特許第5936107号(P5936107)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5936107注入可能なペースト状組成物及びそれから成る骨又は歯充填材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5936107
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月15日
(54)【発明の名称】注入可能なペースト状組成物及びそれから成る骨又は歯充填材
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/00 20060101AFI20160602BHJP
   A61K 6/033 20060101ALI20160602BHJP
【FI】
   A61L27/00 J
   A61K6/033
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2011-260177(P2011-260177)
(22)【出願日】2011年11月29日
(65)【公開番号】特開2012-130672(P2012-130672A)
(43)【公開日】2012年7月12日
【審査請求日】2014年7月15日
(31)【優先権主張番号】特願2010-267682(P2010-267682)
(32)【優先日】2010年11月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591243103
【氏名又は名称】公益財団法人神奈川科学技術アカデミー
(73)【特許権者】
【識別番号】801000027
【氏名又は名称】学校法人明治大学
(73)【特許権者】
【識別番号】599088438
【氏名又は名称】昭和医科工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088546
【弁理士】
【氏名又は名称】谷川 英次郎
(72)【発明者】
【氏名】相澤 守
(72)【発明者】
【氏名】小西 敏功
(72)【発明者】
【氏名】水本 みのり
(72)【発明者】
【氏名】高橋 周平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 静磨
【審査官】 牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−024319(JP,A)
【文献】 特表2006−522641(JP,A)
【文献】 特開平03−261643(JP,A)
【文献】 特開平01−152104(JP,A)
【文献】 特開平07−031673(JP,A)
【文献】 特開平02−275812(JP,A)
【文献】 特開平02−077261(JP,A)
【文献】 特開平07−112023(JP,A)
【文献】 特開2001−314497(JP,A)
【文献】 特開平11−347112(JP,A)
【文献】 特開2005−095346(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/090648(WO,A1)
【文献】 特開2009−178225(JP,A)
【文献】 Biomaterials,2002年,vol.23, no.4,p.1091-1101
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00− 33/00
A61K 6/00− 6/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式合成により調製したヒドロキシアパタイト又は湿式粉砕により調製したリン酸三カルシウムをイノシトールリン酸で処理し、次いで該処理を行ったヒドロキシアパタイト又はリン酸三カルシウムとキトサン水溶液とを混練する、注入が可能な注射用組成物の製造方法であって、前記処理を行ったヒドロキシアパタイト又はリン酸三カルシウムの質量(g)とキトサン水溶液の容量(mL)との比率で定義される固液比が、ヒドロキシアパタイトを用いる場合には1/0.80〜1/1.10であり、リン酸三カルシウムを用いる場合には1/0.45〜1/0.55である注射用組成物の製造方法
【請求項2】
前記イノシトールリン酸が、フィチン酸である請求項1記載の注射用組成物の製造方法
【請求項3】
湿式合成により調製したヒドロキシアパタイトをイノシトールリン酸で処理し、次いで該処理を行ったヒドロキシアパタイトとキトサン水溶液とを、前記処理を行ったヒドロキシアパタイトの質量(g)とキトサン水溶液の容量(mL)との比率で定義される固液比が1/0.80〜1/1.10の範囲となるよう混練する請求項1又は2記載の注射用組成物の製造方法
【請求項4】
湿式粉砕により調製したリン酸三カルシウムをイノシトールリン酸で処理し、次いで該処理を行ったリン酸三カルシウムとキトサン水溶液とを、前記処理を行ったリン酸三カルシウムの質量(g)とキトサン水溶液の容量(mL)との比率で定義される固液比が1/0.45〜1/0.55の範囲となるよう混練する請求項1又は2記載の注射用組成物の製造方法
【請求項5】
前記リン酸三カルシウムが、β−リン酸三カルシウムである請求項1、2及び4のいずれか1項に記載の注射用組成物の製造方法
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法を用いて製造された注射用組成物を使用する、骨又は歯充填材の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注入が可能なペースト状組成物及びそれから成る骨又は歯充填材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、我が国の高齢者人口は顕著な増加傾向を示している。これに伴い、近い将来において高齢者に発症が多く見られる骨粗鬆症の罹患率上昇が予想される。骨粗鬆症が発症すると骨の形成と吸収のバランスが崩れ、骨密度が低下する。そのため骨組織が荷重に対し脆弱になり、圧迫骨折が発症しやすくなる。例えば、上半身の姿勢を支える脊椎においては椎体圧迫骨折が発症した場合、脊椎の前彎化やback painを引き起こし、QOL (Quality of Life)低下を引き起こす。
【0003】
椎体圧迫骨折の治療法として骨セメントによる経皮的椎体形成術(Vertebroplasty, Kyphoplasty)が選択され、良好な術後成績が得られている。これまでは骨セメントとしてPoly(methyl methacrylate)(PMMA)が用いられてきたが、硬化反応時に発生する重合熱による周囲組織の壊死、新生骨との直接結合しないこと、隣接椎体骨折などが問題視され、それに代わる新たな骨セメントとしてリン酸カルシウムセメントの研究開発が進められている。
【0004】
現在までに数々のリン酸カルシウムセメントが開発されてきた。そのほとんどはリン酸四カルシウムやリン酸水素カルシウムなどを主材とし、酸-塩基反応により硬化する。しかし、酸-塩基反応による炎症反応の恐れや硬化時間が長いことが問題点として挙げられている。
【0005】
本願発明者らは、先にイノシトールリン酸のキレート能を応用したキレート硬化型アパタイトセメントの開発に成功している (特許文献1)。このセメントはイノシトールリン酸のキレート能により硬化するため、上記の問題の恐れがない。また、混練液へのデキストラン硫酸ナトリウムやアルギン酸ナトリウムのような多糖類添加による高強度化にも成功し、臨床応用に向け大きく前進している(特許文献2)。さらに、イノシトールリン酸で処理したリン酸三カルシウムを用いた骨セメントも開発している(特許文献3)。さらにカルシウム塩粉末の粒度分布を最適化することにより圧縮強度を高めることにも成功している(特許文献4)。また、特許文献4には、適用する疾患に応じて、でんぷん、グリコサミノグリカン、アルギン酸、キチン、キトサン、ヘパリン等の多糖類も添加可能であることが記載されている。しかしながら、特許文献4には、多糖類の添加については具体的に記載されておらず、添加の目的も「適用する疾患に応じて」と記載されているのみであり、キトサンを加えることによる効果やキトサンと他の多糖類との相違については記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005-95346号公報
【特許文献2】特開2009-178225号公報
【特許文献3】特開2009-183498号公報
【特許文献4】特開2008-200476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来より、PMMAは、注射器を用いて経皮的に患部に注入されている。骨充填に用いる組成物を注射器で注入できれば、低侵襲的に治療を行うことができるので、患者の負担が少なく好ましい。PMMAの欠点を解消した、リン酸カルシウム系の充填材に係る特許文献2にも、注射器による注入について言及されている。注射器により注入する場合には、針を通して注入が行われるので、針穴に詰まらない程度に低粘度の組成物を調製する必要がある。低粘度の組成物は、固形物に対する液体の比率を高めることにより調製可能である。特許文献2記載の組成物は、硬化後の強度が高く、生体適合性にも優れている。しかしながら、この組成物を、注射器による注入が可能な粘度になる程度に液体の比率を高くすると、硬化後の強度が満足できない。
【0008】
従って、本発明の目的は、注射器等による患部への注入が可能であり、それでいて、硬化後の強度が十分に大きい、骨や歯等の充填に利用可能な組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸三カルシウムと、キトサンとを併用することにより、注射器等で注入可能な粘度にまで液の比率を高めても、硬化物の強度を十分に大きくすることができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、湿式合成により調製したヒドロキシアパタイト又は湿式粉砕により調製したリン酸三カルシウムをイノシトールリン酸で処理し、次いで該処理を行ったヒドロキシアパタイト又はリン酸三カルシウムとキトサン水溶液とを混練する、注入が可能な注射用組成物の製造方法であって、前記処理を行ったヒドロキシアパタイト又はリン酸三カルシウムの質量(g)とキトサン水溶液の容量(mL)との比率で定義される固液比が、ヒドロキシアパタイトを用いる場合には1/0.80〜1/1.10であり、リン酸三カルシウムを用いる場合には1/0.45〜1/0.55である注射用組成物の製造方法、を提供する。本発明は、また、上記本発明の方法を用いて製造された注射用組成物を使用する、骨又は歯充填材の製造方法、を提供する。

【発明の効果】
【0011】
本発明により、注射器等による患部への注入が可能であり、それでいて、硬化後の強度が十分に大きい、イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト又はリン酸三カルシウム、そしてキトサンを含有する、骨や歯等の充填に利用可能な組成物が初めて提供された。本発明の組成物を用いれば、PMMAの上記欠点を解消し、さらに、経皮的な患部への組成物の注入を注射器により低侵襲的に行うことができるので、患者の負担が少なく非常に有利である。また、硬化時間も公知のものよりも短い。従って、本発明は、経皮的椎体形成術のような骨や歯等の治療に大いに貢献するものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1において作製した、本発明組成物の硬化物の圧縮強度を示す図である。左図が湿式合成IP6-HAp粉末(湿式法で合成したヒドロキシアパタイト(HAp)をイノシトールリン酸(IP6)で表面処理したもの)を用いた組成物についての結果、右図が機械粉砕IP6-HAp粉末(機械粉砕により微粒化したヒドロキシアパタイト(HAp)をイノシトールリン酸(IP6)で表面処理したもの)を用いた組成物についての結果を示す。
図2】実施例2において作製した、本発明組成物の硬化物の圧縮強度を示す図である。左図が湿式合成IP6-HAp粉末を用いた組成物についての結果、右図が機械粉砕IP6-HAp粉末を用いた組成物についての結果を示す。
図3】下記実施例3及び比較例1〜4で作製した、各種多糖類を含む、組成物の硬化物の圧縮強度を示す図である。
図4】下記実施例4で作製した組成物の硬化物の圧縮強度(左)及び相対密度(右)を示す図である。
図5】下記実施例5で作製した組成物の硬化物の圧縮強度(左)及び相対密度(右)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
上記の通り、本発明の組成物は、湿式合成により調製しイノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト又は湿式粉砕により調製しイノシトールリン酸処理したリン酸三カルシウムと、キトサンと、水とを含む。
【0014】
ヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸三カルシウムをイノシトールリン酸で処理することは、特許文献2及び特許文献3に記載されており、本発明においてもこれらの文献に記載された公知の方法によりイノシトールリン酸処理を行うことができる。簡単に述べると、イノシトールリン酸としては、イノシトール6リン酸(すなわちフィチン酸)が好ましい。また、ここで、「イノシトールリン酸処理」は、イノシトールリン酸の塩による処理をも包含し、塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩のようなアルカリ金属塩が好ましい。イノシトールリン酸(塩の形であってもよい。本明細書及び特許請求の範囲において同様)処理は、イノシトールリン酸の水溶液とヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸カルシウム粉末を混合することにより行うことができる。この場合、イノシトールリン酸水溶液の濃度は特に限定されないが、通常、1000ppm〜10000ppm程度、好ましくは1000〜5000ppm程度、さらに好ましくは1000〜3000ppm程度である。また、イノシトールリン酸水溶液のpHは、中性域(6〜8程度)が好ましく、また、処理は常温で行うことができる。混合後の水溶液を凍結乾燥処理することにより、表面にイノシトールリン酸が吸着したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸三カルシウム粉末が得られる。
【0015】
ヒドロキシアパタイト(水酸アパタイトとも呼ばれる)は、骨セメントやクロマトグラフィー用担体等の種々の用途において用いられている周知の材料であり、その製造方法も周知である。ヒドロキシアパタイトは、水酸化カルシウム懸濁液にリン酸水溶液を滴下することによる湿式合成法により製造する(詳細は下記実施例に記載)。また、市販のヒドロキシアパタイト粉末をさらにボールミル等で粉砕した粉末(機械粉砕ヒドロキシアパタイト)も用いることができる。低粘度の組成物で強度の大きな硬化物を得る観点から、湿式合成法により製造したヒドロキシアパタイトが好ましい。
【0016】
リン酸三カルシウムとしては、α−リン酸三カルシウム(α−Ca3(PO4)2)及びβ−リン酸三カルシウム(β−Ca3(PO4)2) が好ましく、とりわけ、生体吸収性(最終的に自家骨に置き換わる性質)の観点からβ−リン酸三カルシウムが好ましい。
【0017】
本発明の組成物は、さらにキトサンを含む。キトサンとしてはその塩も使用することができ、その塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩のようなアルカリ金属塩が好ましい。キトサンの分子量は、特に限定されないが、通常数十万〜数百万程度である。また、キトサンは、完全に脱アセチル化されている必要はなく、通常の市販品にみられるように、脱アセチル化度は、約70%以上、好ましく約80〜85%以上あればよい。組成物中のキトサン及び/又はその塩の含有量は、通常、2.5〜10質量%程度、好ましくは、5〜10質量%程度である。キトサンは、塩酸塩等の酸付加塩の形態にあってもよい。上記の通り、本発明の組成物は、必須成分として水も含むが、キトサンの水溶液が市販されている(例えば、大日精化工業社製のダイキトサンW-10やダイキトサンコートGL等)ので、市販のキトサン水溶液と、前記イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸三カルシウムとを混合し、混練することにより本発明の組成物を簡便に得ることができ、好ましい。また、キトサンは粉末状のものを前記イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸三カルシウムと水と混練することによっても組成物を得ることができる。この場合、粉末状のキトサンとして、上記キトサン水溶液の凍結乾燥物を用いると水に溶解しやすく好ましい。
【0018】
本発明の組成物は、注射器等による注入が可能なものである。注射器に用いられる注射針の内径は、通常、0.4〜1.8mm程度であるので、この程度の通常の注射針を用いて注入可能である。この性質を達成することができる固液比は、キトサン水溶液を用いた場合には、1/0.80〜1/1.10程度、好ましくは1/0.85〜1/1.05程度、キトサン粉末を用いた場合には、1/0.50〜1/1.840.84程度である。ここで、「固液比」は、キトサン水溶液を混練する場合には、イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸カルシウムの質量(単位g)と、キトサン水溶液の容量(単位mL)との比率として定義され、キトサン粉末を混練する場合には、イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸カルシウムの質量(単位g)と、水の容量(単位mL)との比率として定義される。上記した市販のキトサン水溶液に、上記範囲の固液比が達成される量の前記イノシトールリン酸処理したヒドロキシアパタイト及び/又はリン酸三カルシウムとを混合し、混練することにより注射器等による注入が可能なペースト状の本発明の組成物を簡便に得ることができ、好ましい。
【0019】
本発明の組成物は、骨や歯の充填材として用いることができる。本発明の組成物は、本発明の有利な特徴を利用して、注射器により患部に経皮的に注入することができる。注入された組成物は、公知の骨充填材と同様、患部において硬化する。本発明の組成物によれば、注射器による経皮的な注入が可能であるので、低侵襲的な治療が可能であり、患者の負担が少なく、また、注射針を利用できるので、従来よりも精密な治療が可能になる。
【0020】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0021】
実施例1
1. HAp粉末の調製
1-1湿式合成HAp粉末の調製
0.5 M水酸化カルシウム懸濁液500 cm3を調製し、それに0.3 Mリン酸水溶液500 cm3を滴下した (滴下速度17 ml/min)。水酸化カルシウムとリン酸の濃度はCa/P=1.67 (モル比)となるように調整した。また、反応槽中のpHが10 < pH < 11となるようにpH調整剤 (25 % NH4OH)で調整した。リン酸水溶液滴下が終了した後、さらに1時間撹拌してから37℃に設定したインキュベータ内に24時間静置し、熟成させた。熟成後、吸引濾過にてHApスラリーを回収し、-80℃のフリーザーで一晩凍結させた。凍結させたHApスラリーは凍結乾燥機(LABCONCO製Free Zone)を用いて48時間乾燥し、湿式合成HApとした。
【0022】
得られたHApを遊星型ボールミル (FRITSCH製 P-6型)を用いて下記の条件で粉砕した。ジルコニア製ポットに、HAp10.0 g とφ10 mm ジルコニアボール50個、精製水40 mLを入れ、回転数300 rpmで5分間湿式粉砕した。粉砕後、精製水を用いて容器から洗い流すように試料を回収し、吸引濾過にて粉砕HApを回収、乾燥して粉末を得た。
【0023】
1-2 機械粉砕HAp粉末の調製
HAp-100粉末(太平化学社製)10 g及びφ10 mmのジルコニアボール50 個、精製水40 mLを遊星型ボールミル(FRITSCH社製 P-6型)内に入れ、回転数300 rpmで5分間湿式粉砕した。粉砕後、精製水を用いて容器から洗い流すように試料を回収し、吸引濾過、乾燥して機械粉砕HAp粉末を回収した。
【0024】
2. フィチン酸(IP6)処理HAp粉末の調製
2-1湿式合成IP6-HAp粉末の調製
50質量%IP6水溶液 (和光純薬工業(株)製)を1.00 g 精秤し、精製水で300 cm3程度に希釈した後、水酸化ナトリウム水溶液を用いてpHを7.3に調整し、メスフラスコを用いて500 cm3にメスアップすることで濃度1000 ppmのIP6水溶液を調製した。
【0025】
濃度1000 ppmのIP6水溶液200 cm3に、湿式合成HAp粉末10 gを懸濁し、37℃、撹拌速度400 rpmで5時間撹拌した。これを吸引濾過し、得られた濾過物を精製水で洗浄した後、-80 ℃で一晩凍結させた。凍結させたIP6-HApは凍結乾燥機 (LABCONCO製Free Zone)を用いて24時間乾燥し、「湿式合成IP6-HAp粉末」を得た。
【0026】
2-2機械粉砕IP6-HAp粉末の調製
濃度1000 ppmのIP6水溶液400 cm3に、機械粉砕HAp粉末10 gを懸濁し、37 ℃、撹拌速度400 rpmで5時間撹拌した。これを吸引濾過し、得られた濾過物を精製水で洗浄した後、-80 ℃で一晩凍結させた。凍結させたIP6-HApは凍結乾燥機(LABCONCO製Free Zone)を用いて24時間乾燥し、「機械粉砕IP6-HAp粉末」を得た。
【0027】
3. ペースト状組成物の作製
前記湿式合成IP6-HAp粉末及び機械粉砕IP6-HAp粉末に対してダイキトサンW-10 (大日精化工業社製10%キトサン水溶液)をそれぞれ0.35〜1.10 mL (固液比で1/0.35〜1/1.10)となるように加えてゴムヘラを用いて混練してペースト状組成物を作製した。
【0028】
試料片は前記ペースト状組成物をφ5 mm塩化ビニル成形器内に注入し、取り出して円柱状に成形することにより作製した。成形した試料片は37 ℃、湿度100%に調節した恒温機ヒータ式インキュベータ(三洋電機社製)に24時間静置して硬化させた。試料片のサイズはφ4.5〜5 mm、高さ6〜8 mmであった。
【0029】
4. 硬化物の力学特性評価
得られた硬化物の力学特性はすべて圧縮強度試験で評価した。試験機はSHIMADZU製のAUTOGRAPH AGS-Jを用いた。測定はクロスヘッドスピード0.5 mm・ min -1、設定荷重5 kNの条件で行った。
【0030】
図1に作製した硬化物試料片の圧縮強度を示す。湿式合成IP6-HAp粉末の場合には、固液比1/1.05の調製条件にて最大強度36 MPaを示した。機械粉砕IP6-HAp粉末の場合には、固液比1/0.45の調製条件にて最大強度36 MPaを示した。
【0031】
実施例2
実施例1で用いたダイキトサンW-10に代えてダイキトサンコートGL(大日精化工業社製キトサン)の5及び10質量%水溶液それぞれと、濃度1000 ppmのIP6水溶液に代えて濃度5000 ppm IP6水溶液を用い、他は実施例1と同様にしてペースト状組成物を調製した。
【0032】
図2に作製した硬化物試料片の圧縮強度を示す。湿式合成IP6-HAp粉末の場合には、濃度10質量%のダイキトサンコートGLを用いた場合、固液比1/1.05にて最大強度27 MPaを示した。また、5質量%の場合では固液比1/0.95にて最大強度16 MPaを示した。機械粉砕IP6-HAp粉末の場合には、固液比1/0.60の調製条件にて最大強度11 MPaを示した。
【0033】
実施例3、比較例1〜4
β-TCP粉末は市販β-TCP-100(太平化学社製)10 gを遊星型ボールミルにより湿式粉砕して調製した。まず、10 mmφのジルコニアボールで4 h 粉砕(β-TCP-4h)した。それを3000 ppmに調整したイノシトールリン酸(IP6)水溶液で24時間表面修飾し、24時間の凍結乾燥を経て「表面修飾粉末(IP6/β-TCP-4h)」を得た。組成物作製にはIP6/β-TCP 粉末と次に示す混練液を種々の固液比、1/0.45、1/0.50、1/0.55で混練し、成形器に充填して試料片(直径: 6 mm, 高さ: 12 mm)を作製した。混練液としては、(i) 純水(Water、比較例1)、(ii) アルギン酸ナトリウム(Alg、比較例2)、(iii) デキストラン硫酸ナトリウム(Dex、比較例3)、(iv) コンドロイチン硫酸ナトリウム(Chond、比較例4)及び(v) ダイキトサンW-10(Chito、実施例3)の水溶液をそれぞれ使用した。作製したペースト状組成物はヒトの体内環境下に近い37℃, 相対湿度100% のインキュベーター(三洋電機社製)中で24 時間硬化させ、SHIMADZU製の万能試験機を用いて圧縮強度を測定した。その結果を図3に示す。これらの結果から、本発明の組成物を用いた場合、従来技術に比し格別に優れた圧縮強度を有していることが分かる。
【0034】
また、硬化物の結晶相を同定するためにX線回折装置(リガク社製XRD)を用いて結晶相を同定した。その結果、混練液の成分に関係なく、原料粉末のβ-TCPの結晶構造を維持したまま硬化していることが確認された。
【0035】
続いて、日本工業規格(JIS T 6602)に準拠して、ペースト状組成物の稠度及び硬化時間を測定した。その結果、本発明のペースト状組成物の稠度は、既に臨床応用されているBiopex-R(HOYA社の商品名)と同程度な稠度を有していることが分かった。そのため、適度な稠度で注射器からの注入可能かつ、患部からの漏出を防止できることが期待される。次に、ペースト状組成物の硬化時間を測定した。特許文献2で用いたコンドロイチン硫酸ナトリウム(Chond)の初期硬化時間は、約42分であった(β-TCP単一相)。一方、本発明に従い、ダイキトサンW-10(Chito)を混練液に使用することで、ペースト状組成物の初期硬化時間は、最短で約8分間まで短縮することに成功した。以上の結果、ダイキトサンW-10(Chito)を混練液に使用することで、硬化物の圧縮強度の向上ならびに、硬化時間の短縮に成功した。
【0036】
参考例4及び参考例
1. α-リン酸三カルシウム(α-TCP)粉末の調製
α-TCPは次のようにして調製した。α-TCP-A粉末(太平化学社製)10g及びφ10mmのジルコニアボール50個、精製水40mLを遊星型ボールミル(FRITSCH社製 P-6型)内に入れ、回転数300rpmで120分間湿式粉砕した。粉砕後、吸引ろ過し、固形物を凍結乾燥することで粉末を得た。
【0037】
2. イノシトールリン酸(IP6)処理α-TCP粉末の調製
得られたα-TCP粉末を、濃度1000ppmのIP6水溶液で24時間かき混ぜて表面修飾後、吸引ろ過し、固形物を凍結乾燥して「IP6-α-TCP粉末」を調製した。
【0038】
3. HAp粉末の調製
HAp-100粉末(太平化学社製)10 g及びφ10 mmのジルコニアボール50個、精製水40 mLを遊星型ボールミル(FRITSCH社製 P-6型)内に入れ、回転数300 rpmで5分間湿式粉砕した。粉砕後、精製水を用いて容器から洗い流すように試料を回収し、吸引濾過、乾燥して機械粉砕HAp粉末を回収した。
【0039】
4. イノシトールリン酸(IP6)処理HAp粉末の調製
濃度1000 ppmのIP6水溶液400 cm3に、湿式合成HAp粉末10 gを懸濁し、撹拌速度400 rpmで5時間撹拌した。これを吸引濾過し、得られた濾過物を精製水で洗浄した後、-80 ℃で一晩凍結させた。凍結させたIP6-HApは凍結乾燥機 (LABCONCO製FreeZone)を用いて24時間乾燥し、「IP6-HAp粉末」を得た。
【0040】
5. ダイキトサン粉末の調製
市販のダイキトサンコートGL(大日精化工業社製10%キトサン水溶液)および炭酸水素ナトリウムを用いてpH7に調整したダイキトサンコートGL、市販のダイキトサンW-10(大日精化工業社製10%キトサン水溶液)を凍結乾燥しダイキトサン粉末を得た。
【0041】
6. α-TCPセメントの作製(参考例4)
上記2で得られたIP6-α-TCP粉末を0.5g、上記5で得られたダイキトサン粉末を0.02g秤量し、これに純水を0.28〜0.42mL加え、混練してセメントペーストを調製した。調製したセメントペーストをフッ素樹脂製の成形器(直径6mm、高さ12mm)に手作業で充填後、押し出して試験片を作製し、これを室温で24時間静置硬化させた。作製した組成物の組成及び固液比を下記表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
7. HApセメントの作製(参考例5)
上記4で得られたIP6-HAp粉末を1.0g、純水を0.5mL秤量し、これに上記5で得られたダイキトサンGL粉末を0.06〜0.20g加え、混練してセメントペーストを調製した。調製したセメントペーストをフッ素樹脂製の成形器(直径6mm、高さ12mm)に手作業で充填後、押し出して試験片を作製し、これを室温で24時間静置硬化させた。作製した組成物の組成及び固液比等を下記表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
得られた硬化物の圧縮強度及び相対密度をそれぞれ図4参考例4)及び図5参考例5)に示す。なお、ここで、相対密度は、HAp(3.16g/cm3)およびα-TCP(2.86g/cm3)の理論密度を基準とした場合の相対比率(%)を意味する。また、参考例4及び5で調製した組成物(硬化前のもの)は、注射器で注入可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、骨や歯の充填に利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5