【実施例】
【0051】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0052】
〔実施例1〕本方法を使用した癌細胞(DU145細胞及びPanc1細胞)の増殖における細胞数と定量性の評価
1-1.材料及び方法
寒天はAgarose typeVII(シグマ社(A9045))、96ウエルマイクロタイタープレートはNUNC社163371、培地はRPMI-1640(日水製薬株式会社)を使用し、発色には1-methoxy PMS及びWST-1(同仁化学研究所)を用いた。
【0053】
0.6%軟寒天を含む10%ウシ胎児血清含有RPMI培地を、96ウエルプレートに50マイクロリットルずつ加えた。4℃に5分間置いて寒天を固めてから、当該プレートを37℃炭酸ガスインキュベーターに移して10分間以上置いた。
【0054】
次いで、この96ウエルマイクロタイタープレートの0.6%軟寒天の上に1ウエル当たりDU145細胞(ヒト前立腺癌細胞株)については10000個、5000個、2500個、1250個、625個、Panc1細胞(ヒト膵臓腺癌細胞株)については20000個、10000個、5000個、2500個、1250個、625個、313個を含んだ75マイクロリットルの0.4%軟寒天を含む10%ウシ胎児血清含有RPMI培地を播種した。さらにそれぞれの細胞を含まない同様の軟寒天のみのウエルも作製し、陰性コントロールとした。直ぐに4℃に5分間置いて寒天を固め、次に当該プレートを37℃の炭酸ガスインキュベーターに10分間入れた。
【0055】
10分間のインキュベーション後、(A) DU145細胞には100マイクロリットルの10%ウシ胎児血清含有RPMI培地あるいは100マイクロモルの抗癌剤Paclitaxelを含む培地を重層した。一方、(B) Panc1細胞には100マイクロリットルの10%ウシ胎児血清含有RPMI培地あるいは滅菌蒸留水を重層した。陰性コントロールのウエルには100マイクロリットルの10%ウシ胎児血清含有RPMI培地を重層した。いずれも7日間培養してから、重層した培地あるいは蒸留水を除いて、5マイクロモルWST-1/0.2ミリモル1-methoxy PMSを含む7ミリモルHEPES(pH7.4)溶液を寒天上に12マイクロリットルずつ注入した。
【0056】
37℃炭酸ガスインキュベーターで2時間インキュベート後、OD405/0D750をマイクロプレートリーダーで測定した。測定はいずれのサンプルも3点で行った。陰性コントロールのウエルのOD値をバックグラウンドとして差し引いた値を測定値とした。
【0057】
1-2.結果
結果を
図1に示す。
図1において、(A)のグラフはDU145細胞の細胞数に対する吸光度(OD405)の関係を示すグラフである。(B)のグラフはPanc1細胞の細胞数に対する吸光度(OD405)の関係を示すグラフである。
【0058】
図1に示すように、DU145細胞では10000個、5000個で播種した細胞数と相関するOD値が観測できた。Panc1細胞では20000個、10000個、5000個、2500個、1250個、625個、313個で播種した細胞数と相関するOD値が観測できた。
【0059】
蒸留水を用いた場合にも抗癌剤Paclitaxelを用いた場合もOD値が低く細胞数に相関せず、培地を用いた場合と明らかな差がみられた。
【0060】
なお、DU145細胞では2500個、1250個、625個では有意なOD値が得られなかった。従って、DU145細胞についてはコロニー形成に5000個程度の細胞数を必要とすることが示された。
【0061】
〔実施例2〕本方法を使用した抗癌剤Paclitaxelによる癌細胞(DU145細胞)のコロニー形成抑制効果の評価
2-1.材料及び方法
実施例1の第1-1節と同様に操作し、DU145細胞を1ウエルあたり10000個の条件で播種し、培地のみをコントロールとして、抗癌剤Paclitaxelをそれぞれ
図2において表示した濃度で100マイクロリットルずつ重層し、上記と同様に1週間培養の後に測定を行った。
【0062】
それぞれの濃度のOD値について陰性コントロールのOD値を引いた値について、抗癌剤Paclitaxelを含まないウエルのOD値から陰性コントロールのOD値を引いた値で割った値に100を乗じて、生存率を示した。
【0063】
2-2.結果
結果を
図2に示す。
図2において縦軸は、生存率(%)を示す。
【0064】
図2に示すように、抗癌剤Paclitaxelにより濃度依存的に細胞生存率が低下していた。
【0065】
〔実施例3〕本方法を使用した新規の化学物質A、B、及びCによる癌細胞(DU145細胞)のコロニー形成抑制効果の評価
3-1.材料及び方法
実施例1の第1-1節と同様に操作し、DU145細胞を1ウエルあたり10000個の条件で播種し、培地のみをコントロールとして、新規の化学物質A、B及びCをそれぞれ
図3において表示した濃度で100マイクロリットルずつ重層し、上記と同様に1週間培養の後にアッセイを行った。その後、実施例2の第2-1節と同様に実験・測定を行った。
【0066】
3-2.結果
結果を
図3に示す。
図3において縦軸は、生存率(%)を示す。
【0067】
図3に示すように、コントロールに比較して新規の化学物質A、B、C共に良好なコロニー形成の抑制作用をみとめた。またその効果が濃度依存的であることが明らかになった。
【0068】
〔実施例4〕本方法を使用した低分子による癌細胞のコロニー形成抑制効果の評価
本実施例では、実施例3に記載の化学物質による癌細胞のコロニー形成抑制効果の評価と同様の手順により、11種類の類似低分子による癌細胞のコロニー形成抑制効果の評価を行った。使用した低分子はPCA-1阻害効果を有し、副作用(細胞毒性)がより少なく、腫瘍縮小効果が高い理想的な抗腫瘍薬剤となる可能性があるものである。
【0069】
PCA-1は前立腺癌で高発現するが、正常前立腺上皮細胞や良性腫瘍である前立腺肥大では高発現が認められない新規遺伝子(Prostate Cancer Antigen-1:PCA-1)として報告されている(第123回日本薬学会年会要旨集4, p.15,2003年、及びKonishi N et al., Clin Cancer Res., 2005 Jul 15;11(14):5090-7)。
【0070】
PCA-1の発現状況を前立腺癌の診断に用いる方法(国際公開第2006/098464号パンフレット)やPCA-1の発現又は機能を抑制する化合物を有効成分として含むアポトーシス促進剤、細胞増殖阻害剤、癌の予防・治療剤等(国際公開第2007/015587号パンフレット)が報告されている。また、PCA-1は膵臓癌(特開2011-1286号公報)や非小細胞肺癌(Tasaki M et al., Br J Cancer., 2011, 104(4):700-6)においても高発現している。これらの癌細胞におけるPCA-1発現をsiRNAを用いて抑制した結果、前立腺癌細胞(特開2011-1286号公報)、膵臓癌細胞(特開2011-1286号公報)、及び非小細胞肺癌の顕著な増殖抑制作用が認められた(Tasaki M et al., Br J Cancer., 2011, 104(4):700-6)。また、癌細胞をマウスに移植して形成させた腫瘍は、PCA-1に対するsiRNA投与により退縮が認められた。これらの結果より、PCA-1が前立腺癌、膵臓癌等の癌治療の新たな分子標的となることが示唆されている。
【0071】
PCA-1は、ヒトAlkBホモログ3(human AlkB homolog 3:hALKBH3)とも呼ばれ、近年、DNA及びRNA脱メチル化を触媒することが確認されている(DNA unwinding by ASCC3 helicase is coupled to ALKBH3-dependent DNA alkylation repair and cancer cell proliferation. Dango S, Mosammaparast N, Sowa ME, Xiong LJ, Wu F, Park K, Rubin M, Gygi S, Harper JW, Shi Y., Mol Cell., 2011 Nov 4;44(3):373-84)。
【0072】
PCA-1酵素阻害活性は、メチル化された基質DNAを用いてその脱メチル化の程度に比例してPCR反応が進むことに基づいて測定することができる。
【0073】
そこで、PCA-1酵素阻害活性の評価を以下のように行った。80fmolの3-メチルシトシン含有オリゴDNAを基質として含む酵素反応溶液(50mMトリス塩酸バッファー(pH8.0)、2mMアスコルビン酸、100μMオキソグルタル酸、40μM硫酸鉄)に、被検化合物(低分子)(10μM、1μM)及び4ngの蚕リコンビナントPCA-1を添加し、37℃で1時間インキュベートした。反応終了後、酵素反応溶液を水で20倍希釈して反応を停止させ、その2μLを用いて20μL反応系でのreal-time PCR(Bio-Rad iQ SYBR Green Supermix)を行った。検量線は非メチル化オリゴDNAの希釈系列を用いて作成した。使用したプライマーは、forward primer 24base及びreverse primer 22baseであり、反応条件は、以下の通りであった:95℃10秒→95℃5秒、61℃30秒、72℃15秒を40サイクル→95℃1分→55℃1分→55℃10秒から0.5℃ずつ上昇させ95℃10秒→25℃保存。
【0074】
結果を下記の表1に示す。表1に示す値は、被検化合物(低分子)の非存在下に比して、被検化合物(低分子)存在下でPCR産物が減じた割合をパーセントで表し、被検化合物(低分子)によるPCA-1酵素阻害活性として評価した値である。この評価によって選択されたPCA-1酵素阻害活性を持つ11種類の低分子について細胞の生存抑制効果を検討した。
【0075】
また、表1に、従来の細胞増殖アッセイにおける10マイクロモルの濃度の各低分子の癌細胞増殖抑制効果と、本方法における各低分子の癌細胞に対する50%阻害濃度とをDU145(前立腺癌細胞)及びPanc1(膵癌細胞)で比較検討した結果を示す。
【0076】
ここで、従来の細胞増殖アッセイは以下のように行われた。通常の単層培養で、96穴プレートに細胞を90マイクロリットルの培地中に5000個で播種し、一晩培養した後、被検化合物(低分子)を10マイクロリットル添加し、再度培養した。48時間の培養後、1-methoxy PMS水溶液とWST-1/20 mM 4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid (HEPES)溶液(DOJIN)とを1:9で混合したものを10マイクロリットル添加して、2時間後に450 nmでの吸光度を測定した。また、対照波長として630 nmを使用した。被検化合物の代わりにリン酸バッファーのみを加えた場合の値に対してどれだけ減少したかを、リン酸バッファーのみを加えた場合の値で除した値をパーセントで表し、被検化合物(低分子)による細胞の生存抑制率を評価した。
【表1】
【0077】
表1に示すように、従来の細胞増殖アッセイによれば、低分子のほとんどについて、癌細胞増殖を50%抑制に必要な濃度が10マイクロモル付近あるいはそれ以上であった。一方、本方法では、癌細胞増殖を50%抑制に必要な低分子の濃度が0.3〜1マイクロモルとより低い濃度であった。また、これらの低分子は、従来の細胞増殖アッセイと本方法とで検討した癌細胞増殖抑制効果の間に高度な相関関係がないので、従来の細胞増殖アッセイと本方法とでは低分子の同一の活性を見ているのではないことが明確になった。
【0078】
表1に示すように、in vivoの条件に近い軟寒天を使用した本方法によれば、低分子の癌細胞増殖抑制効果が、通常の培養による従来の細胞増殖アッセイよりも10倍から数10倍程度高かった。このように、本方法は従来法よりも候補抗癌剤の癌細胞増殖抑制を評価する上で優れた方法であることが判った。
【0079】
〔実施例5〕本方法を使用した抗癌剤イマチニブ(Imatinib)による癌細胞のコロニー形成抑制効果の評価
本実施例では、実施例3に記載の化学物質による癌細胞のコロニー形成抑制効果の評価と同様の手順により、既に悪性新生物の治療に用いられ、且つ効果が確認されている分子標的薬剤であるイマチニブについて、その治療標的分子であるBCR-Ablを発現しており、治療効果を示す細胞であるK562細胞を用いて癌細胞のコロニー形成抑制効果の評価を行った。ただし、K562細胞は浮遊細胞であるので、軟寒天内での増殖の不利は上皮性細胞よりも少ないものと予想された。
【0080】
結果を表2に示す。
【0081】
表2は、従来の細胞増殖アッセイと本方法においてイマチニブのK562細胞に対する50%阻害濃度(IC
50)を比較検討した結果を示す。従来の細胞増殖アッセイは、実施例4に記載の手順により行った。
【表2】
【0082】
表2に示すように、従来の細胞増殖アッセイと比較して、本方法では、40%以下の濃度で増殖抑制が観察された。寒天への薬剤浸透を考えると、実行濃度はさらに2分の1になることが予想されるので、感受性にほぼ20%以下の濃度差がある(すなわち、従来の細胞増殖アッセイと比較して、本方法は感度が5倍程度高い)と考えられた。
【0083】
実施例4及び5に示すように、本方法を用いることで、従来の方法(細胞増殖アッセイ)では見つけることができなかった細胞毒性が低い抗癌剤を同定することができる。さらに、例えば表1に示すPCA-1酵素阻害活性のように、現在創薬の主流となっている標的分子を同定してスクリーニングする方法に対して、本方法によれば未同定の癌治療の標的分子に対してもランダムにスクリーニングすることができる。
【0084】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。