、前記第2発明の活性化阻害プロセスが実行される。HDC活性はこの培養表皮を用いて測定され、ヒスタミン量はアッセイ培地4を用いて測定される。
【0088】
培養表皮中のヒスタミン量及び培養液中のヒスタミン量:
前記のヒト三次元培養表皮を用いて、培養表皮及び培養液中のヒスタミン量、即ちケラチノサイト中に残留するヒスタミン量及びケラチノサイトから培養液に放出されたヒスタミン量を測定した。0.1%(pH=7.6)、0.5%(pH=8.9)、又は1.0%(pH=9.8)のSL水溶液を培養表皮に滴下し、1分後にSL水溶液を培養表皮上から回収し、蒸留水で洗浄した後に3時間培養した。即ち、培養表皮をSLで1分間刺激した。3時間後に培養表皮及び培養液を回収し、培養表皮及び培養液中のヒスタミン量を測定キット(histamine enzyme immunoassay kit(Immunotech, Marseilles, France))を用いて測定した。又、培養表皮を用いてMTTアッセイにより細胞生存率を求めた。MTTとは、3-(4,5-dimethythiazol-2-yl)-2,5-diphenyl tetrazolium bromideである。
【0089】
統計処理
データは平均±標準誤差(SEM)で示した。統計はDunnett's multiple comparisons もしくはStudent's t-testを用いた。危険率(p)が5%未満を有意差ありとした。統計解析に使用したソフトはStatLight(Yukms Co., Ltd., Tokyo, Japan)である。
【0090】
〔第1実施例の結果〕
1)動物実験の結果
ICRマウスに対するSL単回処置、N−LSS単回処置によって痒み誘発が起きるかどうかを、掻破回数(Scratch bouts per hour)、皮膚表面pH、皮膚スコア、角層水分量及びTEWLへの影響によって評価した。その結果、
図2(c)〜(e)に示すように、SL及びN−LSSの両界面活性剤ともに角層水分量、TEWLおよび皮膚スコアには変化が認められなかった。一方、
図2(a)、(b)に示すようにSL単回処置により皮膚表面pHは塗布2時間後に塗布前よりもアルカリ側にシフトした。皮膚表面pHの変動と同様、掻破回数は塗布2時間後に塗布前よりも増加した。これらの変動は塗布24時間後には塗布前のレベルまで戻っていた。一方、N−LSS単回処置では、変化が認められなかった。
【0091】
図2及び以下の各図において、「NT」は無処置例(活性化誘導プロセスも活性化阻害プロセスも行わなかった試験例)を示し、「Vehicle」は溶媒(蒸留水)のみで処理した試験例を示す。又、例えばSLについて「0.1-SL」との表記はSLの0.1(w/v)%水溶液暴露例を示す。
【0092】
皮膚の組織学的検討:
皮膚表面pH変動に伴う痒みに関連する反応を特徴づけるため、組織学的な影響を調べた。図示は省略するが、HE染色の結果、10%SL水溶液塗布例と水塗布例の間に変化はなく、炎症性細胞浸潤等は認められなかった。TB染色の結果、
図3に示すように、10%SL水溶液塗布例と水塗布例の両例ともに肥満細胞数に変化はなかった。又、染色度合いから肥満細胞の脱顆粒が生じた形跡は殆ど確認されなかった。
【0093】
掻破行動への抗ヒスタミン薬の影響:
SL水溶液塗布によって生じる掻破行動が痒みに関連した反応かどうかを確認するため、SL水溶液塗布2時間後の掻破行動における抗ヒスタミン作用を有する抗アレルギー薬であるTRFの影響を調べた。
図4に示すように、TRF(30mg/kg)の経口投与はSL水溶液塗布によって生じる掻破行動を有意に抑制した。
【0094】
肥満細胞欠損マウスでの掻破行動:
肥満細胞欠損マウスおよびその対照正常マウスとしての前記野生型マウスにおいてSL水溶液塗布を行うと、
図5(a)に示すように、両マウスとも塗布2時間後に掻破行動が明らかに増加した。又、
図5(b)に示すように、掻破回数は肥満細胞欠損マウスおよびその対照正常マウスにおいて同程度であった。
【0095】
ICRマウス皮膚中のヒスタミン量およびHDC活性:
SL処置によってマウス表皮中のヒスタミンレベルが上昇しているか否か、HDCの活性化が生じているか否かを検討した。その結果、
図6(b)、(c)に示すように、HDCの活性型(53kDa)がSL水溶液塗布2時間後に有意に上昇し、塗布24時間後には塗布前のレベルにまで戻っていた。更に、
図6(a)に示すように、表皮中のヒスタミンレベルも同様に塗布2時間後に増加し、塗布24時間後には塗布前のレベルに戻っていた。一方、表皮の場合と同様にして検討した真皮のヒスタミンレベルは、
図7(a)〜(c)に示すように、塗布前、塗布2時間後、24時間後のどのタイミングでも変化はなかった。ヒスタミン量の測定においては、表皮、真皮ともに組織を粉砕した組織懸濁液を作成し、遠心分離をした後、上清を採取し、その上清中のヒスタミン量を測定した。なお、肥満細胞のようなヒスタミンを細胞内に貯蔵できる細胞の場合、上記の操作を行って測定したヒスタミンは細胞内由来か細胞外由来かは分からない。
【0096】
2)ヒト三次元培養表皮を用いた実験の結果
培養表皮中のヒスタミン量及びHDC活性:
表皮を構成する細胞のほとんどがケラチノサイトであることから、ケラチノサイトへの反応性を検討した。即ち、ラウリン酸ナトリウムの作用点を探索する目的で培養表皮(ケラチノサイト)に対する反応性を検討した。その結果、
図8(a)〜(c)に示すように、濃度依存的かつpH依存的に、細胞内HDCの活性化が確認され、細胞外ヒスタミン産生が上昇していた。又、細胞生存率をMTTアッセイによって確認したところ、検討した濃度においては細胞毒性は確認されなかった。
【0097】
通常、in vitroの試験では、細胞が死んでいた場合、細胞内の物質が細胞外に放出されたり、死んだ細胞の断片が生きている細胞に何らかの刺激を加えてしまうこと等が考えられるが、本試験では、試験系に存在する細胞が生きていることを基本的に確認している。
【0098】
〔第2実施例群:活性化誘導プロセス及び活性化阻害プロセスの実施〕
1)HDC活性化率を用いた被験物質の鎮痒効果評価
ヒト3次元培養皮膚(以下、培養皮膚)を用いて被験物質の鎮痒効果を評価した。即ち、まずインキュベーターを用いて培養皮膚を37℃、5%CO
2で1〜2時間のプレインキュベーションを行い、培養皮膚を安定化させた。次に培養皮膚の角質層側に1(w/v)%SL水溶液を滴下して培養皮膚に1分間刺激を加え、HDCの活性化誘導を促した。暴露1分後に1%SL水溶液を取り除き、蒸留水で3回培養皮膚を洗浄した。被験物質の適用方法としては、(1)1%SL水溶液暴露後、角質層側に被験物質を暴露する方法、(2)培養液中に被験物質を溶解させておく方法、の2通りの方法がある。いづれかの方法により被験物質を暴露した後、一定時間インキュベータ内でポストインキュベーションを行った。又、被験物質を暴露するタイミングは1%SL水溶液暴露後でも、暴露の数時間後でも良い。ポストインキュベーション(3時間又は5時間)後、培養皮膚を回収し、タンパク抽出液であるSigma社製のMammalian cell lysis kit(MCL1)で培養皮膚タンパクを抽出した。
【0099】
このタンパク抽出液を遠心分離し上清をタンパク溶液とした。このタンパク溶液中のタンパク量を、タンパク定量キットであるGEヘルスケアバイオサイエンス社製の2-D Quant Kitを用いて定量後、一定量のタンパクを還元剤である2−メルカプトエタノールを含むサンプルバッファーを加えて95℃で反応にかけることで、タンパク構造中のジスルフィド結合を切断した。これによって分子量を反映した電気泳動が可能となる。
【0100】
これらの処置を施したタンパク溶液をウエスタンブロッティングに供した。即ち、電気泳動用ゲル(インビトロジェン社製のNuPAGE 4%-12% Bis-tris gels)を用いて、200V、約100分で電気泳動を行った。その結果、分子量に応じてタンパクが分離された。次に、分離したタンパクをメンブレンに転写した。このメンブレンを免疫染色することで、HDC、β-actin(ハウスキーピングプロテインの1種)を検出した。
【0101】
免疫染色時に使用する1次抗体としては抗HDC抗体rabbit polyclonal antibody against HDC(Progen Biotechnik GmbH, Heiderberg, Germany)を、2次抗体としては抗ウサギIgG抗体fluorophore-labeled donkey anti-rabbit IgG (H+L) antibody(Invitrogen Corp., Carlsbad, CA, USA)をそれぞれ用いた。検出したHDCのバンドを前記画像解析ソフトScion Imageを用いて数値化し、その数値に基づいて、下記の計算式によりHDC活性化率(X)を算出した。HDCと同様にβ-actinも検出した。その際に使用した1次抗体は抗β-actin抗体(rabbit polyclonal antibody against β−actin(Abcam, Tokyo, Japan))であり、2次抗体は前記の抗ウサギIgG抗体である。又、被験物質を含まない溶媒を比較対照とした。
【0102】
X(%)=〔(a1-53e/a1-74e)/(a2-53c/a2-74c)〕×100・・・(計算式)
上記の計算式において、「a1-53e」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質を暴露した際の活性型(53kDa)HDCのバンド数値(Scion Imageを用いたバンドの画像解析から得られた数値)であり、「a1-74e」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質を暴露した際の不活性型(74kDa)HDCのバンド数値であり、「a2-53c」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質に用いた溶媒を暴露した際の活性型(53kDa)HDCのバンド数値であり、「a2-74c」は1%SL水溶液でHDC活性化誘導を促した後に被験物質に用いた溶媒を暴露した際の不活性型(74kDa)HDCのバンド数値である。
【0103】
従って上記の計算式は「第2発明の構成」欄で述べた酵素活性の指数a1、a2の比較の1態様としての「a1/a2(%)」であって、コントロール試験として「活性化誘導プロセスを行い、活性化阻害プロセスは行わなかった場合」を採用した場合におけるHDC活性化率を表現している。
【0104】
2)ヒスタミン産生量を用いた被験物質の鎮痒効果評価
ヒト3次元培養皮膚(以下、「培養皮膚」という)を用いて被験物質の鎮痒効果を評価した。具体的には、上記HDC活性化率の試験方法の場合と同様にポストインキュベーションまでのプロセスを実施した段階で、ウエスタンブロッティングに供する培養皮膚の採取とは別に培養液を回収し、培養液中のヒスタミン量及び/又は培養皮膚中のヒスタミン量を測定した。測定には histamine enzyme immunoassay Kit (Immunotech, Marseilles, France)を用いた。
【0105】
〔第2実施例の結果〕
以下の各試験例においては、上記の「1)HDC活性化率を用いた被験物質の鎮痒効果評価」の記載に従い(より具体的には、前記の
図8(a)〜(c)に関する実施例と同様)、かつ、「2)ヒスタミン産生量を用いた被験物質の鎮痒効果評価」の記載に従って試験を行った。但し、活性化阻害プロセスにおける培養皮膚への被験物質の適用方法が、「培養皮膚への被験物質の暴露」である場合と、「培地中への被験物質の溶解」である場合とに項目分けし、かつ被験物質の種類によって項目分けした。
【0106】
なお、これらの試験例においては、培養皮膚の培地として、ヒト3次元培養皮膚「LabCyte EPI-MODEL」に添付されている培地をそのまま使用した。
【0107】
(試験例1:培養皮膚への被験物質の暴露−その1)
被験物質として(+)体のカテキン(右旋性)を用い、活性化阻害プロセスにおける培養皮膚への被験物質の適用方法が被験物質溶液の暴露である場合についての試験例である。被験物質溶液の濃度としては、それぞれ1×10
−5M、1×10
−6M、1×10
−7Mであるものを用いた。
【0108】
培養皮膚への被験物質の暴露方法として、培養皮膚をまず1%SL水溶液に暴露し、洗浄してから、3時間ポストインキュベーションをした後、(+)体のカテキン水溶液に暴露して、更に2時間ポストインキュベーションを実施した。
【0109】
試験例1によって得られたウエスタンブロッティングの結果を
図9に示す。
図9において、各レーンの内容は次の通りである。
【0110】
レーン1:分子量マーカー
レーン2:1%SL暴露
レーン3:1%SL暴露後、カテキン溶液(1×10
−5M)暴露
レーン4:1%SL暴露後、カテキン溶液(1×10
−6M)暴露
レーン5:1%SL暴露後、カテキン溶液(1×10
−7M)暴露
又、試験例1によって得られたHDC活性化率(%)のグラフを
図10に示すが、被験物質としてのカテキンが1×10
−6M、又はそれ以上の濃度において、非常に低
更に、試験例1によって得られたヒスタミン産生量(培養液中のヒスタミン量)及び培養皮膚の細胞生存率(%)を
図11に示すが、カテキンは1×10
−5M及び1×10
−6Mの濃度においてヒスタミン産生量を有効に抑制し、かつ、細胞生存率も優れていることが確認された。なお、「細胞生存率」を評価する理由は、HDCは細胞内で活性化誘導が促されるので、細胞生存率が低い場合には試験の正確性を確保できない、という点にある。この理由からは、細胞生存率が1%SL水溶液暴露群と比較して70%未満の場合には試験不適合と判断することができる。
【0111】
(試験例2:培養皮膚への被験物質の暴露−その2)
被験物質として従来の代表的な抗ヒスタミン薬(鎮痒物質)であるd−マレイン酸クロルフェニラミンを用い、試験例1と同様の試験を行った。被験物質溶液の濃度としては、1×10
−6Mであるものを用いた。培養皮膚への被験物質の暴露方法も試験例1と同様とした。
【0112】
試験例2によって得られたウエスタンブロッティングの結果を
図12に示す。
図12において、各レーンの内容は次の通りである。
【0113】
レーン1:分子量マーカー
レーン2:無処置
レーン3:1%SL暴露後、生理食塩水暴露
レーン4:1%SL暴露後、d−マレイン酸クロルフェニラミン(1×10
-6M)暴露
次に、試験例2によって得られたHDC活性化率(%)のグラフを
図13に示す。
図13中でd−マレイン酸クロルフェニラミンは「マレクロ」と表記されている。
図13によれば、被験物質としてのd−マレイン酸クロルフェニラミンは、1×10
−6Mの濃度において高い値のHDC活性化率を示し、ケラチノサイトにおけるHDC活性化に関与しないことが確認された。
【0114】
更に、試験例2によって得られたヒスタミン産生率及び細胞(ケラチノサイト)生存率を
図14に示すが、d−マレイン酸クロルフェニラミンは、1×10
−6Mの濃度においてヒスタミン産生率を十分抑制しなかった。細胞生存率は優れていることが確認された。
【0115】
細胞生存率はMTPアッセイで評価している。具体的には、MTPを培地に入れると細胞がMTPを取り込む。そうすると、ミトコンドリアが酸化還元反応を起こし、生きている細胞は半透明から青紫色になる。そのような細胞をイソプロパノール中へ入れると細胞膜が破れ、青紫色の色素が出てくるので、この時の吸光度を測定し、細胞生存率を算出する。
【0116】
(試験例3:培養液中への被験物質の溶解)
被験物質として(+)体のカテキンを用い、活性化阻害プロセスにおける培養皮膚への被験物質の適用方法が培養液中への被験物質の溶解である場合についての試験例である。培養液中の被験物質の濃度としては、それぞれ1×10
−5M、1×10
−6M、1×10
−7Mであるものを用いた。
【0117】
培養皮膚への被験物質の暴露方法として、培養皮膚をまず1%SL水溶液に暴露し、洗浄してから、(+)体のカテキンが配合された培養液を用いて3時間のポストインキュベーションを行った。
【0118】
試験例3によって得られたウエスタンブロッティングの結果を
図15に示す。
図15において、各レーンの内容は次の通りである。
【0119】
レーン1:分子量マーカー
レーン2:無処置
レーン3:1%SL暴露例
レーン4:1%SL暴露例(カテキン溶液(1×10
−5M)を含む培地)
レーン5:1%SL暴露例(カテキン溶液(1×10
−6M)を含む培地)
レーン6:1%SL暴露例(カテキン溶液(1×10
−7M)を含む培地)
レーン7:No Sample
レーン8:No Sample
レーン9:分子量マーカー
又、試験例3によって得られたHDC活性化率(%)のグラフを
図16に示すが、被験物質としてのカテキンが、培養液中の各濃度においてかなり低い値のHDC活性化率を示すことが確認された。
【0120】
更に、試験例3によって得られたヒスタミン産生率及び細胞生存率を
図17に示すが、カテキンは、培養液中の1×10
−5M及び1×10
−6Mの濃度においてヒスタミン産生率を有効に抑制し、細胞生存率は優れていることが確認された。
【0121】
〔実施例の考察〕
(第1実施例群)
(1)第1実施例群において、HDC活性化誘導物質(刺激性物質)であるSLによって生じる急性の痒み反応に、ケラチノサイトでのヒスタミン産生の関与が示唆されたことは重要である。
【0122】
(2)SL水溶液塗布2時間後に掻破行動が確認されたが、塗布24時間後には掻破行動は塗布前のレベルまで戻っていた。又、SL水溶液の単回局所塗布の結果、角層水分量、TEWLおよび皮膚スコアに変化は認められなかった。更に、SL水溶液塗布2時間後に確認された掻破行動が抗ヒスタミン剤であるテルフェナジンの経口投与によって強く抑制された。これらの結果より、SL水溶液塗布によって確認された掻破行動は急性の痒み反応と示唆され、当モデルは急性の痒みメカニズムを考える上で有意義なものであると思われる。
【0123】
(3)肥満細胞欠損マウスを用いて、SL水溶液塗布によって誘発される痒み反応に対する肥満細胞の意義を調べた結果、肥満細胞欠損マウスでもSL水溶液塗布2時間後に掻破行動が確認された。掻破回数は肥満細胞欠損マウス及び対照正常マウスにおいて同程度であった。角層水分量、TEWLおよび皮膚スコアについてはICRマウスでの検討と同様に水処置群と比較して変化がなかった。これらの結果から、SL水溶液塗布によって生じる痒み反応は肥満細胞以外の関与が疑われる。
【0124】
(4)SL水溶液塗布によって誘発される痒み反応はテルフェナジン(30mg/kg)の経口投与で抑制されたが、肥満細胞欠損マウスを用いた検討ではSL水溶液塗布による掻破行動が確認された。これらの点から、ICRマウスの皮膚中のヒスタミン量を測定した結果、SL水溶液塗布2時間後の皮膚中のヒスタミン量が表皮で有意に増加しているのに対し、真皮では変化は認められなかった。よって、SL水溶液塗布により生じる急性の痒み反応には表皮中のヒスタミンの関与が示唆される。
【0125】
(5)そこで、SL水溶液刺激によるICRマウスの皮膚中のヒスタミン産生を測定した結果、SL塗布2時間後において表皮中のヒスタミン量が増加していた。又、HDCの活性化を検討した結果、ヒスタミン量の変化と同様の変化が確認された。
【0126】
表皮を構成する細胞のほとんどがケラチノサイトであることから、SLのケラチノサイトに対する作用を検討した。その際、pHの影響を考慮でき、in vivoでの検討と同様に塗布することで検討可能な培養皮膚(ヒト三次元培養表皮モデル)を用いた。その結果、SL用量依存的、pH依存的に培養液中のヒスタミン量が増加した、又、細胞中のHDC活性化が確認された。これにより、SL水溶液塗布によって確認される急性の痒み反応にケラチノサイト中のHDCの活性化を介したヒスタミン産生の関与が示唆される。これまで、ケラチノサイトからのヒスタミン産生についての報告は皆無である。
【0127】
(6)これらの結果から、SL塗布によって生じる痒み反応は肥満細胞の脱顆粒により遊離されたヒスタミンではなく、非肥満細胞によるヒスタミン産生の可能性が示唆される。ヒスタミンが皮膚中で産生されているかを確認するためICRマウスの皮膚を表皮・真皮に分けヒスタミン含有量を測定した。その結果、SL塗布2時間後の表皮中のヒスタミン含有量が有意に増加していた。また、表皮中のヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)の活性型の発現量が上昇していた。つまり、表皮細胞中でのHDC活性の上昇が生じたことによりヒスタミン産生が亢進したと思われる。
【0128】
(7)表皮細胞の構成成分の大部分を占めるケラチノサイトの関与を培養皮膚(ヒト三次元培養表皮モデル)を用いて検討した。その結果、SL刺激によって誘導されるケラチノサイトからのヒスタミン産生は用量依存的、pH依存的に増加した(培養液中)。これまでの報告によると、非肥満細胞によるヒスタミン産生の特徴は、何らかの刺激を受けるとHDCが誘導されヒスタミンが産生されること、さらにこのヒスタミンは細胞内に貯蔵されずに放出されると言われている。このような報告と今回の結果は一致していると思われる。
【0129】
(第2実施例群)
(1)第1実施例群において、ケラチノサイトからのヒスタミン産生が急性の痒み反応に関与していることが明らかとなったので、第2実施例群ではSL刺激によって誘導されるHDCの活性型/不活性型比率の上昇、ケラチノサイトからのヒスタミン産生に着目して被験物質を評価した。
【0130】
(2)HDC阻害物質である(+)体カテキンをSL刺激し、ポストインキュベーション後に(+)体カテキン水溶液に暴露して、更にポストインキュベーションを実施して検討した結果、(+)体カテキンはHDCの活性化率及びヒスタミン産生率を抑制した。
【0131】
(3)抗ヒスタミン薬であるd−マレイン酸クロルフェニラミンについて検討した結果、HDC活性化率、ヒスタミン産生率ともに対照例(水の暴露例)と比較して変化はなかった。即ち、公知の鎮用物質では抑制できない痒み機序が存在することが判明した。その痒み機序の一つとしてケラチノサイトからのヒスタミン産生が関与していると思われる。
【0132】
(4)第2実施例群の試験例1ではSL刺激後に被験物質の効果を検討しているが、試験例3ではSL刺激前に被験物質を作用させた。この試験の意図は、SL刺激によるHDC活性化誘導の抑制効果の確認、及びHDC活性化後のヒスタミン産生への作用の確認である。被験物質として(+)体カテキンを用いた。検討の結果、(+)体カテキンはSL刺激によるHDC活性化誘導を抑制し、ヒスタミン産生率も抑制した。