【実施例】
【0028】
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は、この実施例に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。
【0029】
図4に示す配合の各原料から、実施例1〜8および比較例1の電気めっき皮膜を形成するための酸性電気めっき浴を調整した。
【0030】
実施例1〜8の酸性電気めっき浴の原料のモリブデン酸誘導体水溶液は、テトラチオモリブデン酸アンモニウムと2−プロピン−1−スルホン酸ナトリウムとによって生成される。テトラチオモリブデン酸アンモニウムは、以下の手法により生成される。濃アンモニア水400mlに水200mlを加え、ヘプタモリブデン酸アンモニウム71gを溶解させる。そして、60〜70℃に加熱した後に、22%硫化アンモニウム500mlを添加する。これにより、テトラチオモリブデン酸アンモニウムが生成される。このようにして生成されたテトラチオモリブデン酸アンモニウム3g(11.53mmol)を、水1000mlに溶解させる。そして、2−プロピン−1−スルホン酸ナトリウムの20%水溶液8.19ml(11.53mmol)を加え、1時間、攪拌する。その後、50℃の恒温で8時間放置し、反応させる。これにより、モリブデン酸誘導体水溶液が生成される。
【0031】
なお、上記手法により生成されたモリブデン酸誘導体水溶液を用いて、酸性電気めっき浴を調整する際に、めっき浴の金属が沈殿するか否かを確認するべく、以下の実験を行った。詳しくは、0.5mol/LのNi,Cu,Co,Mn,Fe,Agの各々の金属が溶解している硫酸水溶液(pH=2)に、上記モリブデン酸誘導体水溶液1cc添加した。この結果、Agのみが沈殿し、他の金属(Ni,Cu,Co,Mn,Fe)は沈殿しなかった。つまり、上記モリブデン酸誘導体水溶液を用いて、酸性電気めっき浴(銀めっき浴を除く)を調整することが可能である。なお、比較試験として、テトラチオモリブデン酸アンモニウム3gを水1000mlに溶解し、その水溶液1ccを、0.5mol/LのNi,Cu,Co,Mn,Fe,Agの各々の金属が溶解している硫酸水溶液(pH=2)に添加した。この結果、全ての金属(Ni,Cu,Co,Mn,Fe,Ag)が沈殿した。このことから、テトラチオモリブデン酸アンモニウムに、2−プロピン−1−スルホン酸ナトリウムを反応させることで、金属の沈殿を防止できることが解る。
【0032】
また、実施例8の酸性電気めっき浴の原料のタングステン酸誘導体水溶液は、テトラチオタングステン酸アンモニウムと2−プロピン−1−スルホン酸ナトリウムとによって生成される。詳しくは、テトラチオタングステン酸アンモニウム(和光純薬工業株式会社製)4g(11.52mmol)を、水1000mlに溶解させる。そして、2−プロピン−1−スルホン酸ナトリウムの20%水溶液8.18ml(11.52mmol)を加え、1時間、攪拌する。その後、50℃の恒温で8時間放置し、反応させる。これにより、タングステン酸誘導体水溶液が生成される。
【0033】
上記手法によりモリブデン酸誘導体水溶液および、タングステン酸誘導体水溶液が生成されると、実施例1〜8の酸性電気めっき浴が調整される。具体的には、モリブデン酸誘導体水溶液500mlに硫酸ニッケル120gおよび硼酸30gを完全に溶解し、水で希釈することで、1Lの実施例1〜6の酸性電気めっき浴が調整される。また、モリブデン酸誘導体水溶液500mlに硫酸ニッケル240g、塩化ニッケル45gおよび硼酸30gを完全に溶解し、水で希釈することで、1Lの実施例7の酸性電気めっき浴が調整される。また、モリブデン酸誘導体水溶液250mlとタングステン酸誘導体水溶液250mlとに硫酸ニッケル120gおよび硼酸30gを完全に溶解し、水で希釈することで、1Lの実施例8の酸性電気めっき浴が調整される。
【0034】
また、比較例1の酸性電気めっき浴は、以下の手法に従って調整される。まず、スルファミン酸ニッケル260g、塩化ニッケル60g、硼酸15g、ラウリル硫酸ナトリウム0.04g、1,3,6−ナフタレントリスルフォン酸三ナトリウム12gを水に溶解させることで、1Lのスルファミン酸ニッケルめっき液を調整する。一方で、二硫化モリブデンの微粉末(粒径:1.5μm,住鉱潤滑剤株式会社製)20gを120mlのエタノールに、超音波によって混合しておく。そして、上記スルファミン酸ニッケルめっき液1Lと、二硫化モリブデンが混合されたエタノール120mlとを混合し、55℃で24時間のエアレーションを行う。これにより、上記めっき液からエタノールが除去され、比較例1の酸性電気めっき浴が調整される。なお、実施例1〜8および比較例1の酸性電気めっき浴のpHは、希硫酸、若しくは、水酸化ナトリウムにより、
図4に示すpHに調整される。
【0035】
実施例1〜8および比較例1の酸性電気めっき浴による電気めっき皮膜の形成前には、皮膜の密着性を高めるべく、以下の条件に従ってニッケルストライクが行われる。なお、対極として、ニッケル、若しくは、不溶性陽極が使用される。
塩化ニッケル・6H
2O:250g/L
白塩酸:120cc/L
pH:1以下
陰極電流密度:10A/dm
2
浴温:25℃
【0036】
上記条件でニッケルストライクが行われると、実施例1〜8の酸性電気めっき浴を用いて、
図4に示す条件に従ったPR電解方式の電気めっきが行われる。詳しくは、実施例1および2の酸性電気めっき浴では、陰極電解時の電流密度が2A/dm
2とされ、陽極電解時の電流密度が1A/dm
2とされる。そして、陰極電解時間が5秒とされ、陽極電解時間が2秒とされる。また、実施例3〜8の酸性電気めっき浴では、陰極電解時の電流密度が1A/dm
2とされ、陽極電解時の電流密度が0.5A/dm
2とされる。そして、陰極電解時間が5秒とされ、陽極電解時間が5秒とされる。さらに、実施例7の酸性電気めっき浴では、攪拌された状態で電気めっきが行われる。一方、実施例1〜6および8の酸性電気めっき浴では、無攪拌の状態で電気めっきが行われる。なお、浴温は、50℃とされている。また、対極として、ニッケル若しくは、不溶性陽極が使用され、その対極は、隔膜によって隔離された状態で電気めっきが行われる。
【0037】
上記条件でPR電解方式の電気めっきが行われることで、ニッケルと硫化モリブデンとの複合皮膜が形成される。さらに、実施例2および実施例5の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜に対して、400℃の条件下で2時間、加熱処理を行った。この加熱処理により、皮膜中の硫化モリブデンが二硫化モリブデンとされる。
【0038】
また、比較例1の酸性電気めっき浴では、上記条件でニッケルストライクが行われた後に、
図4に示す条件に従った陰極電解方式の電気めっきが行われる。詳しくは、攪拌された状態の比較例1の酸性電気めっき浴において、電流密度が2A/dm
2とされた陰極電解方式の電気めっきが行われる。なお、浴温は、55℃とされている。この条件で陰極電解方式の電気めっきが行われることで、ニッケルと硫化モリブデンとの複合皮膜が形成される。
【0039】
上述したようにして形成された電気めっき皮膜に対して、以下の方法によって物性評価を行った。
【0040】
具体的には、実施例1〜8および、比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜の膜厚を測定した。この試験結果を、
図5の「膜厚」の欄に示しておく。なお、実施例1〜8の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜の膜厚は、簡易精密膜厚測定器(CSEM−CALOTEST ナノテック株式会社製)を用いて測定し、比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜の膜厚は、蛍光X線微少部膜厚計(SFT−9200 SIIナノテクノロジー株式会社製)を用いて測定した。
【0041】
また、実施例1〜8および、比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜の硬さを測定した。この試験結果を、
図5の「硬さ」の欄に示しておく。なお、電気めっき皮膜の硬さは、ナノインデンター・システム(Nano Indenter G200 東陽テクニカ株式会社製)を用いて測定した。
【0042】
また、実施例1〜8および、比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜の構成成分を分析するべく、EDS分析を行った。この結果を、
図5の「ESD分析」の欄に示しておく。なお、EDS分析は、分析走査電子顕微鏡(JSM−6480A
日本電子株式会社製)を用いて行った。
【0043】
また、実施例1〜8および、比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜の摩擦係数を測定した。摩擦係数の測定は、ボールオンディスク型摩擦摩耗試験器(TRIBOMETER ナノテック株式会社製)を用いて、下記の条件に従って行った。
ボール材質:SUS440C
ボール直径:φ6mm
押付荷重:2N、5N、10N
回転速度:0.1cm/sec
摺動距離:10mm
T.P.材質:SKH51
T.P.の前洗浄:アセトン拭き取りのみ
室温:20℃(年中一定)
湿度:35%
データ取得:20.0Hz
潤滑油:無し
この結果を、押付荷重毎に、
図5の「摩擦係数(2N)」、「摩擦係数(5N)」、「摩擦係数(10N)」の欄に示しておく。
【0044】
また、実施例1〜8および、比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜中の硫化モリブデンの粒径を、測定した。比較例1の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜中の硫化モリブデンの粒径は、0.5〜2.0μmであり、実施例3の酸性電気めっき浴を用いて形成された電気めっき皮膜中の硫化モリブデンの粒径は、数nm〜数十nmである。なお、硫化モリブデンの粒径の測定は、反応科学超高圧走査透過電子顕微鏡(JEM−1000K RS 日本電子株式会社製)を用いて行った。
【0045】
以上の評価結果から、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、摩擦係数の低い皮膜を形成することが可能であることが解る。具体的には、
図5から解るように、実施例1〜8の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜の摩擦係数は、0.12〜0.38(実施例1の摩擦係数(5N)除く)である。一方、比較例1の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜の摩擦係数は、0.38〜0.64である。このように、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、摩擦係数の低い皮膜を形成することが可能となる。
【0046】
また、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、皮膜中の硫化モリブデンの含有率を高くするとともに、PR電解方式の電気めっきの条件を変更することで、皮膜中の硫化モリブデンの含有率を任意に調整することが可能となる。具体的には、
図5から解るように、比較例1の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜中のモリブデンの重量%は、4.91重量%である。一方、実施例1〜8の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜中のモリブデンの重量%は、4.41〜21.86重量%となっており、PR電解方式の電気めっきの条件(電流密度,電解時間等)を変更することで、任意に調整可能である。このように、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、皮膜中の硫化モリブデンの含有率を高くするとともに、皮膜中の硫化モリブデンの含有率を任意に調整することが可能となる。特に、モリブデンの重量%が15重量%を超えるめっき皮膜を形成することが可能であり、従来の電気めっきでは、このような高いモリブデンの含有率を達成することは困難である。
【0047】
また、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、皮膜中の硫化モリブデンの粒径を小さくすることが可能となる。具体的には、上述したように、比較例1の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜中の硫化モリブデンの粒径は、0.5〜2.0μmである。一方、実施例3の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜中の硫化モリブデンの粒径は、数nm〜数十nmである。このように、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、皮膜中の硫化モリブデンの粒径を飛躍的に小さくすることが可能となり、緻密な皮膜を形成することが可能となる。
【0048】
また、電気めっき浴に、モリブデン酸誘導体水溶液だけでなく、タングステン酸誘導体水溶液を含ませても、モリブデン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴と同等のめっき皮膜を形成することが可能である。具体的には、
図5から解るように、実施例8の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜中のモリブデンの重量%は、9.15重量%であり、タングステンの重量%は、8重量%である。このように、モリブデン酸誘導体水溶液およびタングステン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、モリブデンの重量%およびタングステンの重量%が高いめっき皮膜を形成することが可能である。また、
図5から解るように、実施例8の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜の摩擦係数は、実施例1〜7の電気めっき浴を用いて形成されためっき皮膜の摩擦係数と同程度である。このように、モリブデン酸誘導体水溶液およびタングステン酸誘導体水溶液を含む電気めっき浴を用いることで、摩擦係数の低いめっき皮膜を形成することが可能である。
【0049】
以下、本発明の諸態様について列記する。
【0050】
(1)水溶性官能基を有する不飽和炭化水素と、チオ酸塩との付加反応により生成されることを特徴とする処理溶液。
【0051】
(2)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩とチオタングステン酸塩との少なくとも一方であることを特徴とする(1)項に記載の処理溶液。
【0052】
(3)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩であることを特徴とする(1)項または(2)項に記載の処理溶液。
【0053】
(4)前記水溶性官能基が、
スルホン酸塩基であることを特徴とする(1)項ないし(3)項のいずれか1つに記載の処理溶液。
【0054】
(5)前記不飽和炭化水素が、
炭素間三重結合を有することを特徴とする(1)項ないし(4)項のいずれか1つに記載の処理溶液。
【0055】
(6)水溶性官能基を有する不飽和炭化水素と、チオ酸塩との付加反応により生成される処理溶液を含有することを特徴とする酸性電気めっき浴。
【0056】
(7)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩とチオタングステン酸塩との少なくとも一方であることを特徴とする(6)項に記載の酸性電気めっき浴。
【0057】
(8)前記チオ酸塩が、 チオモリブデン酸塩であることを特徴とする(6)項または(7)項に記載の酸性電気めっき浴。
【0058】
(9)前記水溶性官能基が、
スルホン酸塩基であることを特徴とする(6)項ないし(8)項のいずれか1つに記載の酸性電気めっき浴。
【0059】
(10)前記不飽和炭化水素が、
炭素間三重結合を有することを特徴とする(6)項ないし(9)項のいずれか1つに記載の酸性電気めっき浴。
【0060】
(11)前記酸性電気めっき浴が、
0.01〜1.0質量%の前記処理液を含有することを特徴とする(6)項ないし(10)項
のいずれか1つに記載の酸性電気めっき浴。
【0061】
(12)水溶性官能基を有する不飽和炭化水素と、チオ酸塩との付加反応により生成される処理溶液を含有する酸性電気めっき浴を用いて形成されることを特徴とする電気めっき皮膜。
【0062】
(13)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩とチオタングステン酸塩との少なくとも一方であることを特徴とする(12)項に記載の電気めっき皮膜。
【0063】
(14)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩であることを特徴とする(12)項または(13)項に記載の電気めっき皮膜。
【0064】
(15)前記水溶性官能基が、
スルホン酸塩基であることを特徴とする(12)項ないし(14)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜。
【0065】
(16)前記不飽和炭化水素が、
炭素間三重結合を有することを特徴とする(12)項ないし(15)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜。
【0066】
(17)前記酸性電気めっき浴が、
0.01〜1.0質量%の前記処理液を含有することを特徴とする(12)項ないし(16)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜。
【0067】
(18)前記電気めっき皮膜が、
前記酸性電気めっき浴を用いてPR電解法により形成されることを特徴とする(12)項ないし(17)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜。
【0068】
(19)水溶性官能基を有する不飽和炭化水素と、チオ酸塩との付加反応により生成される処理溶液を含有する酸性電気めっき浴を用いて、電気めっき皮膜を形成することを特徴とする電気めっき皮膜形成方法。
【0069】
(20)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩とチオタングステン酸塩との少なくとも一方であることを特徴とする(19)項に記載の電気めっき皮膜形成方法。
【0070】
(21)前記チオ酸塩が、
チオモリブデン酸塩であることを特徴とする(19)項または(20)項に記載の電気めっき皮膜形成方法。
【0071】
(22)前記水溶性官能基が、
スルホン酸塩基であることを特徴とする(19)項ないし(21)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜形成方法。
【0072】
(23)前記不飽和炭化水素が、
炭素間三重結合を有することを特徴とする(19)項ないし(22)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜形成方法。
【0073】
(24)前記酸性電気めっき浴が、
0.01〜1.0質量%の前記処理液を含有することを特徴とする(19)項ないし(23)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜形成方法。
【0074】
(25)前記電気めっき皮膜が、
前記酸性電気めっき浴を用いてPR電解法により形成されることを特徴とする(19)項ないし(24)項のいずれか1つに記載の電気めっき皮膜形成方法。