【実施例】
【0033】
実施例を挙げて本発明を詳しく説明する。本実施例では、先ず、本発明の付着評価方法(付着評価装置)に関する基礎評価を行った。次に、その有効性を実際のダイカストを行って確認した。以下、順次説明する。
【0034】
<基礎評価>
《試料の製作》
(1)離型剤を塗布する鉄鋼製の基板(50×50×1.5mm)を用意した。この基板平面を金型の成形面と見なして、その表面に離型剤および蛍光剤を含む塗液をスプレー(噴霧)塗布した。
【0035】
離型剤には、主成分である変性シリコーンオイルを界面活性剤によって水溶化したものを原液(変性シリコーン20%)として用いた。次に、この原液へ、へチオフェン系の蛍光剤を添加して塗液の原液を調製した。なお、蛍光剤の添加量は原液全体に対して0.5質量%とした。さらに、この原液を水で10倍に希釈し(原液1に対して水9の体積割合)、よく混合して塗液とした。
【0036】
(2)塗液の基板表面への塗布は次のようにして行った。200℃に加熱保持した基板表面へ、上記の塗液をスプレーした。スプレーは、エスコ製スプレーガンを用い、噴霧圧力:0.3MPa、噴霧距離:30cmとして垂直噴霧を3秒間行った。このスプレー塗布を3回繰り返した。なお、本実施例では、その塗布回数を変更することにより、離型剤の付着量を調整した。
【0037】
《測定および観察》
(1)離型剤を塗布した試料を、
図1に示す蛍光検出装置に設置した。この蛍光検出装置は、励起光である紫外線を照射するUVランプ(照射手段)と、その紫外線を受けた試料表面から発せられる蛍光を受光する受光器(検出手段/測定手段の一部)とからなる。受光器から出力された電気信号は、適宜、モニター等の表示手段(図略)へ入力される。
【0038】
離型剤を塗布した試料の全表面へ、UVランプから紫外線を照射した(照射ステップ)。この際、受光器を
図1中に示すように、一定ピッチで移動させ、その都度、受光量を測定・記録することにより、蛍光強度分布を測定する。こうして得られた蛍光分布の一部を
図2に示した。この蛍光分布は斑模様状となっており、試料表面に付着した離型剤は均一ではなく、斑点状に付着していることが明らかとなった。
【0039】
(2)同じ試料表面の他部について得られた蛍光分布を
図3(A)に示した。これと同じ部分について、離型剤の主成分である変性シリコーンの分布状況をフーリエ変換赤外分光光度計により分析した結果を
図3(B)に示した。これらから明らかなように、
図3(A)の蛍光分布と
図3(B)の分析結果の間には、良好な相関があることが確認できた。つまり、蛍光の発生が強い部分は離型剤の付着量が多く、逆に、蛍光の発生が弱い部分は離型剤の付着量が少ないという明確な相関があることが確認できた。
【0040】
(3)そこで、
図2に示したA1A2区間からなる測定域(特定領域)について、蛍光の強度分布を測定し(強度分布測定ステップ)、その強度分布に基づいて測定域における離型剤の付着状態を示す指標値を算出した。蛍光強度は、微小領域から発する蛍光を検出することが出来るように、レンズ、紫外線透過バンドパスフィルタ、ピンホール、フォトダイオード等の光検出器よりなる受光器を用いた。当該受光器を、XY軸微動ステージに装着し、測定域全面を連続的に一定ピッチで移動させ、その都度、XY座標と受光量を記録することにより、
図4(A)に示すような蛍光の強度分布を得た。
【0041】
このような単一光検出器を二次元走査して行う蛍光強度分布の測定は、高感度、高直線性、広ダイナミックレンジの蛍光強度分布の測定を可能にする最適な方法である。もっとも、簡易的には、カメラ等の二次元蛍光像を記録できる装置を用いる事もできる。この場合は二次元走査が不要になる。さらにカメラとしては、迅速な離型剤付着の解析を行えるように、CCD素子、CMOS素子等を用いたデジタルカメラ等が望ましい。ただし、離型剤よりの蛍光測定には通常の256階調(8ビット)の汎用デジタルカメラではなく、少なくとも16ビット階調の広ダイナミックレンジの固体撮像デバイスが望ましい。
【0042】
図4(A)の強度分布から明らかなように、蛍光強度の立ち上がりが大きいピーク部が複数観察される一方、測定域の外端部には蛍光強度の立ち上がりが緩やかなランプ部も観察された。
図4(A)のピーク間隔は最大で1mm程度であり、そのピーク幅(山幅)は最大で0.2mm程度であった。このような強度分布が実際の蛍光分布と整合していることは、その測定域における実際の蛍光分布を示した
図4(B)から明らかである。
【0043】
スプレー塗布により離型剤を付着させると、他の領域でも、
図4(A)や
図4(B)に示す強度分布や蛍光分布が生じると考えられる。従って、適切な大きさ(面積)の測定域を抽出し、その測定域について上述した分析を行えば、希望する領域全体について離型剤の付着状態を把握できる。このように代表的に抽出される測定域は、例えば、最低でもφ2mm程度の領域であると好ましい。逆にいえば、φ5さらにはφ10mm程度の領域であれば十分であるともいえる。
【0044】
(4)さらに、
図4(A)に示した蛍光の強度分布に基づいて、その測定域における離型剤の付着量を指標するベース値(指標値)を特定した(特定ステップ)。このベース値は、測定域における離型剤の付着状態(特に付着量または付着厚さ)を端的に示す値である。このベース値の具体的な算出方法の一例を
図4(A)を用いて以下に説明する。
【0045】
測定域内で蛍光が検出される最大域(つまり蛍光強度が0より大きくなる領域)を特定する。測定域がA1A2区間のような線分の場合、その最大域は
図4(A)に示すようなa1a2区間(長さL)となる。この最大域の10%(0.1L)に相当する両外端部を除外した領域を定義域(長さ0.8L)とする。この定義域内で、蛍光強度の最小値を特定し、それを下限値とすると共に、その最小値を1.2倍した値を上限値とする値域を特定する。この値域内にある蛍光強度値を、上記の定義域内で合計(積算)する。これを定義域の幅で除して求まる平均値をベース値とする。
【0046】
通常、蛍光強度は連続的であるため、その平均値は、定義域内の蛍光強度を積分した値(本実施例の場合なら
図4(A)に示すハッチング部分の面積S)を、その定義域で除した値(積分平均値)となる。なお、本実施例では、定義域が線分区間(一次元)であったため積分値は面積(二次元)となったが、定義域が領域(二次元)なら積分値は体積(三次元)となる。もっとも、本算出方法により求まるベース値は、いずれも離型剤の平均的な付着量(付着厚さ)に関する値(一次元)となる。
【0047】
なお、具体的な離型剤の付着量等は、そのベース値に基づき、別の試験や測定により得られた換算式、相関図または相関表を用いて容易に行える。もっとも、指標値から直接的に離型剤の付着状態を評価できる限り、具体的な離型剤の付着量等は必ずしも重要ではない。そこで本実施例では、蛍光強度、特にその強度分布に基づくベース値(積分平均値)に基づいて、離型剤の付着状態を直接評価することとした。
【0048】
<ダイカスト評価>
《鋳造》
(1)本発明の評価方法の有効性を実際のダイカスト鋳造により確認した。製造したダイカスト鋳物は、上部に円筒状の窪みを有する厚さ15mmの板状片である。この鋳造には、800トンのダイカスト機を用いた。金型と、その金型のキャビティへアルミニウム合金(JIS ADC12)の射出溶湯を誘導するランナの概要は
図5に示した通りである。なお、溶湯温度:640℃、鋳造圧力(射出圧力):60MPa、射出速度(低速):0.2m/s、射出速度(高速):1.5m/s とした。
【0049】
(2)ダイカスト鋳物に形成した円筒状の窪みは、金型の一部を構成する円柱状のピン(φ10×50mm)により形成した。このピンは、金型の本体に対して抜き差し可能となっている。離型剤を含む塗液をスプレー塗布するときは、そのピンを下げて、その下端がキャビティ内に突出した状態となるようにした。また、そのスプレー塗布したキャビティへ溶湯を射出してダイカスト鋳造した後、ピンを上方へ引き抜くときは、そのピンの抜き抵抗(離型抵抗)をピン末端に添付したひずみゲージにより測定した。
【0050】
(3)ピンを含む成形面へのスプレー塗布時間を順次変更し、次のようにして離型剤の付着量(ベース値)とピンの離型抵抗の関係を調べた。先ず、各塗布条件(塗布時間)毎にピンを2本用意した。一本は、キャビティ内に突出したピンへ塗液をスプレー塗布した後、溶湯を射出することなく、抜き取った。もう一本は、そのスプレー塗布後に、金型を閉じて、上述した条件でキャビティへ溶湯を射出し、ダイカスト鋳造を行った。各スプレー塗布時間は、3秒、6秒および9秒とした。いずれの場合も、塗液のスプレー塗布は、ピンの下端面および下方側にある円柱側面について行った。
【0051】
なお、ダイカスト鋳造する際の金型(ピン)温度を高めるために、最初の2ショットは射出速度を低速にしてダイカスト鋳造を行った。従って、ピンの離型抵抗の測定は、3ショット目から行った。
【0052】
《測定および観察》
(1)塗液をスプレー塗布しただけ(ダイカスト鋳造前)のピンを、
図6に示す蛍光検出装置に設置した。この蛍光検出装置も、励起光である紫外線を照射するUVランプ(照射手段)と、その紫外線を受けた試料表面から発せられる蛍光を受光する受光器(検出手段/測定手段の一部)とからなる。但し、この蛍光検出装置では、
図6に示した受光器を固定しておき、ピンを回転および水平移動させた。こうして成形面を構成するピンの円周側面から発せられる蛍光を検出し、
図7に示すような蛍光分布の俯瞰図を得た。
【0053】
(2)
図7に示したB1B2区間からなる測定域(特定領域)について、蛍光の強度分布を測定し(強度分布測定ステップ)、
図8に示すような蛍光の強度分布を得た。なお、蛍光分布および蛍光強度の測定は前述した方法により行った。またここでも、蛍光強度および強度分布の測定に用いた装置が本発明でいう強度分布測定手段に相当する。
【0054】
スプレー塗布時間の異なる各ピンについて求めた蛍光の強度分布に基づき、それぞれのベース値を前述した方法により算出した。こうして得られた各ピンに係るベース値(蛍光強度)と、スプレー塗布時間を同じにした他方のピン(一対あったピンのうちの他方)を用いて測定した離型抵抗との関係を
図9に示した。さらに
図9には、ベース値に替えて、測定域内に現れた蛍光強度のピーク値(最大値)と離型抵抗の関係と、任意に抽出したポイントで測定した蛍光強度(ポイント値)と離型抵抗の関係とも併せて示した。
【0055】
《評価》
図9から明らかなように、蛍光強度を示すピーク値やポイント値と離型抵抗の間には明確な相関関係は観られなかった。このことから、蛍光強度としてピーク値やポイント値を採用しても、離型剤の付着状態ひいては離型性を適切に評価できないことがわかる。同様のことは、測定域内における離型剤の付着状態のバラツキが大きいことを示す
図7からもわかる。
【0056】
これに対して本実施例のように、ベース値と離型抵抗の間には明確な相関関係(比例関係)があり、蛍光強度としてベース値を採用すると、離型剤の付着状態ひいては離型性を適切に評価できることがわかった。