特許第5933443号(P5933443)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5933443PDGF−BB活性亢進による皮膚賦活化
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5933443
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】PDGF−BB活性亢進による皮膚賦活化
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20160526BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20160526BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20160526BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20160526BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
   C12Q1/02
   C12Q1/68 A
   C12N15/00 AZNA
   A61K45/00
   A61P17/00
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-534039(P2012-534039)
(86)(22)【出願日】2011年9月14日
(86)【国際出願番号】JP2011071017
(87)【国際公開番号】WO2012036211
(87)【国際公開日】20120322
【審査請求日】2014年9月1日
(31)【優先権主張番号】特願2010-209705(P2010-209705)
(32)【優先日】2010年9月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(72)【発明者】
【氏名】相馬 勤
(72)【発明者】
【氏名】山西 治代
(72)【発明者】
【氏名】石松 弓子
【審査官】 福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】 韓国公開特許第10−2010−0100708(KR,A)
【文献】 国際公開第98/039035(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膚を賦活化させる薬剤をスクリーニングする方法であって、候補薬剤を血管内皮細胞に作用させ、前記細胞のPDGF-BBの発現を亢進させることで間葉系幹細胞を細胞周囲に遊走させ、その結果その細胞周囲の皮膚を賦活化する薬剤を皮膚賦活剤として選定することを特徴とする方法。
【請求項2】
前記測定が、細胞中のPDGF-Bに由来するmRNAをリアルタイムポリメラーゼ連鎖方法により測定することにより実施される、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血小板由来成長因子-BB(PDGF-BB)活性亢進による皮膚賦活化法に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞は、複数の細胞に分化した細胞を産生する多分化能と、細胞分裂によりその細胞と同じ細胞を産生する自己複製能という2つの性質を併せ持つ細胞である。受精卵の初期の発生段階である胚に由来する幹細胞は胚性幹細胞(ES細胞)と称される。ヒトES細胞は再生医療に使用することが期待されているものの、受精卵を利用するという倫理上の問題から新たなヒトES細胞の作成は認められていない。
【0003】
近年、ES細胞類似の性質を持つ細胞として、人工多能性幹細胞(iPS細胞)にも注目が集まっている。しかしながら、iPS細胞の作成には細胞の癌化、作成効率等の観点で多くの問題がある。一方、特定の組織に分化する能力を有する体性幹細胞は、患者自身の身体の組織、例えば骨髄から得られるため、胚性幹細胞のような倫理上の問題はない。
【0004】
皮膚では表皮基底層に表皮幹細胞(非特許文献1)が存在することが良く知られており、また毛包のバルジ領域と呼ばれる領域には、毛包上皮幹細胞(非特許文献2)や皮膚色素幹細胞(非特許文献3)が存在することが報告されている。一方、真皮にはコラーゲンを主体とする繊維成分の中に、細長い紡錘形をした線維芽細胞が存在しているが、真皮の線維芽細胞に幹細胞が存在するかは明らかにされていない。また、真皮には脂肪、グリア、軟骨、筋肉など複数の細胞系列に分化する皮膚由来前駆細胞(skin-derived precursors:SKP)が存在すること(非特許文献4)は知られているものの、真皮線維芽細胞とSKPの関連は明らかではない。
【0005】
線維芽細胞の前駆細胞として骨髄から分離された間葉系幹細胞(非特許文献5)は、間葉系に属するさまざまな細胞(骨細胞、筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞など)に分化することから、骨や血管、筋の再構築など再生医療への応用が期待されている。最近では、間葉系組織を持つ組織の多くに存在する可能性が明らかになってきており、脂肪や臍帯血、胎盤などからも間葉系幹細胞が単離されている(非特許文献6-8)。しかしながら、真皮における間葉系幹細胞の存在は依然として明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Watt FM, J Dermatol Sci. 28:173-180, 2002
【非特許文献2】Cotsarelis G et al., Cell. 57:201-209, 1989
【非特許文献3】Nishimura EK et al., Nature. 416:854-860, 2002
【非特許文献4】Wong CE al., J Cell Biol. 175:1005-1015, 2006
【非特許文献5】Pittenger MF et al., Science. 284:143-147, 1999
【非特許文献6】Park KW et al., Cell Metab. 8:454-457, 2008
【非特許文献7】Flynn A, et al., Cytotherapy. 9:717-726,2007
【非特許文献8】Igura K et al., Cytotherapy. 6:543-553,2004
【非特許文献9】Kim WS et al., J Dermatol Sci. 53:96-102, 2009
【非特許文献10】Dalla-Favera R et al., Nature 292:31-35, 1981
【発明の概要】
【0007】
間葉系幹細胞は骨髄、臍帯血、胎盤に加えて脂肪にも存在することが明らかになっている。真皮にもその下の皮下脂肪と同様に間葉系幹細胞が存在し、さらに血管部位に局在することが明らかになった。しかし、これら真皮や脂肪の間葉系幹細胞が血管部位に局在する機構や、これら幹細胞の加齢による増減は依然として不明である。従って、本発明の課題は、加齢による真皮および皮下脂肪における間葉系幹細胞の増減を明らかにした上で、これらの部位における間葉系幹細胞の維持に関わる因子を調節することで皮膚状態を改善する方法を提供することにある。
【0008】
骨髄の間葉系幹細胞は非常にわずかであること、臍帯血や胎盤は対象が限定されることから、自己に由来する間葉系幹細胞のソースとしては限界がある。真皮から間葉系幹細胞が単離できれば、皮膚は再生医療や美容医療に使用する間葉系幹細胞の貴重な供給源になりうる。そこで我々は、真皮にも皮下脂肪と同様に間葉系幹細胞に存在することを明らかにするとともに、真皮から効率よく間葉系幹細胞を単離する方法を確立した(特願2009-213291)。これら真皮や皮下脂肪の間葉系幹細胞が血管部位に局在する機構や、これら幹細胞の加齢による増減は依然として不明であることから、本発明者が、真皮あるいは皮下脂肪において間葉系幹細胞の存在する部位をより詳細に明らかにするとともに、間葉系幹細胞を局在化させる因子を明らかにすることを目的に検討を行ったところ、PDGF-BBの関与が明らかになった。CD34陽性を示す真皮や皮下脂肪の間葉系幹細胞は加齢に伴い減少し、同様にPDGF-Bの遺伝子発現も加齢に伴い減少していた。脂肪由来の間葉系幹細胞を老化した皮膚に注入することで、シワなどの皮膚老化への改善効果が報告されている(非特許文献9)。あるいは、脂肪由来の間葉系幹細胞が皮膚において抗酸化機能を発揮することが分かってきた。これらのことから、真皮や皮下脂肪の間葉系幹細胞が局在する血管部位、より具体的にはPDGF-BBを高発現する血管内皮細胞で内因性のPDGF-BBの発現を高めて、真皮や皮下脂肪における間葉系幹細胞を多く保つことで皮膚老化を抑制することができる。
【0009】
したがって、本願は下記の発明を包含する:
[1]皮膚を賦活化させる薬剤をスクリーニングする方法であって、候補薬剤を血管内皮細胞に作用させ、前記細胞のPDGF-BBの発現を亢進させる薬剤を皮膚賦活剤として選定することを特徴とする方法。
[2]前記測定が、細胞中のPDGF-Bに由来するmRNAをリアルタイムポリメラーゼ連鎖方法により測定することにより実施される、[1]の方法。
[3]皮膚の血管部位でPDGF-BB活性又はレベルを増加させることにより、間葉系幹細胞を賦活化し、それ故皮膚を賦活化し、皮膚の老化を抑制する方法。
[4]老化の抑制を所望する皮膚にレチノイン酸を適用することによる、[3]の方法。
【0010】
本発明により新規の皮膚賦活剤の同定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】血管内皮細胞でのPDGF遺伝子の発現を示す。
図2】PDGF による真皮・脂肪幹細胞の遊走を示す。
図3】真皮でのPDGF-BBの局在を示す。
図4】真皮でのPDGF-BBの局在を示す。
図5】真皮・脂肪幹細胞のニッチへの集積に対するPDGF-BB阻害の影響を示す。
図6】ヒトにおける真皮・脂肪幹細胞の加齢による変化を示す。
図7】ヒトにおける真皮・脂肪幹細胞の加齢による変化を示す。
図8】レチノイン酸によるPDGF-BB産生の亢進を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、皮膚を賦活化させる薬剤をスクリーニングする方法であって、候補薬剤を血管内皮細胞に作用させ、前記細胞のPDGF-BBの発現を亢進させる薬剤を皮膚賦活剤として選定することを特徴とする方法に関する。
【0013】
血小板由来成長因子は線維芽細胞、平滑筋細胞、グリア細胞等といった間葉系細胞の遊走および増殖などの調節に関与する増殖因子であり、上皮細胞や内皮細胞など様々な細胞によって産生される。PDGFにはPDGF-A、B、CおよびDの少なくとも4種類が存在するが、A鎖およびB鎖はジスルフィド結合を形成することによりホモあるいはヘテロ2量体構造をとり3種類のアイソフォーム(PDGF-AA、AB、BB)を有している。PDGFはチロシンキナーゼ関連型であるPDGF受容体(PDGFR)を介してその生理作用を発現することが知られている。PDGF-Bの遺伝子は公知であり、遺伝子クローニングされている(非特許文献10)。
【0014】
本発明において使用する間葉系細胞は、あらゆる哺乳動物、例えばヒト、チンパンジー、その他の霊長類、家畜動物、例えばイヌ、ネコ、ウサギ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ブタ、他に実験用動物、例えばラット、マウス、モルモットなどの真皮に由来し得る。
【0015】
本発明でいう皮膚の賦活とは、特に限定されるわけではないが、一般に皮膚組織の新陳代謝が活発となり、ターンオーバー期間が比較的短く、組織疲労や萎縮、酸化の進行などが低い状態となることをいう。皮膚の賦活により、肌のハリが保たれ、小ジワの形成、シミの形成などを防いだり、それらを改善することができる。
【0016】
血管内皮細胞中のPDGF-BB遺伝子の発現は、例えばPDGF-BBの量を測定することにより決定してよい。好ましくは、この測定は、PDGF-BBに特異的な抗体を利用し、当業界において周知の方法、例えば蛍光物質、色素、酵素等を利用する免疫染色法、ウェスタンブロット法、免疫測定方法、例えばELISA法、RIA法等、様々な方法により実施できる。また、例えば、血管内皮細胞中のtotal RNAを抽出し、PDGF-BをコードするmRNAの量を測定することにより決定することもできる。mRNAの抽出、その量の測定も当業界において周知であり、例えばRNAの定量は定量ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、例えばリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により行われる。RT-PCRに適切なプライマーの選定は、当業者周知に方法により実施することができる。
【0017】
本発明者は、また、レチノイン酸がPDGF-BBの発明を亢進させることを見出した。したがって、皮膚賦活剤の選定は、例えばレチノイン酸といったPDGF-BBの発現促進効果を有する薬剤などを用いたポジティブコントロールや、PDGF-BB発現阻害効果を有する薬剤、例えばPDGF-B遺伝子のsiRNAなどを用いたネガティブコントロールとの対比において、候補薬剤がPDGF-BB の発現を亢進させるかどうかを例えば統計学的手法を介して調べ、行うことができる。
【0018】
本発明はさらに、候補薬剤を血管内皮細胞中のPDGF-B(配列番号1)をコードするポリヌクレオチドに対し高ストリンジェント条件下でハイブリダイゼーション可能なポリヌクレオチドの発現を亢進する能力について評価し、当該亢進能力を有する候補薬剤を皮膚賦活剤として選定することを特徴とする方法を提供する。ハイブリダイゼーションは周知の方法又はそれに準じる方法、例えばJ.SambrookらMolecular Cloning 2nd, Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法に従って行うことができ、そして高ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件とは、例えばナトリウム濃度が約10〜40mM、好ましくは約20mM、温度が約50〜70℃、好ましくは約60〜65℃であることを含む条件をいう。
【0019】
本発明はさらに、皮膚の血管部位でPDGF-BB活性又はレベルを増加させることにより、活性が亢進又は発現レベルの増加したPDGF-BBが間葉系幹細胞に作用し、その結果該間葉系幹細胞が賦活化し、皮膚が賦活し、それ故皮膚老化を抑制する美容学的方法に関する。上記のとおり、本発明者はレチノイン酸、特にトレチノイン酸がPDGF-BBの発明を亢進させることを見出した。したがってこの方法は、例えば老化の抑制を所望する皮膚にレチノイン酸を適用することにより実施される。
【0020】
また、被験体におけるPDGF-Bをコードする遺伝子が不活性状態又は沈黙状態にあり、その結果細胞がPDGF-B欠損又は欠陥状態にあるときは、PDGF-B遺伝子自体を細胞内に導入するために、PDGF-BB遺伝子を組み込んだベクターを使用し、PDGF-BBの活性又はレベルを増加させることができる。該ベクターにおいては、PDGF-B遺伝子の発現を亢進させる調節配列、例えばプロモーターやエンハンサーを、PDGF-B遺伝子に対し作動可能な位置に配置することが好ましい。
【0021】
PDGF-B遺伝子を細胞内に導入する方法としては、ウイルスベクターを利用した遺伝子導入方法、あるいは非ウイルス性の遺伝子導入方法(日経サイエンス、1994年4月号、20-45頁、実験医学増刊、12(15)(1994)、実験医学別冊「遺伝子治療 の基礎技術」、羊土社(1996))のいずれの方法も適用することができる。ウイルスベクターによる遺伝子導入方法としては、例えばレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ関連ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス等のDNAウイルス、又はRNAウイルスに、PDGF-BをコードするDNAを組み込んで導入する方法が挙げられる。このうち、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ関連ウイルス、ワクシニアウイルスを用いた方法が、特に好ましい。非ウイルス性の遺伝子導入方法としては、発現プラスミドを直接筋肉内に投与する方法(DNAワクチン法)、リポソーム法、リポフェクチン法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法等が挙げられ、特にDNAワクチン法、リポソーム法が好ましい。また、上記遺伝子を実際に医薬として作用させるには、DNAを直接体内に導入する in vivo 法、およびヒトからある種の細胞を取り出し体外でDNAを該細胞に導入し、その細胞を体内に戻すex vivo法がある(日経サイエンス、1994年4月号、20-45頁、月刊薬事、36(1), 23-48(1994)、実験医学増刊、12(15)(1994))。in vivo 法がより好ましい。in vivo 法により投与される場合は、例えば、静脈、動脈、皮下、皮内、筋肉内等に投与することができる。in vivo 法により投与する場合は、一般的には注射剤等とされ、必要に応じて慣用の担体を加えてもよい。また、リポソームまたは膜融合リポソーム(センダイウイルス(HVJ)−リポソーム等)の形態にした場合は、懸濁剤、凍結剤、遠心分離濃縮凍結剤等のリポソーム製剤とすることができる。
【実施例】
【0022】
次に実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0023】
実験方法
ヒト皮膚構成細胞におけるPDGF-B遺伝子発現量の測定
ヒト皮膚の構成細胞におけるPDGF-B遺伝子発現量を定量PCR法で調べた。表皮角化細胞KCおよび毛包上皮細胞である外毛根鞘細胞ORSCはEpilife-KG2培地(クラボウ)、皮膚線維芽細胞FBは10%FBS添加のDMEM培地(Invitrogen)、ヒト血管内皮細胞HUVECはEGM-2培地(三光純薬)を用いて増殖培養を行った。各細胞をIsogen(ニッポンジーン)に回収して、提供されたプロトコールに従いtotal RNAを抽出した。精製したtotal RNAの濃度は核酸定量装置Nanodrop(Thermo scientific)により測定した。各サンプルについて同量のtotal RNAを用いて、ランダムプライマー(Invitrogen)と逆転写酵素Superscript III(Invitrogen)により、Invitrogen社のマニュアルに従いcDNAを合成した。合成したcDNAを鋳型に反応試薬LightCycler FastStart DNA Master PLUS SYBR Green (Roche)、反応装置LightCycler(Roche)を用いて定量PCRを行った。組成条件はRocheのプロトコールに従った。また、PCRの条件は、初期変性95℃で10分、変性95℃で10秒、アニール60℃で10秒、伸長72℃で10秒とした。使用したプライマーの配列は以下の通であり、LightCyclerの附属のソフトウェアを用いて、PDGF遺伝子の発現量を測定した。
【0024】
PDGF-A:
フォワードプライマー:5‘-ATACCTCGCCCATGTTCTG-3‘(配列番号1)
リバースプライマー:5‘-GATGCTTCTCTTCCTCCGAA-3‘(配列番号2)
PDGF-B:
フォワードプライマー:5‘-CTTTAAGAAGGCCACGGTGA-3‘(配列番号3)
リバースプライマー:5‘-CTTCAGTGCCGTCTTGTCAT-3‘(配列番号4)
PDGF-C:
フォワードプライマー:5‘-TATATTAGGGCGCTGGTGTG-3‘(配列番号5)
リバースプライマー:5‘-ATTAAGCAGGTCCAGTGGCA-3‘(配列番号6)
PDGF-D:
フォワードプライマー:5‘-TGGGAATCTGTCACAAGCTC-3‘(配列番号7)
リバースプライマー:5‘-CTTTTGACTTCCGGTCATGG-3‘(配列番号8)
G3PDH:
フォワードプライマー:5‘-GCACCGTCAAGGCTGAGAAC-3‘(配列番号9)
リバースプライマー:5‘-ATGGTGGTGAAGACGCCAGT-3‘(配列番号10)
【0025】
なお、G3PDHは内部標準として用い、各遺伝子それぞれの定量時において、これを用いて対照群のcDNA量を補正した。
【0026】
遊走能の評価
市販の脂肪由来の間葉系幹細胞MSCを購入して間葉系幹細胞用培地 MesenPro (Invitrogen)で継代培養を行った。次に、24穴培養プレートに無血清のMSC用培地StemPro培地(Invitrogen)にPDGF-AA、PDGF-ABあるいはPDGF-BB(R&D Systems)を5〜30ng/mlの濃度で加え、その上にファイブロネクチンコートセルインサート(BD bioscience)をセットし、StemPro培地に懸濁したMSC 50,000個を播種した。CO2インキュベーターで一晩培養を行った後、培養液を吸引除去した。続いて、セルインサーをHoechist 33258-PBS溶液に10分間浸漬してセルインサート上に接着している細胞の核を染色した。PBSで洗浄した後、セルインサートの裏側を蛍光顕微鏡下で観察して画像の撮影を行った。各セルインサートについてランダムに5枚の画像を撮影、移動した細胞の数をカウントした。
【0027】
ヒト皮膚組織におけるPDFG-BBの局在部位
ヒト皮膚組織を凍結組織包埋剤OTCコンパウンド(サクラファインテックジャパン)に包埋し、凍結切片作製装置クライオスタット(Leica)にて50μmの凍結切片を作製した。室温で風乾した凍結切片を、-20℃で15分間冷却した冷アセトンを用いて室温で15分間固定した。次に、TBSで洗浄後に無血清ブロッキング試薬(DAKO)で30分間ブロッキング処理を行い、3%BSA含有のTBSTで100倍に希釈したウサギAnti-ヒトPDGF-BB抗体(Abcam)とヒツジAnti-ヒトCD31抗体(R&D systems)と4℃で一晩反応させた。TBSTで40分間を2回、TBSで40分間を1回の計3回の洗浄を行った後、3%BSA含有のTBSTで200倍希釈したAlexa 488標識-anti-sheep IgG とAlexa 594標識-anti-rabbit IgG標識の二次抗体(Invitrogen)と1時間反応させた。反応後の切片をTBSTで40分間を2回、TBSで40分間を1回の計3回洗浄した後、Hoechist 33258で核染色を行ってから、共焦点蛍光顕微鏡 LSM5 PASCAL(Zeiss)を用いて観察および画像取り込みを行った。
【0028】
血管内皮細胞チューブ形成アッセイ
In Vitro Angiogenesis Assay Kitを用いてコーティングした8穴のチャンバースライドに、赤色の蛍光色素(PKH26 RED FLUORESCENT, Sigma)で標識したHUVEC、緑色の蛍光色素(PKH67 GREEN FLUORESCENT, Sigma)で標識したMSCを播種した後、5%CO2 存在下、37℃で12時間インキュベートした。共焦点蛍光顕微鏡 LSM5 PASCAL(Zeiss)を用いて、形成されたチューブの状態を観察、画像の撮影を行った。また、マウス抗PDGFレセプター中和抗体(R&D Systems)またはアイソタイプの一致するマウスIgGは5μg/mlの濃度で使用した。
【0029】
定量PCR法によるヒト皮膚におけるPDGF遺伝子発現量の測定
ヒト皮膚組織を液体窒素で凍結、クライオプレス(マイクロテック・ニチオン)を用いて液体窒素の冷却下において組織の破砕処理を行った。サンプルをIsogen(ニッポンジーン)に回収して、提供されたプロトコールを用いて皮膚のtotal RNAを抽出した。PDGF-B遺伝この発現量は、以下のプライマーを用いて前述と同様の方法で行った。
PDGF-B:
フォワードプライマー:5‘-CCTGGCATGCAAGTGTGA-3‘(配列番号11)
リバースプライマー:5‘-CCAATGGTCACCCGATTT-3‘(配列番号12)
【0030】
皮膚におけるヒト間葉系幹細胞の染色
ヒト皮膚組織をホルマリン-リン酸緩衝液で1週間まで固定した後、自動包埋機(サクラファインテックジャパン)を用いてパラフィンに包埋した。得られたヒト皮膚パラフィンブロックからミクロトーム(Leica)にて6μmの組織切片を作製、APSコートスライドガラスに貼り付けて伸展機(サクラファインテックジャパン)の上で伸展・乾燥させた。作製した皮膚組織スライドについて、キシレンによる脱パラフィンとエタノール/水系列での親水処理を行いさらにTBS緩衝液でリンスしてから、20μg/mlのProteinase K(Roche)と37℃で15分間の酵素反応処理を行ってCD34抗原を賦活化させた。次に、TBSTで十分に洗浄した後、無血清ブロッキング試薬(DAKO)で15分間ブロッキング処理を行い、3%BSA含有のTBSTで500倍に希釈したマウスAnti-ヒトCD34抗体(クローンQBEND-10、Abcam)と室温で1時間反応させた。TBSTで15分間を2回、TBSで15分間を1回の計3回の洗浄を行った後に、抗マウス抗体用染色試薬(ヒストファインマウスステインキット、ニチレイ)と15分間反応させた。次に、反応後の切片をTBSTで15分間を2回、TBSで15分間を1回の計3回洗浄した後、ペルオキシダ-ゼ標識ストレプトアビジン(ニチレイ)と15分間の反応を行った。反応後の切片をTBSTで15分間を2回、TBSで15分間を1回の計3回洗浄した後、シンプルステインDAB溶液(ニチレイ)を用いて発色反応を行った。対比染色は行わずに蒸留水でリンスした後、エタノール/水系列による脱水とキシレンによる透徹処理を行い、さらにマウントクイック(大道産業)とカバーガラスを用いて封入した。微分干渉顕微鏡(Olympus BX51 )で対物20倍のレンズにて画像取り込みを行い、それぞれの切片に対して10枚の画像についてCD34陽性細胞の数をカウントした。
【0031】
血管内皮細胞におけるPDGF-Bの産生亢進作用の評価
ヒト血管内皮細胞HUVECをEGM-2培地(三光純薬)で継代培養を行い、継代4代目の細胞をVEGF-Aを含まないHumedia-EG2培地(クラボウ)に懸濁してコラーゲンコート24穴マルチプレート(旭硝子)に20,000個の割合で播種、5%CO2 存在下、37℃で細胞が集密に達するままで3〜5日間の培養を行った。レチノイン酸1μM、10μMあるいは溶媒コントロールDMSOを添加したHumedia-EG2培地(クラボウ)に交換した後、さらに2日間培養を行った。培養終了時に培養上清を回収、ヒトPDGF-BB Quantikine ELISAキット(R&D Systems)を用いて、提供されたプロトコールに従いPDGF-BBの定量を行った。また、培養後の細胞からRNA抽出試薬MagNA Pure LC mRNA HSキット(Roche)と自動核酸抽出装置MagNA Pure LC 1.0 インスツルメント(Roche)を用いて、提供されたプロトコールに従ってmRNAの抽出・精製を行った。各サンプルについて同容量のmRNAを鋳型に、配列番号9と10のプライマーペアー、反応試薬QuantiFast SYBR Green RT-PCR Kit(Qiagen)と反応装置LightCycler(Roche)を用いて、PDGF-B遺伝子のワンステップ定量RT-PCRを行った。組成条件はQiagenのプロトコールに従った。また、RT-PCRの条件は、RT反応50℃で20分、初期変性95℃で15分、変性94℃で15秒、アニール60℃で20秒、伸長72℃で30秒とした。なお、G3PDHは内部標準として用い、これを用いて対照群のmRNA量を補正した。
【0032】
結果
ヒト皮膚において間葉系幹細胞が血管部位に局在していることが明らかになっている(特願2009-213291)。線維芽細胞の遊走因子として知られるPDGFファミリーについて、血管部位で発現が高い分子種を調べる目的で、4つの遺伝子PDGF-A、PDGF-B、PDGF-C、PDGF-Dの皮膚構成細胞での発現を比較した結果、PDGF-BはHUVECにおいて非常に発現が高く、一方でFBではほとんど発現していないことが明らかになった(図1)。その他、PDGF-AはKC、ORSC、HUVECで同等かつFBの4倍程度、PDGFCとPDGFDはFBでの発現が顕著に高い結果であった(図1)。HUVECでPDGFAとPDGFBの発現が認められたことから、これらの遺伝子から生じるPDGF タンパク質のPDGF-AA、PDGF-AB、PDGF-BBの間葉系幹細胞の遊走能への影響を調べた。その結果、PDGF-BBがPDGF-AAやPDGF-ABと比較して有意に、幹細胞の遊走能を亢進することが明らかになった(図2)。
【0033】
次に、真皮や皮下脂肪におけるPDGF-BBの局在を調べたところ、太い血管部位において血管マーカーCD31と一致して分布していた(図3)。太い血管部位での分布状態を共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ、PDGF-BBは血管内皮細胞の外側かつ周皮細胞(=真皮幹細胞)の間に存在していることが分かった(図4)。さらに、血管内皮細胞チューブ形成アッセイに間葉系幹細胞を加えるとそのほとんどが分岐部に集積するのに対して、PDGF-BBのレセプターPDGFRβの中和抗体存在下では分岐部への集積が阻害され(図5)、血管部位への間葉系幹細胞の集積にPDGF-BBが働いていると考えられた。ヒト皮膚における間葉系幹細胞およびPDGF-BBの加齢変化を調べたところ、老化に伴い間葉系幹細胞の数が減少していること(図6)、PDGF-B遺伝子の発現も同様に老化で減少することが分かった(図7)。これらのことから、PDGF-BBを維持・亢進することにより間葉系幹細胞を多くすることで、皮膚を賦活化できる可能性が考えられる。
【0034】
そこで、PDGF-BBの発現を亢進する薬剤についてELISA法および定量PCR法で調べた結果、トレチノイン(all trans retinoic acid)に濃度依存的な活性を見出した(図8)。
図1
図7
図8
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]