特許第5934619号(P5934619)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧 ▶ アイシン精機株式会社の特許一覧

特許5934619ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置
<>
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000002
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000003
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000004
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000005
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000006
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000007
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000008
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000009
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000010
  • 特許5934619-ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5934619
(24)【登録日】2016年5月13日
(45)【発行日】2016年6月15日
(54)【発明の名称】ダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置
(51)【国際特許分類】
   B22D 17/20 20060101AFI20160602BHJP
   B22C 3/00 20060101ALI20160602BHJP
【FI】
   B22D17/20 D
   B22C3/00 Z
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-203130(P2012-203130)
(22)【出願日】2012年9月14日
(65)【公開番号】特開2014-57972(P2014-57972A)
(43)【公開日】2014年4月3日
【審査請求日】2015年4月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】アイシン精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】太刀川 英男
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 博
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 和彦
(72)【発明者】
【氏名】江崎 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】山田 研一
(72)【発明者】
【氏名】山田 洋行
(72)【発明者】
【氏名】梶野 正樹
(72)【発明者】
【氏名】竹内 久人
(72)【発明者】
【氏名】岩堀 弘昭
(72)【発明者】
【氏名】岩田 靖
(72)【発明者】
【氏名】金 成姫
(72)【発明者】
【氏名】早藤 哲典
(72)【発明者】
【氏名】久永 優
【審査官】 酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−069217(JP,A)
【文献】 特開2008−096207(JP,A)
【文献】 特開2006−068751(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 17/20,
B22C 3/00,9/00−9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
離型剤および蛍光剤を水に溶解または分散させてなる塗液を金型の加熱された成形面に噴霧塗布してできた塗布面へ該蛍光剤に対応した励起光を照射する照射ステップと、
該蛍光剤から発せられた蛍光を受光して蛍光強度を測定する測定ステップとを備え、
該蛍光強度を利用して該塗布面における該離型剤の付着状態を評価するダイカスト用離型剤の付着評価方法であって、
前記測定ステップは、前記塗布面の特定領域について前記蛍光強度を連続的に測定して強度分布を得る強度分布測定ステップであり、
さらに、該強度分布に基づき該特定領域における前記離型剤の付着状態を指標する指標値を特定する特定ステップを備え
該特定ステップは、該特定領域内で前記蛍光が検出される最大域から該最大域の長さまたは面積の10%に相当する外端部を除外した定義域について、該蛍光強度の最小値を下限値とすると共に該最小値を1.2倍した値を上限値とする値域内で算出される平均値を該指標値とすることを特徴とするダイカスト用離型剤の付着評価方法。
【請求項2】
離型剤および蛍光剤を水に溶解または分散させてなる塗液を金型の加熱された成形面に噴霧塗布してできた塗布面へ該蛍光剤に対応した励起光を照射する照射手段と、
該蛍光剤から発せられた蛍光を受光して蛍光強度を測定する測定手段とを備え、
該蛍光強度を利用して該塗布面における該離型剤の付着状態を評価するダイカスト用離型剤の付着評価装置であって、
前記測定手段は、前記塗布面の特定領域について前記蛍光強度を連続的に測定して強度分布を得る強度分布測定手段であり、
さらに、該強度分布に基づき該特定領域における前記離型剤の付着状態を指標する指標値を特定する特定手段を備え
該特定手段は、該特定領域内で前記蛍光が検出される最大域から該最大域の長さまたは面積の10%に相当する外端部を除外した定義域について、該蛍光強度の最小値を下限値とすると共に該最小値を1.2倍した値を上限値とする値域内で算出される平均値を該指標値とすることを特徴とするダイカスト用離型剤の付着評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイカスト用金型の成形面に塗布される離型剤の付着状況を適正に評価できるダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金やマグネシウム合金等の溶湯を金型のキャビティへ高圧充填し、急冷凝固させて精密な鋳造品を得るダイカスト(金型鋳造方法)が多用されている。このダイカストを行う際、得られた製品(鋳物)と金型の成形面(キャビティ内壁面)との間の離型性の確保や焼付防止のため、通常、溶媒または分散媒で希釈した離型剤を、溶湯充填前の成形面へ噴霧塗布している。
【0003】
ところが、金型の成形面は凹凸の多い複雑形状であることが多く、成形面上に離型剤を均一に塗布することは必ずしも容易ではない。このため、いわゆる塗りムラが生じて、離型剤が塗布されていない部分で、離型性の低下や焼付き等が生じ得る。なお、離型剤を長時間かけて入念に塗布することは、生産性の低下、離型剤のロス等を生じる。また、水で希釈した離型剤を多量に塗布すると、金型温度が低下し、離型剤の乾燥が遅れるため、現実には離型剤を厚く塗布することも容易ではない。
【0004】
従って、実際にダイカスト鋳造を行う前に、噴霧塗布した離型剤が金型の成形面にどのように付着しているのか、その付着状況(塗布厚など)を確認しつつ、適切な離型剤の塗布条件を見出す作業が必要となる。もっとも、離型剤は、無色または白色であり、金属色の成形面に薄く塗布されるため、作業者が金型の成形面上における離型剤の付着状態を目視で的確に判断することは困難である。
【0005】
そこで、このような金型の成形面における離型剤の付着状態を、塗液に混在させておいた蛍光剤の発光強度を測定することにより検出する提案が下記の特許文献1でなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−69217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
具体的にいうと、特許文献1には、「蛍光物質を含有する離型剤は、離型剤塗布量が多くなるにつれて、可視光の発光強度がリニアに増大していくという特性を有しているため、可視光の発光強度と離型剤塗布量との関係を示す測定ゲージを作成し、該測定ゲージを参照して、可視光の発光強度に基づいて離型剤塗布量を推定することができる。」([0032])とある。
【0008】
確かに、点状の測定箇所については、蛍光物質から生じる可視光の発光強度と離型剤の付着量との間に相関があるかもしれない。しかし、特許文献1にあるように、ポイント的な測定を複数箇所で行っても、金型の成形面上における離型剤の付着状態を適切に把握することはできない。前述したように、金型の成形面上における離型剤の付着量にはムラがあるため、ポイント的な測定ではピーク的な箇所や逆にボトム的な箇所を偶々検出しているに過ぎない可能性も高い。つまり、測定された発光強度に基づき測定ゲージを介して離型剤の塗布量(塗布厚)が特定されるとしても、それはあくまでもポイント的な離型剤の塗布量に過ぎず、ある程度の広がりを有する領域に塗布された離型剤の付着状態を適切に反映しているとは言い難い。
【0009】
しかも特許文献1は、その記載が漠然としており、金型の成形面に塗布された離型剤の塗布厚等を実際に測定した結果も示されていない。特許文献1は、実質的に観て、蛍光物質により生じた可視光の発光強度に基づき、ポイント的な離型剤の塗布厚を決定できるという、いわば当然のことを述べているに留まり、現実的な金型の成形面における離型剤の付着状態を具体的にどうのように評価するかという点について全く触れていない。
【0010】
事実、本発明者の調査研究によれば、金型の成形面上における離型剤の塗布厚は一定ではなく、大きなムラが多数生じており、特許文献1のようにポイント的な離型剤の塗布厚だけでは、実際のダイカスト鋳造後の離型性等を評価できないことを確認している。この詳細については後述する。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、金型の成形面における離型剤の付着状態を適切に評価できるダイカスト用離型剤の付着評価方法およびその付着評価装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、離型剤の付着状態を評価したい特定領域内で、塗液に混在させておいた蛍光剤の蛍光強度を連続的に測定し、その結果得られた強度分布に基づいて、離型剤の付着状態を指標する指標値(例えば平均的な付着厚さに相当する値)を特定することを思いついた。そして、こうして得られた指標値とダイカスト鋳造後の離型性等の間に明確な相関があることを確認した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0013】
《ダイカスト用離型剤の付着評価方法》
(1)本発明のダイカスト用離型剤の付着評価方法は、離型剤および蛍光剤を水に溶解または分散させてなる塗液を金型の加熱された成形面に噴霧塗布してできた塗布面へ該蛍光剤に対応した励起光を照射する照射ステップと、該蛍光剤から発せられた蛍光を受光して蛍光強度を測定する測定ステップとを備え、該蛍光強度を利用して該塗布面における該離型剤の付着状態を評価するダイカスト用離型剤の付着評価方法であって、
前記測定ステップは、前記塗布面の特定領域について前記蛍光強度を連続的に測定して強度分布を得る強度分布測定ステップであり、さらに、該強度分布に基づき該特定領域における前記離型剤の付着状態を指標する指標値を特定する特定ステップを備え
該特定ステップは、該特定領域内で前記蛍光が検出される最大域から該最大域の長さまたは面積の10%に相当する外端部を除外した定義域について、該蛍光強度の最小値を下限値とすると共に該最小値を1.2倍した値を上限値とする値域内で算出される平均値を該指標値とすることを特徴とする。
【0014】
(2)本発明では、先ず、蛍光剤を含む離型剤の塗液を金型の成形面へ塗布してできた塗布面の特定領域について、蛍光強度を連続的に測定し、強度分布を求めている(強度分布測定ステップ)。次に、この強度分布に基づいて、離型剤の付着状態を把握したい特定領域について、離型剤の付着状態を指標する指標値を求めている。
【0015】
このように本発明では、従来のように単なるピンポイント的な蛍光強度から求まる離型剤の塗布量等により、特定領域における離型剤の付着状態を指標させてはいない。すなわち本発明では、ある特定領域における連続的な強度分布を把握しつつ、その強度分布に基づいて、その特定領域全体における離型剤の付着状態を適正に表す指標値を特定している。この指標値を用いれば、塗布面に離型剤の塗りムラ等があっても、ダイカスト鋳造後の離型性等にマッチした離型剤の付着状態を的確に評価できるようになる。なお、本発明でいう「離型剤の付着状態」が意味する対象は種々あり得るが、例えば、離型剤に関する付着量、付着厚さ(塗膜厚さ)、分散状況等である
【0016】
ちなみに、従来、単なるピンポイント的な蛍光強度に基づいて離型剤の付着状態を指標していたのは、塗布面における離型剤の付着厚さ(塗膜厚さ)がほぼ一定であると想定していたためと考えられる(図10(A)参照)。しかし、実際には、狭小な特定領域内であっても、離型剤の付着厚さは一定ではなく、離型剤は付着量の多い部分と少ない部分とが点在した斑模様状に分布していた(図10(C)参照)。
【0017】
このような離型剤の付着ムラ(塗りムラ)は、次のような理由により生じると考えられる。離型剤を水に溶解または分散させた塗液を、高温(例えば150℃以上)に加熱された金型の成形面へ噴霧塗布した場合、当初、水分は即座に蒸発して、短時間内にほぼ均一的な厚さの離型剤膜(油膜)が形成されると考えられる。しかし、その後も塗液の噴霧が継続されると、その離型剤膜と塗液は濡れ性が非常に低いため、一旦形成された均一的な厚さの離型剤膜上に、塗液が滴状に堆積することになる(図10(B)参照)。この滴状の塗液から水分が蒸発すると、その液滴が存在していたポイントだけ離型剤量(付着量)が多くなり、全体として離型剤が不均一に付着した状態となる(図10(C)参照)。
【0018】
このように従来の評価方法では、非現実的な理想状態(図10(A)参照)を前提としていたため、現実の離型剤膜の付着状態を的確に評価できなかった。しかし、本発明では、ピンポイント的な蛍光強度ではなく特定領域における連続的な蛍光強度(強度分布)に基づいて離型剤膜の付着状態を指標する指標値を特定しており、現実的な状況(図10(B)、図10(C)参照)に適合しているため、ダイカスト鋳造後の離型性に整合した離型剤の付着状態を適切に評価できるようになったと考えられる。
【0019】
《ダイカスト用離型剤の付着評価装置》
本発明は、上述したダイカスト用離型剤の付着評価方法としてのみならず、その付着評価装置としても把握できる。すなわち、本発明は、離型剤および蛍光剤を水に溶解または分散させてなる塗液を金型の加熱された成形面に噴霧塗布してできた塗布面へ該蛍光剤に対応した励起光を照射する照射手段と、該蛍光剤から発せられた蛍光を受光して蛍光強度を測定する測定手段とを備え、該蛍光強度を利用して該塗布面における該離型剤の付着状態を評価するダイカスト用離型剤の付着評価装置であって、
前記測定手段は、前記塗布面の特定領域について前記蛍光強度を連続的に測定して強度分布を得る強度分布測定手段であり、さらに、該強度分布に基づき該特定領域における前記離型剤の付着状態を指標する指標値を特定する特定手段を備え
該特定手段は、該特定領域内で前記蛍光が検出される最大域から該最大域の長さまたは面積の10%に相当する外端部を除外した定義域について、該蛍光強度の最小値を下限値とすると共に該最小値を1.2倍した値を上限値とする値域内で算出される平均値を該指標値とすることを特徴とするダイカスト用離型剤の付着評価装置でもよい。
【0020】
《その他》
(1)本発明のダイカスト用離型剤の付着評価方法に係る各「ステップ」は、それぞれ「手段」と言い換えることができ、それにより本発明のダイカスト用離型剤の付着評価装置に係る構成要素となり得る。
【0021】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】試料表面を観察する蛍光検出装置を示す概要図である。
図2】その試料表面の一部に係る蛍光分布を示す写真である。
図3】その試料表面の他部を示す写真であり、同図(A)はその蛍光分布を示す写真であり、同図(B)はそこに存在する離型剤の分布を示す写真である。
図4図2に示すA1A2区間に関する図であり、同図(A)はその区間に係る蛍光強度の分布図であり、同図(B)はその区間にある一部の領域を拡大して示した蛍光分布を示す写真である。
図5】ダイカスト鋳造の概要図である。
図6】そのダイカスト鋳造に用いたピンの表面を観察するための蛍光検出装置を示す概要図である。
図7】そのピンの円周側面に現れた蛍光分布を示す俯瞰図である。
図8図7に示すB1B2区間に係る蛍光強度の分布図である。
図9】各種方法で求めた蛍光強度(指標値)と離型抵抗の関係を示す分散図である。
図10】離型剤の付着状態を示す模式図であり、同図(A)は従来想定されていた離型剤の付着状態を示す模式図であり、同図(B)は当初形成された塗布面上に滴状の塗液が生じる様子を示す模式図であり、同図(C)は現実的な離型剤の付着状態を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本明細書ではダイカスト用離型剤の付着評価方法について主に説明しているが、本明細書で説明する内容は、それのみならず、ダイカスト用離型剤の付着評価装置にも該当し得る。従って、上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を任意に付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0024】
《離型剤の付着》
本発明では、離型剤の付着状態を評価する前提として、離型剤および蛍光剤を水に溶解または分散させてなる塗液を加熱された金型の成形面(単に成形面ともいう。)へ噴霧塗布して塗布面を形成している。
【0025】
この塗液を構成する溶媒または分散媒は、種々あり得るが、蒸発後の作業環境への悪影響が少なく低コストな点で水が好適である。離型剤は、その種類を問わず、シリコーン、高級脂肪酸やその石鹸、ワックス、動植物油などがある。もっとも、耐熱性、離型性、製品表面の平滑性等の点で、変性シリコーン等を主成分とするシリコーン系離型剤が好ましい。なお、本発明に係る離型剤は、適宜、界面活性剤等を含む。
【0026】
蛍光剤は、紫外線等の励起光(電磁波)を受けて発光するものであれば、その種類は問わない。また本明細書でいう蛍光は、励起光の照射を止めるとすぐに発光が消失する発光寿命の短い狭義の蛍光に限らず、その発光寿命が比較的長い、いわゆる燐光も含む広義の蛍光である。この蛍光剤は、離型剤(界面活性剤等を適宜含む)との合計(100質量%)に対して、例えば、0.01〜1.0質量%含有しているとよい。蛍光剤が過少では離型剤の付着状態を分析、評価し難くなるが、過多では不経済である。なお、蛍光剤は離型剤の主成分である有機成分に相溶されることが望ましい。
【0027】
塗液は、例えば、離型剤と蛍光剤からなる原液を水で希釈することにより得られる。その希釈倍率(体積)は問わないが、5〜50倍(体積)にするとよい。塗液の塗布方法には種々あるが、通常は、刷毛塗り、浸漬法等よりも、所望範囲に均一的に塗布し易い噴霧塗布が好適である。
【0028】
なお、本発明に係るダイカストは、鋳造する合金の種類(通常はアルミニウム合金やマグネシウム合金などの軽合金)や鋳物の形態を問わない。合金の種類や鋳物の形態によってダイカスト条件は異なるが、それぞれのダイカスト条件に適した離型剤や蛍光剤を用いて塗液を調製するとよい。
【0029】
《励起光の照射》
蛍光剤を含む塗布面へ照射される励起光は、その種類を問わず、蛍光剤に適した波長の光または電磁波が採用されればよい。一般的には、ブラックライト等により紫外線が照射される。なお、励起光の光源と塗布面との距離や角度、励起光の焦点位置などは適宜調整される。この際、特定領域内の各部にほぼ一定強度の励起光が照射されるようにするとよい。
【0030】
《蛍光の測定》
励起光が照射された蛍光剤から発せられる蛍光は、その波長に適した検出器等により検出されて、その蛍光強度が測定される。本発明では、この蛍光強度の測定をポイントではなく、連続した線または面からなる特定領域内で行い、連続的な蛍光強度である強度分布を求めている(強度分布測定ステップまたは強度分布測定手段)。なお、特定領域は、塗布面全体(成形面全体)である必要はなく、特に離型性や焼付性等が問題となる限定的な狭小領域(線分内または包囲面内)であってもよい。
【0031】
《指標値の特定》
特定領域における蛍光強度の測定により得られた強度分布に基づいて、その特定領域における離型剤の付着状態を指標する指標値を特定する(特定ステップ、特定手段)。この指標値は、離型性等に相関があり、その指標値により離型性の良否(例えば離型抵抗の大小)等を判断できる値であれば、具体的な算出方法を問わない。
【0032】
その一例として次のようにすれば、ダイカスト鋳造後の離型性と優れた相関性を示す離型剤の付着状態に係る指標値が算出される。すなわち、特定領域内で蛍光が検出される最大域から、この最大域の長さまたは面積の10%に相当する外端部を除外した定義域について、蛍光強度の最小値を下限値とすると共に最小値を1.2倍した値を上限値とする値域内で算出される平均値を指標値とするとよい。なお、平均値の算出方法にも種々あるが、例えば、積分平均値を用いるとよい。具体例を示して説明すると、定義域:a1≦x≦a2、値域:b1≦y≦b2、S=∫ydxとして、積分平均値m=S/(a2−a1)となる。なお、b1は蛍光強度の最小値(min)であり、b2はmin×1.2である。
【実施例】
【0033】
実施例を挙げて本発明を詳しく説明する。本実施例では、先ず、本発明の付着評価方法(付着評価装置)に関する基礎評価を行った。次に、その有効性を実際のダイカストを行って確認した。以下、順次説明する。
【0034】
<基礎評価>
《試料の製作》
(1)離型剤を塗布する鉄鋼製の基板(50×50×1.5mm)を用意した。この基板平面を金型の成形面と見なして、その表面に離型剤および蛍光剤を含む塗液をスプレー(噴霧)塗布した。
【0035】
離型剤には、主成分である変性シリコーンオイルを界面活性剤によって水溶化したものを原液(変性シリコーン20%)として用いた。次に、この原液へ、へチオフェン系の蛍光剤を添加して塗液の原液を調製した。なお、蛍光剤の添加量は原液全体に対して0.5質量%とした。さらに、この原液を水で10倍に希釈し(原液1に対して水9の体積割合)、よく混合して塗液とした。
【0036】
(2)塗液の基板表面への塗布は次のようにして行った。200℃に加熱保持した基板表面へ、上記の塗液をスプレーした。スプレーは、エスコ製スプレーガンを用い、噴霧圧力:0.3MPa、噴霧距離:30cmとして垂直噴霧を3秒間行った。このスプレー塗布を3回繰り返した。なお、本実施例では、その塗布回数を変更することにより、離型剤の付着量を調整した。
【0037】
《測定および観察》
(1)離型剤を塗布した試料を、図1に示す蛍光検出装置に設置した。この蛍光検出装置は、励起光である紫外線を照射するUVランプ(照射手段)と、その紫外線を受けた試料表面から発せられる蛍光を受光する受光器(検出手段/測定手段の一部)とからなる。受光器から出力された電気信号は、適宜、モニター等の表示手段(図略)へ入力される。
【0038】
離型剤を塗布した試料の全表面へ、UVランプから紫外線を照射した(照射ステップ)。この際、受光器を図1中に示すように、一定ピッチで移動させ、その都度、受光量を測定・記録することにより、蛍光強度分布を測定する。こうして得られた蛍光分布の一部を図2に示した。この蛍光分布は斑模様状となっており、試料表面に付着した離型剤は均一ではなく、斑点状に付着していることが明らかとなった。
【0039】
(2)同じ試料表面の他部について得られた蛍光分布を図3(A)に示した。これと同じ部分について、離型剤の主成分である変性シリコーンの分布状況をフーリエ変換赤外分光光度計により分析した結果を図3(B)に示した。これらから明らかなように、図3(A)の蛍光分布と図3(B)の分析結果の間には、良好な相関があることが確認できた。つまり、蛍光の発生が強い部分は離型剤の付着量が多く、逆に、蛍光の発生が弱い部分は離型剤の付着量が少ないという明確な相関があることが確認できた。
【0040】
(3)そこで、図2に示したA1A2区間からなる測定域(特定領域)について、蛍光の強度分布を測定し(強度分布測定ステップ)、その強度分布に基づいて測定域における離型剤の付着状態を示す指標値を算出した。蛍光強度は、微小領域から発する蛍光を検出することが出来るように、レンズ、紫外線透過バンドパスフィルタ、ピンホール、フォトダイオード等の光検出器よりなる受光器を用いた。当該受光器を、XY軸微動ステージに装着し、測定域全面を連続的に一定ピッチで移動させ、その都度、XY座標と受光量を記録することにより、図4(A)に示すような蛍光の強度分布を得た。
【0041】
このような単一光検出器を二次元走査して行う蛍光強度分布の測定は、高感度、高直線性、広ダイナミックレンジの蛍光強度分布の測定を可能にする最適な方法である。もっとも、簡易的には、カメラ等の二次元蛍光像を記録できる装置を用いる事もできる。この場合は二次元走査が不要になる。さらにカメラとしては、迅速な離型剤付着の解析を行えるように、CCD素子、CMOS素子等を用いたデジタルカメラ等が望ましい。ただし、離型剤よりの蛍光測定には通常の256階調(8ビット)の汎用デジタルカメラではなく、少なくとも16ビット階調の広ダイナミックレンジの固体撮像デバイスが望ましい。
【0042】
図4(A)の強度分布から明らかなように、蛍光強度の立ち上がりが大きいピーク部が複数観察される一方、測定域の外端部には蛍光強度の立ち上がりが緩やかなランプ部も観察された。図4(A)のピーク間隔は最大で1mm程度であり、そのピーク幅(山幅)は最大で0.2mm程度であった。このような強度分布が実際の蛍光分布と整合していることは、その測定域における実際の蛍光分布を示した図4(B)から明らかである。
【0043】
スプレー塗布により離型剤を付着させると、他の領域でも、図4(A)や図4(B)に示す強度分布や蛍光分布が生じると考えられる。従って、適切な大きさ(面積)の測定域を抽出し、その測定域について上述した分析を行えば、希望する領域全体について離型剤の付着状態を把握できる。このように代表的に抽出される測定域は、例えば、最低でもφ2mm程度の領域であると好ましい。逆にいえば、φ5さらにはφ10mm程度の領域であれば十分であるともいえる。
【0044】
(4)さらに、図4(A)に示した蛍光の強度分布に基づいて、その測定域における離型剤の付着量を指標するベース値(指標値)を特定した(特定ステップ)。このベース値は、測定域における離型剤の付着状態(特に付着量または付着厚さ)を端的に示す値である。このベース値の具体的な算出方法の一例を図4(A)を用いて以下に説明する。
【0045】
測定域内で蛍光が検出される最大域(つまり蛍光強度が0より大きくなる領域)を特定する。測定域がA1A2区間のような線分の場合、その最大域は図4(A)に示すようなa1a2区間(長さL)となる。この最大域の10%(0.1L)に相当する両外端部を除外した領域を定義域(長さ0.8L)とする。この定義域内で、蛍光強度の最小値を特定し、それを下限値とすると共に、その最小値を1.2倍した値を上限値とする値域を特定する。この値域内にある蛍光強度値を、上記の定義域内で合計(積算)する。これを定義域の幅で除して求まる平均値をベース値とする。
【0046】
通常、蛍光強度は連続的であるため、その平均値は、定義域内の蛍光強度を積分した値(本実施例の場合なら図4(A)に示すハッチング部分の面積S)を、その定義域で除した値(積分平均値)となる。なお、本実施例では、定義域が線分区間(一次元)であったため積分値は面積(二次元)となったが、定義域が領域(二次元)なら積分値は体積(三次元)となる。もっとも、本算出方法により求まるベース値は、いずれも離型剤の平均的な付着量(付着厚さ)に関する値(一次元)となる。
【0047】
なお、具体的な離型剤の付着量等は、そのベース値に基づき、別の試験や測定により得られた換算式、相関図または相関表を用いて容易に行える。もっとも、指標値から直接的に離型剤の付着状態を評価できる限り、具体的な離型剤の付着量等は必ずしも重要ではない。そこで本実施例では、蛍光強度、特にその強度分布に基づくベース値(積分平均値)に基づいて、離型剤の付着状態を直接評価することとした。
【0048】
<ダイカスト評価>
《鋳造》
(1)本発明の評価方法の有効性を実際のダイカスト鋳造により確認した。製造したダイカスト鋳物は、上部に円筒状の窪みを有する厚さ15mmの板状片である。この鋳造には、800トンのダイカスト機を用いた。金型と、その金型のキャビティへアルミニウム合金(JIS ADC12)の射出溶湯を誘導するランナの概要は図5に示した通りである。なお、溶湯温度:640℃、鋳造圧力(射出圧力):60MPa、射出速度(低速):0.2m/s、射出速度(高速):1.5m/s とした。
【0049】
(2)ダイカスト鋳物に形成した円筒状の窪みは、金型の一部を構成する円柱状のピン(φ10×50mm)により形成した。このピンは、金型の本体に対して抜き差し可能となっている。離型剤を含む塗液をスプレー塗布するときは、そのピンを下げて、その下端がキャビティ内に突出した状態となるようにした。また、そのスプレー塗布したキャビティへ溶湯を射出してダイカスト鋳造した後、ピンを上方へ引き抜くときは、そのピンの抜き抵抗(離型抵抗)をピン末端に添付したひずみゲージにより測定した。
【0050】
(3)ピンを含む成形面へのスプレー塗布時間を順次変更し、次のようにして離型剤の付着量(ベース値)とピンの離型抵抗の関係を調べた。先ず、各塗布条件(塗布時間)毎にピンを2本用意した。一本は、キャビティ内に突出したピンへ塗液をスプレー塗布した後、溶湯を射出することなく、抜き取った。もう一本は、そのスプレー塗布後に、金型を閉じて、上述した条件でキャビティへ溶湯を射出し、ダイカスト鋳造を行った。各スプレー塗布時間は、3秒、6秒および9秒とした。いずれの場合も、塗液のスプレー塗布は、ピンの下端面および下方側にある円柱側面について行った。
【0051】
なお、ダイカスト鋳造する際の金型(ピン)温度を高めるために、最初の2ショットは射出速度を低速にしてダイカスト鋳造を行った。従って、ピンの離型抵抗の測定は、3ショット目から行った。
【0052】
《測定および観察》
(1)塗液をスプレー塗布しただけ(ダイカスト鋳造前)のピンを、図6に示す蛍光検出装置に設置した。この蛍光検出装置も、励起光である紫外線を照射するUVランプ(照射手段)と、その紫外線を受けた試料表面から発せられる蛍光を受光する受光器(検出手段/測定手段の一部)とからなる。但し、この蛍光検出装置では、図6に示した受光器を固定しておき、ピンを回転および水平移動させた。こうして成形面を構成するピンの円周側面から発せられる蛍光を検出し、図7に示すような蛍光分布の俯瞰図を得た。
【0053】
(2)図7に示したB1B2区間からなる測定域(特定領域)について、蛍光の強度分布を測定し(強度分布測定ステップ)、図8に示すような蛍光の強度分布を得た。なお、蛍光分布および蛍光強度の測定は前述した方法により行った。またここでも、蛍光強度および強度分布の測定に用いた装置が本発明でいう強度分布測定手段に相当する。
【0054】
スプレー塗布時間の異なる各ピンについて求めた蛍光の強度分布に基づき、それぞれのベース値を前述した方法により算出した。こうして得られた各ピンに係るベース値(蛍光強度)と、スプレー塗布時間を同じにした他方のピン(一対あったピンのうちの他方)を用いて測定した離型抵抗との関係を図9に示した。さらに図9には、ベース値に替えて、測定域内に現れた蛍光強度のピーク値(最大値)と離型抵抗の関係と、任意に抽出したポイントで測定した蛍光強度(ポイント値)と離型抵抗の関係とも併せて示した。
【0055】
《評価》
図9から明らかなように、蛍光強度を示すピーク値やポイント値と離型抵抗の間には明確な相関関係は観られなかった。このことから、蛍光強度としてピーク値やポイント値を採用しても、離型剤の付着状態ひいては離型性を適切に評価できないことがわかる。同様のことは、測定域内における離型剤の付着状態のバラツキが大きいことを示す図7からもわかる。
【0056】
これに対して本実施例のように、ベース値と離型抵抗の間には明確な相関関係(比例関係)があり、蛍光強度としてベース値を採用すると、離型剤の付着状態ひいては離型性を適切に評価できることがわかった。
図1
図5
図6
図8
図9
図10
図2
図3
図4
図7