特許第5933535号(P5933535)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5933535
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月8日
(54)【発明の名称】希土類磁石の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 41/02 20060101AFI20160526BHJP
   B22F 3/00 20060101ALI20160526BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20160526BHJP
   H01F 1/057 20060101ALI20160526BHJP
   H01F 1/08 20060101ALI20160526BHJP
【FI】
   H01F41/02 G
   B22F3/00 F
   C22C38/00 303D
   H01F1/04 H
   H01F1/08 B
【請求項の数】14
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2013-516808(P2013-516808)
(86)(22)【出願日】2011年5月13日
(65)【公表番号】特表2014-502034(P2014-502034A)
(43)【公表日】2014年1月23日
(86)【国際出願番号】JP2011061608
(87)【国際公開番号】WO2012056755
(87)【国際公開日】20120503
【審査請求日】2013年5月16日
【審判番号】不服2014-26804(P2014-26804/J1)
【審判請求日】2014年12月26日
(31)【優先権主張番号】10306166.9
(32)【優先日】2010年10月25日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】501089863
【氏名又は名称】サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェサイアンティフィク(セエヌエールエス)
(73)【特許権者】
【識別番号】513088238
【氏名又は名称】ライブニッツ インスティトゥート フォー ソリッド ステイト アンド マテリアルズ リサーチ ドレスデン
(73)【特許権者】
【識別番号】598157421
【氏名又は名称】ユニバーシティ・オブ・シェフィールド
【氏名又は名称原語表記】University of Sheffield
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【弁理士】
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 紀次
(72)【発明者】
【氏名】岸本 秀史
(72)【発明者】
【氏名】加藤 晃
(72)【発明者】
【氏名】庄司 哲也
(72)【発明者】
【氏名】ジボール,ドミニク
(72)【発明者】
【氏名】デンプシー,ノラ
(72)【発明者】
【氏名】ウッドコック,トーマス ゲオルク
(72)【発明者】
【氏名】グートフライシュ,オリバー
(72)【発明者】
【氏名】ハルカス,ジーノ
(72)【発明者】
【氏名】シュレフル,トーマス
【合議体】
【審判長】 森川 幸俊
【審判官】 酒井 朋広
【審判官】 関谷 隆一
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/139559(WO,A1)
【文献】 特開2011−42837(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F1/057
H01F1/08
H01F41/02
B22F3/00
C22C38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類磁石組成の溶融金属を急冷して、ナノ結晶組織を有する複数の急冷薄片を形成し、
上記複数の急冷薄片を焼結し、
得られた焼結体に配向処理をし、そして
粒界相の拡散又は流動を可能にするのに十分に高く、かつ結晶粒の粗大化を防ぐのに十分に低い温度で、加圧を伴って、配向処理された前記焼結体に熱処理をすること、
を含み、かつ前記熱処理の間の前記焼結体の厚さの減少が5%以下である、
バルクの形態の希土類磁石の製造方法。
【請求項2】
上記熱処理時の加圧が、1MPa以上300MPa以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記熱処理を1分〜5時間にわたって行う、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
上記熱処理の温度は、粒界相の融点又は共晶温度より高く、かつ熱処理後に300nm以下の結晶粒径を与える温度である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
上記熱処理の温度は450〜700℃である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
Gaを、上記希土類磁石組成に添加している、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
上記粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素を、上記希土類磁石組成に添加している、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
上記元素が、粒界相の融点又は共晶温度をNdの融点よりも低い温度に下げることができる元素である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
上記元素が、Al、Cu、Mg、Fe、Co、Ag、Ni及びZnから選択される、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
上記希土類磁石組成が、下記の組成式で表され;かつRと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素を、この温度を低下させるのに十分に多く、かつ磁気特性及び熱間加工性を劣化させないのに十分に少ない量で、上記希土類磁石組成に添加している、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法:
FeCo
:1種以上のYを包含する希土類元素、
:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg及びVの少なくとも1種、
13≦v≦20、
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、
0≦z≦3。
【請求項11】
上記組成式RFeCoにおいて、R(1種以上のYを包含する希土類元素)の量vが13≦v≦17であり、かつBの量yが5≦y≦16である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
希土類磁石の主相がNdFe14Bであり、かつ粒界相のNdと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素を、この温度を低下させるのに十分に多く、かつ磁気特性及び熱間加工性を劣化させないのに十分に少ない量で、添加している、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
上記希土類磁石組成が、下記の組成式で表され、かつ主相((R(FeCo)14B)、及び粒界相((R)(FeCo)相及びR相)から構成されており;かつ及びRと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素を、この温度を低下させるのに十分に多く、かつ磁気特性及び熱間加工性を劣化させないのに十分に少ない量で、上記希土類磁石組成に添加している、請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法:
FeCo
:1種類以上のYを包含する希土類元素(Dy及びTbを除く)、
:Dy及びTbよりなる1種類以上の重希土類元素、
:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、Hg、Ag及びAuの少なくとも1種
13≦a≦20、
0≦b≦4、
c=100−a−b−d−e−f、
0≦d≦30、
4≦e≦20、
0≦f≦3。
【請求項14】
上記配向処理が熱間加工である、請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネオジム磁石及びMEMS(Micro−Electro−Mechanical Systems)に適用されるネオジム磁石フィルムに通常は代表される希土類磁石の製造方法に関する。特に本発明は、ナノサイズの結晶粒からなる組織を有する希土類磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ネオジム磁石(NdFe14B)及びMEMS(Micro−Electro−Mechanical Systems)に適用されるネオジム磁石フィルムに代表される希土類磁石は、磁束密度が高い極めて強力な永久磁石として種々の用途に用いられている。更に保磁力を高めるために、結晶粒をナノサイズ(数十〜数百nm)にすることが行なわれている。
【0003】
ここで、一般の焼結磁石(結晶粒径数μm以上)においては、保磁力を高めるために、焼結後に熱処理をすることが知られている。例えば、特許文献1及び2には、焼結温度以下の温度で時効熱処理をすると、保磁力を向上させることが確認されている。
【0004】
しかし、ナノサイズ結晶粒からなる磁石においては、上記の効果が得られるか否かは不明であった。すなわち、組織の微細さが保磁力の向上に大きく寄与していると考えられていたため、結晶粒を粗大化させる危険性がある熱処理は行なわれていなかった。
【0005】
ナノ結晶組織を有する希土類磁石において、熱処理によって保磁力を向上させることが望ましい。したがって、最適な熱処理方法を確立することが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−207203号公報
【特許文献2】特開平6−207204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、ネオジム磁石(NdFe14B)及びMEMS(Micro−Electro−Mechanical Systems)に適用されるネオジム磁石フィルムに通常は代表される希土類磁石の製造方法であって、磁気特性、特に保磁力を高めることができる熱処理方法を用いる製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、下記の工程を含む希土類磁石の製造方法を提供する:
粒界相の拡散又は流動化を可能にするのに十分に高く、かつ結晶粒の粗大化を防ぐのに十分に低い温度で、加圧を伴って、希土類磁石組成の物品を熱処理すること。
【0009】
ここで、用語「加圧を伴って」は、圧力又は応力を適用する任意の方法に言及している。
【0010】
より特に、1つの態様において、本発明は、下記の工程を含む、バルクの形態の希土類磁石の製造方法を提供する:
希土類磁石組成の溶融金属を急冷して、ナノ結晶組織を有する複数の急冷薄片を形成すること、
上記複数の急冷薄片を焼結すること、
得られた焼結体に配向処理をすること、及び
粒界相の拡散又は流動を可能にするのに十分に高く、かつ結晶粒の粗大化を防ぐのに十分に低い温度で、加圧を伴って、配向処理した焼結体に熱処理をすること。
【0011】
本発明の望ましい形態においては、上記粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素を、上記希土類磁石組成に添加する。
【0012】
典型的には、上記希土類磁石組成がNd15Fe77Gaであり、希土類磁石の主相がNdFe14Bであり、Ndと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させる元素を、この温度低下の効果を発現させるため十分に多く、かつ磁気特性及び熱間加工性を劣化させないために十分に少ない量で、上記の希土類磁石組成Nd15Fe77Gaに添加する。
【0013】
望ましくは、上記配向処理が熱間加工である。
【0014】
他の1つの態様では、本発明は、下記の工程を含む、フィルムの形態の希土類磁石の製造方法を提供する:
希土類磁石組成のフィルムを基材上に堆積させること、及び
粒界相の拡散又は流動化を可能にするのに十分に高く、かつ結晶粒の粗大化を防ぐのに十分に低い温度で、フィルムへの加圧を伴って、上記のフィルムに熱処理をして結晶化させること。
【発明の効果】
【0015】
本発明においては、粒界相の拡散又は流動を可能にするのに十分に高く、かつ結晶粒の粗大化を防ぐのに十分に低い温度で、加圧を伴って、熱処理をする。この熱処理によれば、3重点に偏在していた粒界相、すなわち3又はそれよりも多くの結晶粒が接合する箇所においてそれらの結晶粒の間に形成される空間に偏在していた粒界相を、粒界全体に再分配する。それによってナノサイズの主相結晶粒が粒界相で被覆されている状態にして、主粒間の交換結合を分断し、高い保磁力を実現する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、単ロール法により複数の急冷薄片を製造する方法を模式的に示す図である。
図2図2は、複数の急冷薄片を複数の非晶質薄片と複数の結晶質薄片とに分別する方法を模式的に示す図である。
図3図3は、(A)従来の焼結磁石及び(B)本発明のナノ結晶磁石について、熱処理による粒界相の形態変化(移動)を比較して模式的に示す図である。
図4図4は、Al及びCuを含有している組成のナノ結晶組織を有する希土類磁石の熱処理前後の磁化曲線を比較して示す図である(参考例1)。
図5図5は、組成Nd15Fe77Ga又は組成Nd15Fe776.8Ga0.5Al0.5Cu0.2のナノ結晶組織を有する希土類磁石を種々の温度で熱処理した際の保磁力変化(%)を示す図である(参考例1)。
図6図6は、ナノ結晶組織を有する希土類磁石を様々な時間にわたって熱処理した際の、熱処理前後の保磁力を示す図である(参考例2)。
図7図7は、ナノ結晶組織を有する希土類磁石を様々な昇温速度で熱処理した際の、熱処理前後の保磁力を示す図である(参考例3)。
図8図8は、熱処理前後のナノ結晶組織のTEM画像を示す図である(参考例4)、図中の矢印は、熱間加工の加工方向を示している。
図9図9は、熱処理前後のナノ結晶組織のHAADF画像及びEDX線分析チャートを示す図である(参考例4)、図中の矢印は、EDX線分析の箇所を示している。
図10図10は、熱処理の前の試料、加圧を伴わない熱処理の後の試料、40MPaでの加圧を伴う熱処理の後の試料についての、磁化曲線(消磁曲線)を示す図である。
図11図11は、熱処理の前後の保磁力と、熱処理時の圧力(圧力:0MPa、10MPa又は40MPa)との関係を示す図である。
図12図12は、NdFeB層の断面SEM画像及び保磁力を示す図である。
図13図13は、光学干渉による基材−フィルム湾曲の測定結果を示す図である。
図14図14は、NdFeB層及びTaキャップ層の断面SEM画像を示す図である。
図15図15は、NdFeB層の保磁力の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
従来、熱処理による保磁力向上は、マイクロメートルオーダーの結晶組織の希土類磁石には有効であったが、ナノ結晶組織の希土類磁石では組織粗大化の危険性が大きいので避けられていた。
【0018】
本発明によれば、熱処理による組織の粗大化を防止しつつ、保磁力を向上させることができる。
【0019】
本発明によれば、希土類磁石組成を有し、ナノ結晶組織であり、かつ配向処理を施した希土類磁石に、熱処理を行う。これらの要件を以下に説明する。
【0020】
《第1の態様》
〈組成〉
希土類磁石組成の1つの代表的な例は、下記の組成式で表される:
FeCo
(R:1種以上のYを含む希土類元素、
:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、及びVの少なくとも1種、
13≦v≦20、
w=100−v−x−y−z、
0≦x≦30、
4≦y≦20、
0≦z≦3)。
【0021】
好ましくは、上記組成式RFeCoにおいて、R(1種以上のYを含む希土類元素)の量vが13≦v≦17であり、かつBの量yが5≦y≦16である。
【0022】
希土類磁石組成の他の1つの代表的な例は、下記の組成式で表され、かつ主相((R(FeCo)14B)、及び粒界相((R)(FeCo)相及びR相)から構成される:
FeCo
(R:1種類以上のYを含む希土類元素(Dy及びTbを除く)、
:Dy及びTbよりなる1種類以上の重希土類元素、
:Ga、Zn、Si、Al、Nb、Zr、Ni、Cu、Cr、Hf、Mo、P、C、Mg、Hg、Ag、及びAuの少なくとも1種
13≦a≦20、
0≦b≦4、
c=100−a−b−d−e−f、
0≦d≦30、
4≦e≦20、
0≦f≦3)。
【0023】
〈ナノ結晶組織〉
希土類磁石組成の溶融金属を急冷して、ナノ結晶からなる組織(ナノ結晶組織)を有する複数の薄片を形成する。ここで、ナノ結晶組織とは、結晶粒がナノサイズである多結晶組織である。また、ナノサイズとは、10nm〜300nmの範囲のサイズである。
【0024】
急冷速度は、凝固組織がナノ結晶組織となるのに適した範囲である。急冷速度がこの範囲より遅いと、凝固組織は粗大結晶組織となり、それによってナノ結晶組織が得られない。急冷速度がこの範囲より速いと、凝固組織が非晶質組織となり、それによってナノ結晶組織が得られない。
【0025】
急冷凝固の方法は特に限定する必要はないが、望ましくは、図1に示した単ロール炉を用いて行なう。矢印(1)の方向に回転している単ロール(2)の外周面に、ノズル(3)から溶融合金を噴射すると、溶融合金は急冷凝固して複数の薄片(4)となる。単ロール法では、薄片が接触するロール外周面から薄片の自由(外側)面に向かう一方向凝固により複数の急冷薄片が凝固形成されるので、薄片の自由面(最終凝固部)に低融点相が形成される。薄片の表面上にこのような低融点相が存在すると、焼結工程において低温で焼結反応が起きるので、低温焼結にとって非常に有利である。これと比べて双ロール法では、薄片の両表面から薄片の中心部に向かって凝固が起きるので、低融点相は、薄片の表面ではなく中心部に形成される。したがって、この場合、複数の薄片間の低温焼結効果は得られない。
【0026】
一般に、粗大結晶組織の生成を避け、かつナノ結晶組織を生成することを狙うようにして溶融合金を急冷する場合、急冷速度は、適度な範囲より大きい方に変動しがちである。したがって、結果として、個々の複数の急冷薄片は、ナノ結晶組織又は非晶質組織のいずれかとなる。この場合、異なる組織の複数の急冷薄片の混合物から、ナノ結晶組織の複数の急冷薄片を選び出す必要がある。
【0027】
そのため、図2に示すように、弱磁石を用いて、複数の急冷薄片を複数の結晶質の薄片と複数の非晶質の薄片とに分別する。すなわち、収集された複数の急冷薄片(1)のうち、非晶質の複数の急冷薄片(2)は、弱磁石で磁化されて落下せず、結晶質の複数の急冷薄片(3)は、弱磁石で磁化されないので落下する。
【0028】
〈焼結〉
生成した(必要に応じて分別した)ナノ結晶組織の複数の急冷薄片を焼結する。焼結方法は特に限定する必要はないが、ナノ結晶組織が粗大化しないように、できるだけ低温かつ短時間で行なう必要がある。そのため、加圧下で焼結を行なう必要がある。加圧下で焼結を行なうことにより焼結反応が促進されるので、低温焼結が可能になり、それによってナノ結晶組織が維持できる。
【0029】
焼結組織の結晶粒が粗大化しないように、焼結温度への昇温速度も速い方が望ましい。
これらの観点から、加圧を伴う通電(抵抗)加熱による焼結、例えば通称「放電プラズマ焼結(SPS:Spark Plasma Sintering)」が望ましい。加圧により通電を促進し、焼結温度を低下することができ、かつ短時間で焼結温度にまで昇温できる。したがって、この技術は、ナノ結晶組織を維持するのに最も有利である。
【0030】
ただし、焼結をSPS焼結に限定する必要はなく、ホットプレスを用いることもできる。
【0031】
また、ホットプレスの類型として、通常のプレス成形機等を用いて、高周波加熱と付属ヒーターによる加熱を組み合わせた方法も可能である。高周波加熱では、絶縁性ダイス・パンチを用いて被加工品を直接加熱するか、又は導電性ダイス・パンチを用いてダイス・パンチを加熱し、加熱されたダイス・パンチにより被加工品を間接的に加熱する。付属ヒーターによる加熱では、カートリッジヒーター、バンドヒーター等によってダイス・パンチを加熱する。
【0032】
〈配向処理〉
得られた焼結体に配向処理をする。代表的な配向処理方法は、熱間加工である。特に、加工度、すなわち焼結体の厚さの減少が、30%以上、40%以上、50%以上、又は60%以上である強加工が望ましい。
【0033】
焼結体を熱間加工(圧延、鍛造、押出加工等)することにより、辷り変形に伴って、結晶粒自体及び/又は結晶粒における結晶方向が回転し、それによって焼結晶が磁化容易軸(六方晶又は四方晶の場合にはc軸)の方向に配向(組織の展開)する。焼結体がナノ結晶組織を有することにより、結晶粒自体及び/又は結晶粒における結晶方向が容易に回転し、それによって配向を促進する。これにより、ナノサイズの結晶粒が高度に配向した微細集合組織が達成され、高い保磁力を確保しつつ、残留磁化が著しく向上した異方性希土類磁石が得られる。また、ナノサイズの結晶粒からなる均質な結晶組織により、良好な角形性も得られる。
【0034】
ただし、配向処理の手段は熱間加工に限定されず、ナノ結晶組織を維持しつつ、結晶粒を配向させることができる手段であればよい。例えば、異方性粉末(水素化−相分解−脱水素−再結合(HDDR:Hydrogenation−Disproportionation−Desorption−Recombination)処理粉末等)を、磁場中において圧粉して固形化した後、加圧焼結する方法がある。
【0035】
〈熱処理〉
焼結を含むことがある配向処理後に、本発明の特徴である加圧を伴う熱処理する。ここで、この熱処理の間の配向処理された焼成体の厚さの減少は実質的なものではなく、例えば厚さの減少は5%以下、3%以下、又は1%以下である。
【0036】
この加圧を伴う熱処理は、粒界の主として3重点に偏在していた粒界相を、粒界全体に拡散又は流動させるようにして行なう。ここでは、加熱が加圧を伴うことによって、熱処理による粒成長を抑制しつつ、粒界相の拡散又は流動を促進できる。また、加熱が加圧を伴うことによって、主相の結晶粒の間の主として3重点に偏在していた粒界相を、この3重点から押し出し、それによって粒界相の拡散又は流動を促進できる。
【0037】
粒界相が3重点に偏在していると、隣接する主相間に粒界相が存在しない場所がある(あるいは存在量が不十分な場所がある)。このような場所では、複数の主相にわたる交換結合作用が、実効的な主相サイズを大きくし、結果として、保磁力が低下する。隣接する主相間に粒界相が十分な量で存在すると、隣接する主相間の交換結合が粒界相によって分断され、それによって主相の実効的なサイズが微細化されるので、高い保磁力が得られる。
【0038】
加圧を伴う熱処理の温度は、粒界相の拡散又は流動を可能にするのに十分に高い温度であって、かつ結晶粒の粗大化を防ぐのに十分に低い温度である。典型的に、粒界相の融点は、粒界相の拡散又は流動を可能とする温度の指標である。したがって例えば、ネオジム磁石では、熱処理温度の下限は、粒界相、例えばNd−Cu相の融点近傍であり、かつ熱処理温度の上限は、主相、例えばNdFe14B相の粗大化を抑制する温度、例えば700℃である。なお、粒界相の融点は、下記に示すように、添加元素の添加によって低下させることもできる。すなわち例えば、ネオジム磁石では、熱処理温度は450〜700℃の範囲から選択できる。
【0039】
また、加圧を伴う熱処理の間に焼結体に加えられる圧力は、1MPa以上、5MPa以上、10MPa以上、又は40MPa以上であって、100MPa以下、150MPa以下、200MPa以下、又は300MPa以下とすることができる。加圧を伴う熱処理の時間は、1分以上、3分以上、5分以上、又は10分以上であって、30分以下、1時間以下、3時間以下、又は5時間以下とすることができる。ここで、この保持時間は、比較的短時間、例えば5分程度であっても、保磁力に対する効果を得ることができる。
【0040】
図3を参照して、熱処理の作用効果を説明する。
【0041】
図3は、従来の焼結磁石(A)及び本発明のナノ結晶磁石(B)についての、(1)熱処理前の組織写真、(2)熱処理前の組織の概念イメージ図、(3)熱処理後の組織の概念イメージ図である。概念イメージ図(2)及び(3)において、斜線を施した結晶粒と灰色の結晶粒とは着磁方向が逆になっている。
【0042】
従来の焼結磁石(A)の場合、熱処理前(2)は、結晶粒界の3重点に粒界相が偏在しており、3重点以外の粒界には粒界相が存在しないか、又は存在量が非常に僅かである。このため、粒界は磁壁移動に対して障壁とならず、磁壁が結晶粒界を跨いで隣の結晶粒にまで移動してしまうため、高い保磁力が得られない。熱処理後(3)は、粒界相が3重点から拡散又は流動し、3重点以外の粒界に十分に浸透して、結晶粒全体を被覆する。粒界相が粒界に十分な量で存在して壁移動を阻止するので、保磁力が向上する。
【0043】
本発明のナノ結晶磁石(B)の場合、熱処理前(2)は、結晶粒界の3重点に粒界相が偏在しており、3重点以外の粒界には粒界相が存在しないか、又は存在量が非常に僅かである。このため、粒界は隣接する結晶粒間の交換結合に対して障壁として作用せず、隣接する結晶粒同士が交換結合(2’)によって一体となって、1つの結晶粒における磁化反転が隣接する結晶粒の磁化反転を誘起してしまうため、高い保磁力が得られない。熱処理後(3)は、粒界相が3重点から拡散又は流動し、3重点以外の粒界に十分に浸透して、結晶粒全体を被覆する。粒界相が粒界に十分な量で存在して隣接する結晶粒間の交換結合を分断する(3’)ので、保磁力が向上する。更に、ナノ結晶組織であることによって、3重点から拡散又は流動した粒界相が結晶粒を極めて短時間で被覆するので、熱処理時間が大幅に短縮される。
【0044】
〈添加元素〉
本発明の望ましい態様においては、粒界相の融点を下げることができる元素を希土類磁石組成に添加する。典型例として、上記希土類磁石組成が、式RFeCo又はRFeCoで表され、かつNdに富む粒界相が形成される場合、例えば希土類磁石組成が、式Nd15Fe77Gaで表され、かつ希土類磁石が主相NdFe14BとNdに富む粒界相とからなる場合は、Ndと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素を、この温度低下の効果を発現させるのに十分に多くかつ磁気特性及び熱間加工性を劣化させないのに十分に少ない量で、希土類磁石組成に添加する。ここでGaは、結晶粒の微細化効果を有する元素として、特に熱間加工の間の結晶粒成長を抑制するために、従来から汎用されている。
【0045】
上記のようにNdと合金化して粒界相の拡散又は流動が可能になる温度を低下させることができる元素としては、Al、Cu、Mg、Fe、Co、Ag、Ni、及びZnが挙げられる。このうちでCuの添加は、粒界相の融点を低下させるために望ましい。また、Alの添加は磁気特性に大きな影響は与えないが、量産においては少量添加することが望ましい。これは、その添加によって、最適化熱処時の最適温度を低下(又は温度領域を拡大)させることができ、それによってナノ結晶磁石の作製のための温度範囲を拡大できることによる。このような添加元素の添加量は、0.05原子%〜0.5原子%、好ましくは0.05原子%〜0.2原子%にすることができる。
【0046】
これらの添加元素とNdとの2元合金の共晶温度(共晶組成の融点)を、Ndの融点と比較して下記に示す:
Nd:1024℃(融点)
Nd−Al:635℃
Nd−Cu:520℃
Nd−Mg:551℃
Nd−Fe:640℃
Nd−Co:566℃
Nd−Ag:640℃
Nd−Ni:540℃
Nd−Zn:630℃
【0047】
《第2の態様》
〈堆積〉
希土類磁石組成のフィルムは、任意の種類のプロセスによって、例えば化学気相堆積(CVD)又は物理気相堆積(PVD)によって、基材上に堆積させる。このフィルムの厚さは、0.50μm以上、1.00μm以上、2.00μm以上、又は3.00μm以上であってよい。また、このフィルムの厚さは、1000μm以下、100μm以下、50μm以下、又は10μm以下であってよい。
【0048】
〈熱処理〉
フィルムの堆積後に、本発明の特徴である加圧を伴う熱処理を行う。これに関して、基材と基材上に堆積させたフィルムとの間の熱膨張係数の相違を利用できる。
【0049】
加圧を伴う熱処理の間にフィルムに適用される圧力は、1MPa以上、5MPa以上、10MPa以上、50MPa以上又は100MPa以上であってよく、また300MPa以下、400MPa以下、又は500MPa以下であってよい。加圧を伴う熱処理の時間は、1分以上、3分以上、5分以上、又は10分以上であってよく、また30分以下、1時間以下、3時間以下、又は5時間以下であってよい。この保持時間が比較的短い場合、例えば約5分間である場合であっても、保磁力への効果を得ることができる。
【0050】
他の特徴、例えば希土類磁石組成、ナノ結晶構造、及び添加元素に関しては、第1の態様に関する説明を参照できる。
【実施例】
【0051】
〔参考例1〜4〕
以下の参考例1〜4では、希土類磁石を製造する本発明の方法では、熱処理が加圧を伴わない場合であってさえも、熱処理を行わない従来の方法と比較して改良された保磁力を有する希土類磁石が得られることを示す。
【0052】
〔参考例1〕
組成Nd15Fe77Gaのナノ結晶希土類磁石、並びにAl及びCuを含有している組成Nd15Fe776.8Ga0.5Al0.5Cu0.2のナノ結晶希土類磁石を製造した。最終的に得られる組織は、主相であるNdFe14相と、粒界相であるNdリッチ相(Nd又はNd酸化物)又はNdFe相とからなるナノ結晶組織である。Gaは粒界相中において富化されて、粒界の移動を阻止し、かつ結晶粒の粗大化を抑制する。Al及びCuの両方は粒界相中のNdと合金化し、かつ粒界相の拡散又は流動を可能とする。
【0053】
〈合金インゴットの作製〉
上記の2種類の組成となるようにして、Nd、Fe、B、Ga、Al及びCuの各原料を所定量秤量し、そしてアーク溶融炉にて溶融して、合金インゴットを作製した。
【0054】
〈急冷薄片の作製〉
合金インゴットを高周波炉で溶融し、得られた溶融合金を、図1に示すように銅製の単ロールのロール面に噴射して急冷した。用いた条件は下記のとおりであった。
【0055】
《急冷固化条件》
ノズル径:0.6mm
クリアランス:0.7mm
噴射圧力:0.4kg/cm
ロール速度:2350rpm
溶融温度:1450℃
【0056】
〈分別〉
得られた複数の急冷薄片4には、上記のように、複数のナノ結晶薄片と複数の非晶質薄片とが混在していた。したがって、図2に示すように、弱磁石を用いて、複数の急冷薄片(4)を複数のナノ結晶薄片と複数の非晶質薄片とに分別した。すなわち、(1)の複数の急冷薄片(4)のうち、複数の非晶質急冷薄片は軟磁性体であり、したがって弱磁石で磁化されるので落下せず(2)、他方で複数のナノ結晶急冷薄片は硬磁性体であり、したがって弱磁石では磁化されないので落下した(3)。落下した複数のナノ結晶急冷薄片のみを収集し、そして以下の処理に供した。
【0057】
〈焼結〉
得られた複数のナノ結晶急冷薄片を下記の条件にてSPS焼結した。
【0058】
《SPS焼結条件》
焼結温度:570℃
保持時間:5分
雰囲気:10−2Paの真空
面圧:100MPa
【0059】
上記のように、焼結時に面圧100MPaを与えた。これは、通電を確保するための初期面圧である34MPaを超える大きな面圧であった。この大きな面圧を用いることによって、焼結温度570℃及び保持時間5分で、焼結密度98%(=7.5g/cm)が得られた。加圧を伴わない従来の焼結では同等の焼結密度を得るために1100℃程度の高温が必要であったのに対して、焼結温度を大幅に低下させることができた。
【0060】
ただし、低温焼結の実現には、単ロール法によって複数の急冷薄片の片面に低融点相が形成されたことも寄与している。具体的には、主相NdFe14の融点は1150℃であるのに対して、低融点相の融点は例えば、Ndが1021℃であり、NdGaが786℃である。
【0061】
すなわち、本参考例においては、加圧焼結(面圧100MPa)の加圧による焼結温度低下の効果と、急冷薄片の片面に形成された低融点相による焼結温度低下の効果との組み合わせによって、上記の570℃という低温での焼結が達成できた。
【0062】
〈熱間加工〉
配向処理として、SPS装置を用いて、下記の強塑性変形条件にて熱間加工を行なった。
【0063】
《熱間加工条件》
加工温度:650℃
加工圧力:100MPa
雰囲気:10−2Paの真空
加工度:60%
【0064】
〈熱処理〉
得られた強塑性変形材料を2mm角に切断し、下記の条件にて熱処理を行なった。
【0065】
《熱処理条件》
保持温度:300〜700℃の範囲で変更
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/min(一定)
保持時間:30分(一定)
冷却:急冷(具体的には、グローブボックス中の熱処理炉から試料を取り出し、そしてグローブボックス中で室温まで冷却した)
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0066】
〈磁気特性の評価〉
熱処理前及び熱処理後のAl及びCuを含有している試料及び含有していない試料について、VSMによって磁気特性を測定した。
【0067】
図4に、典型的例として、Al及びCuを含有している希土類磁石についての、600℃での熱処理の前後の磁化曲線(減磁曲線)を示す。熱処理によって、保磁力が16.6kOeから18.6kOeまで2kOe向上したことが分かる。
【0068】
Al及びCuを含有している試料及び含有していない試料について、熱処理前を基準とした保磁力変化(%)と熱処理温度との関係を図5及び表1に示す。Al及びCuを含有していない試料の場合、熱処理温度600〜680℃の範囲において、熱処理による保磁力の増加が認められる。増加の割合は、最大で3%程度(0.5kOe程度)である。これに対して、Al及びCuを含有している試料の場合、熱処理温度450〜700℃の広い範囲において、熱処理による保磁力の増加が認められる。増加の割合は、最大で13%程度と大幅に増加している。
【0069】
【表1】
【0070】
すなわち、Al及びCuの添加により、熱処理による保磁力増加の効果が現れる温度範囲が拡大し、また保磁力の増加量も向上する。これは、Nd−Al又はNd−Cuの共晶温度がNdの融点に比べて大幅に低いことに帰することができる。すなわち、粒界相にAl及びCuが入ることで、粒界相の拡散又は流動が大きく促進され、それによって主相NdFe14Bの結晶粒界に粒界相が再分配されて、主相粒子間の交換結合が分断され、結果として、保磁力が増加したと考えられる。
【0071】
〔参考例2〕
参考例1で熱間加工まで行なったAl及びCuを含有している試料について、下記の条件で熱処理を施し、そしてVSMにて磁気特性を測定して、熱処理における保持時間の影響を調べた。
【0072】
《熱処理条件:保持時間を変更》
保持温度:600℃(一定)
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/min(一定)
保持時間:10秒〜30分の範囲で変化
冷却:急冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0073】
熱処理後の保磁力と保持時間(600℃×t)の関係を、図6及び表2に示す。熱処理前の保磁力も併せて示す。10秒という短時間でも熱処理による保磁力の向上効果が得られ、しかも30分までの熱処理でもその効果は殆ど変化しないことが分かる。従来、結晶粒径が数10μmの焼結磁石では、十分な効果を得るためには、熱処理の保持時間は、1〜10時間を要していた。上記のナノ結晶磁石は、結晶粒径が典型的に約100nm(0.1μm)であり、かつ結晶粒の表面積が焼結磁石より約2桁小さい。これらの理由によって、熱処理によって粒界相を拡散又は流動させ、そして結晶粒を被覆させるのに要する時間が、大幅に短縮されたと考えられる。
【0074】
【表2】
【0075】
〔参考例3〕
参考例1で熱間加工まで行なったAl及びCuを含有している試料について、下記の条件で熱処理を施し、そしてVSMにて磁気特性を測定して、昇温速度の影響を調べた。
【0076】
《熱処理条件:昇温速度を変更》
保持温度:600℃(一定)
室温から保持温度までの昇温速度:5〜600℃/分の範囲で変更
保持時間:30分(一定)
冷却:急冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0077】
熱処理後の保磁力と熱処理温度までの昇温速度との関係を、図7及び表3に示す。熱処理前の保磁力も併せて示す。この範囲では、熱処理による保磁力の向上効果は、昇温速度依存性はほとんど認められない。一般的には、昇温速度が遅いと、組織の粗大化の危険性があり、好ましくないと予想される。組織粗大化を抑制すると共に処理時間を短縮する観点からは、比較的大きい昇温速度が好ましい。
【0078】
【表3】
【0079】
〔参考例4〕
参考例1において熱間加工までを行なったAl及びCuを含有している組成Nd15Fe776.8Ga0.5Al0.5Cu0.2のサンプルについて、下記条件で熱処理を行い、TEM(透過電子顕微鏡)にて、熱処理前後の組織観察(a面方向から観察)を行なった。TEM試料は、FIB(集束イオンビーム)で加工し、そしてイオンミリングすることによって、薄片化した。
【0080】
《熱処理条件》
保持温度:600℃
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/分
保持時間:30分
冷却:急冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0081】
図8に熱処理前後のTEM画像を示す。熱処理前は、多くの箇所において、隣り合う主相が粒界相を介さずに粒界で直接に接していた。これに対して熱処理後は、多くの箇所において、粒界に非晶質の粒界相が存在するように組織が変化していた。主相の結晶粒径は、熱処理前後で殆ど変化せず、本質的に一定であった。
【0082】
図9に、HAADF画像とEDX線分析結果を示す。HAADF画像では、熱処理前の粒界は白く現れており、これはNdリッチ組成になっていると考えられる。同様のことがEDX線分析結果からも推定される。一方、熱処理後の粒界はHAADF画像では黒く現れており、これは、粒界の電子密度が低くなっていることを示している。また、EDX線分析では、熱処理後の粒界相の組成が、熱処理前の組織に比べてNdリッチではなくなっていることが分かった。
【0083】
これらの観察結果は、熱処理が加圧を伴わない場合であってさえも、熱処理後には、粒界相による主相の被覆率が上し、粒界相の組成が変化し、かつ結晶性も変化し得ることを示している。熱処理による粒界相のこのような変化は、主相粒子間の磁気的な交換結合作用を防ぎ、保磁力を向上させていると考えられる。
【0084】
〔実施例1〕
以下の実施例1では、熱処理が加圧を伴う本発明の希土類磁石製造方法によれば、熱処理が加熱を伴わない場合と比較して、改良された保磁力を有する希土類磁石が得られることを示す。
【0085】
組成Nd16Fe77.45.4Ga0.5Al0.5Cu0.2のナノ結晶希土類磁石を製造した。最終的に得られる組織は、主相であるNdFe14相と、粒界相であるNdリッチ相(Nd又はNd酸化物)又はNdFe相とからなるナノ結晶組織である。Gaは粒界相中に富化して粒界の移動を阻止し、結晶粒の粗大化を抑制する。Al及びCuは粒界相中のNdと合金化し、それによって粒界相の拡散又は流動を可能とする。
【0086】
〈合金インゴットの作製〉
上記の組成となるように、Nd、Fe、FeB、Ga、Al及びCuの各原料を所定量秤量し、アーク溶融炉にて溶融し、合金インゴットを作製した。
【0087】
〈急冷薄片の作製〉
合金インゴットを高周波炉で溶融し、得られた溶融合金を、図1に示すようにして、銅製単ロールのロール面に噴射して急冷した。用いた条件は下記のとおりであった。
【0088】
《急冷凝固条件》
ノズル径:0.6mm
クリアランス:0.7mm
噴射圧力:0.7kg/cm
ロール速度:2,350rpm
溶融温度:1,450℃
【0089】
〈分別〉
得られた複数の急冷薄片(4)は、上記のように、複数のナノ結晶薄片と複数の非晶質薄片とが混在している。したがって、図2に示すようにして、弱磁石を用いて、複数の急冷薄片(4)を複数のナノ結晶薄片と複数の非晶質薄片とに分別する。すなわち、(1)の複数の急冷薄片(4)のうち、複数の非晶質急冷薄片は軟磁性体であり弱磁石であり、したがって磁化されるので落下せず(2)、他方で複数のナノ結晶急冷薄片は硬磁性体であり、したがって弱磁石では磁化されないので落下した(3)。落下した複数のナノ結晶急冷薄片のみを収集し、そして以下の処理に供した。
【0090】
〈焼結〉
得られた複数のナノ結晶急冷薄片を、下記の条件にてSPS焼結した。
【0091】
《SPS焼結条件》
焼結温度:570℃
保持時間:5分
雰囲気:10−2Paの真空
面圧:100MPa
【0092】
上記のように、焼結時に面圧100MPa負荷した。これは、通電を確保するための初期面圧34MPaを超える大きな面圧である。この大きな圧力を用いて、焼結温度570℃及び保持時間5分で焼結密度98%(=7.5g/cm)を得た。同等の焼結密度を得るために1100℃程度の高温が必要であった従来の焼結に対して、焼結温度を大幅に低下することができた。
【0093】
ただし、単ロール法によって急冷薄片の片面に低融点相が形成しており、これも低温焼結に貢献している。具体的には、主相NdFe14の融点が1150℃であるのに対して、低融点相の融点は例えば、Ndが1021℃であり、NdGaが786℃である。
【0094】
すなわち、本実施例においては、加圧焼結(面圧100MPa)の加圧による焼結温度低下の効果と、急冷薄片の片面に形成された低融点相による焼結温度低下の効果との組合せによって、570℃での上記の低温焼結が達成できた。
【0095】
〈熱間加工〉
配向処理として、SPS装置を用いて、下記の強塑性加工条件にて、熱間加工を行なった。
【0096】
《熱間加工条件》
加工温度:650℃
加工圧力:100MPa
雰囲気:10−2Paの真空
加工度(厚さの減少):67%
【0097】
〈熱処理〉
《熱処理条件》
保持温度:525℃
保持圧力:0MPa(加圧を伴わない(参考))、10MPa、又は40MPa
室温から保持温度までの昇温速度:120℃/分(一定)
保持時間:1時間(一定)
冷却:SPS中で放冷
雰囲気:Arガス(2Pa)
【0098】
〈磁性の評価〉
熱処理前及び熱処理後の各サンプルについて、VSMにより磁気特性を測定した。
【0099】
図10に、熱処理前、加圧を伴わない熱処理後、及び40MPaの加圧を伴う熱処理後の試料の磁化曲線(減磁曲線)を示す。また、図11に、熱処理前、及び熱処理後(圧力:0MPa、10MPa、及び40MPa)の保磁力と、加熱処理時の圧力との関係を示す。これらの図からは、熱処理によって保磁力が向上したこと、及び加圧を伴う熱処理では、加圧を伴わない熱処理後と比較して、更に保磁力が向上したことが分かる。
【0100】
〔実施例2〕
以下の実施例2では、熱処理時の加圧による粒界相の押出(絞り出し)効果について示す。
【0101】
〈実験方法〉
Si基材にTaバッファ層を堆積させ、このTaバッファ層上に厚さ約5μmのNdFeB層を堆積させ、そしてこのNdFeB層上にTaキャップ層を堆積させた。ここで、すべての堆積は450℃において高速スパッタリングを用いて行った。
【0102】
750℃で結晶加熱処理を行った。その後、磁気特性を振動試料磁力測定(Vibrating Sample Magnetometry)で評価し、また微細組織をSEMで観察した。
【0103】
〈実験結果〉
図12及び15は、NdFeB層の断面SEM画像及び保磁力の測定結果を示している。この図からは、保持力が小さい(18kOe)フィルムは、低品質のバッファ層−基材の界面を有していること、及び磁性フィルムはほとんど完全に基材から剥離していることが分かる。ここで、界面のこの劣化は、Ta層と基材との間の拡散によるものである。他方で、保持力が大きい(26kOe)フィルムは、完全なままのバッファ層−基材の界面を有しており、それによってフィルムが基材にしっかりと付着している。
【0104】
アニール処理の間の磁性フィルムにおける相転移と共に発生する、基材と磁性フィルムとの熱膨張係数の差は、堅い磁性フィルムにおける圧縮応力をもたらす。磁性フィルムが基材から剥離する場合、圧縮応力は緩和される。なお、光学干渉計による基材−フィルムの湾曲の測定(図13)は、高保磁力フィルムが約250MPaの圧縮応力を受けていることを示している。
【0105】
Ndリッチ相は、堆積後のアニール処理の間に液体になる。完全に付着しているフィルムにおける大きい圧縮応力レベルは、堅い磁性層からいくらかのNdリッチを絞り出し、このNdリッチ相がTaキャップ層において波状部を形成している(図14(a))。他方で、部分的に剥離したフィルムでは、有意の絞り出しは起こっていない(図14(b))。図14(a)及び(b)は、SEM画像(2次電子画像)である。表面の波状部の形成をもたらすNdリッチ相の押し出しは、固体のNdFe14B粒子の周囲におけるNdリッチ相の再分配にも役立つ。
【0106】
保磁力の改良は、主相の結晶粒間の主として3重点に偏在していた粒界相が、圧縮応力によってこの3重点から押し出され、それによって粒界相の拡散又は流動を促進できることによると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明によれば、ネオジム磁石(NdFe14B)及びマイクロシステムに適用されるネオジム磁石フィルムに通常は代表される希土類磁石の製造方法であって、磁気特性、特に保磁力を高めることができる熱処理方法を用いる製造方法が提供される。
図1
図2
図4
図5
図6
図7
図10
図11
図15
図3
図8
図9
図12
図13
図14