【実施例】
【0043】
[線材の作製]
(実施例1)
まず、Zr3.0at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金をArガス雰囲気下でレビテーション溶解した。次に、直径3mmの丸棒状のキャビティを彫り込んだ純銅鋳型に塗型をし、約1200℃の溶湯を注湯して丸棒インゴットを鋳造した。このインゴットについて、マイクロメーターで直径を測定して、直径が3mmであることを確認した。
図6は、この丸棒インゴットの写真である。次に、室温まで冷却した丸棒インゴットを常温で、順次孔径が小さくなる20〜40個のダイスに通して伸線後の線材の直径が0.300mmとなるように伸線加工を行って実施例1の線材を得た。このとき、伸線速度は20m/minとした。この銅合金線材について、マイクロメーターで直径を測定して、直径が0.300mmであることを確認した。
図7は、このときの伸線加工に用いたダイヤモンド・ダイスの写真である。このダイヤモンドダイスは、中央にダイス孔を設けてあり、孔径の異なる複数のダイスを順に通すことでせん断による伸線加工をするものである。
【0044】
(実施例2〜4)
伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例1と同様にして実施例2の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例1と同様にして実施例3の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例1と同様にして実施例4の線材を得た。
【0045】
(実施例5〜9)
Zr4.0at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金を用いたこと以外は実施例1と同様にして実施例5の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例6の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例7の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例8の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.008mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例9の線材を得た。
【0046】
(実施例10〜13)
直径5mmの純銅鋳型を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例10の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例10と同様にして実施例11の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例10と同様にして実施例12の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.008mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例10と同様にして実施例13の線材を得た。
【0047】
(実施例14〜16)
直径7mmの純銅鋳型を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例14の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例14と同様にして実施例15の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例14と同様にして実施例16の線材を得た。
【0048】
(実施例17〜19)
直径10mmの純銅鋳型を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例5と同様にして実施例17の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は、実施例17と同様にして実施例18の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例17と同様にして実施例19の線材を得た。
【0049】
(実施例20〜23)
Zr5.0at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金を用いたこと以外は実施例1と同様にして実施例20の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例20と同様にして実施例21の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例20と同様にして実施例22の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例
20と同様にして実施例23の線材を得た。
【0050】
(実施例24〜27)
Zr6.8at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金を用いたこと以外は実施例1と同様にして実施例24の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例24と同様にして実施例25の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例24と同様にして実施例26の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.010mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例24と同様にして実施例27の線材を得た。
【0051】
(比較例1)
Zr2.5at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行ったこと以外は実施例1と同様にして比較例1の線材を得た。
【0052】
(比較例2)
Zr7.4at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.100mmとなるように伸線加工を行ったこと以外は実施例1と同様にして比較例2の伸線加工を行ったが、伸線途中に断線した。
【0053】
(比較例3)
Zr8.7at%と残部CuとからなるCu−Zr二元系合金をレビテーション溶解した後、直径7mmの純銅鋳型に注湯して丸棒インゴットを鋳造したが、鋳造割れを起こし、その後の伸線加工を行うことができなかった。
【0054】
(比較例4)
直径12mmの純銅鋳型を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.600mmとなるように伸線加工を行ったこと以外は実施例5と同様にして比較例4の線材を得た。
【0055】
(比較例5)
直径7mmの純銅鋳型を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.800mmとなるように伸線加工を行ったこと以外は実施例5と同様にして比較例5の線材を得た。
【0056】
[鋳造組織の観察]
伸線加工前のインゴットについて、軸方向に対して垂直な円形断面で切断し、鏡面研磨した後、SEM観察(日立製作所製、SU−70)を行った。
図8は、Zr4.0at%を含む、直径5mmのインゴットの鋳造組織のSEM写真である。白く見える部分はCuおよびCu
9Zr
2からなる共晶相であり、黒く見える部分は初晶の銅母相である。このSEM写真を用いて、2次DASを測定した。表1には、実施例1〜27、比較例1〜5の2次DASの値を示した。表1には2次DASや上述した合金組成,鋳造径,伸線径の他に、後述する断面減少率,共晶相比率,相間隔,アモルファス比率,引張強さ,導電率を示した。
【0057】
【表1】
【0058】
[断面減少率の導出]
まず、インゴットの直径から伸線前の断面積を求め、銅合金線材の直径から伸線後の断面積を求めた。次に、これらの値から伸線前の断面積と伸線後の断面積を求め、断面減少率を求めた。断面減少率(%)は{(伸線前の断面積−伸線後の断面積)×100}÷(伸線前の断面積)で表される値である。
【0059】
[伸線後組織の観察]
伸線後の銅合金線材について、軸方向に対して垂直な円形断面で切断し、鏡面研磨したあと、SEM観察を行った。
図9は、実施例6の銅合金線材の軸方向に対して垂直な断面でのSEM写真である。
図9(b)は
図9(a)の中央の四角で囲まれた領域を拡大したものである。白く見える部分が共晶相、黒く見える部分が銅母相である。共晶相比率はこのSEM写真の白黒コントラストを二値化して銅母相と共晶相とに二分し、その面積比率を求めた。
図10は、実施例6の銅合金線材の軸方向に対して平行で中心軸を含む断面でのSEM写真である。
図10(b)は
図10(a)の中央の四角で囲まれた領域を拡大したものである。白く見える部分が共晶相、黒く見える部分が銅母相であり、互い違いに配列されて一方向へ延びる繊維状組織が構成されている。この点、
図10の視野について、エネルギー分散型X線分光法(EDX)で分析すると、黒く見える部分はCuのみの母相、白く見える部分はCuとZrとを含む共晶相となっていることが確認できた。次にSTEMを用いてCuとCu
9Zr
2との相間隔を以下のように測定した。まず、STEM観察の試料として、Arイオン・ミリング法を用いて細くした線材を用意した。そして、代表的となる中心部分を50万倍で観察し、300nm×300nmの視野を3ヶ所撮影したSTEM−HAADF像(走査型電子顕微鏡の高角度環状暗視像)上でそれぞれの幅を測定して平均したものを相間隔の測定値とした。
図11は、
図9の白く見える部分(共晶相)内をSTEM(日本電子製、JEM−2300F)で観察したSTEM写真である。EDX分析により、白い部分がCuで黒い部分がCu
9Zr
2であると推定された。さらに、制限視野回折法を用いて回折像を解析し、複数の回折面の格子定数を測定することでCu
9Zr
2の存在を確認した。このように
図11の共晶相内では、CuとCu
9Zr
2とが約20nmのほぼ等間隔で交互に配列する二重の繊維状組織を持つことがわかった。なお、相間隔は共晶相のSTEM観察により交互に配列したCuとCu
9Zr
2との間隔を測定したものである。ここで
図11に示した共晶相の格子像を250万倍の倍率、50nm×50nmの視野でSTEM観察すると、視野内(共晶相内)の面積比で約15%のアモルファス相が観測された。
図12は共晶相内のアモルファス相を模式的に示した図である。アモルファス相は主に銅母相とCu
9Zr
2化合物相との界面に形成され、これが機械強度を保持する役割の一端を担っていると推察された。このアモルファス比率は、格子像上でアモルファスと思われる原子の無配列な領域の面積率を測定して求めた。また
図11の白く見えるCuの組織についてSTEM観察すると、隣り合う微結晶の方位差は1〜2°程度と極めて僅かであった。このことから、転位の集積も起こらず、Cuを中心とする大きなせん断すべり変形が伸線方向に起こっているものと推察された。このため、冷間で断線することなく高加工度の伸線が可能となるものと推察された。
【0060】
[引張強さの測定]
引張強さは、万能試験機(島津製作所製、オートグラフAG−1kN)を用いてJISZ2201に準じて測定した。そして、最大荷重を銅合金線材の初期の断面積で除した値である引張強さを求めた。
【0061】
[導電率の測定]
導電率はJISH0505に準じて四端子法電気抵抗測定装置を用いて常温での線材の電気抵抗(体積抵抗)を測定し、焼き鈍した純銅(20℃で1.7241μΩcmの電気抵抗を持つ標準軟銅)の抵抗値(1.7241μΩcm)との比を計算して導電率(%IACS:International Annealed Copper Standard)に換算した。換算には、以下の式を用いた。導電率γ(%IACS)=1.7241÷体積抵抗ρ×100。
【0062】
[実験結果]
表1から分かるように、Zrが3.0at%を下回ると、引張強さが低下した(比較例1)。この理由は、Zrが少ないと、強度を確保するのに十分な共晶相が得られないためと推察された。また、Zrが7.0at%を超えると伸線加工中に断線したり(比較例2)、鋳造割れを起こしたり(比較例3)して所定の線材を得ることができなかった。また、Zrが3.0at%以上7.0at%以下の範囲内であっても鋳造組織の2次DASが大きすぎたり(比較例4)断面減少率が99.00%を下回る加工であったりすると(比較例5)、引張強さが低下した。これは、強度を確保するのに十分な共晶相が得られないためと推察された。これに対して、実施例1〜27においては、製造時に鋳造割れや断線することなく引張強さが1300MPaを超える引張強さと20%IACSを超える導電率とすることができた。このことから、本発明の製造方法では熱処理をしなくても、冷間加工で所望の銅合金線材を得られることがわかった。また、所定の組成で鋳造径と2次DASおよび断面減少率を適切なものとすることで、所望の共晶相比率、共晶相内におけるCuとCu
9Zr
2との相間隔、アモルファス比率とすることができ、その結果1300MPaあるいは1500MPaさらには1700MPaを超える引張強さと20%IACSを超える導電率を得ることができることがわかった。特に、Zrが多いほど引張強さが大きく、共晶相比率が大きいほど引張強さが大きく、アモルファス比率が大きいほど引張強さが大きいことがわかった。以上のことから、銅母相が自由電子の走路となって導電性を確保し、共晶相が引張強さを確保しているものと推察された。さらに、共晶相内において、Cuが自由電子の走路となって導電性を確保し、共晶相が引張強さを確保しているものと推察された。またこのような線材特性を有する0.100mmあるいは0.040mmさらには0.010mm以下の線径となる伸線加工したままの高強度銅合金線材を得られることがわかった。
【0063】
以上では、銅とZr以外にできるだけ他の元素を含まないように作製した他元素非含有材の特性を調べた。さらに、銅とZr以外に他の元素を含むように作製した他元素含有材の特性を調べるため、以下の実験を行った。
【0064】
(実施例28)
まず、Zr3.0at%と残部Cuと、質量比で700ppm以上2000ppm以下の酸素とを含む合金を底面に出湯口を有する石英製ノズルに入れ、5×10
-2Paまで真空引きした後、Arガスで大気圧近くまで置換し、アーク溶解炉で液体金属にして液面から0.5MPaの圧力を加え、溶解した。次に、直径3mm、長さ60mmの丸棒状のキャビティを彫り込んだ純銅鋳型に塗型をし、約1200℃の溶湯を注湯して丸棒インゴットを鋳造した。注湯は、Arガスによる圧力を加えたまま、石英製ノズルの底面に形成された出湯口を開口させて行った。次に、室温まで冷却した丸棒インゴットを常温で、超硬ダイスを用いて直径が0.5mmとなるように冷間引き抜きを行い、さらに、ダイヤモンドダイスを用いて直径が0.160mmとなるように冷間の連続伸線加工を行って、実施例28の線材を得た。連続伸線加工では、水溶性潤滑液を溜めた液槽内に線材とダイヤモンドダイスとを沈めて加工を行った。このとき、エチレングリコール液を冷媒とした冷却パイプで液槽内の潤滑液を冷却した。なお、3mmの丸棒インゴットを0.5mmとしたときの断面減少率は、97.2%であり、3mmから0.160mmとしたときの断面減少率は99.7%であった。
【0065】
(実施例29)
伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例28と同様にして実施例29の線材を得た。
【0066】
(実施例30〜34)
Zr4.0at%と残部Cuと、質量比で700ppm以上2000ppm以下の酸素とを含む合金を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.200mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例28と同様にして実施例30の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.160mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例30と同様にして実施例31の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.070mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例30と同様にして実施例32の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例30と同様にして実施例33の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.027mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例30と同様にして実施例34の線材を得た。
【0067】
(実施例35,36)
Zr5.0at%と残部Cuと、質量比で700ppm以上2000ppm以下の酸素とを含む合金を用いたこと、および、伸線後の線材の直径が0.160mmとなるように伸線加工を行ったこと以外は実施例28と同様にして実施例35の線材を得た。また、伸線後の線材の直径が0.040mmとなるように伸線加工を行った以外は実施例35と同様にして実施例36の線材を得た。
【0068】
(比較例6)
伸線後の線材の直径が0.500mmとなるように伸線加工を行ったこと以外は実施例30と同様にして比較例6の線材を得た。
【0069】
[伸線加工度の導出]
まず、インゴットの直径から伸線前の断面積A
0を求め、銅合金線材の直径から伸線後の断面積A
1を求めた。次にこれらの値から、η=ln(A
0/A
1)の式で表される伸線加工度ηを求めた。
【0070】
[鋳造組織の観察]
伸線加工前のインゴットについて、軸方向に対して垂直な円形断面(以下横断面とも称する)で切断し、鏡面研磨した後、光学顕微鏡観察を行った。
図13はZr3.0〜5.0at%を含むインゴットの鋳造組織の光学顕微鏡写真である。
図13(a)はZr3.0at%を含む実施例28,29のインゴット、
図13(b)はZr4.0at%を含む実施例30〜34のインゴット、
図13(c)はZr5.0at%を含む実施例35,36のインゴットについてのものである。明るい部分が初晶のα−Cu相(銅母相)、暗い部分が共晶相(複合相)である。
図13より、Zr量が増加するに従って共晶相の量が増加することが分かった。この光学顕微鏡写真を用いて2次DASを測定した。
図13(a)では、2次DASは2.7μmであった。しかし、Zr量が増加するに従ってα−Cu相の量が減少し、デンドライトアームが不均一となり、
図13(b)(c)からは2次DASを求めることができなかった。
【0071】
また、伸線加工前のインゴットについて、軸方向に対して垂直な円形断面で切断し、鏡面研磨した後、SEM観察を行った。
図14はZr3.0at%を含む実施例28,29のインゴットの鋳造組織のSEM写真(組成像)である。組織中の明るい部分と暗い部分についてEDXで分析すると、明るい部分ではCuが93.1at%でZrが6.9at%であり、暗い部分ではCuが99.7at%でZrが0.3at%であった。これらのことから、明るい部分が共晶相(複合相)、暗い部分がα−Cu相(銅母相)であることが分かった。ここで、Cu−Zr合金の平衡状態図ではCu相中へのZrの固溶限は0.12at%であるから、Cu−3at%Zr合金のインゴットのCu相中にZrが0.3at%固溶していたことは、急冷凝固することによってCu相中へのZrの固溶限が拡大したものと推察された。
【0072】
[伸線後組織の観察]
伸線後の銅合金線材について、軸方向に対して垂直な円形断面(以下横断面とも称する)または軸方向に対して平行で中心軸を含む断面(以下縦断面とも称する)で切断し、鏡面研磨したあとSEM観察を行った。
図15は、実施例28(Cu−3at%Zr,η=5.9)の銅合金線材の断面のSEM写真(組成像)である。なお、横断面はほぼ真円で、側面には加工でできる擦り傷以外に割れなどの損傷は観察されなかった。このことから、熱処理なしで強歪み伸線加工ができることが分かった。
図16は、実施例36(Cu−5at%Zr,η=8.6)の銅合金線材の表面のSEM写真である。線材表面は、若干の擦り傷があるものの滑らかであり、焼鈍しないで冷間での連続伸線加工が可能であることが分かった。また、例えば、表2に示すように、少なくとも、加工度η=8.6で、最小径40μmまで熱処理なしの伸線加工が可能であることが分かった。さらに、加工度η=9.4で、最小径27μmまで熱処理なしの伸線加工が可能であることが分かった。
図15(a)に示す縦断面では、α−Cu相と共晶相とが互い違いに配列されて一方向へ延びる繊維状組織が構成されてることが分かった。また、
図15(b)に示す横断面では、インゴットのα−Cu相と共晶相の鋳造組織が壊された組織になることが観察された。また、α−Cu相中には黒色斑点状に微細な粒子が散在することが観察された。この粒子をEDX分析するとCuやZrとともに共晶相中の量に比べて4.7倍多い酸素が検出され、酸化物の存在が示唆された。
図15(b)の横断面の組織から、明るい部分(共晶相)と暗い部分(α−Cu相)を二値化してその面積率を求めると、共晶相の面積率は43%であった。なお、η=5.9としたものにおいて、実施例31(Cu−4at%Zr)では共晶相の面積率は49%であり、実施例35(Cu−5at%Zr)では共晶相の面積率は55%であった。このことから、共晶相の面積率はZr量とともに増加することが分かった。
【0073】
【表2】
【0074】
図17は、実施例31(Cu−4at%Zr,η=5.9)の銅合金線材の共晶相のSTEM写真である。
図17(a)は明視野(BF:Bright Field)像、
図17(b)は高角度環状暗視野(HAADF:High Angle Annular Dark Field)像、
図17(c)はCu−Kαの元素マップ、
図17(d)はZr−Lαの元素マップ、
図17(e)は
図17(b)において明るい部分のA点の元素分析結果、
図17(f)は
図17(b)において暗い部分のB点の元素分析結果である。BF像中の矢印は、伸線軸(DA:Drawing Axis)の方向を示す。HAADF像は明るい部分と暗い部分とが層状組織を示し、これらの間隔は約20nmであった。この明るい部分と暗い部分は、明るい部分がα−Cu相で暗い部分がCuとZrとを含む化合物相であることが分かった。ここで観察されたα−Cu相と、CuとZrとを含む化合物相との層の比率は60:40〜50:50程度と測定され、共晶相内でも複合則が成り立つものと推察された。
図18は、実施例31(Cu−4at%Zr,η=5.9)の銅合金線材の共晶相のSTEM写真である。
図18(a)はSTEM−BF像、
図18(b)は
図18(a)に示した円内から得られた制限視野電子線回折(SAD:Selected Area Diffraction)像である。
図18(b)のSAD像には、Cu相を示す回折斑点以外のリング・パターンが観察された。図中に示す3つの回折リングの格子定数を求めると、それぞれ、d
1=0.2427nm、d
2=0.1493nm、d
3=0.1255nmであった。これに対し、Glimoisらが求めたCu
9Zr
2化合物の(202)、(421)、(215)面の格子定数を比較したものが表3である。上述した格子定数と表3の値は誤差範囲で同一とみなすことができ、
図18(a)で観察されたCuとZrとを含む化合物はCu
9Zr
2化合物相であると推察された。
【0075】
【表3】
【0076】
[引張強さ及び導電率の測定]
図19は、加工度η=5.9の、実施例28(Cu−3at%Zr)と実施例31(Cu−4at%Zr)と実施例35(Cu−5at%Zr)について、共晶相の面積率(共晶相比率)と導電率(EC:Electrical Conductivity),引張強さ(UTS:Ultimate Tensile Strength),0.2%耐力(σ
0.2)との関係を示すグラフである。ECは共晶相の面積率の増加とともに減少した。逆にUTSとσ
0.2は、両者とも共晶層の面積率の増加とともに増加した。ECの減少は、共晶相の面積率増加によって相対的にα−Cu相が減少したこと、UTSとσ
0.2の増加は共晶相の面積率増加によって共晶相内のCu
9Zr
2化合物相が増加したことに関連があると推察された。
【0077】
図20は、Zr4.0at%を含む銅合金線材である実施例30〜34についての加工度ηとEC,UTS,σ
0.2との関係を示すグラフである。インゴットのとき、すなわちas−cast時のECは28%IACSであったが、伸線後の銅合金線材のECはインゴットに比べて一旦高くなり、η=3.6付近で最高になった後、それ以上の加工度では減少した。一方UTSとσ
0.2は、加工度の増加とともに直線的に増加した。
【0078】
図21は、Zr4.0at%を含む銅合金線材の縦断面のSEM写真であり、
図21(a)は実施例31(η=5.9)、
図21(b)は実施例32(η=7.5)、
図21(c)は実施例33(η=8.6)のものである。加工度ηが増すとともにα−Cu相と共晶相との層状組織は各層の厚さが薄くなり、緻密な組織に変化していくことがわかった。
図20で見られた加工度ηとEC,UTS,σ
0.2との関係には、このような層状組織の変化と関連があるものと推察された。さらには共晶相中で形成されているCu相とCu
9Zr
2化合物相との層状組織も加工度ηによって変化し、電気的・機械的性質に影響を与えているものと推察された。
【0079】
図22は、実施例28(Cu−3at%Zr,η=5.9)の銅合金線材を焼鈍した焼鈍材について、焼鈍温度とEC,UTSとの関係を示すグラフである。焼鈍は、300℃〜650℃の各温度で900s保持し、その後炉冷することによって行った。ECは常温から300℃まではほとんど変わらないないが、それ以上の温度では緩やかに増加した。UTSは350℃で最高値を示した後、緩やかに減少し、475℃以上では急激に減少した。これは、α−Cu相中へ固溶していたZrの析出が一因と推察された。組織に影響を受けると考えられる伸線加工材の電気的・機械的性質は475℃まで比較的安定していたが、それ以上の温度は組織に変化が生じると推察された。このことから、本発明の銅合金線材は475℃までは、安定して使用できるものと推察された。
【0080】
図23は、実施例36(Cu−5at%Zr,η=8.6)の銅合金線材の公称S−S曲線を示すグラフである。引張強さは2234MPaであり、0.2%耐力は1873MPaであり、ヤング率は69GPaであり、伸びは0.8%であった。また、導電率は16%IACSであった。以上より、引張強さを2200MPa以上、導電率を15%
IACS以上、ヤング率を60GPa以上90GPa以
下とすることが可能なことが分かった。また、2GPaを超える引張強さを示すが、ヤング率は実用銅合金の1/2程度と小さく、破断伸びは概して大きいことが分かった。
【0081】
図24は、実施例36(Cu−5at%Zr,η=8.6)の銅合金線材の引張試験後の破断面のSEM写真である。一部には非晶質の破断特性を示す脈状のベイン・パターンが観察された。
【0082】
図25は、実施例33(Cu−4at%Zr,η=8.6)の銅合金線材の縦断面の複合相のSTEM写真である。
図25(a)はBF像であり、
図25(b)はHAADF像である。
図25より、幅10nm以上70nm以下程度の層状となるCu相と、その両端にストリンガー状に伸びるCu
9Zr
2相が観察された。このストリンガー状に伸びるCu
9Zr
2相は、幅の平均値が10nm以下であり、加工度が高いものほど細い(微細化する)ことが分かった。このように、例えばCu
9Zr
2相などの銅−Zr化合物相が微細化することで、引張強さを高めることができ、特にその幅の平均値が10nm以下であれば引張強さをより高めることができるものと推察された。ここで、Cu相は
図25(a)のBF像で確認しやすく、層状となっている部分である。Cu
9Zr
2相は
図25(b)のHAADF像で確認しやすく、黒くストリンガー状に伸びた部分である。また、
図25(a)のBF像から観察されるように、Cu相内にも伸線軸に対して20°以上40°以下程度の角度で変形双晶が現れることが分かった。
【0083】
表4は、実施例33(Cu−4at%Zr,η=8.6)の銅合金線材の複合相中のCu
9Zr
2相やCu相、銅母相(α−Cu相)についてZAF法による定量分析結果を示すものである。表4より、Cu
9Zr
2には酸素が含まれていることが分かった。この酸素が、アモルファス化を促進するなどして、引張強さを高めることができるものと推察された。なお、このとき、銅母相や、複合相中の銅相には、酸素は含まれていなかった。また、複合相にはCu
9Zr
2相及びCu相のいずれにもSiが含まれることが分かった。このSiは石英製ノズルに起因するものであると推察された。なお、SiでなくAlが含まれていてもよいと推察された。例えば、アルミナ製ノズルなどを用いた場合には、Alが含まれると推察された。
【0084】
【表4】
【0085】
図26は、実施例33(Cu−4at%Zr,η=8.6)の銅合金線材の共晶相(Point1〜4)のEDX分析結果である。また、
図27は、実施例33の銅合金線材の銅母相(Point5,6)のEDX分析結果である。ここで、Point1〜6は表4に示したPoint1〜6に対応する。
図26に示す写真は、
図25の枠内の拡大写真であるSTEM−HAADF像であり、STEM−HAADF像中の点A,BがPoint3,4に対応する。このSTEM−HAADF像で黒く見えるCu
9Zr
2相内の点では、酸素と珪素を多く含み、ZAF法で定量した酸素、O,Si,Cu,Zrから計算した平均原子番号ZはZ=20.2で、CuのZ=29よりも見かけ上小さくなることが分かった。このため、Cu
9Zr
2相がCu相よりも暗く観察されるものと推察された。なお、Point1,2のEDX分析を行った視野のSTEM−HAADF像については省略した。また、
図27に示す写真は、銅母相(α−Cu相)のSTEM−BF像であり、STEM−BF像中の点5,6がPoint5,6に対応する。このSTEM−BF像では、α−Cu相内でも層状組織となり、その一部に変形双晶が観察された。この層状組織は、各層の幅、すなわち、各銅相の幅の平均値は100nm以下であった。このように、α−Cu相内で層状組織となることで、ホールペッチ則のような効果によって引張強さを高めることができ、各銅相の幅の平均値が100nm以下であることによって引張強さをより高めることができるものと推察された。また、各銅相の境界を又がないように変形双晶が形成されていた。この変形双晶は、軸方向に対して20°以上40°以下の角度であり、銅母相において0.1%以上5%以下の範囲を占めていた。このような変形双晶を有するものでは、双晶変形によって導電率を大きく減らすことなく引張強さを高めることができるものと推察された。なお、これらは、イオンミーリングの加工痕ではないことは確認済である。また、銅母相ではO、Siが含まれていない、あるいはZAF法では定量することができないほど微量しか含まれていないことが分かった。また、α−Cu相内やCu−Zr化合物相内には明確な高転位密度となる転位下部組織が発達している様子は確認されず、少なくとも縦断面ではほとんど転位が存在しないことが分かった。一般に、加工度が高まるほど転位は増殖しやすいが、本願のものでは、各相の境界や変形双晶などで吸収され、あるいは消滅したためとに、ほとんど転位が増殖しなかったものと推察された。そして、軸方向には転位がほとんど存在しないため、導電率を良好に保つことができると推察された。これは、例えば5at%Zrを含むものなど、他の実施例でも同様であった。
【0086】
図28は、実施例33(Cu−4at%Zr,η=8.6)の銅合金線材のSTEM−BF像であり、
図26のSTEM−HAADF像の枠内を観察した結果である。
図28(a)は
図26の大枠、
図28(b)は
図26の小枠内のSTEM−BF像である。Cu相は、観察場所により影があるものの、格子縞が観察された。一方、実線で囲まれたCu
9Zr
2相内では、格子縞が観察されず、アモルファスの様相を呈していることが分かった。
図28において、アモルファス相の面積率を求めると約31%であった。このように、アモルファス相はCu
9Zr
2相などの銅−Zr化合物相に形成されやすいことがわかった。ここで、Cu
9Zr
2相の一部だけでなく全部がアモルファス相であってもよいと推察された。
【0087】
図29は、加工度η=8.6の、実施例29(Cu−3at%Zr)と実施例33(Cu−4at%Zr)と実施例36(Cu−5at%Zr)の銅合金線材における、η=5.9(中間線径160μm)時の横断面で測定した共晶相比率と、UTS,σ
0.2,ヤング率,EC,伸びとの関係示すグラフである。UTS、σ
0.2は共晶相比率が高くなるほど大きくなることが分かった。また、ヤング率は共晶相比率が高くなるほど小さくなることが分かった。また、ECや伸びは、共晶相比率が50%程度のときに最大となることが分かった。各々の性質は共晶相内のCu
9Zr
2化合物相の存在や構造変化(アモルファス化)と関係があるものと推察された。
【0088】
図30は、Zr4.0at%を含む銅合金線材である実施例30〜34について、加工度とUTS,
ヤング率,
幅の平均値,ECとの関係を示すグラフである。強度、ヤング率は、加工度が増えるとともに増加することが分かった。また、α−Cu相やCu
9Zr
2化合物相の層の幅の平均値をη=5.9の場合とη=8.6の場合とで比較すると、加工度が増えるとそれぞれの幅もそれに応じて小さくなることが分かった。
【0089】
図31は、Zr量,加工度ηと、層状組織・性質の変化との関係を考察した結果をまとめた図である。η=8.6で伸線加工したもののように、加工度が高いものほど、引張強さをより高めることができることが分かった。この理由としては、複合則による引張強さの向上のほかに、以下に示すような理由が推察された。例えば、銅母相がさらに層状となることによるホールペッチ則のような効果によって引張強さを高めたり、銅母相内で変形双晶が生じることによっても引張強さを高めることができると推察された。また、加工度を高めるほど、Cu
9Zr
2化合物相の幅がより小さく、離散化(ストリンガー分散化)するなどして、引張強さが向上するものと考えられた。さらに、加工度を高めるほど、アモルファス化が促進するが、特に、酸素が含まれ得ることに起因するアモルファス化の促進効果をさらに高めることができると推察された。また、Zrが増加するほど、Cu
9Zr
2相が増加し、アモルファス化しやすくなるため、ヤング率は低下しやすいものと推察された。
【0090】
表5は、実施例28〜36、比較例6の試験結果を示すものである。表5には2次DASや合金組成,鋳造径,伸線径,断面減少率,加工度,引張強さ,導電率を示した。また、
図32は、実施例28〜36及び比較例6の銅合金線材UTSとECとの関係を示したグラフであり、従来の代表的な銅合金の場合と比較したものである。実線上に示してあるのが実施例28〜36及び比較例6の銅合金線材の結果である。一方、従来の代表的な銅合金の結果は破線上に示した。ここで、一般にUTSとECとの間にはトレードオフの関係があることがよく知られており、破線で示したようにUTSが増加するとECは急激に減少する。しかし実線で示した亜共晶組成の本願実施例28〜36及び比較例6の銅合金線材では、従来の代表的な銅合金よりもこの関係が緩やかであることが分かった。これは、伸線加工の過程で層状組織が加工度(η)に関連して連続的に変化し得るため、このことがUTSとECとのトレードオフ関係の緩和に寄与しているものと推察された。なお、実施例28〜36では、石英ノズルを用いて原料を溶解したが、これに限らず石英を含む容器を用いてもよいと推察された。また、アルミナを含む容器を用いてもよいと推察された。また、実施例1〜36では、銅鋳型に溶解した金属を注湯したが、例えば、カーボンダイスなどに直接注湯してもよいと推察された。
【0091】
【表5】
【0092】
本出願は、2009年9月14日に出願された日本国特許出願第2009−212053号および、2010年8月10日に出願された米国特許仮出願第61/372185号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。