特許第5935880号(P5935880)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5935880
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月15日
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20160602BHJP
   B23K 26/364 20140101ALI20160602BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20160602BHJP
   H01F 1/16 20060101ALI20160602BHJP
   H01F 1/18 20060101ALI20160602BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20160602BHJP
   C22C 38/06 20060101ALN20160602BHJP
【FI】
   C21D8/12 D
   B23K26/364
   B23K26/00 N
   H01F1/16 B
   H01F1/18
   !C22C38/00 303U
   !C22C38/06
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-512641(P2014-512641)
(86)(22)【出願日】2013年4月24日
(86)【国際出願番号】JP2013062029
(87)【国際公開番号】WO2013161863
(87)【国際公開日】20131031
【審査請求日】2014年7月18日
(31)【優先権主張番号】特願2012-103212(P2012-103212)
(32)【優先日】2012年4月27日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】平野 弘二
(72)【発明者】
【氏名】新井 聡
(72)【発明者】
【氏名】濱村 秀行
(72)【発明者】
【氏名】今井 浩文
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−036450(JP,A)
【文献】 特開平07−048627(JP,A)
【文献】 特開平07−048626(JP,A)
【文献】 特開2000−109961(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/125672(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
搬送方向と交差する方向に延在するが前記搬送方向に所定のピッチPLで設けられており、前記溝内には溶融再凝固部がある方向性電磁鋼板であって、
前記溝は、前記方向性電磁鋼板に曲線状に形成され;
前記溝の溝幅方向の中心線の最小二乗法による線形近似線と、前記中心線上の各位置との間の距離の標準偏差値D、及び前記ピッチPLの関係が、下記の式(1)を満たし;
前記中心線上の各位置における接線と、前記搬送方向と直交する方向との成す平均角度が、0°超30°以下である;
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【数1】
【請求項2】
前記溝は、前記方向性電磁鋼板の表面及び裏面に形成されていることを特徴とする請求項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記表面に形成された溝の位置は、前記裏面に形成された溝の位置と同じ位置であることを特徴とする請求項に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
方向性電磁鋼板にレーザビームを照射して、搬送方向と交差する方向に延在する溝を前記搬送方向に所定のピッチPLで形成する方向性電磁鋼板の製造方法であって、前記溝の溝幅方向の中心線の最小二乗法による線形近似線と、前記中心線上の各位置との間の距離の標準偏差値D、及び前記ピッチPLの関係が、下記の式(1)を満たし;
前記中心線上の各位置における接線と、前記搬送方向と直交する方向との成す平均角度が、0°超30°以下である;
ように溝を形成することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法
【数2】
【請求項5】
前記レーザビームの波長が、0.4〜2.1μmの範囲にあることを特徴とする請求項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】

本発明は、巻トランスの鉄芯材料等に用いられる方向性電磁鋼板及びその製造方法に関する。特に、レーザ加工によってその表面に溝を形成して鉄損を低減させた方向性電磁鋼板及びその製造方法に関する。
本願は、2012年04月27日に、日本に出願された特願2012−103212号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、Siを含み、その結晶粒の磁化容易軸({110}<001>方位)がその製造工程における圧延方向に略そろった電磁鋼板である。この方向性電磁鋼板は、圧延方向に磁化が向いた磁区が、磁壁を挟んで複数配列した構造を有し、これら磁壁のうちの多くは、180°磁壁である。この方向性電磁鋼板の磁区は、180°磁区と呼ばれ、方向性電磁鋼板は、圧延方向に磁化し易い。そのため、比較的小さな一定の磁化力において、磁束密度が高く、鉄損(エネルギー損失)が低い。したがって、方向性電磁鋼板は、トランスの鉄芯材料として非常に優れている。鉄損の指標には、一般にW17/50[W/kg]が用いられる。W17/50は、周波数50Hzにおいて最大磁束密度が1.7Tになるように交流励磁したときに、方向性電磁鋼板に発生する鉄損の値である。このW17/50を小さくすると、より効率の高いトランスを製造できる。
【0003】
通常の方向性電磁鋼板の製造方法を以下に概略的に説明する。所定量のSiを含む熱延された珪素鋼板(熱延板)を、焼鈍及び冷延工程により所望の板厚に調整する。次に、連続式の焼鈍炉にてこの珪素鋼板を焼鈍し、脱炭及び歪み取りを兼ねて一次再結晶(結晶粒径:20〜30μm)を行う。引き続き、主成分としてMgOを含む焼鈍分離材をこの珪素鋼板薄板(以下では、単に鋼板と記すこともある)の表面に塗布して、鋼板をコイル状(外形が円筒状)に巻き取り、約1200℃の高温で20時間程度のバッチ焼鈍を行い、鋼板中に二次再結晶組織を形成させ、鋼板表面上にグラス皮膜を形成させる。
【0004】
その際、鋼板中に例えばMnSやAlN等のインヒビターを含むため、圧延方向と磁化容易磁区とが一致した、いわゆるゴス粒が優先的に結晶成長する。その結果、仕上げ焼鈍の後に結晶方位性(結晶配向性)が高い方向性電磁鋼板が得られる。仕上げ焼鈍の後、コイルが巻解かれ、別の焼鈍炉内に鋼板を連続通板して平坦化焼鈍を行い、鋼板内の不要な歪みを除去する。さらに、鋼板表面に張力と電気絶縁性とを与えるコーティングが施され、方向性電磁鋼板が製造される。
【0005】
このような工程を経て製造された方向性電磁鋼板では、追加の処理を行わなくても鉄損が低いが、圧延方向(以下、搬送方向とも呼ぶ)に略垂直、且つ一定周期(一定間隔)の歪みを付与すると、更に鉄損が低下する。この場合、局所的な歪みによって圧延方向と磁化が直交する90°磁区が形成され、そこでの静磁エネルギーを源にして略長方形の180°磁区の磁壁間隔が狭くなる(180°磁区の幅が小さくなる)。鉄損(W17/50)は、180°磁壁の間隔に正の相関を有するため、この原理によって鉄損が低下する。
【0006】
例えば、特許文献1に開示されるように、レーザ照射により鋼板に歪みを与える方法が既に実用化されている。同様に、方向性電磁鋼板の圧延方向に略垂直、且つ一定周期で10〜30μm程度の深さの溝を形成すると、鉄損が低減される。これは、溝の空隙での透磁率の変化により溝周辺に磁極が発生し、この磁極を源に180°磁壁の間隔が狭くなり、鉄損が改善されるためである。溝を形成する方法には、特許文献2に開示されているように電解エッチングを用いて冷延板に溝を形成する方法、特許文献3に開示されるように機械的な歯型を冷延板にプレスする方法、或いは特許文献4に開示されるようにレーザ照射により鋼板(レーザ照射部)を溶融及び蒸発させる方法がある。
【0007】
ところで、電力トランスには、大別して積トランスと巻トランスとがある。積トランスは、複数の電磁鋼板を積層し固定して製造される。一方、巻トランスの製造工程では、方向性電磁鋼板を巻きながら積層して巻き締めるため、その変形歪み(例えば、曲げによる歪み)を取る焼鈍工程が含まれる。従って、鉄損を改善するために歪みを付与する特許文献1に記載の発明の方法で製造した方向性電磁鋼板は、鉄損改善効果を維持したまま積トランスに使用可能であるが、鉄損改善効果を維持したまま巻トランスに使用することができない。すなわち、巻トランスでは、歪み取り焼鈍により歪みが消失するため鉄損改善効果も消失する。一方、鉄損を改善するために溝を形成する方法で製造した方向性電磁鋼板は、歪み取り焼鈍を行っても鉄損を改善する効果が損なわれないため、積トランス及び巻トランスの両方に使用可能であるという利点を有する。
【0008】
ここで、溝を形成する方法の従来技術を説明する。特許文献2に記載の電解エッチングによる方法では、例えば二次再結晶後の表面にグラス被膜が形成された鋼板を用い、レーザや機械的方法により表面のグラス被膜を線状に除去し、エッチングにより地鉄が露出した部分に溝を形成する。この方法では、工程が複雑になり製造コストが高くなり、処理速度に限界がある。
【0009】
特許文献3に記載の機械的な歯型プレスによる方法では、電磁鋼板が約3%のSiを含む非常に硬い鋼板であるため、歯型の摩耗及び損傷が発生しやすい。歯型が摩耗すると溝深さにばらつきが発生するため、鉄損改善効果が不均一になる。これを避けるため操業上は歯形の管理を厳格に行う必要がある。
【0010】
レーザ照射による方法(レーザ法と記す)では、高パワー密度の集光レーザビームにより高速溝加工が可能であるという利点がある。また、レーザ法が非接触加工であるため、レーザパワー等の制御により安定して均一な溝加工を行うことができる。レーザ法においては、効率的に深さ10μm以上の溝を鋼板表面に形成するために、従来種々の試みがなされている。例えば、特許文献4には、高ピークパワーのパルスCOレーザ(波長9〜11μm)を用いて、2×10W/mm以上の高いパワー密度(集光点におけるエネルギー密度)を実現し、溝を形成する方法が開示されている。ここで、パルスCOレーザを使用する方法では、連続するパルス間にレーザ停止時間があるため、高速でレーザビームを鋼板面上に走査する場合、レーザビームの走査線上には、各パルスにより形成される穴(点列)が繋がって溝が形成される。
【0011】
一方、特許文献5には、連続波レーザビームを用いて連続的に延在する溝を形成し、溝の周辺部に発生する溶融物による突起を大きく低減させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】日本国特公昭58−26406号公報
【特許文献2】日本国特公昭62−54873号公報
【特許文献3】日本国特公昭62−53579号公報
【特許文献4】日本国特開平6−57335号公報
【特許文献5】国際公開第2011/125672号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】

ところで、レーザ法においては次のような問題があった。特許文献5の発明により、鋼板表面に現れる突起が最小化されたとはいえ、溝の底部付近には、レーザ照射に伴う溶融再凝固部が依然存在し、これによる鋼板の変形、より具体的には圧延方向の反り(いわゆるL反り)が発生する。複数の鋼板を組み合わせてトランスに仕上げた際に、この変形の影響から占積率が低下してしまい、トランスの性能が低下する問題がある。また、同じく変形の影響から、積層及び圧縮過程で局部的な応力集中が生じる結果、トランスとしての鉄損を劣化させる可能性もある。
【0014】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、鉄損を低減させるために、レーザ加工によって表面に溝が形成された方向性電磁鋼板において、その溝に起因する圧延方向の反り等の変形を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、上記課題を解決して係る目的を達成するために以下の手段を採用する。すなわち、
(1)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、搬送方向と交差する方向に延在するが前記搬送方向に所定のピッチPLで設けられており、前記溝内には溶融再凝固部がある方向性電磁鋼板であって、前記溝は、前記方向性電磁鋼板に曲線状に形成され;前記溝の溝幅方向の中心線の最小二乗法による線形近似線と、前記中心線上の各位置との間の距離の標準偏差値D、及び前記ピッチPLの関係が、下記の式(1)を満たし;前記中心線上の各位置における接線と、前記搬送方向と直交する方向との成す平均角度が、0°超30°以下である。
【0016】
【数1】
【0018】
上記(1)に記載の方向性電磁鋼板において、前記溝が、前記方向性電磁鋼板の表面及び裏面に形成されていても良い。
【0019】
)上記()に記載の方向性電磁鋼板において、前記表面に形成された溝の位置が、前記裏面に形成された溝の位置と同じ位置であっても良い。
【0020】
また、
(4)本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は方向性電磁鋼板にレーザビームを照射して、搬送方向と交差する方向に延在する溝を前記搬送方向に所定のピッチPLで形成する方向性電磁鋼板の製造方法であって、前記溝の溝幅方向の中心線の最小二乗法による線形近似線と、前記中心線上の各位置との間の距離の標準偏差値D、及び前記ピッチPLの関係が、下記の式(1)を満たし;前記中心線上の各位置における接線と、前記搬送方向と直交する方向との成す平均角度が、0°超30°以下であるように溝を形成する
【0021】
【数2】
【0022】
)上記()に記載の方向性電磁鋼板の製造方法において、前記レーザビームの波長が、0.4〜2.1μmの範囲にあっても良い。
【発明の効果】
【0023】

上記の態様によれば、鉄損を低減させるために、レーザ加工によって、表面に溝が形成された方向性電磁鋼板において、その溝に起因する圧延方向の反り等の変形を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】

図1】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の表面に、レーザ加工によって溝を形成する様子を示す模式図である。
図2】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板に形成された溝(曲線)の形状の詳細を示す模式図である。
図3】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板に形成された複数の曲線群(溝群)同士の配置例を示す模式図である。
図4A】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の溝形状の第1の例を示す模式図である。
図4B】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の溝形状の第2の例を示す模式図である。
図4C】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の溝形状の第3の例を示す模式図である。
図4D】本発明の一実施形態に係る方向性電磁鋼板の溝形状の第4の例を示す模式図である。
図5A】レーザ加工に用いられるレーザスキャナの第1の構成例を示す模式図である。
図5B】レーザ加工に用いられるレーザスキャナの第2の構成例を示す模式図である。
図5C】レーザ加工に用いられるレーザスキャナの第3の構成例を示す模式図である。
図6】溝の中心線の線形近似線に対する標準偏差値と占積率との関係を示す図である。
図7】他の実施形態に係る方向性電磁鋼板の断面形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】

以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0026】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、鋼板と、鋼板の表面に形成されたグラス皮膜と、グラス皮膜の上に形成された絶縁皮膜と、を備えている。鋼板は、通常、方向性電磁鋼板の素材として用いられる、Siを含有する鉄合金で構成される。本実施形態の鋼板の組成は、一例として、Si;2.5質量%以上4.0質量%以下、C;0.02質量%以上0.10質量%以下、Mn;0.05質量%以上0.20質量%以下、酸可溶性Al;0.020質量%以上0.040質量%以下、N;0.002質量%以上0.012質量%以下、S;0.001質量%以上0.010質量%以下、P;0.01質量%以上0.04質量%以下、残部がFe及び不可避不純物である。また、鋼板の厚さは、一般的に0.15mm以上0.35mm以下とされている。鋼板の幅は、例えば1m程度である。
なお、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、上記元素の他、不可避的不純物として、または磁気特性を良好にする元素としてCu、Cr、Sn、Sb、Ti、B、Ca、REM(Y、Ce、La等の希土類元素)等を、方向性電磁鋼板の機械特性および磁気特性を損なわない範囲で含有してもよい。
【0027】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板には、図1に示すように、鋼板1の表面に圧延方向と略垂直な方向(板幅方向)に沿った曲線状の溝G(図2参照)が、圧延方向に対して周期的に形成されている。溝Gの断面形状については、公知のように、例えば、溝深さ5μm以上50μm以下、溝幅10μm以上300μm以下とする。溝Gのピッチは、2mm以上10mm以下とすることが好ましい。本実施形態では、鋼板1の表面において溝Gが一直線状ではなく曲線状に形成されている。以下、溝Gの溝幅方向の中心線(以下、単に溝Gの中心線とも呼ぶ)が描く曲線の好ましい形状について説明する。以下では、説明の便宜上、溝Gの中心線が描く曲線を単に曲線とも呼ぶ。通常、図1に示すように、鋼板1の約1mにわたる全幅は、それぞれ複数の溝Gの集合である、複数の曲線群Gs1、Gs2、Gs3(以下省略)にてカバーされている。通常1台のレーザスキャナで全幅の溝を形成するのが難しいので、複数のレーザスキャナLS1、LS2、LS3(以下省略)で溝形成処理を行う。その結果、複数の曲線群Gs1、Gs2、Gs3(以下省略)が鋼板1上に形成される。ただし、これに限定されず、全幅にわたり1台のレーザスキャナで単一の曲線群を形成してもよい。レーザスキャナの構造については後で詳述する。また、以下では、曲線群Gs1、Gs2、Gs3(以下省略)のいずれかを特定する必要がない場合には、曲線群Gsと総称する。
【0028】
各曲線群Gsは、それぞれ所定のピッチPLで形成された複数の曲線G(溝G)を含む。図2では、説明の便宜上、1本の曲線Gのみを示している。本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、曲線Gの線形近似線Cに対する標準偏差値Dと、ピッチPLとの関係が下記の式(1)を満たしている。本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、この式(1)が、各曲線群Gsを構成する全ての曲線Gについて成立している。
【0029】
【数3】
【0030】
標準偏差値Dは以下のように求める。まず、鋼板1の搬送方向に垂直な方向をx軸、搬送方向をy軸とする座標系において、曲線Gを関数y=f(x)として表現し、y=ax+bの形を取る曲線Gに対する線形近似線Cを、よく知られた最小二乗法を用いて求める。次に、この線形近似線Cの方向をX軸、X軸に垂直な方向をY軸として座標系を取り直し、曲線GをY=g(X)の形に表現する。X軸及びY軸は、x軸及びy軸と平行になることもあるが、曲線Gの形状によっては、図2に示すように、x軸及びy軸に対して傾くこともある。標準偏差値Dは、以下の式(2)で定義される。
【0031】
【数4】
【0032】
また、本実施形態では、図2に示すように、曲線Gの線形近似線Cから上(Y軸の正方向)に最も隔たった点までの距離Auと下(Y軸の負方向)に最も隔たった点までの距離Abとの和として曲線Gの振幅Aを定義する(A=Au+Ab)。
【0033】
次に、式(1)のように(D/PL)を0.02以上とする理由について説明する。溝Gの中心線が一直線状になる従来法の場合(D/PL=0)、変形の基点となる溝Gの、溝幅方向の中心位置が、上記線形近似線C上に一直線状に並ぶ。これに対し、本発明者らは、溝Gの中心線を湾曲させることで、上記変形の基点を上記線形近似線Cの位置に対して分散させる(具体的には、図2に示すX軸方向から曲線Gを見た際に、曲線G上の各点の位置をY軸方向に分散させる)と、鋼板全体としての反り変形量を低減できることを見出した。この変形基点の分散度合を表す量が標準偏差値Dであるが、反り変形に対して重要なのは、この長さの次元を持った量の溝ピッチPLの大きさに対する割合である。後の実施例で述べるように、(D/PL)が0.02以上となれば占積率を大きくできることが明らかになっている。尚、本実施形態に於ける溝Gの形状としては、一直線状で無ければよく、図4Aに示すような円弧状のものや、更に図4Bに示すような、一続きの滑らかな曲線状では無く、複数の直線を接続して得られる区分直線状のもの、等種々考えられるが、上述の反り変形メカニズムは不変であり、(D/PL)を0.02以上とすることで同等の効果が得られる。
【0034】
鋼板1の反り量低減効果を得るための(D/PL)の上限値は特に存在しないが、あまりに大きくしすぎると、曲線Gの振幅Aが大きくなり、曲線Gと搬送方向と直交する方向の為す角度が大きくなる。従来の一直線状の溝Gを形成することによる磁区細分化技術においては、溝Gの方向と、搬送方向と直交する方向との為す角度が±30°超となると鉄損低減効果が低下することが知られている。本実施形態に係る曲線状の溝Gの場合も同様に、溝Gの方向と、搬送方向と直交する方向との為す角度の平均値が±30°超となると鉄損が下がりにくくなるため、搬送方向と直交する方向との為す角度の平均値を±30°以内とすることが望ましい。より具体的には、曲線G上の各点で定義される曲線Gの接線と、搬送方向と直交する方向との為す角度をθ(°)とした際、θが以下の式(3)を満たす事が望ましい。
【0035】
【数5】
更に、溝G(曲線G)が滑らかであって、溝G(曲線G)上の全ての点において、搬送方向と直交する方向との為す角度を±30°以内とすることが鉄損低減の観点からより一層好ましい。
【0036】
なお、以上の説明においては連続的に延在する溝Gを前提として説明してきた。このような溝Gは特許文献5に開示されたように、連続波レーザを用いて、レーザビームを鋼板1上において連続的にスキャンすることで得られる。一方、別の実施形態においては、例えば特許文献4に開示されたように、時間的に間欠的に発振するレーザを用いて得られる点列の溝、もしくは破線状の溝を有する電磁鋼板であってもよい。
【0037】
また、本実施形態として、図3に示すように、曲線群Gs1の中の曲線と曲線群Gs2の中の曲線Gの両端同士を完全に一致させることで、複数のレーザスキャナを用いるものの、あたかも1本の曲線Gが長くつながっているような曲線群Gsを得ることが可能である。この際は、1本につながっている範囲の曲線Gに対して、上述と全く同様に得られる線形近似線Cに対する標準偏差値Dを、式(1)の範囲とすれば、反り量の小さい方向性電磁鋼板が得られる。
【0038】
さらに、図7に示すように、溝Gの形成は鋼板1の表裏面両方に行ってもよい。それによって、鋼板1の反り量を、片面のみに溝Gを形成する場合と比較してさらに低減することが可能となる。図7は、板幅方向から鋼板1を見た際の鋼板1の断面形状を示す模式図である。図7では、鋼板1の表面1a及び裏面1bに溝Gが形成されており、表面1aに形成された溝G(曲線G)の位置は、裏面1bに形成された溝G(曲線G)の位置と同じ位置である。ここで、同じ位置とは、表面1aの溝Gの位置と裏面1bの溝Gの位置とが一致する場合だけで無く、圧延方向及び板幅方向の少なくともいずれか一方の方向において2つの溝Gがずれていても、ずれ量が溝Gの溝幅以下の場合も含むことを意味する。このように、鋼板1の表面1a及び裏面1bに形成された曲線G(溝G)の位置が同じ場合には、鋼板1の表面1a及び裏面1bに形成された曲線Gの位置が同じでない場合と比較して、鋼板1の反り量をさらに低減することが可能となる。
【0039】
次に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の一実施形態を、図面を用いて詳細に説明する。まず、本実施形態に係る方向性電磁鋼板は、基本的には、例えば、素材をケイ素鋼スラブとし、熱間圧延工程、焼鈍工程、冷間圧延工程、脱炭焼鈍工程、仕上げ焼鈍工程、平坦化焼鈍工程及び絶縁皮膜形成工程、という順番で実施される、方向性電磁鋼板の一般的な製造プロセスに、レーザ照射による周期的な溝形成工程を加えることで製造される。レーザ照射による溝形成は、冷間圧延工程後、絶縁皮膜形成工程前のどこか、もしくは絶縁皮膜形成工程後に行う。絶縁皮膜形成工程後に溝形成を行う場合は、レーザ照射周辺部に絶縁皮膜が剥離する部分が生ずるため、再度絶縁皮膜形成を行うことが望ましい。本実施形態では、平坦化焼鈍工程後、絶縁皮膜形成工程前にレーザ照射による溝形成を行う場合を例にとって説明するが、他工程においても以下と同様の照射方法を用いることができる。
【0040】
以下、本実施形態で用いるレーザ光源及びレーザスキャナを備える製造装置の一例を示す模式図を用いて、レーザ照射による溝形成方法について詳細に説明する。図1は、レーザ光源及びレーザスキャナを示している。鋼板1は、所定のライン速度VLで圧延方向(搬送方向)に一定速度で通板される。図示するように、複数のレーザ光源LO1、LO2、LO3(以下省略)から出力された光が、それぞれ、光ファイバ3(図5A図5C参照)を介して、複数のレーザスキャナLS1、LS2、LS3(以下省略)に伝送されている。これらのレーザスキャナLS1、LS2、LS3(以下省略)が、それぞれ、鋼板1上にレーザビームLB1、LB2、LB3(以下省略)を照射することにより、曲線群Gs1、Gs2、Gs3(以下省略)が鋼板1上に形成される。
以下では、レーザ光源LO1、LO2、LO3(以下省略)のいずれかを特定する必要がない場合には、レーザ光源LOと総称する。また、レーザスキャナLS1、LS2、LS3(以下省略)のいずれかを特定する必要がない場合には、レーザスキャナLSと総称する。また、レーザビームLB1、LB2、LB3(以下省略)のいずれかを特定する必要がない場合には、レーザビームLBと総称する。
【0041】
レーザ光源LOとしては、波長0.4〜2.1μmで集光性の高いレーザ光源、すなわち、ファイバレーザや薄ディスク型のYAGレーザのようなレーザ光源を用いることが好ましい。この様なレーザ光源LOから出射されるレーザビームLBを用いると、プラズマの影響が小さくなり、突起の発生を抑制できる。
【0042】
図5Aは、レーザスキャナLSの構成の一例を示す図である。このレーザスキャナLSとしては、例えば、よく知られたガルバノスキャナを用いることができる。このようなレーザスキャナLSは、図5Aに示すように、光ファイバ3を介してレーザ光源LOと接続されたコリメータ5から出射されたレーザビームLBを集光するための集光レンズ6と、レーザビームLBを反射する2枚のガルバノミラーGM1及びGM2とから構成されている。
これら2枚のガルバノミラーGM1及びGM2の角度を調整することで、集光レンズ6により集光されたレーザビームLBを鋼板1上で高速走査することができる。図5Aに示したレーザスキャナLSの構成例では、ガルバノミラーGM2の回転によって、主として圧延方向に直交する方向(板幅方向)へのレーザビームLBのスキャンが行われる。また、ガルバノミラーGM1の回転は、主として板幅方向に直交する方向(つまり圧延方向)の走査により、線形近似線からの隔たり(振幅)を作り出す役割を担っている。集光レンズ6は、2枚のガルバノミラーGM1及びGM2の振れ角の組合せに応じて発生するワークディスタンスの変化を補正するために、レーザビームLBの光軸方向に前後して動作可能となっている。もちろん、レーザスキャナLSの構成は、図5Aに示す構成に限らず、鋼板1内に2次元的に曲線G(溝G)を描けるものであれば良い。
例えば、図5Bに示すように、特許文献5に開示されたようなポリゴンミラーに1枚のガルバノミラーを組み合わせた構成も考えられる。
図5Bに示すレーザスキャナLSの構成例では、ポリゴンミラー10の回転によって、主として板幅方向へのレーザビームLBのスキャンが行われる。また、ガルバノミラーGM1の回転は、主として圧延方向の走査により、線形近似線からの隔たり(振幅)を作り出す役割を担っている。fθレンズ20が集光レンズとして用いられている。レーザビームLBのスキャンに伴って、レーザビームLBがfθレンズ20へ斜入射しても、レーザビームLBの焦点を鋼板1上に維持することができる。
また、例えば、図5Cに示すように、2本のレーザビームLBに対して共通のポリゴンミラー10を用いる構成とすれば、鋼板1の板幅方向全体に溝Gを形成するために複数のレーザスキャナLSを用いる必要がある場合に、レーザスキャナLSの台数を削減できるので、製造装置全体を小型化することが可能である。
【0043】
溝Gの幅及び深さは、レーザビームLBの出力、スキャンスピード及び集光形状などのパラメータで決まる。溝深さ5μm以上50μm以下、溝幅10μm以上300μm以下となるように、これらのパラメータを調整する。所定のピッチPLで照射するために、1回のスキャンを行う時間、すなわち、スキャン幅の始端からレーザ照射を開始して、スキャン幅の終端までレーザスキャンを行い、次の回のスキャンの始端からレーザ照射を開始するまでの時間Tは、以下の式(4)のように設定する。
PL=T×VL …(4)
【0044】
図4C及び図4Dには、それぞれ、本実施形態として、1台のレーザスキャナLSからのレーザビームLBの走査で得られる1本の曲線G(溝G)の形状例を示す。これらの曲線Gから計算される(D/PL)は同じであるが、図4Cのように、曲線Gの1周期の波長λが短くなりすぎると、搬送方向へ高速のスキャンが要求され、スキャナで許容される最高スキャンスピードの制約を受けることがある。一方で、図4Dの場合には、図4Cに比べて曲線Gの波長λが大きく、スキャンスピードの制約を受けにくい。例えば、一実施形態として図4C及び図4Dのような、正弦波形状の曲線Gを形成する場合は、曲線Gの波長λを10mm以上とすることが工業生産に適している。
【実施例】
【0045】
次に、本実施形態の効果を確認するために実施した確認実験について説明する。まず、Si;3.0質量%、C;0.05質量%、Mn;0.1質量%、酸可溶性Al;0.02質量%、N;0.01質量%、S;0.01質量%、P;0.02質量%、残部がFe及び不可避不純物、といった組成のスラブを準備した。このスラブに対して、1280℃で熱間圧延を実施し、厚さ2.3mmの熱間圧延材を製出した。次に、熱間圧延材に対して、1000℃×1分の条件で熱処理を行った。熱処理後に酸洗処理を施した上で冷間圧延を実施し、厚さ0.23mmの冷間圧延材を製出した。この冷間圧延材に対して、800℃×2分の条件で脱炭焼鈍を実施した後、マグネシアを主成分とする焼鈍分離材を塗布した。そして、焼鈍分離材を塗布した冷間圧延材をコイル状に巻き取った状態で、バッチ式炉に装入し、1200℃×20時間の条件で仕上げ焼鈍を実施した。その後平坦化焼鈍を行った後、以下で詳述する方法にてレーザ照射による溝形成を行い、最後に絶縁皮膜を形成した。
【0046】
レーザスキャナLS等の製造装置としては、図1および図5Aに示されたものを用いた。レーザ媒質としてYbがドープされたファイバレーザをレーザ光源LOとして用いた例を説明する。図1において、鋼板1は、上述のプロセスを経て作られた、仕上げ焼鈍後の板幅1000mmの方向性電磁鋼板であり、地鉄表面にはグラス被膜が形成されている。鋼板1は、ライン速度VLで圧延方向(搬送方向)に一定速度で通板される。
【0047】
レーザビーム強度Pが1000W、集光ビーム径dが0.04mm、ピッチPLが5mmであった。各瞬間の速度は曲線Gの接線に沿った方向を持つが、線形近似線に射影した速度の大きさは8000±450mm/sの範囲にあった。これらのレーザビーム照射条件を用いて図4Aに示す概略円弧状の溝Gを形成した。スキャナ1台当たりのスキャン幅で決まる溝の長さLc(図2参照)は100mmであった。実験においては、振幅Aをパラメータとして変化させることで、異なる曲線形状の溝Gを有する方向性電磁鋼板を作製した。振幅Aに依らず、溝幅は55±5μm、溝深さは15±3μmの範囲にあった。
【0048】
また、比較例として、同じ鋼板素材に対して機械的な歯型をプレスする方法で溝を形成した。この際、溝の形状は一直線状であり、ピッチPLは5mmであった。溝幅は52μm、溝深さは14μmであり、上記レーザ法とほとんど同じ断面形状の溝が得られた。
【0049】
レーザビームLBの照射によって形成された反り量の影響評価として、JIS 2550に基づく占積率の測定を行った。なお、前述したように、占積率が大きいことは鋼板1の反り量が低減されたことを意味する。
【0050】
図6に占積率の測定結果を示す。図6に示すグラフの横軸は、上述した方法で求めた(D/PL)を示し、縦軸は占積率を示す。なお、図6には、比較例に係る機械的に形成された一直線状溝の場合(D/PL=0)の占有率が白丸で示されている。図6に示すように、(D/PL)が0.02未満である場合には、レーザ法によって得られた溝Gは機械式の一直線状溝と比較して占積率が劣位であるが、(D/PL)が0.02以上である場合には、機械式よりも占積率を大きくできることが判る。特に、(D/PL)が0.05以上の場合には、占積率は96.5%以上、さらに、(D/PL)が0.1以上の場合には、占積率は97%以上の高い値を示す。
【0051】
以上の結果から、標準偏差値Dと溝ピッチPLとの関係が、上述した式(1)を満たす場合に、鋼板1の反り変形量を低減できることがわかる。そして、反り変形量を低減できることにより、巻トランスの鉄芯材料として積層及び圧縮された際に、占積率が高くトランスとしての性能が高い上に、応力集中の影響が緩和されるため優れた鉄損特性を実現できる。
【0052】
以上、本発明の好ましい実施例を説明したが、本発明は、これら実施例に限定されない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。本発明は、前述した説明によって限定されることはなく、添付の請求の範囲によってのみ限定される。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明によれば、レーザビーム照射によって鋼板の表面に溝を形成する際に、溝の形成による鋼板の変形量を低減できることから、巻トランスの鉄芯材料として積層及び圧縮された際に、占積率が高くトランスとしての性能が高い上に、応力集中の影響が緩和されるため優れた鉄損特性を有する電磁鋼板を提供することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 方向性電磁鋼板(鋼板)
3 光ファイバ
5 コリメータ
6 集光レンズ
10 ポリゴンミラー
20 fθレンズ
LB レーザビーム
PL 溝ピッチ
LO レーザ光源
LS レーザスキャナ
G 溝(曲線)
Gs 曲線群
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図6
図7