(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5933265
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】中空糸膜を使用しての剪断感受性バイオポリマーを濃縮する方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/34 20060101AFI20160526BHJP
A61K 35/14 20150101ALI20160526BHJP
B01D 61/24 20060101ALI20160526BHJP
B01D 61/26 20060101ALI20160526BHJP
B01D 61/32 20060101ALI20160526BHJP
B01D 69/08 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/02 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/12 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/34 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/42 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/56 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/64 20060101ALI20160526BHJP
B01D 71/68 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
C07K1/34
A61K35/14 Z
B01D61/24
B01D61/26
B01D61/32
B01D69/08
B01D71/02
B01D71/12
B01D71/34
B01D71/42
B01D71/56
B01D71/64
B01D71/68
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-525205(P2011-525205)
(86)(22)【出願日】2009年8月27日
(65)【公表番号】特表2012-501339(P2012-501339A)
(43)【公表日】2012年1月19日
(86)【国際出願番号】US2009055227
(87)【国際公開番号】WO2010025278
(87)【国際公開日】20100304
【審査請求日】2012年8月16日
【審判番号】不服2014-15732(P2014-15732/J1)
【審判請求日】2014年8月8日
(31)【優先権主張番号】61/190,453
(32)【優先日】2008年8月28日
(33)【優先権主張国】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591013229
【氏名又は名称】バクスター・インターナショナル・インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】BAXTER INTERNATIONAL INCORP0RATED
(73)【特許権者】
【識別番号】501453189
【氏名又は名称】バクスター・ヘルスケヤー・ソシエテ・アノニム
【氏名又は名称原語表記】Baxter Healthcare SA
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】ミッテラー, アルツール
(72)【発明者】
【氏名】ハスラカー, マインハルト
(72)【発明者】
【氏名】メイヤー, クリスタ
【合議体】
【審判長】
中島 庸子
【審判官】
飯室 里美
【審判官】
高堀 栄二
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭61−113458(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C07K 1/00-19/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
剪断感受性バイオポリマーおよび溶解緩衝液を含む混合物を中空糸透析モジュール内に流動させて、該混合物の剪断感受性バイオポリマー濃度よりも高い剪断感受性バイオポリマー濃度を有する濃縮液および濾液を形成するステップを含み、該混合物と該濾液との膜間差圧が、1mmHg(0.1kPa)から150mmHg(20kPa)であり、該中空糸透析モジュールの膜の厚さが10マイクロメートルから100マイクロメートルであり、該中空糸透析モジュールにおける壁剪断速度が2000秒−1未満であり、該濃縮液中に存在する該剪断感受性バイオポリマーが、該混合物中に存在する該剪断感受性バイオポリマーの活性の少なくとも70%の活性を保持する、該剪断感受性バイオポリマーを濃縮する方法であって、該剪断感受性バイオポリマーが、フォンウィルブランド因子(vWF)である、方法。
【請求項2】
前記中空糸透析モジュールの膜の厚さが30マイクロメートルである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記中空糸透析モジュールにおける壁剪断速度が、50秒−1から1800秒−1である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記中空糸透析モジュールの膜が、1平方メートル当たり1グラムよりも低いタンパク質吸着を有する材料を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記中空糸透析モジュールの膜が、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリイミド、セラミック、修飾セルロース、脂肪族ポリアミド、およびポリアクリロニトリルからなる群から選択される材料を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記中空糸透析モジュールの膜が、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、および修飾セルロースからなる群から選択される材料を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記溶解緩衝液の一部を透析緩衝液で置換するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記濃縮液が、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの少なくとも70%を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記濃縮液が、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの少なくとも80%を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記濃縮液が、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの少なくとも90%を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記濃縮液中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーが、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの活性の少なくとも80%の活性を保持する、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
流量が200mL/分以上である、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(開示の分野)
本発明の開示は、一般に、フォンウィルブランド因子(vWF)などの剪断感受性(shear sensitive)バイオポリマーを濃縮する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(関連技術の簡単な説明)
バイオポリマーを濃縮する(およびダイアフィルトレーションを行う)公知の方法は、平板および中空糸装置でのタンジェンシャルフロー(クロスフロー)限外濾過(およびダイアフィルトレーション)を含む。これらの装置は、費用効果のある操作に適した濾液流束が確実に得られるよう、十分に高い流量および膜間差圧で動作する。しかし、これらの動作条件は、高い剪断速度をもたらす。さらに、これらの装置は、濾液流束をさらに増大させるスクリーンを含む可能性がある。これらのスクリーンは、バイオポリマーに与えられる剪断応力も増大させる。そのような剪断応力は、この応力がバイオポリマーを破壊し、変性させ、または不活性化する可能性があるので、タンパク質やウイルス粒子などの剪断感受性バイオポリマーを濃縮しようと試みる場合は特に望ましくない。
【0003】
平板またはタンジェンシャルフロー(クロスフロー)中空糸装置で濃縮および/またはダイアフィルトレーション中に剪断応力を低下させる、様々な公知の方法がある。これらの方法は、流量を低下させ、膜表面積を増大させ、膜のカットオフサイズを増大させるステップを含む。しかし、これら方法のそれぞれには、様々な問題がある。例えば、流量を低下させることによって濾液流束も低下し、その結果、望ましくないことであるが全操作時間が長くなり、膜汚染の危険性が増し、剪断感受性バイオポリマーが剪断応力に曝される時間が長くなる。低流量で膜表面積を増大させると、濾液流束が高く保たれ、全操作時間が長くなるのを防止する。しかし、低流量では、膜汚染の危険性が増す。膜表面積が増大すると、表面吸着の増加が原因でより多くの生成物損失が生じ、増大した膜面積および緩衝液消費に対してより費用がかかり、濃縮後の生成物の所望の体積よりも大きなデッドボリュームを有する可能性がある。膜のカットオフサイズが増大すると、より大きな孔径が原因で十分な濾液流束が得られる。しかし、増大する膜汚染または剪断感受性バイオポリマーとの不適合性(即ち、バイオポリマーが膜を通過する可能性があり、および濾液中に失われる可能性がある)という問題が残されたままである。
【0004】
タンパク質の表面吸着および凝集物形成が回避されるように、多くのバイオプロセシング操作では洗浄剤が使用される。しかしこれらの操作は、剪断感受性バイオポリマーを安定化させるため、専用の緩衝液添加剤を必要とする可能性がある。
【0005】
タンジェンシャルフロー中空糸装置の場合、推奨される剪断速度は、剪断感受性供給原料に関して2000から8000秒
−1であり2000から4000秒
−1である。非特許文献1を参照されたい。しかし、例えばvWFやウイルス粒子などの剪断感受性バイオポリマーは、2000秒
−1よりも高い剪断速度で劣化し、変性し、または折り畳まれない。したがって、高レベルの剪断応力を与えることなく剪断感受性ポリマーを濃縮する方法が当技術分野で求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】GE Healthcare, Operating Handbook: Hollow fiber cartridges for membrane separations 8巻(2004年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、従来技術は、バイオポリマーを実質的に失ってタンパク質の沈殿、膜汚染、および膜表面吸着をもたらすことなく、剪断感受性バイオポリマーを濃縮するための費用効果のある方法を、当業者に対して十分に教示または示唆していない。同様に、バイオポリマー含有混合物の流量を低下させ、それによって装置の剪断応力を低下させた場合は、膜汚染および沈殿物吸着を回避するためにある最小限の流量が必要とされるので、有効な代替例が提供されない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書には、vWFなどの剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物を、中空糸透析モジュール内に流動させて、この混合物の場合よりも高い剪断感受性バイオポリマー濃度を有する濃縮液を形成するステップを含む、剪断感受性バイオポリマーを濃縮する方法が開示される。この方法はさらに、濃縮中または濃縮後に、剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物を用いた緩衝液交換または透析を含むことができる。
【0009】
中空糸透析モジュールの膜は、好ましくは約200マイクロメートル未満の厚さを有し、例えば、膜は約10マイクロメートルから約100マイクロメートルの厚さであってもよく、好ましくは約30マイクロメートルの厚さである。好ましい実施形態において、中空糸透析モジュール内の壁剪断速度は約2300秒
−1未満であり、好ましくは約50秒
−1から約1800秒
−1である。中空糸透析モジュール内の膜間差圧は、好ましくは約1mmHgから約600mmHg(約0.1kPaから約80kPa)であり、より好ましくは約10mmHgから約150mmHg(約1kPaから約20kPa)である。
【0010】
剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物は、溶解緩衝液を任意選択で含有することができる。混合物が溶解緩衝液を含む場合、この方法は、さらに、溶解緩衝液の一部を透析緩衝液で置き換えるステップを含むことができる、
好ましい実施形態において、濃縮液は、混合物中に剪断感受性バイオポリマーを少なくとも約70%含み、好ましくは混合物中に剪断感受性バイオポリマーを少なくとも約80%含み、より好ましくは混合物中に剪断感受性バイオポリマーを少なくとも約90%含む。濃縮液は、好ましくは、混合物中の剪断感受性バイオポリマーの活性を少なくとも約70%保持し、より好ましくは、混合物中の剪断感受性バイオポリマーの活性を少なくとも約80%を保持する。
【0011】
開示された方法は、タンパク質の沈殿、膜汚染、および膜表面接着に至るバイオポリマーの実質的な損失を回避しながら剪断感受性バイオポリマーを濃縮するための、費用効果のあるプロセスを提供する。
【0012】
本発明の追加の特徴は、図面、実施例、および添付される特許請求の範囲と併せて解釈される以下の詳細な記述を検討することによって、当業者に明らかにすることができる。
【0013】
この開示をより完全に理解するために、以下の詳細な説明および添付図面を参照すべきである。
例えば、本発明は以下の項目を提供する。
(項目1)
剪断感受性バイオポリマーを含む混合物を中空糸透析モジュール内に流動させて、該混合物の剪断感受性バイオポリマー濃度よりも高い剪断感受性バイオポリマー濃度を有する濃縮液を形成するステップを含む、該剪断感受性バイオポリマーを濃縮する方法。
(項目2)
前記中空糸透析モジュールの膜の厚さが約200マイクロメートル未満である、項目1に記載の方法。
(項目3)
前記中空糸透析モジュールの膜の厚さが、約10マイクロメートルから約100マイクロメートルである、項目1に記載の方法。
(項目4)
前記中空糸透析モジュールの膜の厚さが約30マイクロメートルである、項目1に記載の方法。
(項目5)
前記中空糸透析モジュールにおける壁剪断速度が約2300秒−1未満である、項目1に記載の方法。
(項目6)
前記中空糸透析モジュールにおける壁剪断速度が、約50秒−1から約1800秒−1である、項目1に記載の方法。
(項目7)
前記中空糸透析モジュールにおける膜間差圧が、約1mmHgから約600mmHgである、項目1に記載の方法。
(項目8)
前記中空糸透析モジュールにおける膜間差圧が、約10mmHgから約150mmHgである、項目1に記載の方法。
(項目9)
前記中空糸透析モジュールの膜が、1平方メートル当たり1グラムよりも低いタンパク質吸着を有する材料を含む、項目1に記載の方法。
(項目10)
前記中空糸透析モジュールの膜が、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリイミド、セラミック、修飾セルロース、脂肪族ポリアミド、およびポリアクリロニトリルからなる群から選択された材料を含む、項目1に記載の方法。
(項目11)
前記中空糸透析モジュールの膜が、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、および修飾セルロースからなる群から選択された材料を含む、項目1に記載の方法。
(項目12)
前記混合物が、溶解緩衝液をさらに含む、項目1に記載の方法。
(項目13)
前記溶解緩衝液の一部を透析緩衝液で置換するステップをさらに含む、項目12に記載の方法。
(項目14)
前記濃縮液が、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの少なくとも約70%を含む、項目1に記載の方法。
(項目15)
前記濃縮液が、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの少なくとも約80%を含む、項目1に記載の方法。
(項目16)
前記濃縮液が、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの少なくとも約90%を含む、項目1に記載の方法。
(項目17)
前記剪断感受性バイオポリマーが、フォンウィルブランド因子を含む、項目1に記載の方法。
(項目18)
前記濃縮液中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーが、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの活性の少なくとも約70%の活性を保持する、項目1に記載の方法。
(項目19)
前記濃縮液中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーが、前記混合物中に存在する前記剪断感受性バイオポリマーの活性の少なくとも約80%の活性を保持する、項目1に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、中空糸透析モジュールの断面図である(縮尺を合せていない)。
【
図2】
図2は、透析緩衝液が濃縮液に直接添加されている、中空糸透析モジュールのプロセス工程図である。
【
図3】
図3は、透析緩衝液が供給流に対して逆行して導入される、中空糸透析モジュールのプロセス工程図である。
【
図4】
図4は、実験2−1に関するプロセスデータを示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
剪断感受性バイオポリマーを濃縮するための開示された方法は、様々な形をとる実施形態が可能であるが、この開示は例示を目的とするものであり本明細書に記述され例示される特定の実施形態に本発明を限定するものではないという理解の下、本発明の特定の実施形態は、図面に例示されている(以下に記述される)。
【0016】
(発明の詳細な説明)
本発明は、一般に、剪断感受性バイオポリマーを、これを含有する混合物から濃縮する方法に関する。バイオポリマーを濃縮する公知の方法は、剪断感受性バイオポリマーを破壊し、変性させ、または不活性化し得る望ましくない高剪断応力を与える可能性がある。本明細書には、剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物を中空糸透析モジュール内に流入させて、混合物の場合よりも高い剪断感受性バイオポリマー濃度を有する濃縮液を形成するステップを含む、剪断感受性バイオポリマーを濃縮する方法が開示される。開示された方法は、高い濾液流束を維持しながら、剪断感受性バイオポリマーの破壊が回避されるよう十分に低い剪断応力を確実にする。
【0017】
開示される方法による濃縮に適切な剪断感受性バイオポリマーは、著しい剪断力(即ち、比較的大きな速度勾配)に曝されたときに、損傷、破壊、および/または活性の損失を受け易いものを含む。そのような剪断感受性バイオポリマーの例は、フォンウィルブランド因子(vWF)であり、第VIII因子と複合した血漿内を循環し、生物学的血液凝固活性の調節を支援する。vWFは、520kDaダイマーをベースにして約1,000kDa(キロダルトン)から約20,000kDaに及ぶ分子量を有する一連のオリゴマー/ポリマー形態をとる血漿内に存在するが、開示された方法は、この特定の分子量範囲のみをベースにして剪断感受性バイオポリマーを濃縮する能力を必ずしも限定する必要はない。
【0018】
特にvWFは、特にvWFがフィルタ膜の内部またはその付近を通過するときに(即ち、フィルタ膜細孔の近くにある流動絞りおよび迂回流路が、特に大きな速度勾配をもたらす場合)、輸送流体媒体の速度勾配によって誘導される剪断力に対して感受性がある。例えば、約2000秒
−1(秒の逆数)よりも速い剪断速度は、vWFを、球状分子から細長い鎖状分子に変換させる。この構造変化は、フィルタ表面およびその他のタンパク質との接着の可能性を高める。vWFの大きな多量体は、特に、この構造変化を受け易くかつ高い接着可能性が得られる。濃縮中、高い接着性によって生成物の収率が低下し、大きな多量体の損失によってvWFリストセチン補助因子活性が低下する。
【0019】
中空糸透析モジュールは、高い濾液流束および低剪断速度を有する。これらのモジュールは、高い生成物収率および剪断感受性バイオポリマーの最小限の損失を確かにすることができる。中空糸透析モジュールは、
図1に示されるように(縮尺は合せていない)、装置の長さに及ぶ中空糸または管状膜を備えた装置である。中空糸透析モジュールは、血液透析で使用されることが公知であり、例えば、Edwards Lifesciences(Saint−Prex、スイス)および旭化成ケミカルズ(株)(東京、日本)から市販されている。いかなる特定の理論にも拘泥するものではないが、モジュールは、圧力勾配が質量伝達のための主要な駆動力ではない透析の原理に基づいて、動作すると考えられる。代わりに、濃度勾配は、膜を横断して質量伝達または緩衝液交換を促進させる。
【0020】
図1には、供給流入口102、濃縮液流出口104、濾液流出口106、および任意選択の透析緩衝液流入口108を有する中空糸透析モジュール100が示されている。中空糸透析モジュール100は、供給流に平行してモジュール100内を走る中空糸110を有する。中空糸110は、注封材料112によって取り囲まれている。中空糸透析モジュールは、供給体積に応じて単独で、または直列で、または並列で使用することができる。
【0021】
中空糸透析モジュール内の高い濾液流束は、中空糸透析モジュール膜が限外濾過およびタンジェンシャルフロー中空糸装置の膜よりも非常に薄いので、実現可能である。後者の膜は、高い膜間差圧、大きな体積(再循環のため)、および多重使用に耐えなければならないので、200マイクロメートルよりも厚い。厚い膜は、濾液流束を減少させる。これとは対照的に、中空糸透析モジュールの膜は、約200マイクロメートル未満の厚さであり、好ましくは約10マイクロメートルから約100マイクロメートルの厚さであり、より好ましくは約30マイクロメートルの厚さである。薄い膜によって、より高い濾液流束が可能になり、したがって膜間差圧をその他のモジュールよりも低くすることができる。
【0022】
中空糸透析モジュールは高い濾液流束を有するので、中空糸透析モジュール内を通過する回数は、タンジェンシャルフロー中空糸装置で必要とされるよりも少ない回数しか必要としない。さらに、透析緩衝液が並行しまたは逆行して流れる場合、再循環の回数は、透析緩衝液が供給流に直接添加されるプロセスに比べて少なくすることができる。中空糸透析モジュールの効率は、同じ濃度を実現するのにかなり多くの再循環を必要とする限外濾過およびタンジェンシャルフロー中空糸装置で可能な効率よりも、はるかに高い。中空糸透析モジュール内を低剪断速度で通過する回数が少ないと、限外濾過またはタンジェンシャルフロー中空糸装置で見られるように高剪断速度で数多く通過する場合に比べ、より多くのタンパク質がその構造を保持することが可能になる。
【0023】
中空糸透析モジュールでの剪断速度は、好ましくは約2300秒
−1よりも遅い。剪断感受性バイオポリマー含有混合物の流量は、あるレベルよりも低い剪断速度、例えば2300秒
−1よりも低い、2000秒
−1よりも低い、または1800秒
−1よりも低い値が確実になるように、調節または制御することができる。剪断速度は、下記の方程式によって計算される:
【0024】
【数1】
(式中、Qは流量(mL/秒)であり、nは中空糸透析モジュール内の繊維の数であり、rは繊維の内径(cm)である)。
【0025】
繊維内径が0.2ミリメートルであるモジュールの、様々な流量および繊維の数での剪断速度に関しては、表1を参照されたい。
【0026】
【表1】
好ましくは、中空糸透析モジュールの膜間差圧は、約1mmHg(ミリメートル水銀)から最大で約600mmHg(約0.1kPa(キロパスカル)から約80kPa)であり、より好ましくは約10mmHgから約150mmHg(約1kPaから約20kPa)である。限外濾過およびタンジェンシャルフロー中空糸装置は、厚い膜を有するので、ずっと高い圧力に耐えることができる。これらの装置は、経済的な操作を目的とした効率および最小限の濾液流を確実にするために、より高い圧力も必要とする。例えば、タンジェンシャルフロー中空糸装置に関する最大膜間差圧は、10℃で約2600mmHgから3100mmHg(340kPaから415kPa)である。室温では、最大膜間差圧が約2300mmHgから2600mmHg(310kPaから345kPa)である。GE Healthcare, Operating Handbook: Hollow fiber cartridges for membrane separations 19巻(2004年)を参照されたい。しかし、これらの圧力および流量は、vWFなどの剪断感受性バイオポリマーを破壊し易い。
【0027】
中空糸透析モジュールの膜は、バイオポリマーの接着に耐える傾向がある様々な材料から作製することができる。典型的には、非常に親水性の膜または低タンパク質結合膜が好ましい。好ましい材料は、1g/m
2(1平方メートル当たりのグラム数)よりも低いタンパク質吸着を有する。いくつかの適切な膜には、例えば、セルロース誘導体(例えば、修飾または再生セルロース)および合成膜(例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、ポリイミド、セラミック、および脂肪族ポリアミド)が含まれる。好ましい膜材料には、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、および修飾セルロースが含まれる。例えば、典型的なタンパク質吸着は、ポリエーテルスルホンの場合が0.5g/m
2であり、再生セルロースの場合が0.1g/m
2である。
【0028】
中空糸透析モジュールは、濃縮と、濃縮およびダイアフィルトレーションと、濃縮および透析とを含めた様々なモードで操作することができる。濃縮では、引き続き
図1を参照すると、供給流は、入口102に流入し、中空糸110内を通過して、濃縮液を形成し、この濃縮液は出口104を通してモジュール100から出て行く。剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物からの小分子は、中空糸110の膜を通過して注封材料100に入り、濾液として出口106を通ってモジュール100から除去される。剪断感受性バイオポリマーは、中空糸110に沿って移動して、濃縮液を形成する。
【0029】
剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物は、溶解緩衝液を含むことができる。例えば、vWFなどの剪断感受性バイオポリマー溶解緩衝液は、20mM(ミリモル濃度)HEPESおよび150mM NaCl緩衝液であって、室温でpH7.4のものにすることができる。HEPESまたは4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸は、両性イオン有機化学緩衝剤である。溶解緩衝液は、中空糸110の膜を通過して注封材料に入り、濾液として中空糸透析モジュールから出ることができる。
【0030】
濃縮液は、剪断感受性バイオポリマーを含む。濃縮液は、透析緩衝液を任意選択で含むことができる。例えば、vWFなどの剪断感受性バイオポリマー透析緩衝液は、20mMクエン酸および15mMグリシン緩衝液であって、室温でpH7.3のものにすることができる。ダイアフィルトレーションでは、透析緩衝液は、
図2に示されるように、濃縮中または濃縮後に濃縮液に直接添加することができる。
図2は、透析緩衝液が濃縮液に直接添加される、中空糸透析モジュールのプロセス工程図である。濃縮液は、中空糸透析モジュールに多数回通すことが望まれる場合には、破線によって示されるように供給流に任意選択で戻すことができる。
【0031】
透析において、透析緩衝液は、並行なまたは逆行する流れのいずれかとして
図1に示されるように濃縮中または濃縮後に注封材料112内を流れることができ、溶解緩衝液と置換される。
図3は、透析緩衝液が逆行する流れとして供給流に導入される、中空糸透析モジュールのプロセス工程図である。並行な流れ(図示せず)は、濾液および透析緩衝液の流れを切り換えることによって実現することができる。濃縮液は、中空糸透析モジュール内を多数回通過する必要がある場合には、破線によって示されるように供給流に任意選択で戻すことができる。
【0032】
図1に示されるように、透析緩衝液は、入口108を通してモジュール100に進入し、逆行する流れとして中空糸110の膜の外面に接触し、溶解緩衝液の一部を置換する。特に
図1において、溶解緩衝液および剪断感受性バイオポリマーを含有する供給流は、入口102を通してモジュール100に進入する。透析緩衝液は、入口108を通してモジュールに進入し、逆行する流れとして注封材料100内を流れる。中空糸110では、溶解緩衝液の一部および透析緩衝液の一部が膜を通過する。溶解緩衝液は濾液として除去され、透析緩衝液および剪断感受性バイオポリマーは、出口104を通してモジュール100から出て行く濃縮液を形成する。あるいは、透析緩衝液および濾液の流れは、供給流に並行する流れとして透析緩衝液が流れるように、切り換えることができる(図示せず)。
【0033】
平板およびタンジェンシャルフロー中空糸限外濾過装置では、透析は、膜を通した緩衝液交換によって行われない。代わりに、濃縮後、透析緩衝液が濃縮液に添加され、再び濃縮される。これは、十分な緩衝液交換を実現するために何回も行われる。対照的に、中空糸透析モジュールは、濃縮および透析モードで同時に操作することができ、モジュール内を通過する回数を減らすことができる。
【0034】
緩衝液は、好ましくはバイオポリマーに適合性がある。緩衝液は、一般に、特定のバイオポリマーに関する特定の要件に基づいて変わることになる。例えば、ほとんどの治療用タンパク質の場合、緩衝液は、室温で好ましくは約4から約9のpHを有する。このpH範囲外にある緩衝液は、タンパク質の変性を引き起こす可能性がある。しかし、一部のタンパク質(例えば、ペプシン)は、酸性環境下で、例えば約1から約2のpHで、最も良く機能する。さらに緩衝液は、好ましくは、バイオポリマーを破壊し得る還元剤化合物またはカオトロピック化合物を含有すべきでない。還元剤は、ジスルフィド結合を含むタンパク質またはペプチドに有害なだけである。ほとんどの治療用タンパク質はジスルフィド結合を含み、還元剤はこれらの結合を破壊する可能性がある。還元剤構成要素には、例えば、β−メルカプトエタノール、メルカプトエチルアミン、ジチオトレイトール、およびトリス(2−カルボキシエチル)ホスフィンが含まれる。カオトロピック構成要素には、例えば、尿素、塩化グアニジニウム、チオシアン酸グアニジン、およびチオシアン酸カリウムが含まれる。
【0035】
濃縮後、濃縮液は、好ましくは、混合物中に存在する剪断感受性バイオポリマーを少なくとも約70%、より好ましくは少なくとも約80%、さらにより好ましくは混合物中に存在する剪断感受性バイオポリマーを少なくとも約90%含む。濃縮後、濃縮液中に存在する剪断感受性バイオポリマーは、好ましくは、混合物中に存在する活性の少なくとも約70%、より好ましくは混合物中に存在する活性の少なくとも約80%を保持する。
【0036】
開示された方法は、表面吸着および凝集物形成を低減させる洗浄剤の使用と、剪断感受性バイオポリマーを安定化させる専用の緩衝液添加剤の開発とを回避する。洗浄剤の使用は、臨界濃度よりも高いと、タンパク質のように振る舞う高分子量ミセルを形成する可能性があり、剪断感受性バイオポリマーと共に濃縮される可能性があるので、問題である。したがって、洗浄剤の最終濃度は、制御するのが困難になる可能性がある。
【実施例】
【0037】
下記の実施例は、本発明を例示するために提示するが、その範囲を限定するものではない。実施例1は、3000cm
2の膜表面積を有する中空糸透析モジュールで行った、4つの実験について記述している。実施例2は、7000cm
2の膜表面積を有する中空糸透析モジュールで行った、2つの実験について記述している。膜表面積は、1本の中空糸の内部膜表面積に、モジュール内の中空糸の数を掛けた値である。これらの実験は、
図2に示されるように、逆行する流れとして流動する透析緩衝液を用いて行った。
【0038】
(実施例1)
4つの実験は、中空糸透析モジュールと共に、剪断感受性バイオポリマーとしてvWFを用いて行った。中空糸透析モジュールは、3000cm
2の膜表面積、30マイクロメートルの厚さの膜、100ミリメートルの繊維長、および200マイクロメートルの繊維内径を有していた。膜材料はポリエーテルスルホンであった。これら供給流の濃度は、1リットル当たりのvWFタンパク質が0.7グラム(g vWF/L)、0.56g vWF/L、0.39g vWF/L、および0.27g vWF/Lであった。濃縮後の濃縮液の濃度は、それぞれ2.52g vWF/L、4.59g vWF/L、2.23g vWF/L、および1.26g vWF/Lであった。これらの実験は、終了まで約2から4時間を要した。
【0039】
供給流中の溶解緩衝液は、20mM(ミリモル濃度)HEPESおよび150mM NaCl緩衝液であって、室温でpH7.4のものであった。透析緩衝液は、20mMクエン酸および15mMグリシン緩衝液であって、室温でpH7.3のものであった。HEPESの濃度は、供給流中の15mM超から濃縮液中の1mM未満へと低下した。
【0040】
【表2】
(実施例2)
2つの実験は、中空糸透析モジュールと共に、剪断感受性バイオポリマーとしてvWFを用いて行った。中空糸透析モジュールは、7000cm
2の膜表面積、30マイクロメートルの厚さの膜、100ミリメートルの繊維長、および200マイクロメートルの繊維内径を有していた。膜材料は、ポリエーテルスルホンであった。これらの実験は、300ml/分の供給流量で、初期体積減少速度2L/時および透析速度5L/時として行った。供給流量によって与えられた剪断速度は、約571秒
−1であった。供給流の濃度は、約0.18g vWF/Lおよび約0.22g vWF/Lであった。濃縮液の濃度は、それぞれ約0.88g vWF/Lおよび約0.95g vWF/Lであった。
【0041】
供給流中の溶解緩衝液は、20mM HEPESおよび150mM NaCl緩衝液であって、室温でpH7.4のものであった。透析緩衝液は塩を含まず、20mMクエン酸および15mMグリシン緩衝液であって、室温でpH7.3のものであった。HEPESの濃度は、供給流中の15mM超から濃縮液中の1mM未満に低下した。
【0042】
【表3】
図4は、膜間差圧、フィルタ前の圧力、体積減少速度、および全濾液体積に関するデータを有する実験2−1を示すグラフである。
【0043】
(比較例)
9つの実験を、GE Healthcare(Buckinghamshire、英国)から市販されている300kDaの膜を有するタンジェンシャルフロー中空糸装置で行った。タンジェンシャルフロー中空糸装置の内径は、0.5mmであった。これら実験のうち6つは、140cm
2の膜表面積を有するタンジェンシャルフロー中空糸装置で行い、3つは650cm
2の膜表面積で行った。濃縮プロセスは、限外濾過ステップおよびダイアフィルトレーションステップを含んでいた。剪断感受性供給原料に関して推奨される剪断速度は、2000秒
−1から4000秒
−1であったが、これらの剪断速度は、試験がなされる剪断感受性バイオポリマー、vWFにとっては速過ぎた。したがって、これらの実験は、推奨される値よりも低い流量で行うことにより、バイオポリマーに与えられる剪断応力を低下させた。限外濾過後、平均vWFタンパク質収率は50.7%であり、vWFリストセチン補助因子収率は59.0%であった。ダイフィルトレーション後、最終プロセスで、平均vWFタンパク質収率は48.3%であり、vWFリストセチン補助因子収率は53.8%であった。
【0044】
これらの収率は、中空糸透析モジュールで実現されたものよりも十分低かった。さらに、タンジェンシャルフロー中空糸装置での剪断速度を低下させるのに必要な、より低い流量によって、禁止されているレベルにまでプロセス時間が増大した。低流量に関連した、結果的に得られる低濾液流束を補償しないと、プロセス時間は、経済的に実現可能にならない。TMPまたは膜表面積の増大など、濾液流束を増大させる方法は、剪断感受性バイオポリマーの損失をもたらし、その結果、タンパク質の沈殿または表面吸着が生じる。
【0045】
前述の実施例は、剪断応力を低下させ十分高い濾液流束を保持することによって高い収率を達成する剪断感受性バイオポリマーを濃縮するための、効果的な方法について実証する。この方法は、構造変化、タンパク質沈殿、膜汚染、および/または膜表面吸着に至る、かなりの量のバイオポリマーの損失を引き起こすことなく、剪断感受性バイオポリマーを含有する混合物が濃縮されることを、確実にする。
【0046】
先の記述は、理解を明らかにするためにのみ提示され、本発明の範囲内の修正例は当業者に明らかであり得るので、そこから不必要な限定を理解すべきではない。