【実施例】
【0051】
〔参考例1〜4〕
以下の参考例1〜4では、希土類磁石を製造する本発明の方法では、熱処理が加圧を伴わない場合であってさえも、熱処理を行わない従来の方法と比較して改良された保磁力を有する希土類磁石が得られることを示す。
【0052】
〔参考例1〕
組成Nd
15Fe
77B
7Ga
1のナノ結晶希土類磁石、並びにAl及びCuを含有している組成Nd
15Fe
77B
6.8Ga
0.5Al
0.5Cu
0.2のナノ結晶希土類磁石を製造した。最終的に得られる組織は、主相であるNd
2Fe
14B
1相と、粒界相であるNdリッチ相(Nd又はNd酸化物)又はNd
1Fe
4B
4相とからなるナノ結晶組織である。Gaは粒界相中において富化されて、粒界の移動を阻止し、かつ結晶粒の粗大化を抑制する。Al及びCuの両方は粒界相中のNdと合金化し、かつ粒界相の拡散又は流動を可能とする。
【0053】
〈合金インゴットの作製〉
上記の2種類の組成となるようにして、Nd、Fe、B、Ga、Al及びCuの各原料を所定量秤量し、そしてアーク溶融炉にて溶融して、合金インゴットを作製した。
【0054】
〈急冷薄片の作製〉
合金インゴットを高周波炉で溶融し、得られた溶融合金を、
図1に示すように銅製の単ロールのロール面に噴射して急冷した。用いた条件は下記のとおりであった。
【0055】
《急冷固化条件》
ノズル径:0.6mm
クリアランス:0.7mm
噴射圧力:0.4kg/cm
3
ロール速度:2350rpm
溶融温度:1450℃
【0056】
〈分別〉
得られた
複数の急冷薄片4には、上記のように、
複数のナノ結晶薄片と
複数の非晶質薄片とが混在していた。したがって、
図2に示すように、弱磁石を用いて、
複数の急冷薄片(4)を
複数のナノ結晶薄片と
複数の非晶質薄片とに分別した。すなわち、(1)の
複数の急冷薄片(4)のうち、
複数の非晶質急冷薄片は軟磁性体であり、したがって弱磁石で磁化されるので落下せず(2)、他方で
複数のナノ結晶急冷薄片は硬磁性体であり、したがって弱磁石では磁化されないので落下した(3)。落下した
複数のナノ結晶急冷薄片のみを収集し、そして以下の処理に供した。
【0057】
〈焼結〉
得られた
複数のナノ結晶急冷薄片を下記の条件にてSPS焼結した。
【0058】
《SPS焼結条件》
焼結温度:570℃
保持時間:5分
雰囲気:10
−2Paの真空
面圧:100MPa
【0059】
上記のように、焼結時に面圧100MPaを与えた。これは、通電を確保するための初期面圧である34MPaを超える大きな面圧であった。この大きな面圧を用いることによって、焼結温度570℃及び保持時間5分で、焼結密度98%(=7.5g/cm
3)が得られた。加圧を伴わない従来の焼結では同等の焼結密度を得るために1100℃程度の高温が必要であったのに対して、焼結温度を大幅に低下させることができた。
【0060】
ただし、低温焼結の実現には、単ロール法によって
複数の急冷薄片の片面に低融点相が形成されたことも寄与している。具体的には、主相Nd
2Fe
14B
1の融点は1150℃であるのに対して、低融点相の融点は例えば、Ndが1021℃であり、Nd
3Gaが786℃である。
【0061】
すなわち、本参考例においては、加圧焼結(面圧100MPa)の加圧による焼結温度低下の効果と、急冷薄片の片面に形成された低融点相による焼結温度低下の効果との組み合わせによって、上記の570℃という低温での焼結が達成できた。
【0062】
〈熱間加工〉
配向処理として、SPS装置を用いて、下記の強塑性変形条件にて熱間加工を行なった。
【0063】
《熱間加工条件》
加工温度:650℃
加工圧力:100MPa
雰囲気:10
−2Paの真空
加工度:60%
【0064】
〈熱処理〉
得られた強塑性変形材料を2mm角に切断し、下記の条件にて熱処理を行なった。
【0065】
《熱処理条件》
保持温度:300〜700℃の範囲で変更
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/min(一定)
保持時間:30分(一定)
冷却:急冷(具体的には、グローブボックス中の熱処理炉から試料を取り出し、そしてグローブボックス中で室温まで冷却した)
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0066】
〈磁気特性の評価〉
熱処理前及び熱処理後のAl及びCuを含有している試料及び含有していない試料について、VSMによって磁気特性を測定した。
【0067】
図4に、典型的例として、Al及びCuを含有している希土類磁石についての、600℃での熱処理の前後の磁化曲線(減磁曲線)を示す。熱処理によって、保磁力が16.6kOeから18.6kOeまで2kOe向上したことが分かる。
【0068】
Al及びCuを含有している試料及び含有していない試料について、熱処理前を基準とした保磁力変化(%)と熱処理温度との関係を
図5及び表1に示す。Al及びCuを含有していない試料の場合、熱処理温度600〜680℃の範囲において、熱処理による保磁力の増加が認められる。増加の割合は、最大で3%程度(0.5kOe程度)である。これに対して、Al及びCuを含有している試料の場合、熱処理温度450〜700℃の広い範囲において、熱処理による保磁力の増加が認められる。増加の割合は、最大で13%程度と大幅に増加している。
【0069】
【表1】
【0070】
すなわち、Al及びCuの添加により、熱処理による保磁力増加の効果が現れる温度範囲が拡大し、また保磁力の増加量も向上する。これは、Nd−Al又はNd−Cuの共晶温度がNdの融点に比べて大幅に低いことに帰することができる。すなわち、粒界相にAl及びCuが入ることで、粒界相の拡散又は流動が大きく促進され、それによって主相Nd
2Fe
14Bの結晶粒界に粒界相が再分配されて、主相粒子間の交換結合が分断され、結果として、保磁力が増加したと考えられる。
【0071】
〔参考例2〕
参考例1で熱間加工まで行なったAl及びCuを含有している試料について、下記の条件で熱処理を施し、そしてVSMにて磁気特性を測定して、熱処理における保持時間の影響を調べた。
【0072】
《熱処理条件:保持時間を変更》
保持温度:600℃(一定)
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/min(一定)
保持時間:10秒〜30分の範囲で変化
冷却:急冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0073】
熱処理後の保磁力と保持時間(600℃×t)の関係を、
図6及び表2に示す。熱処理前の保磁力も併せて示す。10秒という短時間でも熱処理による保磁力の向上効果が得られ、しかも30分までの熱処理でもその効果は殆ど変化しないことが分かる。従来、結晶粒径が数10μmの焼結磁石では、十分な効果を得るためには、熱処理の保持時間は、1〜10時間を要していた。上記のナノ結晶磁石は、結晶粒径が典型的に約100nm(0.1μm)であり、かつ結晶粒の表面積が焼結磁石より約2桁小さい。これらの理由によって、熱処理によって粒界相を拡散又は流動させ、そして結晶粒を被覆させるのに要する時間が、大幅に短縮されたと考えられる。
【0074】
【表2】
【0075】
〔参考例3〕
参考例1で熱間加工まで行なったAl及びCuを含有している試料について、下記の条件で熱処理を施し、そしてVSMにて磁気特性を測定して、昇温速度の影響を調べた。
【0076】
《熱処理条件:昇温速度を変更》
保持温度:600℃(一定)
室温から保持温度までの昇温速度:5〜600℃/分の範囲で変更
保持時間:30分(一定)
冷却:急冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0077】
熱処理後の保磁力と熱処理温度までの昇温速度との関係を、
図7及び表3に示す。熱処理前の保磁力も併せて示す。この範囲では、熱処理による保磁力の向上効果は、昇温速度依存性はほとんど認められない。一般的には、昇温速度が遅いと、組織の粗大化の危険性があり、好ましくないと予想される。組織粗大化を抑制すると共に処理時間を短縮する観点からは、比較的大きい昇温速度が好ましい。
【0078】
【表3】
【0079】
〔参考例4〕
参考例1において熱間加工までを行なったAl及びCuを含有している組成Nd
15Fe
77B
6.8Ga
0.5Al
0.5Cu
0.2のサンプルについて、下記条件で熱処理を行い、TEM(透過電子顕微鏡)にて、熱処理前後の組織観察(a面方向から観察)を行なった。TEM試料は、FIB(集束イオンビーム)で加工し、そしてイオンミリングすることによって、薄片化した。
【0080】
《熱処理条件》
保持温度:600℃
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/分
保持時間:30分
冷却:急冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0081】
図8に熱処理前後のTEM画像を示す。熱処理前は、多くの箇所において、隣り合う主相が粒界相を介さずに粒界で直接に接していた。これに対して熱処理後は、多くの箇所において、粒界に非晶質の粒界相が存在するように組織が変化していた。主相の結晶粒径は、熱処理前後で殆ど変化せず、本質的に一定であった。
【0082】
図9に、HAADF画像とEDX線分析結果を示す。HAADF画像では、熱処理前の粒界は白く現れており、これはNdリッチ組成になっていると考えられる。同様のことがEDX線分析結果からも推定される。一方、熱処理後の粒界はHAADF画像では黒く現れており、これは、粒界の電子密度が低くなっていることを示している。また、EDX線分析では、熱処理後の粒界相の組成が、熱処理前の組織に比べてNdリッチではなくなっていることが分かった。
【0083】
これらの観察結果は、熱処理が加圧を伴わない場合であってさえも、熱処理後には、粒界相による主相の被覆率が上し、粒界相の組成が変化し、かつ結晶性も変化し得ることを示している。熱処理による粒界相のこのような変化は、主相粒子間の磁気的な交換結合作用を防ぎ、保磁力を向上させていると考えられる。
【0084】
〔実施例1〕
以下の実施例1では、熱処理が加圧を伴う本発明の希土類磁石製造方法によれば、熱処理が加熱を伴わない場合と比較して、改良された保磁力を有する希土類磁石が得られることを示す。
【0085】
組成Nd
16Fe
77.4B
5.4Ga
0.5Al
0.5Cu
0.2のナノ結晶希土類磁石を製造した。最終的に得られる組織は、主相であるNd
2Fe
14B
1相と、粒界相であるNdリッチ相(Nd又はNd酸化物)又はNd
1Fe
4B
4相とからなるナノ結晶組織である。Gaは粒界相中に富化して粒界の移動を阻止し、結晶粒の粗大化を抑制する。Al及びCuは粒界相中のNdと合金化し、それによって粒界相の拡散又は流動を可能とする。
【0086】
〈合金インゴットの作製〉
上記の組成となるように、Nd、Fe、FeB、Ga、Al及びCuの各原料を所定量秤量し、アーク溶融炉にて溶融し、合金インゴットを作製した。
【0087】
〈急冷薄片の作製〉
合金インゴットを高周波炉で溶融し、得られた溶融合金を、
図1に示すようにして、銅製単ロールのロール面に噴射して急冷した。用いた条件は下記のとおりであった。
【0088】
《急冷凝固条件》
ノズル径:0.6mm
クリアランス:0.7mm
噴射圧力:0.7kg/cm
3
ロール速度:2,350rpm
溶融温度:1,450℃
【0089】
〈分別〉
得られた
複数の急冷薄片(4)は、上記のように、
複数のナノ結晶薄片と
複数の非晶質薄片とが混在している。したがって、
図2に示すようにして、弱磁石を用いて、
複数の急冷薄片(4)を
複数のナノ結晶薄片と
複数の非晶質薄片とに分別する。すなわち、(1)の
複数の急冷薄片(4)のうち、
複数の非晶質急冷薄片は軟磁性体であり弱磁石であり、したがって磁化されるので落下せず(2)、他方で
複数のナノ結晶急冷薄片は硬磁性体であり、したがって弱磁石では磁化されないので落下した(3)。落下した
複数のナノ結晶急冷薄片のみを収集し、そして以下の処理に供した。
【0090】
〈焼結〉
得られた
複数のナノ結晶急冷薄片を、下記の条件にてSPS焼結した。
【0091】
《SPS焼結条件》
焼結温度:570℃
保持時間:5分
雰囲気:10
−2Paの真空
面圧:100MPa
【0092】
上記のように、焼結時に面圧100MPa負荷した。これは、通電を確保するための初期面圧34MPaを超える大きな面圧である。この大きな圧力を用いて、焼結温度570℃及び保持時間5分で焼結密度98%(=7.5g/cm
3)を得た。同等の焼結密度を得るために1100℃程度の高温が必要であった従来の焼結に対して、焼結温度を大幅に低下することができた。
【0093】
ただし、単ロール法によって急冷薄片の片面に低融点相が形成しており、これも低温焼結に貢献している。具体的には、主相Nd
2Fe
14B
1の融点が1150℃であるのに対して、低融点相の融点は例えば、Ndが1021℃であり、Nd
3Gaが786℃である。
【0094】
すなわち、本実施例においては、加圧焼結(面圧100MPa)の加圧による焼結温度低下の効果と、急冷薄片の片面に形成された低融点相による焼結温度低下の効果との組合せによって、570℃での上記の低温焼結が達成できた。
【0095】
〈熱間加工〉
配向処理として、SPS装置を用いて、下記の強塑性加工条件にて、熱間加工を行なった。
【0096】
《熱間加工条件》
加工温度:650℃
加工圧力:100MPa
雰囲気:10
−2Paの真空
加工度(厚さの減少):67%
【0097】
〈熱処理〉
《熱処理条件》
保持温度:525℃
保持圧力:0MPa(加圧を伴わない(参考))、10MPa、又は40MPa
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/分(一定)
保持時間:1時間(一定)
冷却:SPS中で放冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0098】
〈磁性の評価〉
熱処理前及び熱処理後の各サンプルについて、VSMにより磁気特性を測定した。
【0099】
図10に、熱処理前、加圧を伴わない熱処理後、及び40MPaの加圧を伴う熱処理後の試料の磁化曲線(減磁曲線)を示す。また、
図11に、熱処理前、及び熱処理後(圧力:0MPa、10MPa、及び40MPa)の保磁力と、加熱処理時の圧力との関係を示す。これらの図からは、熱処理によって保磁力が向上したこと、及び加圧を伴う熱処理では、加圧を伴わない熱処理後と比較して、更に保磁力が向上したことが分かる。
【0100】
〔実施例2〕
以下の実施例2では、熱処理時の加圧による粒界相の押出(絞り出し)効果について示す。
【0101】
〈実験方法〉
Si基材にTaバッファ層を堆積させ、このTaバッファ層上に厚さ約5μmのNdFeB層を堆積させ、そしてこのNdFeB層上にTaキャップ層を堆積させた。ここで、すべての堆積は450℃において高速スパッタリングを用いて行った。
【0102】
750℃で結晶加熱処理を行った。その後、磁気特性を振動試料磁力測定(Vibrating Sample Magnetometry)で評価し、また微細組織をSEMで観察した。
【0103】
〈実験結果〉
図12及び15は、NdFeB層の断面SEM画像及び保磁力の測定結果を示している。この図からは、保持力が小さい(18kOe)フィルムは、低品質のバッファ層−基材の界面を有していること、及び磁性フィルムはほとんど完全に基材から剥離していることが分かる。ここで、界面のこの劣化は、Ta層と基材との間の拡散によるものである。他方で、保持力が大きい(26kOe)フィルムは、完全なままのバッファ層−基材の界面を有しており、それによってフィルムが基材にしっかりと付着している。
【0104】
アニール処理の間の磁性フィルムにおける相転移と共に発生する、基材と磁性フィルムとの熱膨張係数の差は、堅い磁性フィルムにおける圧縮応力をもたらす。磁性フィルムが基材から剥離する場合、圧縮応力は緩和される。なお、光学干渉計による基材−フィルムの湾曲の測定(
図13)は、高保磁力フィルムが約250MPaの圧縮応力を受けていることを示している。
【0105】
Ndリッチ相は、堆積後のアニール処理の間に液体になる。完全に付着しているフィルムにおける大きい圧縮応力レベルは、堅い磁性層からいくらかのNdリッチを絞り出し、このNdリッチ相がTaキャップ層において波状部を形成している(
図14(a))。他方で、部分的に剥離したフィルムでは、有意の絞り出しは起こっていない(
図14(b))。
図14(a)及び(b)は、SEM画像(2次電子画像)である。表面の波状部の形成をもたらすNdリッチ相の押し出しは、固体のNd
2Fe
14B粒子の周囲におけるNdリッチ相の再分配にも役立つ。
【0106】
保磁力の改良は、主相の結晶粒間の主として3重点に偏在していた粒界相が、圧縮応力によってこの3重点から押し出され、それによって粒界相の拡散又は流動を促進できることによると考えられる。